「──じゃあ、これで発表会は終わります!
みんな来てくれてありがとう! お疲れさま!」
アテナの声が、ホールに明るく響いた。
「……え」
目の前には、さっきと同じ光景。
さっきと同じ声。さっきと同じ空気。
(…………)
(……戻った?)
──私は、死んで、三分前に戻った。
理解したくないのに、理解してしまう。
「あたい、まだ朝ごはん食べてないんだよね~」
「朝食、6時から9時までだよ」
ホールではみんながまた、勝手なことを言い合っている。
ざわざわと人が動き始める気配まで、寸分違わない。
私は反射的に、手のひらを見る。
そして、銀色の拳銃を出す。
誰にも見えない、触れられない、
弾なんて出るはずのない、意味不明な代物。
……すると。
『9』
「……っ!」
息が止まった。
(……減ってる)
拳銃に刻まれた数字が、変わっていた。
「いや、ノクスちゃんの後やなかったらウチかて!
ウチかて……!」
さっき通りの雑談。
さっき通りの、どうでもいい軽口。
なのに私は、ひとりだけ別の場所にいるみたいだった。
さっきのように、人の気配が少しずつホールから抜けていく。
撃った。死んだ。戻った。
そして、拳銃の数字は、一つ減っていた。
『10』だった刻印が、今は確かに『9』になっている。
心臓の奥が、きゅっと縮む。
馬鹿みたいだ。何の意味もなかった。
こんなの、ただの出来心だった。死ぬつもりなんてなかった。
深く考えもせず、"何も起きないはず"だと思ってやっただけだ。
それなのに──
(……弾が、出た?)
この拳銃は、今まで一度も撃てなかった。
木に向けても、壁に向けても、何も起きなかった。
なのに、自分に向けたときだけ、音がした。
(……自分に、向けて撃ったときだけ?)
もしかして、この拳銃は、"撃てる"わけじゃない。
「自分を殺す」という用途にしか、反応しない。
そう考えた瞬間、背筋を、冷たいものがなぞった。
外に向けた暴力じゃない。誰かを傷つけるための武器でもない。
この拳銃は、最初からずっと──
──そして、この数字。
その、意味。
頭の中で、静かに仮説が組み上がっていく。
私は今まで、自ら命を絶とうとしたことはなかった。
死に戻りは、いつも事故だった。
車に轢かれて、落ちて、崩れて。
避けられなかった死だけを、経験してきた。
それでもこの数字は、今の今まで『10』のままだった。
つまり、この数字は、
「死に戻りできる回数」じゃない。
「死んだ回数」でもない。
事故で死んでも、減らない。増えない。
じゃあ……今のこれは──
──自殺?
そして、この『9』は、
私が"
いや……でも。
死にたかったわけじゃない。絶望していたわけでもない。
出来心で、何も考えずに、引き金を引いただけ。
どちらかと言えば、これも半ば事故のようなものだ。
でも拳銃は、それを"事故"として扱わなかった。
「……」
(じゃあ──)
おそらく……この拳銃を使った時点で、私の死は"自殺"として処理される。
意思とか、理由とか、そんな事情は関係ない。
この拳銃は、「自分で自分に引き金を引いたかどうか」
それだけを、冷たく数えている。
そう考えると、辻褄は合う。
……だとしたら。
私の中に、二つの疑問が浮かんだ。
一つ目。
この拳銃を使わずに、自ら命を絶った場合は、どうなるのか。
首を吊る。飛び降りる。薬を飲む。
そういう行為も、この拳銃は"自殺"として扱い、この数字は減るのか。
それとも、"この拳銃による死ではない"として、数字は減らないのか。
そして、二つ目。
この数字が、ゼロになったとき。
『9』が、『8』になって、『7』になって、
やがて『0』になって――
その先は?
(……そのとき、私は──?)
(…………)
答えは、出なかった。
ホールに一人、取り残される。
さっきまで人の声が満ちていた空間は、
今は不自然なくらい静かで、広い。
でも──
今まで自殺なんてしてこなかった。
今回のだって、死にたかったわけじゃない。
ただの出来心。たまたま、弾丸が出ただけ。
だいたい、今日まで出せることすら忘れていた力だ。
そんなものを、今さら真剣に考える必要なんてない。
ましてや、その拳銃の数字が一つ減っていたからって──
それが、何だっていうんだ。
そもそも、詳細に確かめる術もない。
試すには、また死ぬしかない。
自分で引き金を引くしかない。
そんな方法、わざわざ選ぶ理由なんてどこにもない。
死に戻りは、今まで通り起きて、私はちゃんとここにいる。
何も変わっていないし、何も終わっていない。
(……考えすぎだ)
そう。考えすぎ。
私は自分自身に言い聞かせるように、心の中でそう繰り返す。
この拳銃も、この数字も、深い意味なんてない。
気づけば、また忘れてしまう。
今までそうだったみたいに。
そして、自分を納得させるように。
──大丈夫。
そう結論づけて、
私は、一人きりのホールを後にした。
胸の奥に残った、
小さな引っかかりから、目を逸らしながら。
私はいったん、自室に戻ることにした。
部屋の前で、ポケットから鍵を取り出し、
かちり、と回して扉を開ける。
さっきのことを忘れるために、ぱん、と自分の頬を両手で叩く。
ベッドの端に腰を下ろして、少しだけ息をついた。
そして、このあとどう過ごすかを考える。
(昨日は、シロとホテルの中を見て回ったっけ)
娯楽室、倉庫、医務室、浴場……。
「中」のことは、だいたい頭に入った。
だから今日は、「外」だ。
机の上を見ると、
いつのまにか補充されていた水のペットボトルが置いてあった。
私はそれを手に取って、軽く振る。
(今日は、外を見てみよう)
もしかしたら、島の地形とか、建物の裏側とか、
中からじゃ分からなかった何かが見えるかもしれない。
(タブレットは……かさばるしいいか)
私はタブレット端末を、
机の上のマグネット式の充電器に置いた。
吸い付くように固定されて、小さく光が点る。
これで、持ち歩く必要もない。
水筒がわりのペットボトル一本と共に。
(よし)
部屋の鍵を閉め、通路を抜けて正面ロビーへ向かった。
正面ロビーの扉の取っ手に手をかける。
きい、と小さく音を立てて扉が開く。
同時に、外の空気が流れ込んできた。
湿った風。潮の匂い。
少しだけ、草の匂いも混じっている。
私はその匂いを胸いっぱいに吸い込んでから、外へ出た。
建物の正面には、黒っぽい砂利を敷き詰めた道が、
片方は海の方へ、もう片方は、島の内側の緑が濃くなっている方へ伸びている。
私は島の内側の方へと進んだ。
なだらかな草地と、低い木々。
さらに奥は、少しだけ傾斜のある丘のようになっていた。
ふと横道に逸れて探索したり、景色のいい場所を探してみたりしながら、
しばらく歩いていると──
『この先、立ち入り禁止エリア』
という看板が目に入る。
(これ、勝手に入ったら規則違反になるやつだよな……)
そう思いながらも、私は看板の向こうをじっと見る。
今いる場所は、やわらかい緑の草。点々と咲く花。
それに、グラウンドにあった桜。
まるで南国なのに「春」みたいな場所だ。
でも、少し先に目をやると、空気の色が少し変わって見えた。
進むにつれて、緑が少しずつくすみ、
葉の色に黄や橙が混じりはじめる。
足元の草も、青々としていたはずなのに、
ところどころ土の色が見え始めている。
このまま歩いていけば、
気づかないうちに、別の季節の中に入り込んでしまいそうだった。
そして、その奥。
色づきはじめた木々の向こうに、
小高い茶色の山の影が、ぼんやりと浮かんで見えた。
春の緑の延長線上にあるはずなのに、
そこだけ、時間の流れが少し違っているみたいだった。
まるで──
(……島の中で、季節が分かれてる?)
看板の向こうは、「秋」と呼びたくなるような、
そんな空気をまとっていた。
(確かめてみたいけど、立ち入り禁止だしな……)
私は向こうに見える山の影から視線を外し、くるりと踵を返す。
振り返らずに歩き出すと、
背中には、秋の気配だけがかすかに残っていた。
島の移動できるエリアの端から端まで歩き回っているうちに、
気づけば空はオレンジ色に染まり始めていた。
私の足は、そろそろ帰路に着こうと、ホテルへと向いていた。
そのとき、ホテル周辺から少し離れた場所に、
ぽつんと建つ、大きめの施設のような建物が目に入った。
外観は無機質で、窓もない。
入口には、例によって――
『立ち入り禁止』
(またか……)
すると、見覚えのある黒い影が、鍵を手にして立っていた。
カンチョーだ。
何か、紙束のようなものも手にしながら、
そのまま扉を開けようとしている。
「ちょっと、そこのトリ」
「……」
無視して鍵を開け、そのまま入ろうとするトリ。
「……カンチョー」
「はい、何でしょう」
めんどくさいな……。
「私、ソコノトリ、という白黒の鳥のような名前ではありませんので……」
「質問なんだけど、この島の季節ってどうなってるの?」
そう聞くと、いつもの調子の声で言う。
「あっと……過去にこの島にいた少女の魔法が最近になって発動してしまい、
このような状況になっておりまして……」
「過去の魔法……?」
……なんか、コラボカフェを開催するときの理由みたいに聞こえるな……江ノ島あたりで。
「……まぁ、区画ごとに四季が分かれているようなもの、と思ってください……
今のこのエリアは、『春エリア』といったところですかねぇ……」
……なるほど。
じゃあ、私がさっき見た立ち入り禁止エリアの向こうは、秋エリアってことか。
「いずれ整備が済めば入れるようになるので……、
まぁ、気長にお待ちください……はぁ、忙しい……」
そうぼやきながら、カンチョーは鍵を回し、
施設の中へと入っていった。
("過去にこの島にいた"……)
その言い方が、少しだけ引っかかった。
南の島だし、観光か、バカンスか。
どんな理由で来たにせよ、
"いた"と過去形で語られる時点で、もう島にはいないということだ。
(島全体にまで影響するなんて、相当な魔法だったんだろうな)
ぼんやりと思考を巡らせながら、
無機質な施設を背に、私はその場から歩き出す。
「……あ」
ふと、足を止めて振り返る。
(そういえば、この建物が何なのか聞きそびれたな)
灰色の壁と、重たそうな扉。
いかにも"何かありそう"な雰囲気なのに、
結局中身は何一つ分からないままだ。
(まあ、どうせ入れないんだし、別にいいか)
そう自分に言い聞かせて、私はもう一度向き直る。
そして、さっきまで歩いていた道を、
今度は引き返すように歩き出した。
(結局のところ、収穫はなし、か……)
これだけ歩き回ったんだから、
脱出できそうな場所の一つはあるかと思ったのに……。
私は、ややしょんぼりしながら帰路につく。
しばらく歩いていると、
木々の隙間からホテルの白い外壁が見えてくる。
私はそのまま正面ロビーの方へと足を向けようとすると、
アトリエ前のグラウンドの方で、
何やら大道芸のようなことをしている人物がいるのが目に入った。
ヤヒメだ。
両手を大きく振りながら、
空中に放り投げられているのは――
……ボール?
しかも、三個や四個どころじゃない。
五個、六個……いや、十個以上──!?
「……え?」
思わず声が漏れた。
そんな私に気づいたのか、
ヤヒメがにこにこしながら遠くから声をかけてくる。
「あ、マキちゃん。見てみて~」
ボールの数が多すぎる……!
明らかに人間離れしている。
「何個でやってるの……?」
「えっとね~、たぶん十二個くらい~」
私が近付いて話しかけると、
ボールが落ちてくるのがだいぶ遅いことに気付く。
(……ん?)
私は視線をずらして、グラウンドの端の方を見る。
すると、桜の木の傍らにはもう一つ影があった。
ポムだ。
こっちに気づくと、悪戯がバレた子どもみたいに、にやっと笑う。
「いや~、さすがに十二個は無理っしょ」
私がきょとんとしていると、少し考えてようやく気付く。
あ、なるほど。
【重力操作】の魔法か。
「ポムちゃん、すごいよね~。
あたいと違って、一度に何個でも軽くできちゃうんだよ~」
「ちょ、何個でもは言い過ぎ」
と、ポムは照れたように頭をかく。
「本気出したら島ごと浮かせちゃえそうだよね~」
「いや、普通に無理!」
ポムが即座にツッコむ。
そして、用具室の方をちらっと見てから続ける。
「魔法で何か面白いことできないかヤヒメと探してたらさ、
ちょうどいい道具いっぱいある倉庫見つけたんだ」
「野球ボールも、フラフープも、謎に多くて……
これはもう、やるしかないでしょってなって」
「せっかくだし、すごい大道芸しちゃお~ってなったんだよね~」
たしかにすごい大道芸だった……。
私が通行人だったら、確実に足を止めて、見入っていただろう。
そのとき、グラウンドの周囲に並んだ照明が、順番にぱち、ぱち、と灯った。
空はもう、暗闇に染まり始めていた。
「うわ、もうこんな時間か~」
「今日はこのくらいにして、いったんホテル戻ろっか」
ヤヒメは最後にひときわ大きくボールを跳ねさせて、
ぽん、と手の中に収めた。
「本日の公演は、これにて終演で~す」
「いっぱいの拍手をお願いしま~す!」
「はいはい、お疲れさま」
私は苦笑しながらぱちぱちと軽く手を叩く。
そして私たちは並んで、明かりに照らされたグラウンドを後にし、
ホテルへと、ゆっくり歩き出した。
ヤヒメ、ポムと別れた私は、そのまま自室へ向かう。
鍵を差し込んで、くるりと回す。
「……今日は、歩きすぎたな」
部屋に入った瞬間、どっと疲れが出た。
靴を脱いで、ベッドに腰を下ろす。
そのとき。
――ぐぅ。
静かな部屋に、やけに響く音。
(……あ)
(私としたことが、お昼、食べてなかった)
朝は発表会のことで頭がいっぱいで、そのまま島を歩き回って、
気づいたら、もう夜だった。
「そりゃ鳴るよな……」
しばらく、何もせずに天井を見ていた。
ただ、体の力を抜いて、呼吸するだけ。
(……そろそろ、食堂行こ)
お腹も、ちゃんと限界だ。
腕時計を見ると、19時。
夕食の時間にはちょうどいい頃だった。
私はベッドから立ち上がり、パーカーを羽織って部屋を出た。
食堂の方から、かすかに話し声と、
あったかい料理の匂いが漂ってきた。
「……よし」
そう小さく呟いて、
私はそのまま、食堂の扉へと向かった。
食堂に入ると、中はもうほどよく賑わっていた。
湯気の立つ料理の匂い。食器の触れ合う音。誰かの笑い声。
私はトレイを手に、料理の前に立った。
どれも美味しそうで、正直、どれから取るか迷う。
(……歩きすぎて、なんでも美味しそうに見える……!)
今日は未知の料理に挑戦してみようか──
そう思いながら、トングに手を伸ばした、そのとき。
「お~い、マキちゃーん!」
聞き慣れた声。
顔を上げると、少し離れた席から、シロが大きく手を振っていた。
「こっちこっち~! 一緒に食べよ~!」
そして、相席してるのはイリスとライト。
(……あ、呼ばれた)
私は軽く手を振り返して、
料理をいくつか取ると、そのまま三人の方へ向かった。
「じゃあ、お言葉に甘えて……」
そう言ってシロの隣の椅子に腰を下ろすと、
シロが嬉しそうに笑う。
「マキちゃん、発表会のあと、どこ行ってたの~?
全然見かけないから、心配してたよ~」
と、シロがエビをもぐもぐしながら首をかしげる。
「ちょっと、ホテルの周辺とか、島の探索をしてた」
「そっか~。昨日は一緒にホテル見て回ったもんね。
私はね、アテナちゃんといっぱい遊んでたんだよ~」
「アテナと?」
思わず聞き返す。
「うん! アテナちゃんが誘ってくれたの。
一緒に卓球したり、ゲームしたりしてたんだ~」
「そうなんだ」
……もしかして、アテナなりにシロを気遣ってるのかもな……。
シロに魔法がないことを、少し気にしているようにも見えたし。
するとライトが、にやにやしながら口を挟む。
「卓球はね、ほぼアテナちゃんの独壇場だったわよ。
シロちゃん、ラケット振るたびに空振りしてて」
「ちょ、ライトちゃん、それ言わないでよ~!」
シロがむっとして頬をふくらませる。
イリスが、くすっと小さく笑った。
「でも、とても楽しそうでしたよ。
シロさん、ずっと笑っていましたから」
「でしょ~? 楽しかったもん!」
私はその様子を見ながら、
箸を動かしつつ、少しだけ胸の奥が緩むのを感じた。
(……こうして笑ってるなら、それでいいか)
「……あ、そうそう。昨日、マキちゃん、物欲しそうに見てたから。
良かったら一つどう?」
そう言って、ライトはお皿の上で紙をビリっと破ると、
そこには美味しそうなたまごサンドが二つ現れた。
「……」
私は、そのサンドイッチをじっと見る。
「うふふ、大丈夫よ。何もやましいことなんてないから。
私も一つ頂くわ♪」
そう言って、同じサンドイッチ手に取り、ためらいもなく一口かじった。
「……じゃあ」
それを見て、私もようやくサンドイッチを手に取る。
ほんの少しだけ警戒しながら、口に運ぶ。
「……!」
噛んだ瞬間、思わず目を見開いた。
ふわふわの卵、ほどよい塩気、香ばしいパン。
このホテルの料理にも負けていない、いや、下手したらそれ以上──!?
「美味しい……!」
思わず、素直な声が漏れる。
「でしょう?」
ライトは満足そうに微笑む。
「私、結構グルメな方でね。あちこちの名店を巡っては、
美味しかったものをファイルするのが趣味なの」
「流石は名店の味だ……!」
私は、もう一口、たまごサンドをかじった。
ふわっとしたパンと、やさしい甘さの卵が口の中でほどける。
「ふふ、気に入ってもらえて嬉しいわ。
私自身も料理するのが好きなの。『厨房』もあるみたいだし、
今度、"お礼"にマキちゃんとシロちゃんにも何か作ってあげる」
そう言うと、食堂の奥の厨房の方へと視線をやりながら、
ライトもサンドイッチを口に運んだ。
「お礼? って何のこと?」
シロはきょとんと首をかしげる。
「……毒見、のこと?」
「あら、バレてたのね♪」
ライトは悪びれずにそう言った。
「だって、用心するに越したことはないでしょう?
知らない場所、知らない人、知らないルール。
怖がりなくらいで、ちょうどいいのよ」
「でも、いきなり毒見させるって……」
「ごめんごめん。だから、こうしてちゃんと謝ってるじゃない♪」
ライトは私の皿をちらっと見て、くすりと笑った。
「しかも、ちゃんと"美味しい"お詫びつき、でしょ?」
「……まあ、許すけど」
私は視線を逸らしながら、もう一口かじる。
やっぱり、美味しい。
「……???」
シロは、最初から最後まで話についていけていないらしく、
ずっと首をかしげたままだった。
(……この話、シロは知らない方がいいかも)
そう思って、私は話題を変えることにした。
「……そういえば、イリスは今日は何してたの?」
突然話を振られて、イリスは一瞬だけきょとんとする。
「え、私ですか?
私は……部屋で本を読んだり、少し散歩したり、でしょうか……」
「あ、それと、情報処理室でDVDも観てたりしました」
「え、DVDあったの?」
「はい……何故か、ホラー系のDVDに偏っていましたが……」
「え、こわっ!」
「それ誰の趣味だよ……」
私とシロが同時にツッコむ。
でも、何も置いてないよりはマシだな。
正直なところ、あの部屋、DVDが観れなかったら入る理由すらなさそうだし。
「私も、今度観てみよ」
「……あ、私、もう一通り見終わったので、オススメを教えられますよ。
中には、一見ホラーっぽいのに、後半から急にギャグテイストになるのもありました……」
「ははっ、それ、間違えてDVD選んじゃったんじゃない?」
そんな他愛ないやり取りを、イリスとしていたときだった。
ライトが紅茶のカップを口元から離し、私とイリスの顔を交互に見比べる。
そして、ふと何かを思いついたように言葉を発した。
「……そういえば」
「イリスちゃんの【魔法無効化】をマキちゃんに使った状態で、
マキちゃんが【死に戻り】したら……どうなるのかしら?」
一瞬、誰も言葉を出さなかった。
「……え?」
シロが、きょとんとした顔でライトを見る。
イリスは、はっとして背筋を伸ばした。
「そ、それは……考えたこと、ありませんでした……」
私は、箸を持つ手を止める。
(……確かに、考えたことなかったな)
ライトは、悪気があるというより、
純粋な"思いつき"みたいな顔で続けた。
「だって、マキちゃんの魔法は"死んだあとに発動する"でしょう?」
「でも、無効化の範囲にいる間に死んだら……
その"発動するはずの魔法"は、無効化されたままなのかしら?」
「ちょ、ちょっと待って」
シロが慌てて手を振る。
「それ、考えるだけで怖いんだけど……!」
「……理論上の話よ、理論上。
実験しよう、なんて言ってるわけじゃないわ」
ライトは肩をすくめた。
すると、イリスは、申し訳なさそうに視線を落とした。
「私の魔法は……
"発動している魔法"を止めることは出来ますけど……
"発動する前"の魔法に、どう影響するかまでは……」
「……分からない、ってことか」
私は小さく息を吐いた。
「でもさ」
シロが、私の方を見て言う。
「分からないことは、分からないままでいいよ」
「危ないかもしれないことを、わざわざ確かめる必要なんてない」
「……うん。
私も、わざわざ"答え"を取りに行くつもりはないよ」
ライトは、少しだけ残念そうに、でも納得したように頷いた。
「そうね……。
知らないままでいいことも、きっとあるわよね♪」
「もう! ライトちゃん、変なこと考えすぎ!」
「うふふ、つい、ね、ごめんなさい♪」
シロにびしっ、と指をさされて、ライトは肩をすくめた。
「──ふぅ、お腹いっぱい」
「マキちゃん、何回席立ったっけ……?」
「きょ、今日はお昼食べてなかったんだよ……」
シロの私を見る視線がなんか痛い。
「この料理、美味しかったわね。
【封印】しておこうかしら」
するとライトは、ビュッフェ台に行き、料理を持って戻ってくる。
そして紙の上に料理をのせると、数秒後、
それは吸い込まれるように紙に【封印】された。
「いや、ほんとに便利だな、それ……」
「でも、そんなに使ってて紙がなくなったりしないの?
一回破ったら、使えなくなっちゃうんでしょ~?」
シロがそう聞くと、ライトは余裕の笑みを浮かべながら答える。
「私に限ってそんなヘマはしないわ。
何なら、このホテルのあらゆる場所に"予備"を隠しているもの♪」
「たとえば──」
そう言うと、自分が座っている椅子の裏側に手を回す。
すると、テープが貼られた【封印】に使う真っ白な紙を手にしていた。
「昨日のうちに、ね♪」
「えっ、そんなとこに隠してたの!?」
「抜かりないな……」
「用意周到すぎて、逆に怖いです……」
半ば呆れたような目でライトを見ながら、私は席を立った。
(──今日は、このあと大浴場に行こうかな。ちゃんと湯に浸かりたい気分だ)
そう思いながら、トレイを返却口へと持っていく。
「じゃあ、みんな、おやすみ」
「おやすみ」
「おやすみなさい~」
軽く手を振って、食堂を出ようとした、そのとき。
「あ、待ってマキちゃん。
マキちゃん、今日は大浴場行く?」
「うん」
「じゃあさ、一緒に行こ~。昨日は一緒に行けなかったし」
そう言って、にへっと笑う。
「別にいいよ」
「やった~!」
シロは嬉しそうに小さく跳ねた。
「タオルとか、部屋にいったん取りに戻ろっか」
「そうだね」
私たちはいったん部屋に戻って、
タオルを手に、大浴場の方へ向かった。
夜の廊下は静かで、音が少ない。
窓の外は暗く、波の音だけが、遠くで一定のリズムを刻んでいる。
「今日さ、いっぱい歩いたんでしょ?」
「うん、島の端から端の行けないとこまで行った」
「それはもう、絶対お風呂コースだね~」
そう言いながら、シロは伸びをする。
「湯船でいっぱい溶けよ、溶けるまで」
「人をバターみたいに言うな」
軽くそんなやり取りをしながら、私たちは大浴場にたどり着いた。
引き戸を開けると、あたたかい湯気が顔に当たった。
石の床はほんのり温かく、天井近くに溜まった湯気が、照明をぼんやり滲ませている。
まず目に入ったのは、広めの浴槽。
縁の一部には、小さな噴出口が並んでいて、
ぶくぶく、と静かに泡を立てている――ジャグジーだ。
前は脱衣所までしか入れなかったが──
「すご……中もちゃんと広い……」
さらに奥を見ると、木張りの小部屋がある。
扉の横には、はっきりとした『サウナ』の文字。
(……あれは、あとで気が向いたら、かな)
今はただ、湯と泡に身を預けて、体の力が抜けていくのを感じていたい。
とりあえず、先に体を流してから、
私はそっとジャグジーの縁に腰を下ろした。
湯の中に足を入れた瞬間、じわっと熱が広がって、思わず息が漏れる。
「……はぁ……」
「ふいぃ~~~」
二人して、ゆっくりと湯船に浸かる。
泡が背中や足に当たって、歩き疲れた筋肉が、少しずつほどけていく。
「……ぁ……、溶ける、かも……」
「ほら、やっぱり~」
思わず本音が漏れると、シロがくすっと笑った。
しばらく、言葉もなく浸かっていると、
体の芯まで温まってきて、指先までじんわり熱を帯びてくる。
頭の奥が、とろとろに溶けるみたいに、思考が鈍っていった。
魔法の発表会。
島の探索。
人の魔法。
自分の魔法。
……そして、あの拳銃のこと。
本当は、まだ少し胸の奥に残っていた、わだかまりみたいなもの。
でも、今は――
それ全部が、湯の中に溶けていくみたいだった。
「……こういう時間、大事だね」
ぽつりと呟くと、隣のシロが、湯の中で小さく体を揺らして笑う。
「だね~」
二人で、ほとんど同時に息を吐く。
「ふ~……」
「ふい~……」
ジャグジーの泡が、ぼこ、ぼこ、と一定のリズムで弾けて、
背中や足をやさしく撫でていく。
まるで、今日一日の出来事を、
一つずつ洗い流してくれるみたいに。
ジャグジーの音に包まれながら、
今日という一日は、静かに、ゆっくりと、終わりへ向かっていった。
***
【二日目/日記】
魔法の発表会、終わりました!
途中、何回あくび出そうになったか。
でも、ちゃんと我慢しました。
私可愛い大好きえらいねすごいね天才!
そんな私の尊い努力に対するご褒美なのか、
発表会終わりに、とってもラッキーな出来事も発生!
たまには、我慢ってやつもしてみるもんだね。
しかも、なんだか頑張ってる子もいるみたい。
ちょっとだけ囁いて、背中押してあげようかな。
それにしても、日記ってだるいなマジで。
明日には飽きてそうだわこれ。
あ
そうそう、ちゃんとメモっとかなきゃ。
あと9。