魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 Part6

「──じゃあ、これで発表会は終わります!

 みんな来てくれてありがとう! お疲れさま!」

 

アテナの声が、ホールに明るく響いた。

 

 

「……え」

 

目の前には、さっきと同じ光景。

さっきと同じ声。さっきと同じ空気。

 

(…………)

 

(……戻った?)

 

──私は、死んで、三分前に戻った。

 

理解したくないのに、理解してしまう。

 

「あたい、まだ朝ごはん食べてないんだよね~」

「朝食、6時から9時までだよ」

 

ホールではみんながまた、勝手なことを言い合っている。

ざわざわと人が動き始める気配まで、寸分違わない。

 

私は反射的に、手のひらを見る。

そして、銀色の拳銃を出す。

 

誰にも見えない、触れられない、

弾なんて出るはずのない、意味不明な代物。

 

 

……すると。

 

 

 

 

『9』

 

 

 

 

「……っ!」

 

息が止まった。

 

 

(……減ってる)

 

拳銃に刻まれた数字が、変わっていた。

 

 

「いや、ノクスちゃんの後やなかったらウチかて!

 ウチかて……!」

 

さっき通りの雑談。

さっき通りの、どうでもいい軽口。

 

なのに私は、ひとりだけ別の場所にいるみたいだった。

 

さっきのように、人の気配が少しずつホールから抜けていく。

 

撃った。死んだ。戻った。

そして、拳銃の数字は、一つ減っていた。

 

『10』だった刻印が、今は確かに『9』になっている。

 

 

心臓の奥が、きゅっと縮む。

 

 

馬鹿みたいだ。何の意味もなかった。

 

こんなの、ただの出来心だった。死ぬつもりなんてなかった。

深く考えもせず、"何も起きないはず"だと思ってやっただけだ。

 

それなのに──

 

(……弾が、出た?)

 

この拳銃は、今まで一度も撃てなかった。

木に向けても、壁に向けても、何も起きなかった。

 

なのに、自分に向けたときだけ、音がした。

 

(……自分に、向けて撃ったときだけ?)

 

もしかして、この拳銃は、"撃てる"わけじゃない。

「自分を殺す」という用途にしか、反応しない。

 

そう考えた瞬間、背筋を、冷たいものがなぞった。

 

外に向けた暴力じゃない。誰かを傷つけるための武器でもない。

この拳銃は、最初からずっと──

 

()()()()()()()()()()()()

 

 

 

──そして、この数字。

 

その、意味。

 

頭の中で、静かに仮説が組み上がっていく。

 

 

私は今まで、自ら命を絶とうとしたことはなかった。

 

死に戻りは、いつも事故だった。

車に轢かれて、落ちて、崩れて。

避けられなかった死だけを、経験してきた。

 

それでもこの数字は、今の今まで『10』のままだった。

 

つまり、この数字は、

「死に戻りできる回数」じゃない。

「死んだ回数」でもない。

 

 

事故で死んでも、減らない。増えない。

 

じゃあ……今のこれは──

 

 

──自殺?

 

 

そして、この『9』は、

私が"()()()()()()()()()()"。

 

 

いや……でも。

 

死にたかったわけじゃない。絶望していたわけでもない。

出来心で、何も考えずに、引き金を引いただけ。

どちらかと言えば、これも半ば事故のようなものだ。

 

でも拳銃は、それを"事故"として扱わなかった。

 

「……」

 

(じゃあ──)

 

おそらく……この拳銃を使った時点で、私の死は"自殺"として処理される。

 

意思とか、理由とか、そんな事情は関係ない。

 

この拳銃は、「自分で自分に引き金を引いたかどうか」

それだけを、冷たく数えている。

 

そう考えると、辻褄は合う。

 

 

……だとしたら。

 

私の中に、二つの疑問が浮かんだ。

 

 

一つ目。

 

この拳銃を使わずに、自ら命を絶った場合は、どうなるのか。

 

首を吊る。飛び降りる。薬を飲む。

そういう行為も、この拳銃は"自殺"として扱い、この数字は減るのか。

 

それとも、"この拳銃による死ではない"として、数字は減らないのか。

 

 

そして、二つ目。

 

この数字が、ゼロになったとき。

 

『9』が、『8』になって、『7』になって、

やがて『0』になって――

その先は?

 

(……そのとき、私は──?)

 

 

 

(…………)

 

 

 

答えは、出なかった。

 

 

ホールに一人、取り残される。

 

さっきまで人の声が満ちていた空間は、

今は不自然なくらい静かで、広い。

 

 

でも──

 

今まで自殺なんてしてこなかった。

今回のだって、死にたかったわけじゃない。

 

ただの出来心。たまたま、弾丸が出ただけ。

 

だいたい、今日まで出せることすら忘れていた力だ。

そんなものを、今さら真剣に考える必要なんてない。

 

ましてや、その拳銃の数字が一つ減っていたからって──

それが、何だっていうんだ。

 

そもそも、詳細に確かめる術もない。

 

試すには、また死ぬしかない。

自分で引き金を引くしかない。

そんな方法、わざわざ選ぶ理由なんてどこにもない。

 

死に戻りは、今まで通り起きて、私はちゃんとここにいる。

何も変わっていないし、何も終わっていない。

 

(……考えすぎだ)

 

そう。考えすぎ。

 

私は自分自身に言い聞かせるように、心の中でそう繰り返す。

 

この拳銃も、この数字も、深い意味なんてない。

 

気づけば、また忘れてしまう。

今までそうだったみたいに。

 

そして、自分を納得させるように。

 

 

──大丈夫。

 

 

そう結論づけて、

私は、一人きりのホールを後にした。

 

胸の奥に残った、

小さな引っかかりから、目を逸らしながら。

 

 

 

 

 

 

 

私はいったん、自室に戻ることにした。

 

部屋の前で、ポケットから鍵を取り出し、

かちり、と回して扉を開ける。

 

さっきのことを忘れるために、ぱん、と自分の頬を両手で叩く。

 

ベッドの端に腰を下ろして、少しだけ息をついた。

そして、このあとどう過ごすかを考える。

 

(昨日は、シロとホテルの中を見て回ったっけ)

 

娯楽室、倉庫、医務室、浴場……。

 

「中」のことは、だいたい頭に入った。

だから今日は、「外」だ。

 

机の上を見ると、

いつのまにか補充されていた水のペットボトルが置いてあった。

私はそれを手に取って、軽く振る。

 

(今日は、外を見てみよう)

 

もしかしたら、島の地形とか、建物の裏側とか、

中からじゃ分からなかった何かが見えるかもしれない。

 

(タブレットは……かさばるしいいか)

 

私はタブレット端末を、

机の上のマグネット式の充電器に置いた。

吸い付くように固定されて、小さく光が点る。

 

これで、持ち歩く必要もない。

 

水筒がわりのペットボトル一本と共に。

 

(よし)

 

部屋の鍵を閉め、通路を抜けて正面ロビーへ向かった。

 

 

 

正面ロビーの扉の取っ手に手をかける。

きい、と小さく音を立てて扉が開く。

 

同時に、外の空気が流れ込んできた。

 

湿った風。潮の匂い。

少しだけ、草の匂いも混じっている。

 

私はその匂いを胸いっぱいに吸い込んでから、外へ出た。

 

 

建物の正面には、黒っぽい砂利を敷き詰めた道が、

片方は海の方へ、もう片方は、島の内側の緑が濃くなっている方へ伸びている。

 

私は島の内側の方へと進んだ。

 

なだらかな草地と、低い木々。

さらに奥は、少しだけ傾斜のある丘のようになっていた。

 

ふと横道に逸れて探索したり、景色のいい場所を探してみたりしながら、

しばらく歩いていると──

 

 

『この先、立ち入り禁止エリア』

 

 

という看板が目に入る。

 

(これ、勝手に入ったら規則違反になるやつだよな……)

 

そう思いながらも、私は看板の向こうをじっと見る。

 

今いる場所は、やわらかい緑の草。点々と咲く花。

それに、グラウンドにあった桜。

まるで南国なのに「春」みたいな場所だ。

 

でも、少し先に目をやると、空気の色が少し変わって見えた。

 

進むにつれて、緑が少しずつくすみ、

葉の色に黄や橙が混じりはじめる。

 

足元の草も、青々としていたはずなのに、

ところどころ土の色が見え始めている。

 

このまま歩いていけば、

気づかないうちに、別の季節の中に入り込んでしまいそうだった。

 

そして、その奥。

 

色づきはじめた木々の向こうに、

小高い茶色の山の影が、ぼんやりと浮かんで見えた。

 

春の緑の延長線上にあるはずなのに、

そこだけ、時間の流れが少し違っているみたいだった。

 

まるで──

 

 

(……島の中で、季節が分かれてる?)

 

 

看板の向こうは、「秋」と呼びたくなるような、

そんな空気をまとっていた。

 

(確かめてみたいけど、立ち入り禁止だしな……)

 

私は向こうに見える山の影から視線を外し、くるりと踵を返す。

 

振り返らずに歩き出すと、

背中には、秋の気配だけがかすかに残っていた。

 

 

島の移動できるエリアの端から端まで歩き回っているうちに、

気づけば空はオレンジ色に染まり始めていた。

私の足は、そろそろ帰路に着こうと、ホテルへと向いていた。

 

そのとき、ホテル周辺から少し離れた場所に、

ぽつんと建つ、大きめの施設のような建物が目に入った。

 

外観は無機質で、窓もない。

入口には、例によって――

 

 

『立ち入り禁止』

 

 

(またか……)

 

すると、見覚えのある黒い影が、鍵を手にして立っていた。

 

カンチョーだ。

 

何か、紙束のようなものも手にしながら、

そのまま扉を開けようとしている。

 

「ちょっと、そこのトリ」

 

「……」

 

無視して鍵を開け、そのまま入ろうとするトリ。

 

「……カンチョー」

「はい、何でしょう」

 

めんどくさいな……。

 

「私、ソコノトリ、という白黒の鳥のような名前ではありませんので……」

「質問なんだけど、この島の季節ってどうなってるの?」

 

そう聞くと、いつもの調子の声で言う。

 

「あっと……過去にこの島にいた少女の魔法が最近になって発動してしまい、

 このような状況になっておりまして……」

「過去の魔法……?」

 

……なんか、コラボカフェを開催するときの理由みたいに聞こえるな……江ノ島あたりで。

 

「……まぁ、区画ごとに四季が分かれているようなもの、と思ってください……

 今のこのエリアは、『春エリア』といったところですかねぇ……」

 

……なるほど。

じゃあ、私がさっき見た立ち入り禁止エリアの向こうは、秋エリアってことか。

 

「いずれ整備が済めば入れるようになるので……、

 まぁ、気長にお待ちください……はぁ、忙しい……」

 

そうぼやきながら、カンチョーは鍵を回し、

施設の中へと入っていった。

 

("過去にこの島にいた"……)

 

その言い方が、少しだけ引っかかった。

南の島だし、観光か、バカンスか。

どんな理由で来たにせよ、

"いた"と過去形で語られる時点で、もう島にはいないということだ。

 

(島全体にまで影響するなんて、相当な魔法だったんだろうな)

 

ぼんやりと思考を巡らせながら、

無機質な施設を背に、私はその場から歩き出す。

 

「……あ」

 

ふと、足を止めて振り返る。

 

(そういえば、この建物が何なのか聞きそびれたな)

 

灰色の壁と、重たそうな扉。

いかにも"何かありそう"な雰囲気なのに、

結局中身は何一つ分からないままだ。

 

(まあ、どうせ入れないんだし、別にいいか)

 

そう自分に言い聞かせて、私はもう一度向き直る。

そして、さっきまで歩いていた道を、

今度は引き返すように歩き出した。

 

 

(結局のところ、収穫はなし、か……)

 

これだけ歩き回ったんだから、

脱出できそうな場所の一つはあるかと思ったのに……。

私は、ややしょんぼりしながら帰路につく。

 

しばらく歩いていると、

木々の隙間からホテルの白い外壁が見えてくる。

 

私はそのまま正面ロビーの方へと足を向けようとすると、

アトリエ前のグラウンドの方で、

何やら大道芸のようなことをしている人物がいるのが目に入った。

 

ヤヒメだ。

 

両手を大きく振りながら、

空中に放り投げられているのは――

 

……ボール?

 

しかも、三個や四個どころじゃない。

五個、六個……いや、十個以上──!?

 

「……え?」

 

思わず声が漏れた。

 

そんな私に気づいたのか、

ヤヒメがにこにこしながら遠くから声をかけてくる。

 

「あ、マキちゃん。見てみて~」

 

ボールの数が多すぎる……!

明らかに人間離れしている。

 

「何個でやってるの……?」

「えっとね~、たぶん十二個くらい~」

 

私が近付いて話しかけると、

ボールが落ちてくるのがだいぶ遅いことに気付く。

 

(……ん?)

 

私は視線をずらして、グラウンドの端の方を見る。

すると、桜の木の傍らにはもう一つ影があった。

 

ポムだ。

 

こっちに気づくと、悪戯がバレた子どもみたいに、にやっと笑う。

 

「いや~、さすがに十二個は無理っしょ」

 

私がきょとんとしていると、少し考えてようやく気付く。

 

あ、なるほど。

【重力操作】の魔法か。

 

「ポムちゃん、すごいよね~。

 あたいと違って、一度に何個でも軽くできちゃうんだよ~」

「ちょ、何個でもは言い過ぎ」

 

と、ポムは照れたように頭をかく。

 

「本気出したら島ごと浮かせちゃえそうだよね~」

「いや、普通に無理!」

 

ポムが即座にツッコむ。

そして、用具室の方をちらっと見てから続ける。

 

「魔法で何か面白いことできないかヤヒメと探してたらさ、

 ちょうどいい道具いっぱいある倉庫見つけたんだ」

「野球ボールも、フラフープも、謎に多くて……

 これはもう、やるしかないでしょってなって」

 

「せっかくだし、すごい大道芸しちゃお~ってなったんだよね~」

 

たしかにすごい大道芸だった……。

私が通行人だったら、確実に足を止めて、見入っていただろう。

 

そのとき、グラウンドの周囲に並んだ照明が、順番にぱち、ぱち、と灯った。

空はもう、暗闇に染まり始めていた。

 

「うわ、もうこんな時間か~」

「今日はこのくらいにして、いったんホテル戻ろっか」

 

ヤヒメは最後にひときわ大きくボールを跳ねさせて、

ぽん、と手の中に収めた。

 

「本日の公演は、これにて終演で~す」

「いっぱいの拍手をお願いしま~す!」

「はいはい、お疲れさま」

 

私は苦笑しながらぱちぱちと軽く手を叩く。

 

そして私たちは並んで、明かりに照らされたグラウンドを後にし、

ホテルへと、ゆっくり歩き出した。

 

 

ヤヒメ、ポムと別れた私は、そのまま自室へ向かう。

鍵を差し込んで、くるりと回す。

 

「……今日は、歩きすぎたな」

 

部屋に入った瞬間、どっと疲れが出た。

靴を脱いで、ベッドに腰を下ろす。

 

そのとき。

 

――ぐぅ。

 

静かな部屋に、やけに響く音。

 

(……あ)

(私としたことが、お昼、食べてなかった)

 

朝は発表会のことで頭がいっぱいで、そのまま島を歩き回って、

気づいたら、もう夜だった。

 

「そりゃ鳴るよな……」

 

しばらく、何もせずに天井を見ていた。

ただ、体の力を抜いて、呼吸するだけ。

 

(……そろそろ、食堂行こ)

 

お腹も、ちゃんと限界だ。

 

腕時計を見ると、19時。

夕食の時間にはちょうどいい頃だった。

 

私はベッドから立ち上がり、パーカーを羽織って部屋を出た。

 

食堂の方から、かすかに話し声と、

あったかい料理の匂いが漂ってきた。

 

「……よし」

 

そう小さく呟いて、

私はそのまま、食堂の扉へと向かった。

 

 

食堂に入ると、中はもうほどよく賑わっていた。

湯気の立つ料理の匂い。食器の触れ合う音。誰かの笑い声。

 

私はトレイを手に、料理の前に立った。

 

どれも美味しそうで、正直、どれから取るか迷う。

 

(……歩きすぎて、なんでも美味しそうに見える……!)

 

今日は未知の料理に挑戦してみようか──

 

そう思いながら、トングに手を伸ばした、そのとき。

 

「お~い、マキちゃーん!」

 

聞き慣れた声。

 

顔を上げると、少し離れた席から、シロが大きく手を振っていた。

 

「こっちこっち~! 一緒に食べよ~!」

 

そして、相席してるのはイリスとライト。

 

(……あ、呼ばれた)

 

私は軽く手を振り返して、

料理をいくつか取ると、そのまま三人の方へ向かった。

 

「じゃあ、お言葉に甘えて……」

 

そう言ってシロの隣の椅子に腰を下ろすと、

シロが嬉しそうに笑う。

 

「マキちゃん、発表会のあと、どこ行ってたの~?

 全然見かけないから、心配してたよ~」

 

と、シロがエビをもぐもぐしながら首をかしげる。

 

「ちょっと、ホテルの周辺とか、島の探索をしてた」

「そっか~。昨日は一緒にホテル見て回ったもんね。

 私はね、アテナちゃんといっぱい遊んでたんだよ~」

 

「アテナと?」

 

思わず聞き返す。

 

「うん! アテナちゃんが誘ってくれたの。

 一緒に卓球したり、ゲームしたりしてたんだ~」

「そうなんだ」

 

……もしかして、アテナなりにシロを気遣ってるのかもな……。

シロに魔法がないことを、少し気にしているようにも見えたし。

 

するとライトが、にやにやしながら口を挟む。

 

「卓球はね、ほぼアテナちゃんの独壇場だったわよ。

 シロちゃん、ラケット振るたびに空振りしてて」

「ちょ、ライトちゃん、それ言わないでよ~!」

 

シロがむっとして頬をふくらませる。

 

イリスが、くすっと小さく笑った。

 

「でも、とても楽しそうでしたよ。

 シロさん、ずっと笑っていましたから」

「でしょ~? 楽しかったもん!」

 

私はその様子を見ながら、

箸を動かしつつ、少しだけ胸の奥が緩むのを感じた。

 

(……こうして笑ってるなら、それでいいか)

 

「……あ、そうそう。昨日、マキちゃん、物欲しそうに見てたから。

 良かったら一つどう?」

 

そう言って、ライトはお皿の上で紙をビリっと破ると、

そこには美味しそうなたまごサンドが二つ現れた。

 

「……」

 

私は、そのサンドイッチをじっと見る。

 

「うふふ、大丈夫よ。何もやましいことなんてないから。

 私も一つ頂くわ♪」

 

そう言って、同じサンドイッチ手に取り、ためらいもなく一口かじった。

 

「……じゃあ」

 

それを見て、私もようやくサンドイッチを手に取る。

ほんの少しだけ警戒しながら、口に運ぶ。

 

「……!」

 

噛んだ瞬間、思わず目を見開いた。

ふわふわの卵、ほどよい塩気、香ばしいパン。

このホテルの料理にも負けていない、いや、下手したらそれ以上──!?

 

「美味しい……!」

 

思わず、素直な声が漏れる。

 

「でしょう?」

 

ライトは満足そうに微笑む。

 

「私、結構グルメな方でね。あちこちの名店を巡っては、

 美味しかったものをファイルするのが趣味なの」

「流石は名店の味だ……!」

 

私は、もう一口、たまごサンドをかじった。

ふわっとしたパンと、やさしい甘さの卵が口の中でほどける。

 

「ふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ。

 私自身も料理するのが好きなの。『厨房』もあるみたいだし、

 今度、"お礼"にマキちゃんとシロちゃんにも何か作ってあげる」

 

そう言うと、食堂の奥の厨房の方へと視線をやりながら、

ライトもサンドイッチを口に運んだ。

 

「お礼? って何のこと?」

 

シロはきょとんと首をかしげる。

 

「……毒見、のこと?」

「あら、バレてたのね♪」

 

ライトは悪びれずにそう言った。

 

「だって、用心するに越したことはないでしょう?

 知らない場所、知らない人、知らないルール。

 怖がりなくらいで、ちょうどいいのよ」

 

「でも、いきなり毒見させるって……」

 

「ごめんごめん。だから、こうしてちゃんと謝ってるじゃない♪」

 

ライトは私の皿をちらっと見て、くすりと笑った。

 

「しかも、ちゃんと"美味しい"お詫びつき、でしょ?」

「……まあ、許すけど」

 

私は視線を逸らしながら、もう一口かじる。

やっぱり、美味しい。

 

「……???」

 

シロは、最初から最後まで話についていけていないらしく、

ずっと首をかしげたままだった。

 

(……この話、シロは知らない方がいいかも)

 

そう思って、私は話題を変えることにした。

 

 

「……そういえば、イリスは今日は何してたの?」

 

突然話を振られて、イリスは一瞬だけきょとんとする。

 

「え、私ですか?

 私は……部屋で本を読んだり、少し散歩したり、でしょうか……」

「あ、それと、情報処理室でDVDも観てたりしました」

 

「え、DVDあったの?」

「はい……何故か、ホラー系のDVDに偏っていましたが……」

「え、こわっ!」

「それ誰の趣味だよ……」

 

私とシロが同時にツッコむ。

 

でも、何も置いてないよりはマシだな。

正直なところ、あの部屋、DVDが観れなかったら入る理由すらなさそうだし。

 

「私も、今度観てみよ」

「……あ、私、もう一通り見終わったので、オススメを教えられますよ。

 中には、一見ホラーっぽいのに、後半から急にギャグテイストになるのもありました……」

「ははっ、それ、間違えてDVD選んじゃったんじゃない?」

 

そんな他愛ないやり取りを、イリスとしていたときだった。

 

ライトが紅茶のカップを口元から離し、私とイリスの顔を交互に見比べる。

そして、ふと何かを思いついたように言葉を発した。

 

「……そういえば」

 

「イリスちゃんの【魔法無効化】をマキちゃんに使った状態で、

 マキちゃんが【死に戻り】したら……どうなるのかしら?」

 

 

一瞬、誰も言葉を出さなかった。

 

 

「……え?」

 

シロが、きょとんとした顔でライトを見る。

イリスは、はっとして背筋を伸ばした。

 

「そ、それは……考えたこと、ありませんでした……」

 

私は、箸を持つ手を止める。

 

(……確かに、考えたことなかったな)

 

ライトは、悪気があるというより、

純粋な"思いつき"みたいな顔で続けた。

 

「だって、マキちゃんの魔法は"死んだあとに発動する"でしょう?」

「でも、無効化の範囲にいる間に死んだら……

 その"発動するはずの魔法"は、無効化されたままなのかしら?」

 

「ちょ、ちょっと待って」

 

シロが慌てて手を振る。

 

「それ、考えるだけで怖いんだけど……!」

「……理論上の話よ、理論上。

 実験しよう、なんて言ってるわけじゃないわ」

 

ライトは肩をすくめた。

 

すると、イリスは、申し訳なさそうに視線を落とした。

 

「私の魔法は……

 "発動している魔法"を止めることは出来ますけど……

 "発動する前"の魔法に、どう影響するかまでは……」

 

「……分からない、ってことか」

 

私は小さく息を吐いた。

 

「でもさ」

 

シロが、私の方を見て言う。

 

「分からないことは、分からないままでいいよ」

「危ないかもしれないことを、わざわざ確かめる必要なんてない」

 

「……うん。

 私も、わざわざ"答え"を取りに行くつもりはないよ」

 

ライトは、少しだけ残念そうに、でも納得したように頷いた。

 

「そうね……。

 知らないままでいいことも、きっとあるわよね♪」

「もう! ライトちゃん、変なこと考えすぎ!」

「うふふ、つい、ね、ごめんなさい♪」

 

シロにびしっ、と指をさされて、ライトは肩をすくめた。

 

 

「──ふぅ、お腹いっぱい」

「マキちゃん、何回席立ったっけ……?」

「きょ、今日はお昼食べてなかったんだよ……」

 

シロの私を見る視線がなんか痛い。

 

「この料理、美味しかったわね。

 【封印】しておこうかしら」

 

するとライトは、ビュッフェ台に行き、料理を持って戻ってくる。

そして紙の上に料理をのせると、数秒後、

それは吸い込まれるように紙に【封印】された。

 

「いや、ほんとに便利だな、それ……」

「でも、そんなに使ってて紙がなくなったりしないの?

 一回破ったら、使えなくなっちゃうんでしょ~?」

 

シロがそう聞くと、ライトは余裕の笑みを浮かべながら答える。

 

「私に限ってそんなヘマはしないわ。

 何なら、このホテルのあらゆる場所に"予備"を隠しているもの♪」

 

「たとえば──」

 

そう言うと、自分が座っている椅子の裏側に手を回す。

すると、テープが貼られた【封印】に使う真っ白な紙を手にしていた。

 

「昨日のうちに、ね♪」

 

「えっ、そんなとこに隠してたの!?」

「抜かりないな……」

「用意周到すぎて、逆に怖いです……」

 

半ば呆れたような目でライトを見ながら、私は席を立った。

 

(──今日は、このあと大浴場に行こうかな。ちゃんと湯に浸かりたい気分だ)

 

そう思いながら、トレイを返却口へと持っていく。

 

「じゃあ、みんな、おやすみ」

「おやすみ」

「おやすみなさい~」

 

軽く手を振って、食堂を出ようとした、そのとき。

 

「あ、待ってマキちゃん。

 マキちゃん、今日は大浴場行く?」

「うん」

「じゃあさ、一緒に行こ~。昨日は一緒に行けなかったし」

 

そう言って、にへっと笑う。

 

「別にいいよ」

「やった~!」

 

シロは嬉しそうに小さく跳ねた。

 

「タオルとか、部屋にいったん取りに戻ろっか」

「そうだね」

 

私たちはいったん部屋に戻って、

タオルを手に、大浴場の方へ向かった。

 

夜の廊下は静かで、音が少ない。

窓の外は暗く、波の音だけが、遠くで一定のリズムを刻んでいる。

 

「今日さ、いっぱい歩いたんでしょ?」

「うん、島の端から端の行けないとこまで行った」

「それはもう、絶対お風呂コースだね~」

 

そう言いながら、シロは伸びをする。

 

「湯船でいっぱい溶けよ、溶けるまで」

「人をバターみたいに言うな」

 

軽くそんなやり取りをしながら、私たちは大浴場にたどり着いた。

 

 

引き戸を開けると、あたたかい湯気が顔に当たった。

 

石の床はほんのり温かく、天井近くに溜まった湯気が、照明をぼんやり滲ませている。

 

まず目に入ったのは、広めの浴槽。

縁の一部には、小さな噴出口が並んでいて、

ぶくぶく、と静かに泡を立てている――ジャグジーだ。

 

前は脱衣所までしか入れなかったが──

 

「すご……中もちゃんと広い……」

 

さらに奥を見ると、木張りの小部屋がある。

扉の横には、はっきりとした『サウナ』の文字。

 

(……あれは、あとで気が向いたら、かな)

 

今はただ、湯と泡に身を預けて、体の力が抜けていくのを感じていたい。

 

とりあえず、先に体を流してから、

私はそっとジャグジーの縁に腰を下ろした。

 

湯の中に足を入れた瞬間、じわっと熱が広がって、思わず息が漏れる。

 

「……はぁ……」

「ふいぃ~~~」

 

二人して、ゆっくりと湯船に浸かる。

泡が背中や足に当たって、歩き疲れた筋肉が、少しずつほどけていく。

 

「……ぁ……、溶ける、かも……」

「ほら、やっぱり~」

 

思わず本音が漏れると、シロがくすっと笑った。

 

しばらく、言葉もなく浸かっていると、

体の芯まで温まってきて、指先までじんわり熱を帯びてくる。

頭の奥が、とろとろに溶けるみたいに、思考が鈍っていった。

 

魔法の発表会。

島の探索。

人の魔法。

自分の魔法。

 

……そして、あの拳銃のこと。

 

本当は、まだ少し胸の奥に残っていた、わだかまりみたいなもの。

でも、今は――

それ全部が、湯の中に溶けていくみたいだった。

 

「……こういう時間、大事だね」

 

ぽつりと呟くと、隣のシロが、湯の中で小さく体を揺らして笑う。

 

「だね~」

 

二人で、ほとんど同時に息を吐く。

 

「ふ~……」

「ふい~……」

 

ジャグジーの泡が、ぼこ、ぼこ、と一定のリズムで弾けて、

背中や足をやさしく撫でていく。

 

まるで、今日一日の出来事を、

一つずつ洗い流してくれるみたいに。

 

ジャグジーの音に包まれながら、

今日という一日は、静かに、ゆっくりと、終わりへ向かっていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

【二日目/日記】

 

 

魔法の発表会、終わりました!

途中、何回あくび出そうになったか。

 

でも、ちゃんと我慢しました。

私可愛い大好きえらいねすごいね天才!

 

そんな私の尊い努力に対するご褒美なのか、

発表会終わりに、とってもラッキーな出来事も発生!

たまには、我慢ってやつもしてみるもんだね。

 

しかも、なんだか頑張ってる子もいるみたい。

 

ちょっとだけ囁いて、背中押してあげようかな。

 

 

それにしても、日記ってだるいなマジで。

明日には飽きてそうだわこれ。

 

 

そうそう、ちゃんとメモっとかなきゃ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あと9。

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