舞い散る紙吹雪がひらひらと宙を漂う。
無機質な祝福の音だけが場違いなほど明るく裁判場に響き続けていた。
けれど──誰も喜ばない。
誰一人として、その正解を祝福しなかった。
「はい、大正解です」
「今回、地獄谷ポムさんを殺した"魔女は"……」
「『紺剛ダイヤ』さんでした」
「……っ」
シロが小さく息を呑む。
ヤヒメは肩を震わせたまま俯き、マリーは唇をきゅっと結んでいる。
ナツミも拳を握り締め、今にも何か言い返しそうな顔をしていたが、結局何も言えなかった。
ミサはただ静かに目を伏せる。
ノクスは無言のまま、ダイヤを見つめている。
私は──その"GUILTY"の文字を、まともに見ていられなかった。
やっぱり正解だった。
私たちの推理は間違っていなかった。
ダイヤが犯人で、ポムを殺した魔女だった。
そう証明された。
なのに──
胸の奥には納得なんてものは一つもなかった。
動機は何も分からないまま。
どうしてダイヤがそんなことをしたのか、それだけが丸ごと暗闇の中に置き去りだった。
「どうして、殺したんだ」
私は皆の言葉を代弁するかのようにダイヤに尋ねた。
「ほんまや……。なんで殺してん、ダイヤちゃん」
「ダイヤちゃん……教えて~……」
結果を受けてもなお、納得できないといった様子の二人がダイヤを見据える。
「……もしかして、事故とか?」
ハイジがダイヤにおそるおそる尋ねる。
だが、その言葉にダイヤは首を横に振った。
堪えきれず、マリーが声を上げた。
「どうして!? なんでポムちゃんだったの!?
なんで、ダイヤちゃんがそんなことしたの!?」
悲痛な叫びが、裁判場の高い天井に反響する。
誰もすぐには言葉を発せなかった。
ただ全員の視線だけが、ゆっくりとダイヤへ集まっていく。
「……ダイヤ、私からもお願い。
理由を、説明して」
ノクスの静かな声がダイヤへと向けられる。
「…………」
しばらくして、
ダイヤは皆を一人ずつ確かめるように見回し──静かに口を開いた。
「……最初は、ドッキリのつもりでした」
「……ドッキリ?」
私は思わず聞き返す。
「ポムさんを驚かせて……少しだけ困らせて。
そのあと種明かしをして、お互いに笑って終わる──
その程度の、つまらない思いつきでしたわ」
始まりは──BBQの時、ポムさんとお話ししたあの夜のことでした。
ポムさんは、以前よりは落ち着いていたものの……
まだ"誰かに殺されるかもしれない"との恐怖心を抱いていた様子でした。
未だに警戒する者は警戒し、前のような快活さはなりを潜めていました。
わたくしは、早く戻って欲しかったのです。
あの初日の、レクリエーションを信じて疑わなかった頃の。
何も疑わず、無邪気に笑っていた頃のポムさんに。
だからわたくしは教えて差し上げようと思いました。
"この中に、誰かを殺そうとする者なんていない"と。
ただ、伝えたかっただけなのです。
そう伝えて、その恐怖心や警戒心を壊して差し上げましょう。
それらを嘘にして、笑い飛ばして差し上げましょう。
そして脳裏に浮かんだのは、ナツミさんとリンリさんの"ドッキリ"でした。
『ドッキリは仕掛けた側も仕掛けられた側も
笑って終われるやつにせんとな!』
……ええ。
まさに、あれが理想でした。
全員が笑って終われるドッキリ。
終わった後に、冗談や軽口を言い合えて、
それで──
また、元のポムさんのように笑えるドッキリ。
わたくしは急いで準備に取り掛かりました。
("ドッキリ"の看板が必要ですわね……)
ナツミさんとリンリさんが使ったあと、倉庫に戻されていたはずです。
探すとすぐに見つかりましたので、それを拝借致しました。
あくまでもドッキリなのですから。
白地に大きく「ドッキリ大成功」と書かれた発泡スチロールの板は、
あらかじめゲストハウスの横に立てかけておきました。
(部屋の中に爆弾があると思わせるドッキリにしましょう……)
『火薬庫』にあった爆弾型の花火を思い出し、それを考え付きました。
もっとも、流石にあれをそのまま使えばポムさんに本物と誤解されかねません。
ですから、別のもので代用することに致しました。
あくまでもドッキリなのですから。
(そういえば……ハイジさんが吹っ飛ばしたカンチョーの中身など、良さげですわね)
ちょうどそれは音声機能が壊れていて、
リモコンでも遠隔操作が出来て──ドッキリには打ってつけでした。
わたくしはその黒い端末を、イリスさんとハイジさんの三人で遊びに行ったとき
そっと食器棚の一番下に忍ばせました。
そこに何の計算もありません。
ただ、見つかりにくそうだったからとの理由だけで一番下に置きました。
ゲストハウスの中で皆さまと一緒にゲームで遊んでいる時、ふと部屋一面の窓が目に入りました。
ヤヒメさんの【物質強化】の魔法がかかっている、あの大窓。
(もしもポムさんが驚きすぎた結果、窓を破って脱出するなんてことにはならなそうですわね)
わたくしにとっては好都合でした。
窓を破ってその破片で怪我をしてしまうなんて、もっての外です。
ドッキリは、怪我をするなんてことは絶対にあってはなりません。
あくまでもドッキリなのですから。
ゲストハウスから出たあと、顔を隠すものと紙の準備を致しました。
(適当に紙袋に目を描いて……)
特に凝ったことはしておりません。
油性ペンで丸く塗りつぶしただけの、簡単な顔です。
あくまでもドッキリなのですから。
(これで準備万端ですわ……!)
スマホを見ると、ヤヒメさんからの花火大会へのお誘いがありました。
ちょうどいい時間です。
ドッキリが終わって、二人で笑い合ったあと──
ポムさんを誘って、そのまま浜辺へ向かえば。
そうすれば、きっと。
何もかも元通りになる。
わたくしは、そう信じて疑いませんでした。
そして──
ゲストハウスのチャイムを鳴らしました。
しばらくして、インターホンからポムさんの声が聞こえてきました。
『ひ、ひッ……な、何だよ、お、お、お前っ……!」
(……あら? 思ったよりも怯えていますわね……)
けれど、問題ありません。
後でネタばらしをすれば良いのです。
あくまでもドッキリなのですから。
わたくしは手筈通り、あらかじめ用意しておいた紙を
インターホンのカメラに見せました。
【ソノヘヤ ニ バクダン ガ シカケラレテ イルヨ】
【アオイ ランプ ガ アカ ニ ナッタ シュンカン】
【ドーン】
リモコンを操作して青いランプを点灯させます。
これであとは、頃合いを見て赤いランプに切り替えた瞬間、
ゲストハウスの窓をコンコンと軽く叩いて、
"ドッキリ大成功"
その看板を掲げる。
……それだけのはずでした。
ですが。
インターホン越しに聞こえてくる呼吸が、
想像以上に荒かった。
『な、な、て、いうか、だ、誰だよお前ぇっ……!!
爆弾……? 爆弾……!?』
インターホン越しからでもはっきりと伝わってくる動揺と恐怖。
『ひ、ひぃぃいいぃぃぃ!!!』
今まで聞いたことの無いようなポムさんの叫び声。
(……と、とりあえず、ドッキリ大成功の看板を……)
ゲストハウスの横に立てかけて置いたはずの看板は無かった。
発泡スチロール製だったせいか、いつの間にか風で海の方へと飛ばされていた。
(……で、では、窓の外から大声でドッキリ大成功と叫ぶことにしましょう……)
予定とは違ったが、まだドッキリは続けられるはず。
わたくしは途中で投げ出すことはしない。
"最後までやり切る"のがモットーだった。
わたくしはデッキから窓の外へと回り込んだ。
そこには──
ただ、恐怖に打ちひしがれるだけの、ポムさんの背中があった。
窓にべったりとくっ付けているその背中は、可哀そうなほどに震えている。
わたくしは、窓ガラス越しに軽く指で叩いた。
……コン、と。
ポムさんは振り返らない。
もう一度叩く。
……コン、コン。
それでも、振り返らない。
最悪の何かから逃れるように、さらに強く窓に背を押しつけるだけだった。
「……ポムさん!」
思わず、呼びかけた。
けれど、全く振り返らない。
「……」
その時──
わたくしの中の"誰か"が、囁いた気がした。
『お前、何やってんの?』
花火が上がる。
──どん。
『ただ──怖がらせてるだけじゃん』
──どん。どん。
ポムさんは振り返らない。
『せっかく"何もしなくても"元に戻れそうだったのに』
『完全におせっかいだよね』
否定できませんでした。
ですが。
『じゃあ、ここでやめる?』
『"最後までやり切らない"んだ』
──ここで退けば。
『最悪のドッキリだね』
何もせず、そのまま立ち去れば。
ただ、無駄に怖がらせただけ。
治りそうだった彼女の心の傷を、無意味に広げただけ。
もしかしたら、もう二度と人を信用できなくなるかもしれない。
このドッキリのせいで、更に閉じこもるようになってしまうかもしれない。
せっかく、元気を取り戻せそうだったのに。
せっかく、元のポムさんに戻れそうだったのに。
硝子越しにポムさんの姿を見る。
背中を見るだけでも伝わった。
笑顔なんてまるで無い。
荒い呼吸で、必死に恐怖から逃れようとする姿。
ポムさんが背中を付けている窓に、わたくしの顔が映る。
困惑と悲嘆の混じった表情。
"こんなはずじゃなかった"という表情。
笑顔なんてまるで無い。
『ドッキリは仕掛けた側も仕掛けられた側も
笑って終われるものにせんとな!』
……。
これの、どこが?
最低で、独り善がりで、最悪のドッキリ。
『じゃあさ──
"最悪のドッキリ"を──
"最高のトリック"にしちゃお?』
誰かがそう囁く。
わたくしの中の誰かが。
まるでわたくしの心を鷲掴みするように。
その言葉がわたくしの心を支配する。
そして──
わたくしの心が壊れる音がした。
『決心はついた? じゃあ──』
『あの子の心も壊しちゃえ』
花火が上がる。
──どん。
花火が上がる。
──どん。
花火が上がる。
──どん。
拳が上がる。
花火が上がる。
──どん。
花火が上がる。
──どん。
花火が、打ち上がる。
──どん。
花火が、打ち上がる。
──どん。
拳を、打ち付ける。
──どん。
気が付いた時にはポムさんは床に倒れていました。
呼吸は浅く、途切れ途切れで。
苦しそうに呻きながら──
わたくしの方へ右手をかざしていたのが分かりました。
……その瞬間、わたくしは我に返りました。
咄嗟に【身体強化】の魔法で耐久力を高めたのを覚えています。
結果として──
わたくしのイヤリングが、留め具から外れてしまいました。
木の床に落ちたそれが、みしりと大きく音を立てたことも。
はっきりと覚えています。
──ですが。
わたくしの記憶に最も強く残っているのは。
あの時のポムさんの表情です。
信じていたのに裏切られた。
恐怖と怒りがぐちゃぐちゃに混ざり合ったような顔。
そして──
まるでわたくしを地獄へ引きずり込もうとするかのような憎しみのこもった目でした。
ポムさんは最期まで、右手をわたくしに向け続けていました。
力を失いながらも。
震えながらも。
……最後の最後まで。
やがて。
その手が静かに床へ落ちました。
わたくしはしばらく動けませんでした。
何をすればいいのか分からなかったのです。
ただ、床に倒れたポムさんを見下ろしたまま。
……立ち尽くしていました。
わたくしは、殺してしまった。
最低のドッキリを塗り替えるためだけに。
それならば、せめて。
最後まで貫こうと思いました。
ここで崩れてしまえば、すべてが無意味になる。
ただの愚かな失敗として終わるだけ。
だから──
全てを暴かれるその瞬間まで、
この偶然生まれた密室殺人を、やり遂げようと決めたのです。
淡々と語るダイヤに、私たちは口を閉ざすしかなかった。
最初は、何の悪意もなく始まったこと。
ポムを思っての行動だったこと。
……それが、何よりも救いのない真相だった。
裁判場は、不自然なほど静まり返っていた。
先ほどまで続いていた議論の熱も、声も、すべて消えて。
ただ重たい沈黙だけが残っている。
マリーは唇を噛んだまま俯いていた。
ヤヒメは目を潤ませ、何度も瞬きをしている。
ナツミは何か言いかけて、結局何も言わなかった。
ミサは腕を組んだまま、微動だにしない。
ノクスだけがまっすぐダイヤを見つめていた。
……私は。
何を言えばいいのか、分からなかった。
責めることも、慰めることも。
どちらも違う気がした。
ただ一つ、はっきりしていたのは。
ここまでのすべてが、
取り返しのつかない現実だということだけだった。
そして。
「……ごめんなさい」
ダイヤがぽろぽろと涙を零しながら呟いた。
「……ごめんなさい……っ! ごめんなさい……!!」
堰を切ったように言葉が溢れ出す。
肩が震え、呼吸が乱れ、声にならない嗚咽が混じる。
「わたくしは……わたくしは……。
……取り返しが、つかないことを……」
ただ、泣き続けるダイヤを見ていることしかできなかった。
やがて。
「……やはりわたくしには、強い魔女因子があるのかもしれません。
わたくしは……わたくしの意志でポムさんを殺してしまいました」
絞り出すような声の、そのダイヤの言葉を聞いて私は思い出す。
強い魔女因子を持つ者は、どうしようもない被害妄想、殺人衝動に襲われることがあるという。
ダイヤも、土壇場でその殺人衝動が出てしまったのかもしれない。
強いストレスによって。
ドッキリが終わったあと、笑い合える未来があると信じていたのに。
恐怖に怯えさせてしまった現実と、取り返しのつかないことをしてしまった自覚。
そのすべてが、一度に押し寄せて。
「……いえ。……違いますわ」
不意にダイヤが小さく首を振った。
「違います……」
涙を拭うこともせず続ける。
「魔女因子のせいになど、致しません。
すべて……わたくしの選択ですの」
ダイヤはそう言うと、カンチョーの方へと無言で視線を移す。
するとカンチョーはその意図を察したかのように、羽を振って銃業員を呼び寄せた。
「では、紺剛ダイヤさんの処刑を執行します。
……ですが、一つ留意すべき点がありますねぇ」
そしてダイヤへと視線を返すと、カンチョーは続ける。
「魔女裁判は"処刑が完了した時点"で終了となっております。
したがって──」
わずかに間を置く。
「もし紺剛ダイヤさんが絞首刑の最中、
生理的反応としてご自身の【魔法】を発動された場合でも、
それは"裁判中の魔法使用"として扱われますので……。
この中から、デスペナルティを受ける方が出る可能性があります」
淡々とした声色で、カンチョーは言い放った。
「……それはそれは」
ライトがその言葉に、目を細めてダイヤの方を見やる。
「……ご安心くださいまし」
不意にダイヤが口を開いた。
涙で濡れたままの顔で、それでもはっきりと言う。
「そのようなことは、起こしませんわ」
「ほう?」
カンチョーがわずかに首を傾げる。
ダイヤは微かに微笑んだ。
「最後まで、責任は自分で取ります」
やがてカンチョーが小さく肩をすくめる。
「……では、参りましょうか」
「……待って」
声に出た瞬間、自分でも少し驚いた。
何を言うつもりなのか、分かっていなかったからだ。
それでも──言わなきゃいけない気がした。
「……ダイヤ」
私は言葉を探す。
責めたいわけでも、庇いたいわけでもない。
なのに、どちらでもない言葉が見つからない。
「……さ」
喉が詰まる。
「……なんで」
そこで、ようやく言えた。
「……最後まで、一人で背負おうとするんだよ」
ダイヤは少しだけ目を見開いた。
私は続ける。
「責任とか、選択とか……。
そういう話じゃないだろ」
自分でもうまく言えていないのは分かっていた。
それでも。
「……取り返しのつかない過ちを犯したのは事実だけど」
一瞬、言葉が止まる。
「……でも。
一人で全部背負おうとしなくていいだろ」
私はゆっくり言った。
「ポムのことも。
今ここにいる私たちのことも。
……全部、お前一人のものじゃない」
言い終えて少しだけ視線を落とす。
「……だからさ」
小さく息を吐いた。
「最後まで、一人みたいな顔するなよ……」
私はダイヤへ向けるべき言葉を、
上手く言えたかどうかはわからなかった。
その言葉が正しいのかどうかすらも、わからなかった。
彼女はしばらく黙っていた。
だけど、やがて──
「……ええ。そうですわね」
ほんの少しだけ、柔らかく頷いた。
「ですが、わたくしは……。
"最後までやり遂げる"主義ですの」
「……っ」
ダイヤの首に縄がかけられる。
白い指が一瞬だけ縄に触れ、すぐに静かに下ろされた。
紺剛ダイヤの【身体強化】は、
耐久も、筋力も、意志一つで引き上げられる。
絞首刑程度なら──
発動さえすれば、死なない。
それでも。
「では、お手元のスマホのボタンをぐーっと長く押していただけますと……」
少女たちは青ざめながら、次々に手元のボタンを押していく。
震えている指。
目を閉じたままの者。
何度も深呼吸を繰り返す者。
激しい動悸に襲われながら、私もまたボタンの上に手を添えた。
そして──
「全員のボタンの押下が確認されました。まもなく処刑を執行します」
ダイヤはまっすぐ前を向いていた。
涙の跡は残っていたが、
その表情はもう揺れていなかった。
やがて。
──床が開いた。
一瞬の落下のあと、縄が張る。
ごっ、という鈍い音が裁判場に響いた。
体が大きく揺れる。
首にかかる圧力が増し、呼吸が遮られていく。
その過程の全てがスローモーションのように感じられた。
だが、彼女はただの一度も動かなかった。
ダイヤの体はただ揺れるだけだった。
魔法を使えば助かる。
それでも──
使わなかった。
意地でも。
最後まで。
【身体強化】を一度も。
体の揺れは、目に見えて小さくなっていった。
最初は大きく左右に振れていたはずなのに、
いつの間にか細かい震えのような動きに変わり、それも徐々に収まっていく。
そして──
完全に止まった。
やがてカンチョーが、事務的な口調で告げる。
「……紺剛ダイヤさんの死亡を確認しました。
処刑は完了です。お疲れ様でした」
間を置かず、カンチョーは続けた。
「魔法の使用は確認されませんでしたので、連帯責任のデスペナルティはありません。
良かったですねぇ」
あまりにも軽い調子で、羽をぱたつかせて告げる。
「今回も無事に終わって何よりです。
私としても、事件以外で無駄に死人が出るのもメンドーなので……。
では、また殺人事件が起きたら魔女裁判を開きます」
「では……これにて、閉廷とします」
カンチョーは気怠そうに羽を広げ、そのまま裁判場から羽ばたいていった。
後に続く従業員たちの足音も、やがて完全に遠ざかる。
扉が閉まる音がしてからもしばらく誰も動かなかった。
やがて、ぽつりとナツミが呟く。
「……ウチのせいかもな」
その言葉に、みんなの視線が集まる。
「ウチがリンリちゃん誘ってドッキリなんてせんかったら……。
ダイヤちゃんも、こんなことせえへんかったかもしれへん」
「……」
リンリはナツミに向けていた視線を僅かに落とす。
責めるでも否定するでもなく、ただ黙っている。
しばらくして、ハイジがかすれた声で言った。
「……いや……あたしも、カンチョー人形、壊さなかったら……
ダイヤも"アレ使おう"って思わんかったかも……」
続いて、イリスが小さく首を振る。
「いえ……それを言うなら……私も、爆弾があったなんて言わなければ……」
それぞれが、少しずつ自分のせいだと言い始める。
誰も否定できないまま、言葉だけが重なっていった。
ヤヒメが力なく言う。
「……あたいの魔法、窓にかかってなかったら……
ポムちゃん、死ななくて済んだのかな~……」
その言葉に、更に重い沈黙がその場を包む。
私はみんなの言葉を聞きながら、さっき自分がダイヤに言った言葉を思い返していた。
『全部、一人で背負おうとしなくていい』
(それって……)
『全部、お前一人のせいじゃない』
……そう言いたかったのか。
この殺人は、ダイヤ一人のせいじゃない。
ナツミとリンリが、ドッキリをした。
イリスが、火薬庫に爆弾があったと言った。
ハイジが、カンチョー人形を壊した。
ヤヒメが、窓に魔法をかけた。
みんなの悪意のない行動が、ダイヤを殺人へと至らしめてしまった。
だから、ダイヤ一人の責任じゃない。
(……私は、そう言いたかったのか?)
私は──
ゆっくりと首を振った。
(違う)
私が言いたかったのは、たぶん。
責任を分け合うことじゃない。
許すことでもない。
あの時のダイヤは、まるで最初から最後まで一人で決めて、
一人で背負って、一人で終わるつもりだったみたいな顔をしていた。
それがたまらなく嫌だった。
私たちはここまで、ずっと一緒にいたはずなのに。
だから
ただ──
『いままでずっと一人だったような顔をするな』、と。
そう、言いたかったのかもしれない。
「馬鹿馬鹿しい」
口を開いたのは、ライトだった。
腕を組んだままゆっくりと周囲を見渡し、
少しだけ首を傾げる。
「ポムちゃんを殺したのはダイヤちゃんでしょ?
ここにいる誰のせいでもないわ」
肩をすくめながら続ける。
「ナツミちゃんとリンリちゃんがドッキリをしなかったら、
そもそもドッキリなんて思いつかなかったかもしれない」
「ハイジちゃんがカンチョー人形を壊さなかったら、
その中身を使おうともしなかったかもしれない」
「イリスちゃんが火薬庫にあった爆弾型の花火の話をしなかったら、
ポムちゃんは爆弾に過剰に怯えなかったかもしれない」
「ヤヒメちゃんが窓に【物質強化】の魔法をかけなかったら、
今回の殺人は起こらなかったかもしれない」
指折り数えたあと、最後に小さく息を吐く。
「……私がホラーゲームを勧めなければ、
ポムちゃんはあそこまで怯えなかったかもしれない。
──全部、下らないわね」
そう吐き捨てるように言った。
「仮に、私の勧めたホラーゲームでポムちゃんが心臓麻痺になって死んだとしても、
私は無罪を主張するわね。プレイしたのはポムちゃんでしょ? ってね」
「それを選ぶのはいつだって本人よ。
怖がることも、信じることも、逃げることも、向き合うことも」
静かに言い重ねる。
「そして──殺すことも」
「だから結局は、すべては殺人犯であるダイヤちゃんの責任ね♪」
ライトはそこで視線をノクスへ向ける。
「ノクスちゃんなら分かってくれるんじゃないかしら?
あなた、確か殺人犯は絶対に許さない主義だったのよね?」
「……」
視線を向けられたノクスは何も答えない。
腕を組んだままただライトを見返している。
肯定も否定もせず表情も動かさない。
ライトはしばらく返答を待っていたが、やがて小さく肩をすくめる。
「ノクスちゃんなら、"ええ"って即答してくれると思ってたんだけど。
……はーあ、つまらないわねぇ」
興が削がれたように息を吐き、軽く欠伸をする。
その仕草すら芝居がかって見えた。
「じゃあ、お先に失礼するわ」
そう言って背を向ける。
誰にも視線を戻さずに、そのまま出口へ向かっていった。
自責の念に駆られて声を上げていた者たちは、ライトの言葉を受けて、
それぞれ心臓に小さな針を刺されたような顔をしていた。
ナツミは唇を噛み、何か言いかけて結局飲み込む。
ヤヒメは俯いたまま、両手をぎゅっと握りしめている。
ハイジは目を伏せたまま動かず、イリスは視線を泳がせていた。
やがて、リンリが小さく息を吐く。
「……行こ」
その一言をきっかけに、空気がようやく動いた。
リンリが先に歩き出し、ナツミが続く。
ヤヒメも静かに後を追い、ハイジとイリスも遅れて立ち上がる。
足取りは重く、誰も顔を上げないまま出口へ向かっていった。
それにつられるように他の面々も次々と裁判場を後にする。
私は最後まで動けずに残った。
そしてそこに残ったのは、居心地の悪い沈黙だけだった。
「かりかり。かりかり」
「お疲れ様でした。結局人数だけ減って弾数は減りませんでしたが」
「今、第二篇の執筆で忙しいんだから邪魔しないで。かりかり」
「じゃあ勝手に用件だけ言いますね。『秋のエリア』の整備が終わりました。
明日から開放出来ます」
「かりかり」
「それと、圧倒的に人手が足りないので……代わりに『夏のエリア』は閉鎖されます」
「うーん……未だに一文字も書けないなぁ。
かりかり。ぽりぽり。きゅうりの浅漬けおいし」
「両名の遺体は『生物室』にて保管済みです。
……それにしても、ホントに順調に起きるもんですねぇ、コロシアイ。
今回はどう唆したので?」
「人聞き悪いな。ただの被害妄想でしょ。
やめよう、クソドッキリ」
「あなたの介入でも無いと、殺人など起きないほど皆さん仲が良さそうに見えましたが」
「まぁちょっとはやったけど。ダイヤちゃんはああ見えて硝子のハートだったってことだね。
魔女因子が強ければ強いほど殺人衝動も強まるなんて信じちゃって……ぷぷ。
トランシーバー効果ってやつだね」
「……プラシーボ効果では?」
「…………カリカリ!!」
「怒らないで下さい」
「……それにしても、あんなにも必死に庇うだなんて。
ちゃんと信用を勝ち取れてる証拠だよね。
そういう意味では、弾数が減らなくてもちゃんと前進してるって言えるよね」
「大変そうですもんね」
「希望を積み上げる努力を怠ってはいけないからね。
希望のない絶望なんて──塩なしのきゅうりの浅漬けみたいなもんだよ。かりかり。
……あ、無くなった。おかわりどっかある?」
「ありません」
「……」
「夏も終わりだねぇ」
第2章 ラベンダーの咲かない夏 終