プロローグ Part1
──とある少女の手記
あのときの○○は、まるでヒーローのようだった。
私なんかに語りかけてくれた。
私なんかに手を差し伸べてくれた。
本当は、ただ自分がそうしたかったから──
なんて、自分本位の理由からだったのかもしれない。
それでも、閉じた世界から私を救い上げてくれた。
新しい世界を、私に教えてくれた。
カッコよくて、頭が良くて、
性格は……今思うと、まぁ、そこそこ。
優しい、と言い切るには危うくて、
正しい、と言い切るには少しだけ強引だった。
でも、きっとそれが○○なんだと思う。
私は、そんな○○のことが大好きだ。
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白い砂浜に、足音がひとつ落ちる。
砕かれたサンゴの砂が、しゃり、と軽い音を立てた。
「あ~、疲れた」
気の抜けた声と一緒に、彼女はううんと軽く背伸びをした。
「やっぱ船の移動って面倒よね~。
でもまぁ……」
そのまま顔を上げ、目の前に広がる景色を見渡した。
南国の陽射し。白いビーチ。
そして、透き通った青い海。
どこまでも続いているように見える水平線。
雲ひとつない空が、まるで彼女を歓迎しているかのようだった。
「やっぱ南国の島はテンション上がる~!」
そんな、まるでリゾート地に来た観光客のような感想を口にして、彼女は砂浜を歩き始めた。
浅瀬は淡いエメラルド色で、底まではっきりと見える。
波は穏やかで、何人も拒む気配はない。
その島は、まるで楽園のようだった。
すると、遠くの方からバッサ、バッサと羽音を立てて、
一羽の黒い鳥がこちらへ向かって飛んでくるのが見えた。
そしてその鳥は、白い砂浜に影を落とすように彼女の近くに降り立った。
その体は、一見すると九官鳥のようだが、普通の九官鳥よりも一回り大きくずんぐりとしており、
その頭には頭巾のようなものを被っている。
どう見ても野生の鳥とは言い難いような、そんな造形をしていた。
「え、何!? 九官鳥の化け物……!?」
彼女が大袈裟に声を上げると、その鳥は小さくため息をついた。
「……いえ私ですが。何の冗談ですか」
「えーと、……ゴク……ん? なんだっけ」
「獄長ではありませんよ。館長です、館長。
このリゾート地の管理を任されています。……いい加減覚えて下さいよ」
「あー思い出した思い出した。カンチョーカンチョー。久しぶり、でもないか。
──……で、首尾はどう?」
彼女の軽い問いかけに対し、
カンチョーと呼ばれた鳥は「呑気なものですね」とでも言いたげに目を細めた。
「せっかく閑古鳥が鳴いていたのに、いきなり団体さんが来ると仰るんですから。
こちらはもうてんてこ舞いですよ」
そう言って羽をすくめると、彼女もまた「まぁまぁ」とでも言うようにあははと笑った。
「でも、見た感じちゃんと整ってるじゃない」
「……島のあちこちはまだ多少散らかってはいますが。
とりあえずは、快適に過ごしていただける程度には整えております」
するとカンチョーは、彼女の背後にある船の方へ視線を向けた。
「……そちらの団体さんにも」
「そ」
彼女は振り返らずに答える。
「みんなぐっすり眠ってるから。起こさないように運んでね」
「……承知しました」
すると、カンチョーに続くようにして、遅れて二つの影が姿を現した。
身長はゆうに2mを超えるような、黒衣をまとった異形が二人。
顔は白い仮面に覆われ、表情というものが一切読み取れない。
その背中からは、長いライフル銃のようなものがその銃口を覗かせている。
「あれ? "
「いえ、この二人と私数名のスーパーハードワークで回しております」
「そ、そっか……」
彼女は、ほんの少しだけ気の毒そうな目で、
三人――正確には一羽と二体を見つめる。
「ま、まあ。どこぞの牢屋敷ではこういう黒衣は一人だけだったって聞くし?
それに比べたら労働力も二倍じゃない」
「いや、牢屋敷とリゾート地じゃ規模が違いすぎますでしょ……」
そんな会話を交わす中、銃業員と呼ばれた異形は船に乗り込み、
眠っている少女たちを担ぎ上げて運んでいく。
「それじゃ、私も行きますか。宿泊部屋はどこかね~? アーリーチェックイーン」
「銃業員について行って頂ければ。
ただし、少女たちが宿泊する部屋には入らないで下さい。
……また掃除するの、大変ですから」
「え? 私も参加するよ?」
そう言葉を発した瞬間、カンチョーの思考が止まったのが分かった。
「……はい?」
「はい」
間髪入れず、さも当然だと言わんばかりに彼女は頷く。
「これから始まる、"コロシアイ楽園生活"、ってとこかな?
私もその"少女たち"の一人だし、宿泊する権利があるよね?」
その言葉が落ちたとき、一瞬の静寂のせいか、
南国の穏やかな波音が、妙に大きく聞こえた気がした。
「……あなたは、裏方に徹するのでは?」
「ちょっと
それに、私がいた方が何かと都合が良いし。
私も含めて14人の団体さん御一行様でーす」
「……はぁ……」
深いため息のあと、カンチョーは嫌な予感を押し殺すように続けた。
「もしかして、わざわざ急に舞台をこのリゾート地にすると言い出したのは……」
「うん。私も参加するから。
おいしいごはんに、ほかほかおふろ。ふっかふかベッドで眠りたいからね」
カンチョーは、もはや呆れてモノも言えない、と言った様子だった。
「……そもそも、彼女たちにストレスを与えるのが目的だったはずでは?」
こんなリゾート地じゃ、本末転倒もいいところでしょう」
「大丈夫大丈夫、今や人間のほとんどが【魔女】になる因子を持ってるんだし」
一呼吸おいて、まるで常識を説明するかのように彼女は続ける。
「どんな楽園でだって、比べれば、疑えば、恐れれば──
それだけで、人は魔女になるの」
「満たされてても、『あの子の方が多い』って思う」
「居心地が良くても、『もし奪われたら』って思う」
「どんなに快適でも、不満は生まれる。
どんなに安全でも、不安は生まれる」
「どうせすぐに、コロシアイなんて起きるんだよ」
その一言は、避けようのない結末を、淡々と告げるだけの響きだった。
「……まあ」
カンチョーは、諦めたように呟く。
「魔女のあなたが言うのなら、そうなのでしょう」
「じゃ、私、先に行ってやることあるから」
そう言い残すと彼女は、
先ほどまでの冷たい空気とは打って変わって、軽やかな足取りで歩き出す。
しゃり、と軽い音を立てていた白いサンゴの砂は次第に途切れ、
足元は、踏みしめるたびに鈍い感触を返す鉄黒い土へと変わっていった。
彼女はその上をスキップしながら、ホテルへと向かっていった。
「……やれやれ、まーた残業ですね」
そう呟くと、黒い影はバサリと羽音を立てて飛び立ち、あとには真っ白な砂浜が残るだけだった。