魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 Part5

あの日のことを、今でも覚えている。

 

小さい頃──ランドセルがまだ少し大きくて、肩紐がずり落ちそうで、

午後の光がやけに眩しくて、アスファルトが熱を持っていた。

 

友だちと別れて、ひとりで帰っている途中だった。

 

しばらく歩いていると、前から車が近づいてきた。

 

最初は、ただの車だった。何のことはない、普通の車。

でも、近づくにつれて――変だと気づいた。

 

まっすぐ走っていない。

微妙にふらついて、左右に揺れている。

運転席の人影が、がくん、と前に倒れた気がした。

 

「……え?」

 

声が出たのかどうかも分からない。

足がすくんだ。体が言うことをきかなかった。

 

次の瞬間、

 

――ガンッ、という音がした。

 

金属が歪む音。何かが折れる音。

そして、衝撃。

 

私にぶつかった車は、そのまま壁に向かって突っ込んで──

私の体は、壁と車の間に挟まれた。

 

「……ぁ……」

 

痛いとか、怖いとか、そういう感覚じゃなかった。

息ができない、と思った瞬間にはもう、視界が暗くなっていった。

 

時間が止まったみたいに、音が消える。

空気がすっと冷える。

世界が遠ざかる。

 

そして――

 

 

「……ん」

 

──気づくと、私はさっきと同じ場所に立っていた。

 

同じ、午後の光。同じ、熱のこもったアスファルト。

同じ、ランドセルの重さ。

 

……だけど、少し違う。

 

胸が変にざわざわする。呼吸が浅い。

頭が少しぼーっとする。

 

「……?」

 

悪夢を見て、目が覚めた――そういう感じ。

寝てないのに。立ったままなのに。

 

私は"夢"だと思った。

変な想像をしちゃっただけ、暑さで頭がおかしくなっただけ、と。

そう自分に言い聞かせて、また歩き出した。

 

だけど私は、ただ何となく、ふと立ち止まった。

さっきの自分みたいに、ぼんやりと。

 

――そのとき。

 

前から、車の音が近づいてきた。

 

最初は、普通だった。

でも、すぐに分かった。

 

同じ車。

ふらついている。左右に揺れている。

運転席の人影が、がくん、と落ちる。

 

背中の汗が、一気に冷えた。

 

「……あ」

 

声が勝手に漏れた。足がすくんだ。

 

そして、私の前で――

 

――ガンッ!

 

車が電柱にぶつかった。

 

乾いた衝撃音が、空気を震わせた。

金属が潰れる音が遅れて響いた。

 

でも――

私は、無事だった。

 

「…………」

 

車は電柱にめり込み、ボンネットが歪み、前輪が変な角度で止まっている。

運転席の人影は、ぐったりと前に倒れたまま動かない。

 

足元がぐらついて、思わず一歩下がった。

背中に、遅れて冷たい汗が伝う。

 

(……あれ?)

 

クラクションがずっと鳴っている。

 

(……じゃあ、さっきのは……)

 

心臓が早鐘のように鳴っている。

 

周りを見ると、人が集まり始めていた。

誰かが叫んでいる。携帯電話を取り出す人。

車の中を覗き込む大人たち。

 

――同じだ。

 

車も、事故のタイミングも。

違うのは、"私がそこにいなかった"こと。

 

(……やっぱり、おかしい)

 

けれど私は、

その"おかしさ"に、名前をつける勇気はなかった。

理解してしまったら、何かが決定的に変わってしまう気がしたから。

 

だから私は──

 

何も言わず、その場からそっと離れた。

 

誰にも声をかけられないように。

誰にも気づかれないように。

 

 

 

二回目の"それ"は、小学校高学年の遠足のとき。

 

山の上にある展望台で、クラス全員が集まっていた。

遠くまで見渡せる景色に、誰かが歓声を上げて、

先生が「走らなーい!」と声を張り上げている。

 

私はというと、少しだけ周りから外れて、展望台の端に立っていた。

空は高くて、風が気持ちよくて、遠くの町がミニチュアみたいに小さく見える。

 

そのときだった。

 

スピーカーから、少し間の抜けた機械音声が流れた。

 

 

『――ただいま 正午 を お知らせします』

 

 

その言葉を聞いた瞬間、頭の中が一気に「お昼」に切り替わった。

 

(あ、お昼ごはんの時間だ)

 

そう思って、私は何気なく――ほんの気まぐれみたいに、振り向いた。

スピーカーの音がした方を見ようとした、ただそれだけの動き。

 

そのとき、

ぐらり、と足元がずれた。

 

「あ――」

 

声が出る前に体が傾き、反射的に私は柵に手を伸ばした。

 

ぎしっ。

 

嫌な音がした。

何かが無理に軋むような、軽くて不安な音。

 

次の瞬間。

 

──ばきっ。

 

という乾いた破裂音。

 

もたれかかった柵が、壊れた。

 

体はそのまま前に投げ出される。

視界が、空から、岩肌へと一気にひっくり返る。

 

(落ちる)

 

そう思った、次の瞬間――

 

ごん、と。

 

頭に、鈍い衝撃が走った。

 

痛みを感じるより先に、

視界が真っ白に弾けて、音が途切れた──

 

 

──次に気づいたとき、私は、さっきの展望台にいた。

展望台の上。同じ風。同じ空。

同じ、ざわざわした遠足の空気。

 

心臓が、遅れて跳ねた。

 

(……え?)

 

頭がぐらぐらする。

夢? さっきのは、想像?

 

いや、違う。

 

柵の嫌な感触。落ちる感覚。頭を打った感触。

あれは――はっきりあった。

 

私は、いつからか習慣として身につけている腕時計を、無意識に見た。

デジタル表示が、はっきりと目に入る。

 

 

【11:57】

 

 

「……」

 

「三分……前……?」

 

思わず、声に出た。

 

私は無意識に、柵を見た。

 

さっきまで、私の体重を受け止めて、折れて、

そのまま私ごと崖下へ落ちていった――あの柵。

 

今は何事もなかったみたいに、元の形でそこに立っている。

 

(……戻ってる……?)

 

胸の鼓動が早くなる。

 

私はそっと柵に近づいた。

今度はさっきみたいに焦ってじゃなく、確かめるために。

 

私はほんの少しだけ力を込めた。

体重をかけるほどじゃなく、もたれかかるよりも弱いくらい。

 

――ぎしっ。

 

やっぱり、あの音。

嫌な予感が確信に変わる。

 

「……っ」

 

──ばきっ。

 

柵の支柱が折れ、金属と木片が音を立てて崖下へ落ちていく。

 

私は反射的に一歩引いた。

 

崖の向こうで、欠けた柵の残骸が岩肌に当たってがらがらと音を立てる。

 

「……え?」

 

誰かの声がした。

 

「うわ、柵壊れた!」

「危ないな~、あそこ……」

 

私はそこに立ったまま、心臓の音だけがやけに大きく聞こえていた。

 

担任の先生が青い顔で駆け寄ってくる。

 

「波彪さん! 大丈夫だった!?」

 

肩を掴まれて、前後を確認される。

 

「怪我は!?誰も落ちてない!?」

「……だ、大丈夫、です……」

 

先生はほっとしたように息を吐いてから、

すぐに向こうに向かって叫ぶ。

 

「すみません、管理の方ですか?

 展望台の柵が壊れました! 今すぐ来てください!」

 

そのやり取りを聞きながら、私は崖の下を見下ろしていた。

 

すると──

 

 

『――ただいま 正午 を お知らせします』

 

 

私がさっき聞いたのと全く同じ声色の、間の抜けた機械音声が流れる。

 

背中にぞわっと寒気が走る。

 

(……全部、"戻ってる")

 

夢じゃない。偶然でもない。

 

私は──落ちて、"死んで"、"戻った"んだ。

 

その日は、

私の魔法が、【死に戻り】だと、理解してしまった日だった。

 

 

 

そして──

 

三回目──"最後"に死に戻ったのは、おそらく、中学生のころ。

 

 

夕方の帰り道、住宅街の一角が異様な騒ぎになっていた。

 

黒い煙。鼻をつく焦げた匂い。

 

――火事だ。

 

人だかりの向こう、二階の窓から子どもの声が聞こえた。

 

「たすけてぇ!!」

 

掠れて、喉を引き裂くような声。

 

(……!)

 

考える前に──

まず、足が動いていた。

 

私は周囲の制止を振り切って、燃え上がる家の中へ飛び込んだ。

 

中は想像以上だった。

 

煙が低く溜まり、視界はほとんどない。

息を吸うたび、喉の奥が焼ける。

 

(二階──!)

 

手探りで壁を頼りに進み、階段を駆け上がろうとしたその瞬間――

 

――ドンッ。

 

鈍い破壊音が響いた。

 

振り返る間もなく、

すぐ横の壁が、内側から押し潰されるように崩れ落ちた。

 

砕けた木材と瓦礫が、一気に視界を塞ぐ。

 

「――っ!」

 

避ける暇もなかった。

 

衝撃が横から叩きつけられる。

胸を打たれ、息が詰まる。

 

次の瞬間、全身を包む、灼けつくような熱。炎。煙。

 

(……動けない……)

 

そう思ったところで、私の意識は、真っ白に途切れた。

 

 

「……っ!!」

 

次の瞬間、私は家から少し離れた場所に立っていた。

 

同じ煙。同じ騒ぎ。

同じ子どもの叫び声。

 

(……三分……戻った……)

 

時間の感覚で知る。

心臓が、耳鳴りみたいに鳴る。

 

(二階に行く前に……)

 

私は、崩れてくるであろう壁を警戒しながら進んだ。

 

――ドンッ。

 

壁が崩れ、鈍い破壊音が響いた。

砕けた木材と瓦礫が、床に散らばる。

 

私はすぐさま二階へ向かう。

 

でも――

 

咳が止まらない。煙が肺に刺さる。目が焼けるように痛む。

 

(……だめ、だ……)

 

視界が暗くなっていく。

逃げなきゃ、と思ったときには、足が動かなかった。

 

(……これ、死ぬ……)

 

階段を登り切ったところで、呼吸が、途切れた。

 

 

「……っ!!」

 

また、戻った。

 

今度は死に至るまでの時間が長かったのだろう、

子どもの声が、さっきよりも近い。

 

(……時間がない……)

 

感覚で分かった。

このままだと、また同じ場所で詰む。

 

助けるには――

全く別の順路(ルート)しかない。

 

私は、家を見上げた。

 

二階右奥。外壁に、非常用の小さなバルコニー。

 

(あそこだ──!)

 

近くにあった自転車置き場。

壁を蹴って、必死に登る。

 

そして、決死の思いでバルコニーに飛び移った。

 

子どもは、窓のそばで泣いていた。

 

「大丈夫、来た!」

 

抱き上げた瞬間、天井がきしんだ。

 

(……崩れる)

 

考える暇はない。

 

ここまでに来る時点で、

私はもう、頭の中に、飛び降りる場所を決めていた。

 

二階右奥。外壁沿い。

庭に伸びた、剪定されていない低木。

 

私は来た窓から、そのまま外へ――

 

飛んだ。

 

次の瞬間――

 

ばさっ。

 

茂みが私たちを受け止めた。

 

枝が折れ、葉が裂け、衝撃が一気に分散される。

 

そして─

 

――ドンッ!!

 

背後で家の一部が崩れ落ちた。

でも、今回は巻き込まれなかった。

 

私はすぐに、子どもの様子を確認した。

 

震えている。泣いている。

でも、呼吸はある。

──生きてる。

 

外で待っていた大人たちが、一斉に声を上げる。

 

「助かった!!」

「早く、救急車を!」

 

子どもを引き渡した瞬間、私はすぐには動けなかった。

 

足に力が入らなかった。

立とうとしても、膝が笑って動かない。

 

手が、止まらずに震えていた。

 

熱でも、寒さでもない。

怖さと、安堵と、遅れてきた現実感が、全部まとめて押し寄せてきた。

 

──思えば。

 

自分の魔法を【死に戻り】だと理解してから、

私はどこかで、自分の命の扱いを変えてしまったのかもしれない。

 

本来なら、怖がるべき場面で、逃げるべき場面で。

心のどこかに、「死んでも、また戻れる」という前提が

当たり前のように居座るようになった。

 

それは、勇気なんかじゃない。

覚悟でも、善意でもない。

 

ただ、自分の命に、値段を付けなくなっていただけだ。

 

そしてそれが──

私にかかった『呪い』だったのかもしれない。

 

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

 

「私の魔法は──【死に戻り】」

「死ぬと、死ぬ()()()まで戻れる」

 

 

言葉にした瞬間、ホールの空気が、目に見えて固まった。

 

「……三分、前……?」

「死ぬと、って……」

 

私は、ゆっくりと頷いた。

 

「信用しろ、とは言わない」

「だけど……」

 

そして一度、息を吸う。

 

「何か危険なものが見つかったときとか、

 行かなきゃいけない場所が、明らかに危ないとき」

「そのときは、私を呼んでほしい」

 

「……え?」

「ちょ、ちょっと待って……」

 

構わず、続ける。

 

「私が確認する」

「私が先に行く」

「私の魔法は、たぶん、そういう使い方でしか証明できないから……」

 

 

沈黙が漂う。

さっきまでのとは質の違う、重たい沈黙。

 

「…………」

 

誰もが言葉を選びあぐねている、重たい間。

 

その空気を――

 

「……あほくさ」

 

ばっさりと、切り捨てたのはリンリだった。

 

「即死魔法だの、時間停止だの……

 もう十分、やりたい放題の魔法出揃ってるでしょ」

「今さら"死に戻り"? が来たくらいで、驚かないわ」

 

「──だから、そういう自己犠牲ありきの魔法の証明だのなんだのも、いらんいらん」

 

リンリは肩をすくめて言う。

 

続けてアテナが小さく息を吐き、苦笑まじりに口を開いた。

 

「リンリの言う通り、そういうやり方は止そう。

 ここまで規格外の魔法が並ぶと、逆に信ぴょう性が増してくるのも事実だしね」

「……僕自身、感覚がだいぶ麻痺してきてるだけかもしれないけど」

 

そう締めくくり、アテナは自嘲気味に笑った。

 

続いて、ハイジが口を開く。

 

「あの~、危険かどうかは、あたしの魔法でだいたいは事前に分かるから……

 マキがわざわざ行かんでも良くね」

「ただでさえ空気な魔法なのに、これ以上お株奪うのやめて……」

 

彼女なりのフォローなのだろうか、ぼそっとした最後の一言に苦笑がもれる。

 

「あら……私はちょ~っとだけ、ね?

 危険そうな場所とか、怪しい扉とか……

 そういうの、マキちゃんにお願いしようかな~、なんて思ったんだけど♪」

 

と、あえて空気を読まない調子でライトが口を挟む。

 

「まぁこない言うてはりますけども、

 ライトちゃんも本気で言うてるわけやないんでね!」

 

すかさずナツミが冗談めかす。

 

 

そして──

 

今まで少し後ろで様子を見ていたシロが、珍しく一歩前に出た。

いつものふわっとした笑顔はなく、眉をきゅっと寄せている。

 

「……ダメだよ、マキちゃん」

 

その声色からは、いつもの軽さが消えていた。

 

「危険なところに行ったり、"とりあえず行って確認する"

 とか……そういうの、禁止だからね!」

 

思ったよりも強い声で、噛みしめるような言い方だった。

 

「……地下に行くとき、先に歩いて行ってくれたのも、そういうことだったんだね」

「……」

 

シロは一瞬だけ視線を落とし、それからもう一度、まっすぐ私を見る。

 

「"何かあったら自分が先に"って思ってたでしょ」

「戻れるから大丈夫、って」

 

指先が、ぎゅっと握りしめられる。

 

「でもね、それ……全然大丈夫じゃないから」

 

「三分戻れるからって、

 危険そのものに飛び込んでいい理由にはならないよ」

「戻った瞬間から、もう逃げ場がない状況だったら……」

 

シロは目を伏せる。

 

「……だから、マキちゃんには、軽々しくそういうことをしてほしくない」

 

(……シロ……)

 

「……分かった?」

 

顔を上げたシロは、

もうさっきまでの張り詰めた表情じゃない。

 

「分かったら、返事!」

 

ふと気づくと、シロは、いつもの調子の柔らかい顔に戻っていた。

 

「……分かった」

 

そう答えた瞬間、自分が"納得した"というより、

"折れた"のだと分かった。

 

「うん、いい子」

 

シロはそれで満足そうに頷いた。

 

 

「……じゃあ」

 

ぱん、と手を叩いたのはアテナだった。

 

「これで、全員の発表は終わりだね」

「長かったけど……正直、かなり有意義だったと思うよ」

 

場を見渡すと、みんなそれぞれ、疲れた顔をしながらも、

どこか頭の中で情報を整理しているようだった。

 

私も、みんなの魔法を改めて整理することにした。

 

 

【変身】影津アテナ

【凍結】鈴月ミサ

【天候操作】空丸マリー

【寿命可視化】一ノ目ハイジ

【魔法無効化】蜜葉イリス

【身体強化】紺剛ダイヤ

【物質強化】天刻ヤヒメ

【重力操作】地獄谷ポム

【封印】贄熊ライト

【念殺】灰村ノクス

【時間停止】田中ナツミ

【???】殯リンリ

【無し】鵲シロ

【死に戻り】波彪マキ

 

 

(……まとめてみると、やっぱり異常だな……)

 

単体で見ても十分に強力な魔法なのに、それがこれだけ揃っている。

 

カンチョーが言っていた、

『魔女因子が大きく検出された』という言葉も、

今なら少しだけ実感できる。

 

――だけど。

 

その中で、少し──

 

ほんの少し、引っかかる存在があった。

 

 

シロ。

 

 

シロだけが、魔法を持っていない。

彼女自身が、"無い"と、はっきり断言するほどに。

 

それなのに――

魔女因子は、私たちと同じように検出され、

こうしてここに連れてこられている。

 

(……)

 

魔法が無いのに、因子だけが大きい。

それは、普通に考えれば、矛盾している。

 

将来、とてつもない魔法が発現する――

そういう可能性も、考えられる。

 

(……でも)

 

 

(…………)

 

私は、その先を考えるのをやめた。

 

理由は、はっきりしている。

疑い始めたら、きりがないからだ。

 

シロは、シロだ。

今だって、私のことを止めてくれた。

危ないことをするな、と、真正面から叱ってくれた。

 

それを、"何かあるかもしれない"なんて理由だけで、

疑うのは――違う気がした。

 

そう自分に言い聞かせて、私はシロの方を見る。

 

いつも通りの、柔らかい笑顔。

いつも通りの、少し間の抜けた雰囲気。

 

(……大丈夫)

 

私はそう思うことにした。

 

 

「──あ、そうだ」

 

私はふと思い出したように声を上げた。

 

「みんな、"()()"、見える?」

 

そう言って、手のひらを差し出す。

……いや、正確には、手のひらの上に"乗せている"もの。

 

そこには、銀色の()()があった。

 

私には、もう一つ――

自分でもよく分からない、おかしな力があった。

 

力、と呼ぶほど大層なものなのかは分からない。

ただ、"それ"が出来るようになったのは、たぶん最初に死に戻ったとき。

交通事故で、初めて死んだ、あの日からだ。

 

私は、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

引き金は引けない。安全装置があるのかどうかも分からない。

オートマらしい形をしているのに、撃てない、使えない。

 

そして、拳銃にはただ、

『10』という数字だけが刻まれている。

 

友だちに見せても、誰にも見えなかった。触れなかった。

その辺の木に向かって撃とうとしても、

やっぱり引き金は引けず、結局弾丸すら出ない。

 

そのうち私は、

「拳銃を出せる」という事実そのものを忘れていた。

 

そんな程度のもの。

手品にもならない、意味不明な代物。

 

「……これって、手のひら?」

「何や、手相見てほしいん?」

「マキちゃん、生命線とか気にするの?」

「……死に戻りする人の生命線って、どうなん?」

 

誰にも、見えていない。

 

「……ごめん、なんでもない」

 

私は、手を引っ込めた。

 

やっぱり、誰にも見えていないみたいだ。

魔女因子が強い子なら、何か感じ取るかも、なんて思ったけど――

そんなことも、なかった。

 

というか、この拳銃……久しぶりに出したな。

何年ぶりだろう。

 

改めて拳銃を見る。

相変わらず、数字は『10』のままだ。

 

 

「じゃあ、これで発表会は終わります!

 みんな来てくれてありがとう! お疲れさま!」

 

アテナの声が、ホールに明るく響いた。

 

「やっと終わった……やっべ時間切れるバイバイ!」

 

そう言い残して、ハイジが慌ただしくホールを後にする。

 

「無事に終わって何よりです……ほっとしましたぁ……」

「っていうか、念のためハイジに全員寿命視てもらえば良かったね」

「あ~確かに! リンリちゃん頭いい~!」

 

イリスが胸に手を当て、安堵したように息を吐き、

リンリがズバりと率直な感想を述べる。

そして、シロが「お~」と言いたげな、感心した表情でリンリを見ていた。

 

「あたい、まだ朝ごはん食べてないんだよね~」

「朝食、6時から9時までだよ」

 

ミサの容赦ない一言が、ヤヒメの胸に突き刺さる。

 

「……え……」

「ざんね~ん、ヤヒメちゃん、寝坊するからだよ~」

 

マリーは楽しそうに、いたずらっぽく笑った。

 

それぞれ勝手なことを言いながら、

みんなは次々とホールを後にしていく。

 

「……ところで、一番は誰のものですの?

 わたくし、ものすごく自信があるのですが!」

 

ダイヤは自信満々と言った風に髪をなびかせる。

 

「いや、後半がすごすぎて一番はどうかな……

 私の重力操作も、結構自信あったんだけどね」

 

少し苦笑しながら、ポムが肩をすくめる。

 

「順位なんて決めだしたらキリがないから止めておきましょう。

 それに、"一番"なんて状況次第で変わるものよ♪」

 

そこに、ライトが、くすっと笑って口を挟む。

 

「いや、ノクスちゃんの後やなかったらウチかて!

 ウチかて……!」

「……別に、競っていたつもりはないわ」

 

ぐぬぬ、と言いたげに、ナツミがこぶしをぎゅっと握り締める。

それを意に介さず、ノクスは淡々と返す。

 

 

(……私も、行くか)

 

発表会が終わって、

人の気配が少しずつホールから抜けていく。

 

私は、みんなの後ろをついていくように、

ホールを出て、通路へ足を向けた。

 

「……ふぅ」

 

気持ちが、ほんの少しだけ軽くなっていた。

 

緊張が解けたせいか、それとも――

自分の中の、死に戻りについての事を、吐き出した反動なのか。

 

(…………でも)

 

(ほんとに……結局、何なんだろ、()()

 

ふと、手の中の拳銃を見る。

 

誰にも見えず、誰も触れられず、

何の役にも立たない――はずのもの。

 

拳銃に刻まれた数字は、相変わらず『10』のまま。

 

発表会が終わった解放感。

深い意味なんて、なかった。

 

それは、ただの出来心だった。

悪ふざけ、みたいなもの。

 

 

私は、何の意味もないはずの、その拳銃を、

 

 

自分のこめかみに当てる。

 

 

 

 

そして──

 

 

 

ただ、何となく

 

 

何も考えずに

 

 

軽い気持ちのまま

 

 

 

 

引き金を引いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

――ばん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

と、

 

 

音がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

私の世界は終わった。

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