男女比1:20の世界で、元社畜の俺が『高嶺の花』扱いされるまで   作:おぷらてぃー

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なんだこの前世商社マンは・・・


第8話:女王の個人授業

 放課後の喧騒が、遠くの運動部たちの掛け声と共に、校舎に響いていた。

 この世界の放課後は、現代の日本よりも、遥かに「武闘的」だ。グラウンドからは、女子たちの放つ気合の入った叫び声が聞こえ、その振動が、校舎の窓を微かに震わせている。

 

「佐藤さん、準備はよろしいですか?」

 

 教室で帰宅の準備をしていた俺の背後に、影が落ちた。

 振り返ると、そこにはアカリが立っていた。彼女の背後には、二人の取り巻き――いわゆる「執行部」の女子生徒が、俺を監視するように控えている。

 

「準備と言っても、教科書をカバンに入れただけだが。どこへ行くんだ、星野委員長」

 

「決まっているでしょう。来週の演習に向けて、貴方を『教育』しなくてはなりませんわ」

 

 アカリは、当然のことのように言い放つと、迷いのない足取りで廊下を歩き始めた。

 向かった先は、学園の敷地の端に位置する、重厚な瓦屋根の武道場だった。星野家の寄贈によって建てられたというその道場は、一般生徒の立ち入りが制限されている、いわばアカリの聖域だ。

 

 道場の中は、ひんやりとした静寂に満ちていた。

 アカリは、いつの間にか凛々しい袴姿に着替えている。金色の髪を一本の紐で、きりりと結び、竹刀を手にしたその姿は、まさに「戦う女王」そのものだった。

 

「佐藤さん、貴方は勘違いをしていますわ。九条先生から、演習のルールを聞いたようですが、男子が『旗』であるというのは、あくまで表向きの話。本質は、奪い合う側と、奪われる側の、絶対的な実力差を見せつける儀式なのです」

 

 アカリは、俺の数メートル前に立ち、竹刀の切っ先を、俺の喉元へと向けた。

 

「貴方は、あまりにも不遜です。女子に対しても、この世界の理に対しても。その態度は、演習では、貴方の身を滅ぼす毒になりますわ」

 

「毒、か。俺からすれば、過保護という名の檻に閉じ込められる方が、よっぽど不健康に見えるがな」

 

 俺がそう言って鼻で笑うと、アカリの眉が、ぴくりと跳ねた。

 

「・・・・・・やはり、一度その体に、分からせる必要があるようですね。佐藤さん、その木刀を手に取りなさい」

 

 彼女が顎で示した先には、男子の体格に合わせて作られたであろう、少し短めの木刀が置かれていた。

 背後に控える執行部の女子たちが、くすくすと忍び笑いをもらす。

 

「委員長、いくらなんでも、男子相手に木刀を持たせるなんて・・・・・・」

「佐藤君、泣き出さないといいけど」

 

 彼女たちの視線には、悪意というよりも、圧倒的な強者から弱者へ向けられる「憐憫」が混ざっていた。

 男子が武器を持つこと自体が、この世界では、滑稽なパフォーマンスでしかないのだ。

 

 俺は、黙って木刀を手に取った。

 ずしりとした重み。前世、接待ゴルフの代わりに嵌まっていた「古流柔術」の稽古で、何度も握った感覚が、脳の奥底から蘇ってくる。

 

「いいですか。貴方はただ、私の攻撃を凌いで見せなさい。一度でも、私が貴方の体に触れたら、貴方は今日から、私の言うことを全面的に聞き、二度と、その不遜な口を利かないと、誓ってもらいますわ」

 

「いいだろう。だが、もし俺が、一度でもあんたに土をつけたら、どうする?」

 

 道場が、凍りついた。

 執行部の女子たちの笑いが止まり、アカリの瞳に、猛烈なまでの怒りと、それ以上の「愉悦」が宿る。

 

「面白い・・・・・・! 男子が、この私に土をつける? 良いでしょう。もし、そんな奇跡が起きたら、私は貴方の『所有物』にでも、なって差し上げますわ!」

 

「所有物、か。商社マンとしては、リスクとリターンのバランスが悪い投資だが・・・・・・まあいい。乗ってやるよ、星野委員長」

 

 アカリが動いた。

 その速さは、俺の想像を、遥かに超えていた。

 

 女子の身体能力が強化されている世界。

 彼女の踏み込みは、床板を鳴らす間もなく、俺の懐へと到達する。

 

「――っ!」

 

 風を切る音が、耳元をかすめる。

 アカリの竹刀が、鋭い一閃となって、俺の肩を狙った。

 

 普通なら、ここで腰が抜けるか、反射的に目を閉じて終わりだろう。

 だが、俺は商社マンとして、幾多の「騙し合い」や「心理戦」を、潜り抜けてきた。相手が強者であればあるほど、その動きには「確信」という名の隙が生まれる。

 

 俺は、一歩も引かなかった。

 逆に、竹刀が振り下ろされる直前、わずかに前へ――彼女の右足の踏み込み、その内側へと、体を滑り込ませた。

 

「え・・・・・・?」

 

 アカリの目が、驚愕に丸くなる。

 力で対抗する必要はない。彼女の放ったエネルギーの「ベクトル」を、ほんの少し、ずらしてやるだけでいい。

 

 俺は左手で、竹刀の柄を軽く叩き、彼女の重心を、前方へと誘導した。

 

「合気・・・・・・!?」

 

 アカリの体が、慣性に逆らえず、大きく崩れる。

 彼女は、超人的な身体能力で踏みとどまろうとしたが、俺は、その瞬間を逃さなかった。

 

 前世の稽古で叩き込まれた、重心移動の理。

 彼女の脇をすり抜けざま、俺は、彼女の手首を、軽く――しかし正確に「突いた」。

 

 カラン、と乾いた音が、道場に響いた。

 アカリの手から、竹刀が零れ落ちる。

 

「・・・・・・え?」

 

 後ろで見ていた執行部の女子たちが、呆然と立ち尽くした。

 何が起きたのか、理解できていない。ただ、自分たちが崇拝する、絶対的な女王が、一人の男子によって武装解除されたという「視覚的な事実」だけが、そこに転がっていた。

 

 アカリは、自分の手を見つめたまま、立ち尽くしていた。

 震える指先。生まれて初めて味わう、屈辱とも、敗北ともつかない、熱を帯びた感情。

 

「・・・・・・今のは、何ですの?」

 

 彼女の声は、微かに震えていた。

 俺は木刀を元の位置に戻すと、乱れたネクタイを整えながら、冷徹な商社マンの口調で、言い放つ。

 

「力に頼る者は、力の流れに殺される。星野委員長、あんたの動きは、完璧すぎて、逆に読みやすかった。演習では、もっと『理不尽』な相手も出てくるんだろう? 今のは、その予行演習だと思っておけ」

 

 アカリは、ゆっくりと顔を上げた。

 その顔は、怒りで赤くなっているのではなかった。

 

 黄金の瞳が、これまでにないほど強く、熱く、俺を射抜いている。

 

「・・・・・・ああ、やはり。貴方は、私が守るべき宝石などでは、ありませんでしたわ」

 

 彼女は一歩、また一歩と、俺に近づいてくる。

 執行部の女子たちが止めようとしたが、彼女は、それを手で制した。

 

 俺の目の前まで来ると、彼女は、俺の制服の襟を掴み、至近距離で囁く。

 

「毒があり、棘があり、そして――私を屈服させる牙まで持っている・・・・・・。佐藤一真、貴方はもう、ただの男子ではありませんわ」

 

 彼女の呼吸が、俺の頬を撫でる。

 その瞳に宿るのは、保護欲などという生易しいものではない。自分と同等、あるいは、自分を支配し得る「雄」に向けられた、狂おしいほどの情熱だった。

 

「演習が、楽しみになりましたわ。貴方を守るのではない。貴方と共に、この学園を蹂躙する。そして最後に、どちらが勝つか・・・・・・最後まで、見届けさせていただきます」

 

 アカリは、俺の襟を放すと、満足げに微笑んだ。

 その微笑みは、これまでの「委員長」の仮面を脱ぎ捨てた、一人の少女――あるいは、狩人のものだった。

 

 道場を出ると、夕闇が、学園を包み始めていた。

 俺の背中には、アカリと、そして、それを見ていた女子たちの、畏怖の混じった視線が、突き刺さっている。

 

「ふぅ・・・・・・さすがに、心臓に悪いな」

 

 俺は一人、渡り廊下で、溜息をついた。

 手のひらの震えを隠すように、ポケットに突っ込む。

 

 身体能力の差を、経験と技術で補うのは、綱渡りのようなものだ。一度でも、読みを外せば、物理的に粉砕されていただろう。

 

「でも、これで少しは、『対等な交渉』の席につけたか」

 

 だが、俺は、まだ気づいていなかった。

 この一件が、道場にいた執行部たちの口から、瞬く間に、学園中へと広まっていくことを。

 

 ――「委員長の手から武器を落とした、伝説の男子転校生」。

 

 その噂は、一真が望んでいた「ただの生徒」という立場を、完全に粉砕しようとしていた。

 

 彼はもはや、単なる希少な男子ではない。

 女子たちにとって、最も挑戦しがいがあり、そして、最も価値のある「高嶺の花」としての地位を、その実力で、確立してしまったのだから。

 

 

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