男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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第22話:晩ご飯の続き

 

 デザートの皿が空になり、食卓に小さな間が落ちた頃だった。

 

 玄関の方から、ドアの開く音が聞こえる。

 

「ただいま」

 

 少し疲れを含んだ、落ち着いた女性の声。

 

 その瞬間、早苗の動きが変わった。

 一真の隣にあった身体が、自然に一歩引く。

 背筋が伸び、声の調子も、切り替わる。

 

「お帰りなさいませ」

 

 

 仕事帰りでコートを肩にかけたまま、軽く息をついている。

 

「遅くなってごめんね」

 

 そう言ってから、ふと視線を上げ――テーブルの向こうにいる二人に気づいた。

 

「あら?」

 

 一真が顔を上げる。

 

「おかえり、母さん」

 

「ただいま。一真」

 

 それから母親は、アカリと愛華に穏やかな笑顔を向けた。

 

「お友達かしら?」

 

 空気は、驚くほどあっさりしていた。

 さきほどまで張り詰めていたものが、最初からなかったかのように。

 

 アカリが立ち上がり、丁寧に一礼する。

 

「初めまして。星野アカリと申します。本日はお招きいただき、ありがとうございます」

 

 続いて、愛華も慌てて頭を下げた。

 

「こ、こんばんは。氷室愛華です」

 

 母親はほっとしたように微笑んだ。

 

「まあ……きちんとした方たちなのね。いきなりで驚かせてしまってごめんなさいね」

 

「いえ」

 

 アカリが落ち着いた声で応じる。

 

「一真さんには、いつもお世話になっております」

 

「こちらこそ。息子が迷惑をかけていないか心配で」

 

 そう言いながらも、その表情には警戒や探る色はない。

 ただ、“息子の知人”を見る、ごく普通の母親の視線だった。

 

 愛華は内心で、少し拍子抜けしていた。

 

(……あれ?)

 

 もっと厳しい人を想像していた。

 さっきまでの空気を作っていた存在とは、まるで別物だ。

 

「遅くなったから、もうお開きかしら?」

 

「いいえ」

 早苗が静かに答える。

「ちょうど、デザートが終わったところでございます」

 

「そう。じゃあ、私は少し着替えてくるわね」

 

 母親は二人に軽く会釈し、リビングを後にした。

 

 ドアが閉まる。

 

 その瞬間だった。

 

 アカリは、はっきりと感じ取った。

 部屋の重心が、また変わったことを。

 

 早苗は再びテーブルの側に戻り、空になった皿を下げる。

 その表情は、先ほどと変わらぬ柔らかさを保っている。

 

「長居させてしまって、ごめんなさいね」

 

 口調は穏やか。

 けれど、さきほどの“なーんてね”が、頭をよぎる。

 

(……やっぱり)

 

 アカリは、確信に近い感覚を得ていた。

 

 母親は、この場の“表”だ。

 けれど――

 

 この家の“内側”を見ているのは、別の人間だ。

 

 愛華もまた、無意識に背筋を伸ばしていた。

 さっきの言葉も、視線も、何一つ撤回されていない。

 

 一真だけが、状況を飲み込めないまま、首を傾げている。

 

「……母さん、普通だったな」

 

 その一言に、アカリと愛華は心の中で同時に思った。

 

(それが、普通なんだよ)

 

 そして――

 普通ではなかった存在が、今もここにいることを。

 

 早苗は、静かに二人を見ていた。

 評価も、結論も、まだ口にはしないまま。

 

 試験は終わっていない。

 

 ただ、次の段階に進んだだけだった。

 

 

 

 ほどなくして、母親が着替えを終えてリビングに戻ってきた。

 

 コートは脱がれ、部屋着に近い柔らかな装いになっている。

 さっきよりも、少しだけ距離が縮まった雰囲気だった。

 

     ◇

 

「お待たせ」

 

 一真の隣に腰を下ろし、テーブルを見回す。

 

「もうデザートまで終わったのね。美味しそうだった?」

 

「うん。早苗さんのフルーツ、すごかった」

 

「でしょう?」

 

 早苗が控えめに微笑む。

 

 母親はそれから、改めてアカリと愛華に視線を向けた。

 

「……ねえ、少し聞いてもいいかしら」

 

 声はやわらかい。

 けれど、遠慮はない。

 

 二人は同時に背筋を伸ばした。

 

「一真と、学校で仲良くしてくれてるって聞いたけど」

 

 一拍。

 

「――一真のこと、好き?」

 

 空気が、止まった。

 

「え?」

 

 一真が先に声を上げる。

 

「ちょ、母さん!?」

 

「だって気になるじゃない」

 

 母親はさらりと言ってのける。

 

「こんな時間まで一緒にいて、わざわざ家まで送ってくれて。

 それに、二人とも……隠す気、あんまりなさそうだし」

 

 愛華の顔が、一気に赤くなる。

 

「え、えっと……そ、それは……」

 

 言葉が、続かない。

 

 アカリは一瞬だけ視線を伏せ、それから真っ直ぐに母親を見た。

 

「……はい」

 

 きっぱりとした声音。

 

「私は、一真さんに好意を持っています」

 

 一真が固まる。

 

「ア、アカリ!?」

 

「隠す理由がありませんので」

 

 アカリは落ち着いたまま続けた。

 

「尊敬していますし、信頼しています。

 そして――個人的にも、とても大切に思っていますわ」

 

 母親は、少し驚いたように目を瞬かせた後、ふっと笑った。

 

「正直ね」

 

「はい」

 

 視線を逸らさない。

 

 愛華は、そのやり取りを見て、唇をぎゅっと噛んだ。

 

(……言わなきゃ)

 

 逃げたら、ここで終わる。

 

「わ、私も……」

 

 声が震える。

 

「一真君のこと……好き、です」

 

 顔は上げられない。

 でも、それでも言った。

 

「助けてもらって、優しくしてもらって……

 気づいたら、目で追ってて……」

 

 テーブルの上に、静かな沈黙が落ちる。

 

 母親は二人を見比べて、それから――一真を見る。

 

「……モテるわね、あなた」

 

「いや、あの、違……」

 

 言い訳を探す一真をよそに、母親はくすっと笑った。

 

「でも、ちゃんと向き合ってくれてるのは分かるわ」

 

 そう言ってから、少しだけ真面目な声になる。

 

「ありがとう。二人とも」

 

「え……?」

 

「この子のこと、そんなふうに思ってくれて」

 

 一真は、何も言えなかった。

 

 アカリと愛華は、その言葉の重さを、それぞれ違う形で受け取っていた。

 

 そして。

 

 少し離れた位置で、その様子を見守っていた早苗が、静かに目を細める。

 

 ――なるほど。

 

 答えは、出揃いつつあった。

 

 だが、まだ。

 

 選ぶ側は、彼女だけではない。

 

 

 

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