裁判場の扉の前で、シロは立ち止まったまま動けずにいた。
重厚な扉は少し開いたまま。
中からは、声とも物音ともつかない、ざわざわした気配だけが漏れてくる。
シロとナツミの二人以外は、もうみんな入室したようだ。
「ほな、ウチらもぼちぼち行こか」
ぽつりと呟いたのはナツミだった。
だが、その視線はシロの方を向いている。
「シロちゃん、どないしたん?」
シロは扉を見つめたまま動かない。
「……ちょっとだけ、怖くて」
ナツミは一瞬だけ黙ってから、シロの横に並ぶ。
「まぁなぁ。そら、怖いに決まっとるわなぁ」
ナツミはわざと少し大げさに肩をすくめた。
「でもな、シロちゃん。
怖いからって、立ち止まったままなんはあかん。
時間の方は止まってくれへんで?」
「……それ、ナツミちゃんが言う?」
シロがかすかに口元をゆるめる。
「ウチの鉄板ジョークや」
ナツミは軽く笑ったが、すぐに表情を戻した。
そのまま正面を見たまま答える。
「辛くても、立ち止まらずに前に進まなな。
──リンリちゃんを殺した犯人を許したらあかん」
「……そうだね」
シロがその言葉に同意する。
その声に続くように、
「ええ。絶対に処刑台に送ってやりましょ」
と、
ナツミは振り向きつつ、ゆっくりと頷きながら言う。
「見てみ。殺されたリンリちゃんもこう言うとるで。
ウチらの手で、絶対に犯人を見つけたるでー!」
「……うん」
シロはナツミにつられるように後ろを振り向き、力強く頷いた。
そして、二人は前を向きなおし、裁判場の入口を見据える。
同時に足を踏み出して、裁判場に入ろうとした瞬間──
「…………」
「…………」
二人は何かに気付いてふと立ち止まる。
前に進む動きを止めたかと思うと、
ナツミとシロが同時に、ぎぎぎ……と首だけで後ろを振り向く。
シロの口が、ゆっくり開く。
「………………え?」
ナツミの目が、限界まで見開かれる。
「………………は?」
「だから、絶対に犯人を許しちゃダメって話」
そこには──
さっきまで胸にナイフが刺さって、血まみれで倒れていたはずの
殯リンリが、腕を組んで何事もなかったように立っていた。
「きゃあああああああああああ!?!?!?」
「おわあああああああああああ!?!?!?」
シロは悲鳴と同時に後ずさり、
ナツミは勢いよく仰け反った拍子に、
「……あ」
そのまま、
――バタン。
きれいに後ろへ倒れた。
「ナツミちゃん!?」
「あぶあぶあぶ……」
シロが慌てて駆け寄るが、ナツミは泡を吹いて体をびくびく震わせている。
「わー! ナツミちゃんが! わー!!」
「だ、大丈夫……?」
リンリが少し心配そうに声をかける。
「ちょっと……何騒いでん……の……?」
「みなさんもう席に着いてましてよ。早く入っ……て……?」
騒ぎを聞きつけて外に出てきたハイジとダイヤが、リンリの姿を見るなり硬直する。
「な、なんかいるうううぅぅぅうう!?」
「で、ですわ、ですわっー!?」
次の瞬間、ハイジはその場で飛び跳ね、
ダイヤは普段の佇まいからは想像もつかないほど狼狽えた。
そこへ──
「あっ……時間も押してるんで、さっさと全員席に着いてください……」
疑問やら何やらをガン無視で席へ促すカンチョー。
訳も分からないまま、ハイジ、ダイヤ、シロ、ナツミ、
そしてリンリを含めた五人は、半ば強制されるように裁判場へと足を踏み入れた。
(……ん? 外、なんか騒がしいな……?)
私は裁判場の中から、入口の方へ視線を向ける。
すると、ハイジが青ざめた顔で入ってきて、ダイヤが続き、
シロが困惑した表情で現れて、
ナツミが少しふらつきながら入ってきて――
そして──
「…………は?」
最後に入ってきた人物を見た瞬間、私の思考は完全に止まった。
胸にナイフが刺さり、血にまみれで倒れて死んでいたはずのリンリが、
何事もなかったような顔で、普通に歩いてきた。
場の空気が目に見えて凍りつく。
「……えっ……?」
「……え、リンリ……?」
「……?」
「あ、リンリちゃん!」
「……」
ぎょっとする者。
目をこすって現実を疑う者。
安堵したように息を吐く者。
リンリをガン見している者。
驚愕と困惑と混乱が、裁判場の中央でぐちゃぐちゃに絡まり合った。
そんなことは何処吹く風で、
「……では、"魔女裁判"のルールを今一度提示します。
各自、確認しといてください……あ、何個かルールが追加されてるので……」
困惑とざわめきが収まらない中、そのざわめきに混ざるように、
空気を読まないいつもの間延びした声でカンチョーは言った。
『魔女裁判について』
・皆様の中で殺人事件が発生した場合、一定の捜査時間の後、
殺人事件を起こした犯人を『魔女』とみなし、『魔女裁判』が行われます。
・魔女裁判の結果は、皆様の投票により決定されます。最も多くの票を集めた方が、犯人──「魔女」とされます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘した場合は、犯人だけが処刑されます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘できなかった場合は、犯人だけが『卒業』となります。
・その後、犯人を除いた皆様で、「正しい犯人を指摘できなかったのは誰の責任か」を決める、『
その投票にて最も多くの票を集めた方は、犯人の代わりに処刑され、残った皆様には引き続き共同生活を続けて頂きます。
・投票の際、「この中に魔女はいない」と判断した場合には、誰にも票を入れない『
皆様全員が「スキップ」に投票すると、生き残っている皆様全員が『卒業』となります。
【追加・補足】
・投票の結果、最多得票者が同数となった場合は、同票となった者のみを対象に決選投票を行います。
・魔女裁判中は、いかなる場合でも魔法の使用を禁止します。
・一度に同一の犯人が殺せるのは二人までです。
・二人以上の人間が死体を発見すると、『死体発見アナウンス』が流れます。
「それでは、議論をどうぞ」
カンチョーは、全員を見渡せる椅子の上でくつろぎながら、羽を振って言った。
「いや、議論とかやなくてな……」
「リ ン リ 生 き と っ た ん か ワ レ ! ?」
ナツミがこの島に来てから今までで一番の大声で叫ぶ。
「リ、リンリ……な、な、何で生きてるんだい……?」
アテナが青い顔をして声を絞り出すように言った。
「い、いや……幽霊とかでしょアレ……。
殺されたリンリの怨念が死後強まる念と化して……」
ハイジも同様に動揺している。
「リンリさん、もしかして双子だったり……?」
「はぁ~ビックリした。やっぱレクリエーションじゃん。
リンリもホテル側の人間だったんだね」
イリスとポムは驚愕まではしていないが、どこか見当違いなことを言っている。
「すごいわね……あれ、死んだフリだったのかしら♪」
ライトが茶化した様子で言う。
(…………)
正直、こんな話はにわかには信じられないが、
リンリだけがずっと隠していた"何か"を当てはめれば、
この異常事態にもひとつの説明がついてしまう。
それは──
「……【魔法】でしょ?」
私の言葉がその場に静かに響く。
リンリは私をまっすぐに見返した。
その目は、もう隠す気がない、という色をしていた。
「そうね。
私の魔法は……【不死】」
「殺されても、一定時間が経てば自動的に生き返るわ」
『……ピロン』
「ふ、ふ、不死!?」
「生き返るぅ!?」
ナツミとハイジが思わず叫ぶ。
「え、じゃあ【不死】の魔法を持つリンリを、わざと刺してまでドッキリかけてきたってこと?
ちょっとやり過ぎじゃない……?」
「そんなの、リンリちゃんが可愛そうだよ!」
ポムが少し引いたような風に言い、その言葉にマリーが純粋無垢な感想を述べた。
「……なるほど。【不死】の魔法で生き返って、ついさっき現場からここに来たってわけね」
ノクスが冷静に状況をまとめる。
「どうして魔法を隠していたの?」
そこにライトが当然の疑問をぶつける。
「なんで隠してたか、ねぇ……」
少し自嘲気味に笑ってから続けた。
「私の経験則なんだけど、自己紹介で
『私の魔法は【不死】でーす』なんて言ったら、まず最初に何て言われると思う?」
「――『え、不死なんだ。じゃあ死んでみてよ』」
「…………」
場の空気が微妙に凍りつく。
「もうね、うんっざりなのよ。
不死って言っただけで、お通しみたいなノリで"死ね"って言われるの。
不死だって痛いものは痛いし、死ぬ瞬間の恐怖がなくなるわけでもない」
リンリは溜まっていたものを吐き出すように語る。
「それに……この島のルールでしょ?
『殺して、バレなければ卒業できる』」
「もし私が【不死】だって知られたら、どうなると思う?
……罪悪感なく殺せる相手になる。"どうせ生き返るから"って」
リンリはゆっくりと顔を上げた。
「そのままずっと格好の的みたいになるの、耐えられるわけないでしょ。
だから隠した。いたずらに殺されないために、普通の"殺されうる人間"のふりをしてた」
「それが理由」
「…………」
裁判場が初めて沈黙に包まれる。
正直──リンリの言い分にも納得できるところはあった。
私にも……似たような経験があるからだ。
「なるほどね。黙っていた理由は分かったわ」
「でも、"じゃあ死んでみて"なんて言う人なんて、ここにはいないよ~。
みんな、優しいから~」
ヤヒメがいつもののんびりとした調子で言う。
「まぁ、それは認めるわ。みんな優しいね。
少なくとも、悪ノリで死ねとか言ってくるのはいないと思う。
でも……"殺す人間"は、いるみたいだけど」
私はその言葉にはっとして、視線をリンリの方へと向けて問い詰める。
「そうだ、リンリ。
結局のところ、誰に刺されたんだ?」
裁判場の視線が、一斉にリンリに集まる。
「……誰に刺された、か」
リンリは少しだけ楽しそうに――
でも、どこか冷えた笑みを浮かべた。
「うん、じゃあ教えてあげるわ。
私の胸にナイフを突き立ててくれた、殺人者の名前」
リンリはほんの一瞬だけ間を置いた。
そして、はっきりと言った。
「――お前だよ、波彪マキ」
「…………は?」
頭の中が真っ白になる。
「……え、マキちゃん……?」
「マキが……?」
「あら……」
ざわ、と小さなどよめきが広がる。
驚き、疑い、戸惑い。
それらが一気に私へ向かって押し寄せてくる。
「ちょ、ちょっと待て……!
私、そんなことしてない!」
必死に声を張り上げる私を、リンリは静かな声で制した。
「いーや。殺された私が、刺された時にしっかり見たから。
間違いなくあんただったわ」
「しかも、刺した上にそのまま突き飛ばすなんて……。
私、そんなにあんたの恨み買ってたの?」
「だから、私じゃない!!」
私は一歩前に出る。
「私、そんな場所に行ってない!
リンリを刺す理由もない!
そもそも、人を殺すなんて、そんなこと……!」
声が裏返る。
必死に否定する私を、周囲はじっと見つめていた。
その沈黙を破るように、シロが小さく口を開く。
「マキちゃん……ほんとにマキちゃんじゃ、ないんだよね……?」
「……当たり前だ!!」
なんで……。
なんで、シロまで……。
そんな疑うような目で見てくるんだよ……!
「……」
シロはその言葉を聞いてもなお、深刻そうな顔つきで黙り込む。
「……鵲シロ。何か気になることでもあるの?」
すると、シロの様子を見たノクスがシロに尋ねた。
「……マキちゃんの様子が、ちょっとおかしかったから……」
「おかしい?」
「最初、マキちゃんと一緒に『大浴場』に行こうってなったんだ。
でも私が『娯楽室』にタオルを忘れちゃって、娯楽室に寄ってからお風呂行こうってなったの」
「あ、娯楽室にはあたいもいたから、シロの証言はあたいが保証するよ……」
と、ハイジが呟くように言った。
「ハイジちゃんありがとう。
……それで、そのまま歩いていたんだけど、急にマキちゃんが逆の方向へ走り出して……」
(あっ……!)
私ははっとする。
「それで、いきなり大浴場へ入っていって……。
そのあとマキちゃんがその棟を走り回ってから、
事情を聞いたら、"リンリちゃんが死んでた"って……」
「えっ、そういうことやったん?
リンリちゃんの死体発見してから、大浴場に来たんとちゃうかったんか……?」
「ううん。まず、すぐに大浴場に入ってったよ……」
「わたくしはナツミさんからことの一部始終を聞いただけなのですが、
聞いた話とかなり事情が違うみたいですわね……?」
「これはこれは……怪しさ満点ね♪」
しまった……。
(私が【死に戻り】したこと……
リンリの死体を一度見てから、死に戻って三分前に来たこと……
みんなにも、シロにすらちゃんと説明してなかった……!)
視線がじわじわと私に集まる。
おかしい行動の理由を誰も知らないまま。
「ち、違う……!
あれは……あのときは……!」
言葉にしなきゃ。
言わなきゃ、全部"怪しい行動"として処理される。
「私は……リンリの死体を、一度見てるんだ」
場がぴたりと静まる。
「……どういうこと?」
「意味わからんで?」
私は震える息を整えて続ける。
「リンリが死んでるのを見て……
私はそのあと、【死に戻り】で三分戻ったんだ……!
まだ、殺される前に間に合うかもしれない、って……」
「そして、死に戻った場所はシロと並んで歩いてるところだった。
そこから、大浴場に向かったんだ」
その言葉を聞いたライトが、冷静に言う。
「……間に合うと思ったって言い分なら、
まず大浴場ではなくリンリちゃんの死体発見現場へ行くはずだけど。
どうして大浴場へ向かったの?」
「……私は、二回死に戻りをした。
一回目は、すぐにリンリが倒れていた場所へ行った。でも、間に合わなかった。
だから二回目は、少しでも犯人の手がかりを探そうと、棟のあちこちを調べることにしたんだ。
……それで、まず大浴場に向かった」
「……なるほどね。話としては一応筋は通ってるけど……」
ライトは考え込むような素振りをしてから、私に尋ねる。
「じゃあ、もう一つ聞かせて。
あなたは"どうやって"死に戻ったの?」
「そ、それは……」
私は一瞬だけ言い淀む。
──銀色の拳銃のことも、誰にも話していない。
誰にも見えない。誰にも触れない。
そんなものの存在を、ここで言っても、信じてもらえるはずがない。
(拳銃のことは……言えない)
(でも、黙ったままじゃ、もっと怪しまれる)
ここは……【偽証】するしかない。
私はゆっくりと口を開いた。
「……リンリに刺さってたナイフを抜いて、自分の首に突き立てた」
「えっ……?」
息を呑む音があちこちから漏れる。
「マキちゃん、ほんとに……?」
シロの困惑したその声に、私は静かに頷く。
「ちょ、ちょっと待って……」
「それって……自殺、ってこと……?」
「そんなん、正気ちゃうで……!」
「正気じゃなかったよ」
私は震える声で言い切った。
「リンリが死んでるのを見て……
それが、さっきまで一緒に笑ってた人で……
そのまま“何もしない”なんて、できなかった」
「私は、リンリを助けたかった!
……だから、死んだ。
リンリが殺される前に戻れるかもしれないって、賭けただけだ」
「マキ、ちゃん……」
「…………」
先ほどよりもずっと長い沈黙が裁判場を包み込んだ。
さっきまで勢いよく私を指さしていたリンリでさえ、
言葉を失ったように、目を見開いたまま黙り込んでいる。
「……私はマキちゃんの話、信じるよ」
シロはぽつりと言った。
「マキちゃん、いきなり走り出して……
正直そのときは、どうしたのって思ったけど」
シロは一度私の方を見て、ゆっくり言葉を選ぶ。
「でも……今の話を聞いて分かった気がする。
マキちゃんは、助けようとしてたんだよね。
間に合うかもしれないって……信じて走ったんだよね」
ぎゅっと指先を握りしめながら、シロは続ける。
「私は、その話を信じる。
マキちゃんがそんなことする人じゃないって……
それだけは、ずっと一緒にいた私が一番知ってるから」
「シロ……」
喉の奥がきゅっと詰まった。
「……だ、そうよ。リンリちゃん♪」
「……」
「……ただの苦し紛れの言い訳でしょ。
そもそも、私がマキから刺されたのは変わらないんだから」
リンリはそう言い切る。
その声には、まだ揺るがない確信が混じっていた。
「……ふふ」
ライトがくすりと笑う。
「さっきのマキちゃんの剣幕があまりにも必死で、いじらしくて……
私、ちょっとだけときめいちゃったわ。
だから――ほんの少しだけ、味方してあげようかしら?」
そう言ってわざとらしく肩をすくめる。
「あなたとマキちゃんの魔法って、性質が少し似ているでしょう?
それを隠し続けてきた子と、正直に明かしてきた子。
……心象の差って、案外ばかにできないものよ♪」
「ライト……」
そう言ってから、リンリを制するように片手を上げる。
「じゃあまず私から一つ議題に出したいことがあるんだけど──
本当に、リンリちゃんを刺したのはマキちゃんだったのかしら?」
「ほら、私たちの中に一人いるじゃない。
マキちゃんに"なれる"人物が」
その視線が、静かにアテナへと向けられる。
「【変身】の魔法を持つ彼女なら──
マキちゃんの姿に化けて刺したとしても、
被害者から見れば"波彪マキに刺された"ようにしか見えないでしょう?」
「あ……!」
リンリがはっとしたようにアテナを見る。
場の視線も一斉にそちらへと集まった。
「……まぁ、話の流れからして僕に来るんじゃないかと思ってたよ」
アテナは肩をすくめて、苦笑する。
「でも、僕にはちゃんとアリバイがある。ね、ポム、ヤヒメ」
「そうだね。アテナはずっとアトリエにいたよ。
私とヤヒメがグラウンドで遊んでる間、中からずっと私たちのこと描いてたよ」
と、すっかり調子を取り戻したポムが言う。
「あたい達が証言するよ~。アテナちゃんが途中でどこかへ行ったなら、流石に気づいたと思うよ~」
「……ありがとう」
アテナは少しだけ安堵したように目を伏せた。
「つまり、【変身】でマキに化ける余裕なんて、
僕にはなかった、ってことだね」
「……なるほどね」
ライトは腕を組み、少し考えるように首を傾ける。
「……ちなみに、見ていたのは"顔"だけだったりする?」
「え? どういう意味?」
ポムがきょとんとした顔で聞き返す。
「ほら……例えば。
体の方はキャンバスやイーゼルで隠して、窓から見える"顔の位置"にだけ
自分の顔写真を映したタブレットを置いておく、とか」
「そうやって偽装すれば、"アトリエにアテナちゃん本人がいる"って、
錯覚させることも不可能じゃないわよね?」
「いや~、それはさすがに気づくと思うよ~」
「う~ん……でも、そんなにじっと見てたわけでもないし……」
ヤヒメは首をかしげ、ポムは少し不安そうに視線を落とす。
すると、その場にぱっと明るい声が響いた。
「あ、マリーね! アトリエでアテナちゃんの後ろ姿、見てるよー!」
全員の視線が一斉にマリーに集まる。
「え?」
「それ、いつの話?」
「だいたい八時くらいかな? 着ぐるみ探してて、いろんなとこ行ったとき!
アトリエの前も通って、そのときに見えたよー!」
「鍵かかってたから中には入れなかったけど、
ちゃんとアテナちゃん、いたよー!」
「あっちこっちに行ってて苦労したんだから……。
マリーを追ってたからアトリエの中までは見てないけど……。
マリーの言ってることは本当。そのあとすぐ捕まえたから」
ミサが保護者のような目線で言った。
「ご、ごめんね……絵を描いてるときは、誰にも邪魔されたくなくて……
だから、いつも鍵をかけるんだ」
「でも、後ろ姿を見られてるなら、
タブレットで顔だけ偽装、って線もなくなるわね」
ライトが顔に手を当てて考える。
「じゃあ、やっぱり……」
「リンリを殺したのは……!」
みんなの視線が私に集まる。
「ええ、そうね。殺したのは──」
「……リンリちゃんね♪」
「……はぁ!?」
場の空気が一気にざわつく。
リンリは思わず一歩前に出た。
「まぁ、私だけがルールの細部まで把握してるのは悪いから、
ここで一度、ちゃんと擦り合わせましょう」
ライトは軽く手を挙げた。
「カンチョー、ちょっといいかしら?」
「……あ、私ですか。今ちょうどゆるっと休憩中なんですが、
手短にお願いしますね……」
「二つ質問があるの」
ライトは指を二本立てた。
「まず一つ目。
"自殺"をした場合、犯人は誰になるのかしら?」
「文字通り、自分を殺すと書いて自殺ですので……
犯人は自殺した本人になります」
「じゃあ二つ目」
ライトは間を置いてから続けた。
「リンリちゃんの蘇生が、もし裁判開始までに間に合わなかった場合──
魔女裁判への出席義務はどうなるのかしら?」
「そうですねぇ……基本は出席できる人は出席ですが……
大怪我してたり、高熱で動けないとか、
明らかに裁判どころじゃない場合は、欠席も認められます」
「学校と同じ感覚で考えてください。
大怪我してるのに出てこい、とか、
40度の熱でも来い、とか言うと……ほら、親御さんから苦情が来ますので」
「殺し合いさせとる方が苦情来るわ」
「なお、かすり傷やら仮病やらで休もうとしても即バレます。
その場合は銃業員が強制連行しますので、はい。
場合によってはペナルティもあるかもです……」
「じゃあ今回の場合……リンリちゃんの出席義務はどうなるのかしら?」
「今回は……さすがに心臓を刺されてますから。
裁判開始時点で蘇生していなければ、欠席してもOK、という扱いですね。
まぁ欠席した結果、裁判で自分が死ぬような結果になっても自己責任ですが……」
「……やっぱり、以前聞いた内容と同じね」
「以前に聞いた?」
私が思わず口を挟む。
「ええ。私、細かいルールまで把握してないと気が済まない性質なの。
ルールを知らないままじゃ、動けないでしょう?」
ライトはゆっくりとリンリの方を向いた。
「まぁ、今聞いての通りよ」
「つまり、私が言いたいのは──
リンリちゃんの"自作自演"の可能性よ♪」
「…………はぁぁああ!?」
リンリの声が裁判場に響き渡る。
「まず、自分で自分の胸を刺して自殺する。
そしてそのまま蘇生せずにいれば、さっきのルール通り、魔女裁判への出席義務はなくなる」
「その間に私たちが、犯人である魔女のいない魔女裁判をやって、
勝手に犯人探しをして、誰か適当な人に罪をなすりつけて、
裁判が終わったあとで、【不死】の魔法で生き返ったあなたが犯人としてひょっこり現れる」
「"自分を殺した犯人"であるリンリちゃんは、
見事ルール上では"英雄"として卒業──
……という筋書きも、理論上は成り立つわよね♪」
「いっっっ味分かんないんだけど!!!」
リンリが前に出て、声を荒らげる。
「そんな計画立ててるなら、生き返ったあとに裁判場になんか来ないから!!
ずっと死んだふりしてやり過ごすに決まってんでしょ!!」
「それが"計算違い"だったんじゃないかしら?」
ライトは楽しそうに、かつ淡々と言った。
「本当は裁判が始まるまで蘇生しないはずだった。
だけど、想定より早く生き返ってしまった」
「生き返った以上、"出席できる状態"になった。
つまり、魔女裁判への出席義務が発生する」
「それを無視すれば、仮病やサボりと同じ扱いでペナルティを受ける可能性がある。
だからやむを得ず、かつ疑われないためにも、あえて裁判場に姿を現した。
──そんなところじゃないかしら?」
「な、な、な……!」
リンリは言葉を詰まらせ、拳を強く握りしめる。
「そんなルールなんて、今初めて知ったから!
私がそんな計算ずくで動く人間だって思ってるわけ?」
少しの沈黙のあと、ライトが肩をすくめる。
「でもね、リンリちゃん。マキちゃんに刺されたって話、
それを言ってるのは……今のところ、あなた一人だけよ?」
その言葉に、リンリの呼吸が一瞬詰まる。
「客観的な証拠なんて、どこにもないじゃない♪
血が流れていた、ナイフが刺さっていた、
それだけじゃ誰が刺したかまでは分からないもの」
ライトは微笑んだまま、はっきりと言い切る。
「客観的な証拠がない以上、それは事実じゃなくてただの主張にすぎないのよ」
「ぐ……!」
その言葉に、勢いよくまくし立てていたリンリも言葉を失った。
張りつめた空気を切り裂くように、低く静かな声が入る。
「……いえ。客観的な証拠なら……あるかもしれないわ」
そこに静かに割って入ったのは、ノクスだった。
「……」
「……あぁ、そうね。たしかにその通りね♪」
ライトはその意味を察したように小さく笑う。
「『監視カメラ』の映像……。
捜査中は編集や削除を防ぐため、との名目で確認出来なかったけれど、
裁判中である今なら確認できるのよね?」
「……あ、また私ですか。えぇはい、確認できますよ」
気だるそうに羽を動かしながら、ノクスの質問にカンチョーが答える。
「じゃあ今すぐ、休憩室付近のトイレ前カメラの映像を再生してくれる?
もしかしたら、犯人の手がかりが映っているかもしれないわ」
「たしかに……監視カメラが見れるのでしたら、何か映ってるかもですわ!」
「私も、トイレ前のカメラが気になっていたところです……」
ノクスの言葉に、ダイヤとイリスが追従する。
「はぁ……やれやれ。おちおち休憩もできやしませんねぇ……」
そうぼやきながら、カンチョーは再生機器を操作した。
数秒の沈黙のあと、
画面を見つめるカンチョーの動きが、ふと止まる。
「……おや」
「ん? どうかしたの?」
ポムが首を傾げる。
「これは……映像が削除されていますねぇ」
「はぁ!?」
リンリが思わず叫んだ。
「魔女裁判が始まる前に削除されたようですねぇ。
情報処理室の端末を使えば、映像の削除くらいは簡単にできちゃいますので……」
「じゃあ……!
私が刺されたってこと、証明できなくなっちゃうじゃん!!」
リンリがわなわなと震え出す。
「いえ……削除されているのは【三日目】の映像だけで……」
カンチョーは画面を確認しながら続ける。
「【四日目】の映像は、ちゃんとまるっと残ってますねぇ」
「……え?」
「じゃあ……【四日目】の、
殯リンリさんが刺される直前あたりから再生でよろしいでしょうか……?」
リンリは戸惑いながらも小さく頷いた。
「……う、うん……」
誰もが息を潜め、これから映し出される映像を待ち構えた。
映し出されたのは、監視カメラ特有の少し画質の荒い映像。
高い位置から通路の角を見下ろす俯瞰視点で、
カメラはやや斜めを向きながら、『庭園』の窓がある方向を捉えていた。
画面の端に表示されている時刻は、【20:24】
(……やっぱり、向きが変えられてる)
さっき現場で見た角度と同じだ。
誰かが意図的に、ここを映すように調整した……?
そのときだった。
画面の端に人影が入り込んだ。
……リンリだ。
映像の下側から現れる。
周囲を警戒するような素振りもなく、ただまっすぐ進み、
そして、通路の角を右へと曲がった。
「……」
リンリが通路を曲がってから──
6秒。
7秒。
次の瞬間――
「あっ!」
リンリが、まるで何かに強く突き飛ばされたかのように、
勢いよくフレーム内へと戻ってきた。
背中から『庭園』の窓に叩きつけられる。
ガラスに体を預けるような姿勢。
そして――
その胸には、深々とナイフが突き刺さっていた。
※イメージ画像
「うっ……」
「うわ……」
生々しい映像に、数人が声を漏らす。
「……監視カメラの映像から見て、通路の右側の壁がちょうど死角になってるね」
ミサが小さく呟く。
「死角になってて……刺された瞬間はカメラに映ってない……」
私はそれにつられるように言った。
映像の中で、リンリはそのまま力を失ったようにずるずると窓にもたれかかる。
血が暗い床に広がっていくのが、ぼんやりと分かる。
「……! いや、待って!」
そのとき、リンリ自身がはっとしたように声を上げた。
画面はもたれかかるリンリの体と、窓ガラスを大きく映している。
外は真っ暗。
でもその窓ガラスは、通路の奥――
死角になっているはずの場所を、"反射"していた。
「これ……見て……!」
誰かが息を呑む音がはっきりと聞こえた。
窓ガラスに映っていたのは、ナイフを突き立てた直後、通路の真ん中に立っている人影。
その輪郭。その髪の形。その立ち姿。
反射の中にあったのは――
紛れもなく、波彪マキの姿だった。
「な、なんだよ……これ……!!」
視界がぐらりと歪んだ。
「あらあら……これは……」
ライトが少し驚いたように呟く。
「いや……マキちゃんやん、これ……」
「はい、決まり。ね、私の言った通りでしょ?」
「ち、違う……私じゃない……!!」
「まさか……本当にマキが……」
「マキちゃん、嘘だよね……?」
アテナとマリーが驚愕した表情で呟く。
「私はやってない……!」
「マキちゃん……どうして……」
「……」
ヤヒメとミサが私を悲しそうな目で見る。
悲しい目──怒りじゃなくて、失望でもなくて。
裏切られたくなかったって目。
「……流石に、言い逃れできませんわね」
「これ、もう投票しても良い流れ?」
ダイヤとポムの言葉が、刃物のように私を切り裂く。
「やって……やって、ないっ……!!」
叫んだ瞬間に息が途切れる。
「マキさん……」
「マキ、まじか……」
イリスとハイジが、信じられないと言った風に私を見る。
みんなの視線は、もう仲間を見る目じゃなかった。
疑うべき誰かを見る目だった。
みんなが私を、今までとは違う何かを見るみたいに見つめている。
言いたい言葉は頭の中に溢れるほどあるのに。
口を開こうとするたび、みんなの目が胸に突き刺さって、同じような言葉しか出てこない。
「私じゃ……私じゃないっ……」
かすれるような声。
「違う……なんで……なんでだよ……!」
声が嗚咽に変わる。
(違う……のに……)
喉がひりついて息がうまく吸えない。
(私はただ、リンリを助けたかっただけなのに)
鼻の奥がつんと痛くなる。
(そのために、二回も死に戻ったのに)
視界がじわりと滲んでいく。
(それでも間に合わなくて、せめて犯人だけはって、必死で走り回ったのに)
皆の顔がぼやけていく。
胸の奥が、ぎゅっと掴まれたみたいに苦しい。
私はただその場に立ち尽くすしかなかった。
映像という証拠に押し潰され、
言葉という武器を、次々と失っていく中で。
中で──
その中で──
「ちょっと待って!」
張りつめた空気を切り裂くように、声が響いた。
シロの声だった。
「マキちゃんは、やってない」
その一言に、ざわり、と場の空気が揺れる。
「……シロ?」
消え入りそうな声で私は呟く。
シロはぎゅっと拳を握りしめたまま、私の前に一歩出た。
「……根拠はあるの?」
ライトはそう言う。
すると……
「……何となく、そんな気がするの」
いつもの、にへっとした調子で少しだけ笑いながらシロは言った。
(…………)
(なに、それ)
あまりにも軽くて、あまりにも無防備で。
あまりにも――シロらしい言葉だった。
なのに。
張りつめきって今にも壊れそうだった胸の奥が、
その一言で、ふっとわずかに緩んだ。
「……こ、根拠なし……?」
誰かが半ば呆れたように、半ば困惑したように呟く。
それでもシロは、少し照れたみたいに頬をかきながら、
「うん。根拠はないよ。
でも、マキちゃんがそんなことする人じゃないって、
私はずっと一緒にいて知ってるから」
そう言って私を見る。
その目は、不安も迷いも含んでいるのに、
それでもまっすぐだった。
……でも、そんなシロの言葉に安心する。
(……あのときも、そうだったな)
私が部屋に閉じ込められたとき。
ドアが開かなくて不安だったくせに、シロの声を聞いただけでなぜか安心できた。
あの、いつもと同じ明るい声だけで──。
(…………)
(…………待てよ)
私は、目元を袖で拭ってスマホを取り出す。
(そうだ……!)
──『発信履歴』
私は、あのとき確かに、シロに電話したんだ。
そして──
『支給品についての注意事項』には、こうあったはず。
・スマートフォンおよびタブレット端末で行われたメッセージの送受信、通話、会話記録とその日時は、すべて自動的に記録・保存されます。
私は急いでスマホの発信履歴を見る。
発信相手は、『鵲シロ』。
時刻は……【20:26】
そこには、明確なデータが刻まれていた。
(言葉が……)
(言葉の武器が、通じないなら……)
映像という"データ"が私を押し潰そうとしているのなら。
こちらも、"データ"で殴り返すしかない。
私はスマホを握りしめて顔を上げた。
「……みんな、これを見て」
私はまだ少し震える指でスマホを掲げた。
画面に映っているのは、たった一行の履歴。
発信相手:鵲シロ【20:26】
「これ……私がシロに電話した記録」
ざわ、と再び場が揺れる。
「そして……もう一度、あの映像のリンリの刺された時刻を見て」
私のその声に、みんなの視線が映像に集まる。
リンリがまさに突き飛ばされた時の瞬間の映像。
そこに表示されていたのは──
【20:25:40】
20時25分40秒。
「……一応、会話の内容も再生するよ」
私はスマホの再生ボタンを押した。
スピーカーから、少しノイズ混じりの音声が流れる。
『もしもーし、マキちゃん?』
『あ、シロ。ちょっとさ、
私の部屋のドアの前に、何かあるみたいで……内側から全然開かないんだ』
『えっ? なんでだろう?』
『鍵は開いてるんだけど、外から何か引っかかってる感じで……。
ちょっと見てみてくれない?』
『分かった、すぐ行くからちょっと待っててね~』
――通話がぷつりと切れる。
「これって……おかしくないか?
私がリンリを刺したとして、そのすぐあとにシロに電話するなんて」
「リンリが刺されたのは、通路の端っこだ。
そこから宿泊部屋に戻ってくるためには、相当急いで戻らなきゃいけない。
しかもその上でシロに電話までして、自分の部屋を見に来いとまで言ってる」
「どう考えたって、時間が足りない」
そこにライトが静かに割って入る。
「でも……スマホの時刻は"分"単位。秒までは表示されていないわ。
つまり【20:26】と表示されていても、
実際には20:26:00かもしれないし、20:26:59かもしれない」
「監視カメラの刺殺時刻が20時25分40秒……26分までのその20秒をプラスして
最大で約1分――正確には最大79秒ほどの幅がある」
「そのくらいあれば、走って部屋に戻って息を整えて
電話をかけること自体は、理論上はギリギリ可能じゃないかしら?
そのあと電話を受けたシロちゃんが来るまでにも、更に時間は稼げるわけだし……」
その言葉に私は首を横に振った。
「それでも無理だよ。
さっきの通話内容を聞いての通り、私の部屋の前には"ドアストッパー"が置いてあった。
しかもそれは、内側じゃなくて外から置かれたものだ」
「あ……うん! 本当に置いてあったよ!」
すぐにシロが頷いてくれた。
「つまり私は――
リンリを刺して、通路を全力で戻って、自分の部屋の前に回り込んで、
更にはドアストッパーを設置して、シロに電話して、
“閉じ込められた被害者”を演じなきゃいけない」
「そんなの、どう考えたって無理がある」
「…………」
しばらく沈黙が続いたあと、ハイジがおずおずと口を開く。
「……あの、あたしシロが『娯楽室』にいたのを見てて、ちょっと気になったんだけど……。
シロが電話をもらってから、"すぐには来ない"って踏んでいたんじゃない……?」
「それって、どういう意味?」
私はハイジに視線を移しながら聞く。
「例えばシロが『庭園』なんかに居て……
マキの電話をもらったあとで部屋に駆け付けるとしても、
庭園から宿泊部屋まで距離があるから、かなり時間がかかるし……。
実際、シロは『娯楽室』にいたし。その間に──」
「それも無理だ」
私ははっきりと言い切った。
「さっきの会話を思い出してみて。私はシロの所在については何も聞いていない。
もしシロがたまたま私の隣の部屋にいたとしたら?
電話を受けて、すぐに私の部屋の前に来る可能性だってあった」
「私が会話の中で、『今どこ?』って確認していない以上、
"遅れて来る前提"で動くなんてそんな危ない賭けはできない」
ライトが腕を組んでゆっくり頷く。
「……そうね。
シロちゃんが本当に『庭園』にいたなら、ハイジちゃんの仮説も成り立ったわ。
だって、刺殺現場の窓越しに庭園の様子は見えるもの」
「そこでシロちゃんの姿を確認してから電話して、
シロちゃんが遅れて自分の部屋に来ると踏んで、
ドアストッパーの偽装をするならまだ理屈は通った。
でも――」
ライトはちらりとシロを見る。
「実際にシロちゃんがいたのは『娯楽室』。
それが事実なら……その理屈はもう通らないわね」
「あっ、はい……。出過ぎた真似をしてすみませんでした……」
ハイジが肩をすくめて瞬く間にしゅんとする。
「ちなみに……『娯楽室』にいたのはたまたまなの?」
今度はミサがシロに静かに問いかけた。
「う、うん。食堂でみんなでごはん食べてる時に、
アテナちゃんからゲームの攻略法教えてもらって……。
晩ごはん終わったらぜひ試してみてって言われて、それで、たまたま娯楽室にいただけだよ~」
「なるほどね。マキちゃんから娯楽室に行くように指示されてたってわけでもないのね」
ライトが腕を組みながら頷く。
「あ、あの~。ちな、ドアストッパーの偽装ってどうやるん……?」
「あら、簡単よ♪」
ライトは楽しそうに人差し指を立てた。
「まずドアを開けて、ドアの向こう側にストッパーを置く。
次に、そのストッパーに糸を引っ掛けておく」
「それからドアを閉めて、最後にドアの隙間から糸を引っ張れば――
ストッパーが噛んで、“外から置いた”みたいな状態を作れるわ。
私なら一分で成功させられるわね♪」
「さ、さいですか……」
ナツミは乾いた笑いを浮かべながら「器用すぎやろ……」と小さく呟いた。
「……じゃあ結局、私を刺したマキは何だったの?
しっかり映像も残ってるのに……」
リンリは腕を組み、納得いかないという顔で吐き捨てる。
怒りよりも、困惑の色が濃い声音だった。
「まぁ、それですよね……。一体どういうことなんでしょう……」
イリスも不安そうに、視線を映像の停止した画面へ戻す。
「……ちょっといいかしら」
すると、ずっと考え込みながら沈黙を貫いていたノクスが口を開いた。
「もう一度、殯リンリが刺された瞬間の映像を再生してちょうだい。
今度は──」
「窓に反射して映った波彪マキの姿が、完全に画面から消えるところまで」
カンチョーは露骨に面倒くさそうに羽をぱたつかせ、操作端末の前に移動した。
「はいはい……再生しますよ。
今度は止めずに、そのまま流しますから……」
画面が暗転し、再び監視カメラ特有の無機質な映像が映し出される。
リンリが画面の端から現れ、角を曲がる。
そして数秒後。
突き飛ばされるように、窓へと打ち付けられるリンリ。
胸には深々と刺さったナイフ。
そして、あの"反射"。
窓ガラスに浮かび上がる波彪マキの姿。
すると――
反射していたマキの姿が、通路の奥へと後ずさりするように消えていった。
……いや、後ずさりというよりも──
「……なんか、ぬるっとフェードアウトしてったね」
「カメラの画質の問題じゃないですか……?」
「というよりフレーム数じゃね?」
「古そうなカメラだし、こんなもんじゃないかな?」
「……ふぅん」
ポム、イリス、ハイジ、アテナ、ライトは思わず呟いた。
まるでマキの姿が、姿かたちを変えずに移動するかのような──
歩いている動作はしていないのに、後ろへと遠ざかっていくかのような。
場の何人かは、そんな錯覚を覚えるような仕草だった。
「……え、別に普通やない?」
「後ずさりしたんじゃない~?」
ノクスは少し考え込むように視線を伏せ、それからゆっくりとリンリを見た。
「リンリ。あなたが波彪マキに刺された、という結果は分かったわ。
今度は、その一部始終をできるだけ詳しく話してほしいの。
現場に行くまでの経緯から、刺されて意識を失う瞬間まで。
どんなに些細なことでもいい。見えたもの、感じたこと……全部よ」
裁判場の視線が再びリンリに集まる。
「……いいけど……」
リンリはゆっくりと息を吸って話し出す。
「私ね、『大浴場』に行こうとしてたの。タオルも持ってたし。
でもその前に、『庭園』で少し外の空気を吸おうと思って。
夕食、ちょっと食べすぎたし……休憩も兼ねてね」
「それから少し休憩したあと、大浴場に行こうとしたんだけど……。
休憩所の通路が通行止めになってたでしょ?
貼り紙とガムテープで塞がれてて……だから、仕方なく遠回りの通路を通ったの」
私は思わず口を挟む。
「あの貼り紙、カンチョーは知らないって言ってた。
だから多分、誰かが勝手に貼ったんだと思う」
「……そう」
リンリは小さく頷く。
「つまり、通路の奥へと誘導される形だった、というわけね」
ノクスが腕を組み、小さく呟いた。
「……それで、そのまま通路を真っすぐいって右に曲がったら、通路の真ん中にマキがいたの。
私が立ち止まって『おっす』って声かけても、ずっと無言で、ぼーっと立ってて……。
なんか様子が変だなって思った、その直後……」
リンリは胸元を押さえた。
「急にこっちに近づいてきて、ナイフで胸を刺してきたの。
そのまま突き飛ばされて……あとは、監視カメラに映ってた通りよ」
ノクスが静かに言う。
「マキの姿を見た時や刺された瞬間、何か引っかかったことはなかったかしら。
どんなに小さな違和感でもいいわ」
「……そういえば」
リンリは眉を寄せる。
「マキの後ろの通路の脇に、黒い着ぐるみみたいなのが置いてあった気がするの」
「それ……マリーが探してたやつだ! 黒い熊の着ぐるみだよね?」
「……多分、そんな感じ」
「他には?」
ノクスが促す。
「他には……」
リンリは少し考えてから、ぽつりと言った。
「私の見間違いかもしれないけど……
ナイフが、急に"飛び出てきた"ように見えたの」
「飛び出てきた……?」
「うん。刺されるなんて思ってなかったから、はっきり覚えてないけど……。
手に持ってたナイフで刺された、っていうより、
“手元からナイフが跳ね出てきた”みたいな感じで……。
自分でも何言ってるのか分かんないし、見間違いかもしれないけど……」
「……そう」
ノクスはそれ以上追及しなかった。
「それと……若干、輪郭がおかしかったというか、マキが着ぶくれしてたような……」
「着ぶくれ?」
「たぶんだけど、私を刺そうとしてたんだし、
返り血を防ぐために何枚か着込んでたりしたんじゃない……?」
「……なるほどね」
「それと……刺されたあとは、胸に刺さってたナイフばっかり見ちゃって……。
突き飛ばされた瞬間のことは、あんまり覚えてない。ごめん」
リンリはそう言って、申し訳なさそうに視線を伏せた。
「十分だわ。ありがとう。
今のリンリの証言が、私の中で決め手になったから」
そう言って、ノクスは次にダイヤへと視線を向けた。
「紺剛ダイヤ。あなたは『大浴場』に向かう通路で、"黒い熊の着ぐるみ"とすれ違ったのよね?」
「ええ。間違いなく。……って、まさか……」
ダイヤの声がわずかに強張る。
「そう。おそらくそれは──リンリを刺殺した直後に、犯人が逃走する際の姿よ。
犯人はリンリを刺した直後、すぐに後ろに置いてあった着ぐるみを身にまとい、その場から逃走した」
「そしてその着ぐるみが最終的に発見された場所は──『アトリエ』の隣にある『物置』」
「監視カメラの映像と、ダイヤの証言を突き合わせると、
脱ぎ捨てられたのはおよそ――20時27分から28分頃」
「リンリが刺されたのが、20時25分40秒前後。
そこから逃走し、着ぐるみをまとい、物置に捨てるまでに要した時間として不自然ではないわ」
最後に、誰にも聞こえないほど小さな声で、独り言のように呟く。
「そして、その時間から『死体発見アナウンス』までの数分で……」
「……あの~、なんか一人で考え込んじゃってるけど……」
ハイジが気まずそうに声を出す。
「ノクスちゃん、何かわかったのかしら?」
ライトはノクスに視線を向けた。
ノクスはその質問に答えず、顔に手を当てて考え込む。
やがて、ノクスがゆっくりと口を開く。
「みんなに質問があるのだけれど──」
空気が張りつめる。
誰もが、次に出てくるのは――
時間、位置、目撃証言、アリバイ。
そういう類の確認だと思っていた。
だが──
「『魔法の発表会』のあと、誰か一人でも
影津アテナの【変身】の魔法を実際に見た人はいる?」
その問いは、皆の予想をきれいに裏切った。
一瞬、誰も言葉を出せなかった。
「え……?」
「いや、見てない……けど……」
戸惑った声があちこちから零れる。
「じゃあアテナ。誰かに【変身】の魔法を見せたことはある?」
「……いや、いたずらに魔法を使うと混乱させるからね、誰にも見せていないよ。
それに、見られていると変身できないから、見せるのも正直、かなり手間なんだ」
アテナはいつもの落ち着いた口調で否定した。
「つまり……魔法の発表会以降、誰一人としてアテナの【変身】を見ていない、というわけね」
「えっと……ノクス、結局のところ何が言いたいのかな……?」
アテナは微笑みを崩さないまま、視線だけをノクスに向ける。
「単刀直入に聞くわ。
……アテナ、あなたの魔法は、本当に【変身】なの?」
その場がざわ、と揺れる。
「言ってる意味が分からないな。魔法の発表会でもちゃんと見せたはずだけど?」
すると、ノクスが静かに語り出す。
「地獄谷ポムと天刻ヤヒメが見た、アトリエの中のアテナ。
あれは"鍵のかかった部屋"の外から見た姿だったわね?」
「うん、そうだよ~」
「ちゃんとアテナ、いたよ」
二人は素直に頷く。
「次に、監視カメラの窓に反射して映ったマキの姿。
そして、『魔法の発表会』でカーテンの向こうから現れたあなたの変身後の姿」
ノクスは三つの場面を指でなぞるように並べる。
「この三つには、ある共通点があるわ。
それは──
"見てほしいけど、詳しくは見てほしくない"という心理よ」
「アトリエの姿は見てほしい。
でも、実際に中に入って近くで確認されるのは困る」
「窓に反射した姿は見てほしい。
でも、実際に刺している瞬間を映されるのは困る」
「カーテン越しの【変身】は見てほしい。
でも、実際に近づいて触れられるのは困る」
「あなたは魔法の発表会のとき、こう言ったわね。
"見られていると、発動も解除もできない"って」
「そしてカーテンの向こうで魔法を使い、
開けたときには、すでに"変身後の姿"がそこにあった」
「でも、誰かが近づこうとした瞬間、
あなたはそれを遮るように、またカーテンを閉じた。
まるで、カーテンの裏に隠れて、その姿に触らせないように」
「『見られていると魔法が使えない』というのも、
怪しさを隠すためにはあまりにも都合が良い言い訳──」
「この一連の行動は……
"自分の魔法が、実は【変身】ではない"と、知られないためだったんじゃないかしら?」
裁判場が、息を止めたように静まり返る。
「あなたの本当の【魔法】は……」
ノクスはわずかに間を置いた。
「たとえば――」
そして、最後の決め手の言葉を発するように言う。
「移動させられる立体映像のような姿を作り出す、
【幻影】や【投影】のような魔法」
ノクスはアテナを指さした。
「それには実体はない。触れられない。
近づかれると正体が露見する」
「だから、あなたは――
"見せる"けど、"近づかせない"やり方ばかりを選んできた」
「……違うかしら?」
その場が沈黙に包まれる。
その沈黙を破るように、私が声を上げた
「ちょ、ちょっと待って……!
その三つが"同じ性質"だってことは……!」
「ええ」
ノクスが私の言葉を引き継ぐように頷いた。
「私が言いたいのは……」
ゆっくりと、逃げ道を塞ぐように。
「殯リンリを殺害した犯人は――」
「影津アテナ。
あなたなんじゃないか、ということよ」
「……は?」
「アテナが……?」
「そんな……」
「アテナちゃん……?」
ポムやヤヒメはもちろんのこと……
驚愕と困惑の声が裁判場に響き渡る。
「……はぁ。……一体どういうこと?」
アテナが眉をひそめながらノクスに尋ねる。
「もし、アテナが【変身】ではなく、
好きな場所に立体映像を作り出せる【幻影】のような魔法と仮定しましょう」
「発表会では、変身すると宣言した相手の幻影を出し、
カーテンを開けて"今まさに変身した"と錯覚させた。
近づかれる前に、カーテンの裏に隠れていた本物のあなたがカーテンを閉め、
幻影を消してから自分の姿を見せれば、それは結果的に変身に見える」
「……確かに、ウチが触ろうとしたらカーテン閉められたなぁ。
いやでも、別に偶然かもしれへんし……うーん」
ナツミの言葉を聞きながらも、ノクスは淡々と続ける。
「ついでに言えばあの時、カーテンが閉められる直前、
変身した姿は半歩横に移動したような動きをしたけれど、
私の目からは滑るように横にずれていったように映ったわ。
……まぁ、私は遠巻きに眺めていたから、その時は見間違いかと思ったけどね」
「アトリエのあなたも同じ。自分の幻影をアトリエ内に作るだけなら、発表会の時より簡単よ」
「えっ、じゃああれはアテナじゃなかったってこと……?」
ポムも困惑した様子だった。
「そしてリンリの殺害現場。
まず、リンリが曲がってくる直前に、窓の反射の範囲外にマキの幻影を作り出す。
リンリが曲がり終え、通路の正面を向いた瞬間──
幻影を前に移動させ、窓の反射内に幻影を登場させる。
最後にその幻影の背後からあなたがナイフで刺し、突き飛ばす」
「……え、じゃああれは……幻影だったってこと……?」
「まぁ、今のところは仮定の話だけれど」
そしてノクスは続ける。
「突き飛ばした理由としては、下手に抵抗されて幻影に触られたり、前に倒れ込まれたりでもしたら、
マキの体をすり抜ける映像が窓に映ってしまうから、ってところでしょうね。
反射した窓からは、あなたがリンリの体を手で押したとしても、リンリの体に隠れてその瞬間は見えないでしょうし」
「リンリの『ナイフが飛び出てきた』という証言は、
幻影のマキから、ナイフを握ったあなたの本物の腕が現れたように見えた──
そういうことじゃないかしら」
「うーん……確かに、そう言われてみれば……」
「あなたが言っていた"着ぶくれ"も、幻影の後ろにアテナ本人がいて、
それで輪郭がダブって見えた……とかね」
「……むむむ……」
リンリ本人も考えるように腕を組む。
「えーっと……」
アテナは苦笑しながら声を漏らす。
「……少しは面白い推理だと思うよ。
でも、それって結局は全部、ノクスの"想像"だよね」
肩をすくめる仕草は、いつもと同じ落ち着いたものだった。
「発表会以降、魔法を使わなかったのはただの偶然だよ。
使おうとも思ってなかったし、使う必要がなかっただけだ」
「それに、誰かに見られていると発動も解除もできないっていうのも、
生まれつきの体質みたいなものだから、どうしようもないんだ」
少し困ったように、けれどどこか余裕を残した笑みを浮かべる。
「それがたまたま、ノクスの言う"見てほしいけど近づかせない"
みたいに見えたのなら……それは、ごめんね」
「ちょっと誤解させるような行動をしてたのは事実だし、
疑われたなら、その点については謝るよ」
そう言って、軽く頭を下げる。
「でも、それだけで"犯人"だって決めつけるのは、
さすがに飛躍しすぎじゃないかな。
だいたい、幻影って……」
アテナは苦笑しながらも、どこか穏やかな口調で言い切った。
「……ということは、あなたはずっとアトリエにいた、というわけね」
「うん、もちろん」
すると、ノクスはちらりとポムとヤヒメの方を見た。
「なら、ずっとアトリエにいたっていう証拠はあるのかしら?」
ノクスはアテナに問いかける。
「一応、アリバイ確認をされると思ったから持ってきたんだ」
そう言って取り出したのは、一枚の絵だった。
満開の桜を背景に、手前ではポムとヤヒメが楽しそうにフラフープで遊んでいる。
「これが、事件のあった時刻に、まさに僕が描いていた絵だよ」
「これは……フラフープですの?」
ダイヤが尋ねる。
「そうだね~、してたよ~」
「うん、間違いなくあの時の私たちだね」
ヤヒメとポムが頷いた。
「……ね? これが、僕がずっとアトリエで絵を描いていた証拠だよ」
アテナは自信満々に言う。
「そうね。私が捜査の時にアトリエで見た絵と同じね」
ノクスが呟く。
だけど、私はそこに反論した。
「……ちょっと待って。この絵ってさ、前から描いてあった絵なんじゃないの……?」
アテナはこちらに視線を向ける。
「私、実は昨日の朝に、アテナがアトリエで桜の木を描いてるのを見てるんだ。
この桜の描き方……その時の絵にそっくりなんだ」
アテナは一瞬だけ目を見開いた。
「……それは偶然だよ。桜なんて何度も描いてるし、
被写体が同じなら、似た構図になるのは普通だろ?
マキが見たのは、事件の時に描いてたのとは別の桜の絵だと思うよ」
「……でも……」
私はそれ以上、言葉を続けられなかった。
するとノクスが静かに言う。
「……つまり、"あらかじめ描かれていた可能性"もある、ということよね」
「だから違うって」
アテナは即座に否定する。
「この桜、見事に描き込まれているけど……。
ポムとヤヒメはずいぶん雑ね。色も塗られていない」
皆の視線が二人の描写部分に集まる。
「……ほんとだ、未完成みたい」
シロが言った。
「なんちゅーか……急いで描いた感、すごいな……。
まぁ、表情は生き生きしててええ感じやけど」
ナツミも頷く。
「い、いや……人物画が苦手なんだよ」
アテナは苦笑いを浮かべた。
「これは、フラフープで遊んでいる二人の絵かしら?」
ノクスが問いかける。
「うん、そうだよ。二人とも楽しそうにフラフープしてたからね」
「してたよ~」
「まあ、そうだね」
二人は肯定する。
そこでノクスが、ゆっくりと言った。
「アテナ。実は私、事件が起きた後に、あなたが二人のところを離れている間に、
アリバイ確認のついでにポムとヤヒメに"別のこと"も聞いてあるの」
「別のこと……?」
「フラフープをする"前"は、何をして遊んでいたか、よ」
そう言って二人の方を見る。
「二人とも、答えはまだ言わないでね。
アテナが正しく言えるなら、あなたが本当にアトリエから見ていたと認めるわ」
「わかった~」
「さあ、アテナ。二人はフラフープの前は、何をして遊んでいたの?」
「う、うーん……」
アテナは少し戸惑い、やがて思いついたように言った。
「……あ! 確か、野球じゃなかったかな?」
「……野球?」
ポムが首を傾げる。
「……じゃなくて、バスケとか……」
「……バスケ?」
ヤヒメも首を傾げる。
「えっと……バットで、バスケットボールを打ち返す遊び……みたいな?」
「……アテナ、何言ってるの?」
ポムが不審そうに見る。
「……答えられないの?」
ノクスの視線が鋭く突き刺さる。
「……あ、ああ! 思い出した!!」
アテナは急に声を張り上げた。
「野球のバットで大道芸みたいに遊んでたんだ!
ポムの【重力操作】で、ヤヒメがジャグリングするみたいな――」
「…………」
沈黙。
アテナのその声が響き渡ったっきり……ホールには沈黙が続いていた。
そして──
その沈黙を破ったのは、ポムだった。
「……"ボウリング"だけど」
「…… は ぁ ? 」
「ポムちゃんの【重力操作】で、バットを何本も地面に立てて~、
あたいの【物質強化】で硬くしたバスケットボールを転がすの~」
「それで、ぶつかる瞬間にバットの重力を軽くして、
ボウリングのピンみたいに飛ばしてたんだよ。
……30分くらい、ずっとやってたよ?」
「…………」
アテナは何も言えなかった。
「……そんな特徴的な遊びをしていたのに、それを答えられないなんて」
ノクスが静かに告げる。
「あなたが"アトリエで二人を見ていた"とは、到底思えないわね」
「……」
アテナは何も言わず、ただ視線を伏せたままだった。
そこに、ノクスの容赦ない口撃が続く。
「あなたはポムとヤヒメと三人で遊び終えたあと、
アトリエで絵を描いているふりをして、そのまま着ぐるみを着てリンリの殺害現場である通路の角へ向かった」
「三人で遊び終えたのは19時50分と言っていたわね。
そこからすぐに刺殺現場へ向かって、そのまま刺殺時刻まで待機していたのなら……
およそ30分以上はアトリエを空けていたことになる。
ポムとヤヒメが何の遊びをしていたか、答えられないのも無理はないわ」
「アトリエを出る時に着ぐるみを着た理由としては単純よ。誰かと鉢合わせでもしたら、
アトリエにいるはずのアテナの存在自体が疑われるから」
「そして、リンリ殺害時にわざわざマキの幻影を作り出しているということは、
マキの部屋の前にドアストッパーを仕掛けたのもあなたね。
マキを部屋に閉じ込め、行動の自由を奪い、罪を擦り付けるためにアリバイを失わせた」
「偽の貼り紙をしたのもあなた。ポムやヤヒメと別れたあとに貼ったのか、
あるいは事前に仕込んでおいたのかは分からないけれど――
どちらにせよ、ガムテープ二枚と貼り紙一枚。数十秒もあれば十分だったはず」
「通路を封鎖することで、あなたにとって都合のいい、
窓の反射のトリックが使える場所へリンリを自然に誘導した」
「あなた自身が声をかけて誘導しなかったのは、声をかけたあとに『アテナに呼ばれてる』なんて証言をされるのを避けるため」
「ついでに言うと──『誰にも言わないで来て』なんて言葉で
人目につかない奥まった通路に呼び出せば、警戒されるか、あるいは最初から疑われるだけ。
だからあなたは、貼り紙で誘導した。"通行止め"という、自然で疑われにくい形でね」
「監視カメラの角度を変えたのもあなたね。【三日目】の映像だけが消えていたのは、
その夜に"反射の角度"や"幻影の映り方"を確認する予行演習でもしていたからじゃないかしら?」
「そしてリンリを殺害したあと、現場近くに置いてあった黒い着ぐるみを着て逃走。
アトリエ横の『物置』にそれを放り込んだ」
「戻った時にはポムとヤヒメはもうボウリング遊びを終えて、フラフープで遊んでいた。
あなたはあらかじめ描いておいた桜の木の絵に、慌ててフラフープで遊ぶ二人を描き足し、
"ずっとアトリエで二人を見ながら絵を描いていた"というアリバイを完成させた」
「その時、グラウンドにはバスケットボールと何本ものバットが散らばっていた。
だからさっきみたいな勘違いをしてしまった」
ノクスは、最後にゆっくりと視線を上げる。
「……違うかしら?」
「…………」
「…………はぁ」
するとアテナは大きく息を吐き出した。
それは諦めでも動揺でもなく、どこか芝居がかったわざとらしいため息だった。
「……カンチョー。ちょっと同情するよ。
初日にノクスからマシンガントーク攻めをされた時って、
こんな感じの気持ちだったんだね」
肩をすくめて苦笑まじりに言う。
「謂われないことでこんなに長々と語られるのは、さすがに苦痛だね」
「……あ、分かってくれます?」
カンチョーが、なぜかちょっと嬉しそうにうなずいた。
「いやもう……あの人、話が長いんですよ……。
しかも全部"それっぽく"聞こえるから、余計にタチが悪くて……」
「だね。ガムテープで封鎖すべきは通路じゃなくて、ノクスの口の方なんじゃないかな?」
アテナは小さく笑った。
「ごめんね。桜の木を描くのに夢中で、二人がボウリングしてるのに気づかなかったんだ」
「……なんですって?」
「君の"想像"に対する反論なんて、これで十分じゃないかな?」
ふっとアテナが笑いながら言う。
「推理ってさ、つなげようと思えば何でもつながるんだよ。
貼り紙、着ぐるみ、窓の反射、ドアストッパー……。
全部を僕がやったって前提で並べ直せば、それっぽい物語になる」
視線をノクスに向ける。
「でも、それは"物語"であって、"証明"じゃない。
君の話には決定的なものが一つもない」
「僕が幻影を作った現場を見た人はいない。
僕が通路にいたのを実際に見た人もいない。
僕がリンリを刺した瞬間を見た人もいない」
「あるのは――推測と、想像と、そうだったら良いっていう願望だけだ」
アテナは静かに、しかしはっきりと言った。
「ノクス、君の話はきれいだよ。筋も通ってるし聞いてて気持ちいい。
でもね、それで人を犯人にするには、まだ全然足りない。
そうだね、たとえば──」
「僕が【幻影】の魔法を使えるとして、
リンリを殺す直前には、あの通路の角に"マキの幻影"を出さなきゃいけない。
でも、それをやった瞬間、アトリエに出していた"僕の幻影"は消えるはずだ。
同時に二つ出せないなら、アトリエの僕の姿は一瞬、消えることになる」
「それをポムとヤヒメがまったく気づかなかったっていう前提で話を進めるのは、
さすがに都合が良すぎないかな?」
するとノクスは間髪入れずに答える。
「ポムもヤヒメも、ずっとあなたの姿だけを凝視していたわけじゃないわ。
遊びながら、道具を取りに行ったり、互いに話したりしていたはずよ。
十数秒ほどあなたの姿が消えていても、
それに"必ず"気づいて、"必ず"違和感を覚えるとは限らないわ」
アテナは肩をすくめた。
「また君にとって都合のいい想像で塗り替えてるだけだね」
そして視線を鋭くする。
「じゃあ、もう一つ聞こうか。
"返り血"はどうするの?」
「僕がリンリを刺したのなら、服に血が飛んでいないとおかしい。
まさか、"着ぐるみを着て刺した"なんて言うつもりじゃないだろうね?
リンリ自身が、"刺される前から通路の脇に着ぐるみがあった"って証言してるんだから」
ノクスは少しだけ考える素振りを見せた。
その沈黙を破るように、私が口を開く。
「アテナ……昨日の朝、アトリエで絵を描いてたとき、エプロンを付けてたよね。
もしかしたら……あのエプロンで返り血を防いだんじゃないか……?」
その瞬間、ノクスとアテナの二人ともがはっと目を見開いた。
「……なるほどね」
ノクスはゆっくりとうなずく。
「場所がアトリエだということを少し見落としていたわ。
エプロンで血を受け止めた可能性は、確かに考えられる」
「あるいは――あらかじめ着替えを用意しておいて、
刺したあとにアトリエで着替えた、という線もあるわね」
「返り血の上から、絵具でも垂らしておけば、
"絵を描いている最中に汚れて着替えた"という言い訳も立つし」
「……また想像かよ」
その言葉と同時に、アテナの声からはっきりと苛立ちがにじみ出た。
「だったらさぁ。君の話だと、僕がマキに罪を擦り付けた、みたいに聞こえるけど……
その"動機"は何なんだよ」
「僕は別にマキに恨みなんて持ってないし、
わざわざ殺人犯に仕立て上げる理由なんてどこにもない」
「それに、リンリを殺害する動機だってない。
そこのところ、ちゃんと説明できるの?」
「……それこそ、"想像"の範疇になると思うのだけれど。
誰が誰に、どんな感情を抱いていたかなんて、すべてを把握できるわけがないわ」
「知らず知らずのうちに、あなたがマキの言動に傷ついていた可能性だってあるし、
リンリがあなたの地雷を踏んでいた可能性だってある」
「えーっと……それが反論かな?」
アテナは乾いた笑いを浮かべた。
「じゃあ僕には何の動機もないってことで良いのかな?
僕がマキに罪を擦り付けたのも、リンリを殺したのも……
そんな理由は知らない、適当で良いでしょって?」
「ここまで長々と語っておいてさ、
動機だけは"知らない""分からない"で済ませるのは、さすがにズルくない?」
「…………」
ノクスは一度、目を伏せる。
腕を軽く組み、静かに思案したあと、顔を上げた。
「私は今日の夕食、あなた達の前に済ませたから分からないのだけれど……。
マキとアテナ、先に夕食を済ませたのはどっちだったの?」
ふいにノクスの視線がこちらに向く。
「え、えっと……ほとんど同時だったような……。
私が食べ終わってからすぐ、アテナも席を立った気が……」
「……そう。じゃあ、最初からマキを罪を擦り付けるターゲットにしていた可能性があるというわけね。
そんな風に、まるでタイミングを見計らったように席を立つなんて」
「だからさ、そんなのもただの偶然だって。
僕がマキをターゲットにする理由がないだろって言ってんの。
いい加減、ちゃんとした動機を話してくれないかな?」
「……じゃあ――
ここから先は、あなたの嫌いな"想像"になるわ」
「それでもいいなら、私なりに筋の通る話を長々と語ってあげる」
「うん、別にいいよ」
アテナは肩をすくめる。
「君の妄想がどんな形をしてるのか、逆にちょっと興味が湧いてきたしね。
内容はせめて荒唐無稽なものじゃない、現実味のある話にしてくれよ」
「……分かったわ」
「そうね、ついでに言えば……リンリ。
あなた、通路を曲がってから、少し間があって刺されたのよね?」
「う、うん……」
「その理由にも説明がつけられるわ」
「え、あれ地味に気になってたんだけど……説明できるの?」
「ええ」
すると、ノクスは静かに語り出す。
「まず最初に考えたいのは──
アテナは、殺害現場である通路の角に"誰が来るか"を事前に把握できていたのか、という点よ」
「貼り紙で進路を誘導することはできても、
"誰がそこを通るか"まではコントロールできなかったはず」
「つまり、通路の曲がり角から現れる人物は基本的にランダムだったということ。
この前提で話を進めるわ」
「アテナは、通路から誰が出てきても、無差別に刺しに行ったと思う?」
その一言で、裁判場がざわついた。
「一度、閉じ込められていたマキのことは脇に置くわ。
仮に、マキが閉じ込められていなかったとする」
「あの時点でグラウンドにはポムとヤヒメがいた。
その二名を除けば、アテナ視点で通路から来る可能性があった人物は──
『波彪マキ』『鵲シロ』『田中ナツミ』『蜜葉イリス』『紺剛ダイヤ』『殯リンリ』
『空丸マリー』『鈴月ミサ』『一ノ目ハイジ』『贄熊ライト』……そして私、『灰村ノクス』の合計11人。
ただし、殯リンリはいったん除く。理由はあとで説明するわ」
「ここで重要なのは――
アテナがこの中の全員を"等しく刺せる相手"だと考えていたかどうか、よ」
「えっ、それって……どういう意味?」
シロがノクスに小さな声で尋ねる。
「アテナは心の中で、"来たら殺す相手"と"来ても殺せない相手"を
あらかじめリスト分けしていたんじゃないかしら?」
その言葉に、アテナの表情がわずかに動く。
「例えば、通路から私――『灰村ノクス』が出てきたとする。
そのとき、アテナは私を刺しに来たと思う?」
「答えはノーよ」
「あの時の私は、最後に魔法を使ってから48時間以上経っていた。
つまり、いつでも【念殺】が使える状態だった」
「刺される前に返り討ちにしていたかもしれないし、
刺されたとしても相打ちに持ち込めた可能性が高い」
「そんな相手に、幻影越しとはいえ正面からナイフで挑むのはあまりにも無謀すぎる。
だから私は、"来ても殺せない"リストに入っていたはず」
「同じ理由で、『田中ナツミ』……これも刺しに行くのは少し無謀ね。
【時間停止】の魔法は流石に強力すぎる。不意打ちしても、刺殺自体が失敗するリスクが高い」
「それに、『紺剛ダイヤ』ももちろん無理ね。
【身体強化】の魔法で刃が通らない可能性すらあるし、
返り討ちに遭って粉砕されるかもしれない」
「しませんわよ!?」
「そして最後に――『波彪マキ』」
ノクスは一度、私を見る。
「あなたの魔法は【死に戻り】。
どんなに完璧に殺しても、結果として自分の犯行が無意味になる可能性が高い。
だからあなたも"来ても殺せない"側よ」
「整理すると、"殺せない"のは──
『波彪マキ』『田中ナツミ』『紺剛ダイヤ』『灰村ノクス』この4人」
「それ以外──『鵲シロ』『蜜葉イリス』『空丸マリー』『鈴月ミサ』『一ノ目ハイジ』『贄熊ライト』
この6人が、"来たら殺す"リストに入っていたと考えられるわ」
「鵲シロは魔法なし」
「蜜葉イリスは魔法無効化までに時間がかかる」
「空丸マリーは天候操作で室内では無意味」
「鈴月ミサも凍結までに間がある」
「一ノ目ハイジは攻撃能力なし」
「贄熊ライトも即応性に欠ける」
「不意打ちすれば、十分に殺せる相手たち」
ノクスは一呼吸おいてから、問いを投げた。
「ここで質問よ。
自分の殺人を成功させたいとき、
この10人の中から誰か一人を部屋に閉じ込めるとしたら――
あなたなら、誰を選ぶ?」
「……え……」
私の喉からかすれた声が漏れる。
「当然、選ぶべきは――
"来ても殺せない"4人の中からよ」
「理由は単純。通路の先から現れる人物が、"来たら殺す"側である確率を最大限に高めるため」
「もし、"来たら殺す"リストの誰かを閉じ込めたら、
その分、通路からは"殺せない側"が来る確率が上がってしまう」
「だから、閉じ込めるべきなのは――"殺せない側"の人間。
そして、実際に選ばれたのが……波彪マキ、あなた」
ノクスの声が、静かに響く。
「でも、これにも理由がある。
あなたは――
"来ても殺せない側"でありながら、
"誰かをナイフで刺して殺しても違和感がない"唯一の存在だった」
「例えば私に罪を擦り付けるとする。
灰村ノクスの幻影を作り、その灰村ノクスがわざわざナイフで刺しに行き、
その様子が窓に映り込む。
【念殺】の魔法が使えるのにそんなことをする理由がなく、
その光景には違和感しかない。よって私に罪を擦り付けるのは苦しい」
「同じ理由で、『紺剛ダイヤ』。
彼女も素手で人体を粉砕できる力の持ち主だし、わざわざナイフで刺すのはおかしい」
「しませんわよ!?」
「『田中ナツミ』もそう。何なら、彼女なら監視カメラにその痕跡すら残さないわ」
「へへっ」
「褒めてないわ」
「だけど──『波彪マキ』。
あなただけは、他の3人に比べて、ナイフで刺しに行っても別に違和感がない。
【死に戻り】の魔法なだけで、身体能力なんかは普通の人と同じだから」
「つまり……"自分が殺せない"、かつ、"ナイフで刺殺してもおかしくない"。
この二つの条件に当てはまる人物が、今回罪を擦り付けるターゲットに選ばれた。
それがあなた……波彪マキだったのよ」
「……ついでに言えば、
通路から曲がってきた人物に警戒されるかどうか、も条件に入っていたかもしれないわね」
「どういうこと?」
私が問いかける。
「例えば、人のいない狭い通路を曲がった先に、私がぼーっと立っていたらどうする?
【念殺】で誰でも即死させられる私が」
「いや、普通に怖いっす」
ハイジが即答する。
「……そうね。私の幻影を作り出していたら、
もしかしたら人によっては通路から曲がってきた瞬間、
びっくりして引き返していったかもしれないわ」
「同じく、素手で軽々と人を粉砕できるダイヤや、
【時間停止】でやりたい放題できるナツミが通路に立っていても、
多少は警戒されたかもしれない」
「しませんわよ!?」
「せんて!?」
「その点、波彪マキの【死に戻り】なら──攻撃的な魔法じゃない。
どちらかというと、受動的な魔法。他の3人よりはいくらか警戒される度合いも少なかったでしょう」
「だからこそ──幻影として通路に立つ人物としても、あなたは一番都合が良かった」
「それが……波彪マキを選んだ理由じゃないかしら」
その言葉が、静かに、しかし重く裁判場に響いた。
ノクスの声は、淡々としていながらも、逃げ道を一つずつ塞いでいくような鋭さを帯びていた。
「"来ても殺せない"人物が来てしまったら、大人しく退いたでしょうね。
刺す前の時点では、誰にも危害を加えていないわけだし、
"驚かすつもりだった"という主張もできる」
「そうしてあなたはマキを閉じ込めた上で、自分の中でハッキリと
"来たら殺すリスト"と"来ても殺せないリスト"を作り、通路の角で待ち構えていた」
「けれど──」
「なんとそこに現れたのは、
唯一、自分の【魔法】を明かしていなかった人物……『殯リンリ』だった」
「前もって決めていた、"来たら殺す"リストにも、"来ても殺せない"リストにも、
どちらにも分類できない相手……。
『殯リンリ』だけは唯一、除外して考えていた。
彼女が【魔法】を明かしていない以上、考慮する余地がないからね」
「あなたはリンリが来た時、相当迷ったはずよ。
"この殯リンリを、刺しに行ってもいいのかどうか"──」
「その迷いこそが、あなたが曲がり角に現れてから、すぐに刺されなかった理由。
数秒の空白。あれは"殺すか、やめるか"を天秤にかけていた時間よ」
「な、なるほど……殺すかどうか、迷ってたってわけ……」
リンリが震えながら呟いた。
「けれど、通路の貼り紙、ドアストッパー、アトリエの幻影、監視カメラの細工……」
ノクスは指を折りながら続ける。
「あなたは、あまりにも多くの準備をしてしまった。
ここで引き返したら、すべてが無駄になる」
「それに、自分の魔法の偽装はここ一回きりの切り札……。
退いて種が割れてしまえば、二度と使えないトリックだった」
「だから――
"もう後戻りできない"と、自分で自分を追い込んだ」
「……ほんで結局、『もうええわ、殺ってまえ!』ってなったんやな……」
「……そう」
ノクスは静かに頷く。
「そしてあなたはリンリを刺した。
計画通り、窓の反射にはマキの姿が映った。
マキに罪を擦り付けるための偽装も、ひとまずは成功した」
「……けれど」
「あなたは最悪のジョーカーを引いてしまった」
「よりにもよって、リンリの魔法は【不死】──
殺したつもりの相手が、生き返ってしまう魔法」
「一応、幻影越しに刺したおかげで、
リンリに"アテナに刺された"と断言されない状況にはなった」
「だけど──そのリンリ自身に、通路にあった着ぐるみ、
特に致命的である着ぶくれのこと、体から飛び出してきたナイフのことを証言されてしまった」
「あなたの計画そのものは巧妙だった。
でも――"殺してはいけない相手"を殺してしまった」
「あなた……運が無かったわね」
「…………」
アテナは沈黙する。
そして、ノクスは結論を告げるようにはっきりと言った。
「だから、動機としてはこうなるわ」
「波彪マキに罪を着せようとした理由は――
"都合がよかったから"」
「殺せない相手で、なおかつマキ自身がナイフで刺殺しても違和感がなく、
罪を擦り付けても不自然にならない……その条件に一番きれいに当てはまったのがマキだった」
「そして、殯リンリを殺害した動機は――」
「"偶然"」
「本来、あなたは誰かを殺すつもりだった。
でも、その誰かはリンリである必要はなかった」
「誘導された通路にたまたま最初に現れたのが、殯リンリだった」
「それだけのこと」
「これが、私の導き出した答えよ」
──しん。
と裁判場が静まり返る。
その沈黙を破るように──
パン、パン、パン――
乾いた拍手が裁判場に響き渡る。
視線が集まった先には──影津アテナ。
ゆっくりと、しかし明らかに挑発するように手を叩きながら、彼女は笑っていた。
「……すごいね。本当」
「いや、正直、感心したよ」
「"長々と語る"って前置きは聞いてたけどさ、
まさかここまで長々と語られるとは思わなかった」
拍手が止まる。
その代わりに、声の温度が一段階、跳ね上がった。
「ノクス、君――才能あるよ」
「人を話術でだまくらかす、詐欺師としての才能がね!」
場の空気がぴしりと軋む。
「いい? 今、君が語った"動機"も"計画"も"選別"も――
全部君の想像だ!!」
「偽装工作? 誘導? リスト分け? 全部、証拠ゼロ!!」
「何ならさ、そもそもの大前提からしておかしいんだよ!!」
「"僕の魔法は【変身】じゃない"?」
「それを証明する証拠はどこだ!!?」
ねぇ!?あるの!?
一つでも物的証拠って挙げられたっけ!?」
声が完全に荒れていた。
理性よりも怒りが前に出ている。
「全部君が"そう見えた""そう思った"ってだけじゃないか!!」
それで人を犯人扱いするのか!?」
冗談じゃない!!」
そして吐き捨てるように言った。
「ねぇノクス。
『百聞は一見に如かずって言葉』、知ってる?」
「百の言葉を聞かされるより、一つの証拠を見せられた方が、よっぽど納得できるって意味だよ!!」
アテナは両手を広げる。
「君は百の言葉を並べた」
「でも――
一つも"見せて"ない!!」
「証拠も! 現物も!! 何一つだ!!!」
その勢いのまま、ふっと声を落とす。
「……僕の魔法が【変身】じゃないって動かぬ証拠、あるの?」
怒鳴り散らした直後とは思えないほど、妙に冷静で静かな声だった。
「…………」
ノクスは目を伏せながら、沈黙する。
そして──
「……ないわ」
ノクスのその言葉を聞いた瞬間、
アテナの口元がゆっくりと吊り上がった。
「……はは」
振り返り、周囲を見渡す。
「みんな聞いた? 無いんだって!」
「証拠なんてないの! どこにも!」
「ぜーんぶ想像なんだって!」
まるで勝ち誇るように、必死に勝利宣言を振りまくようにアテナは喧伝する。
だが──
返ってきたのは、拍手でも同意でもなかった。
向けられる視線がさっきとは明らかに違う。
「ねぇ、みんな……?」
アテナの声がわずかに揺れる。
「アテナ、正直……怪しいと思う」
ぽつりとハイジが言った。
「今のノクスちゃんの仮説を聞かされると、ねぇ……」
ライトが静かに頷く。
「アトリエのも……アテナちゃん本人じゃなかったの~……?」
「……あれ、偽装だったの……?」
ポムとヤヒメが悲しそうに視線を落とす。
「……アテナ」
私は震える声で言った。
「正直に言ってほしい」
「リンリを殺したのか、どうか」
「ッ……!」
アテナの表情が歪む。
「だから言ってるだろぉ!?殺してないって!!
なんでこんな"想像"だけで
ここまで決めつけられなきゃいけないんだよ!!」
「……マリーが来ても、殺すつもりだったの?」
ミサの言葉が容赦なく突き刺さる。
「……アテナさん、魔法を偽っていましたの……?」
ダイヤが鋭い視線を向ける。
「……シッ……!!」
アテナは何かを言いかけ、言葉を噛み殺した。
「アテナじゃないと……窓の反射、説明つかないよ」
リンリが怒りを孕んだ目で、真正面から睨みつける。
「……あぁ、もう!!」
アテナは頭を掻きむしりながら叫んだ。
「僕じゃない!!」
「……でも、か、監視カメラの映像も……ありますし……」
イリスがおずおずとリンリに同調する。
「アテナちゃん、本当にやったの……?」
「…………」
その瞬間。
まるで堤防が決壊したかのように。
「シロは!?!?!?」
アテナの叫びが裁判場を切り裂いた。
一瞬、全員が凍りつく。
アテナ自身も、はっという顔をした。
だが、すぐに取り繕うように続ける。
「……シロってさ、魔法は【無し】なんだよね」
「……え……」
シロが困惑した表情を見せる。
「それって、おかしくない? 今時、魔法を持ってないなんて。
何か隠してるに決まってるよねぇ!?」
「これはさ、僕の"想像"なんだけど――
例えば【洗脳】とか【催眠】みたいな魔法だったらさ!」
声を張り上げすぎたせいか、アテナの目元はうるんでいた。
「僕が操られてたり、ここにいるみんなが暗示にかかってたりするんじゃない!?」
「だったら――」
「犯人はシロになるよねぇ!?」
アテナの怒声が響き渡る。
「アテナ……ちゃん……」
「……それは、埒の明かない話だわ」
「だからお前がさっきから埒の明かない想像ばっかしてんだろうが!!」
アテナがすぐにノクスに言い返す。
「なんで? なんで僕の"想像"は駄目なの?
お前は僕の魔法を勝手に【変身】じゃないって決めつけておいて、
僕がシロの魔法も本当は【無し】じゃないかもしれないって疑うのは駄目なわけ?」
「どっちも証拠がないのは同じだろ!?」
「…………」
その言葉にノクスは一瞬だけ息を詰まらせ――
そして、決意したように顔を上げる。
「……カンチョー」
「……え、この流れで私ですか?」
「"魔女裁判"のルールに、
『魔女裁判中は、いかなる場合でも魔法の使用を禁止します。』とあるけれど……。
今だけ、魔法の使用を例外的に認めてくれないかしら」
その言葉にアテナの視線がはっとカンチョーに突き刺さる。
だが――
「あ、無理です」
「私、トリ一倍ルールにうるさい九官鳥として動物園でも煙たがられていたほどですので。
第一、そんなことをしたらこちらもルール無用になっちゃいますけど……」
「……っ」
ノクスはうつむき、表情を歪める。
その姿を見て――
アテナが縋るように叫んだ。
「頼むよカンチョー!!」
「魔法の使用を認めてくれ!!」
「僕が【変身】さえすれば、
この濡れ衣、全部晴らせるんだからさぁ!!」
「いや、ですから……ルールですので……」
その拒絶が裁判場に重く響いた。
(…………)
そのルールを今一度耳にした私は、しばらく考え込む。
頭で何かが弾けるような感覚が私を襲った。
魔女裁判中は、魔法の使用を禁止するルール……。
たしか昨日、私がカンチョーに直接知らされたルールだ。
そこで私は、"【死に戻り】の私が処刑される場合はどうなるんだ"とカンチョーに食って掛かった。
そしたら、"そういった場合の措置もある"とカンチョーは返した。
それから私は、カンチョーに"全員の魔法を把握してるんじゃないか"と問いかけた。
その時のやり取りが鮮明によみがえる。
それで──
その後の会話は──
『ええ、おっしゃる通り……あなたがたの魔法は詳細まで全部把握しています……。
というよりもですね……
把握していないと、いくら隠しカメラで見ていようと、"公平な判断"なんてできませんから』
『じゃあ、私たちがその"公平な判断"とやらをするためには、
みんなの魔法は開示すべきじゃないの?
ちゃんと詳細まで把握してるんならさ』
『まぁ、そうしても構わないんですが……
ほら、殯リンリさん」
「あの方、自分の魔法の情報を秘匿したいようじゃないですか』
『そういう方の意思は、尊重してあげませんと』
「ですので、殯リンリさんが自ら情報を開示する気にならない限り、
全員の魔法を詳細に開示することはできませんねぇ』
そこでカンチョーは私に言ったんだ──
たぶん
この中で
私しか
知らないことを
『……じゃあ、リンリが言う気になったら、みんなの魔法の詳細は
ちゃんと教えるってこと?』
『まぁ……そうなりますかねぇ……。
その時は、今回のルール追加のように、
スマホのプロフィール欄に魔法の詳細を追記いたしますよ』
『追記、されるといいですねぇ』
「……っ!!」
私は急いでスマホを見る。
「……」
そして──
私は裁判場に響き渡るほどの大声で叫んだ。
「【魔法】を証明する方法は──ある!!」
一斉に視線が私に突き刺さる。
「え……どういうことですの?」
「どうやって?」
「マキちゃん、何かわかったの……?」
「はぁ!?どうやってだよ!!」
私は一度大きく息を吸い込んだ。
「……昨日、私がカンチョーに聞かされたことなんだけど。
カンチョーが、"魔女裁判中は魔法の使用を禁止する"
っていうルールを私に教えに来た時に、私はカンチョーにとあることを聞いた」
「とあること……?」
シロのその言葉に、私は頷きながら返す。
「みんなの魔法の詳細は教えないのか、ってことを」
「するとカンチョーは、はっきりと言った。
「『殯リンリ』が自身の魔法を開示すれば、全員の魔法の詳細をプロフィール欄に追記する』って」
その言葉に、裁判場にどよめきが走る。
「ついさっき、リンリは自分の魔法を【不死】だと開示した」
「つまり──」
「今、この瞬間……スマホには」
「全員の魔法の詳細が追記されてるんだ!!」
その言葉を聞いた瞬間、アテナを含めたその場の全員が一斉にスマホを確認した。
「……あっ、ほんとだ!」
「ほんとだ、書かれてる」
「……私の、めちゃくちゃ詳しく書いてある……」
マリー、ミサ、ポムがスマホを見るなりそう呟く。
「あら……」
ライトが無表情で画面を眺めていた。
「……な……に……?」
スマホを見たアテナの声がかすれる。
「……これは……」
ノクスが驚いた表情でスマホを見る。
私はアテナを真っすぐ見据えて言った。
「……さぁ、アテナ。お前の魔法を【変身】だと証明するチャンスだ」
「そのスマホを──みんなに見せてくれ」
「……ッ!!」
アテナは強張った表情でこちらを睨む。
そして──
「……じゃあさァ!!」
叫びながら、私から視線を逸らす。
「シロ!!」
「シロはどうなんだよッ!」
「先に見せてよ!!」
その必死な矛先はシロだった。
「……!」
「書いてる!」
「私のも、書いてるよ!!」
シロは慌てた様子で……。
けれど、はっきりとスマホを掲げた。
そこに表示されていたのは――
『鵲(かささぎ)シロ
魔法【無し】
魔法を一切持たない』
「…………」
「……え……?」
「な……し……?」
「……ほん、とに……なし……?」
半ば固まったようにアテナが呟く。
その手から、スマホが滑り落ちる。
カツン、と乾いた音を立てて床に落ち
画面が上を向く。
そこに映し出されていたのは――
『影津(かげつ)アテナ
魔法【幻影】
自分が実際に会ったことのある者の幻影を出現させることができる。
自分自身の幻影を出すことも可能。
同時に出せる幻影は最大三体まで』
…………。
「これ……」
「……幻影……」
一瞬の沈黙のあと、少しずつどよめきが駆け抜けていく。
「……どうやら、これで決まりみたいね」
「マキ、ありがとう。あなたのおかげよ」
「……いや、たまたまだよ」
「じゃあつまり、マキちゃんが犯人じゃないってこと?」
「アテナ、まじ……?」
「…………」
アテナはぼーっと虚空を見つめたまま何も言わない。
もはや反論する余地などない──そう悟ってしまったかのような表情だった。
「……マキ。最後にみんなの認識を合わせるために
最初から事件の流れを振り返ってまとめてくれないかしら」
「……え? 私が……?」
「あなたの事件メモをちらっと見たのだけれど、
見た感じ、整理するのが得意そうだったから」
「私は……どうしても長々と語ってしまうみたいだから」
「わ、分かった……」
(さっき言われたこと、気にしてるのか……?)
私は一度、軽く息を整える。
「じゃあ……始めるぞ」
Act.1
今回の殺人を行うにあたって、犯人はあらかじめ、自身の魔法を偽装していた。
『魔法の発表会』の時点で、既にその偽装工作は始まっていたんだ。
犯人は"カーテン"を利用し、本来は【幻影】である自分の魔法を、
あたかも【変身】であるかのように、みんなに思い込ませる方法を思いついた。
まず犯人は、『自分の魔法は見られていると発動も解除もできない』
そう宣言することで、カーテン越しに魔法を使うことへの不信感を消した。
次に閉じられたカーテンの向こうで、変身をリクエストされた人物の幻影を出現させ、
自身はカーテンの裏に身を隠す。
そしてカーテンが開けられると、そこに立っているのはリクエストされた人物の姿──
みんなの目には、あたかも今まさに自分がカーテンの中で変身したかのように見える。
その幻影が触れられる前に、
カーテン裏にいる本物の自分が再びカーテンを閉じ、幻影を解除する。
そして何事もなかったかのように、カーテンの裏から本物の自分が現れる。
こうして犯人は、自分の魔法が【幻影】であることを隠したまま、
【変身】だと、みんなに思い込ませることに成功したんだ。
Act.2
犯人は、犯行前日にある準備を済ませていた。
それが、通路の角に設置された監視カメラの角度調整だ。
『庭園』の窓に自身の幻影を反射させるトリックを思いついた犯人は、
その窓が確実に映り込むように、監視カメラの向きを南側から北側へと調整した。
角度を少しずつ変えながら、自身の幻影が窓にどう映るか、
通路のどの位置からなら窓の反射に映り込むか、それらも含めて微調整していたはずだ。
当然、その作業の最中にはカメラの角度を動かす様子や、
幻影を使った反射トリックの予行演習の様子が、監視カメラの映像として記録されてしまう。
だからこそ犯人は、犯行前日である【三日目】の映像だけを削除しておいたんだ。
Act.3
そして犯行当日──
犯人は『アトリエ』で絵を描くふりをしながら、そこに自身の幻影を出現させた。
それをアトリエ前のグラウンドで遊んでいたポムとヤヒメに目撃させることで、
あたかも自分はずっとアトリエ内で絵を描いていたように二人に思い込ませたんだ。
そして『倉庫』から持ってきておいた着ぐるみを着て、
ドアストッパーを手に、犯人はアトリエを出た。
犯行時刻の私のアリバイを失わせるために、
そのドアストッパーを私の部屋に置いて、私を部屋に閉じ込めたあと、
休憩所の通路をガムテープと貼り紙で封鎖した。
この貼り紙は前もって設置しておいたのかもしれないけど、
ガムテープ二枚で通路を封鎖して貼り紙を貼るだけだ、
どちらにせよ、大した手間はかからなかっただろう。
そうして犯人は、あらかじめ角度を調整した監視カメラを仕込んでおいた通路の角へ向かった。
そこで着ぐるみを脱ぎ、ナイフを手に、
私、波彪マキの幻影を作り出しながら、誰かが曲がり角から現れるのを待ち続けていた。
Act.4
通路を封鎖したことで、被害者を自分に最も都合のいい場所へ誘導することには成功した。
だけど、犯人にとって予想外の出来事が起きてしまった。
それは──通路の向こうから現れたのが、"殯リンリ"だったことだ。
彼女だけはこの中で唯一、自分の【魔法】を明かしていなかった人物。
犯人はあらかじめ【魔法】の種類によって、誰を殺すか、殺さないかをリスト分けしていた。
だが、殯リンリだけはそのどちらにも当てはまらない。
殺しに行っていい相手なのか、殺しに行ってはいけない相手なのか、判断不能の存在だった。
それでも犯人は引き返せなかった。
ここで何もせずに戻れば、これまで積み重ねてきた偽装工作はすべて無駄になる。
そう思った犯人は、殯リンリをそのまま殺害してしまった。
Act.5
殯リンリを殺害し、私の幻影を窓の反射に映すトリックも成功させた犯人は、
そのまま着ぐるみをまとい急いで『アトリエ』へと戻った。
ダイヤが通路ですれ違った黒い熊の着ぐるみ……
あれは殯リンリを殺害した直後、犯人が現場から逃走するために使った姿だったんだ。
そして犯人はアトリエ横の『物置』に着ぐるみを脱ぎ捨て、
おそらくアトリエにあったエプロンや着替え等で返り血を誤魔化した。
最後に犯人は、前もって描いておいた桜の木の絵に、
ポムとヤヒメがフラフープで遊んでいる姿を急いで描き足した。
そうすることで、「自分はずっとアトリエにいて、二人が遊んでいる様子を描いていた」
そう見せかけるための、最後の偽装工作を完成させたんだ。
Act.6
だけど、犯人にとって本当に予想だにしていなかった出来事が起きてしまった。
それは、殺害したはずの"殯リンリ"が生き返ってしまったこと。
彼女の魔法は【不死】。
一定時間が経過すれば、どんな致命傷を負っていても再び生き返る魔法だった。
犯人は殯リンリの殺害には成功した。自身の魔法の誤認も、
窓の反射に映った私の幻影も、監視カメラの映像も、偽装工作としては成功していた。
しかし──"殺した相手が生き返る"なんていう最悪の可能性までは、想定していなかった。
そして、生き返った殯リンリに、
"刺された瞬間にナイフが飛び出してきたように見えた"、
"波彪マキの姿の輪郭に違和感を覚えた"、など
【幻影】でなければ起こりえないような証言をされることになってしまった。
そしてその致命的な証言は……
【変身】【幻影】の魔法を持つ、影津アテナ。
お前の犯行を決定付けるものだったんだ!
「……アテナ、何か反論があるなら言ってくれ。
どこか、決定的に間違っているところとか、見落としとか……」
「…………」
私のその言葉を聞いてもなお、アテナは黙ったままだった。
そのまましばらく床に落ちたままのスマホを見つめていた。
誰も声をかけない。
責める言葉も問い詰める声もない。
やがて──
アテナは喉の奥から絞り出すように小さく呟いた。
「……僕がやった」
「僕が、リンリを殺した」
「アテナ……」
私は、半ば諦めたように話すアテナを見つめる。
「……まさか──誰を殺すか、殺さないかを決めていたことまで暴かれるなんてね……」
「……さっきの推理通りだ」
「もう、議論する余地はないよ」
「全部、僕がやったんだ」
「……そんな……」
「……」
皆が沈黙してアテナの方に視線を向ける。
その沈黙を区切るように、カンチョーが羽をぱたつかせる。
「……あ、では議論は終了ということで、投票タイムでよろしいでしょうか……?
何か、まだ言いたいことのある方は……?」
その問いに、誰も答えない。
誰も口を開かない。
誰も視線を逸らさない。
それがこの場の答えだった。
「……分かりました。
それでは――
各自、お手元のスマホで投票──」
カンチョーがその言葉を言い終わるその瞬間だった。
「
唐突な叫びが裁判場を切り裂く。
みんなはぎょっとして、スマホから顔を上げて声の主――アテナを見る。
「ほら、ルールに書いてあるでしょ……?
"全員がスキップに入れれば、みんな卒業できる"って!」
必死に噛みしめるように言葉を紡ぐ。
「リンリも生き返った! 誰も死んでいない!
ここでスキップ投票に入れれば、全員揃ってこの島から出られるんだよ!!」
一瞬の沈黙のあと、
その言葉に数人がはっとする。
「あ、た、たしかに……」
「この島から、出られるってことですか……!?」
「なるほど~、そういうオチのレクリエーションだったか」
シロ、イリス、ポムは半ば納得したようにスマホを操作する。
そう言葉にした瞬間、
"それでいいんじゃないか"という空気がじわじわと広がっていく。
流石にアテナに投票するのは気が引けることもあってか、
みんなその提案をすんなり受け入れていた。
「……犯行自体は許せませんけれど、卒業できるのでしたら……」
「まぁ、スキップするしかないよね……」
「スキップに入れたよ~」
「……そうね」
次々と同意の言葉が重なっていく。
「そう! ね? 誰も死んでないし、みんなで卒業できる!
言うことなしじゃない!?」
そして、私に視線を向ける。
「マキ、頼むよ……。
一人でもスキップに入れてないと卒業出来ないんだ……」
声がわずかに震えていた。
「罪を擦り付けようとしたのは、本当にごめん。
恨みなんてこれっぽっちもなかったんだ」
「……」
「私は、わざわざ誰かを殺すような選択はしない」
「マキ……!」
続けて、リンリの方にも向かって言う。
「リンリ、刺したことは謝る。本当にごめん。
でも、偶然だったんだ。
偶然、君が来たから、仕方なかったんだ……」
「……」
そのとき、カンチョーが淡々と告げる。
「あ、そろそろ投票タイムが終わりますので……
まだ決めかねている方は、早めに投票してくださいね……」
「……」
その声に促されるように、リンリはスマホを操作する素振りを見せる。
私は……スマホの画面に表示されている『スキップ』をタップし、投票を終えた。
他のみんなも、無言のまま次々と投票を終えていった。
やがて──
「あっと……全員の投票を確認しました」
「では……投票の結果を発表します」
「投票の結果、"魔女"となるのは誰か。
その答えは……正解なのか不正解なのか……」
「それでは──」
「どうぞ」
波彪マキ 1
鵲シロ 0
田中ナツミ 0
蜜葉イリス 0
紺剛ダイヤ 0
天刻ヤヒメ 0
殯リンリ 0
空丸マリー 0
鈴月ミサ 0
一ノ目ハイジ 0
地獄谷ポム 0
灰村ノクス 0
影津アテナ 4
贄熊ライト 0
スキップ 9
「な」
「えー……スキップは投票放棄扱いですので……」
「ん」
「スキップを除いた最多得票者の……」
「で」
「影津アテナさんが魔女に選ばれました……」
「な ん で」
「はたして、正解なのか、不正解なのか……」
「 な ん で 4 票 も 入 っ て ン だ よ お お お ォ ォ ォ
ォ ォ オ ォ ォ オ ォ オ ォ オ ォ ォ ォ ッ ッ ッ ! ! ! ! ! 」
次の瞬間──
紙吹雪が舞い、アテナの絶叫をかき消すほどのうるさいファンファーレと共に画面いっぱいに表示される。
"GUILTY"
【魔女裁判 閉廷】