魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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ラベンダーの咲かない夏 捜査編

最初に声を漏らしたのはマリーだった。

 

「え、え? 今のって……」

「……死体……?」

 

私もそれに続くように呟く。

 

アナウンスが鳴った途端、

さっきまで橙色に揺れていた焚き火の光が急に冷たく色褪せて見えた。

 

「だ、誰か、いない……?」

 

シロが反射的に周りを見る。

 

私、シロ、ヤヒメ、ナツミ、ミサ、マリー、リンリ。

……七人。

 

「み、みんなおるで……」

「じゃあ……浜辺以外でってこと~……?」

「……かもね」

「な、何があったんや一体……?」

「とにかく、ホテル行くよ」

 

ミサのその言葉に、ようやくみんなが動き出す。

 

予めバケツに汲んでおいた海水を焚火にばしゃりとかけた後、

急いでホテルの方へと向かった。

 

遠ざかっていくはずの潮騒がやけに大きい。

 

さっきまで楽しかった夜だったはずの景色が、

まるで別の場所のように感じていた。

 

 

ホテルのロビーに入るが、誰もいない。

 

二手に分かれて私は食堂、他の面子は娯楽室などを探したが、人の気配すらなかった。

 

すると、ヤヒメが声を上げる。

 

「今、スマホに通知きた~。

 一斉送信で"ゲストハウスの地精の間に来て"って、ライトちゃんから~……」

「地精の間って……ずっとポムが泊まってた右端の?」

「……とりあえず、行ってみよう!」

「みんな! ゲストハウスや!!」

 

散っていた足音が一斉に揃い、私たちはゲストハウスへと駆けだした。

 

 

地精の間のドアの前には、ライト、イリス、ダイヤ、ノクス、ハイジ。

 

 

──ポム以外の全員がいた。

 

 

ライトは腕を組み、状況を整理している。

イリスは涙目になり、呼吸を整えている。

ダイヤは口元を押さえ、目を伏せている。

ハイジの顔色が悪く、壁にもたれている。

ノクスは無表情で、ただドアを見ていた。

 

「し、死体発見って……どういう状況?」

 

私のその問いに、ライトが返す。

 

「最初はイリスちゃんが見つけたの。デッキから回り込んで、

 窓から部屋の中を覗いたら……ポムちゃんが倒れていたって」

 

イリスが小さく頷く。

 

「……はい。チャイムを押しても返事がなくて……少し嫌な予感がして……。

 デッキから裏手に回って、窓から中を……」

「そのあと、イリスちゃんがホテルにいた私を呼んだの。

 私も窓から覗いたその瞬間、死体発見アナウンスが流れたわ」

「じゃあ、それって……」

 

私の声にライトは、はっきりと言った。

 

 

「……ええ。中のポムちゃんは、もう死んでいる」

 

 

「うそ……だって、さっきまで……」

「ポムちゃん……なんで~……?」

 

ライトの言葉を聞いた瞬間、マリーとヤヒメが小さく息を呑む。

 

「……それで、今は捜査のため鍵が開錠されるのを待っているのだけれど、

 一向に開く気配がないから、

 無理やりダイヤにドアをこじ開けてもらおうかと思っているところよ」

 

ノクスが閉じられたままのドアとダイヤを交互に見ながら言う。

 

「……ですが、現場の保全などは本当によろしいので?

 わたくしが力を使えば、枠ごと破壊することになりかねませんわ。

 それでは……証拠を損ねる可能性が……」

 

ダイヤが困惑した様子でノクスに尋ねる。

 

「窓ガラスを割って中に入るよりはマシよ。ドアを壊す方がまだ被害は少ない。

 窓の外から中のドアを見たところ、何か細工されている様子もなかったわ」

 

「窓を破壊すれば破片が室内に散る。

 床の痕跡、足跡、繊維……全てを汚染する可能性が高い。

 扉の破壊は外周のみで済む」

 

「……待って」

 

すると、それを遮るようにしてミサが前に出る。

そして、ドアの前にしゃがみ込んだ。

 

そのまま手を鍵穴にかざすと、鍵穴の奥からぱき……ぱき……と音がする。

鍵穴の内部から、ゆっくりと白い氷が滲み出す。

 

まるで空気中の湿気が吸い寄せられるように集まり、

内部構造を写し取るように氷が形成されていく。

 

やがて氷は外側へと伸び、氷の持ち手が形成される。

 

ミサが氷で出来た持ち手を回すと、かちゃり、と音がした。

 

「開いた」

 

ミサが短く告げる。

 

「すご……」

「ピ、ピッキングなんて出来たの、ミサ……」

 

リンリとハイジが呟く。

 

即席の氷の鍵は役目を終えたかのようにひび割れ、細かな氷片になって崩れ落ちた。

少しの水滴が鍵穴からゆっくりと流れる。

 

「……ミサ、ありがとう。

 じゃあ……開けるわ」

 

そう言ってノクスはドアを開けようとしたのだが──

 

 

ガッ!

 

 

扉は数センチ開いたところで止まった。

ドアにはチェーンがかかっており、開かない。

 

「チェーンまでかかってるんか……!?」

「これは流石に……どうしようもない」

 

ミサは視線を落としながら言う。

 

それを見たノクスは、ダイヤに静かに言った。

 

「……ダイヤ、頼めるかしら」

「……了解しましたわ。極力、被害は小さめに抑えます」

「ありがとう」

 

ダイヤは一歩前に出て、チェーンを掴む。

 

「皆さん、一応少し下がってくださいませ」

 

その言葉に、全員が半歩退く。

 

「ふっ!!」

 

 

──ボゴッ!!

 

 

次の瞬間、鈍く大きい音と共に留め具ごとチェーンが外れた。

どうやら壁側のチェーンを固定する金具が引き抜かれたらしい。

 

反動で、扉がゆっくりと開く。

 

そこには──

 

点いたままの電気。

点いたままのエアコン。

点いたままのゲーム画面。

 

まるで、ただの日常をそのまま切り取ったかのような部屋。

 

だが、その部屋の主だけが違っていた。

 

白い明かりの下。

見開かれた瞳が、瞬きもせず宙を掴んでいる。

 

力が抜けたように放り出された右手。

わずかに開いたままの唇。

 

その部屋の奥手前に、仰向けで目を見開いたまま倒れているポムの姿があった。

 

「ポム……!」

「ポムさん……!」

 

私は思わずポムに駆け寄り、その顔を見る。

 

……だが、ポムの瞳は天井を見つめているようで何も映していない。

瞳孔が開ききり、黒が虹彩を呑み込むように広がっていた。

 

さっきまで食堂で笑っていた顔と、目の前のそれが結びつかなかった。

 

瞬きも呼吸もない。

私の【死に戻り】でも、どうにもならない。

その異様な静止を前にして、私はようやく理解してしまう。

 

ポムは、もう戻らないのだと。

 

「……せっかく立ち直れてたっちゅーのに……。

 なんでや、ポムちゃん……」

 

ナツミが悔しそうに呟く。

 

「さっきまで、元気そうだったよ……? なんで……?」

「……」

 

仰向けのまま動かないポムを、マリーとヤヒメは悲しそうに見つめる。

 

「ポム、ちゃん……」

 

シロも、信じられないと言った様子でただ茫然としている。

 

すると、ゲストハウスの入口からばっさ、ばっさと羽ばたく音が響いてきた。

振り向くまでもない──カンチョーだった。

 

「……あー、まーた死人が出ちゃいましたね。

 ゲストハウスの開錠が遅れたことは申し訳ございません……。

 何分、宿泊部屋の方で手一杯でして……」

 

「捜査時間の一時間のうち、もう20分以上経ってますが……

 まあ、魔女裁判まで気楽に頑張ってください」

 

その言葉に、ライトが反論する。

 

「開錠が遅れたのはそちらの落ち度よね?

 今から捜査時間を一時間とするのが妥当じゃないかしら?

 それに、時間効率のためには死体が発見された場所も同時に伝えるべきなんじゃないの?」

 

カンチョーはそう言うと思っていましたよ、とでも言う風に気怠げに答えた。

 

「宿泊部屋の方は万全なのですが、

 ゲストハウスで死人が出るとは、こちらも想定しておりませんでしたので……。

 元より、"鍵のかかった部屋"での死体発見自体がイレギュラーですので」

「イレギュラーや想定していない、で済む話じゃないでしょ」

 

リンリもすかさず吐き捨てるように言った。

カンチョーは下手な言い訳をするようにそれに答える。

 

「発見場所をお伝えすることに関しましては、こちらも検討の余地があると思っています。

 ですが、アナウンスは録音されたものを流しているだけなので……。

 ま、次回からはアナウンスの後は発見場所もお伝えするようには致しますので……」

「……何が"次回"だ……」

 

私はカンチョーを睨みつける。

カンチョーはその視線を受け止めるでもなく、淡々と続けた。

 

「規定は規定です。延長は致しません。

 捜査するなり、ここで押し問答を繰り返すなり、残り時間はご自由にどうぞ……。

 いずれにせよ定時で裁判は始まりますので……」

「……」

 

そのカンチョーの言葉に、誰もが押し黙るしかなかった。

ただでさえ少ない捜査時間を、これ以上無駄には出来ない。

 

「……では、ご健闘を」

 

ばさり、と羽を羽ばたかせ、カンチョーはゲストハウスから去っていった。

 

ライトは静かに息を吐いた。

 

「時間を削られたのは事実。でも、嘆いても戻らないわ。

 残りは……約30分。状況を整理する時間は限られてるわね」

 

まるで感情を切り捨てるように言う。

そしてライトは部屋のあちこちを調べ始めた。

 

そうだ。

カンチョーは"次"なんて言っていたけど……。

 

こんなことが二度と起きないためにも、

ポムの死の真相を突き止めなければならない。

 

私たちは立ち止まるわけにはいかないんだ。

 

やるしか、ないんだ……!

 

 

「体温はまだ残っている。死亡推定時刻はそう遠くない」

 

ノクスがしゃがみ込み、ポムの手首を軽く持ち上げながら言った。

 

「ノクス、検死出来るの?」

「……いえ、死体に触れるのはこの島に来てからが初めて。素人同然よ」

 

私の問いに答えながら、ノクスはポムの腕の皮膚を指先でなぞる。

 

「でも、触れればわかることはある。

 ──皮膚の温度、発汗、外傷の有無。

 専門的ではなくても、観察くらいは」

 

そしてポムの右腕をゆっくりと床に戻す。

 

「見たところ、明確な外傷はない。

 外から見えるような死因では、ない……。

 そして、部屋は完全な密室状態だった……」

「外傷無しの上、密室……?」

 

私の呟きにノクスは小さく頷く。

それっきり、視線を落として何か考え込むようにして沈黙する。

 

「私が最後にポムちゃんの姿を見たのは、ゲストハウスを後にした今日の14時頃なのだけど……。

 それ以降にポムちゃんの姿を見た人はいる?」

 

ライトが周りを見回しながら言う。

 

「あ、あの……今日の午後に、私とダイヤさんとハイジさんとヤヒメさんで、

 この部屋で17時30分頃までゲームをしていました……」

「そうですわね、皆で三時間ほどゲームをしてましたわ……」

「そんでお風呂入ろうと思って解散になったんだよね……」

「うん、覚えてるよ~……」

 

その言葉を聞いたシロが言う。

 

「その後、食堂でポムちゃんとマリーちゃんに会ってるよ……。

 時間は、18時過ぎくらいだったと思う」

「そうだね、私とシロはポムとマリーに会ってる」

 

私がそこに補足する。

 

「……じゃあ、その18時過ぎ以降にポムちゃんの姿を見た人は?」

 

ライトが尋ねる。

 

──が、誰も何も言わない。

 

「……そう。つまり、おおよその死亡推定時刻は18時台~22時ってところね。

 私がイリスちゃんに呼び出されたのは22時過ぎだったわ」

「……かなり開いているわね……」

 

ノクスが呟くように言う。

 

「このまま一人一人にアリバイ確認をしていきたいところだけど、捜査時間が惜しいわ。

 それは魔女裁判の時に詳しく聞くとして、今は現場の捜査に集中しましょう」

 

すると、造作テーブルの上を一通り確認し終わったライトが言う。

 

「全員がこの部屋に固まるのは効率が悪いと思うの。

 ゲストハウスはどれも同じ構造だったわよね?

 誰か、別の二つの棟を誰か調べてきてくれないかしら」

 

ナツミがライトの方を振り返る。

 

「比べるっちゅうことか?」

「ええ。仮に他のゲストハウスに秘密の抜け道なんかが見つかったなら、

 この部屋にも同じような抜け道がある可能性が高いわ」

「なるほどね。普通に考えて密室とかありえないしね」

 

リンリがライトの言葉に納得した風に言った。

 

すると、考え込んでいたノクスがナツミの方へと視線を移す。

 

「ナツミ、一緒に付いてきてくれないかしら」

「へ、う、ウチ?」

 

思わず自分を指差すナツミ。

 

「あなたが一番適任なの」

「や、全然ええけど……。どのゲストハウス調べるん?」

「ありがとう。でも、ゲストハウスは調べないわ。

 真ん中の水精の間、左の風精の間は他の人に任せる」

「???」

 

ノクスは部屋を一瞥し、踵を返す。

 

「行きましょう。時間がない」

「なんや知らんけど、分かった!」

 

ナツミはノクスと一緒に地精の間を出て行った。

 

「あたしは一番左の風精の間を調べるよ。

 さっきまでそこにいたし……」

「じゃあ私もハイジと一緒に行くわ。他に誰か──

 って、イリス、何やってんの……?」

 

リンリの視線の先のイリスは

床すれすれまで身を屈め、ほとんど四つん這いに近い姿勢で何かを確かめていた。

 

「あ、す、すみません……。床の匂いを嗅いでいまして……」

「におい……?」

 

イリスは小さく頷いた。

 

「何かしらの匂いの痕跡が残ってないか、調べようと思いまして……」

「そ、そっか。イリスに付いてきてもらおうと思ったけど、忙しそうだね……。

 代わりにダイヤ頼める?」

「ええ、承知しましたわ。一番左のゲストハウスですわね」

 

ライトが頷く。

 

「そうね。じゃあ──

 ハイジちゃん、リンリちゃん、ダイヤちゃんで風精の間をお願いできる?」

「分かった……」

「うん、了解」

「了解しましたわ」

「もし時間が余ったら、ホテルの宿泊部屋や他の場所も調べておいて」

 

そのライトの言葉を聞いた三人は頷き、部屋を出て行った。

 

「……じゃあ、残った真ん中の水精の間は私たち三人でやる」

 

ミサが静かに言う。

 

「……マリーもヤヒメも、ポムの姿を見ながら捜査するのは辛いだろうから」

「……うん……」

「……」

 

その言葉にマリーの肩がわずかに揺れる。

ヤヒメは何も言わなかったが、その視線を床に落とした。

 

「分かったわ。水精の間はミサちゃん、マリーちゃん、ヤヒメちゃんね。

 残ったメンバー……

 私、マキちゃん、シロちゃん、イリスちゃんでこの部屋を調べるわ」

「うん、分かった」

「了解しました……!」

 

私とイリスは力強く頷いた。

 

「……絶対に手がかり、見つけるよ」

 

シロの声はいつもの明るさを抑えていた。

それでも芯は折れていない。

 

その言葉を聞き届けた三人は、地精の間を出て行った。

 

私たちは改めて部屋を見回す。

 

【挿絵表示】

 

「部屋には荒らされた痕跡はない。更に鍵とチェーンの二重のロック。

 そして死体にも目立った外傷はなく、死因も不明……まるで突然死みたいね。

 ……とりあえず、今のところ死体について分かるのはこれくらいね」

 

ライトが床に仰向けで倒れているポムを見下ろしながら言う。

 

「部屋の匂いも確認しましたが、特に変わった匂いは感じませんでした。

 少なくとも、明確な異臭は……」

 

イリスが呼吸を整えるように息を吐きながら静かに言った。

 

「死体の場所は、部屋の奥手前。

 近くには扉のないトイレと、エアコン、大きな窓ガラス……」

 

情報を整理するかのようにライトは呟く。

 

すると、ふと思い出したかのようにライトはイリスに尋ねた。

 

「そういえば、イリスちゃんは何でここを訪ねようと思ったの?」

 

イリスがおずおずと答える。

 

「あ、そうでした……!

 夕方、ここで遊び終わった時にスマホを部屋に忘れてしまって……。

 あっ、これです」

 

そして、造作テーブルの上のスマホを手に取った。

 

「なるほどね、それでゲストハウスを訪ねたってわけね。

 どうりでテーブルにスマホが二つあると思ったわ」

 

ライトがテーブルの上に視線を移しながら言った。

 

「ちなみに、ゲストハウスに行く前にポムちゃんに連絡なんかはした?」

「い、いえ……。タブレットでもポムさんに連絡出来たのですが、

 いつもスマホばかり使っていたので、タブレットでメッセージを送る発想がなくて……」

 

そのイリスの言葉を聞いたライトは、ポムのスマホとタブレットを確認する。

その画面を私たちにも見せた。

 

「今日はヤヒメちゃんの一斉送信メールが届いているだけで、他には何もないわね。

 受信履歴も発信履歴も、メッセージすら残ってないわ」

「たしかに……。スマホやタブレットでのメッセージは特に気にしなくても良いってことだね」

「通話履歴もないから……ほんとに机の上に置きっぱなしだったんだね」

 

私とシロは、ポムが花火大会に来なかった理由に納得するかのように頷いた。

 

「……それにしても、ざっと見た感じ、抜け道とかもないな」

「完全に密室ですね……」

「こことか……何もない……」

 

イリスが壁を叩き、床板の継ぎ目を確かめる。

シロはテレビの横の収納棚を確かめている。

 

テーブルの下を覗き込む。

丸椅子が一つあるだけで、他には何の痕跡もない。

テーブルの上にはスマホやタブレット。何の変哲もない。

 

まるで私たちが初めてゲストハウスに入った時のように真っ新な状態だった。

 

 

すると──

 

「……これ、ホラーゲームですね」

 

イリスがぽつりと呟く。

 

イリスが指さした先には、ゲームに刺さっているカセット。

そこからホラーゲームのソフトが覗いているのが見えた。

 

画面は、ポーズ画面で止まっている。

 

「……ほんとだ」

「ポム、これやってたのか……?

 ホラーゲーム苦手だって言ってたのに……」

 

するとライトが近付いてくる。

 

「……」

「ライト?」

 

ライトはゲームの画面をじっと見つめたまま、何も言わない。

 

「ライトさん、どうかしたんですか……?」

「……いえ、何でもないわ。捜査を続けましょ」

 

そう言って窓際のベッドの方へと歩いて行った。

 

『何でもない』──そう言ったが、何かを知ったような顔だった気がした。

 

だが私はそれ以上は追及せず、入口付近にある冷蔵庫を開ける。

 

中に特に気になったものもない。

食べ物の変色も異臭も見当たらなかった。

 

そのまま隣の食器棚を覗き込んだ。

 

すると──

 

「……ん?」

 

少し屈まないと見えない位置に、黒い四角いものがあった。

棚の奥側、影の中に半分沈むように置かれている。

 

私はしゃがみ込んで透明なガラス戸を開け、手に取る。

 

大きさはおよそ20cm四方。

端末のようにも見えるが、画面らしきものは見えない。

 

「……これ、何だ?」

 

手に取ると、そこそこの重みがあった。

軽くはない。

 

「マキちゃん?」

「棚の中に、変なのあった」

 

ライトも視線を向ける。

 

「見せてちょうだい」

 

私はその黒い端末を持ち上げ、光の下へと出した。

端末にはランプらしき丸いレンズが一つ付いている。

 

「……これ、さっきまでここにあったのかしら」

「ポムちゃんの持ち物なのかな?」

「分からない……でも、どこかで見たような気が……」

 

ぱっと見、何かの機械の中身のような印象を受けた。

 

「火薬庫にあった爆弾型の花火、でもないわねぇ」

「そこそこ重いし、導火線みたいなのもないしね」

「私も見たことありません……」

「機械っぽいけど……うーん」

 

全員がその機械の正体を掴めずにいた。

 

「ハイジちゃんが持ち込んだレトロゲームか何かかしら?

 私、昔のゲームには詳しくないけれど、こんな形のゲームもあるんじゃない?」

「……ハイジ……機械の中身……あっ!」

 

その名前を聞いた途端、ふと私は思い出した。

 

「これ、もしかしたら……カンチョー人形の中身じゃない?

 ハイジが壊した時、こんな感じの端末が中から出てきたんだ」

 

私はシロとイリスの方を見ながら言う。

 

確か、一昨日の晩のことだ。

売店に並んでいたカンチョー人形を、ハイジがチョップで吹っ飛ばした時の記憶が蘇る。

その時に壁に当たって壊れたカンチョー人形から、黒い四角の端末が出てきたこと。

 

「……あ、あれですね……!」

「……あー、確かに人形からそんなの出てきたような……! マキちゃんよく覚えてたね!」

「いや、なんか変に印象に残ってて……」

 

覗き込んでいたイリスが、釣られて思い出したかのように手を打った。

シロもどうやら言われて初めて思い出したようだ。

 

「もしかしたら、手がかりになるかもしれない……!」

「わ、私、売店から持ってきますね……! 捜査時間も限られてますし……」

「ありがとう、イリス。頼んだ」

「……私はちょっと分からないから、とりあえずその人形のことは任せたわ」

 

そう言うとライトは、ゲストハウスを出て行くイリスを見送ると、

入口の鍵や、先ほどダイヤが引き抜いたチェーンが付いていた金具を調べ始めた。

 

「部屋も一通り調べ終わったし、次はデッキの方を調べようか」

「そうだね。まだ詳しくは見てないもんね」

 

シロは小さく頷く。

私はシロと一緒に、窓の向こうにあるデッキを調べることにした。

 

デッキは木製──いわゆるウッドデッキで、2mほどの柵に囲われており、

玄関から誰でも窓の向こうに回り込める構造だった。

 

部屋自体は木製じゃないのに、土台だけはロッジ風。

板と板の間に目立つ隙間がある。

 

「老朽化で木とかが縮んだのかな?

 隙間だらけでちょっと危ないよね」

「まぁでも、普段デッキから回り込むこともないしね……」

 

私たちは床の木の隙間に足を取られないよう

気を付けながら窓の向こうへと回った。

 

やがて、部屋の窓の前に立つ。

 

「……ここからイリスちゃんは中を覗いたんだよね」

 

窓にはカーテンが無く、部屋の中がはっきりと見える。

嵌め殺しで、開閉も出来ない一面の窓。

窓の傍には室外機がぽつんとあるだけだ。

 

そして……床の上に横たわるポムの姿も、この位置から確認できる。

 

私はその光景を見つめながら、ふと違和感を覚えた。

 

(……そもそもなんでポムは、ここが開放されてから

 ずっとゲストハウスに泊まろうと思ったんだ……?)

 

ポムは、最初は"誰かに殺されるかもしれない"という恐怖を抱いていた。

宿泊部屋に清掃目的で入ってきた銃業員にすら怯えていたほどに。

 

そして夏のエリア開放初日に、

ヤヒメに付き添われる形で、ポムはこのゲストハウスに泊まると決めた。

 

(……でも、このゲストハウスの構造……)

 

【挿絵表示】

 

私は窓に手を付ける。

 

確かに、宿泊部屋と違ってゲストハウスに銃業員は来ない。

インターホンもチェーンもある。

 

けれど、外側から回り込めば部屋を隔てている窓はすぐ目の前だ。

本気で侵入しようと思えば、玄関から回り込んでこの窓ガラスを割るだけ。

 

一面の窓だけあって、窓ガラスは厚手で宿泊部屋のものよりは頑丈そうではあるが、

何か工具や鈍器でも使えば普通に破られるだろう。

 

(あれほど警戒していたポムが、それを分かってなかったとは思えない……)

 

むしろ、警戒心は人一倍強かった。

 

なら──

 

ここは絶対に安全だと、何か別の理由で思い込んでいた?

 

 

「……」

 

私が考え込んでいると、シロから声がかかる。

 

「マキちゃん、これなんだろう?」

 

すると、シロがしゃがみ込んでデッキの床板を指差している。

私は近づいて、同じように腰を落とす。

 

そこには、木の板に残る小さな傷。

 

何かを引きずったようにも見えるし、ぶつけた跡のようにも見える。

板の一部がわずかにえぐれ、繊維が毛羽立っている。

 

私はその傷を指先でなぞると、削れた木の粉が指に付く。

 

「……新しい傷だ」

「老朽化、とも違うよね……」

 

シロが周囲を見回す。

 

確かに板と板の間には隙間が目立つ。

木が乾いて縮んだせいだろう。

 

だが、この傷は違う。

風雨に削られたような丸みはなく、繊維が生々しく裂けている。

 

私はそのまま、その傷があった板と板の隙間に顔を近づける。

 

覗き込むと、床下のような空間が見える。

高さは1mあるかないかくらいだ。

 

「暗くて良く見えないな……」

 

私はスマホを取り出し、画面を使って淡く照らす。

 

すると、傷があった木の板の真下の狭い部分だけ、わずかに色が違って見えた。

 

光の角度を変えると、地面の表面が少しだけ崩れている。

 

「穴を掘った、ってほどでもないな……」

「うん……でも、自然にこうなるかな?」

 

隙間からじゃ手が出せないし、それ以上は確かめようもない。

どこかから床下に行ける場所があれば……。

 

「……」

 

(それにしても、相変わらず匂いがすごいな……)

 

地面に硫黄が含まれているからか、硫化水素の匂いが鼻をつく。

しゃがんで板の隙間を見ようと顔を近づけたせいで、余計に強く匂った。

 

匂いに顔をしかめていた時、窓の向こうに見える部屋にイリスがやってくるのが見えた。

両手にはカンチョー人形とリモコンが抱えられている。

 

私たちは急いで入口へと回り込んだ。

 

部屋に入ると、イリスは息を整えながらこちらを見る。

 

「ありました……! 普通に売店のカウンターに置かれていました。

 でも、中の端末が抜き取られていて……」

 

ライトが近づき、人形の内部を覗き込む。

 

「……完全に空ね」

「ハイジが壊したときは、確かに入ってたよね」

「ええ……私も見ました……」

 

イリスが小さく頷く。

 

「イリス、ちょっとリモコン貸して」

「はい」

 

私はイリスからリモコンを受け取る。

リモコンには、赤いボタンと青いボタンが付いていた。

 

私は試しに青いボタンを押すと──

 

「あ、光った!」

 

床に置いていた黒い端末のランプが青く光る。

もう一度青いボタンを押すと、消える。

 

「オンオフ式か……」

 

同じように赤いボタンを押すと、

今度はランプが赤く光り、もう一度押すと消えた。

 

「……このリモコン、何の意味があるのかしら?

 赤青のランプが点灯するだけなの?」

 

ライトが怪訝そうな顔で疑問を口にする。

 

赤と青、そしてカンチョー人形……。

私はそれに思い当たる節があった。

 

「赤と青のランプは、カンチョー人形の顔が光る仕組みで……。

 ……多分だけど、音声機能だけが壊れてるんだと思う」

「音声機能?」

 

ライトがこちらに視線を向けながら尋ねる。

 

「元々はリモコンのボタンを押すと、その色に合ったセリフを

 カンチョー人形が光りながら喋る仕組みだったんじゃないかな」

 

私の言葉に、シロがぱっと顔を上げながら言う。

 

「あー確かに! そういえばカンチョー人形って、

 喋る度に顔が青くなったり赤くなったりしてた!」

「そうそう。赤い時は怒ったセリフで、

 青い時はなんかブルーなセリフでずっと喋り続けてた。

 でも、ハイジがチョップでカンチョー人形を吹っ飛ばした時に、音声機能だけが壊れた……」

「そういえば、最後に壊れた風にセリフを呟きながらボイス機能が切れたように沈黙してましたね……」

 

再びライトは私に尋ねる。

 

「つまり今は、ただリモコン操作で光るだけの装置ということかしら?」

「うん。……ただ、何でそれがポムの部屋に置いてあったのかは分からないけど」

 

私はそう言いながら、ふと思いつく。

 

「ちょっと距離、試してみる」

「距離?」

 

シロが首を傾げる。

 

私は端末をベッドの上に置いたまま、

リモコンを握って部屋の入口まで下がる。

 

青いボタンを押すと青が点灯する。

 

「普通に届くね」

 

今度は廊下へ一歩出て扉を閉め、ボタンを押す。

扉を開くと、端末は問題なく反応していた。

 

「扉越しでも動くんだ」

「赤外線じゃなさそうね」

「少なくとも、この距離なら壁越しでも作動するみたい」

 

私の言葉を聞いて、ライトが顎に手を当てる。

 

「ということは、

 この装置は視界に入っていなくても操作できる……」

 

その言い方に、私はわずかに引っかかりを覚える。

 

「ライト、何か分かった?」

「まだ分からないわね。

 ただ──見えない場所から動かせる装置というのは、状況次第では意味を持つ」

「……一応、頭には入れとく」

 

すると、ライトがスマホを取り出して時間を確認する。

 

「カンチョーの言う捜査時間終了まで、あと10分足らずと言ったところね。

 イリスちゃん、最後にちょっと医務室まで付いてきて欲しいのだけど、いいかしら?」

「い、医務室ですか……?

 は、はい、私でよろしければ……」

 

戸惑いはあるものの、イリスはすぐに頷く。

そしてライトは足早にイリスを連れて出て行った。

 

「医務室……?」

「何しに行ったんだろう……」

 

ライトの動向も気になってはいたが、

私にも捜査時間が終わるうちに確かめておくべきことがあった。

 

「シロ、カンチョー人形のこと、ハイジに何か知ってるか聞いてみよう」

「あ、そうだね。何か知ってるかもしれないし」

 

私たちは、一番左の風精の間を調べているであろうハイジの元へと向かった。

 

 

部屋に入ると、ダイヤ、ハイジがいた。

どうやらリンリは外を調べているらしい。

 

「ハイジ、ちょっと聞きたいんだけど良い?」

「んあ? マキ、どしたん」

 

気だるげに振り返るハイジに、私は手に持っていた黒い端末を見せる。

 

「この端末、ポムの部屋から見つかったんだけど、何か知らない?」

「端末……?」

 

ハイジは目を細め、それをまじまじと見る。

 

「……いや、知らんよ。てか、何それ……?」

「これ、ハイジが壊したカンチョー人形の中に入ってた端末」

「え゛……」

 

一瞬でハイジの顔色が変わる。

 

「いや、ほんとに知らんって!

 あのままずっとカウンターに置いたっきり触ってないし!

 あとあんまりあたしが壊したこと大っぴらにしないで……」

「……えーと、もう普通にバレてると思うよ……」

 

シロが小声で補足すると、ハイジは頭を抱えた。

 

「じゃあ、ハイジじゃなくても誰にでも持ち出せたってことか……」

「そういうことになるね……」

 

私とシロは顔を見合わせる。

 

「あ、ついでに聞いておきたいんだけど、ハイジって夜はこの部屋にいたの?」

「……うん。怪しまれるかもだけど、ここでレトロゲーやってた」

 

ハイジが肩をすくめながら気まずそうに答える。

どうやら疑われていると思っているらしい……。

 

「真ん中の水精の間にしなかったのは、何か理由でもあった?」

「いや、ポムが隣に泊まられるの嫌かもしれないし、

 一応気を遣って一番左のここを選んだだけ」

「なるほど……」

「でも、ずっとゲームしてたから何か怪しい人とか見たわけじゃないよ」

 

ハイジは少しだけ目を伏せる。

 

「だから花火大会にも来なかったんだね」

「花火大会? そんなのやってたん……全然知らんかったよ……。

 まぁ、ゲームに夢中でメッセージも見てなかったし。

 そもそもインドア派だし」

 

ハイジは自嘲気味に笑った。

ぱっと見、嘘をついている風には見えなかった。

 

「分かった、ありがと」

 

私とシロは風精の間を出た。

 

「……ん?」

 

一旦また地精の間に戻ろうとして、ゲストハウス間を歩いていたとき。

私は何の気なしに、ふと海の方に視線を向けた。

 

すると──

 

夜の水面は黒く沈んでいるはずなのに、そこに不自然な白が浮いていた。

 

「マキちゃん?」

 

シロが訝しげに私を見る。

 

「……あれ、見える?」

 

私は海を指さす。

波に揺られながら、何か白い四角い板のようなものがゆっくりと漂っている。

 

「……なんだろ。浮き輪?」

「いや、もっと平たい」

 

発泡スチロールのようにも見えるし、何かのパネルのようにも見える。

 

大きさは距離のせいで正確には分からない。

だが、明らかに自然物ではない。

 

(……捨てられたもの?)

 

私はその不自然な白色に、答えを出せずにいた。

 

 

そのとき──

 

 

ゴーン……ゴーン……

 

 

島中に、再び荘厳な鐘の音が響きわたった。

 

 

『魔女裁判の時間となりました』

 

『皆さん、必ず自身のスマホとタブレットを持って、

 速やかに宿泊部屋通路正面のエレベーター前に集合してください』

 

『従わない者は銃業員によって強制連行します』

 

 

「時間……だね」

「うん……」

 

私とシロは、ゲストハウスから宿泊部屋に向かって歩き出す。

鐘の音を聞いた皆も、続々とゲストハウスから出て来る、

 

私は歩きがてら、ここまで調査した情報を元に事件の概要をまとめてみた。

 

 

 

【事件の整理メモ】

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

■被害者

地獄谷ポム。

 

■死体発見場所

三棟並んだゲストハウスの右端、『地精の間』。

部屋の奥手前、窓からやや内側の位置で仰向けに倒れていた。

 

■死因

不明。

目立った外傷は確認されていない。

 

■死亡推定時刻

死体発見は22時00分頃。

最後に地獄谷ポムの姿が確認されたのは18時台。

よって、18時台~22時の間に死亡したと考えられる。

 

■発見時の状況

部屋には鍵とチェーンがかかっており、内側から施錠された密室状態だった。

窓は嵌め殺しで開閉不可。ガラスに破損はない。

 

■黒い端末

部屋の食器棚の最下段から、黒い四角い端末が発見された。

売店に置かれていたカンチョー人形の内部装置と同型と思われる。

リモコン操作により、青色または赤色のランプが点灯する。

売店のカンチョー人形は中身が抜き取られていた。

 

■リモコン

黒い端末に対応する青と赤のボタンが付いた小型リモコン。

扉や壁越しでも一定距離内で作動することが確認された。

ボタンを押すと端末は点灯し続け、もう一度押すと消える。

 

■デッキの傷

部屋の窓の外にあるウッドデッキの床に、比較的新しい傷が確認された。

板がえぐれたような痕があり、老朽化とは異なる様子。

その真下の床下の地面にもわずかに乱れた痕跡が見られた。

 

 

(他にも気になるところは色々ある……)

 

だけど、まだ全部は掴み切れない。

 

それは──魔女裁判で明らかになる。

 

思考をまとめ終わる頃には、皆がエレベーター前に集まっていた。

 

そこにはカンチョーが待っていた。

 

「あっ……人が前よりちょっと少なめ……。

 前回通り、準備が出来た方からエレベーターに乗って地下に降りてください……。

 はい、もちろん階段からでも降りられますので……」

 

カンチョーの気の抜けた声が通路に響く。

 

その言葉に、一人ずつエレベーターへと向かう。

 

だけど──

 

(……あれ?)

 

私は周囲を見回す。

ナツミとノクスの姿が見当たらない。

 

というか、捜査中に地精の間を二人で出て行ったっきり、姿を見かけていない。

医務室に向かったライトとイリスは、もう既にここにいる。

 

やがて私とシロ以外のその場の全員がエレベーターに乗り込み、扉が閉まる。

 

(来なかったら銃業員によってペナルティ、かつ強制連行だったよな……)

 

大怪我をしていたり高熱がある場合ならともかく、

仮病やサボりの類での欠席は不可能とカンチョーは言っていた。

……なら、否が応でも裁判場に現れるはずだ。

 

「気にしてても仕方ない……行こう」

 

自分に言い聞かせるように呟き、私は階段へと足を向ける。

シロも何も言わず隣に並んだ。

 

「……シロ、エレベーターじゃなくて良かったの?」

「うん。やっぱり、心が落ち着かせる時間がないとちゃんと話せそうになくて」

「……そっか」

 

私たちは、前と同様に並んで階段を降り始める。

 

コンクリートの段差に、足音が乾いた音を立てる。

足を下ろすたびに呼吸が詰まる。

地下特有の冷たい空気が肺に入り、喉の奥を刺す。

 

頭の中で、点が散らばったまま浮いている。

それらはまだ繋がって線にはなっていない。

真実はまだ霧の向こうだ。

 

だけど──

 

死んだポムのためにも、全てを明らかにしないといけない。

 

私はそう意気込みながら、階段を降り切った。

 

 

その時──

 

 

「ちょ、ちょっと待ってぇぇ~!」

 

 

上の方から、またもや聞き覚えのある声が響いてきた。

 

(……なんか既視感が)

 

私とシロは同時に後ろを向く。

 

すると、階段の上部から二つの影が駆け下りて来るのが見えた。

 

「な、何とか間に合ったで~……!」

「はぁ、はぁ、……待たせたわね……!」

 

ナツミとノクスだった。

二人とも息を切らしながらようやく階段を降り切る。

 

よく見ると、ナツミの肩には虫かご。

ノクスの手には白い虫取り用らしき網が握られている。

 

「い、今まで何やってたんだ……?」

「その格好って……」

 

シロが茫然と呟くと、

ナツミが空の虫かごを揺らしながら苦笑いしながら答える。

 

「おらんねん。全然おらんねん!?虫!」

「虫……?」

 

私は思わず聞き返す。

 

「ナツミに【時間停止】の魔法を使ってもらって、

 生きた虫を捕獲して皆の前で【念殺】を使うつもりだったの。

 ……私の魔法が使われていないことを証明するために」

「……あ、そういうことか……!」

 

ポムの死体には外傷も無く、死体発見現場も密室。

真っ先に疑われるのは、ノクスの【念殺】だ。

 

「でも、想定以上に虫が見つからなかった。時間がなくなったから……」

「ウチの前だけでやってもろた」

「やったって……」

 

シロの言葉にノクスは淡々と頷く。

 

「庭園でようやく飛んでいる虫を一匹だけ見つけた。

 ナツミに確認してもらった上で、【念殺】を使用したわ」

 

ナツミが補足する。

 

「ノクスちゃんが目ぇ向けた次の瞬間、虫がそのまま落ちた。

 あれは確かにノクスちゃんの魔法やったで~」

 

ナツミが腕を組みながらうんうんと頷きながら言う。

すると、ノクスがわずかに目を伏せた。

 

「ごめんなさい、ナツミ。私の魔法の証明のために付き合わせてしまって……。

 あなたにも捜査する権利はあったのに……」

 

ノクスがナツミに申し訳なさそうに言う。

 

「いや、全然ええて。ウチが捜査しても役に立てるかどうか分からんし。

 それにしても、二人がかりでもこんなに見つからんとは予想外やったで……」

 

私は小さく息を吐いた。

 

「分かった、とりあえずその疑いは潰せたってことか」

「……ええ。死体や現場はざっと見ただけだから、私も裁判で役に立てるかどうか分からない。

 すぐに証明して捜査に戻るつもりだったのに、私の計算違いだった……。本当にごめんなさい」

 

ノクスは珍しくはっきりと頭を下げた。

その姿に、一瞬だけ空気が柔らぐ。

 

「大丈夫だよ~。みんな色々調べてくれてたから、みんなでフォローするよ~」

「そうだね。一人で全部やる必要なんてない。

 今回はみんなで協力して解く。ポムのためにも」

 

ナツミが頷く。

 

「せや。疑いは一個ずつ潰してけばええ。

 ノクスちゃんのはもうクリアや!」 

 

ノクスは目を伏せ、ほんのわずかに息を整えてから言った。

 

「……ありがとう」

 

 

そして──

 

重厚な扉の前に四人が並ぶ。

 

向こうから低いざわめきが聞こえてくる。

 

「行こう」

 

私は開かれた扉に足を踏み入れる。

 

円形の裁判場。

すでに揃っている皆の視線がこちらへ向く。

 

私たちはそれぞれ用意された証言台の前に立った。

 

逃げ場のない緊張が全身を締め付ける。

 

たとえ待っているのが昏い真実でも、深い絶望でも。

 

ここで全てを明らかにしなければならない。

 

 

私は顔を上げる。

 

真実を暴くために。

 

生き残るために。

 

 

──二回目の魔女裁判が、始まる。

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