魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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ラベンダーの咲かない夏 Part4

朝、目が覚めた瞬間にまず思った。

 

(……いてて)

 

上腕二頭筋のあたりがじんわり痛む。

 

おそらく、昨日の野球による筋肉痛だろう。

普段日常的に使わないあたりの筋肉が悲鳴を上げていた。

あと横っ腹のあたりも。

 

(今日はインドアの日にするか)

 

ちょうど今日もポムと一緒にゲームをしようと思っていたところだ。

むしろこの筋肉痛はそのための立派な大義名分として使うべきだろう。

 

そんなことを思いながら、腕とわき腹をいたわりつつ朝食のためにベッドから体を起こした。

 

 

食堂の一角には、ハイジ、イリス、ノクスが並んでいる。

 

「おはよう」

 

声をかけると、ハイジがこちらを見て片手を上げた。

 

「はよー。マキ、動き遅くね?」

「昨日の野球で筋肉痛……」

「あー、そうなの? あたしはあんま動かんかったからな~」

 

納得したように頷きながら、ハイジはスープをすすっている。

 

「おはようございます。大丈夫ですか……?」

「ちょっと腕と横っ腹がね」

 

そう答えるとイリスは心配そうに眉を下げた。

 

「無理はなさらないでくださいね……」

「大丈夫、今日はインドアの予定だから」

 

そう言うと、今度はノクスが静かにこちらを見た。

 

「おはよう。筋肉痛の時はビタミンB群が多く含まれる食物を食べると良いわ。

 朝のメニューだと……ハムや卵、ほうれん草や牛乳なんかがお勧めね」

「ありがとう、すごい朝食っぽい並び」

 

私はノクスのアドバイス通りにベーコンと卵を皿に盛り、ついでに牛乳もトレイに載せた。

 

ノクスの前の席に腰を下ろし、ふと彼女の手元のお皿に目を向けると、

そこにはハム、卵、ほうれん草が綺麗に盛られていた。

 

(ノクスも筋肉痛なんだな……)

 

静かに食事を続けるノクスの顔とその前に置かれた皿を見比べながら

そんなことを思っていると、不意にハイジがこちらへ顔を向けた。

 

「あーそうだ、マキ。

 今日これからゲストハウスでポムとゲームしようと思うんだけど、一緒どう?」

「私もハイジさんに誘っていただいて……楽しそうなので行こうと思います!」

 

イリスが声を弾ませる。

 

「ちょうど私もゲームしたいと思ってたんだ。行きたい」

「おーいいね。あとで娯楽室寄って行こ行こ。

 ノクスはやりたいことがあるって断られちゃってさ~」

 

そう言ってじーっとハイジがノクスの方を見る。

 

「……ごめんなさい。昨日スマホに追記された【魔女化】についてのことが気になっていて。

 まだ何か見落としている情報がある気がするの。今日は図書室を調べようと思うわ」

「そっか……。なんかあたし達だけ遊び呆けてて悪いね……」

 

ハイジが少し気まずそうに肩をすくめる。

 

「気にしないで。私も好きで調べているだけだから。

 それにカンチョーが【魔女】についての情報だけをあからさまに伏せようとしたこと……

 あれがどうしても引っかかるの」

 

ノクスは【魔女】、【魔女化】、【魔女を殺す薬】についてカンチョーに問いただしていた。

その結果、スマホに追記された新しい情報は【魔女化】に関するものだけだった。

彼女はそれが気になっているようだった。

 

「……分かった。じゃあ調査班はノクスに任せる!

 遊び班は私たちに任せろ!」

「ええ。何か分かったらすぐ共有するわ」

 

そう言ってノクスは静かに席を立った。その背中を見送りながら、

 

「いつでも遊び班に鞍替えしてもいいからね~」

 

ハイジが軽く笑って手を振った。

 

 

「お、このソフトとか面白そ~」

「私も好きなのを選んでも良いですか……?」

「全然いいよ。っていうか、もう片っ端から持ってこ」

「は、はい! ええと、これと……これも面白そうです……!」

 

朝食を終えた後、私たちは娯楽室でポムのところに持っていくソフトを物色していた。

 

「いや~、まさか夢にまで見たこのレトロゲーがプレイできるなんて……。

 ゲストハウスさまさまだ~」

「ハイジ、よくそんな古そうなゲーム知ってるな……」

「名作は時代を越えるんよ、名作は」

 

ハイジは明らかに年季の入ったゲームのケースを手に取り、

やけに満足げな表情を浮かべている。

 

「よし! 一旦こんなところかな。早く行こ行こ!

 ポムには予めメッセ送ってるから、れつごー!」

「楽しみです~!」

 

軽い足取りで娯楽室を出ながら

私たちはポムの泊まっているゲストハウスへ向かって歩き出した。

 

 

「おっす、ポム。来たよ~」

『……』

 

チャイムを鳴らすと、インターホンからノイズが走る。

おそらく画面越しにこちらを確認しているのだろう。

 

すると玄関のドアを少しだけ開け、ポムが顔を出した。

ざっと私たちの姿を確認すると、チェーンが外されてドアが開く。

 

「……入って」

「じゃましまーっす」

「失礼いたします」

「ポム、昨日ぶり」

 

部屋は昨日とほとんど変わっていない。

けれど今日はどこか雰囲気が少しだけ柔らいでいるように感じた。

 

ポムはドアを閉めると、ぽつりと呟く。

 

「……今日は何からやる?」

「これやりたいこれ!」

 

ハイジがかなり年季の入ったゲーム機をずずいっとポムに差し出す。

私も見たことのないゲーム機だった。

 

「何これ……コントローラーに小窓付いてるし……」

「そこがええんよ。時代を先取りしすぎて逆に迷走した名機。

 この格ゲーがまた味わい深くて面白いんよ~」

「私もやってみたいです!」

 

そんなわけでしばらくはハイジのレトロ格ゲーに付き合うことになった。

 

操作はもっさり目、キャラの動きは重め、

効果音は野菜をまな板で切って再現できそうなものばかり。

けれど不思議とやっているうちにじわじわ楽しくなってくる。

 

「……なにこの必殺技、当たってるのか分かんないんだけど」

「雰囲気で楽しむゲームだから。馬鹿になれ」

「……勝ったのに、勝った感じがしない……」

 

ポムは戸惑いながらも、いつの間にかちゃんと対戦に参加していた。

 

一段落したところで、ハイジがふと思い出したように言う。

 

「そういえばイリスはどんなソフト選んだん?」

「あ、はい! これです」

 

そう言ってイリスが差し出したケースを見て、私たちは一瞬言葉を失った。

 

「え……全部ホラー系……?」

「ちょっ……」

「はい! どれも面白そうでしたので……!」

 

目に見えてポムとハイジの顔色が曇る。

きらきらした目のイリスとは対照的に、ポムはそっと視線を逸らした。

 

「私、ホラーが一番無理……」

「そ、そんな……」

 

目に見えてしゅんとするイリス。

 

「ま、まぁまぁ。私は超苦手ってほどでもないから付き合うよ、イリス。

 でもまだ明るいし、怖さも半減するんじゃない?」

 

そう言って私は、カーテンのない一面の窓を指さした。

午前の光が差し込んでいて、部屋の隅まで明るい。

 

「……後ろからプレイしてるのを見るくらいなら。

 ほんとにホラー苦手で心臓も弱いから……」

「は、はい! プレイするのは私で……!」

 

ポムはカンチョー人形を抱きかかえながら後ろの方へと下がる。

ハイジも少し後ずさり、ジャンプスケアに備えている。

 

イリスはぎゅっとコントローラーを握りしめ、画面を真剣に見る。

 

「……始めます」

 

ボタンが押され、ゆっくりと暗転する画面。

次の瞬間、ざらついた質感の実写写真が次々と映し出された。

 

どうやらキャラクターを操作するようなホラーゲームではなく、

全国各地の怪談話を聞いていくノベルゲーム式のホラーアドベンチャーらしい。

 

「……これだったら、まだ」

「……」

 

画面ではフルボイスで、実写の立ち絵と共に怪談話が繰り広げられている。

淡々とした語り口で抑揚の少ない声が部屋に響く。

 

そして物語が佳境に差し掛かったところで──

 

 

『完』

 

 

「……」

「……え? これで終わり?」

「……えっ、と……?」

 

皆困惑している。

 

「た、たまたまこのシナリオが短かっただけかもしれません!」

 

そう言いながらイリスは、別のシナリオを読み始める。

 

すると、登場人物が少し喋ったあと

唐突に一枚の写真が画面に映し出され──

 

 

『完』

 

 

「……は?(怒)」

「……い、イリス、落ち着いて……」

「はっ……! す、すみません、つい……!」

 

イリスの若干怒気を孕んだ声を聞いたハイジがそれをなだめる。

 

「……別のゲームにしようか」

「そうだね」

「そうだね」

「そうですね」

 

満場一致だった。

 

その後もしっかり怖いホラーゲームをイリスが嬉々としてプレイし、

部屋のあちこちから断続的に悲鳴が上がったり。

 

かと思えば、いつの間にか対戦そっちのけで

全員で黙々とスローライフゲームに没頭したり。

 

気付けば時間を忘れて色々なゲームを遊び尽くしていた。

 

 

「そういえばポムって、もう全然外出てないの?」

 

釣り竿を垂らしながらハイジが何気なく聞く。

 

「……うん。まだちょっと怖くて……」

 

ポムは画面から目を離さないままぽつりと答えた。

 

「む、無理はなさらずに……。少しずつ慣れていきましょう……!」

 

イリスがすぐにフォローを入れる。

 

「まぁ、あたしもインドア派だからな~。

 こんなゲストハウスあったら、普通に引き籠もるわ~」

「確かに。テレビあるのは大きいね」

 

私が頷くと、イリスが少し思い出したように口を開いた。

 

「私も一通り夏のエリアを見て回ったのですが、

 やっぱりこのゲストハウスが一番安全で居心地が良いなって思います。

 何でしたら、『火薬庫』なんて爆弾が置いてありましたから……」

 

「あーそれあたしも見た! やーばいでしょアレ。

 居心地どころの話じゃないって」

 

「ば、爆弾……?」

 

ポムが不安そうにこちらを見る。

 

「あ、でも大丈夫。あれ偽物だってライトが言ってたよ。

 実際、持ち上げたら全然重くなかったし」

「あ、そうなん? まぁ、どのみち火薬庫なんて近寄らんけどね……」

「用もありませんしね……あ、引いてます!」

「おおっと!」

 

イリスの声にハイジが慌ててコントローラーを操作し、見事に釣り上げる。

画面の中でキャラが魚を見せびらかせ、それを見て全員が一斉に身を乗り出す。

 

「釣れた!」

「おぉ……でかくない?」

「初レアじゃないですか!?」

 

ハイジはほんの一瞬だけ誇らしそうに口元を緩めた。

 

 

そろそろお昼の時間になりそうな頃、私のスマホが鳴る。

同時に、部屋に置いてあったポムのスマホも鳴った。

 

「……何だろ?」

 

見てみると、どうやらナツミからの一斉送信メッセージのようだ。

 

『今夜19時、夏のエリアの浜辺でBBQをしませんか?

 参加者募集中! 誰でも大歓迎!!

 さぁ、ゲストハウスにいるそこのアナタも!!!』

 

最後の一文にやけに力がこもっている。

 

「……あはは。完全にポム宛てだね」

「ですね……狙い撃ちです……」

 

イリスが苦笑しながら言う。

 

ポムはしばらく画面を見つめたまま何も言わなかった。

 

「……BBQ、か」

 

ポムは言葉を選ぶように、少し間を置いて続ける。

 

「……行かなきゃ、いけない?」

「そんなわけないよ」

 

私はすぐに首を振った。

 

「行きたい人が行くやつだし、無理してまでってことはない」

「ナツミさんも、無理に引っ張るつもりではないはずです……!」

 

そう言うと、ポムは少しだけ肩の力を抜いた。

 

「……じゃあ……少しだけ、考える」

「全然それでいーじゃんね。せっかくだし私は行こっかなー」

「私も」

 

そう言った直後、まるで合図みたいに私のお腹がぐぅと鳴る。

 

「……」

 

私は軽く咳払いをして、誤魔化すように言う。

 

「流石に夜まで断食はきついから……。

 食堂で何か軽めに食べようかな」

「それが健全ですね」

「じゃ、とりあえず一旦お開きにしよっか」

 

ハイジがコントローラーを床に置き、立ち上がる。

 

「そうですね。

 ポムさん、今日はありがとうございました……!」

「……こちらこそ」

 

イリスの丁寧な言葉にポムは小さく頷いた。

 

少しだけ間を置いてからポムは続ける。

 

「……またね」

「うん。無理せずね」

「夜、もし気が向いたら連絡してもいいし」

「……考えとく」

 

ドアの前まで見送ると、ポムは一瞬だけ立ち止まりこちらを振り返った。

 

「……ゲーム、またやろう」

「もちろん」

「ホラーゲーム以外でやりましょう!」

「……期待してる」

 

その言葉を残してドアが静かに閉まる。

 

「……なんかさ」

「うん?」

「昨日より、ポムちょっと喋ってくれた気がする」

「おー。進歩だ進歩」

「少しずつでいいですよね」

 

ハイジとイリスの言葉に私は小さく頷いた。

 

 

食堂へ向かうと、何やら厨房の方で声が聞こえる。

滅多に入らない場所だが、気になったので覗いてみると──

 

「あら、マキちゃん」

「ライト……?」

 

ライトが何やら大きいミンチの塊を調理台に叩きつけている。

奥ではナツミが肉や海鮮、野菜などを箱に選り分けていた。

 

「お、マキちゃん! もちろんマキちゃんはBBQ参加するやんな!?」

 

「う、うん。二人はその準備?」

 

「せやせや。まー準備って言っても食材を浜辺に持って行って、

 屋外用倉庫から網やら鉄板やら出すだけやしなー」

 

「私はちょっとしたサプライズ料理を作ってるのよ。

 冷凍庫に面白いものがあったから♪」

 

そう言いながら、ライトはミンチをひたすら台に叩きつけている。怖い。

そしてナツミは選り分けた食材をライトの紙で【封印】していた。

 

「いやほんま便利やな~これ……。準備なんか一瞬やで!」

「ありがとう。今は手が離せないから、紙はそこに置いておいてくれる?」

「りょーかいや! 夜が楽しみやで~!

 今のうちに動いてお腹空かせとこ~」

 

そう言いながらナツミはスキップで出て行った。

 

「ライトの作ってるそれって……?」

「さぁて、何かしら? 夜のお楽しみ、ってね♪」

 

ライトはより一層強くダァン! と肉を台に叩きつけた。怖い。

 

「な、なんだかよく分からないけど、頑張って……」

「ふふ、期待してて良いわよ♪」

 

私は妙に楽しそうなライトを尻目に、そっと厨房を後にした。

 

 

食堂へ戻ると、ちょうどトレイを手にしたシロがいた。

 

「あ、マキちゃ~ん。もしかして料理してた!?」

「いや、中を覗いてただけだよ」

 

そう答えると、シロは少し残念そうに頬を膨らませる。

 

「なーんだ。でも厨房の方、なんか楽しそうだね~。

 あ、今晩BBQするってメッセージで言ってたからかな?」

「うん。夜に向けていろいろ仕込んでるみたい」

「BBQだもんね~。楽しみ~」

 

そう言いながらシロはトレイに乗った軽食を指さす。

 

「とりあえず今は軽くお腹に入れとこっか」

「そうだね。夜まで持たせるには心許ない」

 

二人並んで席に腰を下ろし、軽くスープを口に運んだ。

 

短い時間で軽食を済ませると、さて夜までどう過ごそうかと思い悩む。

 

「……そういえば、ノクスはまだ図書室を調べてるのかな」

「あー、多分。一階で全然見かけてないしね~」

「手伝えることがあるかもしれないし、

 私も何か情報が無いか探してみようかな」

「じゃ、私も行く!

 一人より二人より三人の方が何か見つかるかもしれないし!」

 

そう言って立ち上がり、シロはトレイを返却口へ運ぶ。

 

「よーし、午後は図書室探検だ~」

「静かにね。怒られるから。主にノクスに」

「はーい」

 

軽口を交わしながら私たちは食堂を後にした。

 

 

静まり返った図書室に足を踏み入れると、紙をめくる小さな音が聞こえた。

 

中央の机にはノクスがいる。分厚い本に視線を落としたまま動かない。

その横には本が何冊か積まれていた。

 

(……あれ?)

 

そっと近づいて背表紙を覗き込むと、

そこに並んでいたのは小説や歴史書、思考実験めいたタイトルの本だった。

 

「……ノクス?」

 

声をかけた瞬間、ノクスがぴくりと肩を跳ねさせる。

 

「……っ」

 

私たちの存在を認識すると一瞬だけ目を瞬かせ、静かに言葉を発す。

 

「……調べ物の途中よ」

 

シロが机の上を覗き込んで、首を傾げる。

 

「え~っと……それ、魔女の本と関係なくない……?」

「……関係は、あるわ。……意図的に隠されている物を調べる際、

 人間の思考の癖や過去の事例なんかを知る事は有用よ」

 

そう理屈を並べながらノクスは本を閉じる。

だが、その指先がほんのわずかに落ち着かない。

 

「もしかして、普通に読みたくなっちゃった?」

 

シロがにやっと笑う。

 

「……違うわ。ただ、少しだけ興味を引かれただけよ」

 

私はその様子を見て、思わず小さく笑ってしまう。

 

「別にいいじゃん。ノクスだって息抜きくらいするでしょ」

「……息抜きではないわ」

 

そう言い切りながらも、ノクスは本を机の端へとそっと寄せる。

 

ほんのわずかだが――

ノクスの耳が赤くなっているように見えた。

 

「……ところで、あなた達は何か調べ物?」

「ちょっと私たちも魔女についての情報が何かないか探そうと思って」

「手伝いに来たよ~」

 

シロが軽く手を振り、私は歯抜けになった本棚を指さしながら言った。

 

「ありがとう。私は一通り、本が抜き取られた形跡のある棚を重点的に調べたわ。

 でも、それ以外の場所まではまだ手が回っていないの。

 そこを見てくれると助かるわ」

 

「分かった。じゃあ、一見すると何も抜き取られてなさそうな本棚を当たってみるよ」

 

「何気にそういう所にしれっと重要なのが紛れてたりするんだよね~」

 

私たちはノクスに言われた通り、整然と本が並んだ棚を調べ始めた。

 

本を一冊抜きとってはぱらぱらとページをめくり、また戻す。

それを何度も繰り返す。

 

……が、めぼしい手がかりは一向に見つからない。

 

そんな作業をしばらく続けてる内に、

調べていた本棚もいつしか最後の列に差し掛かる。

 

ふと手を止めてシロの方を見てみると、昆虫図鑑みたいなのを読み耽っている。

どうやら読書好きは探し物をしていると、つい別の本を読んでしまうらしい。

 

やれやれと言った感じで、私は棚へと向き直る。

 

(もうこの辺りの棚には何もないのかな)

 

そう思いながら、一冊の本を手に取ろうとしたその時だった。

 

指先に妙な感触が引っかかる。

 

(……ん?)

 

他の本より明らかに薄い。

 

私は一度手を止め、その感触の正体を確かめるように

ゆっくりとそれを引き抜いた。

 

出てきたのは、紙の束と言った方が近い代物だった。

装丁は簡素で厚みはまるで絵本のよう。

 

表紙には『第一篇』とだけ書かれており、タイトルも著者名もない。

 

私は違和感を覚えたまま、そっと本を開く。

 

そこには簡単な線で描かれた挿絵と、昔話めいた語り口の物語が書いてあった。

 

 

────────────────

 

とある時代、人の世を離れた場所に、七人の魔女がいました。

 

彼女たちは皆、並外れた力を持つ存在でした。

それぞれが、人の心に巣食う

 

『傲慢』『強欲』『嫉妬』『憤怒』『色欲』『暴食』『怠惰』

 

の七つの罪を司っていたといわれています。

 

七人は皆、ただの魔女で終わることを良しとせず、

更に上位の存在である『大魔女』となることを目指し、互いに競い合っていました。

魔法の研究に没頭する者もいれば、禁忌の薬を生み出す者もいました。

弟子を集め、勢力を築き、力を蓄え、信仰を広め、

誰が最も強い魔女であるかを競り合っていたのでした。

 

やがて七人の間には、否応なく力の差が現れます。

序列が生まれ、一位から七位までの順位が定められました。

 

力の強い順に、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、嫉妬、傲慢。

 

けれど、その序列は最初から歪んでいました。

 

一位とそれ以外の差があまりにも大きすぎたからです。

 

「憤怒」を司る魔女の突出した力──

 

彼女の前では、二位以下の魔女達の差などほとんど意味を持ちません。

同じ魔女でありながら、まるで次元が違っていました。

それほどまでに憤怒の魔女の力は圧倒的でした。

 

ですが、その力は次第に世界を蝕んでいきます。

怒りは争いを生み、争いは破壊を呼び、

やがて世界は憤怒の魔女の影響によって荒れ果てていきました。

 

このままではすべてが焼き尽くされる。

そう悟った六人の魔女達はある結論に辿り着きます。

 

――憤怒の魔女を討たねばならない。

 

しかし、力で対抗することは不可能でした。

残る六人が全員で対抗しても倒せるとは限らないほどに、憤怒の魔女の力は強大だったのです。

 

そこで選ばれたのが、古くから伝えられてきた儀式。

 

とある世界で行われたという

魔女因子を持つ13人の少女達による

魔女降臨の儀式を"模した"、禁断の儀式でした。

 

────────────────

 

 

「……」

 

私は本――いや、紙束を静かに閉じる。

そして図書室の中を見回し、二人を呼んだ。

 

「シロ、ノクス。ちょっといい?」

 

その声に二人ともほぼ同時に顔を上げた。

 

「なぁに~?」

「何か見つかったの?」

 

私は手に持った紙束を軽く持ち上げる。

 

「……これ。普通の本棚に普通に紛れてた」

 

ノクスがすぐにこちらへ歩み寄り、表紙に視線を落とす。

 

「……『第一篇』? タイトルも著者名もないわね」

 

シロも読んでいた昆虫図鑑を置いて、こちらに寄ってくる。

 

「え~、なにそれなにそれ。秘密の本?」

 

そして二人も私と同じように不思議そうな顔で本を読み進めた。

 

読み進めるにつれて、

二人の表情が少しずつ硬くなっていくのが分かった。

 

「これは……寓話、かしら?」

「子ども向けじゃないよね。

 本のデザインもだし、内容も何となく嫌な感じ……」

 

その言葉に私も小さく頷く。

 

「一応、魔女について書かれてる本だったから伝えておこうと思ったんだけど。

 単なる絵本なのかどうか分からないよね……」

 

「『第一篇』と書かれているからには、まだ続きがあるのでしょうけど……。

 "魔女因子"や"魔女"といった言葉がはっきり出てきているのは気になるわね」

 

ノクスが考え込む。

 

「最後の儀式の部分もちょっと気になるよね、どんな儀式なのか。

 一応、偶然だけど今の私たちも魔女因子を持つ13人の少女がいるって状況だし。

 もしかしたら、意図した状況かも……」

 

私のその言葉に、ノクスとシロが返す。

 

「……いえ、おそらくたまたまよ。

 元は私たちは14人だった。この本に書かれている人数より一人多いわ」

「まぁ、ただの偶然だよね……」

 

ノクスはその言葉を発したあと、少しだけ考える素振りを見せ、

念のため、といった様子で本の内容をスマホで撮る。

 

「……今は、それ以上考えても材料が足りないわね」

「うん。なんか、気になるけど……今すぐ答えが出る感じでもないし」

 

シロがそう言って肩をすくめる。

 

私も、胸の奥に小さな違和感を残したまま頷いた。

さっき読んだ物語の断片が、頭の隅で引っかかってはいる。

 

(……覚えておく、くらいでいいか)

 

「じゃあ、この本のことは一旦ここまでにしよう」

「ええ。必要になったらまた戻ってくればいいわ」

 

ノクスはそう言って周囲の本棚を一瞥した。

 

「それじゃ、探索終了だね~」

「うん、本の開き過ぎでちょっと疲れたし、ちょうど良い区切りだと思う」

 

そう言ってから、ふと思い出したように付け足す。

 

「あ、そうだ。ノクス、今晩BBQ参加しない?」

 

ノクスは一瞬きょとんとした顔をしたあと、少し考え込むように視線を伏せた。

 

「……夏のエリアの浜辺、だったわね」

「うん。ナツミ主催。結構みんな来ると思うよ」

「お肉いっぱいだよ~。あと多分、サプライズも起きる」

「それは否定できないね……ライトが何か張り切ってたし」

 

シロの一言に思わず苦笑がこぼれる。

 

「……調べ物は区切りがついたところだし、

 少し気分転換も必要ね。参加させてもらうわ」

「やった! 今晩が楽しみだね~」

「決まりだね」

 

シロがぱっと表情を明るくする。

 

ナツミがゆる野球を提案した時もほぼ全員参加だったし、

今晩のBBQも賑やかになりそうだ。

 

夜を楽しみにしながら、私たちは図書室を後にした。

 

 

ノクスと別れたあと、

お腹を空かせるために散歩でもしようとシロと一緒に庭園へ向かった。

夏のエリアはどうにも暑くて散歩には向いていない。

 

すると、庭園の方から声が聞こえた。

 

「お、落ち着いて、ナツミ!」

「う、うるさい……!」

 

剣呑な空気を感じさせる声だ。

 

(ナツミと……リンリ……?)

 

「や、やめて……!」

 

単なる揉め事とは違う、切迫した雰囲気がリンリの声色から伝わってくる。

 

不穏な雰囲気に、私は慌てて庭園に足を踏み入れた。

 

庭園では、リンリとナツミが揉み合っていた。

それをハイジが茫然とした様子で眺めている。

 

「や、やめてよナツミ……!

 なんでこんなことするの……!?」

「……黙れっ!」

「うっ、うぅっ……」

 

ナツミが暗く沈みつつも殺気のある表情でリンリに掴みかかっている。

リンリの方は必至の形相で、なんとかナツミを押しのけようとしていた。

 

すると、その騒ぎを聞きつけてイリスとダイヤが庭園へと駆け付けてきた。

 

「ど、どうしたんですか……!?」

「な、何事ですの!?」

 

二人は私と同じく、そのただ事ではない様子に動揺する。

 

よく見ると、ナツミの手に鈍く光る銀色のものが見える──。

 

(な、ナイフ……!?)

 

それが、リンリに突き立てられようとしている。

 

「あ、あれは……!?」

「ちょっと、ナツミさん!?」

 

「何をしている!?」

 

私が咄嗟に割って入ると、ナツミが舌打ちをしながら言う。

 

「この際、マキちゃんでもええわ……! 覚悟~!!」

「……っ!?」

 

次の瞬間、ナツミは両手で構えるようにして、

その銀色を私の腹に突き立てた──。

 

 

──ぐにっ。

 

 

「……え?」

 

 

刺さった、というよりは……押しつけられた。

 

その感触は冷たい刃物特有の鋭いものではなく――

 

なんというかぬるっとして、弾力があって、そして若干生臭い。

 

「……は?」

 

恐る恐る視線を落とすと、私の腹に押し当てられていたのは

銀色に光る美味しそうな魚だった。

 

「……さ、さかな?」

 

ぽつりと私の口から間抜けな声が出る。

 

「……ぷっ……!」

 

シロが吹き出した。

 

ナツミは数秒こちらを見つめてから、腹を抱えて笑い出した。

 

「ドッキリ大成功や~!!」

 

そう叫びながら、近くの茂みに隠してあったものなのか

『ドッキリ大成功』と書かれた白いボードを高々と掲げる。

 

ハイジはその場に座り込みながら額を押さえる。

 

「いや……なんかナツミが持ってるのが魚なのちらっと見えてたし、

 『何やってんだこいつら』って遠い目で見てたんだけど……。

 なんつーしょーもないドッキリだよ……」

 

「うーん、ちょっとナツミが棒だったね」

 

「いやリンリちゃんが迫真すぎるんやて!」

 

リンリが肩をすくめながらナツミに言う。

 

「あなた達、共犯でしたの!?」

「び、びっくりしました……!」

 

ダイヤは半ば呆れ、イリスは安堵した様子だった。

 

「ナツミが"BBQ用の魚でドッキリしよ"って言い出してさ。

 どうせなら全力でやろうって話になった」

 

「いや~BBQ用の魚見てたんやけど、

 あまりにも新鮮で色が良かったから、ついな♪」

 

シロは涙を拭きながら笑う。

 

「あはははは! びっくりした~!

 マキちゃん本気で刺されたかと思っちゃった!」

「……シロ」

 

私は低い声でシロをじろりと睨みながら言う。

シロは「ごめんごめん」と言いながらも笑いを堪えきれていない。

 

そのシロの笑い声に釣られるように、

 

「……ふふっ」

「全く、ドッキリだなんてっ……」

「……ねぇ、二人とも笑ってない?」

 

イリスとダイヤの二人も笑い出す。

 

「これやこれ~!

 やっぱドッキリは仕掛けた側も仕掛けられた側も

 笑って終われるやつにせんとな!」

 

「ナツミの棒演技に一時はどうなるかと思ったけど、一応成功だね」

 

全力で異議を唱えたい気分だったが、周りが楽しそうなのと、

ドッキリで良かったという気持ちが押し寄せてきて、少し笑いが零れる。

 

……どっちかというと若干ひきつった感じの笑いだったが。

 

「さて! 前座も終わったし、そろそろ浜辺で準備するわ!

 今晩のBBQが本番や! 食うで~!!」

 

ナツミが立ち上がり、魚を持ったまま手の匂いを嗅ぐ。

 

「臭っ!」

 

「うん、今晩は魚をたくさん食べてDHAを摂取しろ。

 そうすればもうこんな頭の悪いドッキリは思いつかなくなる」

「ひど!?」

「マキちゃん辛辣すぎん!?」

 

リンリとナツミが思わず反応すると、庭園に笑い声が広がる。

 

「ポムちゃんも参加してくれるとええねんけどな~」

「あー、あたし夜までまたイリスとダイヤの三人で

 一緒にポムとゲームする予定だから、それとな~く言ってみる」

「午前中は結構行きたそうな雰囲気でしたので、もう一押しです……!」

「全員で誘えばそのまま来てくれるかもですわ!」

 

ポムのことを気遣いつつ、ゲストハウスに向かって三人は歩き始める。

 

「おっ、じゃあそっちは任せたで~!

 ウチは浜辺でセッティングや!」

 

そう言ってナツミは手をぶんぶん振りながら浜辺へと駆けていった。

 

「魚ちゃんと冷やしときなよ~」

 

リンリも肩をすくめながらドッキリのボード持ってその後を追う。

 

さっきの騒がしさが嘘のように、庭園には静けさが戻る。

シロと顔を見合わせる。

 

「……そういえば、お腹空かせるために来たんだった」

 

さっきのドッキリで無駄に体力を使った気もするが、それとは別だ。

 

「グラウンドでキャッチボールでもする?」

「……腕を使わない球技がいいな」

「んじゃサッカー!」

「いいね」

 

昨日の野球で悲鳴を上げている上腕二頭筋が、

それならヨシと言うようにじんわり疼いた。

 

……まぁ若干横っ腹もまだ痛いのだが。

 

 

グラウンドに行き、用具室からサッカーボールを引っ張り出し、

適当にシロと向かい合った。

 

「ゆるパス鬼ごっこにしよっか?」

「それただの運動量多い鬼ごっこでは?」

「えー、じゃあ普通にパス練!」

「それでいい」

 

シロが軽くボールを転がしてくる。

私は足の内側で止め、そのまま返す。

 

「お、マキちゃん意外と上手~」

「昨日の野球よりはね」

 

今度は少し強めに蹴る。

 

「あー、待って待って!」

 

シロが慌てて追いかけるのを見て私は思わず笑ってしまう。

 

しばらくパスを続けているうちに、自然と軽い一対一の形になった。

 

「よーし、いくよ!」

「どうぞ」

 

シロがフェイントを入れてくる。

右に行くと見せかけて左。

 

「甘い」

 

足を出してボールを奪う。

 

「えー!?今の完璧だったのに!」

 

そのまま軽くドリブルしてゴール代わりのラインを越える。

 

「一点」

「くやし~!」

 

シロが地面にしゃがみ込む。

 

「筋肉痛って言ってたのに元気じゃん!」

「腕だけだからね」

 

夕日が傾き始め影が長く伸びる。

 

グラウンドもライトアップされた頃、シロはボールを止めた。

 

「そろそろBBQ、行こっか!」

「うん、ちょうどお腹もいい感じに空いてきた」

 

私たちは倉庫にボールを戻し、夏のエリアへと歩き出した。

 

 

浜辺に着くと、煙が細く空へ伸びるのが見えてくる。

潮風に乗って焼ける肉の匂いがふわりと漂ってきた。

 

「もう始まってる!」

「……いい匂い」

 

近付くと、リンリ、マリー、ミサ、ヤヒメが既に参加している。

 

「お、二名様追加」

「ウインナーもういい~?」

「はい、マリー。野菜もちゃんと食べるんだよ」

「ホタテ美味しそ~。バターある~?」

 

大きなグリルや鉄板がいくつも並んで、そばには明かり代わりにランタンも置かれている。

予め下処理された肉や海鮮が鉄串に刺され、じゅうじゅうと音を立てていた。

 

その中央の鉄板の上には──

 

「うわ~! マンガ肉だ!」

「おぉ……!」

 

大きな骨付き肉が、どーんと何本も並んでいる。

いかにも原始人が振り回してそうな肉の塊だ。

 

私が呆然と見つめていると、ライトがくすりと笑った。

 

「ふふ。厨房の冷凍庫にスープ用の牛の骨があったから、

 せっかくだから夢のマンガ肉を作ってみたのよ♪」

「……あ、もしかしてこれってハンバーグ?」

 

厨房でミンチ肉を強打していた光景が脳裏に浮かぶ。

 

「正解♪牛の大腿骨にハンバーグを巻き付けて成形して、

 じっくり焼いたの。見た目重視だけど、味も保証するわよ?」

「おぉ~! ライトちゃんセンスある~!」

 

シロの目が完全に子どもになっている。

 

「ちゃんと中まで火通ってるやろな~?」

「失礼ね、温度管理は完璧よ? まず表面を焼いて形を整えてから、

 厨房のオーブンでじっくり中まで火を通して、仕上げに鉄板で焼くのよ」

 

ライトが楽しげにウインクする。

 

私とシロは紙皿を取り、何から食べようかと思案していると、

 

「……あ」

 

シロがふと顔を上げた。

 

浜辺の入口の方から数人の影がこちらへ歩いてくる。

 

「お、追加メンバーやな」

 

近付くにつれ、顔がはっきり見えてくる。

 

ダイヤ、イリス、ハイジ、ノクス。

 

そして――

 

その後ろに少しだけ距離を取りながら歩くポムの姿。

 

「……ポムちゃん!」

「来てくれたんやな!」

「……少しだけ」

「よっしゃあ! 全員参加や~!」

 

ナツミがガッツポーズをする。

 

するとダイヤは腕を組みながら鉄板を見渡す。

 

「……壮観ですわね。まるで野営地の宴のようですわ」

「賑やかで楽しそうです~!」

「マンガ肉あるよ~!」

「なにそれ」

 

ポムの視線が中央の骨付き肉に吸い寄せられる。

 

「うお……すご」

「今宵の目玉よ。ちょうどそろそろ食べ頃ね。ぜひどうぞ♪」

 

ライトはトングで肉を掴んでお皿に盛る。

そして骨の持ち手の部分にアルミホイルを巻き、ポムに差し出した。

 

「熱いから気を付けてね」

 

ポムは少しためらったあと、肉を持ちあげて一口かじる。

 

すると少しだけ目を見開き、

 

「……おいしい」

 

ぽつりとそう言った。

 

「やったぁ!」

「成功ですわね、ライトさん」

「当然よ♪」

 

ライトは満足げに微笑む。

 

一つ一つが大きくて、何人かは一つの骨付き肉をシェアして切り分けて食べる。

 

「おお……美味しい。ナツメグの風味がまた……」

「食べ応えあるね~」

「うっま……! 肉汁溢れてくるで~!」

 

「マリー、そのまま食べたい!」

「あたしも賛成~。こういうのはかぶり付いてこそだよね~」

 

マリーとハイジは豪快にかぶり付いている。

 

「うま~!」

 

二人とも顔をほころばせた。

 

「ライトちゃんも粋なことするなぁ~。

 よっしゃ、ウチもいっちょ一品作ろか!」

 

そう言いながら、鉄板の空いた部分で豚バラ肉を炒め出す。

 

「ナツミちゃん特製の焼きそばやで~。

 屋台レベルの保証付きや!」

「鉄板広く使いすぎじゃない?」

「ちゃーんと麺広げて焼き目付けるのがコツなんやで~」

 

そう言って豚バラ肉から出た油で麺をほぐしながら焼く。

そしてキャベツも別で炒め始める。

 

そして麺にソースを加えた瞬間、

じゅっといういい音と共に香ばしい匂いが広がる。

最後に豚肉とキャベツを麺に絡み合わせた。

 

「豚肉、キャベツ、麺のシンプルなやつや!

 おあがりよ!!」

 

「いただきまーす!」

 

シロが一口。

 

「んんっ……! これ好き!」

 

私も一口。

 

「おお……! 確かに祭りの屋台にも負けてない!」

 

麺は香ばしく、外側はほんのりパリッと。

中はもちっとしていてソースがしっかり絡んでいる。

 

その様子を見たポムも、自分の紙皿に焼きそばを盛る。

 

「……! やるじゃん、ナツミ」

「へへ~! 褒められたら伸びるタイプやでウチは!」

 

ナツミは得意げに胸を張る。

 

「本当に屋台みたいです」

「この焦げ目が絶妙ですわね」

「ソースの香りが食欲を刺激するね~」

「……やるわね、ナツミ」

 

イリス、ダイヤ、ヤヒメ、ノクスと、次々と感想が飛び交う。

 

「お~い、骨付き肉も焼きそばも良いけど、こっちも焼けてるよ~」

 

リンリがトングを片手に、網の方を指さした。

 

視線を向けると、網の上でホタテの殻がぱくりと開き、

鉄串に刺さった肉と野菜が良い色に焼けて、

脂の乗った魚がじりじりと皮を弾かせていた。

 

「ナツミ、たーんと食べろ。主に魚」

「悪かったってマキちゃん!」

 

「はい、熱いから気をつけて」

 

リンリが小皿に乗せて差し出すと、ポムがそっと受け取った。

少し息を吹きかけて慎重に口へ運ぶ。

 

「……うま」

 

ぽつりとポムが呟くと、リンリはかすかに笑った。

 

その隣でノクスが、焼けたサンマを丁寧にほぐしている。

 

「骨が多いから気をつけて」

「はい……」

 

イリスが真剣な顔で箸を動かす。

 

ダイヤはエビを上品に殻から外し、

 

「炭火の香りが鼻をくすぐりますわね」

 

と満足げに微笑んだ。

 

「なんか……ほんとに普通の楽しい夏みたいだね」

「うん、そうだね」

 

ぽつりと呟くシロに、私はそっと頷く。

 

その空気をふと残したくなり、私はポケットからスマホを取り出す。

 

「……撮っとこ」

「えっ、マキちゃんが!?」

「なにその反応」

 

少しだけみんなから離れて、全体が入る角度を探す。

 

焼きそばをよそっているナツミ。

BBQの炭をトングで均しているリンリ。

骨付き肉に挑戦しようとしているダイヤ。

骨付き肉に豪快にかじりつくハイジ。

骨付き肉を豪快に掲げるマリー。

マリーの皿に野菜をそっと盛るミサ。

ホタテにバターをのせるタイミングを計っているヤヒメ。

追加の骨付き肉の焼き加減を真剣に見ているライト。

これまた真剣に魚の骨取りをしているイリス。

その隣で静かに魚を食べているノクス。

そして──ほんの少し心がほどけたように笑うポム。

 

ぱしゃ。

 

画面には、ばらばらなのに楽しそうな瞬間がちゃんと収まっていた。

 

「いい感じ」

「見せて見せて~!」

 

シロがぴょこっと隣に顔を寄せてくる。

 

「……でも、これだと私とマキちゃん写ってないよね?」

「まぁ、確かに」

「じゃあさ」

 

そう言って、シロはぐいっと私の腕を掴む。

 

「内カメラ!」

「ちょ、ちょっと」

 

半ば強引に立ち位置を調整される。

手前に私とシロ。

写真を撮られていることに気付いたみんなが後ろにいる。

 

「もうちょい右! あ、マキちゃん真顔すぎ!」

「うるさいな……」

「いくよ~、せーの!」

 

ぱしゃ。

 

撮れた写真を二人で覗き込む。

 

少しぶれてるし、全員は写り切らなかったけど、

私とシロはちゃんと笑っていて、

後ろではナツミが焼きそばをヘラで持ちあげてドヤ顔、

ポムが照れくさそうに視線を逸らし、

ダイヤが優雅にピースしている。

 

「……いいね」

「でしょ?」

 

シロは満足そうに笑う。

 

みんなの笑い声と、肉や魚の焼ける音。

潮の匂いと、炭火の匂い。

 

気が付くと夜空には星が瞬き、波音が静かに寄せては返す。

 

 

「……来てよかった」

 

ぽつりと、誰かが言った。

 

その言葉は誰にも聞こえなくて、誰も返事はしなかった。

それでも、言葉にしなくてもみんなは分かっていた。

今ここにいる全員が、きっと同じようなことを思っているのだと。

 

 

だけど、誰にも聞こえなかったその言葉に応えるかのように──

潮風が少しだけやさしく吹いた。

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