男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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作戦会議するので投稿遅くなるかもです。


第20話:佐藤家の晩餐

リムジンが佐藤家の前に静かに停車した時、すでに玄関の扉は開かれていた。

そこに立っていたのは、エプロン姿で微笑む佐藤早苗だった。

 

整った身なり。柔らかな笑顔。

その佇まいは、まるで「帰るべき場所」そのもののようで――同時に、ここから逃げることは許されないのだと、無言で告げている。

 

「あら、お帰りなさい、一真君。

……アカリさん、愛華さん。今日は一真君を送ってくれてありがとう」

 

名前を呼ばれた瞬間、アカリと愛華の背筋が、わずかに伸びた。

 

愛華は小さく息を呑み、思わず一真の袖に指をかけ――すぐに、その手を引っ込めた。

優しい言葉のはずなのに、胸の奥がきゅっと締め付けられる。

ここは、自分たちが踏み込んでいい場所ではない。

そう、静かに示された気がした。

 

玄関に満ちる空気が、ほんの一段、重くなる。

それでも早苗は変わらぬ笑顔のまま、二人を見つめていた。

まるで――すでに答えを知っている者が、確認のためにページをめくるように。

 

「ご無沙汰しております、早苗さん」

 

「こ、こんばんは。氷室愛華です」

 

一真は、その微妙な空気を気に留める様子もなく言った。

 

「……あれ? そういえばさ」

 

「早苗さんとアカリって、どこで知り合ったんだ? 前から知ってる感じだったけど」

 

微妙な沈黙が落ちる。

 

「……まあ」

早苗が、いつもと変わらない微笑みのまま口を開いた。

「奥様同士の集まり、というほど大したものじゃないわ。身の回りのことをお願いしている方たちの……ちょっとした情報交換、みたいなものかしら」

 

「そうですわね」

アカリも、ごく自然な調子で頷く。

「有能な方ほど横の繋がりが広いものですから。結果的に、ご挨拶する機会があった――それだけのことですわ」

 

一真は「ふーん」と気のない返事をして、それ以上は踏み込まなかった。

 

だが、その場にいた者には分かっていた。

今のやり取りが、“親同士の世間話”などではないことを。

 

表に出ることのない使用人同士の繋がり。

家と家をまたいで張り巡らされた、静かな情報網――

その一端に、自分たちは触れてしまったのだと。

 

だが、それを表に出した者はいなかった。

 

二人は靴を脱ぎ、家に上がる。

アカリは背筋を伸ばし、落ち着いた態度を崩さない。

一方の愛華は、初めて足を踏み入れる場所のように、どこか落ち着かない。

 

「さあ、上がって。ちょうど夕飯ができたところよ」

 

笑顔のまま、早苗はそう言った。

その声音には、拒否という選択肢が最初から存在していない。

 

     ◇

 

リビングへ続く廊下は、不思議なほど静かだった。

整えられた調度品と、どこか懐かしい料理の匂い。

家庭という空間が持つ、柔らかくも揺るがない力が満ちている。

 

アカリは視線を巡らせながら、星野邸とはまったく異なる“重さ”を感じ取っていた。

愛華は一真の少し後ろを歩き、落ち着かない様子で周囲を見回している。

 

「さあ、こちらに」

 

ダイニングテーブルには、すでに料理が並んでいた。

彩りの良い野菜、丁寧に焼かれた肉、いくつかの和の小鉢。

豪華さよりも、食べる人のことを考え抜かれた献立だ。

 

「……すごい。美味しそう……」

 

愛華が思わず声を漏らす。

アカリもまた、黙って料理を見つめていた。

 

「さあ、遠慮しないで。一真君も、ちゃんと食べなさい」

 

早苗は一真の隣に腰を下ろし、ごく自然に彼の頬へ手を伸ばす。

 

「今日もお疲れ様。頑張ったわね」

 

その声と手の温もりに、一真は一瞬、肩の力が抜けるのを感じた。

学校で張り詰めていたものが、静かにほどけていく。

 

「いただきます」

 

三人が箸を取る。

食卓は、ひとまず穏やかな空気に包まれていた。

 

「学校はどう? お友達はできた?」

 

早苗の問いかけは自然で、やさしい。

だが視線は、アカリと愛華を順に捉えている。

 

「……はい。一真さんは、とても頼りになる方ですわ」

 

アカリが落ち着いて答えた。

 

「合同演習では、的確な指揮で皆を導いてくださいました」

 

「そうなのね。昔から、一真君は周りを見るのが上手な子だったわ」

 

早苗は微笑む。

その言葉には、長い時間を共にしてきた者だけが持つ、静かな自負が滲んでいた。

 

「わ、私……一真君に、名前で呼んでもらいました」

 

愛華が、意を決したように口を開く。

その瞬間、アカリの表情が、ほんのわずかに強張る。

 

「そう。名前で……それは嬉しいわね」

 

早苗は穏やかに頷き、続ける。

 

「でも、愛華さん。一真君のこと、どれくらい知っているかしら?」

 

問いかけは優しい。

だが、その一言が、二人の足元を静かに揺らした。

 

「小さい頃、よく熱を出してね。私のお粥しか食べなかったの。

お風呂の後は、いつも私の膝で寝てしまって……」

 

語られる一真の日常は、あまりにも近い。

アカリと愛華は、ただ黙って聞くしかなかった。

 

その間にも、早苗は一真の皿に、彼の好きな野菜を自然に添えていく。

特別な料理ではない。

けれど、“一真を知っている”という事実そのものが、何よりも強かった。

 

デザートを出し終え、早苗は一度、息をつく。

 

「さて……そろそろ、本題に入りましょうか」

 

その微笑みが、少しだけ深くなる。

空気が、すっと引き締まった。

 

「アカリさん。愛華さん。

貴方たちは、一真君にとって特別な存在になりたいのでしょう?」

 

二人の視線を、早苗はまっすぐ受け止める。

 

「でもね。一真君は、とても危うい子なの。

力を期待され、利用されそうになることもある。

逆に、弱さにつけ込まれることも」

 

その言葉は、アカリと愛華、それぞれの在り方を正確に突いていた。

 

「一真君は、見た目以上に繊細よ。

だからこそ……私としては、心配なの」

 

早苗は静かに水を口に含み、ゆっくりと続けた。

 

「本当に一真君を大切にできるのか

それを、見せてほしいの」

 

微笑みの奥に、揺るがない意志が宿る。

 

「……一真君にとって、貴女たちが“最良の選択”だと。

私が、納得できるように」

 

それは、歓迎ではなく試練。

選別の宣告だった。

 

二人の少女は、早苗という絶対的な壁の前で、言葉を失ったまま立ち尽くしていた。

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