男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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第21話:なーんてね、の後で

しばし、誰も口を開けずにいた。

 

 張り詰めた空気の中で、早苗はふっと肩の力を抜くように笑った。

 

「……なーんてね」

 

 あまりにも軽い、その一言。

 

「そんなに重く考えなくていいのよ。今日はただの晩ご飯。ね?」

 

 先ほどまで場を支配していた緊張が、音もなくほどけていく。

 まるで、張りつめた糸を指先ひとつで切ってみせたかのようだった。

 

 愛華は思わず息をつき、アカリもまた、わずかに目を伏せる。

 だが――完全に安心できた者は、誰もいない。

 

「ほら、一真君、アカリさんも愛華さんも。デザート、冷たいうちに食べましょう」

 

 そう言って、早苗は何事もなかったかのようにフルーツを取り分ける。

 その仕草は、あくまでいつも通りの“家族の時間”そのものだった。

 

 一真は、差し出された皿を受け取りながら、小さく首を傾げる。

 

「……え? あ、うん。いただくけど」

 

 冗談だったのか。

 それとも、今は触れさせないという判断だったのか。

 

 答えを知っているのは、きっと――早苗だけだ。

 

 そして彼女は、一真の隣で静かに微笑んでいた。

 

     ◇

 

 ――冗談。

 

 そう言われて、胸を撫で下ろしたのは、一真だけだった。

 

 アカリはデザートの皿を見つめたまま、そっと息を整える。

 表情は崩さない。声色も変えない。

 けれど、胸の奥では、別の答えが静かに形になっていた。

 

(……冗談、ですか)

 

 あれだけ踏み込んでおいて。

 こちらの立場も、覚悟も、きちんと見たうえで。

 それを「なーんてね」で包んでしまう。

 

 試すのをやめたわけじゃない。

 ただ、今日はここまでにしただけ――そんな気がした。

 

 アカリはちらりと早苗の横顔を見る。

 やっぱり、簡単な相手じゃない。

 むしろ――

 

(……まだ、見られている)

 

 合否を告げられていない試験の途中。

 そんな感覚が、背筋を自然と伸ばさせた。

 

 一方、愛華はというと、フルーツを口に運びながら、ほとんど味を感じていなかった。

 

(じょ、冗談……だったのかな)

 

 胸に残った重さは、消えてくれない。

 優しい声も、微笑みも、全部覚えている。

 

(……見られてたよね)

 

 自分がどんな気持ちで一真を見ているのか。

 どこまで近づきたいと思っているのか。

 たぶん、全部。

 

 スプーンを握る指に、少し力が入る。

 

(……でも)

 

 冗談だと言われた以上、ここで引く理由はない。

 怖いからって、なかったことにもできない。

 

 ふと顔を上げると、一真が何も知らない顔でデザートを食べていた。

 

(……ずるい人)

 

 守られているくせに、無防備で。

 何も知らないまま、真ん中にいる。

 

 アカリも、愛華も。

 同じことを、なんとなく感じ取っていた。

 

 早苗は、何も撤回していない。

 ただ、話題を閉じただけだ。

 

 食卓には、また穏やかな会話が戻ってくる。

 けれどその下で、次の一手が静かに待っている。

 

 

 

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