「えー、定刻よりも少しオーバーしていますが……ま、ギリギリセーフとしましょう。
こちらにもほんのちょっとですが落ち度はあったみたいですし……」
軽い調子で言いながら、カンチョーは止まり木から裁判場をぐるりと見渡した。
最後に入ってきた四人――
私、シロ、ナツミ、ノクスの方へとわざとらしく羽を振る。
「では、魔女裁判のルールを提示します」
『魔女裁判について』
・皆様の中で殺人事件が発生した場合、一時間の捜査時間の後、
殺人事件を起こした犯人を『魔女』とみなし、『魔女裁判』が行われます。
・魔女裁判の結果は、皆様の投票により決定されます。
最も多くの票を集めた方が、犯人──「魔女」とされます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘した場合は、犯人だけが処刑されます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘できなかった場合は、犯人だけが『卒業』となります。
・その後、犯人を除いた皆様で、
「正しい犯人を指摘できなかったのは誰の責任か」を決める、『
その投票にて最も多くの票を集めた方は、犯人の代わりに処刑され、
残った皆様には引き続き共同生活を続けて頂きます。
・投票の際、「この中に魔女はいない」と判断した場合には、
誰にも票を入れない『
皆様全員が「スキップ」に投票すると、生き残っている皆様全員が『卒業』となります。
【追加・補足】
・投票の結果、最多得票者が同数となった場合は、
同票となった者のみを対象に決選投票を行います。
・魔女裁判中は、いかなる場合でも魔法の使用を禁止します。
・一度に同一の犯人が殺せるのは二人までです。
・二人以上の人間が新たに死体を発見すると、『死体発見アナウンス』が流れます。
発見者の人数は二人に限らず三人以上になる場合もあり、そこに犯人が含まれるかどうかなどは全てランダムです。
「はい、議論をどうぞ」
カンチョーは前回と同じように、いかにも"あとはお任せします"
とでも言いたげに羽をひらひらと振り、椅子の上でくつろごうとしたその時──
「質問なのだけど」
スマホでルールを確認していたライトがすぐさまカンチョーの方へと視線を向ける。
その視線を受けて、カンチョーはくつろごうとする動きを止めわざとらしく座り直す。
「いきなりですか……はい、何でしょう」
「魔女裁判のルールには"殺人事件"が発生した場合、とあるわよね。
これが"殺人"ではなく、"事故"や"病死"だった場合はどうなるのかしら?」
その質問を受けた瞬間、カンチョーの動きがぴたりと止まった。
まるで電池が切れた人形のように動かない。
「……ん? どしたんだあのトリ」
「黙っちゃった……」
ハイジが眉をひそめ、マリーが不安そうにカンチョーを見つめる。
すると数秒経った後、ぱっとカンチョーは顔を上げて言う。
「……あ、失礼。マニュアルを確認していました。
その場合は……死亡した本人が犯人になる、というルールになってます」
「はぁ? どういうこと?」
リンリが露骨に顔をしかめる。
「事故の場合、本人の注意不足が招いたのであれば、それは本人に落ち度があるので。
起因である本人が犯人である魔女ということです。
同じように、病死でも本人の自己管理不足ということで。
……それも本人に落ち度がある、という判定になりますねぇ」
「な、なんじゃそら……。横暴すぎるやろ……」
「ただしそれは、明らかに他者の介入がないと見なされた場合に限ります。」
「他者の介入……?」
シロが小さく呟く。
「ええ。事故や病死が起こった時、それが他者の介入に起因するものとみなされた場合──
それは故意の有無を問わず、その第三者が犯人、ということになりますので……」
その言葉に、私は思わず声を上げる。
「じゃあ例えば……誰かが悪気なく何かして、
それが原因でたまたま事故が起こって死んだ場合も、
原因を作った人が犯人になるってことか?」
「ええ、その通りです。事故、病死が起こったと見られる時は今のルールを前提にしてください」
わずかな沈黙の後、カンチョーはやれやれと言った風に羽を揺らした。
「……というか、ここまでで一番私が喋ってるんですが。
あくまでも皆さまの魔女裁判なんですから……」
「デスゲームを強いているくせにルールを明確化してない方が悪いんでしょ。
国語辞典くらいの厚みのマニュアルを用意しておきなさいな」
カンチョーの言葉に皮肉で返すライト。
それに返そうともせずカンチョーは再び椅子に座った。
「……じゃあ、ライトの確認も終わったみたいだし。
改めて現場のゲストハウスの状況を整理しない?」
ミサが静かに口を開いた。
するとライトがそれに答えるように、周囲を確認しながら説明する。
「ポムちゃんの死体発見現場である『地精の間』は鍵とチェーンによる密室だった。
そのどちらにも細工されたような痕跡は見当たらなかったわ。
中は荒らされた形跡もなく、至って普通の状態。
……他のゲストハウスには何か見つかったかしら?」
「私とマリーとヤヒメが確認したゲストハウスには、抜け道らしきものはなかった。
隣のゲストハウスに通じてるような穴とかも、何もない」
「うん、ちゃんと色々なとこ探したけど……どこにもなかった……」
「真ん中の『水精の間』だったよね~。
見た感じ、ポムちゃんの泊まってた場所と変わらなかったよ~……」
水精の間を担当していたミサ、マリー、ヤヒメの三人は口を揃えて言った。
「どのゲストハウスも同じ構造なら、
ポムが死んでいた地精の間にも抜け道は無いように思えるんだけど」
ミサがライトの方へ視線を向ける。
「ええ。私、イリスちゃん、マキちゃん、シロちゃんの四人で徹底的に調べたけど、
同じく、ポムちゃんの死体発見現場である地精の間に抜け道らしきものはなかったわ」
「は、はい……。三つのゲストハウスは隣接していないですし、抜け道があるとしたら
床から地下を通る構造ではないかと思って、床を重点的に調べたのですが……。
全面普通の床で、板を叩いて音も確かめましたが空洞のような反響もありませんでしたし、
不自然な継ぎ目もありませんでした……」
ライトとイリスの報告を受け、ダイヤも静かに口を開く。
「正面から見て一番左の風精の間も、同じく抜け道などは見当たりませんでしたわ。
壁も床も天井も、隅々まで確認いたしましたが……怪しい構造は一切ございませんでした」
「それぞれ三つのゲストハウスはどれも密室っぽいね……」
シロが不安げに呟く。
すると、ハイジが何か思い出したようにリンリに話を振る。
「あ、そう言えばリンリってゲストハウスの外とか調べてなかった?
何か見つけたりした?」
「あー、一応、デッキの床下に入れるところはあったね」
「え? あの床下って入れるのか?」
リンリの言葉に思わず私は視線を向けた。
「うん。かなーり分かりづらかったけど、よく探してみて分かった。
床下は基本的には柵で全部覆われてたんだけど……」
リンリはふっと顔を上げて続ける。
「ゲストハウスの正面にある階段の裏にね、その柵が開けられる場所があったんだよ。
そこから潜ってデッキの床下に行けたよ。大人一人が這って進めるくらいの広さはある。
配線とか、湿気対策の通気スペースみたいな感じじゃない?」
リンリは淡々と説明する。
「じゃあ……床下を通って、どこかに出られる可能性は?」
私は続けてリンリに尋ねる。
「そこが問題なんだよね。確かにデッキの下には入れたんだけど、
そこから室内に繋がる穴とかは見当たらなかったんだよ。
あ、ちなみに他の二つのゲストハウスにも同じ場所に開けられる柵があったよ」
「おー、しっかり手掛かり見つけてんじゃん! えら~」
ハイジが感心したようにリンリに親指を立てる。
ところが、当の本人は首を横に振って否定した。
「でも、床下から部屋の中に入れる場所なんてなかったし。
結局ポムが死んでた部屋が密室なのは変わりないけどねー。
ま、手がかりゼロと同じよね」
(どのゲストハウスにも抜け穴はなく、
床下に潜れる場所はあっても、そこから部屋に入れる経路はない……。
ポムが死んでいた地精の間は本当に完全な密室だったようだ……)
私が情報を整理していると、ミサが口を開いた。
「……密室云々とは直接関係かもしれないんだけど、ゲストハウスの中について気になった事がある。
探してて思ったんだけど、あのゲストハウスの家具ってやたら固定されてるものが多くなかった?」
私は思わずその言葉に頷く。
「あ……! 私も最初入った時、違和感があったんだ。
冷蔵庫も半分ビルトイン式っぽい感じで埋め込まれてて壁と一体化してるし、
テレビも埋め込み型で動かせないし……」
「そう。棚もベッドも固定式。テーブルに至っては造作カウンターだし」
ミサは淡々と続ける。
「ついでにトイレは扉のない仕切りだけの構造。
あれってわざわざあんな造りにする理由あるの?」
確かに普通の宿泊施設なら可動式の家具が多いはずだ。
だがあのゲストハウスは、まるで動かせるものを極力排除したような造りだった。
ミサの視線がゆっくりとカンチョーへ向けられる。
「……なんだかまるで私が審問を受けているみたいですねぇ。
先ほどは魔女裁判のルールの説明、今度はゲストハウスについて……」
「ただの素朴な疑問なんだからさっさと答えりゃいーじゃん」
羽をすくめるカンチョーに対してハイジが強気に出る。
「別に答えないとは言ってませんよ。
……ざっくり言えば、硫黄のせいですねぇ」
「……硫黄?」
私は思わず聞き返す。
「ご存知の方も多いでしょうが……
ゲストハウス付近の土壌には、隣のエリアから舞い込んでくる硫黄の成分が含まれています。
その土壌の上に直接金属製の建物を建てれば、腐食は激しい。ですので──
まず木製デッキの土台を敷き、その上にゲストハウスを設置している構造になっているわけです」
「……土台の上に、建物を乗せてる?」
ライトが眉をしかめる。
「ええ。そして定期的に老朽化した木製の土台を新しいものに取り換える。
その際はゲストハウスを丸ごと持ち上げて一度降ろし、土台を交換してまた設置し直します。
その時に中の家具が滅茶苦茶になるのを防ぐために、極力固定する造りになっているというわけです」
「も、持ち上げるって……どうやって?」
シロがカンチョーに向かって問う。
「島に【怪力】や【浮遊】の魔法を持つ少女が来た時に……
その方達に手伝ってもらって、とか……ですかね?」
「ですかね、って……そんなに都合よくそういう魔法持ちの子が来るわけ?」
「まぁ普通にクレーンで吊り上げるのが主ですが」
リンリの怪訝そうな顔にカンチョーは冗談めかしながら軽く答える。
「え、ちなみにダイヤちゃん、やろうと思えば出来るん?」
「いえ、流石にゲストハウスを丸ごと持ち上げるなんて出来るわけありませんわよ!?」
「せ、せやな……どんなゴリラやねんって話やな……」
「わたくしを何だと思っておりますの!?」
ものすごい勢いで否定するダイヤにナツミは苦笑いで肩をすくめる。
「いやまぁ、分かっとる分かっとる。
ダイヤちゃんがゴリラ女やなんて思ってへんて」
「ゴリラ女ー!?」
一瞬だけ場の空気が緩む。
だが、それを切り替えるようにライトが静かに口を開いた。
「ちなみに、今回は地精の間のゲストハウス自体が動かされた、という可能性は除外して良いと思うわ」
「……どうして?」
ミサが短く問う。
「いくら家具が固定されているとはいえ、
もし建物を持ち上げるほどの大掛かりな作業があったなら、室内の様子にもっと変化が起こるはずよ。
テレビに繋がれていたゲーム機はそのままで、ケーブルの抜けや緩みもなかった。
テーブルの上の小物も倒れた形跡はない。棚に置いてあったものも整然と並んでいたわ」
「確かに……。持ち上げられたなら、多少はズレるよね」
シロが思い出すように頷いた。
「……あ、ちなみにトイレに扉が無いのは、
狭いトイレに監視カメラを仕掛けるのは流石にコンプラ的にどうかと思ったので。
かといってカメラを設置しないのでは中の様子が確認出来ないので……。
扉を取っ払ってゲストハウスの中を見渡せるようにカメラを仕掛ける、ということに落ち着きました」
「結局カメラ仕掛けるんならコンプラもクソもないだろ……」
「それに、狭い所に仕掛けるとカメラを見つけられてレンズを隠される恐れもありますので……」
私が呆れた風に肩をすくめると何故か呆れた風に羽をすくめて返される。
「あの扉の無いトイレのせいで随分と難儀しましたわね。
皆様の前でお花を摘むのは恥ずかしくて出来ませんので、
ゲーム中に用を足したくなった時は、わざわざ隣のゲストハウスのトイレを使用したり……」
「り、律儀やな……」
ナツミが皮肉っぽく言う。
「まぁひとまず、建物の家具が固定されてる理由は分かったわ。
……何にせよ、死体発見現場は完全な密室だったことには変わりない。
その上、ポムちゃんの死体には目立った外傷も無し。
さぁて、ポムちゃんは一体どうして死んでしまったのかしらねぇ♪」
わざとらしい声音でそう言いながら、ライトはゆっくりと視線を横へ流す。
その先にいるのは――ノクスだ。
それに釣られるように、皆の視線も一斉に動く。
「あ、そう言えば……ノクスちゃんの魔法って……」
「……【念殺】……」
マリーとミサが呟く。
だが、ノクスは一切表情を変えない。
「ノクスちゃん、質問なのだけれど。
その【念殺】は、窓ガラス越しでも効力を及ぼすのかしら?」
ライトからノクスに投げかけられたその言葉は──『お前がポムを殺したのか』
もはや、そう問うているのと同じだった。
裁判場の空気がぴんと張り詰める。
「……ええ。窓ガラス越しでも有効よ」
その問いに短く答える。
そしてノクスはナツミの方へと視線を向けた。
「ただし、今回に関しては私の魔法は関与していない」
すると、待ってましたと言わんばかりにナツミが前に出る。
「ウチが証人やで~! ノクスちゃんは魔法を使ってへんってことの!」
「それはどういうこと?」
ノクスとナツミを交互に見ながらライトは問う。
「捜査時間終了間際、庭園で飛んでいた虫を一匹、
ナツミに視認してもらった上で【念殺】を使用したわ。
本当は虫を捕獲してから皆の前で証明するつもりだったのだけれど」
「時間ギリッギリでウチの前でやってくれたで~。
あれは紛れもなく、【念殺】やった!」
「あ、なんか二人で出て行ったのってそれを証明するため?」
ハイジがノクスに向かって問いかける。
「ええ。死体には外傷もなく、部屋には鍵やチェーンもかかっていた。
状況だけ見れば、私の【念殺】が最も疑われやすかった……。
だからこそ、私の魔法で殺したというノイズを排除するために
いち早く証明する必要があったと判断したわ」
それを受けて、ライトが静かに呟く。
「ポムちゃんの死亡推定時刻から見ても、
48時間のクールタイムがあるノクスちゃんには魔法を使っての殺害は不可能……」
そう呟いてから、ほんの少しだけ唇を尖らせる。
「はぁ、残念ね……」
「何が残念やねん!?」
ナツミが即座に突っ込む。
「いえいえ……一番分かりやすい解答が消えた、という意味でよ♪
密室で外傷もなしだなんて、あまりにも条件が揃いすぎていたもの」
「……でも、これで可能性は一つ消えたね。【念殺】は今回のポムの死因ではない」
ミサが情報を整理するように呟く。
ひとまず、ノクスの魔法で殺人が行われた線は消えた。
その結論に皆は納得したようだった。
「一向に死因が見えてこないし……捜査の時は時間が無くて断念したけど、
みんなのアリバイを一旦まとめてみる?」
私がそう提案すると、ライトはわずかに眉を寄せた。
「それも一つの手ではあるのだけど……。
今回のポムちゃんの死亡推定時刻にはかなり幅があるでしょう?
最後に確認されたのが18時台で、発見が22時頃。多く見積もって4時間。
それだけの時間があったら……正直、アリバイはあまり意味を成さないわ」
「うーん……確かにそうだな……」
「アリバイなんて、花火大会に参加してたメンツが21時前以降ずっと一緒やった、ってことくらいやしなぁ」
私もナツミも腕を組みながら唸る。
「ところで、花火大会って誰が参加してたの?
あたし気付かなくて参加し損ねたんだけど……」
ハイジが気まずそうに言うと、マリーが指を折りながら答える。
「マリー、ヤヒメちゃん、ミサちゃん、ナツミちゃん、
マキちゃん、シロちゃん、リンリちゃんだよ~」
「半分以上参加してたんだ……楽しそう……」
ハイジがぼそりと漏らす。
「ちなみに、18時台~22時頃まで常に誰かと会っていた、という人はいるの?」
──しん。
ノクスのその問いに誰も言わない。
「じゃあ……完璧なアリバイを持つ人はいないということね……」
「死因から特定していった方が良さそうだな……」
私のその言葉に、数人が小さく頷いた。
「外傷がないってなると……毒殺とか?
ほら、なんたらデキム、みたいなの無かったっけ?
犯人はそれを持ち出して、ポムを毒殺したんじゃ?」
ハイジが思い出したかのように言う。
「あ……ノクスが図書室で見つけた説明書に書かれてたやつか」
私は【魔女を殺す薬】──【ドゥオデキム】の説明書きを思い出す。
たしか、説明書きには──
『魔女、または魔女化した人が摂取すると即効性の毒となり、
魔女化していない人が摂取すると遅効性の毒となる』
そんな風な文言が書かれていたはずだ。
そして、経路を問わず体内に取り込まれた時点で効力を発揮する、とも……。
「ポムはその薬によって殺された可能性もある、ということね。
【ドゥオデキム】の説明を見る限り、遅効性の毒として作用したはずよ」
「……確か【魔女化】って、手の指先から変化が始まるって説明だったよね」
私の言葉に何人かはスマホを取り出して、
前にノクスから一斉送信で送られてきた【ドゥオデキム】についての説明と
『魔女化』について、の項目を確認する。
◇【ドゥオデキム】引き渡し時・注意事項
本薬品【ドゥオデキム】は、完成版毒薬B号以前の試作薬であり、
魔女因子との反応を前提として開発された試作段階の致死性薬剤──【魔女を殺す薬】です。
無色透明の液体であり、外観からは水等と判別しにくい点に留意してください。
本剤は、"魔女に付随する不死性"を一時的に無効化する作用があり、
その性質上、対象によって死亡までの経過が異なります。
治験段階において、
この結果を踏まえ、
当該条件下では効果は即座に発揮し、短時間で死亡に至る可能性が高いと判断されています。
一方、
または
致死反応は比較的緩やかに進行しますが、
また、魔女化した個体に対する治験において、
死亡後に瞳が宝石状に結晶化する副作用が確認されています。
この現象は魔女因子との反応に起因するものと考えられ、
純粋な魔女に対しても同様のものが現れる可能性があります。
本剤は希釈された状態であっても、
魔女因子との反応が確認された場合、同等の効果を発揮します。
なお、本剤は体内に取り込まれた場合、経路を問わず効果を発揮します。
本薬品の性質を十分に理解した上で、その使用については慎重にご判断願います。
◇『魔女化』について
魔法少女が強いストレスによって異形へと姿を変えることを言います。
魔女化による精神的な症状の特徴として、強い殺人衝動や被害妄想、自我の喪失などがあります。
身体的特徴として、異形化があります。
魔女化による異形化はまず指先から始まり、爪が伸び、手、腕、肩へと広がっていきます。
その変化が胴体に達した時点で、異形化は全身へと波及します。
頭部が変質する頃には下半身にも変化が及び、最終的に足先にまで至ります。
魔女化による異形化が始まると、『不死性』を獲得します。
魔女化が進むと、自身の元々持っていた魔法がより強力なものになります。
「……でも、ポムの体は別に何ともなってなかったから、魔女化はしていない。
もしポムがこのドゥオデキムで殺されたのなら、遅効性の毒でって事になる。
つまり、あらかじめ冷蔵庫の中の飲食物とかにこの毒が仕込まれていたのなら……」
「外傷の無い密室殺人も可能、というわけね。
遅効性だったら、その場に飲食物の痕跡が残っていなくても不思議ではないわ」
ノクスが私の言葉を継ぐように呟いた。
「ちょっと待って、そもそもそのドゥオデキムとやらってほんとにあるの?
いきなりそんな訳の分からない薬でポムが殺された、とか言われても納得出来ないんだけど……」
リンリが腕を組みながらあからさまに疑念を示す。
「薬を保管できそうな場所なんて、医務室くらいですわね。
他にお誂え向きな所なんて心当たりありませんわ……」
「でも、結局そんな毒薬なんて医務室に置いてない、ってなったんじゃなかった~?」
ダイヤの言葉に、ヤヒメが思い出したかのように答える。
「……そういえば、イリスは初日に医務室を確認した時、
無色透明の液体がいくつかあったって言ってたよね?」
「は、はい……! 数字やローマ字が書かれたラベルが貼られているだけで、
何の薬かまでは分からないものがいくつか……」
「じゃあ……そこから毒なんかが持ち出されて今回使われたとかは……?」
ハイジがおそるおそる言葉を発する。
すると、ライトがそれに割って入った。
「医務室から薬品が持ち出された可能性は低いと思うわ。
そうでしょう? イリスちゃん」
「は、はい……!」
イリスはその視線を受け、慌てて同意する。
「そう言えば、捜査終了間際にライトとイリスって医務室に行ってたんだっけ。
あれって何しに行ってたんだ?」
私が尋ねると、ライトは余裕の笑みを浮かべて答える。
「医務室から何か持ち出された形跡がないか確認していたのよ」
「……どういうこと?」
「ノクスちゃんがドゥオデキムの説明書きを見つけた日……三日前ね。
私は医務室の薬品棚をスマホで撮影しておいたの。
特に、無色透明の瓶が並んでいる棚を重点的にね」
「スマホで……?」
「ええ。もし後から誰かが薬品を持ち出せば、瓶の並びや間隔、向きに変化が出るでしょう?
捜査終了間際にその写真と棚を見比べたけれど、配置は一切変わっていなかった。
つまり、医務室から薬品が持ち出された可能性は低いということよ」
「えっと……私も同行して見比べさせてもらいました。
私は初日に医務室の棚を見ていますので、覚えてる限りでは並びに変化はなかったかと」
イリスもライトの発言を補強するように、やや控えめに答える。
「まぁ、イリスちゃんとのダブルチェック、というやつね♪」
「わ、わざわざそんなことしなくても、どれがどんな薬なのか分からないんだし
ピンポイントで毒薬を持ち出すのなんて不可能なんじゃ……」
眉をひそめるリンリに対し、どこか楽しげにライトは言った。
「あら、別に毒薬を特定しなくても上手くいけば毒殺出来る方法もあるわよ?」
「え? どうやって?」
「そんなの簡単よ。無色透明の液体を少量ずつ片っ端から混ぜて盛れば良いのよ」
その中にたまたま毒性のあるものが混ざっていれば……大当たり、というわけ♪」
「えぇ……ドリンクバーじゃないんだから……」
「それが行われたかどうかを知るためにも、わざわざスマホで撮ったってわけ。
そんなことをしたら絶対に並びや向きに変化が起こるからね。
……まぁ、少量ずつだし、何か化学反応が起こって毒性が失われるかもしれないし、
そもそも毒性のある液体なんて元からないかもしれない。成功率はかなり低めだけれど」
ライトは肩をすくめる。
あくまで可能性の提示に過ぎない、という態度を崩さなかった。
「しかもコルク栓のものもあったので、誰かが普通に開けてまた蓋をしたのなら
写真と比べたときの変化はほぼ分かるかと思います……」
イリスがライトに補足するように皆に伝える。
「一応、みんなにも写真を送っておくわ。
初日やそれ以降に医務室を確認した子がいれば、思う存分見比べてくれて良いわよ♪」
ライトはそう言いながらスマホを操作して写真を一斉送信した。
"自分は薬品を持ち出していない"と証明するためでもあるだろう。
「……私も何度か薬品棚を確認しているけど、明確に分かるほどの変化はないわね」
送られてきた写真を見たノクスは呟いた。
「……まぁ、医務室から何かが持ち出された可能性は低い、ってのは分かったけど……。
じゃあ、医務室以外の場所からそのドゥオデキムがたまたま犯人が見つけたって線は?」
「……無いこともないとは思うけど。それだと少し不可解なことがあるわ」
「え? 不可解なことって?」
ノクスのその言葉に、ハイジが思わず首を傾げる。
「もしポムがドゥオデキムで殺されたのなら、わざわざゲストハウスのポムを狙うのは合理的ではない。
私はポムのゲストハウスには一度も入った事がない。他に入ったことのない人はいる?」
促すような視線が巡る。
ミサ、マリー、ナツミ、リンリが順に手を挙げる。
その様子を確認してから、ノクスは小さく頷いた。
「ポムは一人で訪ねてきた人間を頑なに入れなかったと聞いているわ。
……そうよね、ナツミ」
「せやな。ウチが一人で行っても警戒して入れてもらえへんかったし。
ライトちゃんもそうやって聞いたで?」
「ええ、その通りよ」
「あー、私も。ポムんとこ遊び行ったら、
『誰かと一緒に来て』ってインターホン越しに言われたわ。
じゃあいいや、ってなって結局そのまま入らなかったけど」
ライトとリンリが軽く肩をすくめる。
どうやらそれほどまでにポムの警戒心の根は深かったようだ。
ノクスはそこでゆっくりと場を見渡した。
「つまり、あの建物に入るには最低でも二人以上である必要があったということよ。
この場合、"ポムのゲストハウスに入ったことがない"という虚偽は成立しない。
仮に一人が嘘をつけば、必ずもう一人の証言と衝突する」
そして淡々と続ける。
「だからこそ、立ち入らなかったと名乗り出た今の五人は、
少なくとも"ゲストハウス内部で毒を盛った犯人"からは外れるわ。
そして──毒を使って殺したいだけなら、
もっと不特定多数が利用する場で使う方が容疑は拡散する」
「……例えば?」
ハイジが不安げに問い返す。
「食堂の食事に混ぜる。共有の飲み物に仕込む。
そうすれば誰がいつ仕込んだのか分からないし、誰が狙われたのかすら曖昧になる。
犯人の目的が"誰でもいいから一人殺して卒業すること"だと仮定するなら、
わざわざゲストハウスで毒を盛って容疑を自ら狭める選択はしないはずよ」
「……ほな、毒薬やない可能性の方が高い、ってことか?」
「少なくとも、ゲストハウスで毒を盛ったという仮説は優先順位を下げていいと思うわ」
ノクスは感情を挟まず淡々と結論付ける。
毒は使われていない、と断定はしていない。
合理的に考えて可能性は低い、と冷静に整理しているような口ぶりだ。
そこにマリーが声を上げた。
「あ、でもヤヒメちゃんは一人でも入れてもらえたって言ってたよね?」
「そうだね~。たまに時間が空いた時に遊びにね~。
というか、昨日なんてポムちゃんから誘ってくれたよ~。
それで今日ライトちゃんも誘って、マキちゃんと四人でゲームしてた~……」
そのマリーの声にヤヒメは相変わらずのんびりした口調で答える
けれど、その語尾はいつもよりわずかに重い。
今朝の記憶をなぞっているせいか、視線がどこか遠くを向いている。
ポムと笑い合っていた時間がまだ鮮明に残っているのだろう……。
「じゃあ、ヤヒメにだけは心を開いていたということね」
「ま、初日にポムちゃんに付き添ってたのもヤヒメちゃんやったしな……」
ノクスの言葉にナツミがぽつりと補足する。
「ひとまず、毒で殺された可能性は低い、というのは分かりましたけれど……。
だとしたら、どうしてポムさんは死んでしまったんですの?
体には傷らしい傷もなかったのですわよね?」
ダイヤは腕を組み、眉間に皺を寄せながら周囲を見渡す。
死体の状況からして死因は限定的な分、より不可解だ。
外傷なしの上に完全なる密室。魔法もほぼ否定されている。
条件が削ぎ落とされていくほど、逆に死因は霧の中へ沈んでいく。
「じゃあ、自然に発生した毒で死んだ可能性は?」
するとリンリが顔を上げながら、ぽつりと口にする。
「自然に……?」
皆がリンリの方へと視線を向ける。
「うん。なんかさ、あの周辺って匂いあったじゃん? 腐った卵みたいな。
それでさ、硫黄からなんたらガスとかが出てさ。
それが部屋に入り込んで中毒死した……とか?」
場の何人かが顔をしかめる。
硫黄という単語だけで、鼻の奥にあの独特な匂いが蘇るようだった。
その言葉にイリスが静かに視線を上げる。
「確かに……条件次第では有毒ガスで死に至ることはあります。
例えば、硫化水素が発生した場合、高濃度なら硫化水素中毒による死亡は考えられます。
ただ……硫化水素の比重は空気より大きいんです。
ですので、発生した場合は低い場所に滞留しやすい傾向があります」
するとイリスは、部屋を捜査した時の情景を思い出すように続ける。
「ポムさんが倒れていた部屋を調べる時、私は床付近の匂いを重点的に確認しました。
ですが……ガス特有の腐卵臭は一切感じられませんでした」
「あー、やってたやってた……」
少し上を向いて思い出すかのようにリンリは言う。
リンリの言葉に少し頷きながら、さらにイリスは続ける。
「それに……中毒死に至るほどの濃度になるには、明確な発生源が必要なんです。
密閉空間であっても自然にそこまで濃くなるのは難しいかと……」
「部屋の中にはそれらしき装置や薬品もなかったしね……」
私の言葉に続けるようにイリスは言う。
「はい、化学反応が起こった形跡も見当たりませんでした……」
最後に皆を見回したあと、目を伏してイリスは言った。
「……では、匂いのない一酸化炭素での中毒死は考えられませんの?」
ダイヤがはっと顔を上げ、声を張った。
「一酸化炭素……?」
シロが不安げに繰り返す。
ダイヤは勢いのまま続ける。
「無色無臭。気づかぬうちに意識を失い、そのまま死亡……。
密室であれば理屈としては成り立ちますわよね?」
一見もっともらしい。
だがライトがすぐに口を開く。
「一酸化炭素は不完全燃焼で発生するわ。
部屋にはコンロがあったけど、周りには焦げ跡も、煤の痕跡もなかったわね」
ダイヤがわずかに言葉を詰まらせる。
「で、では……外部から管などで送り込んだ可能性は……?」
必死に可能性を拾おうとする声色に、ライトがくすりと笑う。
「その場合、痕跡が残るでしょうねぇ。
穴を開けるなり、装置を設置するなり。
そんなあからさまな細工があれば、さすがに見逃さないわ。
あの部屋にあったものなんて、せいぜい……」
そう言いながら、ライトは言葉を止める。
「……せいぜい?」
「何かありましたの?」
その様子に、ハイジとダイヤが怪訝そうに尋ねる。
「えーと、カンチョー人形の中身らしき黒い端末が置いてあったんだよ。
食器棚の一番下に、ぽつんと」
「カンチョー人形……?」
ライトの言葉を継ぐように、私は説明する。
「うん。リモコン操作で青いランプと赤いランプが点灯するだけの装置だった。
見た感じ、ただの電子ペットの中身の端末っぽかった」
私は黒い端末を思い返す。
リモコン操作で点灯するランプ──それ以上の機構は見当たらなかった。
「少なくとも、ガスを発生させるような構造には見えなかった。
噴出口も、燃焼痕もなかったし」
「結局のところあの端末が何なのか分からずじまいだけど、
殺人機構は備わってはなさそうよねぇ」
ライトが頬に指を当てながら言葉を発した。
「ランプも点灯してなかったっぽいよね。
点灯してたら、ポムちゃんが"何だこれ?"ってなってたろうし……」
「相変わらず謎のままだな、あの端末……」
シロの言葉に私が腕を組みながら返す。
「まぁ、ポムがガス中毒か何かで死んだのなら……部屋を開けた瞬間に、
私たちも何かしら体調に影響を及ぼしてそうだしね……。
気分悪くなったり、眩暈がしたり……」
リンリはため息を付きながら、この線でもないかと言わんばかりに肩を落とした。
その横で──
話を聞いているのかいないのか分からない顔で腕を組み続けていたナツミが――
突然、爆発した。
「おわぁーーーーーーーーーーーーーーーー!?!?」
場の空気がびくっと跳ねる。
「ど、どうしたのナツミちゃん!?いきなり大声出して……」
シロが目を丸くしながら身を引く。
私も思わず肩をびくつかせた。
「天啓や!! ウチの頭ん中に降りてきよった!!」
ナツミは勢いよく証言台を叩きながら叫ぶ。
「て、天啓……?」
私とシロはほぼ同時に呟いた。
ノクスは眉ひとつ動かさない。
ライトは楽しげに目を細めている。
ナツミは指をびしっと立てながら言う。
「あの密室の中、匂いも痕跡も残さんで、ポムちゃんをヤれる方法や!!」
ダイヤが引き気味に口を開く。
「……お言葉は選んでくださいませ」
「細かいことはええねん!!」
ナツミは構わず続ける。
「あの密室な……実は完全な密室ちゃう可能性あんねん!
ほんのちょっとだけドアが開くねん」
「開く……?」
私は思わずナツミの言葉を復唱する。
あのドアには鍵とチェーン。
外側からは開けられない構造だったはずだ。
「せや。正確に言うたら……ほんの少しだけ開けられる子がおんねん……!」
ナツミはゆっくりと視線を巡らせる。
「……」
そしてそのナツミの言葉を聞いた瞬間、私は一人の冷たい視線がナツミに突き刺さるのを感じた。
「一人だけおるんや……。あのドアの鍵を開けられる子が……!
この中に一人……あの密室を破れる子が……!!
……それは…………」
溜める。
誰も口を挟まない。
ナツミはさらに溜める。
「…………それは…………」
「…………………………………………」
それはもう溜めに溜める。
ノクスの視線が鋭くなる。
シロがごくりと唾を飲み込む。
マリーは真剣にナツミを見つめている。
ライトがイラっとした風な表情を見せる。
イリスが不安げにその様子を見守る。
誰かがチッと舌打ちをする。
「……お前やーーー!!!」
そしてようやくナツミの指が勢いよく突き出される。
その先に立っていたのは……微動だにしないミサだった。
静かに冷たい目でナツミを見返している。
「ミサちゃんの【凍結】の魔法で……氷の鍵を作ってピッキングしたんや!」
『それはみんな見ていましたけども』という全員の視線を真正面から受け止めつつ、
ナツミは勢いに任せて続ける。
「ほんで……チェーンのかかったドアの隙間から、魔法で"凍死"させたんや!!」
「と、凍死……?」
私は思わずナツミに聞き返す。
「せや。凍死やったらガスちゃうから匂いもない。
しかも、凍死させた後は魔法を解除すれば溶けて痕跡も残らんって寸法や!」
ナツミは「どうや!」と言わんばかりに胸を張る。
そこに依然冷たい目のままミサが言う。
「まず一つ。私は無抵抗のまま凍死させられるような大規模な温度操作は出来ない。
二つ。凍死させたなら低体温症による凍傷なり何なりの変化が体に見られるはず。
三つ。そもそもその方法で殺したならピッキングで開けるなんて実演などしない」
「あ、三段論破だ」
ハイジがぽつりと言った。
「……」
ナツミがその言葉で黙ってしまう。
そこに畳みかけるようにイリスが言う。
「と、凍死するまでには時間がかかりますし……その間ポムさんがじっとしていたとは思えません。
低体温になるまでには過程がありますので……。
意識が朦朧とする前に、何らかの行動を取る可能性が高いかと……」
「……」
「それに、室内の他の物体にも【凍結】の魔法による痕跡が残るでしょうねぇ。
窓や床、家具、ベッド、テレビやゲーム……。
でも、そんな痕跡はなかった。部屋は至って普通だったわ♪」
ライトもそれに追撃する。
楽しげに言いながらも、最後に小さくウインクまで添える。
「……」
ナツミはその場で固まる。
酸欠気味の金魚のように口をぱくぱくさせているが、言葉は出てこないようだ。
そしてその口すらも閉じてしまった。
ナツミはしばらく黙った後──
「ごべーーーーーん!!!
ウチが悪がったァーーーー!!!!」
ナツミは先ほど叩いた証言台に両手を付きながら頭を下げる。
「せっかくドアを開けてくれたミサちゃんを疑うなんてひどいよ~……」
「ごめぇん!!!」
ヤヒメの言葉に全力で謝罪するナツミ。
「本当だよ……ひどいよ! 火刑だよ!!」
マリーがすごく怖い事を言う。
「か、火刑!?そこまで!?
マリーちゃんどないしたん!?」
「いいね、マリー。こいつは火刑にしよう」
ミサが微笑みながらマリーに同意する。
そこにノクスが助け舟を出すような風に言う。
「……ナツミは私の魔法の証明に付き合ってくれたわ。
そのせいで捜査も出来なかったわけだし、その……」
ノクスはそこで言葉を止める。
普段なら論理を最後まで組み上げる彼女が珍しく語尾を曖昧にした。
視線がわずかに揺れる。
数秒の沈黙……。
そこへ、軽やかな声が差し込む。
「そうね。そのせいで頓珍漢な推理を披露してしまっても仕方ないわね。
みんな、許してあげましょう♪」
「全然フォローになってへんで?」
ライトは楽しそうに指先を唇に当て、
いかにも寛大な判決を下すような仕草をする。
そしてそれにナツミが遠い目でツッコミを入れる。
その目はもう悟りの境地だった。
私は苦笑いを浮かべながら、何気なく口にする。
「……それに、凍死しそうになったら窓ガラスを割って外に逃げれば良いだけだし……」
そう言ってから、妙な静けさに気付く。
何人かがゆっくりとこちらを見ている。
その妙な視線の温度に思わずぎょっとして、私は慌てて言葉を足す。
「……え、私、何かおかしなこと言ったか……?」
すると、マリーが真っすぐこちらに向かって言う。
「それは無理だよ」
「む、無理……?」
マリーの言葉に思わず聞き返す。
すると、ミサが言う。
「……あれ、マキ知らなかったの?
あの窓ガラス、ずっと前からヤヒメの【物質強化】の魔法がかかってるんだよ」
一瞬、呆気に取られる。
「え……?」
「え、そうなん? ウチは知らんかったんやけど」
「私も」
私の間抜けな声に被せるように、ナツミとリンリが言った。
すると、ヤヒメが補足するように説明する。
「ゲストハウスにポムちゃんを連れてった時にね~、
ポムちゃんからお願いされて、一面の窓ガラスに
【物質強化】の魔法をかけてあげたの~」
その言葉に、ヤヒメがポムに付き添っていた時の事を思い出す。
「あ、あの時か……!」
私が思わず顔を上げると、ヤヒメはゆるく頷きながら続ける。
「あの窓ね~、誰でも玄関から回り込めば外側からすぐ立てる構造だったでしょ~?
だからポムちゃんが言ったの~。
『窓ガラスさえ強化してくれたらセキュリティ万全だから、お願い』って~」
「ほな……ポムちゃんがゲストハウスに籠りっきりになってからずっと、
窓ガラスには【物質強化】の魔法がかかってたってこと?」
「うん~。あたいの魔法、一度かけたら解除するまでずっと続くから~」
ミサがヤヒメとマリーを交互に見ながら言う。
「ヤヒメから聞いてたから、私とマリーは知ってたよ」
「うん! これでポムちゃんも安心だねって」
どうやらいつも三人一緒のヤヒメ、ミサ、マリーの間では周知の事実だったようだ。
「わたくしとイリスさんとハイジさんも知っていましてよ」
「だね~。BBQの前に遊んだ時にポムに教えてもらった」
「は、はい……! 私もその時にお聞きしました」
ダイヤの言葉にハイジとイリスが同意する。
「私は知らなかったわね」
「わ、私も……」
ノクスとシロが静かに言う。
「私も初耳ねぇ。
知っていた子と知らなかった子は半々、といったところかしら」
ライトが短くまとめる。
知らなかったのは、私、シロ、ノクス、ライト、ナツミ、リンリの六人ということだった。
「ちなみに、その【物質強化】の魔法がかかったあの窓ガラスって
どれくらいの強度になってるんだ?」
ふと気になって私はヤヒメに尋ねた。
「普通の強化ガラスよりもよっぽど強いと思うよ~」
のんびりした様子で言うヤヒメに、ライトが更に確認する。
「確かヤヒメちゃんの魔法って、
強化対象の体積が小さければ小さいほど強度が増すのよね?」
「うん~。ゲストハウス自体を強化しようとすると、
体積が大きいからちょっとしか強化出来ないけど、
窓ガラス一枚だけなら平べったいから~。バットで思いっきり殴っても傷一つ付かないかも~」
さらっととんでもないことを言う。
「そ、それはすごい強度だな……」
私は思わず苦笑いを浮かべる。
改めて、凄い魔法を持ってる面々が集められていると実感する。
「だったら、なおさら窓ガラスを割って逃げるなんて無理ってことか……」
私が呟いた瞬間、
「そもそも私が凍死させるのが無理」
即座にミサのツッコミが飛んでくる。
(そこはナツミに言ってくれ)
心の中でだけぼやく。
だが、ようやく合点がいった。
ポムがあの構造のゲストハウスから頑なに出てこなかった理由。
一面の大きな窓ガラスに施されたヤヒメの【物質強化】。
銃業員も入って来ることはなく、ドアにはチェーンにインターホンも付いている。
ポムにとって、あそこは堅牢な居城だったのだろう。
安心できる自分だけの砦。
だからこそ、ずっとあそこに泊まり続けていた。
だが──
その内側でポムは死んだ。
窓は絶対に破れず、外から侵入はできない。
だとしたら、一体なぜポムは死んでしまったのか。
(外からじゃないとなると……)
"中から"?
(中で何か起こったのが原因で……?)
閉ざされた内側の空間──。
ふと私は部屋の様子を思い出す。
点いたままのテレビに映し出されていた、不気味な雰囲気の一時停止画面。
そしてゲーム機から覗いていたホラーゲーム特有の暗いタッチのソフト。
そして、その疑問を口にする。
「ちょっと気になったんだけど、あの部屋ってゲームが点いたままだったよね?
しかも……ポムが苦手だって言ってたホラーゲームの画面がさ」
私が口にした瞬間、全員の視線がこちらに集まる。
「そもそもなんでポムは、
苦手だって言ってたホラーゲームをプレイしてだんだろう、って思って……」
すると、私の声にイリスが返す。
「私も疑問に思いました……"QUIET KNOLL"というソフトでしたよね。
あのゲーム、とても作り込まれていて……。
初心者の方にとっては、かなり精神的な負荷が強い作品かと……」
「え、ポムちゃんそのゲームやってたの~?
そのゲームって……」
ヤヒメの視線がゆっくりとライトへ移る。
そして少しだけ間を置いて言う。
「……ライトちゃんが今日のお昼に、ポムちゃんに勧めてたゲームじゃなかったっけ~……?」
「……」
ライトは何も言わない。
「え、どういうこと?」
私が問いかけると、思い出すようにヤヒメは続ける。
「今日のお昼、マキちゃんがゲストハウスから帰った後にね~。
ポムちゃんとライトちゃんとあたいの三人で、
ライトちゃんの【封印】から出してくれた"カオカームー"っていう料理食べたの~」
「な、なにそれ……」
「聞いたことない料理だ~……」
ハイジとマリーがヤヒメの方を見ながら言う。
「豚足ですわね。長時間煮込んだ豚足をご飯に載せた料理ですわ」
ダイヤが補足する。
「それでね~……ポムちゃん、すごく気に入って……。
その時ライトちゃんが『食わず嫌いはするものじゃないわよ』
って言って……そのあと、ホラーゲームも勧めてたの~……」
「え、じゃあまさか、その時勧めてたソフトが……」
私の言葉にヤヒメは頷きながら言う。
「うん、ポムちゃんがやってたゲームだよ~……」
その一言で、記憶が鮮明に蘇る。
今日の夜、食堂でポムと顔を合わせたときのこと。
その中で交わされた、マリーとポムの何気ない会話。
『夜からはもっとたくさんいるかな?
ポムちゃん、このあと虫とりにいこー!』
『うーん、夜はお風呂入った後、
ライトに勧められたゲームしたいから……ごめん』
『むー、わかった』
あの時、確かにそう言っていた。
私が口を開きかけた瞬間、マリーがはっとしたように声を上げる。
「あっ! 言ってた!
ポムちゃん、ライトちゃんから勧められたゲームするって!」
シロも慌てて続ける。
「う、うん! お風呂の後やるって……言ってたよ!」
場の空気が静かに変わる。
誰も言葉を発さないまま、ゆっくりとライトへ視線が集まっていく。
ライトはしばらく黙ったまま、指先で自分の髪を軽く弄んでいる。
その仕草はいつも通りで、余裕すら感じさせる。
すると──
ようやく口を開く。
「……だから何かしら?」
声音は穏やかだったが、いつもよりもわずかに硬い。
ライトの言葉を最後に場がしんと静まる。
誰もすぐには口を開かない。
まるで踏み込んではいけない一線を探っているかのように。
重たい沈黙──
少しだけためらいがちに、
皆の言葉を代弁するかのようにその沈黙を破ったのはハイジだった。
「……ホラゲーやっててショック死したんじゃない?」
ぽつりと言った。
場が静かだった分、余計にその言葉は裁判場に響いた。
「しょ、ショック死……?」
「え、そんなことあるの……?」
マリーとリンリが茫然と声を漏らす。
流石に信じられないといった様子だった。
「理論上は……極度の恐怖や驚愕で、
急性の不整脈や心停止が起きる可能性はゼロではないけれど……」
ノクスがゆっくりと口を開く。
断定はしていない口調だったが、それにイリスが続ける。
「はい……極めて稀です。
基礎疾患や強いストレス要因があれば別ですけれど……。
ポムさんくらいの年齢で、ゲームが直接の原因でショック死するのは……」
「ええ、もちろん非現実的よね♪」
ライトがわずかに口角を上げる。
だが、どこか周りを小馬鹿にした響きが混じっている。
「それに、あの部屋には明かりが点いていたじゃない。
わざわざ部屋を暗くしてプレイしていたわけでもない。
ポムちゃんも身の程をわきまえていたってことね」
「まぁ、ホラゲー初心者がわざわざ夜に部屋を暗くしてプレイするわけないもんなぁ……。
なんでそんな妙に思い切りが良いんだって感じだし……。
電気が点いてたのなら怖さも半減してたろーし」
ハイジがため息交じりに言う。
私も記憶を辿る。
「確かに"心臓が弱い"みたいなことは言ってたけど、
あれって恐怖耐性の話だったよね。
持病があるとかそういうニュアンスじゃなかった」
「ポムちゃんの体だけを見れば、そんな風に死んじゃったって思っても仕方がなかったよね……。
左手で胸を押さえるように、仰向けに倒れてたし……。
驚いて心臓が止まっちゃって、胸を押さえて倒れた、みたいな……」
シロがぽつりと呟く。
そのシロの言葉に、ポムが倒れていた時の光景が脳裏に浮かぶ。
仰向けに倒れた体。左手は胸の近くにあり、右手は無造作に床に放り出されていた。
確かに心停止したと言われても納得できる死体だった。
「全く、そんなので死なれてたまるもんですか。
億が一ゲームが原因で死んだのなら、ゲームを勧めた私が犯人になっちゃうじゃない」
ライトが腕を組みながら怫然とした様子で言葉を零した。
「はは……さっきカンチョーが言ってた通りにね……」
私は半ば冗談のつもりで続けて言ったが、じろり、と睨まれる。
「……だけど……いよいよ霧の中だね」
ミサがほんのわずかに視線を落としながらぼそりと呟く。
その声は小さかったが、彼女がそう事実を口にすることで
場の空気は一段と重くなった。
完全な密室、死体に外傷は無し。
部屋自体には抜け穴もなく、魔法が使われた形跡も見当たらない。
毒が盛られた可能性も低く、自然発生の有毒ガスによる死とも考えられない。
死亡推定時刻も開いており、そもそも死因すら断定できていない。
──殺されたのかどうかさえ、分からない。
「…………」
裁判場が深い沈黙に包まれる。
皆一様に重い顔をしている。
ヤヒメとイリスは揃って重々しい顔で俯いている。
ヤヒメは【物質強化】の魔法がかかっていたにも関わらず、ポムが死んでしまったこと、
イリスは自分自身が入念に部屋の中を調べたにも関わらず、手がかりが見つけられなかったこと。
二人はそれぞれ違う理由で顔を曇らせているようだった。
マリーも口を閉じ、シロは不安そうに視線を泳がせている。
最後にポムと会ったであろうこの二人も、思うところはあったのかもしれない。
いつもは多弁のナツミですら、今は何も言わない。
ただ無意識に指先で証言台をなぞり続けている。
ライトも珍しく言葉を発しない。
いつもなら皮肉の一つでも挟むところだが、
今は顎に指を当て、静かに考え込んでいる。
その瞳の奥にある計算の光が僅かに鈍っている気がした。
ノクスは腕を組んだまま、目を閉じて思考を巡らせている。
組み上げた理屈を、頭の中で何度も検証しているのだろう。
やがてゆっくりと目を開く──だが、その瞳はいつもの確信に満ちた色ではない。
「……分からない……」
低く絞り出したようなその声には明確な焦りが滲んでいた。
この事件はもはや迷宮入りの様相を呈してきた。
推理は行き詰まり、決定的な証拠も明確な死因も見えてこない。
ただ一つ確かなのは、ポムが死んでいたという事実だけ。
最悪の場合──
"突然死"や"病死"という曖昧な結論に押し込み、
ポムを魔女として投票するしかなくなる。
(何かまだ手掛かりがあれば……)
なにか、ひとつ。
たったひとつでいい。
情報があれば。
私は今日何度目かも分からないほど、あの部屋の光景を思い返す。
あの部屋の中にあったのは──。
トイレ、ベッド、テレビ、ゲーム、テーブル、椅子。
棚コンロ、台所、冷蔵庫──
そして……インターホン。
(……インターホン?)
私の頭の中にふとある考えがよぎる。
まぁ、駄目元で言ってみる価値はあるか、と何の気なしに口にする。
私はカンチョーの方を向いた。
「カンチョー。インターホンの映像とか通話の履歴ってここで見られるのか?」
「はい」
まぁ、そりゃ無理か……。
裁判場で見られる映像の記録なんて、これ見よがしに設置されてた監視カメラだ……
け……?
「え……?」
「見られます」
眠そうに羽を振りながらあっけらかんとカンチョーは答えた。
「内側から通話ボタンが押されると、
インターホンの画面が映って自動的に録画が開始されますので。
スマホ、タブレット同様に日時も保存されています」
裁判場にどよめきが走る。
「え!?見れんの!?時間まで!」
「じゃ、じゃあ何かわかるかも!」
ハイジとマリーが揃って声を上げる。
「18時台以降に誰か訪ねてきたとしたら、
死亡推定時刻がもっと絞れるかもしれません!」
「はよう再生せんか~い! もちろん今日の履歴全部や~!!」
さっきまで沈み切っていた空気が、嘘のように跳ね上がる。
ナツミは証言台を叩き、
シロは期待と不安の入り混じった目で画面を見つめる。
ノクスは腕を組んだままだが、明らかに集中の度合いを上げていた。
一方でカンチョーは露骨にうんざりした様子だ。
「あ……じゃあ今日の分からで……。
寝起きで頭に響くのであんまり大声出さないで下さい……」
ぶつぶつ言いながら、羽で端末を操作する。
やがて裁判場の大きなスクリーンに、インターホンの映像が映し出される。
映し出された顔は──ライトだ。
時刻は【08:30】
朝の柔らかな光が、ゲストハウスの玄関前を照らしている。
画面の中のライトは、いつもの余裕のある微笑みを浮かべていた。
『開けてくれないかしら?』
『……ライト、一人?』
『ええ』
『いや怖いから無理。ヤヒメと来て』
『どういう意味? ヤヒメちゃんに誘われたのよ』
『ライト一人じゃ、ドア開けるの怖いから』
『……』
『誰かと一緒に来て』
映像のライトの顔が露骨に強張る。
青筋が浮かんでいてもおかしくない様相だった。
それ以上言葉を交わすことなく、ライトは画面から去っていく。
無人の玄関前だけが映り続け、やがて映像が暗転する。
裁判場になんとも言えない微妙な空気が流れる。
「くっそ警戒されてて草」
「おおよそ私がライトから聞いた通りだったな……朝の時に」
ハイジと私はライトには聞こえないくらいの小声で呟いた──
つもりだったが、しっかり聞こえていたようだ。
ライトがすっごくにこにこしながらこちらを見ている。
「じゃ、じゃあ次行こっか!」
「そ、そうだな!」
私とハイジは思わず声を合わせる。
カンチョーが小さくため息をつきながら次の履歴を再生する。
次に画面に映ったのは──
私とライトだった。
時刻は【09:08】
「あ、それでマキ連れてきたのね……ブフッ」
「……」
ライトは依然として笑顔のままハイジを見つめているが、ハイジは気付いていなかった。
会話を交わすことなく、そのまま映像が暗転する。
「今日の朝、ライトと一緒に行った時だよ。
ポムは私とライトの姿を確認したらドア開けてくれた」
「それで、そのあと三人で推理アドベンチャーゲームをしたのよね」
私とライトは今朝のことを思い出すように言う。
「マキちゃん……私も誘ってくれれば良かったのに……」
「ご、ごめん……なんかテンション的に誘いづらくて……」
シロのむっとした表情に慌てて返す。
「なるほどなぁ。今んとこ、別におかしなとこないなぁ」
「ただ遊びに来ただけって感じだしね」
ナツミとリンリが腕を組みながら、映像を食い入るように見る。
カンチョーが次の映像へと羽を滑らせる。
「では、次の履歴を……」
画面が暗転する。
『やっほ~。遅れてごめんね~』
表示されている時刻は【10:30】
寝起きのようなのんびりした顔のヤヒメが映し出される。
髪は少し跳ねて目もまだ半分眠たげ。
まるで散歩の途中でふらっと立ち寄ったかのような気負いのない姿だった。
『今開けるね』
一切の警戒もない柔らかいポムの声が入る。
短い会話と共にヤヒメが画面外へと消えて、やがて無人の画面も暗転する。
「今日の朝に、あたいが遊びに行った時のやつだ~……」
「ライトとの差よ」
「扱い全然ちゃうやん」
リンリとナツミがぽつりと呟く。
するとライトが小さく咳払いをして弁明するように言う。
「……まぁ、この時は中に私とマキちゃんがいたからかしらね。
ヤヒメちゃんが一人でやってきても警戒せずに開けたのでしょう」
「どう考えてもそういう問題じゃない気がするけど。人望の差でしょ」
即座にミサが突っ込む。
しばらくやいのやいの言い合ったのを見届けたカンチョーが、
おもむろに次の履歴に羽を伸ばす。
「……続けますよ?」
画面が暗転する。
次の瞬間、画面には、ダイヤ、イリス、ハイジの三人の姿。
映し出された時刻は【14:31】
『ちぃーっす。遊びにきたぜ~』
『ごきげんよう。食堂からドーナツをお持ちしましたわ』
『み、皆さんで食べましょう……!』
『お、ありがと。今開ける』
三人がにこやかに画面の外へと消える。
「あたし達が午後に遊びに行った時のやつだね~」
ハイジが軽い調子で言う。
そこへライトが補足する。
「私がゲストハウスを出てから30分後ね」
「そういえばライトちゃん、14時頃に出てったっけ~」
「ええ。食堂でゆっくりティータイムを嗜もうと思ってね」
どこまでも優雅な口ぶりだった。
ライトは14時頃にゲストハウスを出た。
その後、14:31にダイヤ、イリス、ハイジが訪問。
「じゃあ、その時ゲストハウスの中には何人いたんだ?」
私が確認すると、ダイヤが指折り数える。
「わたくし、ポムさん、ヤヒメさん、ハイジさん、イリスさんですわね」
「五人だね」
リンリが頷く。
「四人対戦のゲームを回しながらやってました……!」
イリスが少し嬉しそうに言う。
「負け抜け方式でね~」
ハイジが軽く笑った。
すると、ノクスが確認する。
「ポムに体調の異変は?」
「ありませんわ」
「顔色も普通だったよ~。息切れもしてないし~」
「そう……」
ダイヤとヤヒメの言葉を聞いたノクスは再び視線を映像に戻す。
「それで、17時30分頃にゲストハウス出たんだよね~」
「ですわね。わたくしも汗を流そうと思いまして」
「そこで解散になりました……!」
ハイジ、ダイヤ、イリスは口々に言う。
「ヤヒメも帰ったの?」
「うん~。一緒に帰ったよ~」
ヤヒメは軽く頷く。
「それで、マリーは食堂でその後ポムちゃんと会ってるよ~」
「私とマキちゃんがその時間帯に食堂に行って、マリーちゃんとポムちゃんに会ってるよね」
「うん。それで、今のところその食堂で目撃されたのがポムの最後の姿だ。
少なくともその時点ではポムは普通に会話して、食事もしてた」
私はまとめるように口に出した。
(つまり……その後)
食堂から部屋に戻った後。
"何か"が起きた。
すると、カンチョーがぽつりと言う。
「……あ、次ので最後の履歴です」
場の空気が一変する。
「最後……?」
「もしかして、食堂から戻った後の履歴かな?」
「もし18時台以降なら、死亡推定時刻が絞れるわね」
私とシロの言葉にライトが低く言う。
「では……」
そう言うとカンチョーは端末を操作する。
羽先が淡々とパネルを叩く。
全員の視線がモニターに釘付けになる。
画面が暗転する。
そして──
次の瞬間──
スクリーンいっぱいに映し出されたのは──
※微閲覧注意
「えっ……?」
「な、なんですの、これ……」
「なっ……」
裁判場が凍りつく。
それは──
目の部分をマジックペンでぐるぐると塗り潰した、
歪な顔が描かれた紙袋を頭から被った人物。
黒い線は何重にも重ねられ、
目なのか、穴なのか、ただの闇なのか分からない。
鼻も口もない。
ただ、ぐしゃぐしゃに潰された視線だけが、
こちらを見返しているように見える。
表示されている時刻は──【20:57】。
「……誰や、あれ」
ナツミの声が、珍しく低い。
「顔、隠してる……」
シロが震える声で言う。
「紙袋……?」
ハイジが息を呑む。
画面の中の人物は、
インターホンの真正面に立っている。
カメラを覗き込むように。
微動だにせず。
すると、そこにポムの声が響く。
『ひ、ひッ……な、何だよ、お、お、お前っ……!」
ひどく怯えた声。
震えていて、音声越しでもその恐怖はひしひしと伝わってくる。
その声にすら、紙袋の人物は何も声を返さない。
『……』
ただずっと黙っている。
そして──
画面の謎の人物はおもむろに、紙のようなものを画面に向けた。
黒いマジックで歪な文字で、そこに書かれていたのは──
【ソノヘヤ ニ バクダン ガ シカケラレテ イルヨ】
裁判場がざわつく。
「爆弾……?」
皆が動揺している。
『な、なんだよ、それッ……!
ば、爆弾って……!!』
同じように、狼狽える様なポムの音声が入る。
紙袋の人物は更に紙をめくる。
【アオイ ランプ ガ アカ ニ ナッタ シュンカン】
インターホンの画面に見せつけるように、紙を掲げる。
『青い……ラン……プ……? 何……それ……何……」
そして、最後の一枚。
【ドーン】
文字は乱暴に書き殴られている。
まるで子供の悪戯のようで──
けれど、内容は洒落になっていなかった。
ポムの声が再び入る。
『な、な、て、いうか、だ、誰だよお前ぇっ……!!
爆弾……? 爆弾……!?』
焦りと動揺がはっきりと分かる。
言葉が上擦り、呼吸が荒くなっていくのが鮮明に伝わってくる程に。
その声が少し遠ざかる。
まるで、部屋の中を見回しているかのように。
そして──
『ひ、ひぃぃいいぃぃぃ!!!』
大きな悲鳴を上げながら、ポムの声が遠ざかる。
まるで何かから逃げるように。
そしてそれっきり、音声は聞こえなくなる。
通話の音声が途切れたからか、画面は再び暗転した。
裁判場の大きなスクリーン画面がぷつりと切れる。
「……はい、通話履歴は以上です」
カンチョーは淡々と告げる。
すると再び止まり木の上に腰を下ろして気だるげに羽を振った。
だがその仕草とは裏腹に、場の空気は重く沈み切っていた。
「……」
誰も喋らない。
あの言葉、あの悲鳴──ポムの恐怖はあまりにも生々しかった。
その壮絶な音声を聞いた直後に、平然と口を開ける者などいない。
やがて、重い沈黙を破ったのはリンリだった。
「これやったの、誰?」
リンリはゆっくりと周囲を見回す。
一人ずつ、疑いの目を向けながら視線を滑らせる。
だが、誰も返事をしない。
皆が皆、その疑いの視線を受け止めるだけだった。
「……そりゃ言わないわよねぇ。
だって、ここで名乗り出るくらいなら、
この時間までポムちゃんは生きてたって証言するはずよ」
ライトはくすくすと笑いながら言う。
「じゃ、じゃあこの紙袋の人物って……!」
私のその震える言葉を引き継ぐようにライトは言った。
「ええ、明確な意志を持ってポムちゃんに恐怖を与えている……。
もし、ポムちゃんが死んだ原因がこの人物にあるなら……。
この事件の"犯人"とも呼べる存在かもね♪」
ライトの言葉が重く裁判場に響いた。
さっきまで靄の中だった全てのものが、一気に動き出す。
「え……でも、爆弾なんて部屋には無かったんでしょ~……?」
「ああ、なかった。だけど……この人物の見せた紙に書かれてたような装置は見つかったんだ。
青と、赤のランプが点灯する仕組みの装置が……食器棚の一番下に置かれてた」
「じゃあその端末って結局は、驚かすためだけの装置ってこと?」
私の言葉にハイジが怪訝そうに言った。
「爆弾はそれっぽいものじゃなくても良かった。むしろ、捜査の時に改められても、
何の装置か分からないものにする方が都合がよかった、といったところかしら?」
「そ、捜査って……ただの悪戯ではありませんの……?
まるでこの紙袋の人物が、ポムさんが死ぬのが分かっていたような言い草ですわね……」
「そこまでは言ってないわよ♪」
面白くなってきた、と言わんばかりのライトにダイヤが困惑の視線を向ける。
「少なくともポムはこの時間──20時57分頃までは生きていた。
そしてこの謎の人物に恐怖を与えられた後……死に至った」
ノクスが自分の思考をまとめるように淡々と告げる。
「じゃ、じゃあポムちゃんはこのあとびっくりし過ぎちゃって、
そのまま死んじゃったってこと……?」
マリーが不安そうに尋ねる。
「も、もしかしたら……」
ナツミが、おそるおそる言葉を挟む。
「最初はほんまにただの悪戯のつもりでやったら、びっくりし過ぎたポムちゃんが死んでもうて……
それで名乗り出づらなってもうた……みたいなことは考えられへん……?」
完全な悪意ではなく、軽率な悪戯だった可能性。
それならばまだ救いはあった。
「……まぁ、可能性はあるわね。
少なくとも、ホラーゲームをやっていてショック死した、という馬鹿げた話よりは、まだね」
ライトが肩をすくめながら言う。
冗談めかしているが、おそらく半分は本心で言っているだろう。
するとミサが静かに口を開いた。
「……でも、爆弾なんてなんで信じたんだろ。
普通に悪戯か何かだと思わない?」
その疑問ももっともだった。
その言葉に、イリスが目を伏せながら──
まるで罪悪感に苛まれるように言った。
「……私のせいかもしれません。
一昨日、マキさんとハイジさんでポムさんのゲストハウスに遊びにいった時、
『火薬庫』に爆弾がおいてあったことを話してしまったんです……」
「ああ、あの時のやつ……。でもマキが言うには結局あれって花火なんだっけ?」
ハイジが私の方へと視線を向ける。
「うん。ライトがただの爆弾を模した花火だって」
「そうね。重さも無かったし、ただの飾りだったわ」
私、シロ、ライトの三人で初日に火薬庫を訪れた時のことを思い返すようにライトは言った。
だが──
ポムは、それを"本物かもしれない"と受け取った可能性がある。
イリスが続ける。
「ポムさん……あの時、すごく怖がっていて……
本当に爆弾があるんじゃないかって……」
声が震えている。
まるで、自分が引き金を引いたのではないかと責めているように。
「だから……爆弾って言葉にあんなに怯えてしまったのかもしれません……」
すると、ハイジも目を伏せながら言う。
「いや、イリスのせいじゃないっしょ……。
カンチョー人形吹っ飛ばして端末置いといたのもあたしだし……」
部屋の中にあった黒い端末。
あの紙袋の人物にそれを利用されたことをハイジは悔いているようだった。
「つまり、爆弾という概念は既にポムの中に現実味を持っていた。
それであんなに怯えた様子を見せたのね。
それで慌てて、食器棚に置いてあったという黒い端末から離れた」
ノクスは静かに思考を整理する。
「紙袋の人物が、ポムちゃんが爆弾に怯えていたことを知っていたにせよ知らなかったにせよ──
結果としてポムちゃんはそのあと死んでしまった。
まぁ、それも仕方のないことかもね」
ライトは続けて理由を説明する。
「夜にいきなり不気味な紙袋の人物がやってきて、
安全だと思っていた城の中に、自分を死に至らしめうる爆弾が置かれていると宣言された。
元々は殺されるのに怯えてゲストハウスに籠っていたこともあり、その恐怖は計り知れないものだったはず……」
「ついでに、ホラーゲームをやってる最中っていうオマケ付き……」
ハイジがぽつりと呟く。
「じゃあ結局、この紙袋がポムちゃんを殺した犯人ってことでええんか……?
ポムちゃん脅かして、ショック死させるのも全部計算でやって……」
ナツミの声には迷いと戸惑いが混じっている。
怒るべきなのか、責めるべきなのか、判断がつかない──そんな響きだった。
ノクスは目を伏せたまま淡々と答える。
「……いえ、どちらかと言えば事故の可能性が高いわ」
「……事故?」
「恐怖によって意図的に致死性不整脈を誘発させるには、
あまりにも運の要素が大きすぎる。
いくらポムが緊張状態だったとはいえ、考えにくいわ」
その言葉に、ナツミが眉をひそめる。
「じゃあ、紙袋が悪戯で驚かしたら、ポムちゃんが死んでた……?」
「偶発的ショック死してしまった。
もしくは──その悪戯をした人物にとっても予想外のことが起きた……。
そのどちらかの可能性が考えられるわねぇ」
困惑するナツミに、ライトは指先で髪を弄びながらどこか楽しげに言う。
「ポムが生きてたのが20時57分だから……
そこからおよそ1時間の間に何かが起きた可能性もある、ってことね」
「偶然ショック死した、なんて都合の良い結末なんて考えられないから、私もそっちに賭けるわ♪」
ライトがくすりと笑う。
その笑みは推理を楽しんでいる、というよりも──
"偶然"という言葉を信用していない、という風な色が強かった。
「うーん……死体は胸を押さえてて、まさに心停止したって感じだったね。
それだけじゃ、偶然なのか紙袋にビビらされたその後に何か起こったか分かんないね」
リンリが腕を組みながら言う。
「偶然じゃないとすれば、その紙袋の人物が驚かしている時間の直後に何かあったのかもしれませんわね」
「確かに。時間経ったら恐怖も薄れて来るもんね」
ダイヤの言葉にハイジが頷く。
「つまり──20時57分の数分以内に、
紙袋の人物が意図していなかった何かが起こった可能性がある……」
私は考えを巡らせる。
「……」
20時57分。
それから数分以内。
(たしか、その時間は──)
頭の奥で、別の光景が引っかかる。
夜。
光。
──轟音。
私がその光景を思い出していると、一人の声が裁判場に響いた。
「あっ!」
──リンリだ。
その目は、何かに気付いたように見開かれていた。
「その時間……っていうか、その直後の21時ってさ……」
「シロ、花火打ち上げてなかった?」
「え……」
空気が凍る。
皆の視線が一気にシロに向く。
「あ……そう言えば……」
「シロちゃん、いっちゃんデカい五号玉打ち上げてたな……」
マリーとナツミが思い出すように言う。
夜空に咲いたあの巨大な金色の大輪。
腹の底に響く重たい破裂音。
ドン、と遅れてやってくる衝撃。
私は、はっとする。
「ゲストハウスも、あの花火大会のをやった浜辺からも近かった」
「え……? え……?」
ミサの言葉に、シロの顔が青ざめていく。
「ち、違うよ……? わ、私はそんなつもりじゃ……」
声が震えている。
シロの身体が少し後退る。
「……でも、部屋に爆弾が置かれてるって言われた後にそれ聞いたらさ、もしかしたら……」
リンリが言い淀む。
「【ドーン】って脅されたあとに、本当にそんな音が鳴ったら~……」
ヤヒメが悲しげな目で続ける。
「もしその時ちょうど青から赤いランプになって、
その瞬間に打ち上げでもしようもんなら……」
ナツミも被せるように言う。
その三人の言葉の続きをミサが静かに結ぶ。
「……それが引き金になって、ショック死してもおかしくない」
抑揚のない声。
感情をそぎ落とした事実だけを告げる声。
それが逆に、重く裁判場に響いた。
「故意じゃなくても、それが起因となって事故や病死が起きた場合、
原因となったその子が犯人になるというルールだったわね」
ライトが裁判の冒頭に行われたやり取りを思い返すように呟く。
「じゃあその場合、この事件の犯人は──」
誰かが呟く。
空気が張り詰める。
視線がゆっくりと一方向へと集まっていく。
「鵲シロ。ということになるわ」
ノクスがはっきりと言った。
「……え」
シロの喉から、かすれた声が零れる。
「な、なんで……? わ、私はただ花火を……」
視線が泳ぐ。
声が震える。
瞳が揺れている。
「わ、私は……! ポムちゃんを……!!」
シロは言葉を途中で詰まらせる。
動揺を抑え込もうとして、うまく呼吸ができていないのが分かる。
空気を飲み込む音がやけに大きく響いた。
裁判場が静まり返る。
そして──
「殺してない!」
鋭い叫び声が空気を切り裂く。
両手をぎゅっと握り締め、シロは必死に首を振る。
「し、知らなかったの!!」
その叫び声はもはや悲鳴に近かった。
「待って、……私は……やってない……!」
足元が揺らいでいる。
今にも崩れ落ちそうな身体を、意地だけで立たせているようだった。
目の端に涙が滲んでいる。
それでも必死にこらえている。
「──違うんだ!!」
叫びが最後に響く。
その声の奥には恐怖があった。
犯人にされる恐怖。
仲間に疑われる恐怖。
そして何より
"自分の無邪気な行為が誰かを死なせたかもしれない"という可能性への恐怖。
「シロが……犯人……?」
「そんな……」
「……」
ダイヤは目を伏せ、リンリは腕を組んで俯き、イリスは両手を胸元で握り締めている。
マリーは悲しそうにシロを見つめ、ヤヒメは思わずシロから目を逸らす。
ナツミも黙り込み、ハイジは困惑した表情を見せる。
ノクスは深く考え込んでいる。
ミサは静かにシロを見ている。
ライトですら今は笑っていない。
『お前が犯人だ』
誰も口にはしない。
けれどまるでその一文が、裁判場の天井に浮かび上がっているかのような沈黙だった。
(…………)
私は、必死に考える。
その言葉を否定するために。
シロがやっていないと証明を。
あの時起こった事を。
あの部屋の状況を。
捜査した時の事を。
何か。
何か、まだ見落としているはずだ。
思考を巡らせ、
巡らせ。
巡らせ。
そして──
「それは違う!」
張りつめた空気を切り裂くように、声が響いた。
私の声だ。
自分でも驚くほど強く、はっきりとした声だった。
「シロは犯人じゃない」
裁判場の空気が一変する。
「マキ……ちゃん……?」
涙を浮かべた顔でシロがこちらを向く。
助けを求めるような、縋るような目。
胸が痛む。
でも、今はそれに飲まれない。
私はゆっくりと続ける。
感情ではなく、順序立てて。
ゆっくりと視線をハイジの方へ向ける。
「ハイジ……捜査の終わり間際、言ってたよね」
「え……?」
「『花火大会やってたの、知らなかった』って」
「あ……う、うん……」
私の確認の言葉にハイジは素直に頷く。
「ハイジってさ……夜は『風精の間』にいたんだよね」
「うん、そこでずっとゲームしてた……」
「その時の時間は?」
「えっと……晩ごはん食べてからだから、20時前から死体発見まで、ずっと……」
思い出すように視線を上に向けながら答える。
20時前から、死体発見まで。
つまり──21時も含まれている。
「『花火大会やってたの知らなかった』ってことはさ……」
私は呼吸を整えながら言う。
「花火が打ち上がる音も、ずっと聞こえなかったってことだよね?」
「……あ……!」
ハイジの目が見開かれる。
私のその言葉に、裁判場にどよめきが走る。
「ということは……あのゲストハウスは"完全な防音"だったってことだ。
花火大会が行われていたということにすら、気付かないほどに」
「う、うん! 全然気づかんかった……!」
ハイジが慌てて補足する。
「爆発音とか、ドーンって音とか、ほんとに聞こえてない!」
その言葉に続くようにイリスが小さく頷く。
「……確かに、ポムさんとゲームしている時は外の音なんかは一切聞こえてきませんでした……!」
ヤヒメも思い出すように言う。
「うん~。ポムちゃんと結構中で遊んでたりしたけど、外の物音とか気にならなかったよ~」
「結構な防音性能があると思っていたけれど……まさか完全防音だったとはねぇ」
「花火の爆音は、室内に届いていない可能性が高い」
ライトとミサもそれに続く。
裁判場が静まり返る。
私はシロを見る。
シロの目にわずかな光が戻る。
「つまり」
私ははっきりと言う。
「21時の花火は、ポムの耳には届いていない」
「……なるほど」
ノクスがゆっくりと視線を上げる。
その瞳に初めて明確な変化が走る。
リンリが腕を組み直す。
「ってことは、シロの花火は関係ない、か……」
ナツミが大きく息を吐く。
「ほな、シロちゃんは白や!」
「……!」
シロがその場にへたり込みそうになる。
涙が一筋零れ落ちた。
私は──胸の奥に張りつめていた緊張が、ほんの少しだけほどけるのを感じた。
ずっと固く握りしめていたものが、ゆっくりと緩む感覚。
まだ終わってはいない。
けれど少なくとも、シロが犯人という流れはいったん止められた。
──その時。
「……ありがとう、マキちゃん」
かすれていて、震えていて。
確かに安堵を含んだ声。
けれどその声は、ざわめきの中に溶けていく。
誰の耳にも届かなかった。
「もう一度、死体の状況を改めて確認してみる必要があるわね」
そのノクスの冷静な一言に、みな一様に現場を確認する。
(ポムが恐怖で死んだのなら……)
私は心の中で仮定を置く。
ポムは心停止した。
外傷はなく、毒の可能性も薄い。
ならば、極度の恐怖による致死性不整脈。
そう仮定した場合──
(じゃあ、倒れる直前はかなり窓に近い位置にいたのか……)
ポムは入口付近で"爆弾"と思い込んでいる黒い端末を見つけた。
『食器棚』の最下段だ。
しかも、インターホンの向こうには不気味な紙袋。
逃げ場は部屋の奥しかない。
本能的に、そこから最大限距離を取ろうとするはずだ。
つまり──
部屋の奥の窓側。
実際、ポムの死体はその付近にあった。
「……ポムちゃん、死ぬ前はどういう体勢だったのかしらね」
ライトがぽつりと呟く。
ナツミが腕を組みながら考えるように言う
「うーん、爆弾と思い込んでるんやし、端っこまで逃げたんちゃう?」
ヤヒメが続ける。
「外には不気味な紙袋いるし~。そもそも入口付近にはその爆弾があるしね~」
それにリンリが補足する。
「変なヤツがいて玄関から外にも出れないし、入口には爆弾。
なら奥に逃げるしかないよね」
私はゆっくり頷く。
「実際、ポムは窓際で倒れてた」
仰向けで左手は胸に、右手は投げ出されていた。
「窓から逃げようにも、窓にはヤヒメの【物質強化】が掛かってる」
「逃げ場はないよね……」
シロはまだ少し腫れた目のまま私の言葉に頷く。
すると少しの間だけ黙っていたライトが、ふっと顔を上げた。
その瞳にいつもの計算の光が戻る。
「ポムちゃんは、窓に背中をくっつける体勢になっていたんじゃないかしら?」
「え、窓に?」
マリーが首を傾げる。
「だって、爆弾から目一杯距離を取りたいのなら、自然とそういう体勢になるんじゃない?」
しかも、とライトは続ける。
「背中を壁につけると、人は"後ろを気にしなくて済む"のよ」
リンリが小さく「あ」と声を漏らす。
「心理的にも安全ってこと?」
「ええ。視界を前方だけに集中できるってこと。
どうやらポムちゃんは、ヤヒメちゃんの【物質強化】に全幅の信頼を寄せていたみたいだしね。
その魔法がかかった窓ガラスは、自分の背中を預けるに足る存在だったんじゃないかしら?」
ライトがそう言うと、裁判場の半数ほどが納得したように頷く。
確かに、と。
「じゃあつまり、こういう感じの姿勢だったってこと?」
「部屋にゴキブリ出た時のあたしじゃん」
リンリが軽く絵を描き、それを見たハイジがぽつりと呟く。
あの窓は象徴だった。
ポムにとっての最後の砦。
背中を預けるに足る、唯一の絶対的な安全。
だが──
当のライト本人は、その言葉を発したきり視線を落とした。
思考が止まったのではない。
むしろ加速しているようだった。
「……心停止なら、うつ伏せに倒れたとしても
また仰向けに体勢を変える猶予はある……」
そう呟くとライトはゆっくりと懐に手を入れる。
取り出されたのは、あの"黒いノート"。
いつも何かを書き留めているあのノートブックだ。
ぱらぱら、と紙をめくる音だけがやけに大きく響く。
「ライト?」
私が声をかけるが、反応はない。
ページをめくる指先がほんのわずかに速くなる。
「……」
やがて、あるページで手が止まる。
ライトの眉がほんの少しだけ寄る。
その変化は注意していなければ見逃すほど微細だった。
だが私は見逃さなかった。
(……何か引っかかった?)
私が疑問に思っていると、ライトが誰にも聞こえない声でぽつりと呟く。
「……『硝子のハンマー』……」
ライトはしばらく考え込む。
黒いノートの同じそのページを開いたまま。
そして──
ライトは静かに口を開いた。
「……ヤヒメちゃん。あなたの【物質強化】の魔法がかかった物体って……。
"加わった衝撃を右から左へ受け流す"性質を持つのよね?」
「うん~。そうだよ~」
そのライトの問いに、ヤヒメは素直に頷く。
「じゃあ例えば……その魔法が掛かったあの窓ガラスに、
"とても大きな衝撃"が加わったら……どうなるのかしら?」
ヤヒメは少しだけ考えるように視線を上に向けたあと、答える。
「えっと~……外から加わった衝撃は、中へと逃げてくみたいになるかも~。
だから結果的に丈夫になるんだよ~」
その言葉に、数人が顔を上げる。
私は背筋が冷えるのを感じた。
ライトが確認するように言う。
「つまり、"外から加えられた衝撃は中まで伝播する"ってことよね?」
「うん~」
ヤヒメは何の含みもなく頷いた。
その無邪気さとは裏腹に、裁判場の空気がゆっくりと凍りついていく。
その言葉を聞いたライトの口角がゆっくりと上がる。
「その窓ガラスにポムちゃんはべったりと背中をくっつけていた。
その一か所、たとえば心臓の裏側なんかに"とても大きな衝撃"が加わったら……」
そして結論付けるように言う。
「背中から伝播した衝撃によって、
ポムちゃんを心停止させうるんじゃないかしら?」
裁判場の空気が一瞬で重くなる。
誰もすぐには否定できない。
ミサが低く問いかける。
「とても大きな衝撃って……何?」
静かな声でライトに問う。
「何人かはもう気付いてるんじゃないかしら?
この中で……"パワー"と言ったら……」
ライトは少し置いてから答えた。
「……一人、いるわよね♪」
ライトは冷徹な笑みを浮かべながら続ける。
「強化された窓ガラス越しでも、ポムちゃんの心臓を止めうる程の衝撃を起こせる子──」
その言葉に数人が息を呑む。
更にライトは続ける。
「自身の【魔法】によってそれが実現できて──」
指先がゆっくりと動く。
「花火大会に参加していなくて、その時間帯のアリバイも無く」
視線がある一点へと向かう。
「かつ、ヤヒメちゃんが窓ガラスに【物質強化】の魔法を掛けてあることを知っていた人物」
裁判場の空気が張り詰める。
「【身体強化】の魔法を持つ──」
そして──
はっきりと名を告げた。
『紺剛ダイヤ』
「あなたが、今回の事件の犯人じゃないかしら?」
そのライトの言葉に、一斉に視線がダイヤへと突き刺さる。
ダイヤはわずかに目を見開いた。
だが、すぐに姿勢を正す。
「……わたくし、ですの?」
声は震えていない。
むしろ、いつも通りの済んだ声色だった。
「え、ダイヤが……?」
「ダイヤちゃん……?」
裁判場のあちこちから困惑の声が漏れる。
だが、それを微塵も気にすることも無くライトは続ける。
「あなたはポムちゃんが背中を付けている、
【物質強化】の魔法が掛かった窓ガラス越しに、ポムちゃんの心臓目掛けて殴った。
もちろん、窓ガラスが割れてしまわないように少しは加減してね」
ライトはダイヤの方を見据えながら続ける。
「加減したとはいえ、それでも常人を遥かに上回る強さの殴打だった。
その衝撃は、ヤヒメちゃんの魔法の性質によって
窓ガラスの外側から内側に伝播して、背中から効率よくポムちゃんに伝わった」
ヤヒメが小さく息を呑む。
「ポムちゃんを、心停止させるほどに」
ライトは冷徹な笑みを崩さない。
「結果的に残されたのが、無傷の窓ガラス。
内側に倒れた外傷の無い死体。
そして──完全なる密室」
裁判場が静まり返る。
理屈としては完璧だった。
外からの攻撃。
だが侵入はしていない。窓は割れていない。
室内に痕跡もない。
密室のまま、死体だけが残る。
ノクスが低く言う。
「……物理的には成立するわね」
ハイジも頷く。
「強化された窓が"衝撃を通す"なら、可能性はあるよね……」
「じゃあ、紙袋の人物は、
それを全て計算してそれを行った犯人、ということですか……?」
イリスの言葉に静かにライトが頷く。
視線が再びダイヤに集中する。
だが、ダイヤは静かに目を伏せていた。
そして、ゆっくりと顔を上げる。
「……お言葉ですが」
その声音にはわずかな怒気が滲んでいる。
「わたくしがそのようなことを行ったとして、
ポムさんが致死に至る保証はどこにありますの?」
すると、すかさずライトは反論する。
「音声でも分かる通り、あの時のポムちゃんは極度の緊張状態だった。
夜。ホラーゲーム。不気味な紙袋の人物。爆弾。死への恐怖」
ライトは指折り数える。
「いくつもの恐怖が重なった結果、心臓にも激しい負担がかかっていたはずよねぇ。
そこにヤヒメちゃんの魔法によって伝播した、あなたの異常な力による衝撃──」
「しかもそれは、ずっと前に気を取られている時の不意の衝撃。
視覚的にも、心理的にも死角だった、予測しようのない一撃。
……心停止しても無理もないんじゃなくて?」
ライトがくすくすと笑う。
ノクスは静かに口を開く。
「心臓は筋肉。だけど、電気信号で動いている。
強い衝撃と強い恐怖が同時に来れば、誤作動を起こす可能性は否定できない」
ナツミが顔をしかめる。
「ほな……普通なら死なん衝撃でも、
あの状況ならトドメになるってことか……」
ライトは肩をすくめる。
「保証なんていらないのよ。
"十分に高い確率"で足りるの」
その言葉はどこか冷酷だった。
「爆弾が爆発すると思い込んでいる瞬間に、背中から本物の衝撃が来る。
脳は"爆発した"と認識するでしょうね」
私はポムの悲鳴を思い出す。
『ひ、ひぃぃいいぃぃぃ!!!』
あの絶叫の直後。
本当に衝撃が来たら──。
恐怖が頂点に達した瞬間に、現実の一撃が重なったら。
私は背筋に冷たいものが走るのを感じる。
すると、ダイヤが静かに口を開いた。
「……仮にその理屈が成立するとして。
ポムさんが必ずしも都合よくその体勢を取ってくれるとは限りませんわ」
声は落ち着いている。
感情を交えず、ただ論点だけを指摘する声音だった。
その言葉にリンリは頷く。
「ポムが背中を爆弾側に向ける可能性だってあったしね。
ほら、背に腹は代えられぬって言うし」
確かに。
爆弾が爆発すると思い込んでいるなら、本能的に背中を向ける可能性もある。
だが、ライトは小さく首を振った。
「普通ならそうしたかもしれないけど、あの場合は状況が違った。
なんせ、紙袋の人物に【青いランプが赤になった瞬間】なんて、
わざわざ爆発する条件を指定されていた」
私はその言葉を聞いてはっと閃く。
「あ! ポムはずっと青いランプを見ていなければならなかった!?」
背中を向ける?
無理だ。
爆発の条件を目視で確認しなければならない状況で?
私のその言葉にライトは頷く。
「ええ。心理的にもね。
いつランプの色が変わるのか、警戒しつつもじっと確認したくなるのが人の性ってものよ。
その心理をダイヤちゃんは巧みに利用した──」
真っすぐに見据えていたダイヤから目線を逸らし、
ライトは周りを見回しながら続ける。
「いつランプの色が変わるのか。爆発の瞬間がいつ来るのか。
それを確認せずにいられる人間がいるかしら?」
ナツミが小さく呟く。
「そら無理やな……」
ライトは続ける。
「人は脅威を見張る。見ない方が怖いからよ」
そう言うと、ライトは少しだけ視線を上へ向ける。
何か良からぬことを言い出しかねない雰囲気だ。
「……例えば、部屋にゴキブリが出たとして」
何人かが微妙な顔をする。
「それを駆除するために、別の部屋から殺虫剤なり掃除機なりを持ってくる必要がある。
その間、部屋の中のゴキブリから目を離す数十秒すら怖いでしょう?」
「わ、分かるような分からないような……」
シロが困ったように首を傾げる。
ハイジが腕を組む。
「いや、それはちょっと分かる……。
どこ行ったか分からんくなるの一番怖いし……」
ミサも淡々と補足する。
「視界から消えた瞬間、情報が失われる。
予測不能になるから恐怖が増す」
ライトは小さく微笑む。
「そう。見えている限りは"管理できている気"がする。
でも見えなくなった瞬間、人は本能的に恐怖する。
ゴキブリも──爆弾もね」
すると、マリーが続けて声を発する。
「マリー、雷が鳴った時とか、よくお母さんに
『おへそ隠すポーズしなさい! 一番安全だから!』
って言われてたんだけど……」
思い浮かべるように続ける。
「ポムちゃん、しゃがみ込んで頭を守るポーズしなかったのかな?
その方が、背中をくっつけるよりも安全だと思うんだけど……」
「……いえ、それも心理的にやりづらかった可能性があるわ」
マリーの疑問に、今度はノクスが反論する。
全員の視線がノクスに集まる。
「黒い端末は入口付近の食器棚の"最下段"に置かれていた、と言ったわね」
「うん」
私は頷く。
「つまり、しゃがみ込むと否が応でもその黒い端末と目線を同じくすることになる。
そして、その目線のままいつ爆発するかと青いランプを見続けなければならない」
私は想像する。
頭を抱えてしゃがみ込む。
目線は青いランプを見ていなければならない。
目線の先、同じ高さに青いランプの爆弾がある。
いつ赤に変わるか分からない。
いつ爆発するか分からない。
爆発の予告を、真正面から見続ける。
「……かなり嫌、だな……」
思わず口から漏れた本音に、ノクスは小さく頷いた。
「心理的負担は極めて大きい。
爆発した場合、目に爆風や破片が飛び込むと想像するはずよ」
淡々と続ける。
「それを考えれば、立ち上がって黒い端末から距離を取り、
なおかつ視界には収めておく体勢を取る方が自然」
距離を取りつつ、目は逸らさない。
その結果、背後の窓に自然と身体が押し付けられる──
"あの体勢"になる。
静かに語るノクスの言葉を聞き届けた後、
補足するようにライトは言葉を発す。
何となくまた余計なことを言いそうな予感がする。
「……例えば、部屋にゴキブリが出たとして」
全員が微妙な顔をする。
「わざわざしゃがみ込んで、そのゴキブリと目線を合わせようとするかしら?」
「ゴキブリで例えるのやめへん?」
「あら、同じ黒い物体じゃない♪」
ライトはくすっと笑う。
「だからポムちゃんは、立ったまま爆弾と向き合い、距離を取った。
視界には収める。けれど出来る限り遠くへ」
ライトの視線が、静かにダイヤへ向く。
「ダイヤちゃんは──その"自然な心理"を利用した」
その鋭い眼光は真っすぐにダイヤを射抜いていた。
もはや、疑いではなく断定に近い視線だ。
だが、ダイヤもすぐには崩れない。
「……何も、爆弾から身を守る方法は遠ざかるだけではありませんことよ。
例えば、部屋にあった家具の影に隠れたり、バリケードなどを作って……」
そこまで言いかけて、何かに気付いてダイヤは言葉を止める。
私はその意図を察して、ダイヤに言う。
「ダイヤ。あの部屋は全ての家具が"固定"されてるんだ。
ポムなら、本来は【重力操作】で爆弾の前に軽くした家具を置いたり、
家具を動かしてその陰に隠れたりも出来た」
私は部屋のマップへと視線を落としながら続ける。
「でも、冷蔵庫はビルトイン式、テーブルも造作テーブル。
棚もベッドもテレビも全部固定されていた。
あの部屋の家具は動かすことは出来ないんだ」
「ゲストハウス自体を移動させる時に、
家具が滅茶苦茶にならないようにするため、だったよね……」
シロが確認するように言う。
「……ほんとだ、めちゃくちゃポムの魔法メタられてんじゃん……」
マップを見たハイジがぼそりと呟く。
ライトが低く補足する。
「【重力操作】は"動かせるもの"があってこそ活きる魔法。固定家具は天敵ね」
「つまりポムは、本来なら持っていた"防御の選択肢"を奪われていた」
私はゆっくりと続ける。
「家具も動かせない。爆弾の前にバリケードも作れない。
影に隠れる場所も無い。外にも出られない。
そうなったらもう──部屋の奥まで最大限距離を取るしかないんだ」
部屋の奥の、ヤヒメの魔法によって強化された窓ガラス。
背中を預けるしかない、最後の壁。
「……」
ダイヤは黙り込む。
反論の糸口を探すように、わずかに目を伏せる。
「ダイヤ……。お前が、犯人なのか?」
私の言葉が重く裁判場に響く。
「……」
沈黙が裁判場を支配する。
呼吸の音さえ遠く感じるほどの、張り詰めた静寂。
一瞬が、何分にも引き延ばされたように長い。
そしてようやく──
ダイヤがゆっくりと口を開いた。
「ポムさんがそのような姿勢だったかもしれない、というのは分かりました」
声は落ち着いている。
「そして、背中から衝撃を加えられたことによる心停止、というのも、ええ、ええ」
僅かに頷く。
「ですが──」
「何も、それが出来るのはわたくしだけではないのではなくて?」
「そうですわね、例えば──」
「ライトさん」
先ほどまでライトがダイヤを射抜くような視線を向けていたように、
今度はダイヤがライトを見据える。
「あなた、ゆる野球の時に……わたくしの【身体強化】の魔法のかかったボールを
【封印】していらっしゃったのですわよね?」
「……」
ライトは微笑みを崩さない。
だが、ほんのわずかに目が細まる。
ダイヤは続ける。
「であれば──その時【封印】したボールを、ポムさんの背中に向かって撃ち出せば──
それも十分、ポムさんを心停止させうる威力になるのではなくて?」
ハイジが小さく声を漏らす。
「……あ」
リンリが腕を組み直す。
「強化ボール、時間止まってるんだっけ」
「封印された物体は"状態を保ったまま"保存される……」
ノクスが静かに整理する。
つまり、ダイヤの身体強化が乗った瞬間のボール。
速度も、回転も、エネルギーもそのままということ。
そして──
紙を破けば、再開する。
「それを窓へ向ければ、窓ガラスに衝撃を与えられる」
ダイヤは一歩も退かない。
「わたくしが窓を殴る必要はございませんわね。
ライトさんの【封印】なら、わたくしの魔法クラスの衝撃を与えられる」
その言葉を聞いても、ライトの笑みは消えない。
ダイヤは静かに言い切る。
「それに……あなた方が言うには、
ポムさんは極度の緊張状態にあったというではありませんか。
でしたら、何もわたくしの力ではなくとも……そうですわね、例えば──」
一瞬だけ思案する素振りを見せる。
「ボウリングの球──は無いのでしたわね。
であれば、『用具室』にあった砲丸などで、後ろから思い切り殴れば……
わたくし以外でもポムさんを心停止出来るのではなくて?」
ダイヤはゆっくりと視線を巡らせながら言う。
「ですから、わたくしだけが可能な犯行、という理屈は崩れますわね?」
確かに──ダイヤの理屈も最もだった。
この中で"心停止させうる可能性が最も高い"のがダイヤだとしても、
それは即ち"ダイヤしか出来ない"という意味にはならない。
可能性の高さと、唯一性は別物だ。
私は唇を噛む。
ライトの推理は鋭い。
だが、それだけでは犯人を決められない。
(何か、何かないのか……?)
犯人を特定する、決定的な何か。
部屋の中には何も無かった。
残るはずがない。
今回の殺害方法は、外から行われたものだ。
犯人の痕跡など残っているはずがない。
(じゃあ……)
部屋の外?
その瞬間、脳裏にひとつの光景が蘇る。
部屋の外に、ひとつだけ残っていた──。
あの"床板の傷"。
抉れるような傷。
木材を深くえぐり、その下の地面にまで達していた、あの不自然な跡。
(あれは結局、一体何なんだ……?)
今回の殺人が"窓ガラスを殴打する"だけなら、
床板に傷が出来る余地などない。
窓と床は無関係だ。
衝撃はガラスを通って内部へ。
床板など、巻き込まれるはずがない。
じゃあ──
あの傷は何だ?
(……"犯人以外"が付けた?)
だが、あの時間、あの場所にいたのは。
犯人と──ポムだけ。
第三者などいない。
(……ポム?)
胸がざわつく。
私はもう一度、ポムの最期の姿勢を思い出す。
仰向けで、胸を押さえて倒れていた。
右手は床に投げ出されていた。
左手が心臓を押さえていたとする。
(じゃあ、右手は……?)
床に触れていた、あの手。
……。
…………。
「【重力操作】?」
思考がまとまりきる前に、言葉が口から零れ落ちた。
裁判場の視線が一斉にこちらへ向く。
静寂が走る。
「……どうしたの? マキちゃん」
シロの不安げな声。
私は自分の心臓が速く打っているのを感じながら、ゆっくりと続ける。
「あの部屋の窓の外に、デッキの床板が抉れたような傷があったんだ」
「床板が?」
ライトが興味を示すように目を細めて私へと問い返す。
私は続ける。
「シロと、一緒に確認した。
木片が抉れて、その床下の地面にも痕跡が残るような跡がさ」
「う、うん! あったよ~!」
シロが必死に頷く。
「そしてポムは……【重力操作】を持ってる」
その一言で、裁判場が静まり返る。
「物体の重さを操作できる魔法だよね」
ミサが確認する。
私は頷いて続ける。
「もし、衝撃を受けた直後に……。
犯人の"何か"に重力をかけたとしたら?」
「……!」
ダイヤの目が大きく見開かれる。
すると、ライトはすぐに黒いノートをぱらぱらとめくる。
「……確か、一つの物体に集中させる、
かつ自身に近い物体ほど高い倍率で操作可能だったのよね。
表記からして──重さは数百倍にすら出来る」
私はライトの言葉に強く頷く。
「それで、例えば……。
"犯人が身につけていたもの"なんかを、【重力操作】で何百倍にも重くしたとしたら……」
ノクスが即座に続ける。
「局所的に急激な荷重がかかって、それが地面に落ちて……。
床板が抉れるような痕跡が残っていても不自然ではない」
ハイジが息を呑む。
「ってことは……」
私は思考を止めずに続ける。
「ポムは、死ぬ直前に犯人を"掴んだ"のかもしれない」
「掴んだ……?」
リンリが眉を寄せる。
「例えば、服の裾とか、靴とか。持っていた何かとか。
もしかしたら、犯人の顔も見てたりしたかもしれない」
「顔を……?」
「うん。だって、一発勝負で、ちゃんと目で見て心臓を撃ち抜かないといけない。
失敗は許されなかったはずだ。紙袋なんかも、脱いだと思う」
「……確かに。殴るにしてもその時は紙袋は外すのが自然だよね。
どうせポムは背中向けてるんだし、狙いを心臓に定めないといけないし」
「紙袋を付けたままじゃ、視界も悪そうだしね~」
リンリとヤヒメの言葉に、私が補足するように付け加える。
「……そこで、ポムは犯人の顔をみて、何かを残そうとした……」
ノクスが淡々と結論を繋げる。
「心停止であれば、即死ではない。
数秒から十数秒の猶予がある可能性は高い……。
その間に魔法を発動することは可能ね」
私はゆっくりと息を吐く。
「ポムは、死ぬ前に残した」
床板の傷は、犯人の痕跡ではない。
ポム"最後の抵抗"。
「……部屋の外へ、ダイイングメッセージを」
私の言葉を受けたっきり、ダイヤは黙り込む。
視線を伏せたまま、何も言わない。
すると──
ライトは、はっと思い出したかのような仕草を見せる。
そして──
ゆっくりと、嗤った。
「……まず、謝っておきたいことがあるわ」
ライトは、私の方へと視線を向ける。
「え、謝っておきたいこと……?」
「ええ」
私の戸惑いなど意に介さず、ライトは続ける。
「今日、マキちゃんが帰ったあと……。
私とポムちゃんとヤヒメちゃんの三人で、推理アドベンチャーゲームの続きをやったのよ。
どうしても展開が気になってね」
「え? う、うん……?」
唐突な話題に、私は瞬きを繰り返す。
「だから……勝手に進めてごめんなさい、って謝っておこうと思って♪」
その笑みは、どこか芝居がかっている。
(……何の話だ?)
ライトの話は私にとって要領の得ないものだった。
「それで、ゲームで事件が起こったあと、登場人物の一人がね。
"イヤリング"を板の隙間から床下に落とす描写があったのよ」
「……イヤリングを?」
「ええ。
……もしかしたらポムちゃんも、死の間際はそれを思い出していたのかもね」
その瞬間、ライトの視線がゆっくりと私から外れ──
ダイヤへと移った。
「ダイヤちゃん」
ライトの声が低くなる。
「ここからだとあなたの長い金髪に隠れて見えづらいのだけど……。
あなたがいつも付けている、大きな銀のフープイヤリング。
ちょっと見せてくれないかしら?」
「ええ。構いませんわよ」
ダイヤは即答する。
余裕すら感じさせる声色。
ダイヤは何の躊躇もなく耳元に手を伸ばし、留め具を外す。
だが──
「……っ!」
そのイヤリングを視界に収めた瞬間。
ダイヤの動きが、止まった。
「……あら、どうしたの?」
ライトが柔らかく問いかける。
「え、ダイヤちゃん、どしたん?」
「ダイヤさん……?」
ざわめきが広がる。
ダイヤは何も言わない。
ただ、握ったままのイヤリングを見つめている。
「……なるほどね」
ノクスが静かに頷いた。
すると、ライトが悪戯に笑いながら言う。
「ダイヤちゃんが見せざるを得なくなるように、説明するわね。
あのゲストハウス一帯の地面には、みんなも知ってる通り"硫黄"が含まれているのよ」
「うん、それは匂いでさんざん知ってる」
リンリがげんなりしたように言う。
ライトは続ける。
「そして、ダイヤちゃんがいつも肌身離さず付けている……
大きな"銀"のフープイヤリング」
指先が、静かにダイヤを指す。
「もしそれが、ポムちゃんの【重力操作】でもぎ取られて、
床下の地面に落下したら──どうなると思う?」
ナツミが首を傾げる。
「どうなるって。地面にイヤリング落ちるだけちゃうん?
あ、イヤリングに付いた汚れで犯人ちゃうかってこと?」
ライトはくすりと笑う。
「……半分正解ね」
そして淡々と告げる。
「銀は硫黄を含んだ土壌に触れると、硫化反応を起こす。
硫化銀を作り、くすんだ色に変わるの」
場の空気が凍りつく。
「つまり──床下の硫黄土壌に落ちたのなら、
イヤリングの一部が不自然に黒く変色しているはず」
全員の視線がダイヤの手元に集中する。
「あの床下に入るには、リンリちゃんも手こずったって言ってたわね?」
「う、うん……なかなか柵の入口が見つからなくてね」
リンリが頷く。
「じゃあそのイヤリングは、すぐには回収できない──
最低でも十数分は地面と接触し続けていたことになる……」
ライトは楽しそうに、
「ダイヤちゃん」
かつ穏やかに告げる。
「改めて、その銀のフープイヤリング……見せてくれないかしら?」
「……」
ダイヤの指先がわずかに震えている。
それでも彼女は取り繕うように微笑み──
そして、観念したように小さく息を吐いた。
「お手上げですわね」
差し出されたフープイヤリング。
照明を受けて、本来なら均一に光を返すはずの銀。
だが──
その一部だけが鈍くくすんでいた。
輪は、水平に切り取られたかのように、下半分だけが鈍く黒く変色していた。
まるで──
縦に突き刺さったまま、半分だけ土に埋まっていたかのように。
「……」
誰もすぐには言葉を発せなかった。
ライトが静かに言う。
「床板の隙間から落ちたイヤリングは、そのまま縦に刺さった。
重力を瞬時に数百倍にされた状態であれば、金具から外れて、
輪の下半分が土壌に深く食い込むのは自然」
「その結果、土に触れていた部分のみが硫化する──」
それは、ポムが最期に残そうとした証。
「……決まり、ね♪」
ライトの楽しそうな言葉が裁判場に響いた。
「……じゃ、後はマキちゃんよろしく頼んだわ」
「……は?」
間の抜けた声が自分の口から出た。
ライトはひらひらと手を振り、悪戯っぽく笑う。
「だって、一から長々と説明するの疲れるんだもの。
そういうのはノクスちゃんの得意技でしょ?」
ちらり、とノクスへ視線を送る。
当のノクスはというとライトへ苦々しげな表情を向けている。
「今回、彼女あんまり活躍出来なかったしねぇ。
マキちゃんが適任じゃない?
この事件を最初から振り返ってちょうだい♪」
その言葉はあまりにも軽かった。
でも──
皆の視線が集まっている。
私は、小さく息を吸う。
(……やるしかない)
ゆっくりと一歩前へ出る。
「……分かったよ」
喉が少し乾いている。
でも、声は震えなかった。
「じゃあ──事件を最初から整理するぞ」
Act.1
発端は、夏のエリア開放の初日のことだった。
"誰かに殺されるかもしれない"という恐怖心を抱いていたポムは、
ヤヒメに付き添われ、夏のエリアにあるゲストハウス、『地精の間』で生活することにした。
その際、ポムはヤヒメにある頼みをする。
それは、外からの侵入や破壊を防ぐために、
"一面の窓ガラスに【物質強化】の魔法を掛けてほしい"というものだった。
もちろんヤヒメはそれを了承した。
だがそれが、結果的に犯人に利用されることになってしまったんだ。
Act.2
犯人はポムを窓際へ誘導するため、ある仕掛けを用意していた。
それが、『売店』に置かれていたカンチョー人形の中身──黒い端末だ。
ハイジによって音声機能は壊れていたが、
リモコン操作で青と赤のランプを点灯させる機能だけは残っていた。
犯人はそれを事前にゲストハウス内へ持ち込み、『食器棚』の最下段に隠しておいた。
爆弾に見せかけるための、小道具として。
Act.3
犯行当日。
犯人は紙袋を被り、正体を隠した状態でゲストハウスを訪れた。
チャイムを押し、ポムがインターホンの通話ボタンを開始した瞬間──
犯人は一枚の紙を見せた。
【その部屋には爆弾が仕掛けられている】
【青いランプが赤になったら爆発する】
そう書かれた紙だった。
同時にリモコンで黒い端末の青いランプを点灯させる。
青いランプが点灯した端末を見つけたポムは、それを爆弾だと信じ込み、動揺した。
そして爆発を恐れ、その端末から目一杯距離を取ろうとする。
その結果、彼女は無意識のうちに背中を窓ガラスへ押し付ける体勢へと追い込まれた。
それこそが犯人の狙いだったんだ。
Act.4
心理的にポムを窓へと誘導することに成功した犯人は、いよいよ殺人へと移る。
その殺人方法は──
"窓ガラス越しにポムの背中を殴る"というものだった。
窓ガラスにはヤヒメの【物質強化】が掛かっていた。
その魔法は、ガラスそのものを強化するだけでなく、
外から加えられた衝撃を内へと伝播させる性質を持っていた。
そして犯人は──【身体強化】の魔法を使い、窓の外側からポムの心臓目掛けて殴打した。
凄まじいパワーで殴られても、魔法によって強化された窓は割れず、傷一つ付かない。
だが衝撃だけは、背中を預けていたポムへと伝わる。
その一撃が致命傷となった。
ガラスは無傷。室内に侵入の痕跡もない。
結果として、完全な密室が完成した。
ヤヒメの魔法は、皮肉にも犯人にとって一石二鳥だったんだ。
Act.5
結果的にポムは心停止に至ったが、即死ではなかった。
ポムは最期の僅かな時間、自身の【重力操作】の魔法を使って証拠を遺そうとした。
その証拠が──犯人が身に着けていた大きな"銀のフープイヤリング"だった。
ポムの魔法によって、瞬時に何百倍もの重さになったイヤリングは床へと落ち、
その木の隙間から床下の硫黄が含まれている地面へと落ちた。
銀のフープイヤリングは硫黄と反応し、
そこで硫化し、黒ずみ──それが犯人を特定する重要な証拠となった。
【身体強化】の魔法を持つ、紺剛ダイヤ。
お前がこの殺人を起こしたと示す決定的な証拠に!
裁判場に私の声が響き渡る。
その余韻が、ゆっくりと天井へ吸い込まれていく。
「……」
長い沈黙の後。
ダイヤはゆっくりと視線を上げた。
その瞳は取り乱してはいない。
「反論は……ありませんわ」
静かな声だった。
だが、その一言は裁判場を揺らすには十分だった。
「な、なんで……?」
シロが息を呑む。
「ダイヤちゃん、何で~……?」
ヤヒメの困惑と悲しみを含んだ目がダイヤに向けられる。
ハイジは言葉を失い、リンリは腕を組んだまま眉をひそめる。
マリーとナツミも、あまりのことに言葉をずっと発せずにいた。
皆が一様に、ダイヤの動機を求めていた。
その中で──
「別に、動機なんてどうでも良いじゃない♪」
ダイヤが嘲笑うように言った。
「それとも、動機も全部明らかにしないと投票しちゃいけないルールだったかしら?」
ゆっくりとカンチョーの方へと視線を向ける。
「……いえ、別に。
話し合いが終わったと皆さんが見なせば投票タイムに入っても良いですよ。
さっさと終わるなら何よりですので」
どこか他人事のように続ける。
「……あ、じゃあ、投票タイムに移ってもよろしいでしょうか?」
カンチョーは周りを見回しながら言った。
「ええ。構いませんわ」
ライトが何か言いかけるよりも先に、ダイヤが即答した。
その潔さがかえって重い。
その言葉に──
誰も何も言えなかった。
シロは俯き、ヤヒメは唇を噛み、ハイジは視線を泳がせる。
ノクスは目を閉じ、ミサは無言で前を見つめている。
反論も、引き止める声もない。
もう、議論は終わっていた。
「……異論も無いようなので、投票タイムに移ります。
それでは──各自、お手元のスマホで投票してください」
全員のスマホが同時に振動する。
画面に表示される、無機質な投票画面。
私は──
「……っ」
『スキップ』をタップする。
動機も、何も分からないまま、ダイヤに処刑票を入れるなんてことは──出来なかった。
他のみんなも、悲しげ表情を浮かべながら、スマホを操作する。
やがて──
「えー……全員の投票を確認しました」
「では……投票の結果を発表します」
「投票の結果、"魔女"となるのは誰か。
その答えは……正解なのか不正解なのか……」
「それでは──」
「どうぞ」
波彪マキ 0
鵲シロ 0
田中ナツミ 0
蜜葉イリス 0
紺剛ダイヤ 9
天刻ヤヒメ 0
殯リンリ 0
空丸マリー 0
鈴月ミサ 0
一ノ目ハイジ 0
灰村ノクス 0
贄熊ライト 0
スキップ 3
「最多得票者である……紺剛ダイヤさんが魔女に選ばれました」
「はたして、正解なのか、不正解なのか……」
その淡々とした声が裁判場に落ちた次の瞬間──
舞い散る紙吹雪。
留めなく溢れ出す大量のメダル。
そして響き渡るファンファーレと共に、表示される。
"GUILTY"
【魔女裁判 閉廷】