◇キャンプ場
木々の間を縫うように続く道を進むと、やがて視界がふっと開けた。
そこには広場のような空間が広がっていた。
「ここかな?」
私はタブレットの『キャンプ場』と書かれている広場に、
自分の現在位置が点滅しているのを確認して呟いた。
「おー! 自然に囲まれてる!」
「ええやん、ええやん!」
マリーが両手を広げてくるりと回り、ナツミも楽しげに声を上げる。
「結構広いし、川もあるから安全に焚き火なんかも出来そうね」
ライトは周りを見回しながら、二人と同じようにどこか楽しげに言った。
キャンプ場には川が流れており、その上には簡素な木製の橋が架かっている。
水は澄んでいて、底の石が見えるほど透明だった。
「うわ~、すごい綺麗~」
シロが橋の手前で身を乗り出すようにして川を覗き込む。
ふと視線をずらすと、小さな小屋が一棟建っているのが見える。
中に入ってみると、想像していた以上にしっかりとした設備が揃っていた。
壁際には釣り竿が何本も立てかけられ、
その横にはルアーや仕掛けが入った箱が置かれている。
棚にはランタンやガスバーナー、鍋やカップなどの調理器具が整然と並び、
折りたたみ椅子や簡易テーブルも積まれていた。
『根性見せられる人用』
と書かれたカゴには、
木の板やおがくずなどと共にまいぎり式の火起こし器なども置いてある。
「……特に気になるものはなさそうね」
ノクスが中を見回しながら呟く。
「これ回して火ぃつけるやつやろ? 昔やったことあるわ~なっつ~」
「やってみたい、やってみたい!」
「あーマリーも! マリーも!」
ナツミがどこか得意げに言うと、マリーとシロが声を上げる。
(子供と、ちょっと大きい子供だな……)
「マスカットハウスでみんな中継を待ってるわけだし、
火起こしは次にここに来た時でいいかしら?
楽しみは後にとっておきましょう♪」
「まずは、山の上の建物を目指しましょう」
ライトとノクスが二人に向かって言う。
(そして、引率係が二人……)
「はぁーい……」
二人は少ししょげながらも、手にしていた火起こし器をカゴの中に戻した。
どうやら根性見せられて発火に至るまで付き合わされる、という事態は避けられそうだ。
キャンプ場を後にし、改めて山の上を目指して歩き出す。
道の下を流れる川を横切ったあたりからかなり傾斜が増していく。
足元には木で組まれた階段が現れ、一段一段踏みしめるように登る形になる。
登るにつれて、周囲の景色も少しずつ変わっていく。
木々の葉は更に深く色づき、混じり合って視界を彩る。
足元にはいがが割れて中身を覗かせた栗がいくつも転がっていた。
少し外れたところには橙色の実をつけた柿の木もある。
そのまま階段を上っていると、
ふと木の根元に扇のように広がるきのこが群生しているのが目に入った。
幾重にも重なった茶色の傘が、地面からふわりと広がるように生えている。
「まいたけ、っぽくない?」
「おー、ほんまや! めっちゃそれっぽい!」
ナツミが食いつくように覗き込む。
「美味しそう~!」
マリーが目を輝かせた。
さらに少し先には、
湿った地面に小さくぬめりを帯びたきのこが密集している。
「こっちは……なめこかな?」
シロが指差すと、そこには小粒の傘がつやつやと光り、
いかにも食用らしい見た目をしたきのこがあった。
「秋フルコースやなこれ」
「うんうん、どれも美味しそうだよね~」
「……はぁ……はぁ……。見た目で判断するのは危険よ……」
ノクスが少し息を切らしながら静かに釘を刺した。
「食用に酷似した毒キノコも多いわ。
安易に手を出すべきじゃないわよ♪」
ライトは額にうっすらと汗を浮かべながらも、
あくまで余裕のある口調を崩さない。
「でも、そのまま取って食べられそうなものがいっぱいあるね」
と私が言った瞬間──
ぐぅぅ……。
と、タイミングよくお腹が鳴る。
……朝食を食べ忘れたせいだ。
「マキちゃん、分かりやす~い」
「上まで持つか~? とりあえずその辺の柿でも食べとく?
美味しそうやで~」
「大丈夫、いつものことだから。ね、マキちゃん」
「う……」
私は少しだけ視線を逸らしつつ歩き出す。
歩き始めてから15分程経った頃、ようやく広場らしき開けた場所に出た。
振り返ると、下に見えるマスカットハウスの屋根は小さく見えた。
「ふぅ、ここが『中腹』か」
私はタブレットで現在地を確認する。
広場には休憩用らしき
パネルやボタンには「FREE」とあり、どうやらタダで飲めるらしい。
休憩所も無料で利用できる自販機も実にありがたいことだが、
それ以上に目を引くものがあった。
「……なにこれ、また像?」
山の上へと続いているらしき分かれ道の真ん中には、
上半身が黒、下半身が白のクマのような大きな像があった。
腕を組んで仁王立ちをしており、実にエラソーだ。
「なんでクマなん……? しかも白黒やし」
「……あ、もしかしてこれパンダじゃない?」
「パンダ……?」
「ほら、パンダも白黒だし、漢字だと「熊猫」って書くし」
シロが宙に指で字を書く素振りをしながら言う。
(猫要素どこだ……?)
心の中でそう思っていると、ライトが分かれ道をそれぞれ交互に指差しながら言った。
「白と黒なのはクマの像だけじゃないみたいよ」
その指の先……クマの像の左の道には、高さ3~4mほどの黒い鳥居、
右の道には、元は白かったであろう、
月日が経って全体的にくすんだ色の同じ高さの白い鳥居があった。
黒い鳥居は元の色のせいか、同じように老朽化は見られるものの色は真っ黒のままだ。
私はもう一度タブレットを確認する。
どうやらタブレットのこの白黒のクマのようなマークは像で、
赤い鳥居のマークはこの黒と白の鳥居のことを示しているようだ。
「マスカットハウスから見えてたのはこの鳥居だったんだな」
「色もおんなじやしな~。ちゅーか近くで見たら汚なっ、この鳥居」
私とナツミは右の鳥居を見て言った。
遠くからだと灰色の鳥居にも見えたが、どうやらくすんだ白色の鳥居だったらしい。
マスカットハウスからは、位置的に左の黒い鳥居の方は見えなかったみたいだ。
「マップを見る限りじゃ、黒い鳥居の方が山の上へは近いわね」
「マリー『アスレチック』行きたい~!」
ライトがタブレットを見ながら呟くと、マリーは白い鳥居の方を指差す。
「ウチもアスレチック気になるわ~! でも……」
ナツミはライトとノクスの方へと視線をちら、とやる。
「かなり遠回りになるし、体力持たん人もおるやろしなぁ……」
「じゃあ、ここで別れて二人にはアスレチックの探索を頼もうかしら?
流石にマリーちゃん一人だけだと不安だけど、
【時間停止】の魔法を持つナツミちゃんが一緒なら安心できるわ」
ライトがナツミの方を向いて言う。
「……お、なんや珍しく評価されとる?」
「事実を述べているだけよ♪
他はともかく、魔法だけ見れば頼りになるもの」
「え?」
褒められてるのか貶されてるのかどっち? といった表情をするナツミ。
「ナツミちゃんの魔法もすごいよね~!」
マリーがフォローするように言う。
「まぁ、それはな~」
ナツミは少しだけ照れくさそうに頬をかいた。
「じゃあ任せたわよ、護衛」
「はいはい、分かっとる分かっとる」
ナツミは肩をすくめて応じる。
それから自販機の前に立ち、ボタンを二つ押した。
ガコン、ガコンと音がして清涼飲料水が二本落ちてくる。
ナツミはそのうちの一本をひょいとマリーへと差し出した。
「ほい、マリーちゃん。ちゃんと水分補給せなな」
「わーい! ありがと~!」
マリーは嬉しそうに受け取り、その場でキャップを開ける。
「よっしゃ、ほなマリーちゃん行こか!
一通り遊……見たら、また山の上で合流しよか」
「はーい!」
マリーは元気よく返事をして、白い鳥居の方へと駆け出す。
ナツミもその後を追うように歩き出した。
「マリーちゃーん、柵ないから走ったら危ないでー!」
「気をつけてね~!」
シロが手を振る。
私は無言のまま二人の背中を見送った。
「……無料の自販機じゃなきゃカッコよかったわねぇ」
「いや……別にいいだろそこは……」
ライトの呟きに思わず突っ込んだ。
「アスレチックに、美味しそうな秋の味覚……。
『スポーツの秋』、『食欲の秋』ってことなのかな~?」
「だろうね。
まぁ、わざわざアスレチックに行かなくても山登るだけで十分運動になるけど」
あたりを見回すシロに、私は肩を軽く回しながら答えた。
「……さて、私たちも行きましょう」
小休止を挟んで元の調子を取り戻したノクスが言う。
「黒い鳥居の方ね。こっちもそこそこ長い道のりになりそうねぇ……。
私も居残り組の方にすれば良かったかしら」
ライトが小さくため息をついた。
「中腹だし、もう15分くらいで着くんじゃない?」
「ここから上は急な斜面とかもなさそうだし、比較的楽に行けるかもね」
私はシロと一緒に励ましの言葉を送りながら先へ進もうとすると──
「……あれは……」
ふとノクスが後ろの方を見て呟く。
その声に私たちは振り返り、来た道の方へと視線をやる。
そこには、大きなハシゴと高枝切りばさみのようなものを持った銃業員がいた。
一瞬身構えたが、こちらに目もくれず
無言で道に飛び出ている枝などを剪定し始める。
「あぁやって整備してたんだね~」
「大変そうだな……」
「やけに道が整ってると思ったのよ。
道に飛び出てる枝なんか全然なかったしねぇ」
ライトが感心した風に言う。
すると銃業員は、高い位置の枝を切るために折り畳みのハシゴを広げ始めた。
「あ、キャタツだ」
シロがそれを見て呟く。
「それはハシゴだよ」
私が思わず言うと、少しむくれながらシロは反論する。
「マキちゃん、どう違うの?
高い所に登る物なのは一緒だよ?
もっとさ、ホ・ン・シ・ツ……見よ?」
そして何故か得意げに、若干小馬鹿にしたような口調で言う。
「……」
私は無言でシロの鼻をきゅっとつまむ。
「ひだだだ! な、なんでぇ!?」
「いや……なんかちょっとムカっと来たから……」
私が手を離すと、シロは鼻を少し赤くしながら抗議した。
「理不尽……」
「……行きましょうか」
ノクスが銃業員に一瞥をくれると、左の黒い鳥居をくぐっていった。
私たちも銃業員やカンチョーの心労をほんの少しだけ感じつつ、続いて鳥居をくぐる。
……まぁ、どちらもロボットか何かもしれないが。
「お~! いい景色だね~!」
「ちゃんと海も見えるわね」
山の上まで登ると、視界が一気に開ける。
眼下には色づいた森が広がり、向こうには青い海が水平線まで続いていた。
木々の赤や黄が海の青と混ざり合うように広がっている。
「思ったより、ちゃんと絶景だな」
「……いい眺めね」
私とノクスは小さく呟く。
山の上付近の道沿いには、転落防止柵が設けられていた。
その柵に沿ってなだらかな道を歩くと、濃いピンク色の建物が見えてくる。
◇ストロベリーハウス
建物の前に着くと、『ストロベリーハウス』と書かれた看板が目に入った。
「……そのまんまの名前だな」
「あっちがマスカットハウスだったからね~」
見た感じ、ピンク色に壁が塗られていること以外はごく普通の建物に見えた。
マスカットハウスと同じように、周囲は少し開けた空間になっており、
広い庭のようなスペースが広がっている。
縁側があり、窓は雨戸によって閉じられている。
庭には物干し台があり、植木鉢がいくつも並んでいるその近くには散水ホースが丸めて置かれていた。
庭の一角には扉が開いたままの倉庫があり、園芸用具のようなものがちらりと見える。
「庭だけ見れば、マスカットハウスよりも生活感あるな」
「ごく普通の家の庭ね。中もそうなのかしら」
そう言いながらライトはストロベリーハウスの扉を開ける。
中はマスカットハウスと同じように、
リビング、ダイニング、キッチンが一体となっている。
冷蔵庫や調理用器具もあり、基本的にマスカットハウスとは変わらなそうだ。
玄関の扉の横にはキッチンと窓があり、
そこから白い鳥居とマスカットハウスが小さく見える。
先ほど見た景色同様、遠くには海も臨める。
そして──
「エレベーターだ!」
シロがぱっと声を上げる。
キッチンとは逆側の扉の横には、マスカットハウスでも見たエレベーターが設置されていた。
手元にはブドウのマークのボタンがある。
物を置くリフトは見当たらないので、おそらく今はマスカットハウス側にあるのだろう。
「リフトを呼び出して、来た台にものを置いたら下に送れるってことか」
「逆に向こうからも来るってことだよね~?」
シロが興味津々に覗き込む。
「マスカットハウスとの位置関係的に、斜行リフトのような構造かもしれないわ」
ノクスが呟くと、私はふと思い出す。
「……そうだ、ここに着いたらタブレットで中継しなきゃだ」
「あら、そうだったわね。じゃあ、マキちゃん頼めるかしら?」
「分かった」
私はタブレットの名前欄から「殯リンリ」をタップし、通話ボタンを押す。
数秒の呼び出しの後、画面が切り替わる。
『……あー、来た来た』
すると、リンリの顔が映し出された。
右端の小さいサブ画面には私たちの顔が写る。
「今上に着いたとこ」
『お疲れ~。んじゃ、一階でみんなと鑑賞しますかね~』
「よっこらせ」と言いながらリンリは部屋のテレビを消し、一階へと降りていく。
『お~い、中継来たよ~』
『わ~。お疲れ~』
『ありがとうございます……!』
『ここに立てかけとくよ~。適当に何か置いてっと』
数人の声が聞こえたのち、タブレットが固定されると
マスカットハウスに残った面々の顔が映る。
ソファに集まるようにしてそれぞれがこちらを覗き込んでいる。
『……あれ、マリーは?』
ミサがわずかに眉をひそめて尋ねた。
「ナツミと一緒にアスレチックを探索してる。
……まぁ、遊んでると思うけど、後からこっちに合流するって」
『……分かった』
ミサは短く返した。
「部屋はこんな感じ」
私はタブレットのアウトカメラをタップし、ストロベリーハウスの部屋をぐるりと映す。
横からひょこっと顔を出したシロがピースをして一瞬映り込んだが特に気にしない。
『あんまこっちと変わらんね~』
『でも、温泉あるんでしょ~?』
ハイジがポテチをぽりぽり食べながら言う。
対照的にヤヒメは羨ましそうな声色で言った。
「……あ、そうだ。エレベーターどんな感じか試してみない?」
私がカメラマンのようにタブレットを構えていると、シロが声を上げる。
『あ、やっぱそっちにもエレベーターあったんだ』
『んじゃ、無事に山を登り終えたお祝いと労いを込めて何か送るぜい』
ハイジがそう言うと画面の外へと消える。
かすかにボタンを押す音と動作音が聞こえた。
「……来るかな」
シロがわくわくした様子でエレベーターを眺める。
すると、ものの30秒ほどでリフトがやって来る。
「……」
リフトの上にぽつんと乗っていたのは、小さめのポテチ一枚だった。
「せめて袋ごとでしょ!?」
『くるしゅーない。遠慮せずうけたもうれ』
画面に戻ってきたハイジがポテチをぽりぽり食べながら偉そうに言う。
「……時限爆弾でもあればそれを入れて送り返したんだけど」
『怖い事言うのやめて!?』
『ま、巻き込まれますぅ!?』
ライトの呟きにハイジとイリスが突っ込んだ。
シロは仏頂面でポテチを取り口を運ぶ。
「じゃあ、次は二階見てみるか」
『うん、よろしく~』
私がタブレットを二階へと続く階段へ向けると、ヤヒメがのんびりと返事をした。
階段を上がると、そこはやはり和風の旅館の客室のような造りになっており、
マスカットハウスとは違い、いくつかに区切られた部屋ではなく
一つの大きな部屋になっていた。
『お~広いな』
『みんなでお泊りできそう~』
「こっちは、合宿所みたいな感じだな」
私はタブレットをぐるりと部屋の中へ向ける。
「テレビに、冷蔵庫に、奥には広縁もあるわねぇ」
面積的にはマスカットハウスよりも小さいはずだが、
区切りが無い大部屋な分、いつも泊っているホテルの客室よりも広い。
「じゃあ、三階も見てみよう」
一通り二階を見ると、私は三階へと上って行く。
すると──
「……なんだこれ?」
『ファイナルベッドルーム』
と入口に書かれた部屋の中に入ると、ショールームのように色々なベッドが並んでいる。
近くに貼られていた説明書きには……。
"あなたに、極上の狂喜を"
とあった。
「……」
「極上じゃなくてご苦情が来るんじゃないかしら」
私はそっと部屋を後にした。
「残るは温泉だね~!」
「この通路の先が温泉だな」
『温泉早く見たい~』
私は扉を開けてストロベリーハウスの一階の一角から通路へと入る。
すると、そこから先は一気に雰囲気が変わる。
長く伸びる通路は、既に脱衣所のような空間になっていた。
「準備はここで全部済ませる感じね」
「完全に温泉前だ~」
ライトとシロが周りを見回しながら言う。
「じゃあ、開けるよ」
そう言って、私が円形の温泉マークの建物に入ろうと扉に手をかけた瞬間──
「あっ……お待ちください……」
「うわあっ!!」
どこからともなくカンチョーが飛んできた。
「どっから出て来たんだよ、この阿呆鳥!」
『えっ、何々、どしたん?』
『……マキ、大丈夫?』
状況を把握できない通話の向こうの声が重なる。
すると、カンチョーは気にせず淡々と続ける。
「服を着たまま浴室に入るのは、マナー違反なので……」
「……そういえば、初日にもそんなこと言ってたな……」
私は初日に探索した時のカンチョーとの会話を思い出す。
『服を着たまま浴室に入るのは、マナー違反です……。
特にサウナなんて、絶対に入らないでくださいね……』
……でも、裸になってタブレット実況するのも憚られる……。
私がどうしようか思案していると、静かにライトが割って入る。
「そもそも、ここは露天風呂なのでしょ?」
そう言いながらライトは脱衣所内に貼られた案内を指差す。
そこにはいくつかの風呂の種類が並び、その中に確かに『露天風呂』の文字があった。
「内風呂のみならともかく、露天風呂なら服を着ていても構わないんじゃないかしら?
他に誰もいないし、こんな森の中だと裸になるのも嫌な子もいるんじゃない?」
『……まぁ、虫とかもいそうだしね』
状況を把握したリンリがぽつりと言う。
「……まぁ、別にマナー違反なだけで規則違反ではないですので……。
そのまま湯舟に入ったりしないのであれば、例外的に認めても構いません」
「……なんだ、珍しく話が分かるな」
『おーマキ良かったじゃん』
「ただし、タブレットを持ったままサウナなんかには絶対に入らないでください」
(なんでそんなにサウナにこだわるんだよ……)
私は心の中でツッコミつつ、改めてタブレットを片手に扉を開ける。
円形の建物の中には、内湯のさまざまな風呂があった。
広い浴場の中央には大きな湯船。
その周囲には温度の違う小さな浴槽がいくつも配置されている。
「おお~!」
「ホテルの大浴場よりは狭いけど、わりと種類あるな」
『ほえ~結構しっかりしてんねぇ!』
『いいな~。あたいも入りたい~』
「どうやらここから外にも出られるみたいね」
そして円形の建物の壁には扉があり、そこから露天風呂のあるところへ出られるようだった。
『そっち露天? 行こ行こ!』
『気になる~』
『マキはよ』
画面の向こうから矢継ぎ早に声が飛んでくる。
「はいはい……」
私はみんなに急かされ、外へとつながる扉を開ける。
「……おぉ」
思わず声が漏れる。
外はまさに森と一体となった露天風呂になっていた。
「すごーい!」
「へぇ、ホテルの大浴場よりも良いわね」
内湯とは比べものにならないほど広く、
自然の地形をそのまま活かしたような造りになっている。
つぼ湯が点在し、少し離れた場所には打たせ湯、
手前には『中腹』で見た四阿のような屋根付きの温泉があり、
ゆったりと休めるような造りになっている。
他にもサウナ用の小さな建物や、
五右衛門風呂のような丸い浴槽まで見えた。
温泉からは森と海が一望でき、まさに絶景だ。
『うわぁ~!! めっちゃ広いじゃん!』
『……景色もいいね』
『気持ちよさそ~』
画面の向こうから歓声が上がる。
湯気でタブレットのレンズが曇ってきたので、
私はそれを拭こうとタブレットを持ち換えたのだが──
「あっ!」
指先が滑り、そのままタブレットが手から離れる。
ガンッと鈍い音を立てて地面に落ち、その勢いのままに滑る。
タブレットはそのまま五右衛門風呂のかまどの近くまで滑っていった。
かまどの中では赤々と炎が燃えている。
「あっ……ちょっと……!」
思わずカンチョーが声を上げる。
『えっ!?ちょ、マキ!?』
『落とした!?』
私は慌てて駆け寄り、かまどのそばのタブレットを掴み取ろうとするが──
「あっ
タブレットはかなりかまどの近くにあり、火の粉が手に降りかかる。
(このままじゃ無理だ……!)
私は咄嗟に袖を湯で濡らし、その袖を使ってタブレットを掴み取った。
「マキちゃん、おっちょこちょいねぇ」
『……大丈夫?』
タブレットの通話は続いている。
機能そのものが壊れたわけではなさそうだが──
「……あーあ。言わんこっちゃないですねぇ……」
思いっきりため息を付きながらカンチョーは羽をすくめる。
タブレットの画面を見ると、黒く滲んで一部が見えなくなっていた。
「落としちゃったから見えなくなっちゃった……」
「……いえ、どちらかというと熱のせいです」
シロの言葉を、カンチョーが即座に訂正する。
『え、こっちからは何ともないよ~』
相変わらず、音声も映像も
向こう側は問題なく受信できているらしい。
「そのタブレット、
衝撃には滅法強いので野球ボールが1000発当たろうが壊れないのですが……。
唯一弱点がありまして……」
「弱点……?」
「"熱"に弱いんですよ、そのタブレット。
火の近くにあったので、火の粉が飛んで画面の一部が見えなくなってますねぇ。
はあ。だからあれほど言ったのに……」
どうやら、カンチョーがやたらと
風呂へのタブレット持ち込みを嫌がっていた理由はこれらしい。
「タブレットを修理するの、誰だと思ってるんですか……。
その分、私の労働時間が増えるので……勘弁してもらいたいものですねぇ……」
「ご、ごめん……」
私は素直に謝る。
「……修理には半日ほどかかりますが……修理しますか?」
「じゃ、じゃあ、後でお願い……」
「やれやれ……」
言葉でも仕草でも、これ以上ないほど"やれやれ"を表現しながら
カンチョーは大きく肩を落とした。
……流石に少し申し訳なく思った。
初めて。
そのままタブレットを持って一通り中継を続行する。
ストロベリーハウスの中の様子も、
マスカットハウス側の面々も大方把握できたようだった。
『おつかれ~マキちゃん』
『登山組もありがとね。……でも、結局特に気になるもの無かったね。
もうお昼だし食堂行く?』
ヤヒメとリンリひらひらと手を振る。
時刻は12時30分、ちょうどお昼時だった。
それを意識した途端、急に空腹感に襲われる。
『……あ、そうだ』
ミサがふと思い出したように言う。
『マスカットハウスの冷蔵庫に色々食材入ってたから、
ストロベリーハウスの方にも何かあるかもしれないよ』
『秋の味覚がいっぱい詰まってましたね』
イリスも小さく頷く。
『何なら、こっちからエレベーターで送ろうか?』
『そのまま何も食べずに降りて来るのつらいっしょ~』
「ありがとう、ちょっと見てみるよ」
私は小さく礼を言うと、カンチョーがそこへ声を上げる。
「あっ……ストロベリーハウスの方にも食材はちゃんと用意してます。
ここいらの山で採れた新鮮な極上の秋の味覚ですねぇ。
毒のあるものなどは、山に自生してるものも含めて一切ございませんので……」
「……しっかりしてるな」
私は思わず呟く。
「いやいや、食事関連はですねぇ……
さすがにクレームが来ると面倒なので……」
"ご苦情"の言葉は頂きたくありませんので……」
「うまいこと言ったつもりか?」
「いえ別に……」
すると、シロがぱっと顔を明るくする。
「じゃあさっきの栗とかキノコも食べてよかったってこと!?」
「でも、そのまま食べるよりはちゃんと調理した方が良いんじゃないかしら」
シロの言葉をノクスが静かに制す。
「じゃあ、私の出番ね♪
登ってる最中にも思ったのよ。
食材も新鮮そうで調理のしがいがありそうだわ、ってね」
「おぉ~! 楽しみ~!」
シロが目を輝かせてライトの方を見る。
『そっちはそっちでどうにかなりそうみたいだね』
『じゃあ、私たちはホテルの食堂行こ~っと』
『マリー、野菜嫌いだから……どうにかして食べさせて』
『あ、中継ありがとうございました……!』
「うん、お疲れ」
イリスの言葉を最後に、通話は終了した。
「じゃあ、マキちゃんのお腹が持たなくなる前に
ちゃっちゃと準備に取り掛かりましょうか」
そう言うと、ライトは楽しそうに台所の方へと歩いて行った。
「……結局、手がかりはなかったわね」
「まぁ……仕方ないよね」
ノクスが低く言うと、シロも少ししょんぼりした様子だった。
「立地的にもここにはあまり頻繁に来られないから、
私はもっとよく部屋を調べてみることにするわ」
「ま、こっちは山の上だしね。マスカットハウスの方はともかく」
そう言うと、ノクスは上の階へと上がっていった。
(秋のエリアを調べ終わったけど……進展なし、か……)
私は軽いため息をつき、
ストロベリーハウスの窓の外に広がる秋のエリアの深々とした木々をぼんやりと眺めた。
赤や橙に染まりきらない、どこかくすんだ色合いの葉をつけた枝。
それが風が吹くたびにざわざわと揺れて、
その奥にあるはずの何かを隠すかのように視界を遮っていた。
まるで──
"今見えているものが真実だとは限らない"、とでも言うように。