男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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第7話:保健室の警告と、演習の裏側

「・・・・・・男子を奪い合う、合法的な戦争?」

 

 俺は、九条冴子が突きつけてきたその言葉を、頭の中で反芻した。

 前世のビジネスシーンでも、競合他社とパイを奪い合う「戦争」は日常茶飯事だったが、今の俺が置かれている状況は、もっと原始的で、かつ動物的な生々しさを孕んでいる。

 

 九条は、俺の反応を楽しむように、くるりと椅子を回転させ、窓の外を眺めた。

 

「そうよ。来週行われる『合同演習』・・・・・・表向きは、戦術理解を高めるための模擬戦闘だけど、その実態は違う。各クラス、各派閥が、どれだけ優秀な男子を『所有』しているかを、誇示するための品評会なの」

 

 彼女は、細い指で、窓から見えるグラウンドを指し示した。

 そこでは、女子生徒たちが、常人離れした動きで訓練に励んでいる。

 

「この学園において、男子は『フラッグ(旗)』そのもの。演習中、男子は、敵チームに直接攻撃することは禁じられているけれど、逆に言えば、守られることしか許されない。そして――もし守りきれず、相手チームに捕縛されたら、その男子の『所有権』は、演習後の一定期間、奪った側に移るという、暗黙のルールがあるのよ」

 

「所有権が移る・・・・・・? まるで、物の扱いだな」

 

「ええ、そうよ。ここは、そういう世界だもの」

 

 九条は、嘲笑を浮かべながら、俺に一歩歩み寄った。

 彼女の身長は、女子としては高く、至近距離で見下ろされると、この世界の女子特有の威圧感が、肌を刺す。

 

「普通の男子なら、震え上がって泣き出すところね。でも、君は違う。星野さんが、君を自分のチームに引き込んだのは、単なる慈悲じゃない。彼女は、君という『最高級の宝石』を、誰の手にも触れさせない場所に隔離し、同時に、自分の強さを誇示するための盾にしようとしているのよ」

 

 一真の脳裏に、今朝の校門での、アカリの姿が浮かんだ。

 規律正しい委員長としての仮面。だが、その裏に潜むのは、独占欲という名の狂気か、それとも――。

 

「九条先生。一つ、聞いていいですか」

 

「なにかしら?」

 

「その演習、俺が『旗』として座っているだけじゃなく、能動的に動くことは、禁止されているんですか?」

 

 九条の目が、驚きに細められた。

 

「・・・・・・動く? 男子が? 馬鹿なことを。君たちのひ弱な体で、女子の突撃を受けたら、骨の一本じゃ済まないわよ。それに、男子が戦場を駆け回るなんて、この学園の美学に反するわ」

 

「美学、か。商売じゃ、一番不要なコストですね」

 

 俺が鼻で笑うと、九条は、しばらく呆然とした後、堪えきれないといった様子で、吹き出した。

 

「く、ふふっ! ははは! 本当に面白い子。アカリが執着する理由が、分かったわ。君、自分が、どれだけ『高嶺の花』か、自覚がないのね。その不遜さ、その傲慢さ・・・・・・女子たちの支配欲を、どれだけ煽るか、理解していない」

 

 彼女は、笑いすぎて滲んだ涙を、指先で拭い、一転して真剣な瞳で、俺を見据えた。

 

「いい? 佐藤くん。君が、アカリのチームで演習に出るなら、敵は、他クラスの女子全員だと思いなさい。彼女たちは、アカリという絶対的な女王から、君というトロフィーを奪い取ろうと、虎視眈々と狙っているわよ」

 

 保健室を出て、廊下を歩いていると、曲がり角で人影と、ぶつかりそうになった。

 

「あ・・・・・・」

 

 氷室愛華だった。

 彼女は、授業が始まるというのに、ここで俺を待っていたらしい。

 

「佐藤君、大丈夫だった? 九条先生、すごく怖い人だって、噂だから・・・・・・」

 

「ああ、少し演習のレクチャーを受けただけだよ。心配しすぎだ、氷室さん」

 

 俺がそう言って、彼女の横を通り過ぎようとすると、愛華が、俺の制服の袖を、ぎゅっと掴んだ。

 

「・・・・・・星野さんのチームに、本当に行くの? 私、聞いたよ。今年の演習は、他クラスの有力な人たちが、佐藤君を狙って、同盟を組むって噂・・・・・・。委員長の独走を止めるために、佐藤君を『捕虜』にするつもりなんだよ」

 

 愛華の瞳には、涙が溜まっていた。

 この世界の常識では、男子が捕虜になることは、最大の屈辱であり、精神的な死を意味する。

 

「私じゃ・・・・・・私は、委員長みたいに強くないから、佐藤君を、助けてあげられない・・・・・・っ」

 

 俺は立ち止まり、彼女の震える手の上に、自分の手を重ねた。

 男子の肉体は、確かに弱い。だが、商社マンとして修羅場を潜り抜けてきた精神は、そんなことで揺らぎはしない。

 

「氷室さん。俺は、誰の所有物にもなるつもりはない。星野委員長にも、他の誰にもな」

 

「え・・・・・・?」

 

「俺を『高嶺の花』だと思って、奪い合うなら、勝手にやればいい。だが、その花には、棘があるってことを、あいつらに教えてやるつもりだ」

 

 俺の不敵な言葉に、愛華は、呆然と目を見開いた。

 ひ弱で、守られるべき存在であるはずの男子から放たれた、圧倒的な自信。それが、彼女の中の「常識」を、静かに、しかし確実に壊していく。

 

 その様子を、少し離れた廊下の陰から、アカリが、じっと見つめていた。

 彼女は、自分の胸元に手を当て、速くなる鼓動を、抑えつけるように、小さく、しかし鋭く呟く。

 

「・・・・・・不遜な人。ですが、その棘さえも、私が手折ってみせますわ」

 

 学園中が、一人の男子を巡る、巨大な渦に、飲み込まれようとしていた。

 

 

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