火薬庫を出ると、さっきまでのひんやりした空気が嘘みたいに
むっとした夏の熱気が肌にまとわりついた。
ふと視線を遠くへやる。
白い砂浜。青くきらめく海。
その中で、とびきり目立つ声が耳に飛び込んでくる。
「あっ、魚いた魚! ナツミちゃんそっちー!」
「よっしゃー! 任せときー!」
マリーとナツミが水着姿で海の中を泳ぎ回っていた。
水しぶきを上げながら、まるで子どもみたいにはしゃいでいる。
私たちはその声につられるように海辺の方まで歩いていく。
波打ち際では、
水着ではないが裸足になって足首まで海に浸かって二人に付き合っているミサの姿も見える。
一方砂浜では、
「直射日光はお肌の大敵ですわ……」
ダイヤが明らかにサイズのおかしい大きなビーチパラソルを日傘代わりに掲げて立っていた。
長い金髪と大きな銀のフープイヤリングを優雅に風になびかせている。
彼女はいったいどうしてパラソルを地面にささないのだろうと遠い目で見る。
「ダイヤちゃんは泳がないの~?」
シロが巨大パラソルを携えているダイヤに尋ねる。
「わたくし、プールは大丈夫なのですけれど、
海はどうにも髪や肌がべたつくので苦手なんですの。
けれど夏の海の雰囲気は好きですので、こうして眺めているんですのよ」
「あ~、たまにそういう人いるよね」
「ところで、お二人は泳ぎませんの?
みなさん気持ちよさそうに泳いでますことよ」
ダイヤが微笑ましそうに海の方へ視線を向ける。
「今は探索してる最中だし、終わったら……どうしよう、泳ごうかな」
思わずそんな言葉が口をついた。
最初は探索が終わっても泳ぐつもりなんて無かったけど、
あんな風に楽しそうにしている姿を見ていると、私も海へ入りたくなってくる。
「……ほんの少しくらいなら」
そう呟くと、シロが私の方を見てにこっと笑った。
「じゃあさ、一通り探索し終わったら一緒に泳ご!」
「……うん。そうだね」
シロの快活な声に思わずそう答えてしまう。
まぁ、気分転換も兼ねて泳ぐのもアリかも。
私はタブレットを開き、残っている探索箇所を確認する。
画面に表示されているのは――
『ゲストハウス』
三つの建物がひとまとめに表示されている。
どうやらこのあたりが夏のエリアでまだ手を付けていない最後の場所らしい。
「じゃあ、最後はここだね」
シロと並んで、海沿いの小道を歩き出す。
茶色い柵沿いになだらかな坂をのぼり、ゲストハウスが見えてきたあたりで――
向こうから、ふらふらとした足取りのリンリがやってくるのに気付いた。
「よ、よっす……」
「リンリ、なんか元気ないね」
「いや、ここ暑すぎ……」
完全に夏にやられている顔だった。
「そこのゲストハウスを調べてから、奥のエリア行こうと思ったんだけどさ……
まだ立入禁止なんだって。夏のエリアとはまた別みたい」
「じゃあ……まだ開放されてない区画ってことか」
「秋か、冬のエリアなのかな?」
「どっちでもいいけど、夏はもう無理! 臭いし暑いし堪えるわ~」
吐き捨てるように言うと、リンリは肩を落としながら方向を変え、
ゲストハウス前を素通りして春のエリアの方へと足早に戻っていった。
「ほんとに参ってるね」
「無理もないよ、この暑さだしね~」
リンリの背中を見送りながら、私はもう一度タブレットに視線を落とす。
(奥はまだダメ……ってことは)
「とりあえず、今入れるゲストハウスを調べようか」
「うん。中は涼しいといいな~」
そんなことを話しながら、私たちは目の前の建物へと歩みを進めた。
◇ゲストハウス
茶色い柵に沿ってなだらかな坂をのぼりきった先。
仮設施設のような、無機質な建物が三棟並んでいる。
どれも同じ造り、同じ大きさ、同じ距離感で横並びになっている。
「マップで見た感じ、一番左のここは『
私は正面から見て左の建物に目を向ける。
「こっちは『
シロがタブレットと真ん中の建物を見比べながら言う。
続いて、私は右端の建物へと視線を移した。
「で、ここが『
三棟を見比べながら、私はそう呟いた。
建物をよく見てみると、どれも土の上に直接建てられているわけではない。
フェンス付きの木製デッキの上に設置された高床構造だった。
四段ほどある階段を上って、真ん中の『水精の間』に入ろうとすると──
「あ、マキさん、シロさん」
デッキの奥から、イリスが姿を現した。
手にはタブレット……どうやらイリスも探索の途中らしい。
「イリス、先に調べてたんだ」
「はい。先ほどリンリさんと一緒に調べていまして……。
一通り中を見終わって、部屋の周りのデッキを見ていたところです」
「何か、気になったものとかはあった?」
私はイリスに尋ねる。
「特別、気になったことなどはありませんでしたが……
それにしても──」
そう言ってイリスが言葉を切り、小さく鼻をくんくんと動かした。
「やっぱり……"硫化水素"のにおい、ですね」
「硫化水素……?」
私は思わず聞き返す。
「はい。よく温泉街などで嗅ぐことのある、卵を煮焦がしたのようなにおいのことです。
さっきまで部屋の中を調べていて、外に出た瞬間に急に鼻につきました……。
部屋の中では全くにおわなかったんですけど……」
私はその言葉を聞いて鼻を利かせる。
「……ほんとだ、茹で卵のにおい」
「言われてみれば、かなりにおうね~」
シロも顔をしかめながら同意する。
風向きが変わるたびに、
その匂いは強くなったり薄れたりを繰り返している。
「近くに温泉とかあるのかな~?」
「どうなんだろ。あとであのトリに聞いてみようか」
「建物が建てられている以上は大丈夫とは思いますが……
お二人とも、念のため気を付けてください……」
「ありがと。ひとまず、私たちも中を見てみるよ」
「そうだね。イリスちゃん、またね~」
シロが手を振ると、イリスも小さく手を振り返す。
そしてそのまま彼女は静かに踵を返し、リンリと同じく春のエリアの方へと歩いていった。
私たちは改めて、真ん中の『水精の間』に足を踏み入れた。
まず真っ先に目に入ってきたのは、壁一面を占めるほどの大きな窓。
その窓の向こうには宿泊部屋と同じようなテラスのような空間に、ウッドフェンス。
部屋の左奥には固定されたベッドと、その反対側には仕切りだけの扉の無いトイレ。
中はエアコンも完備されており、既に冷房がつけられていた。
「すずし~」
「ふぅ……生き返る」
そして──
「あ、テレビあるよ!」
壁に埋め込まれるようにかなり大きめのテレビが設置されていた。
「ほんとだ。このゲストハウスにあったのか」
「これでゲームできるね~」
「いやいや……まずはニュースでしょ」
シロの声を背に私はリモコンを手に取って電源を入れる。
画面が点き、すぐにニュース番組が流れ始めた。
「あれ、普通にニュース見られるのか」
少しだけ拍子抜けしながら私はチャンネルを切り替える。
事故、政治、芸能情報。
そんなありふれたニュースが流れる中、私は無意識にその手の話題を探してしまう。
失踪事件や、拉致、集団行方不明。
けれど――
「……ないね」
「うん。それっぽいニュース、全然出てこないね……」
普通のニュースはあるが、自分たちに関係しそうな出来事がない。
見た感じでは、編集がされた様子もない。
(ニュースにすらなってないということか……?)
「じゃあ……私たちがいなくなったことも……」
「……」
私はシロの言葉を受け、リモコンを置いてテレビの画面を見つめたまま静かに息を吐く。
「事件にもなってないし、外に助けも呼ぶ方法もない。
今のところ、脱出の糸口は見当たらないね……」
「……うん。でも、完全に詰んでるってわけでもないよね」
「そうだね。ここだけじゃ判断できない。他の部屋も見てみよう」
「まだ『風精の間』と『地精の間』もあるしね!」
そう言って私たちはテレビを消して、隣の部屋へと足を向けようとしたその時だった。
「あ、インターホンもあるよ」
シロの声に足を止める。
「……ほんとだ」
ドア脇の壁に、小さなモニター付きのインターホンが設置されていた。
押せば外の様子が映り、通話も出来るごく普通のタイプだ。
宿泊部屋にあったのは簡素なチャイムだけ。
ネームプレートで隠れるせいか覗き穴すらなく、外の様子を確認する手段はなかった。
「ゲスト用、ってことなんだろうね~」
来客が泊まる施設だからこそ、誰が来たのかを確認できる仕組みが必要だったのだろう。
そう考えれば設備に差があるのは分かるが……。
宿泊部屋との格差に微妙に釈然としないまま、私は部屋を後にした。
左の『風精の間』に入ると、内部は真ん中の『水精の間』と全く同じ造りになっていた。
「うーん、結局全部同じってことなのかな」
「ゲストハウスって書いてるくらいだし、どれも一緒なのかもね~」
そう言いながらシロは、
造作テーブルに置かれていたカンチョーの置物を指先でつんつんしている。
私は改めて中を見回してみる。
冷蔵庫、食器棚、台所にキッチン、壁際に収納棚。
ベッドがあることも考えると、普通に寝泊まりも出来そうな部屋だ。
それにしても──。
「この冷蔵庫、ビルトイン式なんだね」
冷蔵庫は一般的な置いてある家電ではなく、壁にはめ込まれたビルトイン式のものだった。
造作テーブルも同じだ。
壁から生えているように固定され、動かすことは前提にされていない。
棚もまた、後付けではなく部屋そのものと一体化している。
「なんか……家具が置いてある部屋っていうより、
最初からこの形で完成してる部屋って感じするね」
シロの言葉に、私は小さく頷いた。
必要なものは一通り揃っている。
だが、そのすべてが妙なほど動かせないように作られている。
(……住まわせるための部屋、というより、管理しやすい部屋って印象だな)
そんな考えがふと頭をよぎった。
さっき見た水精の間と何ら変わりがない部屋のようだった。
「行こうか」
「そだね」
結局、右端の『地精の間』も見ても、すべて同じ造りだった。
これでいったんは夏のエリアのマップにあった施設は探索し終わったけど……。
「脱出の手がかり、なかったな……」
「そうだね……」
私とシロはがっくりと肩を落とす。
その時だった。
きゅるり、と情けない音が私のお腹から鳴る。
「……」
「遠慮せずにもっとおっきな音で鳴らしていいよ♪」
「くっ……」
シロは一瞬だけ笑いをこらえるようにしてから、表情を明るくして言う。
「みんなもそろそろ食堂に集まってるかもしれないし、
情報の共有も兼ねて、お昼にしよ!」
「シロがそう言うなら仕方がないな。私もそれに乗ってあげよう」
そう返すと、私はわざとらしくため息をついてからシロよりも足早に食堂へと向かった。
食堂には、ポムとヤヒメ以外のみんなが揃っていた。
探索を終えた直後ということもあって、情報共有にはちょうどいい顔ぶれだ。
私は茹で卵盛り盛りの夏野菜カレーが載ったトレイを置きながら席に着く。
そしてシロと一緒に回った夏のエリアのことや、ゲストハウスのテレビでニュースを確認したが、
私たちに関する話題が一切なかったことなど、一通りの内容を簡潔に伝えた。
「それはおかしいですわね。
今頃は家の者がわたくしを血眼になって捜しているはずですのに。
誘拐ともなれば表沙汰にならないなどあり得ませんわ」
「隠ぺいされてるとか……?」
ダイヤの言葉にハイジが恐る恐る口を挟む。
「あるいは、最初から事件として扱われていないとか……。
秘密裏に拉致された、って線もあるかもしませんね……」
イリスの声は控えめだったが、その内容は重い。
「何にせよ、これだけ探索しても収穫無いのは辛いな~。
ウチも真剣に手がかり探したんやけどな~」
「どの口が言ってんだどの口が」
思い切り遊び呆けてたナツミに思わずツッコむ。
「まぁまぁ、しばらくは様子見でええんちゃう?
落ち込んでても良い方向には転ばんし、それやったら楽しんだ方が得やで~」
「そうそう!」
「その呑気さが羨ましいわ……」
ハイジがじとっとした目でナツミとマリーを交互に見る。
「……そういえば、二階には何かあったの?
私は見てないんだけど」
ミサが周りに問いかける。
するとその質問にノクスが答えた。
「二階には図書室だけがあったわ。
中は何の変哲もない普通の図書室だったけれど、
ところどころ歯抜けになっていたのが気になったわね。
何か手がかりがないか軽く調べていたのだけれど、こちらも今のところ収穫はないわね」
「……ホテル側が何か抜き取ったってこと?」
「可能性は高いわね」
淡々とノクスは答える。
「立入禁止が解除されたんだから、もう何も残ってないんじゃない?」
「結局夏のエリアも二階も何もなしかぁ」
はぁ、とため息をつきながらリンリの言葉にハイジが返した。
「今すぐ脱出も無理で、現状も今のとこ変わらん……。
──せやったら、もうやることは一つやな」
そのナツミの言葉に、皆の視線が集まる。
「──みんな仲良し作戦や!」
「……へ?」
「なにそれ」
拍子抜けした声があちこちから上がった。
「考えてみ? 今すぐ脱出でけへんのやったら、嫌でもみんな一緒に過ごすことになるやろ?
やったら、み~んなめっちゃ仲良しになっとけばええねん。
変なこと起こる前に、空気ごと平和にしとく作戦や!」
「作戦っていうか願望じゃん……」
ハイジが半目で突っ込む。
「でもさ~、仲良しなのは悪いことじゃないよね?」
マリーが笑顔でみんなに問いかける。
「それは……まぁ……」
「少なくとも、疑ってばかりいるよりは……気持ち的には楽かもしれません!」
「私もさんせー!」
「ほらほら! イリスちゃんもシロちゃんもそう言うてるやん!」
ナツミは満足そうに胸を張った。
(……まぁ、間違ってはいないな)
私は素直にそう思った。
この島では、誰かを疑うこと自体が刃になる。
そしてその刃を握り続けるという行為は、真っ先に自分の体力と精神を削っていく。
「無理に仲良くする必要はないけれど……。
互いを不用意に疑い、敵対関係を生むことを避ける――
そのための共通認識としてなら、合理的だと思うわ」
ノクスが静かに言葉を紡ぐ。
「やろー!?せやろー!?
ほな決まりや! ということで午後からも仲良く海で泳ぐでー!」
「結局泳ぎたいだけだろ!」
即座にツッコミを入れると、食堂に小さな笑いが起きた。
手がかりが見つからず沈んでいた空気がほんの少しだけ緩む。
「じゃ、ウチは一足先に泳いでるわ!
ウチとの親密度上げたい子はいつでも待ってるで~!」
そう言いながら、さっさと食堂を後にしていった。
「マリーももっと泳ぐ!
ミサちゃん、次は水着で泳ご~! あと、ヤヒメちゃんも誘お~!」
「あ、そうだね。ポムの付き添いするって言ってたから、一緒にいるかも」
「じゃあ、ポムちゃんも誘お!」
「うん」
そんな会話を交わしながら、マリーとミサも一緒に食堂を後にする。
「探索終わったら、マキちゃんも泳ぐって言ってたよね~?」
「忘れてないよ。ちょうど腹ごなしもしたい気分だしね」
「いえーい!」
そう言いながら、私はシロと一緒に食堂を後にして再び夏のエリアへと向かうことにした。
ロビーから外に出ようとしたその時だった。
入口付近に、ヤヒメ、ミサ、マリー……そして、明らかに顔色の悪いポムの姿があった。
ただごとじゃない雰囲気に、私は思わず足を止める。
「どうしたの?」
「あ、マキちゃん。ポムちゃんが銃業員にびっくりしちゃって~……」
「銃業員に?」
思わず聞き返すと、ヤヒメが言葉を続ける。
「ポムちゃんの部屋で一緒に休んでたんだけど、そしたら急に銃業員が入ってきて……
水とタオルの補充とか、ゴミの回収とか……清掃目的だったみたい~」
のんびりとした説明とは裏腹に、ポムの肩は小さく震えている。
「でも、鍵かけてたのにそれを開けて入ってきて、
ポムちゃん、急に目の前に来られて完全にパニックになっちゃって~……」
「ごめん……。あれ……無理……」
ポムは小さくそう呟いて、視線を床に落とした。
私は思い出す。
いつの間にか補充されていた水やタオル。ゴミ箱が空になっていたことも何度かあった。
(あれ……銃業員がやってたのか)
「ポムちゃん、誰かに殺されるんじゃないかって、ずっと怯えてて~……。
『部屋にいれば大丈夫』って思ってたのに、
その部屋に勝手に入ってこられたから……余計にパニックになっちゃって~……」
「そっか……そりゃびっくりするよね……」
シロが不安げにポムを見つめる。
――と、その時。
羽ばたきの音とともに、ちょうど近くを通りかかった影があった。
「あ、ちょっと、カンチョー!」
私の呼びかけにカンチョーはぴたりと空中で止まり、こちらを見てから近くに降り立つ。
「はい、何でしょう」
「銃業員、宿泊部屋に入ってくるの……何とかできないの?」
カンチョーは一瞬だけ間を置き、淡々と答えた。
「……いえ、プログラムされていますので無理です」
「ポムが怯え切ってるんだけど」
ミサが珍しく語気を強めて言う。
「と、言われましても……清掃目的で入っているだけですからねぇ」
どうにもなりません、と言った様子で羽をすくめる。
すると、ふと何か思いついた素振りを見せてカンチョーは言った。
「あぁ、でも──」
「『ゲストハウス』であれば宿泊部屋ではありませんので……銃業員の清掃の範囲外ですねぇ。
銃業員が嫌なのであれば、そちらに宿泊なされては……?」
「ゲストハウスに……?」
私はさっき見てきた建物を頭に思い浮かべる。
「あそこなら宿泊部屋と違って、チェーンやインターホンも付いていますし。
何でしたらテレビもありますので、簡単な生活は問題なく出来るかと」
「ですが、シャワーや浴室は付いておりませんので……
入浴の際はホテルへ戻っていただく必要がありますけども」
「……ちょっと、見てみる……」
ポムが弱々しい声でそう言った。
「ちょっと待って。あの周辺、妙なにおいしてたんだけど……あれって何なんだ?」
思わずカンチョーに食ってかかる。
「……あぁ。あれは隣のエリアから流れてきているものですね」
「隣のエリア……?」
「ええ。現在『立入禁止』になっている区画です。
そのエリアには"温泉"がありまして……」
「……温泉……?」
ポムが少し反応する。
私はその言葉に、イリスの言っていた"卵を煮焦がしたようなにおい"が脳裏をよぎる。
「風向きや天候によっては、においや硫黄分を含んだ土や粉塵が舞って、
その辺りまで流れてくることがあるんですよ」
「……ゲストハウスまで?」
「ええ。立地的にちょうど風が強く抜けやすい場所ですので……」
やれやれ、と言った様子でカンチョーは続ける。
「人体に影響が出るほどの量ではありませんが……
どうするかはお好きにどうぞ」
ヤヒメは不安そうなポムの方を見た。
「……とりあえず、様子だけ見に行く~?」
ポムはほんの一瞬だけ迷ってから、小さく頷いた。
「……では、私はこれで」
そう言ってカンチョーは軽い羽音とともに飛び去っていった。
──と思いきや、何かを思い出したかのようにUターンしてまたこちらに戻ってくる。
「……言い忘れてました。
夏のエリア開放記念に『売店』にて私のグッズが販売される運びとなりました。
私の姿を模した電子ペットです。気になるなら見てみてください」
「は?」
「今ここでご予約も可能です。お安くしておきますので、みなさまお一ついかがでしょうか」
「いや、そもそも持ち合わせ持ってないし……」
私が反射的にそう返すと、
「約束手形でも大丈夫です」
さらっと狂ったことを言い出した。
「……っていうか、普通にいらないんだけど……。
……ちなみにいくらなんだ?」
「150万円です」
「頭おかしいのか?」
「今ならこのステッカーもお付けしますので……」
そう言ってカンチョーが一枚のステッカーを差し出した。
そこに印刷されていた文字は――
『バカで生まれて来てスミマセン』
「……」
「……」
「……」
「……」
「……」
みんな一様に黙っている。
「……いかがでしょう?」
「ポムちゃん、ゲストハウスまで付き合うよ~」
「……うん、ありがとう」
「ヤヒメちゃん、ミサちゃんと一緒に先に泳いでるね!
ポムちゃんも良かったら来てね~」
「マリー、はしゃぐと転ぶよ」
「海の家って水中めがねってあったっけ?
私、水の中で目が開けられないからあるといいな~」
「私はゆっくり浮き輪に浮かんでたいな。空気入れあると助かるんだけど」
「あの……夏のボーナスを私に渡すと思って……」
私はホテルを後にした。
海の家で着替えを終えると、浮き輪を抱えてさっきの浜辺で向かう。
波の音に混じって、やけに元気な声が聞こえてくる。
「獲ったどー! ……あぁっ、また逃げてもた!」
どうやらナツミは魚を捕まえようとしているらしい。
「魔法まで使ってるのに逃げられてるの、逆にすごくないか?」
「いやほんま! 手応えは完璧やったんやけどな!?」
魚を捕まえた端から手からするりと逃げられているようだ。
水しぶきを上げながら悔しそうに腕を振り回すナツミに、ミサが言った。
「……捕まえるのなんて簡単じゃない?」
「え~? じゃあやってみぃ? あっ、ちょうどそっち行ったで!」
ナツミがミサの方を指さす。
するとミサは自分の足元を見下ろし、
タイミングを見計らってから、迷いのない動きですっと両手を海に突っ込んだ。
次の瞬間――
ざばっと音を立てて水面が盛り上がり、ミサの腕と一緒に引き上げられたのは、
氷塊と化した海水と、その中に巻き込まれた一匹の魚だった。
「……はい」
「いやそれずるいって!!」
思わずナツミが叫ぶ。
「どう考えても時間停止の方がずるいでしょ」
「ぐぬぬ……!
う、ウチかてまとめて全部凍らせられるんやったら捕まえられるってぇ!」
「……いや、良く見てナツミ、全部じゃない」
私がナツミに言うと、ミサはこちらを向きながらふっと笑みを浮かべ、その氷塊を海へ戻す。
すると、氷塊はぱかりと割れて見る見るうちに溶け、
中に閉じ込められていた魚は勢いよく逃げていった。
「……へ?」
「ミサは丸ごと凍らせたんじゃなくて、
魚の周りだけを凍らせて水ごと閉じ込めたんだよ、あの一瞬で」
「……そ、そんな細かいこと出来るん……?」
「ミサちゃん、かっこいー!!」
「おぉ~!」
ナツミの愕然とした表情と、マリーとシロのきらきらした表情が対照的だった。
「……ふっ。ここは、ウチの負けやな」
「完全敗北だね」
「つ、次は負けへんで!」
(何故だろう、ナツミがミサに勝てる未来が見えない)
私は浮き輪に体を預けながら静かにそう思った。
そのときだった。
「それはそうと、隙あり~!」
――ばしゃっ!
「わっ!?」
横から突然、水しぶきが顔にかかる。
「えへへ~!」
声の方を見ると、少し離れたところでシロが楽しそうに手を振っていた。
「ちょ、シロ……!」
「油断してる方が悪いんだよ~?」
くすくす笑うシロを見て、私はすぐに浮き輪から体を下ろした。
「……上等」
ばしゃばしゃばしゃっ!
浮き輪を両手で掴み、思い切りばた足をして水面を蹴り上げる。
水しぶきが弧を描いて、今度はシロの方へ飛んでいった。
「わーっ!?あははは!」
「おらおらおらおら!」
「もー! やったな~!」
シロも負けじと両手で応戦し、海面は一気に騒がしくなる。
飛び交う水しぶき、響く笑い声。
浮き輪を手に距離を詰めて、また水面を蹴って、また返されて――
時間の感覚が曖昧になっていった頃……。
「ヤヒメちゃーん! おーい!」
「あ、こっちこっちー!」
作った砂山にトンネルを開通させていたシロとマリーが声を上げる。
「来たよ~。ポムちゃん、泳ぐのはパスだって、残念~……」
「そっかー。でも、また一緒に遊べればいいよね!」
「明日はウチが直々に誘ったるで~」
どうやら今日はヤヒメだけの合流らしい。
ヤヒメがぱしゃりと海に足を入れるのを見て、シロとマリーも楽しそうに後を追う。
「じゃあ今日はとりあえず、泳げるメンバーだけで泳ぐで~!
ナツミちゃーん……」
とナツミが呟いたその直後、サーフボードに掴まっていたはずのナツミの姿が消え──
「──スプラーッシュ!!」
ばしゃーん!
と派手すぎる水音。
次の瞬間、海面が爆ぜるように盛り上がり、ナツミが豪快に海中へダイブしていた。
「うわっ!」
「あははは~」
時間停止の魔法で、サーフボードから勢いよく飛び込んだらしい。
そして生まれた水しぶきが──
びしゃあ! とミサの顔面を直撃した。
「……」
するとミサは何も言わず、静かに手を海面から出す。
その両手には、野球ボールほどの大きさのまん丸な氷塊。
「……おい」
ひゅんっ、と氷塊がナツミの腹部へと飛んでいく。
「ちょ、ちょいタンマ!?凶器やてそれ!?」
「氷柱じゃないだけありがたいと思え」
ミサは淡々とそう言い放ち、再び海に手を入れる。
次の瞬間にはまた新しい氷塊が生成されていた。
「無限湧きやめぇ!?」
次々とナツミの体へと投げつけられる氷塊。
ナツミはばしゃばしゃと水をかき分けながら、咄嗟にサーフボードを掴み取った。
そしてそれを盾のように構え、ミサの無限氷塊から必死に身を守る。
「む……」
流石にそれ以上は手出し出来ないようで、ミサは投げるのを止める。
その隙を──ナツミは見逃さなかった。
「防御は最大の攻撃!」
叫ぶと同時に、立てたサーフボードを大きく仰ぐようにして海面へ押しつける。
ぐん、と水が盛り上がり、次の瞬間――
先ほどとは比べ物にならない量の海水が、一直線にミサへと叩きつけられた。
「ぶふっ!?」
まるで正面から大波を食らったかのようにミサの体が揺れ、
濡れた前髪からぽたぽたと水滴が垂れ落ちる。
「……」
ミサは目を伏せて沈黙している。
その沈黙を破るようにナツミが得意げに笑う。
「あららら……ミサちゅわ~ん、ちょっとイケてないんやなーい?
攻撃してる時が一番隙だらけなんやで~」
からからと勝ち誇ったような笑い声。
だが――
ミサはゆっくりと、何も言わずに両手を海面から引き上げた。
そこにあったのは、もはや野球ボールどころではない大きな氷の塊だった。
「い、い~ちぬ~けた~!!」
ナツミは危険を察した瞬間、即座に声を上げて魔法を使い、
サーフボードを海面に置き去りに一気にその場を離脱した。
「……くっ、逃した……」
ミサは行き場を失った巨大な氷を海にどぼんと沈めた。
(逃げ足は天下一品だな……)
その様子を苦笑いしながら眺めていると、マリーが声を上げる。
「いいな~。マリーも早くミサちゃんみたいな魔法使えるようになりたいー!
だから、今夜が楽しみなの!」
「……今夜が?」
ミサが濡れた髪をかき上げながら首をかしげて問い返す。
「うん! ミサちゃん、魔法の練習いっぱいしたんでしょ~?
マリーもね、いっぱい天気変えて練習したいの!」
「そっか~。"雪"降らすのが夢だって言ってたもんねぇ~」
「……雪?」
私は思わずヤヒメの方を見る。
「マリー、今は雨と晴れと曇りにしかできないから……。
でもね、いつかは……ふわふわで、きらきらの雪を降らせるのが夢なんだー!」
「なるほど、そういうことか。
なら、今夜の雨は練習にちょうどいいね」
私がそう言うと、マリーの目がぱっと輝いた。
「うん! マリー、がんばるー!」
「……大丈夫。マリーなら、きっとできる」
ミサが静かにそう言った。
「マリーちゃんの降らせた雪で、みんなで雪合戦とかしたいね~」
「いいね~、それって楽しそう!」
ヤヒメとシロが笑うと、マリーはそれを想像したのかぶんぶんと勢いよく頷いた。
「するする! マリー、絶対きれいな雪、降らせるからね!」
波の音とみんなの笑い声が混ざり合う。
夏とは正反対のはずの雪の話が不思議と胸に残っていった。
やがてあたりが夕暮れに染まり始め、海の色は青から橙へとゆっくり変わる。
「はー遊んだ遊んだ! 日焼け止め塗ったのになんかめっちゃヒリヒリするわ~」
「……塗り直してなかったんじゃない?」
「次はフロートでぷかぷかしたいね~」
「マリーもフロート飲みた~い」
「久しぶりに、何も考えずに遊んだ気がする」
「私も海入るの久しぶりだったから、すごい楽しかった~!」
砂を落とし、濡れた髪を軽く絞ってから私たちは浜辺を後にする。
昼間の喧騒が嘘みたいに波の音も少し落ち着いてきて、
島は少しずつ夜の気配をまとい始めていた。
(……楽しかったな)
そんな単純な感想が心に浮かんだ。
疑いも不安も忘れて、ただ笑ってはしゃいでいた時間。
この島に来てから、その感覚がどれほど貴重だったかを今さら思い知る。
海の家で軽くシャワーを浴びる。
塩気と砂を洗い流すと、火照っていた体も少しずつ落ち着いていった。
「お腹すいた~」
「昼間も言ってなかった?」
「泳いだらゼロカロリーやろ!」
そんな他愛ないやり取りを交わしながら、私たちは揃って食堂へ向かった。
食堂は18時から21時までだけど、
いつの間にか19時台が自然と皆の集まる時間になっていた。
私は魚料理をこれでもかと載せたトレイを手に取り、みんなが集まっているテーブルに腰を下ろす。
「それで……ポムさん、ゲストハウスに泊まることにしたんですか?」
「みたい。私もたまに行こうかな。テレビでドラマ観れるし」
「あたしも娯楽室のレトロゲームしたい! あとで持ちこも~」
「ちらっと見てみたのですけれど、ベッドが小さいのが難点ですわね。
宿泊部屋のベッドとは比べ物になりませんわ」
「椅子も無かったわねぇ。不便ったらないわ」
どうやら、ゲストハウスについての話をしているようだった。
「あ、ヤヒメさん。その、ポムさんの様子は……?」
「うん~……。みんなと顔合わせるのもちょっと怖がっちゃってるかも~……。
あたいだったら大丈夫みたい~」
「食堂にもいらっしゃってませんしねぇ……」
「ま、少しずつ慣れてきゃ良いんじゃない?」
リンリは料理を口に運びながらふと思い出したように続ける。
「それにしても、初日のハイジとポムを今と比べるとえらい違いだよね。
ハイジなんて、最初はビビり倒してなかった?」
「いや……自分より怖がってる人を見るとさ……
なんか逆に冷静になれるというか……」
「あー分かるかもそれ」
なるほどね、とリンリは小さく頷く。
「……ところで、ノクスちゃん、さっきの写真は何なのかしら?」
「あ、私も気になりました……。一斉送信で送られてきたんですけど……」
「写真?」
私が二人に尋ねる。
そこへノクスが口を開く。
「図書室で見つけたものを、すぐにスマホで撮って一斉送信したのよ。情報共有のためにね」
そう補足するかのように言ってから、続ける。
「カウンターに無造作に置かれていた本と本の間に、貼り付くようにして挟まっていたわ。
意図して探そうとしても、まず見つからなかったでしょうね……。
見つけたのは本当に偶然だったわ」
「泳いでたから分からんかったわ……何の写真?」
ナツミの言葉を聞き、私はスマホを取り出す。
確かにノクスから写真付きの一斉送信メールが届いていた。
写っているのは一枚の紙。そこには何やら堅い文章が手書きで記されていた。
────────────────
【ドゥオデキム】引き渡し時・注意事項
本薬品【ドゥオデキム】は、完成版毒薬B号以前の試作薬であり、
魔女因子との反応を前提として開発された試作段階の致死性薬剤──【魔女を殺す薬】です。
無色透明の液体であり、外観からは水等と判別しにくい点に留意してください。
本剤は、"魔女に付随する不死性"を一時的に無効化する作用があり、
その性質上、対象によって死亡までの経過が異なります。
治験段階において、
この結果を踏まえ、
当該条件下では効果は即座に発揮し、短時間で死亡に至る可能性が高いと判断されています。
一方、
または
致死反応は比較的緩やかに進行しますが、
また、魔女化した個体に対する治験において、
死亡後に瞳が宝石状に結晶化する副作用が確認されています。
この現象は魔女因子との反応に起因するものと考えられ、
純粋な魔女に対しても同様のものが現れる可能性があります。
本剤は希釈された状態であっても、
魔女因子との反応が確認された場合、同等の効果を発揮します。
なお、本剤は体内に取り込まれた場合、経路を問わず効果を発揮します。
本薬品の性質を十分に理解した上で、その使用については慎重にご判断願います。
────────────────
「……魔女を殺す薬?」
「……何か、とても物騒なことが書いてありますわね」
「せ、説明見る限り、普通に毒薬ちゃう? これ……」
「この薬自体は見つからなかったけれど……この紙がその実物よ」
ノクスは写真と全く同じ文章が書かれた紙をテーブルに置いた。
実物のその紙自体を見ると、比較的新しいもののように思える。
「もしこれが管理側の意図せず残してしまった情報だった場合……
私が見つけた瞬間に、回収や抹消に動く可能性が高いと判断したわ」
「だから写真に撮って全員に一斉送信したの。
そうすれば仮にこの紙を消しにきても、なかったことには出来ないから」
ノクスが淡々と言う。
「この"魔女化"って……カンチョーが言ってたヤツ?」
「ストレスが溜まると進行するって言ってたよね……」
リンリとハイジが顔を見合わせて言った。
「一斉送信したあと、ちょうどカンチョーを見かけたからついでに聞いてみたの。
この紙を見せながら……この薬や、【魔女】や【魔女化】についても詳しく教えるようにね」
「ええっ、この紙を見せながら!?」
「えらい豪胆やな……で、なんて言うてたん?」
シロとナツミの言葉に、ノクスは肩をすくめた。
「……何とも言えない顔をしていたわ。
明らかに予想外、という表情だった。
それから……"上の者と検討します"――ですって」
「……は?」
「なんだそれ……」
ノクスは顔に手を当て、思考を整理するように静かに続けた。
「つまり──即答できない、末端の立場では判断できない
……そういう類の情報だった、ということかもね」
「じゃあ今はカンチョーの返答待ち、ってことね。
毒薬なんだから、『医務室』なんかに置いてなかったかしら?」
ライトの視線を受けて、イリスが慌てて言った。
「え、えっと……ここ、見てください……」
イリスは紙の一文を指さす。
『無色透明の液体であり、外観からは水等と判別しにくい点に留意してください』
「私が初日に医務室を確認した限りでは、
明らかに危険そうな薬などは見当たりませんでした……。
ただ、無色透明の液体はいくつか置いてあったので、
それが該当するものかどうかまでは判断できなくて……申し訳ございません……!」
イリスは深く頭を下げる。
「気にしなくていいわ、半分冗談だから♪ 連想ゲームじゃあるまいし、
こんな特殊な毒薬を誰でも出入りする医務室に無造作に置いておくとは考えにくいもの」
ライトが手をひらひらとさせて言った。
「ま、今は考えすぎてもしゃあないか」
「ですわね。カンチョーを見かける度に、きっちり返答の催促をしてやりますわ」
「今日はもう、探索も終わってるしね~」
ナツミ、ダイヤ、ヤヒメはトレイを持って席を立つ。
ざわめきは少しずつ落ち着き、食事を終えた人から食堂を後にしていく。
やがて、食堂の明かりの下に残る人影もまばらになり――
私たちは、それぞれの部屋へと散っていった。
「じゃあね、マキちゃん」
「うん、おやすみ、シロ」
軽く手を振り合い、自室へ戻る。
今日は午前中は探索、午後は海で遊び通しだった。
体の奥からはっきりと"休みたい"という信号が出ている。
「……いっぱい泳いだし、今日はシャワーでいいかな」
浴室で軽くシャワーを浴び、疲れを洗い流す。
タオルで濡れた髪を拭きながら、そのままベッドに倒れ込んだ。
ふと耳を澄ますと、雨が地面を叩く音が聞こえる。
マリーがカンチョーに言われた通り、雨を降らせているのだろう。
私はその心地いい雨音に耳を傾けながら、おぼろげに思考を巡らせる。
新しく開放されたエリア。
図書室で見つかった紙切れ。
魔女を殺す薬、という言葉。
考えるべきことは山ほどあるはずなのに、
まぶたは重く、思考はゆっくりぼやけてく。
(……明日でいいか)
そう自分に言い聞かせるように目を閉じた。
ほどよい疲労感に身を委ねながら、
私はそのまま深い眠りへと沈んでいった。
「……とのことです」
「ちょっと……全然片付いてないじゃん」
「あなたが二階を解放しても良いと言うから開放しただけですよ」
「夏のボーナス没収ね」
「いえ、もう使ってしまいましたので……」
「え、何に使ったの?」
「あのロボットです」
「えぇ……。何の役に立つのあれ……」
「さぁ……」
「ん~。【魔女化】について、くらいなら教えても良いよ」
「了解しました。……では【魔女】と【魔女を殺す薬】については如何いたしましょう?」
「私について~? ちょっと恥ずかしいからやだ!
話すとしても自分語りみたいな感じで話したいし。
魔女を殺す薬はもうあの説明そのまんまだし別に良いよ。
あーあ。片づけてないから見つけられるんだ。あーあ」
「その紙を放っておいたのあなたですよね?」
「説明書とかどうでも良いじゃん。今時紙の説明書なんていらないって」
「……せめて【ドゥオデキム】の方はきちんと管理してくださいね」
「そっちは大丈夫。ちゃんと『医務室』に保管してあるから」
「……えっと?」
「木を隠すなら森の中、ってね。誰もしれっと置いてるとは思わないでしょ。
ちゃんと"数字"書いて分かるようにしてるから」
「なぜわざわざそんな場所に……」
「だって使いたい時すぐ取りにいけるじゃん。
私の部屋には毒なんて置きたくないし」
「あの薬、あなたにも効きますよね? 死んでも知りませんよ」
「大丈夫でしょ。あいつら馬鹿だから誰も気付かないって。
それに──"アレ"もあるしね」
「……あなたの魔女としての性質上、仕方のないことなのかもしれませんが……
こちらの気苦労も少しは理解していただきたいものですね」
「しょーがないな。じゃあボーナス没収なしで。これで良いでしょ」
「……夏のボーナス、もう一回くれたりすることとかありません?」
「あるわけねーだろ!?」