魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 Part9(終)

けたたましく鳴り響いていたファンファーレは止み、

宙を舞っていた紙吹雪も、ひらひらと床に落ちきった。

 

 

「はい、大正解です」

 

「今回、殯リンリさんを殺した"魔女は"……」

 

「『影津アテナ』さんでした」

 

 

「…………」

 

アテナは俯いたまま動かない。

その視線は、紙吹雪が散乱している床を見つめたままだ。

 

「いや、全然揃ってないじゃん!?」

「マキちゃん一票て! なんも話聞いとらんかった子おる!?」

「……これ、どういうこと?」

 

ポム、ナツミ、ミサが、全員一致とはほど遠い投票結果の画面を見ながら困惑した表情を見せた。

 

「マリー、スキップに入れたよ……?」

「わ、私もです……スキップじゃなかったんですか……?」

「4票も……なんで~……?」

 

マリー、イリス、ヤヒメも何が起こったか分からないという表情だった。

 

「そんな……アテナちゃん……」

「どういうことですの……?」

「卒業できないじゃん……!」

 

シロ、ダイヤ、ハイジも事態を飲み込めず、同じく狼狽えている。

 

 

「なんで、私に……」

 

思わず零れた私の呟きに、

それを待っていたかのようにライトが口を開いた。

 

「……マキちゃんに入れたの、アテナちゃんでしょ?」

 

ライトは鋭い視線をアテナに向けた。

 

「…………」

 

アテナは歯を食いしばったまま何も言わない。

 

「やっぱりね」

 

「あ、アテナが私に……?」

 

「投票の前はあんなことを言っておきながら、内心では『全員がスキップに投票なんてするわけない』

 そう思ってたんでしょう」

「誰かに一票でも入れておけば、仮に自分に一票入っていたとしても決選投票に持ち込める……」

「まぁ、ただの悪あがきだけど♪」

 

「『スキップ』に入れて、全員が揃えば自分を含めて全員が卒業できるけど、

 誰かに投票して、その誰かが"魔女"とされても自分は卒業できる……」

「そんなの、誰かに入れ得よね♪」

「……」

「犯人がいる時点で、この『スキップ投票』なんてルールは破綻してるのよ」

 

ライトはきっぱりと言い切った。

 

「もしかして、アテナに入れたのか……?」

「ええ、"もちろん"」

 

「……ノクスちゃんもそうじゃない?」

 

ライトの視線がノクスに向けられる。

 

「……悪いけど、私は殺人犯を許すつもりはないわ。

 それも、他人にその罪を着せようとする卑劣な人間なんて、許すわけにはいかない」

 

ノクスは強い口調でそう言い放った。

 

「……自分の保身が透けて見えてたわ」

 

リンリも、ライトとノクスに続くように言う。

 

そして──

 

「……それよりも、ちゃんと話せっての。

 アテナ、あんたが人を殺すに至ったそのものの動機だよ」

 

アテナを睨み付けるようにリンリはそう言った。

 

「……」

 

アテナは口を閉ざしたままだ。

 

「……アテナ、私からも頼む」

「……もしかしたら、私が知らず知らずのうちにアテナのことを傷つけて──」

「違うよ」

 

そう、私の言葉をはっきりと否定する。

アテナは顔を上げないままきっぱりと言い切った。

 

 

そして──

少しの沈黙のあと、アテナが口を開いた。

 

「……怖かったんだよ」

 

「失望されるのが」

 

「……また、虐められるのが」

 

 

やがて、アテナはぽつりぽつりと語り始めた──

 

 

 

 

 

 

 

僕は、ずっと虐められてきた。

 

僕のクラスには、たまたま強い魔法を持つ子が多かった。

 

身体強化系とか、物体を巨大化させたりとか、動物を操ったりとか。

 

どれも分かりやすくて、派手で。

 

強かったり、何かの役に立つ魔法ばかり。

 

その中で、僕の魔法はただの【幻影】──。

 

弱くて、実体もなくて、触れなくて。

 

見せかけだけの嘘の魔法。

 

そんな魔法だった。

 

ある日、誰かに言われた。

 

『何の役にも立たない魔法だよね』

 

……言われなくても分かってた。実際役に立たなかったから。

 

強い魔法を持つ子達の中で、僕は一番弱い存在だった。

 

僕は自然と、そういった強い魔法を持つ子たちの虐めの標的にされていった。

 

『ほら、魔法で何とかしてみなよ』『その幻影に助けてもらったら?』

 

『こいつこの前、幻影と話してたんだよ。引くわー』『気持ち悪いから勝手にアタシの幻影とか作んなよ』

 

酷い事もいっぱい言われた。あることないこと好き勝手に言われた。

 

誰かが何か悪さをしたら、僕の幻影がやったって罪を擦り付けられたりなんてこともあった。

 

僕の【幻影】にそんなことができるはずもないのに。そんなのはあいつらだって分かってるはずなのに。

 

それでも全部、僕のせいにされた。

 

ずっと嫌だった。強い魔法を持つ子が怖かった。

 

廊下の向こうから虐めっ子達がやってきたら、すぐ幻影を作ってその後ろに隠れてやり過ごしてたりもしてた。

 

廊下を歩くたびに、通路のずっと向こうを警戒してびくびくしながら毎日歩いてた。

 

次のあの角、そこからあいつらが曲がってきたらどうしよう。

 

いつ廊下の角から虐めっ子が曲がってくるか、不安でたまらなかった。

 

通路の角なんかで虐めっ子達と鉢合わせすると地獄だった。

 

隠れるのも間に合わない。逃げ場もない。

 

そのまま捕まって、トイレに連れ込まれて虐められたり。

 

笑いながら水をかけられたり。

 

魔法を使って痛めつけられたり。

 

暇潰しみたいにいたぶられたり。

 

それが日常だった。

 

 

あーあ。

 

こんなことになるくらいなら、

 

あのとき、通路の角から曲がってきたのが、いつも僕を虐めてた奴らみたいに

 

強い魔法を持つ子だったら、良かったのにね──

 

 

そしてアテナは、ふっと視線を上に向けた。

まるで、ずっと遠い過去のことを手繰り寄せるかのように。

 

 

きっかけは、初日にカンチョーから言われた言葉だった。

 

『この島には、魔女因子が大きく検出されるほどの【魔法】を持つ者ばかり集められた』

 

みんな強い魔法を持ってるんだ、って思った。

 

虐めっ子達みたいに、僕以外はみんな強い魔法ばかりなんだって思った。

 

そんな中で、自分の魔法が【幻影】だなんて言ったら、きっとまた虐められると思った。

 

だから嘘をついた。

 

せめて【変身】なら、って。

 

最初は誰かを嵌めようとか、罪を着せようとか、そんなことは本当に思ってなかった。

 

ただ、見栄を張りたかっただけ。

 

弱いって思われたくなかっただけ。

 

僕の嘘の【変身】を見せると、みんなが言ってくれた。

 

すごい。手品みたい。まるで本物だ。

 

自分の嘘の魔法を褒められた。

 

それでも嬉しかった。

 

生まれて初めてだった。

 

自分の魔法に嘘をついていたけど、初めて誰かに自分を認めてもらえたような気がした。

 

でも、時間が経つにつれて、段々怖くなった。

 

この嘘がバレたら、って考えるようになった。

 

僕はシロみたいに、最初から正直に告白してない。

 

嘘をついてみんなを騙してる。

 

みんなはシロに優しかった。

 

でも、僕みたいに騙してた奴には容赦ないかもしれない。

 

また虐められるかもしれない。

 

強い魔法を持つ子たちに笑われるかもしれない。

 

強い魔法を持つ子たちに虐められるかもしれない。

 

そう思った。

 

そのとき。

 

僕の中で誰かが囁いた気がした。

 

 

『いつか絶対バレちゃうよ?』

 

『また虐められちゃうよ?』

 

『逃げ場なんてないよ?』

 

 

その声が聞こえたとき、僕の中の何かが壊れた気がした。

 

そうだ。

 

バレる前に。

 

笑われる前に。

 

虐められる前に。

 

誰かを殺して。

 

この島から、出ようと思った。

 

 

アテナのその告白に、誰もすぐには言葉を返せずにいた。

 

あれほど余裕があって、魔法の発表会ではリーダーシップも見せていて、

何事にも動じないように見えたアテナが……

胸の奥でこんなにも深く追い詰められていたなんて。

 

そんな素振りを一度も見せなかった彼女が。

笑って、みんなと遊んで、周囲と距離を保ちながら、

心の中ではずっと怯え続けていたなんて。

 

そんなことは、この中の誰もが思ってもいなかったからだ。

 

 

やがて重く長い沈黙のあと、リンリが口を開いた。

 

「……そんなことで、虐めるわけないでしょ」

「自分の魔法を隠してた私にさえ、みんな普通に接してくれてたんだから」

 

リンリは思いつめた表情で続ける。

 

「……それに、【魔法】が人生の全てってわけでもないでしょ」

「あんたの絵、普通の人には真似できないくらい……出来、良いじゃない」

「【魔法】だけで、その人間の価値が決まるだなんて……馬鹿みたい」

 

その言葉を聞いたアテナは、小さく息を吐く。

 

「……リンリは優しいんだね」

 

「……でもさ、僕にとっては……」

「持って生まれた【魔法】が全てだったんだ……」

「そのせいでずっと虐められてきたんだから、なおさらね……」

「……」

 

「……アテナ」

 

私は、静かに口を挟んだ。

 

「シロがさっき言ってたよね。

 『アテナにゲームの攻略法を教えてもらって娯楽室にいた』って」

「『夕食のあと、ぜひ試してみてって言われた』って」

「あれは──」

 

「シロをあの通路に来させないためだったんじゃないか?」

「えっ……?」

 

シロがはっとしてアテナの方を見る。

 

「……」

 

「シロだけは、殺人のターゲットから外したかった……。

 それが結果的に、自分が殺せる人間がやって来る確率を下げることになったとしても」

 

「【魔法】を持たなくて、同じように虐められていたシロに、自分を重ねていたんじゃないか──?」

 

「だから、自分の殺人が終わるまでは──シロを『娯楽室』に引き留めておきたかった」

「危険から遠ざけておきたかった」

「……そういうこと、だったんじゃないか……?」

 

「…………」

 

 

「……ははっ」

「それこそ、都合の良い"想像"だね」

 

「僕はただ、迷惑だっただけだよ」

「今時、何の魔法も持ってないなんて、何か隠してるに決まってる」

「そんな子に通路にやって来られても、正直、迷惑なだけだったんだよ……」

 

「アテナちゃん……」

 

「──だけど、ほんとに何の魔法も持ってなかったなんてね……」

 

「……まぁ、僕の魔法も、最期まで……ちっぽけで、弱くて、何の役にも立たなくて、誰にも褒められない。

 ──そんな魔法だったけどね」

 

はぁ、とアテナは息をついた。

 

 

そこにカンチョーの声が割って入る。

 

「あっ、お話終わりました?

 時間も押してますし、そろそろ進行したいんですが……」

 

そう言うと、裁判場の奥に設置された"絞首台"をさす。

 

直後、銃業員が現れ、アテナをその処刑台へ連れていく。

 

それに大人しく従いながら、アテナは言う。

 

「リンリ、マキ、ごめんね。

 みんなも、騙してて本当にごめん」

 

「……」

「……」

 

するとリンリがカンチョーに向かって口を開いた。

 

「……ねえ、カンチョー。

 被害者の私が言うんだけど、アテナの──」

 

『処刑を取り消してほしい』、そう言おうとしたリンリだったが、

カンチョーの心底面倒そうな仕草を見て口を閉ざした。

 

カンチョーがそういうルールの捻じ曲げをするわけがないと、感覚的に察してしまったからだ。

 

「……はあ、なんです?」

「……」

 

リンリはもはや何も言えなかった。

 

「……察してくれて助かります。

 いちいちこういうやり取りをするのもメンドーですので」

 

そう言うとカンチョーは銃業員に合図を出した。

 

そして銃業員に連れられながら、アテナは──

 

「……シロも、ごめん」

 

最後にぽつりと呟くように言った。

 

「……」

 

 

そして、アテナの首に静かに縄がかけられた。

その足元には踏み板らしきものが見える。

 

「各自のスマホにボタンが表示されていると思うので、

 全員がそれを推したら処刑執行スタートします」

 

「わ、私たちが押すのか……?」

 

私は困惑した表情で言う。

 

「ええ。そのように決まっていますのでお願いします。

 ぐーっと長く押していただけますと……」

 

「……まぁ、押下を拒否すれば処刑対象が一人増えるだけなので……」

「……くそ……っ」

 

なんでもないことのようにカンチョーは言う。

 

「……あ、この中の誰か一人のスマホのボタンで処刑装置が作動する仕組みなので、

 まぁ、罪悪感とかはそれで薄めてください」

 

「全員がボタンを押し終わってから数分以内に、踏み板が開きます……」

 

少女たちは青ざめながら、次々に手元のボタンを押していく。

 

激しい動悸に襲われながら、私もまたボタンの上に手を添えた。

 

そして──

 

「全員のボタンの押下が確認されました。まもなく処刑を執行します」

 

 

数分以内。

 

アテナは、あと数分で処刑される。

 

みんな、何も言わない。

 

俯く者。

 

目を閉じる者。

 

必死に前を見ないようにする者。

 

 

誰一人として、絞首台のアテナを真正面から見られなかった。

 

 

 

その中で──

 

 

 

「アテナちゃん!!」

 

張り裂けるようなシロの声が響いた。

 

思わずアテナが顔を上げる。

 

「アテナちゃんは自分の【魔法】をちっぽけだって、何の役にも立たないって、そう言ったけど!」

 

一瞬、シロは言葉を詰まらせる。

けれど次の瞬間、はっきりと首を振って、言った。

 

 

「……それは違うよ!!」

 

 

「……シロ……?」

 

アテナがかすれた声で思わず呟く。

 

「発表会の時だって!

 あれは【変身】じゃなくて──」

 

シロは必死に言葉を繋ぐ。

 

「アテナちゃんの【幻影】を、

 みんな"すごい"って言ってたんだよ!!」

 

「…………」

 

「誰も気づかないほど完璧に再現出来て!」

「目の前で見てたのに、変身したって思えるほどで!!」

 

「そんな魔法、簡単に出来るわけないよ!!」

 

「…………」

 

声が枯れるほどに、シロは叫び続ける。

 

「何も持ってない私とは違って!」

 

「アテナちゃんは、自分の力で、

 みんなを騙せるほどすごい魔法を持ってるんだよ!!」

 

「アテナちゃんの【幻影】の魔法はすごいんだよ!!」

 

「アテナちゃんは──すごいんだよ!!!」

 

いつしか、シロのその目元には涙が浮かんでいた。

 

「……」

「……」

 

そして

その声が届いた瞬間

 

堰を切ったように

 

「……うぅ」

 

嗚咽と共に、アテナの目から大粒の涙が零れる。

 

「……うぅぅ……うぅうぅぅううう……」

 

それはアテナが、ずっと、ずっと、

ずっと、誰かに言って欲しかった言葉──

 

「うぅぅぅううぅうううううううううう……!!」

 

【魔法】が全てだと思って生きてきた彼女が、自分の存在を肯定してもらうために、

喉が枯れるほど欲しかった言葉だった。

 

「うううぅぅぅぅぅぁあぁぁぁぁ……」

 

 

 

「……ひっ……ぐ……ぅ……」

 

 

そして、嗚咽が少しずつ途切れ始めた。

 

その瞬間──

 

 

 

──ガタンッ!

 

 

 

 

無慈悲な音と共に、

アテナの足元の踏み板が開いた。

 

アテナの身体が、ふっと宙に浮く。

 

 

 

そして──

 

縄が、ぎゅっと音を立てて締まる。

 

 

──ぎし。

 

──ぎし。

 

ぶら下がった身体が、小さく揺れる。

 

 

アテナの足が、ばた、と一度だけ跳ねる。

 

その拍子に身体が大きく揺れる。

 

縄がさらにきつく締まる。

 

 

揺れは少しずつ小さくなっていく。

 

足の動きも身体の痙攣も、だんだんと弱くなっていく。

 

──きし。

 

──きし。

 

 

やがて。

 

身体の揺れが──止まった。

 

 

「……」

 

 

誰も何も言わない。

 

息をする音すら聞こえない。

 

 

永遠のように長い沈黙のあと。

 

 

カンチョーの声が響いた。

 

「……影津アテナさんの死亡を確認しました。

 処刑は完了です。お疲れ様でした」

 

 

静寂が裁判場を支配している。

しばらく、誰も何も言わない。

 

痛いほどの沈黙を破ったのは、やはりカンチョーだった。

 

「無事に終わって良かったですね。

 また殺人事件が起きたら魔女裁判を開きます」

 

「それまでは、今までどおりに生活をしてください」

 

「これにて、閉廷とします」

 

 

そう言い残すと、カンチョーは羽を広げて裁判場から羽ばたいていった。

その羽音が遠ざかるにつれ、その場に残された少女たちの空気は急激に冷え切っていく。

 

少女たちは一様に青ざめた表情をしている。

 

しばらくその場から動けない者、涙を流している者

疲れ切ったように裁判場から出ていく者と様々だった。

 

「……アテナ、ほんとに死んだの……?」

「……」

 

ぽつりとポムが呟く。

 

「……」

 

隣にいたリンリは何も答えない。

唇を噛みしめたまま視線を伏せている。

 

「『卒業』とか『処刑』って、本当に……?」

「ええ。アテナちゃんは殺人を犯して、それを暴かれたから処刑された。

 初日に聞かされたルール通りにね」

 

青い顔をするポムにライトが淡々と答える。

 

「……いい加減あなたも、いつまでも『レクリエーション』だなんて言ってる場合じゃないわ。

 ここは、そういう場所なの」

「……っ……!」

 

ポムは怯えたように視線を逸らす。

 

「……『スキップ』に入れれば、アテナは死なずに済んだんじゃないの?」

「……アテナ、ちゃん……」

 

ミサは怯えた表情のマリーをなだめながら、ライトの方を睨む。

 

「……揃うわけないわね。実際、4票もアテナちゃんに入ってたんだから」

 

投票結果の画面を見ながら、ライトはそれを切って捨てる。

 

すると、ノクスもそれにつられるように画面を見つめ──

 

「……4()()……」

 

誰にも聞こえない声で呟いた。

 

 

やがて、少女は一人、また一人と裁判場を後にする。

 

 

──私は、立ち尽くしているシロのところへ向かった。

 

「……シロ、大丈夫?」

 

シロはすぐにこちらに顔を向けなかった。

 

そして──

 

「……うん」

 

目元を赤くして、小さく返事した。

 

「大丈夫、だよ」

「……」

 

しばらくして、シロがぽつりと口を開いた。

 

「アテナちゃんさ……最後、泣いてたよね」

「……うん」

「私が叫んだあと……ちゃんと聞いてくれてたのかな……」

 

その言葉に胸が締めつけられる。

 

「……聞いてたと思う」

 

そう答えると、シロはほんの少しだけ笑った。

 

「……だったら、よかった

 最後に……"すごい"って言えて……」

「……そうだね」

 

私は、そこから何も続けられずにそう返した、

 

そして──

アテナの席に残されていた、あのキャンバスを見つめた。

 

満開の桜の木。

その前で、いっぱいの笑顔のポムとヤヒメがフラフープで遊んでいる絵。

 

──アテナの描いた絵。

 

あのとき、彼女が言っていた通り──

 

もしもあの瞬間に、凶行に手を伸ばす前に立ち止まることができていたなら。

 

あそこで退くことができていたのなら。

 

『隠しててごめん、僕の魔法は実は【幻影】だったんだ』

 

そう、正直に打ち明けることができていたのなら。

 

恐怖に震えながらでも、勇気を出して口にすることができていたのなら。

 

みんなが普通に許してくれて、今までと同じようにアテナと接してくれて。

 

誰かを殺して島から出るなんて考えもなくなって。

 

この絵の笑顔のポムとヤヒメに混じるように──

 

そこにアテナも加わって、みんなで楽しく遊ぶ未来もあったのかもしれない。

 

そんな、ありえたかもしれない未来を思いながら

私は何も言えないまま、ただ、その絵をずっと見つめ続けていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……私ですが」

 

「あ、すみません、眠いんで明日にしてもらえますか……?」

 

「いやあなたが呼び出したんでしょ。小ボケを挟まないと会話始められないんですか……。

 こちらはサービス残業だというのに……」

 

「魔女裁判で疲れてるんで……」

 

「……切りますね」

 

「あ、待って待って冗談だって切らないで。

 えーとね、もう二階いいよ。大方片付いたでしょ?」

 

「……じゃあ、明日から解放ということで。

 あ、それと……『夏のエリア』の整備も終わりましたので」

 

「おー、ご苦労さん! 夏のボーナス期待してていいよ♪」

 

「それから……影津アテナさんの遺体は『生物室』に保管済みです」

 

「あ~、アテナちゃんはもったいなかったね~。

 あの子、将来は【幻影】どころか実体を持つ存在を生み出す魔法にまで成長したのにね。

 さすがの私でもそこまで行かれたらちょっと手こずったかも。

 まぁ今となってはどうでも良いけど。他にやることあるしね。

 じゃあ今まで通り、楽園生活も魔女裁判も滞りなくよろしくね~」

 

「あの……その魔女裁判のルールについてなんですが」

 

「え? 何かあるの?」

 

「『戦犯投票』はまだ分かりますが……『スキップ投票』のルールは何故追加したのですか?」

 一見、何の意味もないように思えるのですが……」

 

「あ~あれはね、"犯人側が勝った時"にだけ、意味を持つルールなんだよ」

 

「……と、言いますと?」

 

「もしも犯人──つまり魔女が、見事みんなを欺き切ったらさ、戦犯投票に移るじゃん?」

 犯人である魔女のいない戦犯投票……みんなはどう動くと思う?

 ほんとに戦犯探ししてそいつに投票すると思う?」

 

「……スキップ投票ですか?」

 

「そうそう。十中八九スキップ投票で揃えようとするよね。こんな制度があったらさ。

 誰も戦犯に選ばず、スキップで揃えてみんなで卒業って選択が一番だって思うよね~。

 で、そこがポイントなんだよ。

 全員がスキップで揃えようとした瞬間──"たったの一票"が最も強くなる」

 

「……あなたの一票ですか」

 

「そ。みんなスキップなら、私が誰か一人に入れるだけで──

 その人が戦犯としてあっさり処刑されることもある。

 つまり、合法的に"邪魔な存在"を消せるってわけ♪

 例えば……もう、参加者の中に変なヤツがいるって気付き始めてるノクスちゃん、とかね」

 

「え、気付かれたんですか?」

 

「うーん、断言はできないけど、言動の割にスキップに入れてないことには気付いたんじゃない?

 万が一にでもスキップで揃えられるとやば!

 って思ったから、投票のとき、ついアテナちゃんに入れちゃった」

 

「……いや、迂闊すぎません?」

 

「まま。でもこれで最初の投票では絶対にスキップなんて揃わないって分かったから上々じゃん。

 次からはもっと目立たないように投票しますよーっと」

「──それで話を戻すけど。

 そういう勘のいい邪魔な子を始末するのに、スキップ投票はわりかし便利なのよね~。

 ノクスちゃんなんて、戦犯投票になったら絶対スキップに入れるでしょ。正義感強そうだし。

 犯人以外の無実の人間しかいないのに、

 自分の手でその中の人間に処刑票を入れるなんて……あの子、出来っこないよね。

 罠だって分かってても、結局はスキップに入れる」

「で、そこで私がノクスちゃんに一票入れる」

「全員で"スキップにしよう"って空気の中で、何故か自分に一票入ってて、そのまま処刑される──」

「ねぇ、想像してみて? どんな顔すると思う?

 絶望するのかな? 無様に泣き叫ぶのかな?」

「何も解き明かせないまま、訳も分からないまま、殺人犯の代わりに吊られるなんて──」

「最高に屈辱的だと思わない?」

「ああいう凛としたクールな子が、何も出来ないまま理不尽に吊られていくところを想像すると──」

「……滾っちゃうよね」

「あーあ、早く犯人さん勝たないかな~」

 

「あなたの性癖はさておき、本来の目的を忘れないでくださいね」

 

「分かってるけどさ、ちょっとペースが速すぎなんだよね。もう"三発"も使うとは思わんじゃん。

 だから当分の間はいいかな、あれ。まずは"絶望"させないと、本末転倒だし」

「全然、足りないんだよ、"絶望"がさ」

「犯人に仕立て上げられる──そんな程度じゃ、全然、全然足りない」

「もっと」

「もっともっと」

「もっともっともっともっともっと」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……"絶望"、させないとね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

第1章 楽園島 終

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