魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 捜査編

『死体が発見されました。

 一定の捜査時間の後、"魔女裁判"を行います』

 

 

ピンポンパンポン、というチャイムとともに、その声は島中へと流れていった。

 

「死……体……?」

 

私は呆然として呟く。

 

「いやあああぁぁぁぁあああ!!」

 

背後でシロの叫び声が弾ける。

喉が裂けるほどの悲鳴。

 

私は窓にもたれたまま動かないリンリと、

そこから床へと落ち続ける赤色を、ただ見つめていた。

 

──まだ、血が流れている。殺されて少ししか経っていない。

 

一秒経つ。

 

──なら……今、【死に戻り】すれば。

 

一秒経つ。

 

──もしかしたら、刺される前に戻れるかもしれない。

 

一秒経つ。

 

──リンリを、助けられるかもしれない。

 

一秒経つ。

 

私は震える手のひらを見つめる。

次の瞬間、意識するより早くそこに拳銃が現れていた。

 

銀色の、冷たく、私だけのために用意された拳銃。

その銃口を、自分のこめかみに当て──

 

(……っ!)

 

私は、その引き金を引いた。

 

 

 

──ばん。

 

 

 

銃声が通路に響く。

衝撃が頭の奥を突き抜ける。

 

そして、世界はぷつりと音を立てて途切れた。

 

 

 

 

次の瞬間、足元に歩く感触が戻ってくる。

 

 

【挿絵表示】

 

場所は──ちょうど、『情報処理室』の前。

そして、横にはシロがいた。

 

私は反射的に腕時計を見る。

 

 

【20:32】

 

 

「っ……!」

 

私はすぐさま踵を返し、『娯楽室』とは反対の、右側の通路から『大浴場』を目指す。

 

「えっ、マキちゃん!?」

 

後ろからシロの声がする。

 

けれど振り返る余裕なんてない。

 

心臓が喉の奥を叩くみたいに暴れている。

息が苦しい。

それでも脚を止めなかった。

 

大浴場と医務室の間の狭い通路を抜け、すぐさま左へ曲がる。

 

 

そして──

 

突き当たりの庭園が見える窓を背に、座り込むような姿勢の人影が目に入る──

 

 

……見覚えのある髪。

……見覚えのある服。

 

 

「……リンリ……!」

 

駆け寄る。

 

胸のあたりに、深く突き立てられた刃物。

柄だけが、無機質に突き出している。

血は胸からあふれるように流れ出し、

服を濡らして暗い色に染め、ゆっくりと床へと広がっている。

 

リンリの目は虚ろで、もう既に光を宿していなかった。

 

「……間に合わなかった……?」

 

膝から力が抜けそうになる。

 

触れなくても分かる。

胸はもう動いていない。

 

さっき見た光景と、ほとんど同じだった。

 

「……くそ……!」

 

私は歯を食いしばる。

奥歯がきしむ音が自分の頭の中にまで響いた。

 

己の無力さが胸の奥をえぐる。

 

 

──いや……!

 

私ははっとして腕時計を見る。

 

 

【20:33】

 

 

今ここでまた死に戻れば、三分前──"20時30分"まで戻れる……?

 

そこからさらに連続で何度も繰り返せば……

もっと前に、もっと前に……。

 

淡い希望が一瞬だけ頭をよぎる。

 

……でも。

 

すぐにその考えを自分で否定した。

 

20時30分……その時間はおそらく、私は部屋に閉じ込められている。

 

ドアの向こうに置かれていた、あのドアストッパー。

あれのせいで、私は動けなかった。

 

一、二分くらいさらに遡れたとしても、どうしても、あの足止めに引っかかる。

 

それに──

 

胸の奥に、別の不安がじわじわと広がってくる。

 

毎回必ず"今の時間"から三分前に戻る保証なんて、本当にあるのか……?

 

もしかしたら……さっき死に戻った時間を基準に固定されてたりしたら……?

 

そうなったら、何度死に戻っても同じ地点に引き戻され続けるだけだ。

 

私は手の中の重みを見つめる。

 

『8』と刻まれた、銀色の拳銃。

 

減っていく数。

増えていく不確実さ。

 

(……っ!)

 

それでも。

 

それでも――

 

このまま何もしないままでいるなんて、そんな選択肢だけは選べなかった。

 

私は再び拳銃をこめかみに当て、引き金を引いた──。

 

 

 

──ばん。

 

 

 

 

──私は反射的に周囲を見る。

 

場所は……

『情報処理室』の前。

 

腕時計を見ると──

 

 

【20:32】

 

 

(さっきと、同じ場所……)

 

 

連続で更に過去まで死に戻りすることは、できなかった。

 

 

私は悟った。

 

何度戻っても、どれだけ急いでも、どんな選択をしても――

 

もう、リンリは、助からない。

リンリの死は、"確定した過去"になってしまったんだ。

 

「…………」

 

私は、歯を食いしばって顔を上げる。

 

助けられないなら。

変えられないなら。

 

せめて――

犯人を見つける。

 

まだ、大浴場の周辺に潜んでいるかもしれない。

 

足が自然と速くなる。呼吸が荒くなる。

床を蹴る音が大きく響く。

 

「え、マキちゃん!?」

 

後ろから、シロの驚いた声が飛んでくる。

 

でも、振り返らなかった。

止まらなかった。

 

私はただ前だけを見て大浴場へと走った。

 

 

大浴場へと駆け込むと、ドライヤーで髪を乾かしているナツミがいた。

 

「ナツミ! 今誰かここに入ってこなかった!?」

 

勢いよく声をかけると、ナツミはびくっと肩を跳ねさせる。

 

「うおっ! どないしたんマキちゃんそんな慌てて。

 別に誰も来てへんよ?」

 

誰も来ていない……。

じゃあ、大浴場じゃない……?

 

すると、ナツミが頭に鈴を付けながら言う。

 

「あーでも、ダイヤちゃんがウチと入れ違いでお風呂入ってったで」

 

ダイヤが……?

 

「……それって、何分くらい前?」

「そうやな~……五分ちょいくらい?」

 

五分ちょっと前……。

私の【死に戻り】が、間に合わない時間。

リンリの流血の具合から見ても、刺された時刻としては妙に一致している。

 

(……いや、今は決めつけるな)

 

ダイヤのことは、あとでちゃんと聞けばいい。

今はとにかく“誰がどこにいたか”を拾えるだけ拾う。

 

私は踵を返し、大浴場を出ようとしたそのとき――

 

「あ、マキちゃん! 急にどうしたの……?」

 

入口の前で、私の後を追ってきたシロと鉢合わせした。

 

「シロ!」

 

私は立ち止まらず、ほとんど叫ぶように言う。

 

「『休憩室』に誰かいないか見てきて!

 誰かいたか、いなかったか、それだけでいいから!

 頼んだから!!」

「えっ、ちょっと、マキちゃん!?」

 

シロの困惑した声を背中に聞きながら、私はもう一度走り出す。

 

向かうのは、まだ確認していない場所。

『医務室』と『事務室』。

 

私は息を切らしながら、医務室へと飛び込んだ。

 

「……誰もいない……」

 

カーテンを開け、ベッドの上も下も隅々まで見るが、人の気配すらなかった。

 

じゃあ──

 

私は医務室を飛び出し、事務室へと向かった。

 

「ここもいない……」

 

事務室は医務室よりも狭く、人が身を隠せそうな場所なんてない。

 

(……大浴場じゃない。医務室でも、事務室でもない)

 

じゃあ――

犯人は、もうこのエリアから離れている?

 

私は事務室を出て、休憩室へと向かう。

 

すると、大浴場の前でシロと出会う。

 

「シロ、誰かいた!?」

「ううん、誰もいなかったよ。

 マキちゃん、ほんとにどうしたの……?」

 

すると、ナツミも大浴場から出てくる。

 

「マキちゃん、なんかあったん?」

 

シロとナツミが、どこか心配そうに私を見つめている。

 

「……」

「……リンリが、殺された」

 

私の口から出た言葉は、思ったよりも乾いていた。

叫びにもならない。ただの事実みたいに、ぽとりと落ちた。

 

「……え?」

 

シロの目が、ぱち、と大きく開く。

ナツミも、壁に手をついたまま動きを止めた。

 

「……ちょ、マキちゃん、それ……冗談ちゃうよな?」

 

声のトーンが一段低くなる。

冗談で済ませていい言葉じゃないと、ナツミ自身が一番分かってる顔だった。

 

「冗談じゃない。

 さっき通路で……胸を刺されて、倒れてた」

 

シロの唇がかすかに震える。

 

「……さっきまで、一緒にご飯食べてたのに……?」

 

その言葉に、胸の奥がぎゅっと締まった。

 

「……こっち。二人ともついてきて」

 

私は大浴場と医務室の間の通路を歩き出した。

左に曲がり、リンリのところへ二人を連れて行く。

 

通路の突き当たりには、

私が見たのと同じ──窓にもたれるように座り込み、

そのまま力尽きたかのような姿勢のリンリがいた。

 

服は胸元から暗く染まり、

床にはまだ乾ききっていない血。

 

「……うそやろ……」

「いや……いやあああ!!」

 

喉を引き裂くみたいな声が、通路に響いた。

 

 

その声と重なるように、それは鳴った。

 

 

──ピンポンパンポン

 

『死体が発見されました。

 一定の捜査時間の後、"魔女裁判"を行います』

 

 

機械みたいに平坦な声が、島中に流れる。

 

その瞬間、ナツミがはっと顔を上げた。

 

「……ウチ、みんな呼んでくる」

 

そう言い残すと、ナツミは通路を駆け出した。

 

シロはまだリンリから目を離せず、その場に立ち尽くしていた。

 

「……シロ。深呼吸して」

 

自分でも声が震えているのが分かった。

 

 

──ほどなくして、足音が一つ、また一つと重なっていく。

 

 

「……これは……」

「なん、ですの、これ……」

「リンリ、ちゃん……?」

「……ねえ、寝てるだけ……だよね?」

「マリー、見ちゃだめ……」

「……状況を、説明してもらえる?」

 

通路に集まった面々の声は、どれも震えていて、

驚きと戸惑いと、受け入れたくない気持ちが入り混じっていた。

 

その中で、ひときわ様子がおかしかったのが、ポムだった。

顔色が一気に悪くなり、唇が小刻みに震えている。

 

「……え、レクリエーションじゃ、なかったの……?

 なん、で……? なんで、死んでるの……?」

 

言葉を選ぶ余裕もなく、ただ思ったままがそのまま零れ落ちたようだった。

 

「だって……さ、さっきまで……」

「さっきまで、普通に……笑って……」

 

途中で言葉が詰まり、震えたまま口を閉ざしてしまった。

 

 

すると、どこからともなくカンチョーが現れる。

 

「はぁ……殺人事件、起きちゃいましたね」

「およそ一時間後に、"魔女裁判"を開廷します」

 

羽を広げながら、カンチョーは淡々と告げる。

 

「先日ホールで申し上げたルールの通り、殺人犯──すなわち"魔女"を特定してください。

 正しい犯人を特定できなければ……まーた誰か死んじゃいますので……」

 

誰かが息をのむ音がした。

 

カンチョーはそんな反応には興味もなさそうに、

ふわりと羽ばたきながら言葉を続ける。

 

「あ、魔女裁判の開廷が決定したので、

 空き部屋を含む宿泊部屋の鍵は全て開けておきます……。

 思う存分、調べてください」

 

「では、がんばって犯人を特定してくださいね……。

 犯人を見つければ、生き残れるので……。

 まあ、あの、前向きに楽しんでください」

 

「では捜査をお願いします。

 あっ! どうせ難しいので、無理はしないでくださいね……。

 わからなくても、誰かが代わりに死ぬだけなので……」

 

「あ、気が向けば質問も答えますね……たぶん」

 

そう締めくくると、カンチョーは最後までこちらの反応を待つこともなく、

くるりと背を向けて羽を大きく広げた。

 

次の瞬間、その姿は通路の向こうに消えていた。

 

誰もがリンリの遺体を見て、

それから互いの顔を、探るように、疑うように、避けるように見る。

 

私は集まったみんなの顔を順番に見渡す。

誰もが不安そうで、悲痛な顔をしているけど、

 

 

この中に、リンリを殺した犯人がいる──

 

 

「……とにかく、全員で同じ場所を見てても意味がない。

 手分けして手がかりを調べよう」

 

私は一歩前に出て言った。

 

「賛成よ。こうしている間にも時間は無為に過ぎていくものね」

 

ライトはそう言うと、リンリの死体に触れない程度の距離まで近づいて調べ始めた。

 

「……あの、あれって見られるんでしょうか……?」

 

と、イリスはトイレ前の監視カメラを指さす。

 

そのレンズは、リンリの遺体がもたれかかっている窓の方向を向いている。

 

その言葉にライトが顔を上げて答える。

 

「前にカンチョーに聞いたことがあるのだけれど、

 魔女裁判が開廷されることが決まったら、捜査中に監視カメラは見られないらしいわ」

 

一瞬、場に小さなどよめきが走る。

 

「何でも、映像を編集されたり、都合よく削除されたりしないためだとか。

 『情報処理室』にあるカメラ映像専用の端末が使えなくなる……そんな言い方をしていたわ」

 

「えっ……じゃああれ、何の意味もないってこと……?」

 

ハイジが困惑した様子で言う。

 

「──いいえ、魔女裁判の"最中"は、映像を確認できるとも言っていたわね」

「……じゃあ今は、監視カメラ以外のことを調べるべきね」

 

その言葉を受けて、ミサが小さく呟く。

 

「……結局、今の僕たちには、

 その場に残ったものしか頼れるものがない、ってことか」

 

「ちなみに、死体の第一発見者は誰?」

 

ノクスが淡々と問いを投げかける。

 

「……私だ。発見したのは、20時33分。

 その時点では、まだ血が床にゆっくり流れていたから、

 刺殺されたのは最低でもその10分以内だと思う。

 すぐにこの棟の周辺を見回ったけど、大浴場にいたナツミとダイヤ以外、誰もいなかった」

 

みんなの視線が私に集まる。

 

「ウチはずっと風呂や。風呂上りで髪乾かしとったとき、

 マキちゃんが飛び込んできて、初めて何かあったって知ったくらいや」

「わたくしも、浴室から出てくるナツミさんとすれ違いましたわね」

 

ふとダイヤを一瞥すると、考え込むようにしてノクスは呟く。

 

「つまり……」

「犯人は、死体発見時刻の時点では、

 この棟からすでに離れていた可能性がある、ということね」

 

ノクスが静かに結論をまとめる。そして──

 

「私は、全員の部屋を見てくるわ。

 誰か付いてきてくれる?」

 

そう言って、踵を返した。

 

「あ、わ、私がお供します……!」

 

イリスがノクスの後をついていく。

 

そして、ナツミが腕を組んで辺りを見回しながら言った。

 

「ほな、ウチはこの通路の前後やな。

 誰か走った形跡とか、血ぃ踏んだ跡とか、

 変なもんないか見てくるわ」

 

それぞれが散るようにその場を離れていく。

 

私も色々な場所を調べたいけど、まずは──

 

「ダイヤ、ちょっと聞きたいことがあるんだけど……」

「わたくしですの……?」

「さっき、ナツミから"大浴場に入ってきた"って聞いたんだけど、本当?」

「ええ、先に入っていたナツミさんとすれ違う形で浴室へ向かいましたわ」

 

そう言って、ダイヤはまだ少し湿り気の残る髪を指先で軽く整える。

 

「その時着てた服って、今のそれ……?」

「ええ。着替えは持っていきませんでしたの」

 

私は無意識にダイヤの全身を見る。袖口、胸元、長いスカートの裾。

どこにも、血のような跡は見当たらない。

 

(もし、リンリを刺した直後に大浴場に入ったのなら、

 少しくらい何か残っててもおかしくないはず……)

 

「じゃあ……通路で何か変わったものは見なかった?」

「……そういえば……"黒い着ぐるみ"とすれ違いましたわね」

「……着ぐるみ?」

「大浴場に行くまでの通路で、向こうから小走りで向かってくる様子でしたわね。

 わたくし、初めは呆気にとられましたが、そのまま何事もなくすれ違っていきましたわ。

 中に誰が入っていたかまでは……分かりませんわね」

 

それって……私とシロがドッキリに遭った時に、マリーが着ていた着ぐるみのことか……?

マリーが、倉庫から無くなったって言ってた……。

 

「すれ違った時間は……分かる?」

「そうですわね……20時20分~30分、といったところでしょうか。

 わたくし、ちゃんと時計を見ていませんでしたもので……申し訳ないですわ」

 

「いや、ありがとう、ダイヤ」

「……もしもお役に立てたようでしたら、光栄ですわ」

 

ダイヤが、通路の向こうから走り去る黒い着ぐるみを見ている。

じゃあ、そもそもその黒い着ぐるみは何処に行ったんだ?

 

(ちょっと、他に色々な場所を調べてみる必要があるな……)

 

 

その前に、もう一度リンリの死体を調べることにした。

 

致命傷は……心臓に刺さっているナイフ、これに間違いなさそうだ。

 

「凶器は……たぶん、厨房のナイフね」

 

ライトが静かに言う。

 

食堂も厨房も、24時間誰でも出入りできた。

つまり、このナイフは誰にでも手に入った凶器だ。

これが犯人の決め手にはならなそうだ……。

 

「リンリちゃん、お風呂に行くつもりだったみたいね」

 

ライトがそう言って、リンリの懐からタオルを取り出した。

 

「……でも、なんでこんな場所を通ったのかしら?」

「あ、それなんだけど……

 休憩室へ行く通路に、『通行禁止』の貼り紙があったんだ」

 

私はふと思い出したように口にした。

 

「うん、私もマキちゃんと一緒に見たよ。

 ガムテープで×印に封鎖されてて、貼り紙がしてあったよ……」

「そう……」

 

ライトは額に指を当てて、ゆっくりと思考を巡らせる。

 

「つまり、リンリちゃんは本来使うはずだった近道を塞がれて、

 仕方なくこの通路から大浴場へ向かった……」

「……そしてその途中で、犯人と遭遇した」

 

「偶然なのかどうか、気になるところね。

 "管理者側"にも話を聞いておく必要がありそうね」

「そうだね……」

 

とりあえず、死体の状況で気になるのはこれくらいか……。

 

 

(カンチョーは確か、捜査中の質問には答える、って言ってたな……)

 

私はさっきのカンチョーの言葉を思い出し、天井の方へ向かって声を張り上げた。

 

「おーい! カンチョー!!」

 

すると、どこからともなくふらふらと、面倒くさそうにカンチョーが飛んできた。

 

「早速ですか……。ま、どうせサビ残中ですが。質問とかでしたらどうぞ」

「『休憩所』の床の補修工事って、いつになったら終わるんだ?」

「……? いえ、私そんなもん知りませんが……」

 

知らない……?

 

「貼り紙してあったやつだよ。『床の修繕工事中につき通行禁止』って」

 

シロがすぐに補足する。

 

「……ま、私じゃないとだけ伝えておきます……」

 

カンチョーは他人事みたいに言った。

 

「あ、そうそう。

 せっかくなので、こちらからも"魔女裁判"のルール追加というか、補足を二つほど」

 

 

・二人以上の人間が死体を発見すると、『死体発見アナウンス』が流れます。

 

・一度に同一の犯人が殺せるのは二人までです。

 

 

「この二つですねぇ。『死体発見アナウンス』は先ほど流れたアナウンスのことです。

 この"二人以上"は犯人を含んだり含まなかったり……三人で鳴ったり四人で鳴ったり

 ま、完全にランダムです」

 

「……ランダム?」

 

「『死体発見アナウンス』を推理に使われたくないから、との判断からです。

 発見者が一人だけだと鳴らない、くらいの認識で十分ですよ」

 

「じゃあ、もう一つの

 "殺せるのは二人まで"ってのは、どういう意味なんだ?」

 

「単純に、単一の犯人の皆殺しのやりたい放題を防ぐためです。

 ま、私としては? 皆殺しにしてくれた方が、魔女裁判の回数が減って助かるんですが……」

 

そしてばさりと羽を広げて飛び立ちながら、カンチョーは言った。

 

「では、お互いの要件も伝え合ったということで……

 私これで失礼します……」

 

そしてまた、通路の向こうへと飛び去って行った。

 

(貼り紙のこと……覚えておいた方が良さそうだな)

 

 

一度だけ深く息を吸って、思考を切り替える。

 

他に気になることと言えば──『黒い熊の着ぐるみ』だ。

 

 

私は、元々その着ぐるみがあった『倉庫』を調べてみることにした。

 

倉庫に入ると、相変わらず中は雑多で、色々なものが置かれている。

マリーが探している黒い着ぐるみらしきものは、ない。

 

その代わりに──

 

「……『ドアストッパー』……?」

 

部屋の隅にある棚に、私の部屋に噛ませてあったものとそっくりな、

くさび形のドアストッパーが描かれた空箱があった。

 

──もしかしたら、誰かがここから取って私の部屋の前に置いた……?

 

「なんでそんなことを……?」

 

頭の中で疑問が渦巻くが、それ以上自分で答えを出すことは出来なかった。

 

 

他に『庭園』、『娯楽室』などを調べて回ったが、特に証拠になりそうなものもなかった。

 

 

死に戻ったとき、大浴場の棟はあらかた調べたが、おかしなものはなかった。

私はその着ぐるみが走り去っていったであろう、通路の先も調べてみることにした。

 

「……宿泊部屋は、ノクスとイリスが調べてるんだっけ……」

 

私は一度だけ廊下を振り返ってから、そのままグラウンド方面へと足を向けた。

 

『アトリエ』の扉を開けると、独特の絵の具の匂いが鼻をくすぐる。

 

中は静かで人の気配はない。

その代わり、中央のイーゼルに──

 

描きかけの絵が、ぽつんと残されていた。

 

近づいて、じっと見る。

 

背景は、グラウンドに咲く桜。

その手前で、二人の人物が楽しそうに体を動かしている。

 

「……ポムと、ヤヒメ?」

 

丸い輪っかみたいなものを体に通して、笑っているような構図。

 

「これ、フラフープで遊んでいる絵か」

 

おそらくは、アテナが描いたものだろう。

 

線はまだ途中で、塗りも入っていない。

でも、二人の表情だけは、やけに生き生きして見えた。

 

その絵の他には、特に気になるものもない。

 

私はそっとアトリエを後にした。

 

 

そして隣の『物置』に入ると──

 

「これって……!」

 

そこには、"黒い熊の着ぐるみ"があった。

まるで脱ぎ捨てられたように無造作に置かれている。

 

「……誰がここに……?」

 

部屋の空気が急に重く感じた。

誰もいないはずなのに背中がぞわっとする。

 

(……ポム、ヤヒメ、アテナ。

 この近くにいたのは、あの三人だったはず……)

 

直接疑うつもりはない。

でも、話を聞かないわけにはいかない。

 

「……あとで、三人にも訊いてみよう」

 

そう小さく呟いて、私は物置を出た。

 

「その前に……隣の部屋も見ておくか」

 

隣の『用具室』に足を踏み入れると、

中は前にシロと見た通り、スポーツ用品でぎっしりだった。

 

ぱっと見は特に変わったところはない。

 

……いや。

 

「……あれ?」

 

ラックに立てかけてあるはずのバットに、どこか“間が抜けた”感じがした。

 

数を正確に覚えていたわけじゃない。

でも、他のラケットよりは明らかに少ない。

 

(何本か、持ち出された?)

 

気になって、ふとグラウンドの方を見る。

 

すると――

 

グラウンドのあちこちにバットが何本も転がり、バスケットボールが転がり、

フラフープまで放り出されていた。

 

頭の中に、さっきの絵が浮かぶ。

遊んでいた三人。散らばった道具たち。

 

(……三人で、かなり派手に遊んでたんだろうな)

 

ただの遊びの痕跡か。

 

そう結論づけて、私はいったんその場を離れる。

そしてもう一度、リンリの死体が見つかった通路へ戻ることにした。

 

 

『中央ホール』を通り過ぎようとすると、そこには――

 

青ざめた顔で座り込むポムと、

その両側で必死に支えているヤヒメとアテナの姿があった。

 

ポムは肩を小刻みに震わせていて、呼吸もどこか浅い。

 

「だいじょぶ、だいじょぶだよ~……」

 

ヤヒメが震える背中をゆっくり撫でている。

声は明るくしようとしているけど、どこか震えていた。

 

「……だって……さっきまで……」

 

ポムの声はかすれていて、言葉の途中で何度も途切れた。

 

「……食堂で……い、一緒に……」

 

それ以上は言えなかったのか、ぎゅっと唇を噛んで目を瞑った。

 

ポムはきっと、みんなの中で一番、この島のルールを本気だとは思っていなかったのだろう。

殺し合いも、裁判も、処刑も、どこか遠い世界の出来事みたいに感じていたのかもしれない。

 

ただの少し変わったレクリエーション。

少し怖いけど、最後には笑って終われるイベント。

――ポムは、そう信じていた。

 

ヤヒメは何も言わず、ただ背中をさすり続ける。

アテナも静かに、その場を離れないようにポムに寄り添っていた。

 

その光景を見た瞬間、胸の奥がぎゅっと締めつけられる。

 

だけど、黒い着ぐるみのことがある以上、聞かないわけにはいかなかった。

 

「……ちょっと聞きたいんだけど、三人はグラウンドで一緒に遊んでたの?」

「うん……ポムちゃんが夕食のあと、一番最初にグラウンドで遊んでて、

 そこにあたいとアテナちゃんが合流して、三人でキャッチボールとかしてて遊んでたよ~」

 

アテナも、思い出すように視線を上に向けた。

 

「その時の時間は……19時40分前後、くらいだったと思う」

 

19時40分……リンリの死体発見から1時間弱も前か……。

 

「そこから、ずっと三人は一緒だった?」

「う~ん、10分くらい遊んだあとかな。

 アテナちゃんが、"アトリエで二人の絵を描きたい"って言ってくれてさ」

 

そこにアテナが続ける。

 

「二人が遊んでる姿、すごく楽しそうだったからね。

 動いてるところを描きたくなったんだ」

「だから、あたいはそのあともポムちゃんとグラウンドで遊んでたよ~」

 

ポムも、小さくうなずいた。

 

私は慎重に言葉を選ぶ。

 

「……ってことは、

 その時間帯だけ見ると、アテナだけ一人だった時間もある、ってことだよね」

 

空気がほんの一瞬だけ固まる。

 

だけど、ヤヒメがすぐに首を振った。

 

「でもね、アトリエってグラウンドから見えるんだよ~。

 アテナちゃんが中で描いてるの、ずっと見えてた」

「僕も、中から二人が遊んでる様子がはっきり見えてたよ。

 というか、見えてないと描けないからね」

 

二人の言い方は自然で、かばうというより"当たり前の事実"を言っている感じだった。

 

……実際、さっきアトリエを見た限り、怪しい形跡は何もなかった。

 

「遊んでたのは、何時まで?」

「二人はアナウンスみたいなのが聞こえるまでは、フラフープで遊んでたよ。

 アナウンスが鳴ってからは、僕もポムとヤヒメの二人と一緒にアトリエからここに駆け付けたんだ」

 

(……じゃあこの三人には、少なくともその時間帯のアリバイはある……)

 

黒い着ぐるみが『物置』にあったから、この三人の誰かが関わっている可能性も考えたけど、

今の話を聞く限り強く疑える材料はない。

 

そのとき、頭の中で建物の配置がふっと浮かんだ。

 

【挿絵表示】

 

 

アトリエ。用具室。

そして、その真ん中にある――物置。

 

私は地図を思い出しながら口を開く。

 

「ヤヒメ、『用具室』には頻繁に出入りしてた?」

 

「うん。ポムちゃんと、バットとかボールとかいろいろ取りに行ってたから、

 かなり出入りしてたと思うよ~」

 

……ってことは、アトリエにはアテナ。用具室にはヤヒメとポム。

 

その間に挟まれている"物置"だけが、

一時的にでも、誰にも見られずに立ち寄れる場所だった可能性が高い。

 

もし、黒い着ぐるみを脱ぎ捨てて置いておくとしたら

人目につかず、しかも動線的にも自然だった唯一の場所ということだ。

 

つまり犯人は、大浴場方面から走ってきて、誰もいない『物置』に黒い着ぐるみを脱ぎ捨てて……。

 

(──そのまま、自分の部屋に入ったとか……?)

 

流れとしてはかなり自然だ。

 

少なくとも、その時間帯に「部屋にいた」と言える人間は、

一人ひとりちゃんと頭に入れておく必要があるかもしれない……。

 

 

私はそう考えをまとめてから、もう一度リンリの死体発見現場へ行くことにした。

 

そして通路を歩いていると、ある違和感に気付き、

ふと、トイレ前に設置されている監視カメラへと視線が移った。

 

「……あれ?」

 

前に見たときこの監視カメラは――たしか、休憩室側。

地図で言えば"南側"を向いていたはずだ。

 

でも、今は違う。

 

「……北向きになってる?」

 

レンズは少し斜めの角度をつけながら、リンリの体がもたれかかっている

『庭園』の窓の方向を、はっきりと捉えていた。

 

(……もしかして、犯人の偽装工作……?)

 

たしか、『規則一覧』にあったはずだ。

 

 

・監視カメラの意図的な破壊を禁じます。

 

 

向きを変えるだけなら、"破壊"ではない。

 

本当は南側の休憩室側か、それに近い場所を映されたら、何かまずかったとか……?

だからわざわざ北側に向け直した。

 

(でも、だったらそもそも監視カメラのレンズ自体を隠すよな……)

 

なんでわざわざ向きを変えるなんて真似を……。

 

(レンズを隠すのは、さすがに「破壊」や「妨害」に当たるって思ったのか……?)

 

だから犯人は、「壊してない」「隠しない」「触っただけ」

そう言い張れる、ギリギリの手段――

"向きを変える"という方法を選んだ、とか。

 

(…………)

 

(……一応、頭の隅に入れておくか)

 

今は監視カメラの映像が見られない以上、

これ以上ここで考えていても、答えは出ない。

 

「……後で裁判のときに確認できるはずだ」

 

そう自分に言い聞かせて、私は視線を逸らした。

 

 

その時──

 

 

ゴーン……ゴーン……

 

 

今まで聞いたことのない、荘厳な鐘の音が島中に響きわたった。

 

 

『魔女裁判の時間となりました』

 

『皆さん、必ず自身のスマホとタブレットを持って、

 速やかに宿泊部屋通路正面のエレベーター前に集合してください』

 

『従わない者は銃業員によって強制連行します』

 

 

(……時間……か……)

 

 

鐘の余韻が消えきらないうちに、人の気配があちこちから動き出す。

 

「……行こう」

 

小さくそう呟いて、私は足を踏み出した。

 

宿泊部屋の通路付近には、自室に戻ってスマホやタブレットを取りに行く人、

すでにエレベーター前で待機している人、事件のことを必死に整理している人。

 

そのどれもが、どこかぎこちない。

疑っているのか、疑われるのが怖いのか、

もう自分でも分からなくなっている顔ばかりだった。

 

 

私はみんなを待っているその間に、

自分なりに事件をまとめたメモを確認した。

 

 

【事件の整理メモ】

 

【挿絵表示】

 

■被害者

殯リンリ。

 

■死体発見場所

『休憩室』付近にあるトイレの先の突き当たり。

『庭園』が見える窓を背に、窓にもたれかかるような姿勢で倒れていた。

 

■死因

心臓にナイフが刺さっていた。

この刺し傷が致命傷になったと考えられる。

 

■死亡推定時刻

死体発見は20時33分。

その時点でもまだ血が流れていたため、

死亡したのは20時33分より少し前だと思われる。

 

■発見時の周辺状況

20時33分の時点で、

『大浴場』にいたのはナツミとダイヤのみ。

それ以外に大浴場の棟の部屋に人はいなかった。

 

■貼り紙

『休憩室』付近の通路が、

"通行止め"の貼り紙と共にガムテープで封鎖されてあったが、ホテル側の指示ではないという。

誰かが意図的に設置した可能性が高い。

 

■不審な目撃情報

20時20分~30分頃、大浴場へ向かう通路で、

大浴場の棟から走ってくる「黒い熊の着ぐるみ」をダイヤが目撃している。

 

■着ぐるみの発見

その黒い熊の着ぐるみは、

後に『物置』で脱ぎ捨てられるような状態で見つかった。

 

■監視カメラの異変

もともと、トイレの入り口を映すように南向きだった監視カメラが、

『庭園』が見える窓を映すように北向きに変えられていた。

 

 

(今のところ、気になるのはこんなところか……)

 

私は自分の頭の中で概要を整理する。

 

 

すると──

 

そこにばさりと羽音を立てながらカンチョーが現れた。

 

「あっ……また人がいっぱい……。

 えっと、準備が出来た方からエレベーターに乗って地下に降りてください……」

「あ、階段からでも降りられますので……健康とか、気にする人はどうぞ」

「まぁ、健康どころか、これから死んじゃうかもしれないですけど……」

 

カンチョーは冗談めかして言うが、誰一人笑わず、

一人、また一人とエレベーターへと足を向けた。

 

閉じ込められたりすることを想像してしまうので、どうにもエレベーターは苦手だった。

私はエレベーターの列から外れ、階段で地下へ降りることにした。

 

エレベーターの扉が閉まり、ゴウンという音を立てる。

 

私も階段を降りようとすると、後ろからシロが声をかけてくる。

 

「……マキちゃん、前は先に行ってくれてありがとう」

「いや、全然いいよ。シロも階段で行くの?」

「うん……まだちょっと、心の準備ができてなくて」

「……そっか」

 

私たちは、並んで階段を降り始めた。

 

「階段は、前と一緒だね。今度は、隣同士だけど」

「そうだね。あ、シロ、足元気を付けて」

「それも、前と一緒」

 

小さく話しながら、一段一段、足を運ぶ。

コンクリートの階段はひんやりしていて、前に来たと寸分違わない。

 

照明は最低限しかなく、

影が壁に長く伸びて、私たちの動きに合わせて揺れる。

 

しばらく降りていると――

 

「ちょ、ちょっと待ってぇぇ~!」

 

上の方から、聞き覚えのある声が響いてきた。

 

「……この声は」

「ナツミちゃん?」

 

振り返ると、階段の上の方でナツミが息を切らしている。

 

「はぁ……はぁ……!

 エレベーター、閉まってもうたんやけど!」

「の、乗り遅れたんだ……」

「スマホとタブレット部屋にほっぽってたから、探すのに時間かかってん……!」

「大丈夫……? 無理しないでね」

 

シロが心配そうに言うと、ナツミはへらっと笑って手を振る。

 

「平気平気。どうせ裁判までに着けばええんやろ?」

「……それに、一人で降りるより誰かおる方が気ぃ紛れるしな」

 

ナツミはそう言って、私たちのすぐ後ろに並んだ。

三人分の足音が重なって、地下へとゆっくり吸い込まれていった。

 

 

階段を降り切って少し歩いた先にあるのは、前にも見た重厚な木製の両開き扉。

前と違うのは、その扉が開かれているということ。

 

「この扉……裁判場の扉だったのか」

「前は開かなかったもんね」

「えらい大層やなぁ」

 

──この先で、"魔女裁判"が行われる。

リンリを殺した犯人──"魔女"を、私たち自身の手で選び出す場所。

 

胸の奥がざわめく。

 

「……行こう」

 

そのざわめきを押し殺すように、私は呟いた。

それは誰に向けたものでもなく、

自分の足を動かすためだけの言葉だった。

 

二人を置き去りにするように、私は一歩踏み出し、扉を通り抜ける。

 

そして、扉を通り抜けた瞬間──

空気の質がはっきりと変わった。

 

 

空間のあちこちには炎の灯された蝋燭のようなものが並んでいる。

 

証言台のようなものが円状に陣取るように、いくつも配置された席。

その外周を取り囲むように設けられた、高いステンドグラスの窓。

 

外の光は一切差し込んでいないはずなのに、ガラスの模様だけがぼんやりと浮かび上がって見えた。

 

 

ここで、誰かが"魔女"になる。

ここで、誰かが"死ぬ"。

 

 

(…………)

 

私はもう一度呼吸を整えて、用意された証言台の前へと立った。

 

そして、拳をぎゅっと握りしめた。

 

(……絶対に、逃さない)

(リンリを殺した"誰か"を)

 

私は顔を上げ、裁判場の中央をまっすぐに見据えた。

 

 

──ここで、すべてが暴かれる。

 

 

嘘も

 

真実も

 

そして──

 

 

 

"魔女"の正体も。

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