魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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ラベンダーの咲かない夏 Part5

『黄金のカブトムシを捕まえるんだ!!』

 

 

──朝っぱらから何を言うとるんだこいつは。

 

目を細めながら、私はスマホの画面をもう一度確認する。

無駄に高いテンションでシロからのメッセージが届いている。

 

すると追撃するかのように、昆虫図鑑の挿絵の画像が送られてくる。

 

『エレファスゾウカブト』

 

「……」

 

「言うほど黄金か? これ……」

 

そう呟くと、畳みかけるようにメッセージが来る。

 

『南国の島だし、きっといるって!』

『一緒に捕まえよ!!』

『夏と言えば、虫取りだ!!!』

 

テンションが完全に小学生男子だった。

 

だけど、今日は先約がある。

もはや日課になりつつあるポムとのゲームだ。

 

「もしかして、シロちゃんからかしら?」

「うん」

 

ライトの問いかけに短く返す。

 

今まさにライトからゲームに誘われたところだった。

 

もっと正確に言えば、ライトも昨日ヤヒメに誘われ、

さらにそのヤヒメがポムとやる予定だったらしい。

話がややこしい。

 

今日、先にライトがゲストハウスに一人で行ったところ、

ポムに警戒されてドアすら開けてもらえなかったのだという。

 

「失礼よね~。別に取って食いやしないのに」

「いや、ライト一人だと警戒されても仕方な……」

「うふふ……マキちゃんって正直よねぇ♪」

「な、なんでもない」

 

ライトのにこにことした妙に圧のある雰囲気に思わず口をつぐんだ。

 

「ヤヒメちゃん、いっつも寝坊するから起きてくるまで入れないのよ。

 でも、マキちゃんと二人で行けば流石に入れてくれるでしょ」

 

確かに。

ポムはライト単体には警戒するが、私がいれば話は別だろう。

 

こうして私、ポム、ライト、たぶん遅れてヤヒメの四人でゲーム、という流れになった。

 

流石にこんな超アウトドアのテンションのシロを急にインドアに誘うのは気が引ける。

 

『午後からならいいよ』

 

私はそうシロにメッセージを返した。

 

『やったーーーー!!!』

『午後ね!?絶対だよ!?』

『逃げないでよ!?!?』

 

(逃げんわ)

 

心の中でツッコんだあと、ライトに視線を振る。

 

「じゃあ、一緒に娯楽室で持ってくソフト見る?」

「いえ、先にもう見て持ってきておいたの」

 

と言いながら、懐から何本かのソフトを出すライト。

流石にこれにまでいちいち【封印】は使わないようだ。

 

そこにあったのは、ホラーゲームに推理アドベンチャーゲーム。

まぁ、ライトらしいっちゃらしいラインナップだ。

 

「……ポム、ホラゲー苦手って言ってたよ」

「あら、そうなの?

 じゃあひとまずは推理アドベンチャーゲームからにしましょうか」

 

そんな事を話しながら朝のゲストハウスに向かった。

 

 

チャイムを鳴らすと、画面で私とライトの姿を確認したのか、ドアが開く。

 

「……入って」

「まったく、二度手間よ」

 

ライトが軽く肩をすくめる。

 

「はは……」

 

私が曖昧に笑うと、ポムが小さくため息をつきながら言った。

 

「ライト一人だとさー、なんか企んでそうだし」

「心外ねぇ。昨日のBBQでちゃーんと餌付けは出来たつもりだったのに♪」

「そういうとこ」

 

まだ完全には警戒心が解けてはいないようだが、

こころなしかはじめの頃のポムに戻っている気がした。

三点リーダーも若干少な目だ。

 

「今日の一本目はライトからのリクエストで」

「これよ」

「おお、やったことない」

 

ライトが差し出したのは推理アドベンチャーゲームだった。

 

内容はシンプルで、与えられた情報や証拠などのヒントを元に、

誰がどうやって犯行に及んだか、またはどんなトリックかを推理するゲームらしい。

 

三人で早速始める。

 

 

舞台は学園。しかもやたらと広い。

校舎だけでなく地下区画まであるらしく、マップが妙に細かい。

 

「……これ、いくつか事件起きるだろ」

 

私はマップ画面見ながら言う。

 

「ええ。おそらく複数章構成ね。

 地下まである時点で一件で終わる規模じゃないわ」

「登場人物も10人以上いるしね……って、ちょっと待って」

 

ポムが身を乗り出す。

 

「この部屋だけやけに凝ってない? 調べられる場所多すぎるんだけど」

 

机、椅子、ロッカー、黒板、通気口、テレビ。

ありとあらゆるものにカーソルが反応した。

 

「他の部屋は三か所くらいしか調べられないのに、ここだけ倍以上あるな」

 

「絶対ここで何か起きるって……! 部屋の配置も三つ並んでて不自然すぎるし……。

 ……ってうわ、通気口調べてたら右下に、

 わざわざ通気口のイラストが表示されてる小窓出てきてまで説明始まった!」

 

「……流石に露骨すぎるわね。こういうのは事件が起こってからで良いのにねぇ」

 

 

そのままストーリーまで進めると、早速事件が起きる。

どうやら被害者は地下の図書室で無事死亡したようだ。

 

死体のすぐそばには図書室の鍵が落ちており、

主人公たちが無理やり扉をこじ開けるまでは鍵がかかっていた。

いわゆる密室の状態だ。

 

「被害者の頭からは出血していて、これが致命傷となった、と。

 おそらく転倒して頭を打って死んだ、ということにしたいらしいわね」

 

ライトが画面を見ながら静かに呟く。

 

「図書室は密室。窓もなく、扉も糸を通すほどの隙間もない……。

 一応、本を湿気から守るための通気口はあるが

 場所はかなり高く、子供すら通れる大きさではない……」

 

私も図書室の捜査できるポイントについて情報をまとめる。

 

「それで、えーと……死後10時間以上が経過しており……

 なんかやけに『夏』とか『暑い』ってのが強調されてるね」

 

「たしかに……。図書室では冷房が点いていなかったって書いてある。

 なんでそんな図書室なんかに行ったんすかね?」

 

「いや、犯人が犯行後に冷房切ったんでしょ」

 

私とポムが情報を整理していると、ライトがふっと口を開く。

 

「まぁ、ここまで強調してくるということは……

 おそらくは──"氷"なんかが関係しているトリックでしょうね。

 もう一度地下から上に上がって捜査してみましょう」

 

すると、マップの購買部に調べられる捜査ポイントが付いているのが分かった。

 

「あれ? ここってキャラの好感度上げ出来るアイテムのガチャの場所じゃなかったっけ?」

「怪しいわね……行ってみましょう」

 

購買部に入ると、ガチャガチャマシーンを調べられるようになっている。

 

「ガチャガチャが関係してる……?

 でも、ガチャから出てくるアイテムを使って犯行を行ったとか

 さすがにそんなの分かるわけないぞ……?」

「所持品欄の空白を見る限り、アイテムもいっぱいありそうだしね……」

 

私とポムが頭を悩ませていると、ライトがふと閃いたように言う、

 

「おそらく……アイテムじゃなくて、ガチャの"カプセル"の方じゃないかしら」

「カプセル……?」

「そして、鍵──それらを氷と合わせてみれば……」

 

その瞬間、私の頭の中で繋がった。

 

「……あ! ガチャの空カプセルに鍵を入れて、水で満たして凍らせた!?」

「そして外側のカプセルを割ると、鍵が埋め込まれた氷の球が出来る。

 それを転がして……地下の図書室に入れた、ってところでしょうね」

「……なるほど?

 ……でも、そもそも図書室に隙間なんてなかったんじゃなかったっけ?」

 

ポムは納得しかけて、ふと眉をひそめる。

 

「そこで、あの"通気口"の出番ね♪」

「あー!」

 

ライトの言葉を聞いたポムが声を上げる。

 

「図書室の通気口は、上階の教室の通気口とダクトで直結している……

 しかも“内部はなだらかな傾斜構造”って、わざわざ書いてあるわねぇ」

 

「その教室から氷の球を投げ入れて、図書室にいる被害者の近くに落としたのね。

 あとは暑さで氷が溶けて、鍵だけが被害者の近くに残される……」

 

ライトの説明に私とポムは納得したように頷く。

 

「上階の通気口からそのまま鍵を投げ入れても、ダクトの途中で引っかかるけど……」

「氷の球に鍵を埋め込んだら、うまい具合に転がって図書室まで運ばれるってことか!」

 

ポムと顔を見合わせる様子を、ライトが横目で得意そうに眺める。

 

「そうか。一章だからか、めちゃくちゃ親切に教えてくれてたな……」

「ほんと、1章なのに捜査編でろくに情報提示せずに

 一切犯人当てさせる気の無いどこぞの作者とかも見習って欲しいよね」

 

 

『ピンポーン』

 

 

すると、ゲストハウスのチャイムが鳴る。

 

ポムが反射的に立ち上がる。

 

「ヤヒメかな」

 

インターホンの通話ボタンを押すと、

モニターにのんびりした顔が映し出される。

 

『やっほ~。遅れてごめんね~』

 

寝起き感がまだ残っている。

 

「今開けるね」

 

しばらくして玄関のドアが開く音が聞こえた。

ヤヒメがひょこっと顔を出す。

 

「おはよ~。なんかもう既に楽しそう~」

「おかげ様で。先に楽しませてもらってるわ♪」

「今推理アドベンチャーゲームやってるんだ、ヤヒメもやろ」

「楽しそ~。でも、あたい考えるの苦手だよ~?」

「気付いたこと言うだけで十分だよ」

「じゃあ、あたいは直観担当でいこ~」

 

ヤヒメもどさっと床に座り、四人で改めてゲームを再開する。

 

 

被害者は格闘家。

死体の後頭部には打撃痕があり、出血している。

首からも多量に出血しており、手にはナイフが握られている。

 

「一見すると自殺に見えるけど、そんな単純なわけないわよねぇ……」

 

ライトは腕を組みながら考え込む。

 

「普通に考えれば、手のナイフは偽装工作のためだよね」

「というよりも、このキャラが死ぬとはね……。

 めちゃめちゃ強そうじゃなかった? どうやって殺したんだろう」

 

ポムがうーむと考え込む。

 

「普通にナイフで首を刺して殺して、

 それから自殺に見せかけるためにナイフを手に握らせたとか?」

 

私も同じように考え込む。

 

「だとしたら、後頭部の殴打がおかしいのよ。

 殺すだけならただナイフで首を刺すだけでいいわ」

 

「たしかに……。それに、ただ真正面からナイフで挑んで、

 この格闘家を殺しきれるとは思えないな……」

 

「まぁ、強そうな描写が山ほどあったしね……」

 

そのとき、ヤヒメが声を上げる。

 

「……あれ~?」

「ヤヒメ、どうかした?」

 

ヤヒメの怪訝そうな顔に私が尋ねる。

 

「この部屋ってさ~、インテリアで

 『硝子のハンマー』みたいなの無かったっけ~?」

 

その言葉に、私たちは一斉に画面を見直す。

 

「……あ、確かに。今は無くなってるね」

「でしょ~?」

 

その言葉を聞いたライトが、すぐさま閃いたように呟く。

 

「……なるほどねぇ。自殺でもナイフでの刺殺でもないわね。

 犯人は──その硝子のハンマーで殺したのよ」

 

謎は全て解けた、と言わんばかりにライトが言った。

 

「えっ……ナイフじゃなくて?

 でも、ガラス細工のハンマーで殴られたくらいで死ぬかな?

 このめちゃめちゃ強そうな格闘家が……」

 

硝子……その言葉を聞いて、私は閃く。

 

「もしかして、割れたガラスの破片で刺し殺した……?」

 

ライトがふっと余裕そうに微笑む。

 

「被害者の後頭部に打撃痕があるのは……

 犯人が背後から不意打ちで、硝子のハンマーで殴りつけたからじゃないかしら?」

 

「でも……それだと死なないよね」

 

「ええ。犯人は最初は不意打ちで、後ろから硝子のハンマーで撲殺しようとした。

 けれど、ダメージを与えて怯ませることはできても、致命傷にはならなかった。

 そこでその殴打で相手が怯んだ隙に咄嗟に──その割れた破片を使って首を刺した」

 

「……おお!」

「……なるほど~」

 

その言葉を聞いたポムとヤヒメが、腑に落ちた様子で声を上げる。

 

「ガラスは割れた瞬間に姿を変える。一本の脆い飾り物から、鋭い刃へと。

 硝子のハンマーが真に凶器となるのは――

 砕けた後、ってことね」

 

「じゃあその情報を前提に、まずは被害者に呼び出されてた人物を洗い出して──」

 

私は急いで捜査を続行させる。

 

すると、ポムが身を乗り出しながらヤヒメに言った。

 

「ヤヒメすごいじゃん。お手柄だ」

「やった~」

 

ヤヒメは片手でゆる~くピースを作り、得意げに笑う。

 

「ちょっとぉ、解いたのは私よ?」

 

ライトがむっとした顔で腕を組む。

 

「きっかけを作ったのはヤヒメ。推理を組み立てたのはライト。

 どっちも重要じゃない?」

「まぁまぁ、そうカリカリしなさんなって」

 

ポムが笑いながら割って入る。

 

私は画面に目を戻す。

 

解決パートのリザルトが流れている。

どうやらトリックは全て解かれ、犯人は暴かれたらしい。

 

なんだかんだ言って、楽しかった。

 

みんなそれぞれに画面を覗き込みながら、

推理アドベンチャーを純粋に楽しんでいた。

 

 

気が付けば窓の外の光が変わっている。

午前の柔らかい光から少し白っぽく強い午後の光へ。

 

私は腕時計を見る。

 

【12:34:56】

 

「……もうこんな時間か」

 

ゲームの方はちょうど章が終わったところだった。

トリックも犯人も動機も暴かれ、画面には"To be continued"の文字。

 

先の展開は気になる。

でも区切りとしてはこれ以上ないタイミングだ。

 

「午後からちょっとやることあるんだ、そろそろ行かなきゃ」

 

私が言うと、ライトがわずかに眉を下げる。

 

「あらぁ、残念。これから面白くなってきそうだったのに」

「だね~、あたい途中参加だったけど先が気になるよ~」

「じゃーマキのために、ひとまずはここで区切ろうか。

 勝手に進めちゃかわいそうだし」

「な、なんか悪いね……ありがとう」

 

ポムが私を気遣ってくれて、

ゲームをセーブして別のゲームをしようとみんなに提案していた。

 

「うふふ、実は推理アドベンチャーの他にもまだ持ってきてるのよ♪」

 

そう言いながら、

ライトが懐をごそごそと探ってホラゲーを出そうとしてるのを見て、私は苦笑する。

 

「別のゲームも良いけど、みんなもそろそろ昼食にしたら? もういい時間だよ」

「それもそうね。あ、昨日作り過ぎた骨付き肉が何本かあるわよ?」

 

ライトは別のポケットから紙を取り出す。

紙には『骨付き肉』と書かれていた。

 

「いや、流石にあのボリュームは二日連続だとキツいかな……。

 美味しかったけど、また次の機会に……」

 

ポムがそう言うと、少しだけしゅんとした風にライトは肩を落とす。

追加で何本も作っていたせいか、そこそこ余ってしまったのだろう。

 

「他にも色々あるの~? 食堂行かなくて済みそう~」

 

少し気を遣った風にヤヒメがライトに問いかける。

 

「ええ、もちろん。じゃあ、牛じゃなくて豚料理……。

 "カオカームー"なんてどう? 豚足を煮込んでご飯にのせた料理よ」

「えぇ~、豚足? 美味しいの、それ……」

 

ポムが怪訝そうな顔をする。

 

「あら、食わず嫌いは良くないわよ。

 一度食べてみなさいな。とろとろで絶品よ?」

「なにそれ、美味しそう~。あたいトロトロ系好き~」

「では決まりね。今日のお昼は豚足よ♪」

 

半ばほぼ強制的に決められる。

 

「ライト、なんでそんなに引き出しあるのさ……」

「備えあれば憂いなしよ」

 

(何に備えてるんだ)

 

そんなポムとライトの会話を背中に受け、

三人に軽く別れの挨拶をしながら私は玄関の扉を開けた。

 

ふとスマホを取り出し、通知を見てみると、

午後になった途端にシロからのメッセージが鬼のように来ていた。

 

(ゲームに夢中で気付かなかった……)

 

「とりあえず部屋に戻るか」

 

そう呟いてホテルへと足を向けた。

 

 

一旦自室に戻るために食堂の前を通ろうとすると、入口にシロが立っていた。

タブレット端末を操作し、『ツクヨミ』を動かして暇を潰しているらしい。

 

「あー! やっときた!

 やっぱり食堂前で張ってたら吸い寄せられてくると思った!」

「わたしゃ昆虫か」

「約束忘れてないよねー!?」

 

そう言いながらシロは端末の画面をタッチする。

 

『ツクヨミー、パーンチ!』

 

ぼこっ。

 

ツクヨミが私に向かって腕を伸ばしてお腹のあたりを軽く突く。

 

「ほら、この子捕まえに行くよ!」

 

そう言いながらシロは昆虫図鑑をずいっと押しつけてくる。

開かれたページには朝送られてきた挿絵。

 

『エレファスゾウカブト』

 

私は本を受け取り、しばらくそのページを眺める。

 

(……でも、カブトムシとかクワガタって夜行性だろ……)

 

『ツクヨミー、パーンチ!』ボコッ

 

(南国の島っぽいけど、そもそも場所も分からないし、島の一部が夏なだけだし)

 

『ツクヨミー、パーンチ!』ボコッ

 

(季節が分かれてるせいか、虫の数も少ない気がするんだよな……)

 

『ツクヨミー、パーンチ!』ボコッ

 

私は本を閉じてツクヨミの上に置き、タブレットを操作しているシロの頬を軽く片手で掴んで

ほっぺ版アイアンクローを決める。

 

「ふぶぶ……ごぶんぬすい! ごぶんぬすい!?」

「とりあえず、お昼食べてからにしようか。 シロはもう済ませた?」

「むだ!」

「無駄?」

「むぁだ!!」

「じゃあ一緒に食べよ」

 

そう言ってシロのもちもちほっぺからぱっと手を離す。

解放されたシロは両頬をさすりながらぶんぶんと首をタテに振った。

 

「昼抜きで森とか入ると、途中で"お腹すいたー"って騒ぐでしょ」

「むー」

 

シロはむくれながらも、脇に挟んでいたタブレットをツクヨミに挿す。

そして一緒に腹ごしらえのために食堂へと入る。

 

 

「それにしても、何で急に虫取り?」

 

私は豚の角煮定食をつつきながら、向かいのシロに尋ねる。

箸で持ち上げた肉はとろりと崩れるほど柔らかい。

 

「いっぱい夏っぽいことしたいの!」

「夏っぽいこと?」

「海水浴もBBQも、すっごい楽しかったし。

 もっと夏っぽいことして楽しもうと思って」

「それで虫取りか」

「だって王道じゃん!」

 

そう言うとシロは勢いよくそうめんを啜る。

 

「虫取り、スイカ割り、花火、肝試し!」

「肝試しは却下」

「早い」

 

私は味噌汁を一口飲む。

塩味と甘辛みの無限ループだ。

 

「夏っぽいことって、別に無理して詰め込まなくても良いんじゃない?」

「無理してないよ!」

 

シロはそうめんを飲み込み、少しだけ真面目な顔になる。

 

「だってさ」

「ん?」

「この島、いつまでいられるか分かんないじゃん」

 

シロは視線を落とし器を見つめる。

 

「だから、今のうちに夏っぽいこといっぱいやっときたいの!」

 

その笑顔はいつも通り無邪気で。

でもどこか──少しだけ焦りが混じっている気がした。

 

「そんなの、島から出たあとでも良いでしょ」

「……島から出たあと……?」

 

シロは一瞬きょとんとする。

 

そのまま、言葉を探すみたいに視線が泳ぐ。

 

「出たあと……かぁ」

 

小さくそう呟く。

 

食堂の中は昼時のざわめきがあるはずなのに、

その一角だけ少しだけ静かになった気がした。

 

「出られるのかな……」

 

その言葉に私は思わず顔を上げる。

 

シロは慌てて笑う。

 

「あ、違うよ!?変な意味じゃなくて!

 でも、万が一帰る手段なんてないってなったらどうするのかなーって」

 

そう言いながらも、シロの指先は器の縁をなぞっている。

 

私は少しだけ息を吐く。

 

「出られるよ」

 

「……」

「……ほんと?」

 

「無理な理由がない」

 

自分でも根拠が薄いのは分かっている。

でも、今はそれでいい。

 

シロは数秒だけ黙ってから、ふっと笑った。

 

「じゃあ、出たあとも一緒に遊んでくれる?」

「……うん。全然いいよ」

 

その言葉を聞いたシロは、嬉しそうにしながら続ける。

 

「じゃあ! 食べ終わったら一緒に虫取りしてくれる!?」

「何だそのテンション……まぁ、約束したしね」

「やったー!」

 

さっきまでの空気が嘘みたいに、シロは椅子の上で小さく跳ねる。

 

私は角煮を最後の一口まで食べ、麦茶に手を伸ばす。

シロもそうめんを急いでかき込みながら言う。

 

「ねぇマキちゃん」

「ん?」

「出たあともちゃんと連絡してよ?」

「するよ」

「さっきみたいに既読スルー禁止!」

 

(別に既読スルーしてたわけじゃ……)

 

そう思いつつ、シロが最後の一口を食べ終わるのを眺める。

 

「よし、食べ終わり! 行こ!!」

「はいはい」

 

私とシロは立ち上がる。

 

「もし捕まらなかったら?」

「うーん……それも夏の思い出!」

 

軽く会話を交わしながら食堂を後にした。

 

 

シロが午前の内に用意していたらしき

麦わら帽子と虫かごと網を装備し、私たちは夏のエリアへと向かう。

 

まずはゲストハウス周辺を探そうとしたのだが──

 

「……前から思ってたんだけど、ゲストハウス周辺って何も咲いてないな」

「あ~、言われてみれば!」

 

シロはくるりとその場で回り、周囲を見渡す。

確かに背の低い草はあるが、目立つ花はほとんどない。

 

ゲストハウスから離れた火薬庫の向こう辺りには、沢山の向日葵が咲いている。

ところが、立ち入り禁止エリアの近くのゲストハウス周辺にはあまり花が咲いていない。

 

「隣に温泉があるって言ってたし、その影響で硫黄とかが土に含まれてるからかもね」

「そっか、じゃあゲストハウスよりもあっち側で探した方が良いね!」

 

そう言ってシロは遠くの方に見える火薬庫の方を指をさした。

 

 

二人で向日葵の群れを目指す。

 

近づくにつれて、土の匂いが少しずつ変わっていく。

 

さっきまでのどこか鼻に引っかかるような温泉の匂いは薄れ、

代わりに湿った土と青い草の匂いが強くなる。

 

草は背丈を増し、地面にはクローバーが群れている。

その間に白い野菊がぽつぽつと混じり、

少し離れた空き地にはコスモスのような淡い色の花が揺れていた。

 

「さっきと全然違うね~」

「やっぱり土が違うんだろうね。あっちは硫黄強め。こっちは普通の草地」

「匂いも違う!」

 

木々が密集している箇所に足を踏み入れると、

硫化水素の匂いは完全に消えた。

 

代わりに森の青臭さと、どこか塩気を含んだ海風の匂いが鼻孔をくすぐる。

 

夏の陽射しをほとんど遮るくらいに木々が生い茂るところまで足を踏み入れたのだが──

 

「……うーん、虫がいないな」

 

島の中で季節が分かれているせいか、虫が少なく思える。

すぐ隣の区画に行けば湿度も温度も変わるのは、

虫にとっては決して安定した環境とは言い難いのだろう。

 

木の幹を見上げても樹液に群がる姿はない。

耳を澄ませても羽音はほとんど聞こえない。

 

ようやく見つけたのは、葉の裏に隠れる小さな虫ひとつ。

 

「こんな中でカブトムシ、ましてやそのエレファントなんたらなんて──」

「エ・レ・ファ・ス! ゾウカブト!」

 

シロが頬をふくらませる。

 

(見つからないだろ……)

 

私は半ば最初から諦めつつ、シロと一緒に探し回った。

 

向日葵の裏、木の影、樹液のようなものが染みた幹。

 

網を振ることはほとんどなく、

かなり目を凝らしてようやく小さな虫が見つかる程度。

 

甲虫の影を探して歩いても、

見つかるのは小さなカナブンや葉の裏の細い虫ばかり。

 

島の季節がぶつ切りになっているせいか、

森の密度のわりに生命の気配は薄い。

 

ようやく見つけた樹液跡も乾き気味で、

期待するほどの虫は集まっていない。

 

「……いないね」

「……うん」

 

気づけば木々の上から差し込んでいた陽射しは落ち、

光は横から差し込む橙色に変わっていた。

葉の隙間を抜けた夕陽が、幹の凹凸を濃く浮かび上がらせる。

 

いつしかシロの足取りも緩慢になり、

最初の「絶対見つける!」という勢いはだいぶ影を潜めていた。

 

高く掲げていた網も、今は地面すれすれを擦るように揺れている。

 

私はシロの横顔をちらりと見る。

 

「……」

 

口数も減っている。

 

朝のあの無駄に高いテンションはどこへやら、

夕陽に照らされた横顔は、どこかしゅんとして見えた。

 

(……まぁ、そうなるよな)

 

虫は少なく、ゾウカブトどころか、

まともな甲虫すら見つからない。

 

私は小さく息を吐く。

 

 

『……もう帰る?』

 

 

そう声をかけようとしたその時──

 

幹の高い位置で、黒い体が動いているのに気付く。

 

「……あれ」

「え?」

 

シロが顔を上げる。

 

「上……右の方」

 

そこには5㎝以上はある、立派なハサミを持つ黒いクワガタが静かに幹を這っていた。

 

「いる! いる……!」

 

さっきまで沈んでいた声が一気に弾む。

 

「網でも少し届かないな……」

「ど、どうしよう」

 

私は木の下でしゃがみながら言う。

 

「肩車」

「え」

「早く。クワガタ逃げるよ」

「う、うん!」

 

さっきまで重かった足取りが嘘みたいにシロが素早く動く。

肩に体重が乗る。

 

「う、ぐぐ……」

「だ、大丈夫?」

「なんとか……いける」

 

私は木の幹に手を付けてバランス取りながらぐっと立ち上がる。

足元の根っこがごつごつしていて、少し不安定だ。

 

「首上げられなくて見えないから、あとはシロ任せたよ」

「分かった! 絶対捕るよー!」

 

網が視界の上でふわりと動く気配。

シロが息を止めるのが肩越しに伝わる。

 

網がゆっくりと持ち上がる。

 

 

ぱさっ!

 

 

網が幹に当たる音が聞こえ、そして──

 

「入った!」

 

弾んだ声が頭の上から降ってくる。

 

「おお!」

 

シロが網をひねり、袋状になった部分にクワガタを追い込む。

 

ばたばた、と網の中で脚が暴れる音。

 

「オッケー……! 大丈夫、逃げてない!」

「よし。ゆっくり降りる」

 

私は慎重に膝を曲げる。

足元の根に気をつけながらそっとしゃがむ。

 

シロが地面に降り立つと、二人で同時に網の中を覗き込んだ。

黒いクワガタが網の中で力強く動いている。

 

「ほんとに入ってる……!」

 

シロの顔がぱっと明るくなる。

さっきまでのしょんぼり顔が嘘みたいだ。

 

「やった……!」

「ヒラタクワガタ、かな。やったね」

 

私は首をさすりながら少しだけ笑う。

 

シロは虫かごの蓋を開け、網の口を慎重に近づける。

カタン、と小さな音と共にヒラタが中へ落ちる。

 

ハサミを持つ黒い体が、かごの底でごそごそと動いている。

 

「ゾウじゃないけど、捕れたよー!

 しかも……二人で!」

 

夕焼け色の光がシロの嬉しそうな横顔をやわらかく照らす。

 

「そうだね。ちゃんと最後に来てくれた」

「うん!」

 

シロは虫かごを胸の前で掲げる。

 

「私の宝物にする。"ぞーちゃん"!」

「ぞ、ぞーちゃん? ハサミあるからオスだぞ……」

「いいの! ぞーちゃんはぞーちゃん!

 エレファスゾウカブトのぞーちゃん」

 

(エレファスでもないしカブトムシでもないしメスでもない……)

 

虫かごの中でヒラタがもぞりと動く。

 

「ほら見て、もう呼び名に慣れてきてる!」

「普通に抗議して暴れてるだけだと思う」

「可愛い~」

「ちゃんと世話しなよ」

「あっ、そうだね、土とか枝入れなきゃ」

 

そう言いながらシロはカゴの中に素早く土を入れる。

かごの底が土に隠れるくらい入れると、軽くかごを振って土を均す。

ぞーちゃんにとっては天変地異だ。

 

私は森に落ちていた太めの枝を何本か持ってくる。

 

「登れる場所とかあると良いから、これも入れて」

「おぉ~。マキちゃん詳しい」

 

枝を入れると、ぞーちゃんはゆっくりと脚を伸ばしよじ登る。

 

シロは虫かごを大事そうに抱え直す。

 

「さっきちらっと図鑑で見た。それと直射日光は駄目。土は少し湿らす。

 適温は25度前後。餌はバナナとかリンゴとかで……」

「ま、マキ先生」

 

歩きながら、私はつらつらとクワガタ飼育の基本を並べる。

 

森の出口が近づくにつれて、空は赤から紫へと移り変わっていく。

 

「じゃあ、私たちとぞーちゃんの晩御飯のためにホテル戻ろっか!」

「そうだね。……さっきお昼食べたばっかな気がするけど」

「気のせい、気のせい」

 

満足げな顏のシロを見て、私もどこかちょっとだけ

満たされたような気持ちになりながらホテルへと帰路についた。

 

 

少し早めの晩御飯のために食堂に入ると、なんとポムとマリーがいた。

 

「あ、ポムちゃん!」

「今日は食堂で食べるんだ」

 

思わず声をかけると、ポムはびくっと肩を跳ねさせる。

 

「う、うん。何か久しぶりで落ち着かないけど……。

 ちょっとずつ慣れてかなきゃね」

 

フォークを握る手がほんの少しぎこちない。

 

「みんなも気を遣ってくれてるし」

 

ポムはそう付け足して、小さく笑った。

 

「昨日のBBQ楽しかったね~。マリー、骨付き肉なんて初めてだった!」

 

マリーは目を輝かせながら皿を見せる。

 

「じゃーん! 今日は控えめサイズにしてみたの!

 マリー学習した!」

 

お皿には美味しそうなハンバーグ。

……ただし、その横にはお箸が一本ぶすりと刺さっている。

 

「行儀悪いからやめなさい」

「え~」

 

ミサがいたら確実に一言入るだろう、と思い代わりに注意する。

マリーはむくれながらも、お箸を抜く。

ハンバーグの横からは美味しそうな肉汁がじゅわっと滲み出た。

 

その隣で、

 

「はーい、ごはんだよ~」

 

シロは自分の晩御飯よりも先に、せっせとバナナを切ってぞーちゃんに与えていた。

皮ごと切られたバナナが虫かごの中に入れられる。

 

「あ!」

 

マリーが虫かごに気づくと、シロが待ってましたとばかりに掲げる。

 

「マキちゃんと一緒に取ったんだよ~。ぞーちゃん!」

「ヒラタクワガタ。夕方に捕れた」

「おー! 虫あんまりいないのにすごーい! いいな~」

「へぇ……すごいじゃん」

 

ポムの目が少しだけ柔らかくなる。

 

「夜からはもっとたくさんいるかな?

 ポムちゃん、このあと虫とりにいこー!」

 

マリーが目をきらきらさせながらポムの方を見る。

 

「うーん、夜はお風呂入った後、

 ライトに勧められたゲームしたいから……ごめん」

「むー、わかった」

 

マリーは少し口を尖らせるけど、すぐに「じゃあ明日ね!」と切り替える。

その様子にポムもほっとしたように笑う。

 

ポムは昨日のBBQのあとも大浴場に行って、帰りにナツミと卓球をしてたらしい。

少しずつでも元の生活サイクルに戻ってきてるようで何よりだった。

 

 

食事を終えると、私はポムとマリーと別れる。

 

「また明日ね!」

「ぞーちゃんによろしく!」

 

そんな軽いやり取りを交わして食堂を出る。

 

「部屋戻ったら、ちゃんと環境整えよ~。

 25度で、直射日光NGで、えーと」

「適度な湿気」

「はい!」

 

自室の前まで来ると、シロが

 

「じゃあ、私これから図鑑読むから!」

「真面目だな」

「ぞーちゃん長生きさせるもん」

 

と言って手を振って部屋に戻っていった。

 

 

私は軽くシャワーを浴び、ベッドに体を横たえる。

 

時刻はまだ19時台。

外はすっかり夜になっているが、眠るには早すぎる。

 

(……微妙な時間だな)

 

娯楽室に行こうか。

休憩室で漫画でも読むか。

それとも図書室で柄にもなく勉強でもしてみるか。

 

そんなことをぼんやり考えながら、結局はベッドの上でもぞもぞと寝返りを打つだけ。

 

しばらく天井を見つめていると、不意にスマホが震えた。

 

画面を見ると、ヤヒメからの一斉送信メールだった。

 

『やっほ~。急だけど21時から浜辺で花火することになったよ~。

 近くで見たい人とか、花火打ち上げてみたい人よかったらきてね~』

 

「……花火?」

 

思わず小さく呟く。

 

そういえば、『火薬庫』には素人でも打ち上げられる花火があった。

打ち上げるって、あれのことか……。

 

行こうかどうか迷っていると、スマホに新たなメッセージが届く。

シロからだ。

 

『花火だって! 夏っぽいこと!!

 行こ!! 行 こ ! !』

 

……。

 

返事を返したら秒でチャイムが鳴るにオールイン。

 

『良いよ』

 

送信ボタンを押した瞬間――

 

ピンポーン!

 

「……だよな」

 

私はゆっくり立ち上がる。

どうせドアの向こうでにこにこしながら待ってるんだろう。

 

ドアを開けると、予想通り。

麦わら帽子はさすがに被っていないが、

昼間と同じくらいの勢いでシロが立っていた。

 

「はやっ……」

「待機してた!」

「知ってた」

 

シロは得意げに胸を張る。

 

「だって絶対"良いよ"って言うと思ったもん!」

「断る選択肢もあったけど?」

「なかったよ?」

 

なんでだよ。

 

「夏っぽいことだよ? 花火だよ?

 断るとか、そんな選択肢マキちゃんには存在しないの!」

「どんな決めつけだ……」

 

私は苦笑する。

 

「ねえねえ、打ち上げるやつやってみたい!」

「火薬庫にあったやつ? あれ素人でもいけるって書いてあったね」

「マキちゃん一緒にやろ!」

「危なくない範囲でね」

 

ホテルを出て歩きながら浜辺へと向かう。

ふと海の方を見ると、遠くにかすかなランタンの灯りがある。

 

時刻は20時30分、既にもう何人か集まっていた。

 

砂浜に近づくにつれて、声が聞こえてくる。

 

「それもうちょっと左やな! 間隔もっとあけな!」

「え~? それくらいでよくない~?」

「……もっと開けた方が良いかもね」

 

呼び出し主のヤヒメを中心に、ナツミ、ミサ、マリーの四人。

 

ヤヒメはナツミの声に返事をしながらしゃがみ込んで、

火薬の入った箱を開けて説明書を見ている。

ナツミは腕を組みながら指示役に回っているらしい。

ミサは黙々と筒の位置を微調整し、

マリーは少し離れたところで手持ち花火を振り回そうとしてナツミに止められている。

 

「ちょちょ、今はまだあかんて!」

「えー! まだ火つけてないよ!?」

「そういう問題ちゃう!」

 

私は苦笑する。

 

「手伝いにきたよー!」

「結構本格的だな……」

 

私たちのその声に、みんなはこちらを振り向く。

 

「おーシロちゃんマキちゃん!

 ちょうどええ、火薬の種類の確認と装填頼むで~!」

「りょーかい!」

 

言うや否や、シロはせっせと筒ごとに火薬を振り分ける。

 

「これ同じ種類まとめた方が分かりやすいよね?」

「せやな、順番も決めとこ」

 

私はまだ設置されていない筒を間隔をあけて置く。

砂の上でもがっちり固定されるように筒ごとに簡易の台も付いている。

 

手際よく振り分け終わったシロは、私と一緒に筒を設置する。

筒を設置しては、ぐらつかないか確認。

 

一通り設置し終わって全体を見渡すと、直線に並ぶように大小さまざまな筒が並んでいた。

 

準備もし終わった頃に、また一人やってくる。

 

「うーわ、すげー気合入ってる」

 

リンリだった。

 

「準備もう終わったよ~!」

「あー準備してたんだ。手伝わずに特等席で見るの悪いね~」

「しゃーない、準備するって書いてへんかったしな。

 お客さんとして楽しんでや~」

 

ひらひらとナツミが手を振って返す。

 

「まぁ片付けは手伝ったげるから」

 

とリンリも返す。

 

「そろそろ21時やけど、参加者は七人でしまいかな?」

「ちょっと急すぎたね~。今気づいた人もいるかも~」

 

どうやら話を聞くと、始めはナツミの提案だったらしい。

晩ごはんの後、浜辺を歩いていてふと思いつき、

善は急げとマリーやヤヒメに声をかけたのだという。

 

「ホテルからでも見えるような、でっかいの打ち上げるで~!」

「じゃあ~、一本目いく人~?」

 

間髪入れずに、シロの手がぴんっと上がる。

 

「はーい!!!」

「じゃあシロちゃん、頼むで~!」

 

シロは一歩前に出ると、一番大きい筒の前で振り返って言う。

 

「どうせなら、花火開催ののろしみたいな感じで

 いきなり一番大きいのやっていい!?」

「ドカーンってやつ!?」

 

マリーが目を輝かせる。

 

「え、いきなり大きいのやるの?」

 

リンリが少し困惑気味に言うと、まぁまぁと言った風にナツミが続ける。

 

「いや、逆にしょっぱなから派手にいくのもアリやな。

 最初に景気づけや!」

 

ヤヒメがのんびり手を挙げる。

 

「5号いっちゃお~」

「さっきまでは風強かったけど、今は安定してる」

「よーし!」

 

シロは嬉しそうにはしゃぐシロに、私は保護者みたいな目線で言った。

 

「シロ、気を付けなよ」

「だいじょーぶ! マキちゃん見ててー!」

 

「21時……10秒前!」

 

ナツミが叫ぶ。

 

「じゃあ……5号、行っきまーす!」

 

一直線に並んだ筒の中央、

ひときわ太い5号筒の前にしゃがみ込み、導火線へ火を近づける。

 

じり、と火が走る。

 

「いくよー!!!」

 

シロが全力で駆け戻る。

 

一瞬の静寂。

 

そして――

 

 

ボッ!!

 

 

白い火柱が夜を裂き、

光の玉が真上へ吸い込まれていき──

 

 

──ドォン!!!

 

 

夜空の頂点で、腹の底にまで響くような轟音と共に

巨大な金色の花が一気に開いた。

 

海面が煌めき、浜辺が昼のように照らされる。

 

「うわぁ……!」

 

マリーが歓声を上げる。

 

リンリが口笛を吹く。

 

ナツミが満足そうに笑う。

 

光が散り、煙がゆっくりと流れていく。

 

暗闇が戻る。

 

「すご……!」

「綺麗……!」

 

シロと私はしばらく夜空を見上げたまま、余韻に浸っていた。

煙がゆっくりと流れ、焦げた匂いが潮風に混じる。

 

「ほら、火付け役、もうええんか~?

 じゃあ次ウチやるで~」

「あー、まだやりたい! もっともっとやりたい~!」

 

その勢いのまま、シロは次に並んでいる3号筒の前へ駆け寄る。

 

じり、と火が走る。

そしてすぐ、隣の3号にも火をつける。

 

ボッ!

 

少し軽い音と共に、今度は低めの高度で赤い花が開く。

 

ドン!

 

「おおー!」

 

マリーが飛び跳ねる。

 

「ええ感じやな!」

 

ナツミが笑う。

 

「あたいも小さめの点けよ~」

 

そう言いながら、ヤヒメは比較的小さめの筒の前にしゃがみ込んで火を点ける。

 

ひゅっ。

 

ドン!

 

再び夜空を明るく照らす。

 

「こっちの列の筒もいい!?」

 

マリーが目を輝かせながら言う。

 

「マリー、気を付けてね。

 点火したらすぐ離れる」

「はーい!」

 

言うや否や、シロの点火している列とは別の列の筒へ駆け寄る。

 

じりじりと火が走る。

 

マリーはくるりと踵を返し、全速力で戻る。

 

ドン!

 

ドォン!!

 

ドン!

 

断続的に浜辺が昼のように明るくなり、

次の瞬間には闇に沈む。

 

二つの列から次々と発射される花火は、

まるで本格的な花火大会のそれだった。

 

「これ、ほんとに花火大会じゃん!」

 

リンリが楽しそうに笑う。

 

「想像以上だね~」

 

ヤヒメはのんびり拍手し、

ミサは淡々と次の筒の安定を確認している。

 

光っては消え、消えてはまた光る。

 

煙のにおいが浜辺を満たしていく中、

残りの火薬玉の数も少なくなってくる。

 

「ラスト三本やでー!」

 

ドン!

 

赤色の花が夜空を埋める。

波が白く光る。

 

「あと二本!」

 

ドォン!!

 

今度は金と紫が重なり、

海面がきらきらと揺れる。

 

煙が風に流れ一瞬、視界が霞む。

 

「最後いくよー!」

 

シロの声。

 

じり、と火が走る。

 

全員が自然と空を見上げる。

 

そして――

 

ドォン!!!

 

巨大な金色の花が空いっぱいに開き、

その中心から細かな火の粉が雨のように降り注ぐ。

 

浜辺が真昼のように明るくなり、

全員の影が長く伸びる。

 

やがて光が散り、

尾を引く火の粒がゆっくりと消えていく。

 

煙だけが残り夜が戻る。

焦げた匂い。耳鳴りのような余韻。

 

誰もすぐには声を出さなかった。

 

──しばらくして、シロが小さく言う。

 

「……終わっちゃったね」

「……でも、綺麗だったね」

 

私が寂しそうにするシロにぽつりと返す。

 

「大成功だよ~」

 

ヤヒメが言うと、ナツミが満足げに腕を組む。

 

「ええ締めやったな」

 

リンリとミサが静かに頷く。

 

 

少し間を置いて、ナツミが並んだ筒を見やる。

 

「……とはいえ、すぐ片付けは無理やな。まだ熱いし」

「火薬庫には入れられないね」

「冷めるまで待ちだね~」

 

シロがきょろきょろと辺りを見回す。

 

「じゃあさ、その間に焚き火しない?」

「焚き火?」

「流木いっぱい落ちてたよ。

 せっかくだし、最後まで夏っぽくキャンプファイヤー!」

「おーええやん! 筒から離れたとこでやろか」

 

ヤヒメはのんびりと流木を抱えて戻ってくる。

 

「実はちょっと集めてたんだよね~」

 

砂浜の花火の列から少し離れた場所に、

小さな円を描くように流木を組む。

 

ナツミが手早く着火する。

ぱち、と小さな音がして、やがて橙色の炎が立ち上がる。

 

花火の残り煙とは違う、柔らかな火の匂いが漂う。

みんな自然と輪になる。

 

さっきまで夜空を見上げていた視線が、

今度は焚火の炎へ落ちる。

 

「今日めっちゃ火ぃ見てんなぁ」

 

ナツミが冗談めかす。

 

「暗い所で見る火って、綺麗だしね」

 

リンリがそう返すと、ヤヒメがゆるく頷く。

 

「わかる~。こんとらっと、ってやつだよね~」

「……コントラスト、ね」

 

ヤヒメの言葉にミサが軽くツッコむ。

 

「花火も綺麗だったけど、焚火の火も綺麗だね~」

 

マリーがにこにこと焚火を眺めている。

 

さっきまで空いっぱいに広がっていた光。

今は足元で小さく揺れている。

 

「光ってさ。

 ……消えるから綺麗なのかも」

 

シロの言葉を聞いたリンリが肩をすくめる。

 

「哲学モード入った?」

「ちがうもん」

 

シロは焚き火の向こう側からこちらを見る。

 

「ずっと昼間だったら、

 花火も焚き火も、こんなに綺麗じゃないよね」

「……そうだね」

 

シロの言葉に、私はぽつりと返す。

 

「なんか今日、みんなちょっと詩人やな」

 

ナツミが笑う。

その笑い声が夜に溶ける。

 

花火の残り香はすっかり消え、焚火の炎以外は元の浜辺に戻っている。

 

火の揺れに合わせて、

影が長く、短く、伸び縮みする。

潮騒と、パチパチと火の弾ける音だけが耳をくすぐる。

 

筒が冷えるまでの、ほんのわずかな時間。

 

まるで夏の終わりのような静かな夜が続いていた。

 

 

 

 

 

 

 

そして──

 

 

 

 

 

その静寂を打ち壊すかのように、極めて唐突にそれは島中に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

──ピンポンパンポン。

 

 

『死体が発見されました。

 一定の捜査時間の後、"魔女裁判"を行います』

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