魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 Part7

カーテン越しの光が、やけに強い。

おでこがじんわり熱くなって、つい顔をしかめる。

 

「……まぶし……」

 

腕で目元を隠すが、それでも光は容赦なく染みてくる。

 

ぼやけた視界の中で、時刻を確認する。

 

「……9時、半……?」

 

一瞬、理解が遅れる。

 

昨日の夜のことが、遅れて頭に流れ込んできた。

 

確か昨日はお風呂に入ったあと、隣の休憩室に行って……。

 

「そうだ……夜更かしして、シロと一緒に漫画読みまくってたんだった……」

 

「マキちゃん、ちょっとだけ読も!」の一言から始まって、

気づいたら黙々とページをめくる音と、時々笑うシロの声だけが続いてて。

ふと時計を見たときは、夜中の3時過ぎ──

 

「……居心地よすぎるんだよ、あそこ……」

 

ベッドの上で、ごろっと転がる。

 

 

(…………)

 

「三日目、か……」

 

この島に連れてこられて、今日で三日目。

カンチョーから"卒業"なんてルールを提示されても、今のところ何も起きていない。

 

なまじ環境が良いせいで、

みんなの空気はどこか"観光"に近い。

海も建物も綺麗で、食事もちゃんとしていて、お風呂と休憩室は快適で。

少なくとも"閉じ込められている"感じは薄れてきている。

 

でも、それが逆に少しだけ怖い。

 

島を歩き回っても、脱出の手段がないことはもう分かっている。

どこまで行っても結局は"島の中"だ。

 

だけど、もしも――

 

どうしても、この島から出たい人がいたら?

 

観光気分なんてきっと続かない。

この島を"檻"だと思う人だっているはずだ。

 

たとえば──

外にどうしても戻らなきゃいけない理由がある人。

待っている誰かがいる人。

失いたくないものが、島の外にある人。

 

「……そういう人は……」

 

口に出さずに、続きを頭の中で転がす。

言葉にした瞬間、形になってしまいそうで、不安だった。

 

このまま何も起きなければいい。

 

そう思う気持ちと、何かが起きるかもしれない、

という嫌な予感が、胸の中で交錯していた。

 

「……考えすぎ、かな」

 

自分に言い聞かせるみたいに、小さく呟く。

 

今はまだ"整備中"とやらのエリアもいずれ開放されるはず。

そこに港があるのか、船があるのかは分からないけど、

もしかしたら、そこから脱出の糸口が見つかるかもしれない。

 

だから今は、余計なことを考えずに、ただ待つだけ。

 

疑ったり探り合ったりして疑心暗鬼になるより、

普通に過ごして、普通に笑って、

普通に一日を終えるほうが、きっと楽だ。

 

不安をいくら募らせても答えは出ない。

だったら、今は――

 

「……信じとこ」

 

誰をなのか、何をなのか。

それははっきりしないまま、そう決める。

 

「っし!」

 

気を取り直して、小さく気合を入れてから

ごきげんな朝飯を摂るために食堂へ行く――つもりだった。

 

ドアに向かって歩きながら、頭の中ではもう、

湯気の立つごはんと、焼き魚と、卵焼きが並んでいた。

 

……のに。

 

「……あ」

 

ゆっくり腕時計を見る。

ばちくそ9時を過ぎており、何なら10時の方が近い。

 

「……朝ごはん、9時までだった……」

 

一瞬、時が止まったみたいに動けなくなる。

 

「……昼まで時間潰そ……」

 

ぽつりと呟いて、予定をあっさり書き換える。

ごきげんな朝飯を諦め、ごきげんなランチのために体を動かしに部屋を後にした。

 

 

グラウンドの方へ足を向けると、何やらアトリエで何かを描いている人物が目に入る。

 

アテナだ。

 

私は窓の外からこっそり覗いてみる。

 

キャンバスはイーゼルにしっかり固定されていて、

アテナのその視線は、グラウンドの端に立つ桜の木と、

そのキャンバスを何度も行き来していた。

 

片手にはパレット、もう片方には先の細い筆。

 

アテナがキャンバスに筆を置くと、さっと柔らかい色が広がった。

枝の流れをなぞるように、長い線と短い線を組み合わせて桜の木の形を作っていく。

 

(おぉ……!)

 

ときどき少し離れて全体を見て、

「うーん」と顎に手を当てて考え、また近づいてはピンクの色を足す。

 

エプロンの裾には、絵具の小さな跡がいくつも付いている。

それだけ集中して描いている証拠のようだった。

 

そして私が見入ってる間に、鮮やかな桜の木がキャンバスに出来上がっていた。

 

(すご……)

 

アテナにこんな特技が……!

 

筆を動かす姿は静かで、迷いがなくて、まるで芸術家のようだった。

 

(……邪魔しちゃ、悪いよな)

 

私は窓からそっと視線を外して、

足音を殺すみたいにそろっと距離を取る。

 

グラウンドで軽く運動でもしようと思ってたけど、

あの集中を乱すのはさすがに気が引ける。

 

私はまた再び予定を変更して、別の場所に行くことにした。

 

 

娯楽室に行くと、何やらハイジが

家庭用ゲーム機がいっぱい入ったカゴをじっと見つめていた。

 

「何やってるの?」

 

背後から声をかけた瞬間、

 

「おわぁ!?」

 

びくっと跳ねて、ハイジは小動物みたいに飛びのいた。

 

「び、びっくりした……急に声かけんなよも~……」

「ご、ごめん……で、何してたの?」

 

そう聞くと、ハイジはカゴを指さしながらやけに真剣な顔になる。

 

「これさ、中に入ってるの、プレミアついててどこにも売ってないのも混じってんの……!

 しかもさ、こんな雑に入れてるってことは、たぶん価値わかってないんよ、これ!」

「へぇ……」

 

正直、私にはよく分からないけど、ハイジの目は本気だった。

 

「だからさ、『こんな粗末に扱うくらいなら、いっそあたしにくれ!』って、

 カンチョーに直談判しに行ったんよ……!」

 

すごい度胸だな……。

 

「そしたら……?」

 

と、私は続きを促す。

 

「『島から出られたら、いくらでもどうぞ』だって!」

「……ちょ、ハイジ、まさか……!?」

「つまり無理ってことじゃん!?」

 

ハイジは自分で言って、自分で肩を落とす。

 

なんだ、良かった……。

ゲームのために一線を越える気なのかと思った……。

 

まぁ、さすがにそこまではしないよな……?

 

「うう……ほじいほじいほじい……!」

 

ハイジがものすごいもの欲しそうな眼差しでカゴを見つめている……。

 

「……あ、じゃあこのゲームは持っていけないけど、このゲームで遊ぶのはどう?」

 

と、ハイジの物欲を紛らわせるために提案する。

 

「……ホテルのどこ探してもテレビながっだ……!」

「……あ……」

 

そうだった……!

ま、まずい!

 

「あ、あー! そういえば、テレビはないけど、DVDは見られるらしいよ!」

「……DVD?」

「そうそう! イリスが昨日言ってたんだけど、情報処理室に置いてるって!」

「そうなんだ……」

 

ちょっとだけ興味を持ってくれたか……?

 

「だからさ、ゲームのことはいったん忘れて、一緒に見よう」

「……」

 

ハイジはしばらく、未練たっぷりの目でカゴを見つめてから、

はぁー、と大きく息を吐いた。

 

「……ゲームは逃げないけど、時間は逃げるもんね……」

 

そう言って、私のほうを見る。

 

「……それ、ホラーとかじゃないよね?」

「コメディだってさ(偽証)」

「……じゃあ、いっか」

 

こうして、ゲームへの未練をひとまず引きずりながらも、

なんやかんやで、ハイジと私は一緒にDVDを見ることになった。

 

 

そして情報処理室にやってきた。

 

「いやホラーしかないじゃん!?」

「あ、あれれ~、おっかしいぞぉ~」

 

『10番出口』

『リンク』

『仄温いお湯の底から』

『シラユリ団地』

『ちょっとカメラ止めろ』

『変なホテル』

 

「どれも嫌な予感しかしないんだけど……」

「いや、イリスの話だとコメディもこの中にあるって……」

 

その言葉にそそのかされたのか、ハイジは、

 

「……せっかく来たし、一本だけ。

 一番タイトルがマシそうなのだけ見る」

 

と、苦渋の決断みたいな顔で言う。

 

「……ど、どれにする?」

 

私が聞くと、ハイジは少し悩んだあと一枚のDVDを手に取った。

 

「……これ。『仄温いお湯の底から』」

 

「そ、それなんだ……」

 

「"仄温い"ってとこが、

 ちょっと情緒ある感じでマシかなって……」

 

それでも他に決め手もなく、

結局その一本を手に取って再生席へ向かった。

 

そしてディスクを入れる。

 

 

────────

 

 

画面が暗転して、水の音が、ぼちゃ……と響く。

するとどこからともなく、シャワーのような音も聞こえてくる。

 

「……もう嫌な感じしてる」

 

湯気の立つ浴場。人の気配はなく、

カメラがゆっくり水面に近づいていく。

 

水面が揺れる。

仄かに温かそうな湯の中に、何か──黒い影が沈んでいる。

 

「……ねぇ、これたぶんあの中で一番、」

「まだ始まったばっかだから……コメディかもしれないから……」

 

念仏のようにハイジは唱える。

 

 

すると──

 

 

カメラが近づく

 

影が

 

ゆっくり

 

こちらを向く

 

『……あ、あ、あ……』

 

画面いっぱいに映ったのは、

濡れた髪に覆われた、人の顔――。

 

「ぎゃああああ!!」

 

二人同時に、椅子から跳ねた。

 

 

────────

 

 

「…………」

「正直、すまなかった」

 

若干魂が抜けかけているハイジに、私は素直に頭を下げた。

 

そして、ビュッフェ台から美味しそうなパエリアをたっぷりお皿に盛る。

む、この生ハムも美味しそうだ。

 

「ほら、ハイジも食べよ」

「……あ、あ、あ……」

 

(さっきのユーレイのモノマネかな?)

 

私は生ハムを一枚つまんで、

そっとハイジの口元に持っていく。

 

「……あ、あ、む、あむ……美味しい……」

「正気に戻った……!」

 

目にちゃんと色が戻ったハイジと一緒に、

改めてごきげんなランチを楽しむことにした。

 

パエリアの湯気が立ちのぼって、食欲を刺激する。

さっきまでの恐怖が、少しずつ上書きされていく。

 

「へぇ~、あそこ、DVDなんてあったんだ」

 

いつの間にか同じテーブルに座っていたリンリが、興味深そうに言う。

 

「うん、いつからか置かれてたらしい」

「いや、置かなくていいよもう……罠すぎるだろ……」

 

ハイジが涙声になりながら、それでもパエリアを口に運ぶ。

 

「映画くらいの長さだと、観る前にショック死対策でハイジの魔法使ってもアウトだね。

 有効期限一時間だし」

 

リンリが冗談めかしてけらけら笑う。

 

「ひ、他人事だと思いやがってぇ……! お前の寿命を視てやる!

 ……クッソー死なねぇ!」

「はっはっは」

「まぁ、あの映画を選んだのはハイジだしな……」

 

私は苦笑しながらスープを一口飲む。

 

すると、ハイジがぽつりと呟いた。

 

「……っていうか、リンリはあたしの魔法、信じてくれるんだね」

「ん? なんで?」

 

リンリが首をかしげる。

 

「あたしの魔法さ、正直なところ、性質上、証明しようがないんだよね……」

「視えるの、あたしだけだし。“出てないから安全”って言われても、

 他の人からしたらただの言葉だけじゃん」

「だから発表会のとき、信じてくれるか不安だったとこもあるんよ……」

 

リンリは「んー」と少しだけ考えてから、あっさりと言った。

 

「そりゃ、信じるでしょ」

「……え?」

 

ハイジはきょとんとする。

 

「だってさ、ハイジがわざわざそんな嘘ついて得する場面、思いつかないし」

 

あっけらかんとした様子でリンリは続ける。

 

「あと、嘘つけるタイプじゃないってなんとなく分かるし」

「……それ、褒めてる?」

「褒めてる褒めてる」

 

リンリがピザを口にしながら笑う。

 

「……私の【死に戻り】もみんな信じてくれたし、

 ハイジの魔法もみんな信じてるんじゃないかな」

「……そっか」

 

ハイジの表情が、ふっとゆるむ。

さっきまでの不安が少しだけ溶けたみたいだった。

 

そんなちょっとしんみりした空気を、

何も気にしない顔でぶち壊すようにリンリが言う。

 

「てかさ、私もそのDVD観たいんだけど。

 まだ全部観てないなら、食べ終わったらハイジ、一緒に観ない?」

「え゛」

 

ハイジが完全にフリーズする。

 

「そのどれかにコメディ混ざってんでしょ?

 地雷ゲームみたいで面白そうじゃん」

「いや、もう一発目から特大の地雷踏んだんだよ……」

 

さすがにハイジのメンタルが不安になってきたな……。

 

「リンリ、代わりに私が付き合うよ。

 ハッキリいってハイジはこの闘いについていけない」

「あ、ほんと? じゃあハイジの代わりにマキで」

「誰でも良いんかい!」

 

ハイジがすかさずツッコんだ。

 

そこへ、陽気な声が飛んできた。

 

「やぁやぁそこなお三方、楽しそうやなぁ。今から何かするん?」

 

振り向くと、ナツミが手を振って立っていた。

 

「今からコメディ映画観るの」

「え、ウチも観たい! 一緒して良い?」

「良いよ」

 

すかさずリンリが即答する。

一応、嘘はついていないな。

 

私がそんなことを考えていると、

後ろで、ハイジが敬礼のポーズを取っていた。

 

 

──────

 

 

ということで、三人でホラー映画祭りを開催することになりました。

終了条件は、コメディ映画を引き当てることです。

 

 

1本目、ハズレ

 

「いやこの映像何やねんこわ……」

「え、井戸……?」

「得体の知れない怖さがあるね」

 

2本目、ハズレ

 

「私ならドア絶対開けないわ」

「え、むしろ開けない?」

「いや焼却炉とか無理やわウチほんま」

 

3本目、ハズレ

 

『妙でしょ?

 このホテルのマップ……"窓が一つもない"んですよ』

 

描き忘れてしまいました。

大変申し訳ございませんでした。

 

4本目、ハズレ

 

「なんやこのおっさん!?」

「これは……いくらか怖さはマシかな」

「でもコメディではないでしょー」

 

 

──────

 

 

「いや……基本全然コメディちゃうかったやん……?

 何やこの……貰い事故……」

 

どっちかというと当たり屋みたいな感じだったろ……。

 

「私も、最後の最後までコメディ引けないとは思わなかったわ……」

 

さすがのリンリも、ぶっ続けでホラー映画を何本も見続けて、どこか疲れている様子だった。

 

「いやでも、最後のはウチ好きやったで。

 前半はホラーかと思ってこれもう全部地雷か? 思たけど」

「うん。ホラーの余韻がいい意味でぶち壊されたね」

 

それでも、やっと笑える映像にたどり着いて、

三人ともようやく肩の力が抜けた。

 

エンディングが流れた頃には、外はもうすっかり夜だった。

 

「コメディうんぬんはともかく、全部テイスト違ってて面白かったわー」

「いやー次はコメディも入荷するようにカンチョーに頼んどかなな~」

「私は、ホラーは当分いいかもな……」

 

ぐぐーっと伸びをするナツミに向かって、苦笑しながら言う。

 

そろそろ情報処理室を出ようとしたそのとき、

ふと、部屋の隅にある端末が目に入った。

 

さっきまでは、DVD再生用の設備くらいにしか思ってなかったけど、

よく見ると、画面の一部に二つの映像が分割して並んでいる。

 

「あれ、これ……」

 

近づいて画面をのぞき込む。

 

二つの映像。どちらもどこか見覚えのある場所――

トイレの入り口を映していた。

 

「……監視カメラ?」

 

リンリも気づいたらしく、私の横に並んで画面を覗き込む。

 

「あぁそれ、私が前きた時からずっと表示されてたよ。

 監視カメラの映像、ここで見られるっぽいね」

「ほんま、トイレの前て! 場所のチョイス嫌すぎるやろ」

 

ナツミが怪訝な表情でツッコんだ。

 

私は画面の端に並んでいる小さな表示に目を留めた。

"カメラ切替"とか、"分割変更"の横に、

ひっそりと"編集"の文字がある。

 

「……これ、なんだろ」

 

なんとなく、そっと触れてみる。

すると──

 

【一日目】【二日目】【三日目】

 

と並んだ一覧が開いた。

まるで、映像の"記録"をまとめたリストみたいだ。

 

リンリが画面を覗き込みながら言う。

 

「たぶん、古いの消したり、残すやつ選んだり、

 そういう管理用の機能なんじゃない?」

「あー……」

 

私は一覧を眺めたまま、ぽつりと返す。

 

「って、管理者権限とかもなしに、

 勝手に消したりできて良いのか……?」

「まぁ、どうせトイレの前しか映してないんだし、

 変わらないっしょ」

 

軽く言うリンリに、ナツミが声をかける。

 

「ほな次は、トイレの前鑑賞会でもしよか」

「誰がするか」

 

即答でリンリが切り捨てる。

 

「ホラーよりマシや!」

「比較対象が終わってるんだって」

 

私も思わず苦笑する。

 

 

「ふぅ、じっとしてたら体動かしたなってきたわ。

 ちょっくら誰かと卓球でもしてこよかな。一緒どう?」

 

ナツミが肩をぐるぐる回しながら言う。

 

「私は体流したいかなー。シャワーか大浴場かは検討中」

 

リンリは伸びをしつつ、のんびり答える。

 

「え、もう晩ご飯の時間だし、食堂行かないの?」

 

私は時計を見ながら言った。

 

……三者みごとに行き先がバラバラだった。

 

「……じゃ、解散ってことで?」

 

私がそう言うと、三人同時になんとなく頷いた。

 

「ほな、ウチは卓球台に突撃してくるわ」

「私は……シャワーよりもやっぱりお風呂かな」

「私はご飯。今日は脳みそ使いすぎたから、栄養補給してくる」

「その理由、万能すぎん?」

 

自然と笑いがこぼれる。

 

情報処理室のドアを開けると、廊下の空気が少しひんやりしている。

夜の匂いが、建物の中にも入り込んでいるようだった。

 

「じゃ、またね」

「卓球終わったらウチも食堂行こ」

「二人とも、また」

 

軽く手を振り合って、そのまま食堂の前で別れた。

 

 

 

 

 

「……ふぅ、満足満足」

 

今日の晩ご飯はハンバーガーにした。

普段はお茶か水で済ませることが多いけど、

ハンバーガーだけは、コーラを合わせたくなる。

 

そのまま自室に戻ろうとして、鍵を開けようとしたそのとき──

 

「あっ……お待ちください……」

 

背後から聞き覚えのある声。

 

「…………」

 

私は振り返って、声の主――カンチョーをじっと見つめる。

 

「……(ナゲット食べ忘れたな……)」

「なんだか失礼なこと考えてません?」

 

カンチョーはちょっと疑わしそうな目をしつつも、

咳払いをしていつもの調子で話を切り出した。

 

「実は……『魔女裁判』についてのルールの追加のお知らせに参りまして……」

「ルール追加……?」

 

"魔女裁判"という単語を聞いた瞬間、胸の鼓動が少し早くなる。

 

「……いえ、ごく単純なルールですよ。

 スマホをお持ちでしたら、確認してみてください」

 

私はポケットからスマホを取り出して、例の『魔女裁判』の項目を開く。

 

スクロールすると、知らない一文が確かに増えていた。

 

 

・魔女裁判中は、いかなる場合でも魔法の使用を禁止します。

 

 

「……禁止?」

 

思わずカンチョーを見る。

 

「はい。裁判の公平性を保つため、との判断です……。

 ほら、たとえば……"処刑"が決まった方が、魔法を使って抵抗すると、厄介でしょ?」

「魔法を使用した時点で、その方や、他の皆様へのデスペナルティがあるかもしれません」

「なっ……!」

「……まぁ、銃業員にとっては、あなた方を制圧すること自体は些事なのですが、

 面倒なのは事実でして……」

「……連帯責任だと、魔法の使用も躊躇ってくれそうですし……?」

 

あまりにも軽い調子でカンチョーは言う。

 

「……じゃあ、私が処刑される場合はどうなるんだ」

 

私はカンチョーに問いただすように詰め寄る。

 

「私の魔法は死んだら勝手に発動するから、禁止されても守れない。

 そもそもの話、処刑自体ができないはずだ」

「いえ、その点はご心配なく……」

「……?」

 

カンチョーは羽を広げて言う。

 

「そもそも、犯人が"不死性"を持つ魔女となった場合も想定済みでして……。

 そういった場合の"措置"もちゃんとございますので、ご心配には及びません……」

「……っ!」

「詳細までは言えませんが、まぁ、そういうことで……。

 では、私はこれで」

 

そう言うと、カンチョーはくるりと背を向けた。

 

「…………」

「……ちょっと待って」

 

思わず声が出た。

 

「……はい?」

 

カンチョーがゆっくり振り返る。

 

「……魔女裁判中の魔法の禁止だなんて、ずいぶんな念の入れようだけどさ。

 そんなに"使ってほしくない魔法"なんてあるの?」

 

一瞬だけ、カンチョーの表情が固まった。

私は続ける。

 

「まるでさ、全部分かってますって前提でルール作ってるみたいだよね」

 

「裁判を壊す魔法が最初からリストアップされてて、

 それをまとめて封じるために、"裁判中は全部禁止"って雑に括ったかのような」

 

「……まるで、私たちの魔法を

 最初から全部、詳細まで把握してるみたいな言い方だ」

 

「…………」

 

カンチョーはすぐには答えなかった。

だが、その沈黙自体が、一つの返事みたいに感じられた。

 

「……まぁ」

「別に隠してたつもりはないんですがねぇ」

 

するとカンチョーは、何でもない様子で続ける。

 

「ええ、おっしゃる通り……あなたがたの魔法は詳細まで全部把握しています……。

 というよりもですね……

 把握していないと、いくら隠しカメラで見ていようと、"公平な判断"なんてできませんから」

 

私は半ば揚げ足を取る形で、そこに食って掛かった。

 

「じゃあ、私たちがその"公平な判断"とやらをするためには、

 みんなの魔法は開示すべきじゃないの?

 ちゃんと詳細まで把握してるんならさ」

 

カンチョーは困ったように羽をすくめる。

 

「まぁ、そうしても構わないんですが……

 ほら、殯リンリさん」

「あの方、自分の魔法の情報を秘匿したいようじゃないですか」

 

「……」

 

「そういう方の意思は、尊重してあげませんと」

「ですので、殯リンリさんが自ら情報を開示する気にならない限り、

 全員の魔法を詳細に開示することはできませんねぇ」

 

のらりくらりと、でも一見、筋が通っているようにも聞こえる言い分。

 

「……じゃあ」

 

私はゆっくり言葉を選ぶ。

 

「リンリが言う気になったら、みんなの魔法の詳細は

 ちゃんと教えるってこと?」

「まぁ……そうなりますかねぇ……。

 その時は、今回のルール追加のように、

 スマホのプロフィール欄に魔法の詳細を追記いたしますよ」

 

私は無言で自分のスマホの画面を見下ろす。

 

そこに並ぶ、自分の名前、誕生日、身長、体重、好きなこと(編集可)。

魔法の詳細、なんて言えるほどのことは何も書いていない。

 

 

「追記、されるといいですねぇ」

 

 

その一言を残して、カンチョーはばさりと羽を広げた。

次の瞬間、その姿は通路の向こうに消えていった。

 

「……」

 

 

廊下には、何事もなかったみたいな静けさだけが残る。

 

本当は、自分の魔法の詳細──特に、

銀色の拳銃についてのことを知りたかっただけだったのだが……。

 

とんでもない話をさらっと聞かされてしまった気がする。

 

「……これ、みんなに言わない方がいいよな……?」

 

もしこの話をそのままみんなに伝えたら、

リンリが"鍵"みたいに扱われるかもしれない。

「話さない人」じゃなくて、「話させないと進まない人」として。

 

それはきっと、本人が望んでいる形じゃない。

 

(今は……リンリが自分から話してくれるのを、待つしかないか)

 

そう自分に言い聞かせながら、私は自室のドアに手をかける。

 

鍵を回す音が、夜の廊下にやけに大きく響いた。

 

 

部屋に入ると、朝起きた時の陽射しが嘘のように、ひんやりしている。

電気をつけて、スマホをポイして、ベッドに倒れ込もうとして──

 

「……いや、先にシャワーだな」

 

今日はホラー映画を見過ぎた。

全部まとめてお湯で流したい。

 

「ふぅ……」

 

髪を濡らして、顔を洗って、肩にお湯を当てる。

 

その瞬間――

 

(……今、後ろに誰か立ってないよな……?)

 

そう思いながら、ちらっと脇の下から視線を後ろに移す。

誰も立っていない。

 

「……だよね」

 

また前を向いて、シャンプーを手に取る。

泡立てて、髪を洗って――

 

(……今、カーテンの向こう、ちょっと動かなかったか……?)

 

シャワーヘッドを手に取り、カーテンにざっとかける。

誰もいない。

 

「……だよね」

 

そのまま洗い続けようとして――

今度は、足元の排水溝が、やけに主張してくる。

 

(……ここから、手とか出てきたらどうしよう……)

 

排水溝からちょっとだけ距離を取る。

下をじっと見つめ、脇をしめ、じわじわと浴室の隅に移動する。

 

ふと鏡を見ると──

泡まみれで、足をつま先立ちにしたすごい顔の不審者が映っていた。

 

「……今日一怖いわ」

 

軽いツッコミをかまし、何とか自分を現実に引き戻す。

さっさと洗い流して浴室を脱出し、タオルで頭を拭きながら部屋に戻った。

 

ベッドの横に立って、電気のスイッチに目をやる。

 

「……今日は、消さなくていいや」

「ほら、その方が防犯対策になるし!」

 

誰に言い訳するわけでもなく、なぜかちょっと大きめの声でそう呟く。

 

(別に、怖いわけじゃない。

 合理的な判断、合理的な判断……)

 

自分に言い聞かせるようにうなずいてから、布団に潜り込む。

 

「……うんうん、今日はこれで正解!」

 

そう結論づけて、私は明るい部屋のまま目を閉じた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

【三日目/日記】

 

 

   あきた

 

 

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