男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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幕間:星野邸の夜――静まらない動揺

 

 門の前で待っていた女性――早苗の車に乗り込み、一真が夜の闇へと去っていく。そのテールランプが完全に見えなくなるまで、星野アカリはテラスの縁に指をかけ、じっと立ち尽くしていた。 星野家のリムジンでの送迎を断り、あえて迎えを呼んだ彼の徹底した自立心。それがまた、アカリの心をざわつかせる。

 

 夜風が彼女の豊かな金髪を揺らすが、火照った頬を冷ますには到底足りない。

 

「……パートナー、ですって。ふふ、本当におかしな人」

 

 アカリは独り言を漏らし、自嘲気味に微笑んだ。だがその瞳は、初めて宝石を与えられた少女のような、隠しきれない高揚感に満ちていた。  彼女はサロンに戻ると、一真が座っていたソファに、吸い寄せられるように腰を下ろした。彼が座っていた場所には、まだ微かな体温と、男子特有のどこか清涼な残り香が漂っている気がした。

 

「私を『アカリ』なんて呼び捨てにしていいと言わせるなんて……。あんな不遜で、傲慢な男子に……」

 

 アカリは、自分の熱を持った両頬をそっと掌で押さえた。幼い頃からエリートとして教育を受け、男子など「守るべき愛玩動物」か「家門の存続のための道具」としか見てこなかった彼女にとって、対等な立ち位置を要求されるなど、天地がひっくり返るような出来事だった。

 

 しかも、あろうことか自分はそれを受け入れ、あまつさえ彼を名前で、それも「さん」付けで呼んでしまった。  彼に「家では随分丁寧なんだな」と見抜かれた時、心臓が跳ねたのを覚えている。まるで、着込んでいた鎧の隙間から、本当の自分を覗き見られたような感覚。

 

「……一真、一真さん……。……っ、何を言っているのかしら、私は!」

 

 アカリは、一真に「蒸らしすぎだ」と指摘された冷めた紅茶を、愛おしむように一口含んだ。

 

「……あと十秒、早めに。……ふふ、次は完璧に淹れて差し上げますわ。貴方に文句なんて言わせないくらいに」

 

 彼女の口元に、自分でも無意識の、けれど年相応の少女のような笑みが浮かんでいた。

 

 

 

 一方、サロンの重厚な扉の外では、使用人たちがパニックに近い動揺に包まれていた。給仕を担当していた若いメイドたちが、詰所で顔を寄せ合い、限界まで声を潜めて囁き合っている。

 

「……ねえ、今の聞いた? お嬢様、あの方を『一真さん』って……」 「聞いたわよ。しかもお嬢様の方から、名前で呼べだなんて。あんなの、実質的に……特別な存在だと公言したようなものじゃない!」 「でも、佐藤様も凄かったわ。あのお嬢様を相手に一歩も引かず、あんな不敵な笑みを浮かべて……。私、あんなに格好いい男子、生まれて初めて見たわ……」

 

 彼女たちの間では、すでに佐藤一真は「ただの男子」ではなく、「女王を動揺させた規格外の男」として、ある種の崇拝に近い感情で見られ始めていた。

 

「どうするの? このこと、大奥様(アカリの母)に報告すべきかしら……」 「やめなさい。お嬢様のあんなに楽しそうな顔、初めて見たもの。それに……もしあの方が本当にこの屋敷の『主』の一人になるなら、私は大歓迎よ」

 

 

 

 

 再び、静まり返ったアカリの寝室。アカリはシルクの寝具に身を沈めながら、天井を見つめていた。

 

「一真……一真、一真……」

 

 心の中で、彼の名前を何度も反芻する。二人きりの時は呼び捨てにしろと言ったのは自分だ。なのに、彼が実際に自分の名前を呼ぶ場面を想像するだけで、全身の血が逆流するような感覚に陥る。

 

「……パートナーだと言ったからには、逃がしませんわよ」

 

 独占欲。それが恋なのか、あるいは強者ゆえの収集欲なのか、今の彼女にはまだ分からない。  ただ一つ確かなのは、星野アカリという女王の人生が、佐藤一真というたった一人の男によって、決定的に狂わされ始めてしまったということだ。

 

 

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そしてもう一方、静かな学生寮の一室。氷室 愛華は、スマホの画面を見つめたまま、小さく溜息をついていた。

 

『佐藤君、大丈夫……? 無事に帰れるのを、ずっと祈ってます』

 

 一真に送ったメッセージ。既読はついたが、まだ返信はない。星野アカリという強大な存在。彼女に連れ去られた一真を思い、愛華の胸は不安と、それから自分でも気づかないほどの小さな嫉妬でチクリと痛んだ。

 

「佐藤君……。私、もっと強くならなきゃ。君の隣にいても、恥ずかしくないくらいに……」

 

 愛華は拳を握りしめ、来週の合同演習の資料を読み込み始めた。一真という一石が投じられた学園の池は、今、大きな波紋となって広がり始めていた。

 

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