魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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八角館の殺人 part3

外の景色を眺めていると、ストロベリーハウスの扉が勢いよく開く。

 

「ふおー景色ええなーここら辺!」

「おっ邪魔しまーす!」

 

ナツミとマリーだ。

アスレチックで派手に遊んできたのだろうか、服が泥まみれだ。

 

「いやーめっちゃ楽しかったで~」

「あのフリスビー入れるやつ楽しかった!」

「なにそれー!」

 

シロが興味津々で身を乗り出す。

 

「チェーン付いたカゴみたいなんあってな、そこにフリスビー投げんねん!」

 

ナツミがジェスチャーを交えながら説明する。

 

「ディスクゴルフね。フリスビーのゴルフバージョンみたいなものよ」

「それそれー」

 

ライトが食材を丁寧に洗いながら解説する。

 

「他にも長いはしご登ったり、ロープにつかまってビューン! ってやったりしたよ~!」

「へぇ、遊具も色々あるのか。楽しそうだね」

 

おそらく、縄梯子やターザンロープのことだろう。

マリーが身振り手振りを交えて楽しそうに話す。

 

私も時間があれば見てみたいが、今はお腹が空いて力が出ない。

 

「ライトちゃん、それもしかして……」

「みんなのお昼ご飯よ。お腹、空いてるでしょう?」

 

ライトは二人にウインクを向ける。

 

「作ってくれてるん!?ライトちゃんの手料理美味しいから楽しみや~!」

 

嬉しそうに言うと、ナツミはふと何かに気付いたように視線を向ける。

 

「……てか、なんでカンチョーおるん?」

「施設の説明しに来てる感じ」

「あ、忘れられているのかと。

 ……で、"それ"、さっさと修理しにいってもいいですかね……?」

 

カンチョーはそう言いながら羽で私のタブレットを指した。

 

「ああ、ごめん忘れてた」

 

私はカンチョーにタブレット差し出す。

 

「修理には半日ほどかかります。

 終わり次第、ホテルロビーのフロントに置いときますので……」

「分かった」

「あ、それと……。『支給品についての注意事項』にもある通り、

 修理中は一切のメッセージも通話も受け付けませんので、悪しからず」

 

そう言って、カンチョーはくるりと向きを変え、

そのまま羽ばたいて出て行こうとしたその時。

 

「……あら?」

 

料理の下ごしらえをしていたライトが怪訝そうな声を上げる。

 

「ん? どうしたのライト」

「急に水が出なくなったのよ」

 

私が聞くと、濡れた手で蛇口を指す。

 

「え?」

 

ライトがもう一度蛇口をひねると……

 

キュッ。

 

と乾いた音が鳴るだけで、水は出てこない。

 

「さっきまで普通に出てたのに?」

 

シロが不思議そうに近付くと、蛇口をキュルキュル回しまくる。

それでも水は出てこない。

 

「あ……それ……」

 

すると、出て行こうとしたカンチョーが思い出したように声を上げる。

 

「"水不足"ですね、はい」

「えっ……」

「えぇ……なんやそれ……」

 

結構ヤバめの言葉がさらっとカンチョーの口から放たれる。

 

「まぁと言っても、この秋のエリアのみですが」

「どういうことだ?」

 

私は思わず聞き返す。

 

「この島、エリアごとに生活用水の管理区分がありまして……。

 ここ、温泉がありますので……結構水不足になりやすいんですね……。

 それで、貯水タンクの水が減ると今みたいにたまーに水が出なくなったりとかします」

 

カンチョーがどこか気まずそうに言うと、ぱっと明るい声が響く。

 

「じゃあさ! マリーが雨降らせてあげる!」

「おお、その手があったか!」

「あっ……じゃあよろしくお願いします」

「……でも、島中に降ったらみんなに迷惑かけちゃうから……」

 

そう言いながら、マリーはいつもよりどこか集中するように手を上にかざす。

 

すると、さっきまで晴れていた空がゆっくりと曇り出す。

 

やがてぽつ、ぽつと細かな雨粒が地面を叩き始め──

 

 

ザァァァ!!

 

 

いつものようにあっという間に雨脚が強まり、森全体を包み込むように降り始めた。

 

だが、良く見れば森の向こうに見える海には陽が差している。

 

「出来るだけ、ここらへんだけに雨が降るようにしたよ!」

「おぉ……局所的にも出来るのか。すごいな」

「えへへ、まだちょっと難しいけど……練習中!」

 

マリーはどこか得意げに胸を張った。

 

「これで水不足も安心だね!」

「……でも、すぐに水が出たりするのかしら?」

「あぁ、簡易的なろ過を通してタンクに貯めてますので……。

 ある程度まとまった雨が降れば、そのろ過した水がまた出るようになってます」

 

説明するカンチョーから、無言で蛇口の方へと視線を向ける。

 

「……」

 

雨音がキッチンの中に響く。

 

シロもナツミも同じようにじーっと蛇口を見つめる。

 

ライトは冷蔵庫を開け、水を使わない食材の下処理を始めていた。

 

包丁と雨音の音が一定のリズムで響く。

 

そしてものの数分後──

 

ぽたっ。

 

 

「……お?」

「きた!」

 

蛇口の先から水滴が一つ落ちる。

 

 

ちょろ……

 

 

それが細い流れへと変わる。

 

「ほんとだ……」

 

私は思わず呟いた。

 

さらに数秒経つと水の量は徐々に増え、やがて普通に使える程度まで戻っていく。

 

「凄いわね……助かったわ、マリーちゃん」

「マリーちゃん様々やなー」

「マリーちゃんありがとー!」

「ありがとう、マリー」

 

口々に言われ、マリーは照れたように笑う。

 

「えへへ~」

 

するとライトは再び調理を始め、カンチョーはぼそりと言う。

 

「この雨量ですと、だいたい1時間くらいで水不足は解消されますかね。

 じゃあ、私はこれで……」

 

そう言って出て行こうとすると、シロが声を上げる。

 

「あれ? 外大雨だけどいいの?」

 

するとカンチョーぴたりと止まり、ゆっくりと振り返る。

 

「……もしや、カンチョー資料館にあった

 『九官鳥の正しい飼育法』をお読みでない?」

「え? これっぽっちも読んでないけど……」

「読むわけないだろ」

 

ぴしゃりとカンチョーに言い放つ。

 

「はぁ……九官鳥というのはもともと熱帯雨林に生息している鳥です。

 スコールのような大雨には慣れているんですよ。

 むしろ、雨やシャワーでの水浴びを好む個体の方が多いです」

「へえ~」

 

シロが素直に感心する。

 

「じゃあ、楽しく水浴びしに行くついでに修理に行くってことね」

「言い方に若干の悪意を感じますが……まぁ、概ねその通りです。

 ……では、私はこれで」

 

カンチョーがためらいなく扉を開けると

ザーッという音とともに、強い雨音が一気に流れ込んできた。

 

だがカンチョーは気にする様子もなく、そのまま外へと飛び出していく。

次の瞬間にはその姿は雨の向こうへと消えていった。

 

「……ところでそこの二人。泥だらけのままじゃない。

 水浴びじゃないけど、着替えて温泉にでも入ってきたら?」

 

ライトが舞茸をほぐしながら、ナツミとマリーに向かって言う。

 

二人は自分の服を見る。

 

「おわ……思ったより泥まみれやな」

「いっぱい遊んだしね~」

 

ナツミが服を軽く払うと、ぱらぱらと乾きかけた泥が床に落ちる。

 

「うわっ、ちょっと待て、それ以上落とすな」

「ごめんごめん」

「洗濯機あっちにあったよ~」

 

シロが部屋の奥を指差す。

 

「あーでも、着替えどないしよ……」

「着替えの代わりに浴衣があったわよ」

「お~。旅館みた~い!」

 

マリーがぱっと顔を輝かせる。

 

「ほんまやな~。温泉あって浴衣あってって、もう完全にそれやん。

 ほなそうゆうことやったら……」

 

次の瞬間、ナツミの姿がぱっと消える。

 

すると、脱衣所の方から

 

「一番風呂はもろたでー!」

 

と声がした。

 

「あー! ずるーい!」

 

そう言いながらマリーはナツミの声のした方へ駆けていく。

 

「なんちゅー魔法の無駄遣いだよ……」

 

私はその様子を見て、呆れ半分にぼそりと呟いた。

 

シロと一緒にライトの手伝いをしていたら、

しばらくして脱衣所の方からばたばたと足音が近づいてくる。

 

「ふい~! さっぱりしたわ~!」

「はぁ~……気持ちよかったぁ~」

 

バスタオルを纏ったナツミとマリーが、湯気をまとったまま出てくる。

 

「雨の温泉も風情あってええな~!」

「色んな種類のお風呂あったね~」

 

二人は頬をほんのり赤く染めながら満足げに笑った。

どうやらこの雨の中、わざわざ露天に入ってきたらしい。

 

「……あ、いい匂い!」

「ほんまや~」

 

マリーとナツミが鼻をひくひくさせながら、キッチンの方へ顔を向ける。

 

「お昼は軽めに炊き込みご飯のおにぎりと、舞茸メインのお味噌汁よ。

 本当は栗ごはんにしたかったんだけど……栗の下処理もあるし、

 ちゃんと吸水させるとなると、さすがに持たないでしょ?」

「持たないかも」

 

私は慣れない手つきでおにぎりを丸めるシロの横で苦笑いを返す。

ふと見ると、まるで粘土細工でもするかのような真剣な眼差しで炊き立ての米を凝縮させていた。

 

「ニギ…ニギ…」

「シロ、それちょっと大きすぎない?」

「これマキちゃんの」

「なんでだよ」

 

対照的にライトは綺麗に整った三角形を次々と並べている。

その手つきはやけに慣れていて、形も大きさもほぼ均一だ。

 

「温泉あがって、浴衣着て、美味しそうなご飯が待ってるって……。

 完全に旅館やな~」

 

ナツミが着替えの浴衣に袖を通しながら感心する。

 

「そろそろ作り終わるから、みんな席に着いてていいわよ」

「じゃ、お言葉に甘えまして」

「はーい!」

 

浴衣姿のマリーとナツミは、私たちと一緒に席に着いた。

 

テーブルの中央に置かれた大きなステンレス製のバットには、

ラップに包まれた大小さまざまな炊き込みご飯のおにぎりが並んでいる。

 

席には六人分の味噌汁が用意され、湯気がゆらゆらと立ち上っている。

舞茸の香りが食欲を刺激してくる。

 

するとライトがエプロンを外しながら、いかにもわざとらしい弾んだ声を張り上げた。

 

「ノクスちゃ~ん、ご飯出来たわよ~! 降りてらっしゃ~い♪」

 

まるで子供を呼ぶ母親のような声色だ。

 

間を置いてから、二階からとす、とすという足音と共にノクスが降りてくる。

子供扱いされたのがお気に召さなかったのか、眉間にはうっすらと皺が寄っている。

 

「……三階までその締まりのない声が響いていたわ」

「あら、ごめんなさいね。冷めないうちに食べて欲しかったのよ♪」

「はよはよ! ノクスちゃん待ちやで~」

「みんなで『いただきます!』だよ!」

 

矢継ぎ早に飛んでくる声に、ノクスは目線をテーブルの上へとやる。

そこには、空いた席に一つ置かれた味噌汁が静かに湯気を立てていた。

 

それから小さく息を吐き、観念したように肩の力を抜いた。

 

「……ええ、分かったわよ」

 

短くそう返すと、味噌汁と箸の置かれた席へと腰を下ろす。

 

「じゃ、揃ったね~」

「いただきまーす!」

「いただきます」

 

声が重なって食事が始まる。

箸が触れ合う音と、軽い会話が自然と広がっていく。

 

私は味噌汁を一口すする。

 

「……うんま」

 

舞茸の芳醇な香りと豚バラの脂から溶け出した濃厚なコク。

素材の旨味が凝縮された優しい味が、空腹の胃袋にじんわりと染み込んでくる──!

 

「これめっちゃええやん! ライトちゃん、天才ちゃうか!」

「おいしい~! 毎日これでもいいかも~!」

「ふふ、どうも♪」

 

それぞれ味噌汁とおにぎりを口にしたナツミとマリーが、子供のように声を上げる。

 

シロも「ん~、ほっとする味だね~」と頷きながら、おにぎりに手を伸ばす。

 

ふと隣を見ると、あれほど眉間に皺を寄せていたノクスですら、

味噌汁を一口口にした瞬間にその表情をわずかに和らげていた。

 

カチカチと箸が触れ合う音、器を置く音。

そして雨音を背景にした穏やかな会話が自然とリビングに広がっていった。

 

 

「ごちそうさまー!」

 

マリーが両手をぱんっと合わせて、満足げに声を上げる。

 

「いやー美味しかった! おにぎりあんなあったのに全部なくなったで!」

「……ごちそうさま」

「お粗末様でした」

 

私たちは食器を流しに持っていくと、ナツミがぽつりと呟く。

 

「そういや、雨、もうええんとちゃう?」

 

その一言に自然と全員の意識が外へ向く。

窓の向こうでは、さっきまで降り続いていた雨がいつの間にか弱まっていた。

 

「……っと! 言われると思いまして~!」

 

マリーがそう言うと、みるみるうちに雲が薄れていく。

 

空を覆っていた灰色が、ゆっくりとほどけるように裂け

その隙間から淡い光が差し込む。

 

やがて雲間は一気に広がり、ぱっと空が明るくなった。

 

「うわ、はやっ!」

 

思わず声が漏れる。

 

「えへへ~」

 

マリーが得意げに胸を張る。

 

「ちょっとずつだけど、局所的にも出来るようになってきたんだよ~!」

「いやいや、十分すごいだろそれ……気象予報士泣かせだよ」

 

私が半ば呆れたように笑うと、マリーはさらに声を弾ませた。

 

「いっぱい練習して、早く"雪"降らせたいからね!

 ホワイトクリスマスとか、みんなでやりたいもん!」

「ふふ、素敵ね。マリーちゃんならもう明日からでも降らせてしまいそう。

 ……ほら、気温の低い日の夜とかね」

「ほんとー!?」

 

マリーがぱっと顔を輝かせる。

 

ライトは軽く微笑みながら、手際よく洗い物を片付けていく。

食器を水切りに並べ終えると、今度はボウルとザルを取り出して再び米を洗い始めた。

 

「……あれ? ライト、またお米炊くの?」

「ええ、夜ご飯の仕込みよ。お昼はあくまでも前座。

 時間がかからないものしか作ってないもの」

 

まるで当然のことのようにさらりと言う。

 

「こんなに良い食材が揃ってるのに、お味噌汁とおにぎりだけじゃもったいないでしょ?

 栗ご飯、天ぷら、煮っころがし、土瓶蒸し──」

「……ごくり」

 

お昼を食べたばかりだというのに、私の喉が思わず鳴った。

想像するだけで秋の香りが鼻腔をくすぐる。

 

「じゃあさ──今日、みんなでここにお泊りしない!?」

 

シロの声がぱっと響く。

 

「……え?」

 

私が思わず聞き返すと、シロはぱっとこちらを向いてにこっと笑った。

 

「だってさ、大部屋もあるし、ライトちゃんのご飯も食べたいし!

 明日までここにいた方が絶対楽しいよ~!」

「それは……確かに」

 

思わず納得してしまう。

 

「私は構わないわよ? 何人いようと完璧に対応出来るわ」

「ええやん! そのまままた温泉も入れるしな!」

「お泊り会ってこと!?やりたい!

 みんなでお菓子食べたり枕投げしたりしようよ!」

 

ナツミとマリーが即座に食いつくと、

「でしょでしょ~!」とシロが勢い良く頷いた。

 

「もちろんノクスちゃんも参加するやんな!」

「勝手に決めないでもらえる?」

「だってノクスちゃん、『私も参加する~!』ってキャラちゃうやろ?

 やったら強引にでも誘ってあげた方がええかな思て」

「……」

「ほんまに嫌やったら途中で下山してもええやん!

 ウチは悲しいけど……」

 

ナツミはわざとらしく「よよよ……」と泣くふりをしてノクスの顔色を伺う。

 

「……別に、嫌とは言ってないわ」

「ほんと!?」

「いえーい!」

「ふふ、決まりね」

 

リビングに喜びの声が響く。

どうやら、今晩は全員揃ってここに泊まることになるらしい。

 

「あ、じゃあ、私ホテルから色々遊ぶもの持ってくる!」

 

と、シロが声を弾ませて言った。

 

「え? わざわざホテル戻るの?」

「ほら、ぞーちゃんのお世話もあるし!」

「ぞーちゃん……?」

 

事情を知らないナツミ、ライト、ノクスの三人が揃って困惑の表情を浮かべる。

 

「あ、昨日シロが捕まえたクワガタのこと」

 

私が軽く補足する。

 

「クワガタかーい! めっちゃ強そうな名前つけとるな……。

 ウチ、てっきり隠し子でもおるんか思たわ」

「マキちゃんと一緒に捕まえたんだよ~。

 そのついでにみんなで遊べそうなものとか、色々持ってくるね!」

 

シロはウキウキした様子でストロベリーハウスから出て行こうとする。

 

「シロ、まだ雨で足元ぬかるんでるかもしれないから気を付けてね」

「はーい、気を付けてゆっくり降りるよ~」

 

振り返って手をひらひらと振ると、シロはそのまま外へと出て行った。

 

「元気やなぁ~」

 

あんたほどじゃないよ、と心の中でツッコミを入れる。

 

しばらくして──。

 

少し手持ち無沙汰になった私は、

ストロベリーハウスの庭を軽く見て回ることにした。

 

雨上がりの空気はひんやりとしていて、濡れた土の匂いが鼻をくすぐる。

 

(そういえば、あの倉庫って何が入ってるんだろ?)

 

私はストロベリーハウスの庭の隅にあった倉庫に視線をやる。

 

中を覗くと、外からちらっと見えていた通り、園芸用具が所狭しと並べられている。

 

噴霧器に除草剤に、肥料の袋やら芝刈り機。

奥の方には、丸められた厚手のブルーシートや、

土を掘り起こすための農具……シャベルやクワが壁に立てかけられていた。

 

「……なんて読むんだこれ」

 

柄の部分に『巣他亞風羅血那』と刻まれたツルハシもあった。

何となくだけどナツミと関係しているような気もする。

 

庭も広いし、ここで家庭菜園とかも出来そうだな、と思いながら倉庫を後にした。

 

ストロベリーハウスへ戻ると、ライトがタブレットで通話をしていた。

ノクスも画面を横から覗き込んでいる。

 

私も後ろから画面を覗き込むと、図書室の本棚が映っていた。

どうやら、シロに持ってきてもらう本を選んでいるようだ。

 

「……あ、それ面白そうね。その百角館の殺人って本頼めるかしら」

 

(百角って……ほぼ円形だろ)

 

「……二段目の、観測者のいない部屋の心理学、をお願い」

『これと、これだねー!』

「荷物になっちゃうのに、悪いわね」

『だいじょーぶ! マスカットハウスからエレベーターで送るから!

 重たいのは全部それで送っちゃうね~!』

「助かるわ」

 

ライトが柔らかく微笑む。

 

『あ、おーいマキちゃーん!

 マキちゃんも漫画とか読むかなって思って

 メッセージ送ったんだけど、返事なかったから~』

 

私に気付いたシロが声をかける。

 

「スマホ持ってくるの忘れたし、

 タブレットも修理中だから返信するの無理だって」

『あ、そっか! 忘れてた~』

「おいおい……」

 

てへ、とシロが舌を出す素振りをする。

 

『もうないかな~?』

 

すると、シロがカメラをくるくると動かす。

 

「ちょ、酔う酔う」

「ふふ、本はもう十分よ~。シロちゃん、ありがとう」

『はーい。じゃあ、お菓子とジュースと……

 みんなで遊べそうなの持っていきまーす!』

 

元気よく返事をすると、そこで通話が切れた。

 

「……そういえば、ナツミとマリーは?」

「二階でテレビを見ながらくつろいでるわ。流石に少し体を動かしすぎたのかもね」

「まぁ、アスレチック経由だとだいぶ遠回りだったからな……。

 あれだけ全力ではしゃいでいたら、疲れて当然だよ」

 

私は苦笑いしながら、自分の肩を軽く回した。

 

思い返せば、今朝は朝食を摂る間もなく、あの山道を登り切るような真似までしたのだ。

ライトの作った温かい味噌汁でお腹が満たされた今、

心地よい疲労感がじわじわと手足の先にまで回ってきている。

 

「ふふ、マキちゃんも少し休んできたら?

 シロちゃんが戻るまで、まだ時間はかかるでしょうし」

「……そうだね。私も食後で少し眠くなってきたし、

 お言葉に甘えて二階でくつろぐことにするよ」

 

すると、ノクスがライトに視線を向けながら言う。

 

「夕食の仕込みをしているみたいだけど……何か手伝えることがあるなら手伝うわ」

「あら、ノクスちゃんからそう言ってくれるなんて……。

 明日は本当に雪が降るんじゃないかしら」

 

ライトが驚きを隠さずにそう言うと、ノクスはぷいっと顔を背けた。

 

「あなたにあまり借りを作りたくないだけよ。

 効率的に作業を終わらせたいなら、人手は多い方がいいでしょ?」

「ふふ、そうね。合理的だわ。それじゃあ、その里芋を水に漬けてくれるかしら?」

「分かったわ」

 

ライトは楽しげに微笑むと、ザルに入った里芋を指し示した。

 

「じゃあ、私はお言葉に甘えて……」

 

私は二人の背中を見送りながら、ゆっくりと階段を登り始めた。

 

 

二階でナツミ、マリー、私の三人でしばらくくつろいでいると、

一階の玄関からシロの声が聞こえてくる。

 

「ただいまー! みんな、持ってきたよー!」

「お、シロ戻ってきた」

「シロちゃんお疲れ~!」

「お菓子持ってきてくれたかな!?」

 

私たちが一階に降りると、シロが息を切らしながらエレベーターを確認していた。

その片手には、大切そうに虫かごが握られている。

よく見ると、シロの直筆だろうか、

『ぞーちゃん』と大きく書かれた紙が誇らしげに貼られていた。

 

「ふぅ……ちゃんと送れたかな?」

 

エレベーターのリフトには、お菓子やジュース、遊び道具の数々が、

はみ出るほどのボリュームで詰め込まれていた。

 

「わぁ! 全部持ってきてくれたんや! ありがとう~!」

「お疲れ様、シロちゃん。重かったでしょう? すぐに冷たい飲み物を用意するわね」

「えへへ、頑張って持ってきたよ。

 でも、重かったのはマスカットハウスまでだったけどね~。

 ホテルからは5分くらいしか掛からないから全然へーき!」

 

ナツミが早速リフトからシロが持ってきてくれたものを取り出す。

 

ライトとノクスがリクエストした本や、色々なスナック菓子にジュース、

トランプやUNO、人狼ゲーム、挙句の果てには麻雀牌などが入っていた。

 

「シロちゃん、ありがとう~!」

 

マリーが目をキラキラさせながら、真っ先にスナック菓子を抱え込む。

 

「なんで麻雀牌まであるんだ……?」

「娯楽室にあったの持ってきたの! これが一番重かったよ~。

 でも、遊ぶなら選択肢がいっぱいあった方が良いでしょ~?」

 

シロは冷たいお茶をごくごくと一気に飲み干し、ふはぁ、と満足げな吐息を漏らした。

 

すると、ライトが炊飯のスイッチを押しながら言う。

 

「ノクスちゃんが手伝ってくれたおかげで、晩ごはんの下準備はもうあらかた終わったわ。

 みんなで温泉にでも入りましょうか」

「温泉! 入ります!!」

 

シロが待ってましたと言わんばかりに、パッと目を輝かせて身を乗り出した。

かいた汗を一刻も早く流したかったのだろう。

 

「ほら、ノクスちゃんも。探索探索ばかりじゃ疲れるでしょう?

 しっかり羽を休めるのも重要よ?」

「……そうね」

 

ノクスは短く返す。

 

「ウチとマリーちゃんはさっき入ったばっかやし、二階で遊んどくで~。

 あ、マリーちゃん、お菓子は晩ごはんのあとまでとっときや~。

 ライトちゃんの絶品晩ごはん、入らんようになるで」

「はぁ~い。じゃあ、シロちゃんが持ってきてくれたトランプやろ!」

「お、ええで~! ウチ、『スピード』無敵やで」

 

魔法を使う気満々のナツミの声を背に、私たちは脱衣所へと向かった。

 

ストロベリーハウスの露天風呂から見える景色は、オレンジ色の夕陽に照らされていた。

 

薄い乳白色の湯気が、涼やかな秋風に吹かれてゆらゆらとそよぐ。

色づいた木々がさざめき、遠くにはきらきらと夕陽を照り返す海がどこまでも広がっていた。

 

「……はぁ、生き返る……」

「極楽だねぇ……」

 

手足の先から今日の疲れが溶け出していくような感覚。

隣ではシロが顔を上気させ、ノクスも目を閉じて湯気の香りを深く吸い込んでいる。

 

「ふぅ。やっぱり露天はいいわね。

 初日に大浴場を覗いた時は、せっかくのロケーションなのに

 露天風呂がなくってがっかりしたけど」

 

ライトが湯を手で掬いながら、満足げに目を細めた。

 

「ね~。ちゃんと秋のエリアにあったんだね~」

「登ってくるのは大変だけど、この眺めが拝めるなら悪くないな」

 

私は夕陽を反射して黄金色に輝く海を見つめながらぽつりと呟いた。

 

「……確かに、価値はあるわね」

 

ノクスが静かに目を開き、同じ方向へと視線を向ける。

 

「これだけ開けた視界なら、気持ちも整理しやすい」

「ふふ、ノクスちゃんらしいわね」

 

ライトがくすりと笑う。

 

湯面がわずかに揺れ夕焼けの色を柔らかく映し込む。

風が吹くたびに湯気がふわりと形を変える。

 

その中で、誰も急かすことなくみんなはただゆったりと湯に浸かっていた。

 

「ふー、さっぱりしたぁ」

「私、五右衛門風呂って初めて入ったよ~」

 

体からほのかに湯気を立ち昇らせながら、浴衣に袖を通す。

火照った肌に布のひんやりとした感触が心地いい。

 

「ふぅ……。じゃあ、私は晩ごはんの仕上げに取り掛かるわね」

「え? もう準備終わったんじゃ?」

「ふふ、甘いわね。栗ご飯や煮物はともかく、

 天ぷらだけはそうはいかないもの。揚げたてが命でしょう?」

 

そう言ってライトはウインクする。

 

「……徹底しているわね。そのこだわり、嫌いじゃないわ」

 

ノクスが感心したように呟き、私たちはリビングへと戻った。

そこでは、二階から降りてきたナツミとマリーが

すでに食卓を囲んで「おあずけ」を食らった子犬のようにソワソワと待機していた。

 

「はよはよ」

「ん~良いにお~い」

 

すると、キッチンから高温の油が弾ける小気味良い音が響いてくる。

軽く温め直しているのか、煮物の優しい香りも同時に漂ってくる。

 

やがて、黄金色の衣をまとった舞茸やカボチャ、秋ナス、レンコンが

次々と大皿の上へと盛り付けられていく。

 

栗ご飯、天ぷらの盛り合わせ、里芋の煮っころがし、土瓶蒸し──

 

これ以上ない秋尽くしだ。

 

「いただきます!」

 

全員の声が響き渡り、みな一様に箸を伸ばす。

 

サクッ、と天ぷらの衣が軽快な音を立て、口の中に舞茸の濃厚な旨味が広がる。

栗ご飯の優しい甘みと、里芋のねっとりとした食感。

土瓶蒸しの蓋を取れば、秋の香りがふわっと鼻をつきぬける。

 

「……んんっ! 幸せすぎて死ぬわぁ……」

「ライトちゃん、これ毎日作って!」

「揚げたてはやっぱり美味しいな……!」

 

シロとナツミが頬を膨らませて悶絶する横で、

ノクスもまた、確かな満足感を湛えた表情で里芋を堪能している。

 

「ふふ、流石は『ご飯に合う果物ランキング』第二位ね」

 

ライトは満足げにふっくらと炊き上がった栗ご飯を口に運びながら

自分自身の言葉に深く頷いている。

 

……そんなニッチすぎるランキング、生まれてこの方聞いたことが無い。

そもそも栗って果物だったのか? ナッツとか野菜の類じゃなくて?

 

「じゃあ、気になる第一位はなんなんだ?」

 

私が思わず箸を止めて尋ねると、

 

「……梅ね」

 

間髪入れずにノクスが低い声で即答した。

 

「あ~! たしかに!」

「せやな! おにぎりの具のエースやもんな!」

「え、栗も梅も果物だったの!?」

「実はウチも今知った!」

 

ナツミとシロがなるほどと納得し、マリーは一人驚いている。

 

「んもう、ノクスちゃん。

 せっかく私がドヤ顔で言おうと思ってたのに……先に言わないでよ」

 

ライトが頬を膨らませて、わざとらしくぷいっと拗ねて見せた。

その仕草はあまりに年相応の少女らしくて、食卓にどっと笑いが弾けた。

 

 

「ふはぁ~……ごっそさん、お腹パンパンや……」

「ごちそう様~! ライトちゃん、最高においしかったよ!」

「マ、マキちゃん、お昼全然抑えてたんだね……」

「え、だって軽めだって言ってたし……ごちそうさま~。期待以上だった……」

 

私が空になった茶碗を置いて手を合わせる。

 

テーブルの上には見事に空になった皿が並んでいた。

揚げたてだった天ぷらも、煮物も、土瓶蒸しも――すっかり跡形もない。

 

「ごちそうさま。……みんな綺麗に食べたわね」

「ライトちゃん、すっごい美味しかったよ~!

 あ、ぞーちゃんもゆっくりおたべ~」

「ふふ、作った側としては嬉しい限りよ♪」

 

ノクスとシロの言葉に、ライトは満足げに微笑む。

 

みんなで分担して片付けをしたあと、ナツミがぱん、と膝を叩く。

 

「よし、ほな腹ごなしに……

 シロちゃんが持ってきてくれたパーティーグッズで遊び倒そか!」

「さんせー! もう持ってきたもの全部やろ!」

 

ぞーちゃんに柿を与え終わったシロは、

様々な遊び道具が入った大きな袋をリビングの真ん中に広げた。

 

「人狼ゲームなんてどうかしら?」

「リアルでやるとなるとちょい面倒だろ。UNOとかは?」

「マリー大富豪! 大富豪やりたいな」

「おっ、ええやん! ウチもそれに一票~!

 革命起こして、みんなを貧民に叩き落としたるわ!」

「負けてる前提じゃん!」

 

にわかにわちゃわちゃした空気がリビングを包む。

 

その喧騒から一人離れた場所で、ノクスは椅子に腰掛けてシロが持ってきた本を静かに読み耽っていた。

私が声を掛けようとした、その時──ライトが動いた。

 

「ノクスちゃ~んも一緒にやりましょ~?」

「……」

 

あくまでも本の世界に没頭しているという姿勢を崩さない。

 

「あらあら、返事くらいはするものよ、寂しいわね」

 

ライトの言葉に、ノクスは一度だけちら、と視線を上げた。

だが、すぐに再び視線を紙面へと落とす。

 

「……そういえばノクスちゃんって、魔法の再使用にまだまだ時間があるのよね?」

 

そう呟いて、ふふ、と意味深に微笑んだライトがノクスの目の前に立ち塞がる。

その不穏な気配に、ノクスが困惑混じりに顔を上げた──次の瞬間だった。

 

ぐいっと、ノクスの華奢な頭がライトの胸元へと強引に引き寄せられる。

 

「──むぐーっ!?」

 

顔面が完全に柔らかい布と体温の海に埋没する。

 

驚いた彼女の両手がライトの肩をがしっと掴む。

必死にあらん限りの力でその体を押し戻そうとする。

 

だが、かなり力強くがっしりと頭をホールドされているのか……びくともしない。

 

「その本そんなに面白い~? ノクスちゃん♪」

「むぐーっ! むぐーっ!! む、ぐ……!!」

 

くぐもったような叫びが胸元から漏れる。

ライトの肩を押し、どうにか顔を出そうと身をよじる。

 

しかし──数秒もしないうちに、その動きが目に見えて鈍くなった。

 

「む……ぐ……」

 

声が弱くなり、あれほど必死にライトを突っ張っていた腕の力も明らかに抜けていく。

 

ライトの肩を掴んでいた指先がだんだんと緩んでいく。

 

「む……」

 

びくん、と、彼女の体が最期の抵抗のように小さく跳ねた。

 

そして──

 

ずるり。

 

ノクスの両手がライトの肩から力なく滑り落ちる。

ぷらんと垂れ下がったその手には、もう何の意志も宿っていない。

 

「ん~……ノクスちゃん、すっごくいい匂いするわね♪

 真ん中にあった椿のシャンプーを使ったのかしら?」

「…………」

 

くんくん、とライトはその頭に鼻を寄せ、深く香りを吸い込む。

 

「あら、ノクスちゃんって意外と猫っ毛なのね」

「…………」

 

腕の中で完全に事切れた(ように見える)ノクスに対し、

ライトはその柔らかな髪を撫で続けた。

 

「あ、あの~……ライト……」

「ん? どうしたのマキちゃん」

 

ライトは私の声に首だけ後ろを振り向く。

何故か頭は両手でがっしりとホールドしたままだ。

 

「ノクスちゃん全然動いてないよ!?」

「ヤバいんちゃうか!?」

「……あら」

 

その声に、知ってか知らずか、ホールドしていたようやく腕を放す。

 

「……っは……ぁ……!」

 

拘束から解放された瞬間、

ノクスは溺れていた人間が水面に顔を出したかのように大きく息を吹き返した。

 

「……あなた……27時間後を覚えてなさい……」

「あら怖い♪

 でも……無視して返事をしない方も悪いのよ?

 じゃあ、ノクスちゃんも一緒に遊びましょ?」

「……はぁ。分かったわ」

 

ライトは悪びれる様子もなく、ノクスの頬をぷにぷにと突きながら微笑む。

ノクスは小さく言うと、ライトの指をはたきながら床に落ちた本を机の上に戻した。

 

「うげ~! また大貧民やぁ……」

「そこの二人の牙城が崩せない……」

「うーん、ジョーカー来てたからいけると思ったのになぁ」

 

そしてリビングに響くのは、ナツミの絶望的な叫びと私の悔しげな吐息だ。

ババ抜き、ポーカー、ブラックジャック、そして今しがた終わった大富豪──。

 

様々なゲームを回してきたが、結果は惨敗……。

ほとんどの勝負において、ノクスとライトの二人が頂点に君臨するツートップ体制が続いていた。

たまに運良くシロがその鉄壁の二人に割って入ることくらいしかできない、

絶望的な格差社会がリビングに構築されている。

 

「惜しかったわねぇ、シロちゃん。あと一歩だったのに♪」

「ぶーぶー!」

「……確率と、相手の表情から読み取れる情報の蓄積……

 それらを統合すれば、最適解を導き出すのは容易なことよ」

 

勝者の余裕を漂わせる暴君二人が事もなげに言い放つ。

 

「こらもう、もっと運要素絡むゲームとかやないと無理やな……」

「……だったら、じゃあ麻雀とかどう?」

 

私が提案すると、

 

「あ、ええやん! ほぼ運やし、麻雀やったらワンチャンス行けるで!」

「あら、面白そうね。四人で囲むにはちょうどいいじゃない」

「まあじゃん? マリー、ルール全然分かんないよ!」

「持ってきた私が言うのもなんだけど、実は基本的なことしか……。

 えっと、ポンとかチーとかいうやつだよね?」

 

ナツミとライトは乗り気で、トランプを片付けながら頷く。

しかし、マリーとシロはルールについては心許ない様子だ。

 

「簡単よ、マリーちゃん。同じ絵柄のペアを7つ集めればいいだけ」

「そうなんだ! じゃあマリーもやるー」

 

マリーは無邪気に目を輝かせるが、それ特殊な役だから!と心の中でツッコミを入れる。

ライトの教え方は勝負を混沌とさせるための罠にしか見えない。

 

「ノクスは麻雀出来るの?」

 

私が問いかけると、ノクスは静かにこちらを向いた。

 

「……牌を並べるくらいなら」

 

(打てそうだな……)

 

「よっしゃ、準備するでー! 後引っ掛けのナツミちゃんの実力みせたるわ!」

「3位と4位は終わったら交代ね」

「じゃーんけーん……」

 

 

結局、最初の卓を囲むのはライト、ノクス、マリー、そして私の四人に決まった。

ナツミは悔しそうに、シロと一緒にそれぞれの手牌を覗き込んでいる。

 

「じゃ、お手柔らかにね♪」

「うーん、よく分かんないけど……えいっ!」

「……」

 

たん、たん、とテーブルに牌が置かれる音が響く。

 

「お、マリーちゃんそれリーチいけるで!」

「え、リーチって!?なに、どうすればいいの!?」

「えーとな、この牌を横にしてな……で、もし引けたら……」

「なるほど~! こうやって……えいっ!」

 

ナツミがマリーに手取足取り教えている。

 

数巡後──

 

「あ、引けた!」

「おおっ! やるやんマリーちゃん! ビギナーズラック炸裂や!」

 

マリーが嬉しそうに、慣れてない様子で牌を数個ずつぱたぱたと倒す。

 

「立直、ツモ、チートイで……6400点だな」

「やったー! マリー勝っちゃった!

 このアヒル、可愛いと思って持ってたんだよね」

 

そう言いながらマリーは引き当てた一索を掲げる。

 

「あら、マリーちゃんお見事♪

 マキちゃんの親が流れちゃったわねぇ」

「ふっ……まだまだこれから」

 

私は気合を入れて牌をジャラジャラとかき混ぜる。

 

……が。

 

「マキちゃん、それよ、ロン。7700」

「ぐっ……」

 

彼女は優雅な手つきで私の点棒をさらりと回収していく。

 

「えーと……リーチ!」

 

再びマリーから立直がかかる。

 

(……いや、流石にこの巡目の立直相手に勝負に行くのは無理だ。

 もう現物も無いし……対子落としで凌ぐべきか……)

 

「……これで」

「あっ、マキちゃんのそれであーがり!」

「……裏が乗ってるから、8000点ね」

「ぐぬぬ……!」

 

マリーの七対子に裏が乗り、3200点が満貫にまで膨れ上がる。

 

「あちゃー……マキちゃん、完全に狙い撃ちされてる!」

「ライトちゃんに毟られ、マリーちゃんに刺され……散々やなぁ」

「そろそろ……私にも手が来るはず!」

 

私は懇願するように牌をかき混ぜる。

 

配牌を取った数巡後──

 

(……来た!)

 

指先に伝わる、字牌特有の全体的に余白のある感じ……。

そして真っすぐ一本の線が走るような感覚──

「中」だ。

 

私の手牌の中に三枚目が吸い込まれる。

 

【②③一二三12399中中西】ツモ中

 

高目の①が出れば、中、チャンタ、三色、ドラ1で跳満──

安牌として持っておいた西切りでダマッパネだ……!

 

打点は十分だ。

リーチをかけても、リスクに対して得られるリターンは大きくない。

もしド安目の④なんて出たら目も当てられない。

 

(……)

 

河に目をやると、場に④は1枚見え……まだ残り3枚もある。

安目が出る可能性は大いにある。

 

それに、元よりチャンタを狙っていることがバレバレな河だ。

マリーからはともかく、立直をしたところで他の二人からは端牌なんて出ないだろう。

 

(これはこのまま黙聴でいい……)

 

もし、④をツモってしまったなら……。

その時は、フリテンツモ切りリーチという禁じ手すら辞さない。

ロン和了りの権利をドブに捨ててでも、リーチで他家を押さえつけ

高目の①を自力で引き込み、倍満へと昇華させる……!

 

私は立直せずにそっと西を切る。

 

(来い……)

 

私のイーピン‥! 私のイーピン‥!

と、垂涎のイーピンを目を皿のようにして待っていると……

 

「……リーチ」

 

上家のノクスが静かに千点棒を置いた。

 

「……っ」

 

私は勝利の女神に握手を求めるかのようにツモ山へ手を伸ばす。

引き寄せた牌を親指の腹で撫でる。

 

この感触は、筒子──だが──

 

「……!」

 

引いたのは……

鮮血のように赤い、赤⑤──。

 

ちらり、とノクスの河を見る。

ノクスの河には②があった。

 

(赤⑤を切りたいのは山々だが、かなり危ない……。

 中のみの安手となるが、②なら現物だ……!)

 

振ってしまえば全てが終わる。

 

②に手を伸ばそうとしたその時──

 

 

──マキに電流走る。

 

 

(……待てよ)

 

私はもう一度よく河を見渡す。

 

よく見ると場には……⑥が4枚出切っている。カベだ。

つまり、ターツ⑥⑦の両面待ち、④⑥の嵌張待ちは否定されている。

さらに、⑤も既に2枚切れ。

すなわち、この赤⑤は地獄単騎待ちにしか当たらないということだ……!

 

再びノクスの河を見る。

 

マリーのハチャメチャな河のように、変則的な並びでもない。

序盤から字牌もまんべんなく切られており、至って普通の河だ。

七対子、なんてこともないだろう。

 

(……行ける。この赤ドラは、通る──ッ!)

 

思考が確信へと変わる。

私は指先に力を込め、紅い牌をテーブルへと叩きつけた。

 

タン!

 

乾いた音が響く。

 

 

その瞬間──

 

 

ノクスの口角がほんのわずかに、残酷な形に歪んだ。

 

「ロン」

「……へ……え……っ?」

 

思わず間の抜けた声が自分の口から漏れる。

 

「立直、一発、三暗刻、赤……」

 

ノクスが静かに手牌を開く。

 

【④④④⑤⑨⑨⑨六七八888】

 

(変則……三面張……?)

 

そこには私の完璧なロジックを嘲笑うかのように、

五筒を待ち構える形が横たわっていた。

 

「……裏3。倍満」

 

ぐにゃ~と私の視界が歪む。

 

……もしも私が現物の②切りで安全を取り、嵌④待ちにしていたとしても、

その待ち牌である残り3枚の④をキッチリ使い切っている形……。

 

その上、もし赤⑤でのアガりが見込めなくても、

いざとなったら③でのアガりも取れるという保険付き……。

 

「……"通りそうな理由"というものは、

 そっくりそのままこの牌で待つ理由となるのよ」

「……あらあら、ノクスちゃん容赦ないわねぇ♪」

「えげつな……」

「……」

 

私は自分の震える手を見つめる。

 

いつの間にか手のひらには銀色の拳銃。

表示されている数字は『7』──

 

「ちょ、マキちゃん、変な事考えてへんやろな!?」

 

ナツミのツッコミではっと我に返った。

 

「マキちゃんとライトちゃんこうた~い!」

「うーん、ほぼマキちゃんの一人沈みみたいなものだけど、

 私ももっとマキちゃんから毟……アガれていればねぇ」

「……」

「よっしゃーいくでー!」

「がんばるよー! マキちゃんの仇ー!」

 

魂の抜けかけた私とは対照的に、

ナツミとシロはウキウキとした様子で卓へと突撃していった。

 

私はフラフラと卓を離れソファに倒れ込んだ。

 

背後からは再びジャラジャラという牌の音。

マリーの「これ、リーチだよね!?」という無邪気な声、

そしてシロの「なんか、黒と白ばっかりのやつ出来たよ!」という声が聞こえてくる。

 

「ロン……でいいのかな?!」

「ギャーッ!! ウチの役満がぁぁ!!」

 

リビングに満ちる喧騒は、もはや一つの小宇宙を形成するほどの熱量を帯び、

秋の長い夜はさらに深く騒がしく更けていった。

 

 

「んじゃ、電気消すよ」

「は~い」

 

一階リビングの麻雀牌やトランプは片付けられ、

あちこちに散乱していたお菓子のゴミも綺麗にまとめられた。

 

二階には布団が六つ敷かれている。

マリーとナツミは遊び疲れたのか、電気を消す前から既に寝息を立てていた。

 

広縁ではノクスが、スタンドライトの明かりと共に本を静かに読み耽っている。

 

ライトも本を読もうとしていたが、動きっぱなしで疲れたのか……

それをやめて、欠伸一つして布団に入り静かに目を閉じた。

 

ついさっきまで絶叫と歓喜が渦巻いていたが、

二階には今や心地よい静寂の余韻だけが漂っている。

 

「……ふふ」

「……どうしたの、シロ」

 

私が尋ねると、シロはまだ興奮冷めやらぬ様子で答える。

 

「私、こうやってね、友達と一緒にお泊りとか……

 ずっと、ずっとやってみたかったの」

 

噛みしめるような彼女の言葉が、静かな部屋に染み込んでいく。

 

「カードゲームして、わけ分かんないことで笑って……みんなで必死に遊んで。

 ……こういうの、本とかだけの話だと思ってた」

 

その顔は……一晩中遊び倒した後の、最高に満足した顔だった。

 

「よかったね、シロ。……また、何度でもやろうよ。

 今度はさ、誰かの家でとか」

「誰かの家?」

 

シロがきょとんとした顔で尋ねる。

 

「私、島から出たらミサとマリーとヤヒメの三人でミサの家にお泊りする約束してるんだ。

 良かったらさ、シロもどう?

 ……って言っても、ミサの了承得てからだけど」

 

私の提案に、シロは一瞬だけ息をのんだ。

 

「……い、良いのかな。私も……混ぜてもらっても」

「あの三人……断ると思う? きっと、今日よりもっと騒がしくなるよ。

 マリーもヤヒメもいるし、ミサだって多分負けず嫌いだから」

 

すると、シロは少し何か考える素振りをしてから……決心したように言った。

 

「……行く。ミサちゃんがいいよって言ってくれたら。

 ……新しいパジャマ、買っておかないとね!」

「気が早いな。でも、楽しみだね」

「うん。楽しみ。マキちゃん、誘ってくれてありがとう」

 

シロは照れくさそうに笑みを浮かべる。

 

「おやすみ、マキちゃん」

「おやすみ、シロ。いい夢をね」

 

その言葉を残し、部屋には今度こそ本当の静寂が訪れた。

 

外では秋の虫たちが眠りを誘うような穏やかな合唱を続けている。

 

秋の夜長は、こうして温かな余韻を残して静かに更けていった。

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