『硝子のハンマー』(貴志祐介 著)のトリックを参考にしています。
本作は、上記作品の優れたトリックと構成に深い敬意を表しつつ、
その発想をもとに独自の構成を加えています。
未読の方は本章の前にぜひ一度ご覧いただくことを強くお勧めします。
ラベンダーの咲かない夏 Part1
『事務室』のデスクの上。
止まり木の上に腰を落ち着けた九官鳥――
カンチョーは、タブレットを操作していた。
表示されているのは、業務報告書でも監視映像でもない。
画面には作り物めいた笑顔の高齢者と、妙にずんぐりとした非人型のロボットが並んでいた。
【介護用・業務補助ロボット『ツクヨミ』】
搬送補助、清掃もしっかり!
見回り、簡易対応もばっちり!
人手不足にぴったり!
うちの従業員の【転送】の魔法で一瞬でお届けできます!
面倒な輸送手続き不要!
山間部・離島・無人島でも安心!
※転送距離に応じて手数料が加算されます。
「……」
「"24時間稼働、文句言わない、雑用全部やります"、って……」
「それ、今誰がやってると思ってるんです?」
人手不足。
この島において、慢性的で深刻でどうにもならない問題だった。
ロボの手も借りたいとはまさにこのことだ。
銃業員はたった二人。
それだけでも手が回らないというのに、
新しいエリアが開放され、整備や管理の手間はさらに増える。
あまりの多忙さに、本来なら一笑に付していたはずの介護用ロボットのページに、
真剣に目を奪われているカンチョーがいた。
ふと、こんな状況になっている全ての元凶の人物の言葉が脳裏に浮かぶ。
『夏のボーナス、期待してていいよ♪ いいよ いいよ いいよ……(エコー)』
「……」
カンチョーはタブレットの画面に視線を戻す。
価格。配送方法。
そして「一瞬でお届け」というなんとも都合のいい文言。
「……えい」
カンチョーはその羽で"購入"のボタンを押した。
──数分後。
「……」
事務室に戻ってきた静けさの中で、カンチョーはふと首を傾けた。
「……そういえば」
「……島のどこに配送されるんでしょうねぇ」
カンチョーはタブレットを操作し、監視カメラの一覧画面を開いた。
通路。フロント。グラウンド。倉庫。
ひとまずは『春のエリア』の隠しカメラ映像をざっと流し見る。
すると──
「……?」
ホテル近くの外カメラに、今までなかったはずの物体が映っていた。
やけに堂々と置かれた、円筒形の何か。
「……あぁ、そこなんですね」
頭には丸いレンズが二つ。妙に既視感のあるフォルム。
先ほどページで見た介護用ロボットそのものだった。
傍には充電器と説明書のようなものもセットで置かれている。
ただ置いたという主張だけがやけに強い。
「……せめて一言くらい欲しいところですが」
そう呟きながらカンチョーはタブレットを持って事務室を出た。
夜の砂浜にたどり着く。
実物のツクヨミは、監視画面で見た以上にずんぐりとしていた。
「えーっと……」
カンチョーは説明書を読む。
■ 操作方法
本製品は専用タブレット端末からの操作を前提としています。
タブレット画面には、ツクヨミの「目」に搭載されたカメラ映像がリアルタイムで表示されます。
映像を確認しながら、リモートコントロールを行ってください。
また、設定によりオートモードでの動作も可能です。
オートモードを使用する場合は、
本体背面のスロットにタブレット端末を挿入してください。
■ 映像・音声機能
本体前面のカメラにより、前方の状況を確認できます。
マイクおよびスピーカーを搭載しており、遠隔地との双方向音声通信が可能です。
■ 本体性能
耐荷重:100kg
■ アーム操作時の注意
アームは垂直方向に伸縮します。
アームを伸ばしている、または縮めている最中は、
ワイヤー絡まり防止のため他の操作を受け付けません。
安全性確保のため、アーム先端は丸いボール状になっています。
物を「掴む」動作はできません。
スイッチを押す、ボタンに触れるといった簡易的な操作のみ可能です。
■ 安全に関する注意
本製品は介護・業務補助を目的とした機器です。
危険物の取り扱い、精密作業には使用しないでください。
想定外の使用による事故について、当社は責任を負いかねます。
「……」
端末には、ツクヨミの目に搭載されたカメラからの映像が映し出されている。
カンチョーは一通り読み終えた後、試しに端末で操作を試みる。
『前進』
――遅い。
想像していたよりも大分遅れて、ツクヨミはのろのろと前に進み出す。
『旋回』
これもまた実に穏やかだった。
急ぐという概念がそもそも搭載されていない。
「……なるほどですねぇ」
タブレット右端に、ツクヨミの腕を模したアイコンが表示されているのに気づく。
そのアイコンをタップすると──
『ツクヨミー、パーンチ!』
気の抜けた音声とともに、ツクヨミの腕がすっと前に伸びた。
ぽん。
カンチョーの頭に丸い先端が当たる。
「…………」
「……何の役に立つんでしょう、これ」
ツクヨミは沈黙している。
腕を戻すまで、次の操作も受け付けない。
タブレットを下ろし、もう一度ツクヨミを見下ろす。
そしてカンチョーは深く息を吐く。
「……明らかに間違った買い物でした」
ツクヨミは何も言わない。
ただ起動状態のままそこに立っている。
「……すみませんねぇ」
誰に向けた言葉かも分からないまま、そう呟いて電源を落とした。
人手不足は解消されなかった。
仕事も減らなかった。
そしてボーナスだけが確実に消えた……。
カンチョーは静かにタブレットの電源を切った。
「……」
「……仕事、やりますかね」
その言葉に同情の声をかける者は誰一人としていなかった。
────────
魔女裁判の次の日の朝。
食堂は重い空気に包まれていた。
人数自体はそこそこいる。
それなのに、椅子の軋む音や食器の触れ合う音だけがやけに大きく響いている。
誰もが俯きがちで、黙々と食事を進めていた。
(あんなことがあった後だ、仕方がないか……)
私はみんなの暗い顔を見ながら、スプーンでスープを口に運ぶ。
すると、その重苦しい沈黙にさすがに耐えきれなくなったのか、
ナツミがぽつりと口を開く。
「……いや~、しかしすごい事件やったなぁ」
その一言で何人かがはっと顔を上げ、ナツミのほうへ視線を向ける。
「まさか死んだはずのリンリちゃんが、
●ステのテーマと共に階段から降りながら颯爽と裁判場にやってくるとは思わんかったで」
その言葉にリンリが返す。
「そうそう。
そのあと裁判場からはエレキギターで撲殺された田中ナツミの死体が発見されたのよね。
本当にすごい事件だったわ」
「ごめんて」
ナツミが即座に頭を下げる。
「……いや、実際ほんとビビったよ。
【不死】って……そんなのアリ?」
そう言ったのはハイジだった。
フォークを持つ手を止めたまま、視線だけをリンリに向けている。
「カンチョーの口ぶりからして、相当な魔法だとは思っていたけど……。
さすがにそれは私の想像外だったわね」
続けて口を開いたのはライトだ。
いつもの余裕はあるものの、その目は真面目だった。
するとライトは、同じテーブルに座るイリスとリンリを交互に見比べた。
顎に指を当ててほんの一瞬思案に耽る素振りをする。
その仕草を見逃すほど、リンリは鈍くなかった。
「……オイ。まさか
『イリスの魔法を使った状態で、リンリが死んだらどうなるんだろう~?』
……とか考えてんじゃないだろーな?」
「ええっ!?」
イリスがびくっと肩を跳ねさせる。
「そ、そんな……!
わ、私、そんなこと……!」
「……ふふっ♪」
ライトは完全に「あ、バレた?」という風な顔で微笑んだ。
「いえいえ、あくまで理論上の話よ?
【不死】と【魔法無効化】の干渉……
普通に考えて、興味が湧かないほうがおかしいでしょう?」
「おかしいわ」
リンリが即座に切り捨てる。
「私のことを実験材料みたいに言うな。
あとその目な? 絶対いつもロクなこと考えてないな?」
「失礼ね。私はただ好奇心旺盛で真面目なだけよ?」
「余計にタチ悪いわ」
イリスは二人の間であたふたと視線を泳がせる。
「わ、私……リンリさんに触れたままそういうことをするつもりは……」
「しなくていいてかすんな」
私はそのやり取りを聞きながら内心で小さくため息をついた。
(この流れ、デジャヴだぞ)
場の空気は一瞬ひりついたが、
ナツミがそれを感じ取ったのか軽く手を叩いた。
「はいはいストーップ! 朝から危険思想は禁止~」
ナツミの声に被せるように、今度はダイヤが静かに口を開いた。
「全く……今日はいつもより騒々しい朝食ですわね」
そう言いながらも、その表情はいつもの完璧なお嬢様然としたものより
ほんの少しだけ柔らいでいるように見えた。
──みんな心のどこかで、空元気な部分もあるのかもしれない。
昨日の裁判のことを完全に忘れられる人なんていない。
それでもここに座って、同じテーブルを囲んで、朝食を食べている。
それだけで「いつも通り」を演じようとしている。
「……騒がしいほうが、まだマシかもね」
誰に聞かせるでもなく私は呟いた。
その直後だった。
――きぃん、と軽いハウリング音が食堂に響く。
嫌な予感しかしない前触れ。
『……あー、あー。聞こえていますか』
『島内アナウンスです』
一斉に食堂の空気が固まる。
さっきまでのざわめきが嘘みたいに消えた。
『ご宿泊の皆さまは、速やかに
中央ホールへお集まりください』
『新しく開放されるエリアについてのご説明があります』
(新しいエリア……?)
私はふと、以前外を探索したときの光景を思い出した。
やたらと目についた『立入禁止』の貼り紙。
整備中の名目のまま封じられていた区画。
そのどこかが解放されるのか……。
──裁判が終わった翌日。
ろくに気持ちの整理もついていないのに、
もう次の"イベント"らしい。
「中央ホールやて~」
ナツミが立ち上がりながら肩をすくめた。
「まぁ、行かな始まらんやろ」
「嫌な予感しかしないんだけど……」
リンリがそう言いながらも席を立つ。
「も、もしかしたら脱出の糸口が見つかるかもしれません……!」
イリスが小さく言い、周囲を気にしながら立ち上がった。
私も同じように椅子から立つ。
廊下に出ると、他の場所からも人が合流してくるのが見える。
ミサ、ヤヒメ、マリーが三人並んで歩いている
そこに……遅れてポム。
誰もが無言で同じ方向――中央ホールを目指していた。
ホールに足を踏み入れると、既にシロとノクスの姿があった。
「あ、マキちゃん。おはよう」
先に気づいたのはシロだった。
「おはよ」
短く返す。
でも、シロのその声を聞いた瞬間、胸の奥が少し引っかかった。
いつものシロならもう少し声に張りがある。
語尾もほんの少し伸びる。
今日はそれがない。
『どうしたの?』
と聞こうとしてやめた。
聞かなくても……理由は分かっていたから。
中央ホールには次々と人が集まってくる。
私はホールの中央を見つめながら無意識に息を整えた。
その直後──
ホールに翼の羽ばたく音が聞こえてくる。
カンチョーだ。
「……はぁ……おはようございます……」
朝っぱらからやけに落ち込んだブルーな声色。
「……本日は新しく開放されるエリアについての説明があります……」
(……なんか妙に元気ないな)
「えっと……まず……ホテルの二階が解放されます。
探索したい方はご自由にどうぞ……」
二階……。
初日にノクスが見ようとして、カンチョーに止められていた場所だ。
地下にあった『懲罰房』よりも優先して立ち入り禁止にされていた場所……。
正直なところ、私も気になっていた場所だ。
見に行かないわけにはいかない。
「それと……『夏のエリア』が解放されます。
今のこのエリアとは気候が違っていますので、まぁ、一応注意してください……」
「夏のエリア、ですの?
その名前の通りに受け取ってよろしいので?」
「気候が違うって……このエリアよりも暑いってこと?」
「ええまぁ……夏なので」
カンチョーはダイヤとミサの質問に適当に答える。
「エリアについてのマップは……
新しくタブレットに追加されていますので、そちらをご覧いただければと……」
「……あ……それと……」
カンチョーがそう言った直後、何かの端末を操作する。
すると、ホールに妙な物体が入ってくる。
「なんだこれ……ロボット?」
私がそう呟いた直後、それを補足するようにカンチョーが続ける。
「……業務補助ロボ……の、はずだったんですが……
思ったより使い勝手が悪かったので……
あ、みなさん、ご自由にこき使ってやってください……」
半ばヤケクソ気味に羽を振りながらカンチョーは言った。
「おー! お掃除ロボットみたい!」
マリーが真っ先に声を上げた。
「これファミレスで見たことある……ネコのやつでしょ?」
「……まぁ、掃除や配膳くらいは出来るみたいなので……。
一応、掃除してる時とかは触らないでいただければと……」
ハイジの言葉に、ややため息交じりでカンチョーは答える。
そして持っていたタブレット端末を、ロボットの背面に挿入した。
最後に雑にロボットの上面に説明書のようなものをばさりと放り投げ、
それ以降ロボットに視線を向けることはなくなった。
「……以上でお知らせは終わりなんですが……
"空丸マリー"さん、少しよろしいでしょうか……」
その名前が呼ばれた瞬間、マリーはきょとんと目を瞬かせた。
「え、マリー?」
次の瞬間、すっと前に出たのはミサだった。
「……マリーに何の用?」
「いえ、別に責めるとかそういう話では……。
あ、ですが……用はありますね」
「えっと……この島、水不足です」
「……え?」
「水不足……?」
「それって、やばない?」
マリーとミサ、そしてナツミが思わず声を上げる。
「皆さんが来るまでは特に問題はなかったんですが……。
ここ数日で、生活用水や整備時の清掃に使う水が一気に増えまして……
備蓄が想定より早く減ってしまいました……」
カンチョーは、タブレットを操作しながら淡々と説明する。
「それで……空丸マリーさん。
雨が降らないように操作してますよね?」
「あ……」
マリーはぎゅっと肩をすぼめる。
「……ごめんなさい。
だって、雨降ると……みんな外で遊べないし……」
マリーを責める声は誰からも出なかった。
カンチョーは続ける。
「本来は海水をろ過して生活用水を確保しています。
ですが……雨水をろ過する場合と比べて、
必要なエネルギーがまったく違いまして……」
「定期的に雨が降ってくれないと……
この島の生活は少しずつ……立ち行かなくなります……」
「まぁ、今すぐ水が無くなるというわけではないので……
こういうことは早めに言っておいた方がいいと思いまして……」
「……」
マリーは俯いたまま、自分の指先を見つめていた。
「……マリーのせい?」
すると、ミサがマリーの肩にそっと手を置いた。
「……大丈夫。マリー、悪くない」
「マリーちゃん、みんなを気遣ってくれてたんだもんね~」
ヤヒメもマリーの頭をよしよしと撫でる。
その様子を見て、カンチョーは特に深刻ぶることもなく、
いつも通りの調子で話を続けた。
「ですので……今すぐ、というわけではありませんが……
今晩あたりに一雨降らせていただけると助かります……」
「!……分かった!」
マリーは顔を上げ、さっきまでの沈んだ様子が嘘みたいにぱっと声を弾ませた。
「マリー、雨降らせる!
ちゃんといっぱい降らせるよ!」
「……まぁ、あまり極端なのは困りますが……。
では……これで……」
それだけ言うと、翼を広げてカンチョーはそのまま中央ホールを後にした。
「……こんな大きな島の水不足も、
魔法一つで解決だなんて、とんでもないですわね……」
「本当ですね。でも、マリーさんがいて下さって助かりました……!」
ダイヤとイリスのその言葉に、えっへんと胸を張るマリー。
「降らすのは今晩で良いって言ってたしさ~。
これからあたい達が探索すると思ってのことなのかな~?」
「……だろうね。変なところで気が利くな、あのトリ……」
私は肩をすくめて答えた。
「じゃあ、とりあえず探索しに行こうか」
私がそう言った途端、ずっと沈黙を貫いていたノクスが口を開いた。
「その前にちょっといいかしら。
みんなが集まってる内に聞いておきたい事があるのだけれど」
すると一呼吸置いてから、ノクスは言った。
「昨日、アテナに投票したのは……私、ライト、リンリ」
「……もう一人は誰?」
──しん。
と、ホールに沈黙が広がった。
みんな忘れようとしていたアテナのことをいきなり聞かれたこともあって、
一気に雰囲気は重苦しくなる。
「……別に責めようってわけじゃないわ。私もアテナに入れたのだから」
「言い出しづらいのは分かるけれど、正直に名乗り出てくれないかしら」
──しん。
再びノクスが聞くが、返事は返ってこなかった。
すると、ライトが口を開く。
「あら、私はてっきりマキちゃんがアテナちゃんに入れたのかと思ってたわ」
「なっ……私じゃない! 私は『スキップ』に入れた!」
ライトは悪びれる様子もなく微笑みながら続ける。
「ふふっ、ごめんなさい……。
あんなことを言っておきながら、
実はしっかりアテナちゃんに投票していたのかと思っちゃったわ。
何せ、殺人の罪を着せられそうになったんだもの。十分投票するに足る理由じゃないかしら?」
「それでも……私はスキップに入れた」
私ははっきりとライトを見据えてそう言った。
「……ふぅん。
マキちゃんの言うことを一旦信じるとするなら……不思議ねぇ。
残りの一票はいったい誰が入れたのかしら?」
くすくすとライトが嗤う。
「引っ込みがつかなくて名乗り出せないだけなんじゃない?」
リンリが淡々と返す。
「今更手を挙げたら、"なんで黙ってたんだ"って話になるし」
「……それも……そうね」
ノクスが顔に手を当てて考える素振りをしながら呟く。
「……空気を悪くしてごめんなさい。私からは以上よ」
「いやほんまやで。
これから夏のエリアとやらに行こう思てたのに、空気ドン冷えの冬のエリアやで……」
すると、今度はライトが口を開く。
「そうそう、私からもみんなが集まってる内に一つ言っておきたい事があるのだけれど。
スマホに新しく追記された【魔法】についての詳細……
それを今ここで全員に共有しておかない?」
「……魔法の、詳細?」
私が小さく聞き返す。
「ええ。昨日の裁判のこともあるし、
もういっそ全員で魔法をはっきりと確認しておいた方がいいと思うの」
「ほら……まだ誰か嘘をついてるかもしれないしね♪」
その言葉と同時に――ほんの一瞬だけ、
ライトの視線がノクスの方へ向いた気がした。
「……確かに」
「……うん」
リンリとシロがそれに賛同する。
その言葉に、全員スマホを手に取る。
スマホに表示されていた、みんなの【魔法】の詳細をまとめた結果──
波彪(なみとら)マキ
魔法【死に戻り】
死亡すると、死亡する三分前まで時間が巻き戻る。
他殺・事故など、自殺以外の死亡であれば回数制限はない。
波彪マキは自分を撃つことにしか使用できない拳銃を手のひらに出現させることができる。
拳銃には10発の弾丸が装填されており、
拳銃自殺による死に戻りを行うたびに装填数が一発ずつ減少する。
この拳銃を使わずに自殺した場合でも、弾丸は一発ずつ減少する。
鵲(かささぎ)シロ
魔法【無し】
魔法を一切持たない。
田中(たなか)ナツミ
魔法【時間操作】
時間の流れを操作することができる。
操作できる最大時間は13秒。
魔法を再使用するには、
直前に魔法を使用していた時間の三倍のクールタイムが必要。
蜜葉(みつば)イリス
魔法【魔法無効化】
対象者に触れると、その対象は魔法を使用できなくなる。
魔法によって生み出された物体・現象そのものは無効化できない。
紺剛(こんごう)ダイヤ
魔法【身体強化】
自身の身体能力を強化する。
攻撃力に特化した場合、素手で人間を粉砕できる。
耐久力に特化した場合、銃弾すら防ぐことが可能。
天刻(てんごく)ヤヒメ
魔法【物質強化】
左手で触れた物体の強度を一時的に高める。
強化効果は対象の体積に反比例し、小さい物体ほど高い強度を得て、
大きい物体ほど強度上昇は低くなる。
強化できる対象は一度に三つまで。
魔法の対象は無生物の物体のみであり、生物には一切影響を与えない。
殯(もがり)リンリ
魔法【不死】
死亡すると、自動的に蘇生する。
体の損傷を修復してから蘇生するため、
蘇生までにかかる時間は死亡時の身体損傷の度合いによって変動する。
死亡から蘇生までの間、殯リンリの意識は存在しない。
空丸(そらまる)マリー
魔法【天候操作】
天候を操作することができる。晴れ、雨、曇りのみ操作可能。
鈴月(すずつき)ミサ
魔法【凍結】
両手から冷気を放出できる。
一ノ目(いちのめ)ハイジ
魔法【寿命可視化】
一人につき一日に一度まで、その人物が一時間以内に死亡するかどうかを視認できる。
魔法を使用すると、対象者の頭上に、一ノ目ハイジにしか見えない、
「死亡までの残り時間(最大一時間)」が表示される。
表示が出ていない場合、その人物は一時間以内には死亡しない。
上記と同じ条件で、鏡を見ることで自身の寿命も確認できる。
死亡した者の頭の上には、『00:00:00』と表示される。
地獄谷(じごくだに)ポム
魔法【重力操作】
手をかざすことで、その周囲に存在する物体の重力を操作できる。
操作可能な重力倍率は、およそ0.01倍から100倍以上。
自身に近い、または一つの物体に集中して魔法を使うほど、
更に大きな倍率での操作が可能。
操作後の物体の重量が1トンを超える負荷になると、それ以上の重力操作は行えない。
魔法の対象は無生物の物体のみであり、生物には一切影響を与えない。
灰村(はいむら)ノクス
魔法【念殺】
視認した対象を念じるだけで即死させる。
人間だけでなく、動物や昆虫など人間以外の生物にも有効。
有効範囲は半径約10m。
対象が数時間以内に別の要因で死亡する運命にある場合、この魔法で即死させることはできない。
一度使用すると、48時間経過しないと魔法の再使用はできない。
贄熊(にえぐま)ライト
魔法【封印】
縦50mm×横50mmの正方形の、生物以外の物体を封印できる紙を生成できる。
一枚につき、最大100kgまで封印可能。
魔法によって生じた物体・現象も封印できるが、その場合は魔法の使用者本人の同意が必要。
紙を二つに破くことで、封印した物体を取り出せる。破られた紙は再利用できない。
この紙は贄熊ライト以外も扱うことができる。
他の誰かが封印、取り出しを行ったとき、
贄熊ライト自身もそれを行った時間と物体を認知できる。
生物は封印できない。
「……えっ、マキちゃん……?」
「……この"拳銃"というのは、一体何なのかしら?」
「……」
シロとライトが当然の疑問を私にぶつける。
「……書いてる通りだ。
裁判の時は黙ってたけど、私は自分の手のひらに
"自殺用の拳銃"を出すことができるんだ」
「……え?」
「じ、じさつ……?」
その場空気が目に見えて固まった。
「正確に言うと……その拳銃は私にしか使えない。
他の人には見えないし、触れない。誰かに向けて撃つことも出来ない。
……自分に向けて引き金を引いた時だけ、発砲する」
シロが思わず一歩近づいた。
「……それって……」
「そう。私の【死に戻り】は自分が死ぬことで発動する。
そして……自分の意思で確実に戻るための手段が、この拳銃だ」
私は手のひらに出した誰にも見えないであろう拳銃を見る。
拳銃には『7』の数字が刻まれている。
「……なるほどね。
それで、その"装填数"とやらはあと何発なのかしら?」
「……あと7発」
「……"残機制"ってわけ……?」
ハイジがおそるおそる尋ねる。
「そういう言い方されると、ちょっとゲームっぽいけど……
まぁ、間違ってはいない」
「そして……『0』になったあとのことは、私にも分からない。
正直、スマホの詳細に書いてくれていれば助かったんだけど……」
少し自嘲気味に言う。
「マキちゃん……怖くないの……?」
シロが小さく呟く。
「怖いよ。めちゃくちゃ。
だからなるべく使わないようにしてるし、
出来るなら……もう使いたくないかな」
視線を上げると、みんながそれぞれ違う表情で私を見ていた。
心配。戸惑い。困惑。
「だけどこの島にいる以上……絶対に使わない、って言い切るのも無理でしょう?」
ライトのその問いに、私は即答する。
「そうだね。……だから、今ここで共有できて良かったと思ってる。
"どうやって死に戻ったか"、の誤解を生むことはなくなるから」
ライトが静かに頷いた。
「そうね。少なくとも、あなたが"どこまで出来るのか"を
皆が把握していれば、無駄な誤解は減るわね」
「それにしても……ナイフを自分の首に突き立てた、っていうのは噓だったのね。
マキちゃんの剣幕にすっかり騙されちゃったわ♪」
「ご、ごめん……いや、その……
あの時は、そう言うしかなくて……」
「分かってるわよ。
裁判中だったし、全部正直に言うのは無理だったでしょうしね」
その言い方には責める色はほとんどなかった。
そしてシロが、ほっとしたように息を吐く。
「……正直、ナイフの話聞いた時、
ずっと胸が苦しかったんだよ……」
「……ごめん」
「でも……今はちゃんと話してくれたから……
それでいいと思う」
シロはそう言って、私の方を見てぎこちなく笑った。
「……ありがと」
私は小さくシロに返した。
そのやり取りを一段落と見たのか、
ライトが肩をすくめて場を見回した。
「……さて、気になるのはそれくらいかしら?」
――が、間髪入れずにミサがすっと一歩前に出る。
「……いや、私はライトの【封印】の詳細も気になるんだけど……。
何気に一枚100kgも封印できるって書いてあるし……。
しかもその紙、ライト以外も使えるの?」
「……んもう、流せると思ったのに……。
ええ、そうね。私以外もこの紙は使えるわ」
「えっまじ!?ひ、ひとつちょーだい!」
ハイジが目を輝かせてライトに詰め寄る。
「そうホイホイあげられるようなものでもないのよ。
一日に作れるの、せいぜい十枚程度なんだから」
「でもどうせライトのことだし、
ログインボーナスみたいに毎日作ってるんでしょ!?」
「失礼ね……」
ライトはむっとした顔を作り、
「……作ってるけど」
と、あっさり認めた。
「作ってるんじゃん! じゃあ余ってるでしょ?
変な事に使わないから……食べ物しか封印しないからぁ!」
「余ってるかどうかは別問題よ」
ライトは指を立てて、ぴしっと言った。
「それに一応言っておくけど、この紙での封印や取り出しを行った時、
それを行った"時間"と──封印、取り出しをした"物"は私にも分かるの」
「例えばハイジちゃんが夜中の2時にラーメンが食べたくなって、
この紙から取り出しを行ったら……
取り出した時間もラーメンを出したことも私に筒抜けってわけ♪
『あ、ハイジちゃん夜中の2時にラーメン食べてるんだな~』ってね」
「え゛っ」
ハイジの喉から完全に裏返った声が漏れた。
「ち、ちがっ……!?
そもそもラーメンって決めつけるのやめて!?」
するとライトはハイジをからかうかのように続ける。
「だから夜中に続けて食べ物を取り出しを行った感覚が来たら――
『深夜に二回? ハイジちゃんずいぶん空腹だったのかしら』
……って、なるわね♪」
「もうそれ監視じゃん!?
じゃ、じゃあライトが寝静まった後に取り出すし……!」
そういう問題なのか?
と私は心の中で即座にツッコんだ。
「寝てる間に封印や取り出しが行われたことも、起きた瞬間に分かるわね。
だから私の紙を使うときは、監視じみたことをされるのを含めて慎重に考えることね♪」
その言葉を聞き、ハイジはがっくりと肩を落とした。
「うぅ……分かりました……
夜食は……諦めます……」
「賢明ね♪」
しょんぼりと肩を落とすハイジを見て、
ライトは一瞬だけ視線を逸らしたあと
「まぁでも──」
ライトは懐をまさぐり、一枚の紙を取り出した。
紙の端には『バニラアイス(カップ付)』と書かれている。
「真っ新の封印用の紙はあげられないけれど、
この秘蔵のアイスクリームで勘弁してもらえないかしら。
私の【封印】をそこまで欲してくれて、悪い気はしなかったからね♪」
「……い、いいの……?」
「ええ。もう既にアイスを【封印】してあるから、
"物体を封印をする"ことにはならないけどね」
「ら、ライト様ぁ……! か、神ィ!!」
ハイジがライトを拝むように頭を下げた。
「お礼に寿命を視て差し上げますぅ……!
……1時間以内は無敵です! 神!!」
「ふふ、どうも」
ハイジがまた妙なテンションになってきている。
「私も地味に欲しかったんだけど、その紙……」
「いやウチもやし。ハイジちゃん貰い得やな~」
「えへへ~」
リンリとナツミがハイジを少し羨ましそうに見ていた。
「それにしても、わたくしのこの魔法の説明は何なんですの……?
やけにカジュアルじゃありませんこと?
これでは粗暴なイメージが付きまとってしまいますわ!?」
「私なんて説明一行なんだけど……」
「マリーも!」
みんなが自分の魔法の説明に、それぞれ不満や疑問をこぼしている中で、
私はふと、胸の奥に引っかかっていた自分の魔法についての一文を思い出していた。
『この拳銃を使わずに自殺した場合でも、弾丸は一発ずつ減少する』
(……なんでそんなことが分かるんだ?)
私は今まで自殺をしたことはない。
少なくとも私の記憶の中では。
それなのに、私の魔法の説明にはまるで検証済みであるかのように、
そんなことが当たり前の事実として書かれている。
(私ですら知らなかったことが、どうして普通に書いてあるんだ……?)
拳銃を使わずに自殺した場合でも弾丸が減る。
それ確認するには、少なくとも一度はそういう死に方を観測する必要があるはずだ。
(誰が……?)
管理側がどうにかして観測した?
それとも――
「……マキちゃん?」
シロの声ではっと我に返る。
「どうしたの? 急に黙っちゃって」
「……ううん。なんでもない」
──私はひとまず、その疑問を胸にしまっておくことにした。
「……じゃあ、みんなの魔法も共有し終わったし。
気を取り直して、探索に行こうか」
「せやな。夏のエリアやて、テンション上がるわ~!
ウチも夏が好きすぎて名前にナツミって付けたくらいやからな」
私のその言葉に、ナツミはよく分からないことを言いながらそのまま中央ホールを後にした。
それにつられるように、みんなもぞろぞろと動き出す。
私は隣にいたシロに声をかけた。
「シロ。よかったら前みたいに……一緒に探索する?」
シロは一瞬だけ目を丸くして、それからほっとしたように笑った。
「うん! 一緒に見て回ろ」
その返事に胸の奥が少しだけ軽くなった。
「どこから行く? 夏のエリア、先に見る?」
「うーん……」
私はタブレットを取り出し、新しく追加されたマップを確認する。
二階か夏のエリアか……。
「……まずは、二階かな」
「りょーかい!」
私たちは二人並んでホールを後にした。
◇2F 図書室
二階への階段をおそるおそる上がる。
すると、『図書室』と書かれたプレートが目に入る
扉を開けると、紙と埃が混ざった落ち着いた匂いがした。
室内はかなり広い。壁一面に並ぶ本棚。
中央にはいくつかの閲覧用の机と椅子。
入口近くには、筆記用具や虫眼鏡、スタンドライトなどが置かれたカウンターが設けられていた。
本の量は『休憩室』とはさすがに比べ物にならない。
休憩室のものが気軽に手に取れる漫画や雑誌だとしたら、
こちらは腰を据えて読むことを前提にした本ばかりだ。
専門書や学術書、分厚い図鑑、装丁の古い小説。
中にはタイトルだけでは内容が分からないような、
少し難しそうな本も混ざっている。
「……普通だね」
「……うん」
私は思わずそう呟く。
わざわざ『立入禁止』にするほどのことでもない、何の変哲もない図書室だった。
(……いや、でも)
視線を棚に戻して、もう一度だけゆっくりと眺める。
「……なんか、色々と歯抜けになってる?」
本は基本的にきっちりと並んでいる。
整理もされているし、乱雑な様子もない。
それなのに、ところどころ不自然に空いた隙間が目についた。
まるで最初から無かったのではなく、後から何冊か抜き取られたみたいな。
「ほんとだ……」
シロも気づいたのか、棚の前に立って首を傾げる。
抜けている場所は、一か所に固まっているわけじゃない。
棚のあちこちに点々と散らばっている。
「……どんな本があったんだろ」
私は空いた隙間の背表紙を指でなぞった。
(立入禁止にしてた理由、"何かがあるから"じゃなくて……)
("何かを抜いていたから"……?)
確証はない。
ただの気のせいかもしれない。
そう思いながら指を離した、その時だった。
「あ、ノクスちゃん」
シロのその声に、私は視線を図書室の奥へと向けると、
そこには本棚を丁寧に調べているノクスの姿があった。
ノクスは私たちに気が付くと、手を止めてこちらを見た。
「あなた達もここを調べにきたのね」
「うん。でも、ここの本棚……」
「……ええ。おそらく……意図的に何冊か抜き取られているわね」
やっぱり……。
ノクスのその言葉に違和感が静かに確信へと変わる。
「しかも、二階には図書室以外の部屋はなかった……。
つまり、図書室の何かしらが二階を立入禁止にさせていた、ということ」
「えっ! じゃあ絶対何かここにあるんじゃない……?」
シロがぱっと目を見開いた。
その声には驚きとほんの少しの期待が混ざっている。
「……というより、"あった"のほうが正確ね」
「え?」
「今ざっとここを見ても、仕掛けや隠し部屋がある様子はないわ。
つまり、ここにある情報を隠したくて、立入禁止にしていた可能性が高い。
だけど、その情報もおそらくは抜き取られている……」
「じゃあ……もう何も残ってないってこと?」
「残念ながらね」
だけど、とノクスは続ける。
「何か取りこぼしや、意図せず残された痕跡くらいならまだここにあるかもしれない。
私はそれを調べることにするわ」
「分かった……」
私は小さく頷いてから言う。
「ノクス、気を付けてね。
もし管理側が知られたくない情報をまだここに残していたとしたら……」
言葉の続きをあえて口にしなかった。
監視やけん制、あるいはもっと直接的な何か。
可能性はいくらでも考えられる。
ノクスは一瞬だけこちらを見て、小さく口角を上げた。
「……ありがとう。十分注意する」
それだけ言って、彼女は再び本棚へと向き直る。
(ここはノクスに任せよう)
(うん、そうだね)
私は静かに踵を返し、シロと一緒に出口へ向かった。
一階へ降りると、廊下の途中でヤヒメとポムに出会った。
何やら、ポムはヤヒメに付き添われているような様子だ。
昨日と違って表情は乏しく、顔色もあまり良くない。
「ポム……調子、良くなった?」
私は二人に向けてそう声をかける。
「……」
ポムは答えなかった。
「まだ気持ちの整理がつかないみたい~……。
探索はやめて今日は部屋にいたいって~」
「そっか……」
私がそう返すと、シロが心配そうにポムを見つめた。
「無理しなくていいよ」
「……うん」
ポムは小さく頷いた。
(昨日のこと、簡単に割り切れるはずないよな……)
「部屋まで送ろっか?」
私がそう言うと、ヤヒメが首を振った。
「ううん~。
あたいが一緒に戻るから大丈夫だよ~」
「……ありがとう」
ポムがかすれた声でそれだけ言った。
「じゃあ……また後でね」
私はそう告げてポムの目を見る。
ほんの一瞬、ポムは顔を上げてこちらを見た。
「……うん」
短い返事を残してポムはヤヒメと一緒に廊下の奥へと歩いていく。
その背中を見送りながら私は小さく息を吐いた。
「大丈夫かな」
シロがぽつりと呟く。
「今は、あれでいいと思う。
前に進むのも、立ち止まるのも……それぞれのペースがあるから」
シロは小さく頷いた。
少しだけ重くなった空気を振り払うように、私はタブレットを取り出す。
「……行こっか。夏のエリア」
「うん」
私たちはホテルのロビーから外に出た。
以前は『立入禁止』の札とテープで塞がれていた通路。
その奥へ一歩踏み込んだ瞬間、空気がはっきりと変わる。
じっとりと肌にまとわりつく湿気。
息を吸い込むだけで分かる、夏特有の重たい暑さ。
「うっわ……暑っ……!」
「急に来るね……!」
シロも思わず額に手を当てる。
通路は両脇を岩に囲まれていて、
熱がこもりやすいのか、歩くだけで汗が滲んでくる。
(ほんとに、エリアごとに気候が違うんだな……)
やがて、岩の合間が少しずつ開けていく。
その先に――ぱっと視界が広がった。
「おお……!」
「ビーチだ~!」
目の前にはどこまでも続く青い海。
白い砂浜が陽光を反射して、まぶしく輝いている。
春のエリアの海とはまるで別物だ。
空の色も光の強さも、全部が夏そのものという感じだった。
「……まずはこの辺りの建物から見て回ろうか」
「そうだね!」
私は通路を抜けて左手に見える建物へと足を向けた。
◇屋外用倉庫
ビーチから少し離れた場所に、低くて横に広い建物が建っていた。
入口には『屋外用倉庫』の文字。
中へ入ると、ひんやりとした空気と金属特有の匂いが広がった。
「お~、キャンプ用品がいっぱいだー!」
シロが率直な感想を漏らす。
壁際には、七輪に炭、鉄板、網、鉄串。
サイズ違いで揃えられたトングや火ばさみ。
別の棚には、折りたたみ式のアウトドアテーブルや簡易チェア。
クーラーボックスにランタンや照明器具の予備。
「完全にアウトドア用だね~」
「せっかくだし、バーベキューとかやってみたいね」
「だね、楽しそう!」
脱出の手がかりを探しているはずなのに、
目の前に並ぶ道具を見ていると、どうしても夏の遊びを想像してしまう。
それもこの開放的な気候のせいだろうか……。
「とりあえず、気になるものはないかな」
「次はバーベキューする時に来ようね」
「う、うん……」
私は若干の後ろめたさを感じながら屋外用倉庫を後にした。
◇海の家
屋外用倉庫を出て少し歩くと、木造の建物が見えてくる。
入口には大きく『海の家』と書かれた看板があった。
薄いガラス戸を開けてまず目に入るのは、簡易的なカウンター。
その奥には冷蔵庫が並んでいて、中にはミネラルウォーターやスポーツドリンク、
缶ジュースがぎっしり詰められている。
中は冷房も効いていて、快適に長居もできるようだ。
「つめた~。うま~」
そしてハイジが椅子に腰かけて、
先ほどライトから貰ったらしきカップアイスを堪能していた。
「あ、シロマキーズ。何か飲んだら? 水分補給大事だよ~」
そう言うと冷蔵庫を指さした。
「のむ~」
「なんだそのユニット名は」
シロはサイダーを一本取り出し、私はスポーツドリンクを手に取った。
一緒に水分補給をしながら、改めてあたりを見回す。
壁際には水着やビーチサンダルが掛けられており、傍にはパラソルが立てかけられている。
その下の棚には浮き輪やタオルがサイズごとに置かれていた。
奥にはシャワーや着替えのスペースもあり、どうやらここで着替えられるらしい。
「めちゃくちゃ馴染みのある海の家だな……」
「リゾート地って感じ、しないよね~」
「さっきナツミとマリーが水着に着替えて出てったよ。元気だねぇ……」
早すぎるだろ……。
心の中でそうツッコミつつ、
空になったペットボトルをゴミ箱に放り込んだ。
見た感じ、屋外用倉庫と同じく特に気になったところはない。
私はシロが飲み終わるのを待ってから、海の家の引き戸を開ける。
「行こっか」
「うん……けぷ」
小さく遠慮がちにゲップをするシロ。
「……今の聞いた?」
「聞いた」
シロは一瞬だけ固まってから、誤魔化すようにサイダーの空き缶を指さす。
「ほら、炭酸だから……不可抗力だよ!」
「遠慮せずにもっとドデカいのぶちかまして良いよ」
「もー!」
ぽかぽかと私を叩くシロ。
力は弱いし、抗議というより完全にじゃれ合いだった。
「おーお熱いお暑い……。冷気逃げるから早く閉めとくれ~……」
「はいはい。行くよ、シロ」
椅子にだらっと座ったまま扇ぐように手を振るハイジに向かって軽く返す。
最後にもう一度、ひんやりした空気を名残惜しそうに吸い込んでから私たちは海の家を出た。
◇火薬庫
ビーチから少し離れた場所に、
さっきの建物とは明らかに雰囲気の違う建物があった。
分厚いコンクリート造り。
窓はなく、通気用と思しき小さな排気口がいくつか設けられている。
入口の鉄扉には色褪せた注意書き。
『火気厳禁』
「……ここ、入っても大丈夫……?」
シロが思わず声を漏らす。
「一応、私から入るね」
鍵は既に開いており、慎重に扉を押すと、
中からはひんやりとした空気が流れ出してきた。
天井は高めで、内部は想像以上に広かった。
部屋の隅には打ち上げ用と思われる大小さまざまな筒が置かれている。
「シロ、大丈夫。花火とか置いてる倉庫みたい」
「花火?」
シロが不思議そうな声色で入ってくる。
「うわ~ほんとだ。いっぱいある」
「祭りとかイベント用だと思う」
そしてその近く――木箱が積まれたエリアで、
ライトが一人興味深そうに屈み込んでいた。
「ふふ……これはなかなか親切設計ね」
「ライト?」
私が声をかけると、彼女は振り返りながらどこか楽しそうに微笑んだ。
「見てちょうだい。
筒と花火、ちゃんと組み合わせが分かるようになってるの」
ライトが指差した先には、固定具付きの筒の側面に貼られた数字付きのプレート。
『1~3号用』(小)
『4号用』(中)
『5号用』(大)
そして棚に積まれた花火の木箱にも、この花火は何号か、など同じ数字のラベルが貼られている。
「同じ数字同士を使えばいい、ってことね。
打ち上げ用の火薬も花火に組み込まれている……これなら素人でも間違えないわね」
木箱の中を覗くと、花火本体と一緒に簡単な手順がイラスト付きで記されていた。
① 対応する数字の筒を確認
② 花火を差し込む
③ 導火線を外に出す
④ 一定距離を取って点火
※注意
使用時は必ず筒を固定すること
角度を変えないこと
「夏と言ったら花火……ってことなのかな?」
シロが5号用と書かれた一番大きな筒を見ながら言う。
「あ~……なるほど」
「見た感じ、花火用の火薬しかないわね……面白くないわねぇ」
ライトがつまらなそうに言う。
面白くないって……物騒だな……。
その時だった。
棚の下段を覗いていたシロが急に動きを止める。
「……ね、ねえ……。
これ……なんか爆弾みたいなのいっぱいあるんだけど……」
「は?」
思わず私も覗き込む。
丸い金属製の殻に、短い導火線。
色も形もどう見ても爆弾のようなもの。
それに、黒っぽい四角形の物体のものまでさまざま──
まるで「爆弾」と聞いて人が想像する形を片っ端から集めたかのようだった。
「……ちょっと待って、これほんとに……!?」
だが次の瞬間、ライトが落ち着いた足取りで前に出てその物体を手に取った。
「……ただの花火ね。爆弾型の」
「へ?」
「ほえ?」
私とシロは同時に間の抜けた声を出す。
「重さが全然ないわ」
そう言って私に手渡してくる。
私はおそるおそる受け取ると……。
「……軽っ」
見た目に反して拍子抜けするほど軽い。
中身が詰まっている感触がまるでなかった。
良く見ると、角に導火線のようなものも見える。
「典型的な演出用ね。噴出花火ってとこかしら」
はぁ、とため息をつきながらライトは冷静に言う。
「び、びっくりした~」
「ま、紛らわしいな……。どう見てもわざと置いてるだろ……」
私とシロがそう言って肩の力を抜くと、
その様子を見ていたライトがくすっと楽しそうに笑った。
「ふふ。本物の爆弾があれば、
あの銃業員ってのを吹っ飛ばして――
このルールを強いてる管理側をまとめてやっつけられたかもしれないのにねぇ」
……さらっと物騒なことを言い出した。
「ちょ、ちょっと! やめてよ、そういうの!」
シロが慌てて声を上げる。
「冗談よ、冗談♪
だいたい、機械だか人間だかすら分からないあんな異形に
爆弾が通用するとも限らないしね」
そう言い残すとライトは肩をすくめ、
もうここに用はないと言わんばかりに踵を返した。
「私たちも行こっか」
「だねー。物騒なものが無くてよかったよ~」
そう言いながらも私はもう一度棚の方を見る。
(……ほんとに物騒なものとか、無いんだよな……?)
私はその不安を胸の奥に押し込み、シロと並んで出口へ向かった。