男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで 作:おぷらてぃー
午後の授業が終わる合図であるチャイムが鳴り、ようやく長い一日が終わった。前世の社畜時代に比べれば、ただ座って講義を受けるだけなのだから身体的には楽なはずだ。だが、全方位から突き刺さる熱視線のせいで、精神的な消耗はプレゼンを三本連続でこなした後のようだった。
隣の席の氷室さんが、机を片付けながらおずおずと話しかけてきた。
「佐藤君、これから帰りですよね?その・・・・・・もしよければ、校門まで一緒に行きませんか?一日の終わりは、みんな気が立っているから・・・・・・」
「気が立っている?」
「ええ。今日一日、佐藤君を遠くから眺めるだけで我慢していた人たちが、せめて最後に一目だけでもって、殺到しちゃうことがあるんです」
氷室さんの心配そうな顔を見て、俺は素直に頷いた。確かに、朝の校門でのあの熱狂を思えば、一人で歩くのは少しばかり勇気がいる。
二人で廊下を歩き出すと、教室に残っていた女子たちが一斉に動き出す気配がした。ガタガタと椅子を引く音が、まるで追跡を開始する合図のように聞こえる。校門に辿り着くと、そこには一台の小綺麗な国産車が停まっていた。男子保護地区にある我が家でもよく見かける、ごく一般的なファミリーカーだ。
車のそばには、エプロンの上から薄手のカーディガンを羽織った、年上の女性が立っていた。
「一真くん、おかえり。初日の学校はどうだった?」
彼女は、佐藤家に長く仕えてくれている家政婦の早苗(さなえ)さんだった。母さんは仕事で忙しいため、普段の俺の世話や送り迎えは、この早苗さんが担当している。
「早苗さん。わざわざ迎えに来てくれたんだ」
「当たり前でしょう?お母様から、初日の放課後は一番危ないから必ず迎えに行けって、何度も電話があったのよ」
早苗さんはそう言って笑うと、俺の隣にいる氷室さんを見て、少し意外そうな顔をした。
「あら、お友達?一真くんが女の子と一緒に歩くなんて、珍しいわね」
「あ、氷室愛華と言います!その、佐藤君が迷わないように案内を・・・・・・!」
氷室さんは顔を真っ赤にして何度も頭を下げた。早苗さんは氷室さんを優しく見守りながら、車のドアを開ける。
俺は車に乗り込む前に、氷室さんの方へ向き直った。
「氷室さん。今日は一日、案内してくれてありがとう。君がいてくれて本当に助かったよ」
俺が真っ直ぐに目を見て礼を言うと、氷室さんは一瞬息を呑み、それから今にも泣き出しそうなほど顔を綻ばせた。
「ううん、わたしの方こそ・・・・・・!それじゃあ、また明日、学校でね。佐藤君!」
彼女はちぎれるほどに大きく手を振り、俺を見送ってくれた。その純粋な好意に、俺の心も少しだけ軽くなった気がした。
車に乗り込むと、外の喧騒がふっと遠のいた。早苗さんがハンドルを握り、ゆっくりと車を走らせる。バックミラー越しに見える校門付近には、俺を見送るために集まった女子生徒たちの人だかりができていた。
「ねえ、一真くん。さっきの子、すごくいい子そうだったわね。でも、気をつけて。あなたはこの世界の男子にしては、少しだけ、隙がありすぎるから」
「隙、か。自分では普通に接しているつもりなんだけどな」
「それが一番危ないのよ。あなたが普通に接するだけで、彼女たちは選ばれた、って勘違いしちゃうんだから。特に、そろそろ選別の時期でしょう?」
早苗さんの口から出た選別という言葉に、俺は眉を寄せた。
「またそれか。さっき学校でも氷室さんから聞いたけど、具体的にはどういうことなんだ?子作りがどうとか、そんなに物々しい話なのか?」
俺が尋ねると、早苗さんは赤信号で止まった隙に、スマホの画面をチラリと俺に向けた。そこには、学校の匿名掲示板らしきサイトが映っていた。
「物々しいなんてもんじゃないわ。見て、あなたの話題でもちきりよ。数学の難問を解いたとか、学級委員長の星野さんという子を論破したとか・・・・・・。一真くん、転入初日から飛ばしすぎよ」
「・・・・・・情報が回るのが早すぎるだろ」
「当たり前でしょう、希少な男子の情報だもの。特に、その星野さんみたいなエリート女子の前で、好きになった人としか結婚しない、なんて理想を言ったらダメよ。彼女たち、責任感で狂っちゃうんだから」
「責任感?」
「そうよ。この国のエリート女性は、優秀な男子を保護し、その血を絶やさないことを誇りにしているわ。あなたがそんなロマンチックなことを言えば、私がこの人を愛して、責任を持って理想を叶えてあげなければならない、って使命感に火がつくの。それは情熱というより、もはや信仰に近いわ。あなたのその、対等でありたい、という願いは、彼女たちにとっては究極の誘惑なのよ」
早苗さんの言葉を噛み締めながら自宅の玄関を開けると、中から香ばしい夕食の匂いが漂ってきた。
「ただいま」
「あら、おかえりなさい一真! 初日の学校はどうだった?」
リビングから声をかけてきたのは、仕事着のスーツのままの母さんだった。普段はバリバリ働くキャリアウーマンだが、俺の前ではいつも過保護な母親の顔を見せる。
「ああ、なんとか無事に終わったよ。いろいろと驚くことは多かったけどな」
「そう、無事で何よりだわ。さあ、今日はあなたの大好物を作っておいたから、しっかり食べて体力をつけなさいね」
母さんはそう言って笑いながらも、手元では熱心に何かを仕分けていた。ふと居間の大きなテーブルに目を向けると、そこには食事のスペースもないほど、大量のパンフレットや女性の写真が広がっていた。
「母さん・・・・・・それは何?」
俺が尋ねると、母さんは顔を上げ、真剣な眼差しでこちらを見た。
「何って、あなたの将来のための資料よ。これ、全部有力な家柄の娘さんたちの資料。あなたの数学の成績や、教室での堂々とした振る舞いの噂を聞いて、もう各方面から問い合わせが来ているんだから」
母さんの瞳は、期待というよりは執念に近い光を宿していた。前世では、三十を過ぎても独身なのを心配されていたが、この世界では、十七歳にして既に種馬のような扱いを受けている。
「母さん、そんなに焦らなくてもいいだろう。俺はまだ転入したばかりだし、将来のことはゆっくり考えたいんだ」
俺が困惑気味にそう告げると、母さんは持っていた写真を机に置き、深くため息をついた。
「焦るわよ。一真、忘れたの? あなたのお父様が、どうしてあんなに早く亡くなったか」
母さんの声のトーンが一段下がり、室内の空気が一気に重くなった。この世界の俺の父親は、俺がまだ幼い頃に亡くなっている。若くして優秀な遺伝子を持つ男子として認定された父は、数十人もの女性との間に子を設ける国家プロジェクトに従事し、その精神的、身体的な重圧に耐えかねて、三十代という若さで命を散らしたのだ。
「お父様は、この国のために尽くしすぎたのよ。あの人は優しすぎた。だからあなたには、お父様のような消耗品にはなってほしくない。若いうちに、あなたを心から守ってくれる、強力な庇護者を見つけなさいと言っているの。佐藤家の血筋は、もうあなた一人にかかっているのよ」
一息ついて、鞄の中からポストに入っていた封筒を取り出した。それは、早苗さんも言っていた星野アカリからの招待状だった。
『佐藤一真殿。本日の教室、および食堂における貴殿の無作法、かつ極めて挑発的な求愛行動について、その真意を問いただす必要がある。明日の放課後、星野邸にて釈明の場を設ける。辞退は認めない』
(釈明の場、か。どう見ても決闘の呼び出しに見えるな)
だが、俺は確信していた。父のように社会に消費されるだけの存在にならないためには、こうしたエリートたちと対等に渡り合う力が必要だ。
「釈明、ね。いいだろう。こちらの常識を、たっぷりと教えてやるよ」
俺は、机の上のカレンダーに、明日の予定を書き込んだ。 元サラリーマンの俺にとって、これが新たな商談の始まりであることは、火を見るより明らかだった。
色々無理やりなとこあるので後で訂正します