魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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八角館の殺人 捜査編

「……うそ、だよね……? ヤヒメちゃん、起きてよ……っ!」

「ヤヒメ……!」

 

マリーがヤヒメの元へと駆け寄る。

 

その悲鳴にも似た絞り出すような声が、湿った空気に溶けて消える。

隣に立つミサは、ひどく青ざめた顔で茫然と立ち尽くしていた。

 

すると──私とライトのスマホに通知が入る。

おそらく、一斉送信メールだ。

 

私は震える手でポケットからスマホを取り出し、画面を開いた。

 

『ご宿泊の皆様、至急こちらまでお急ぎください』

 

そしてそのメッセージの下には、

今、私たちが立っているこの場所の現在位置が表示されていた。

 

「……」

 

(いや、今はそれどころじゃない)

 

私は画面を閉じ、ポケットに押し込んだ。

 

「マリーちゃん、シロちゃん、離れて」

「で、でも……!」

「いいから」

 

ライトの声は冷徹なまでに静かなものだった。

マリーは唇を噛み、涙を溜めた瞳でヤヒメを見つめながらも一歩下がる。

 

シロも悲しみを湛えた目で立ち上がり、ヤヒメの体から離れる。

 

するとライトはヤヒメのそばに静かにしゃがみ込み、頭部を慎重に覗き込む。

 

「側頭部に大きな傷があるわ。おそらくこれが致命傷ね」

 

ライトは淡々と言いながら、ヤヒメの頭部にあった無惨な傷口を指差した。

 

「事故か殺人かは分からないけれど……

 死体発見アナウンスが流れた以上、捜査をしないわけにはいかないわ」

「死……体……」

 

マリーがかすれた声で呟く。

 

ライトの言葉によって、

ヤヒメがもう戻らない存在なのだという現実が容赦なく輪郭を持ちはじめる。

 

ミサは視線を落とし、拳をぎゅっと握りしめた。

 

「……っ」

 

私も、そして呆然と立ち尽くすシロも──同じだった。

 

"この島から出たら、五人でお泊り会をする"

 

その約束が今この瞬間、永遠に果たされないものになった。

その事実が、鋭い刃物のように私たちの心を深くえぐった。

 

「ヤヒメちゃん、起きてよ……っ。

 いつもみたいに、"寝てただけだよ~"って……」

 

マリーがしゃくり上げながら絞り出すように声を漏らす。

雨上がりの澄んだ空気が、その言葉を残酷なほど鮮明に響かせた。

 

ミサは目を伏せながら、そのマリーの震える背中を静かに擦っている。

 

 

私の心が黒く濁っていく。

 

 

その時だった。

 

バサバサと不吉な羽ばたく音が頭上から降ってくる。

 

「えー……前回文句を言われたので、今回はちゃんと死体の場所をお知らせしましたよ」

 

ひらひらと翼を揺らしながら、どこか面倒くさそうに言う。

 

「では、一時間後に魔女裁判が始まりますので……まぁ、頑張ってください」

 

カンチョーは羽を整えながら、「あ、それと……」とわざとらしく付け加えた。

 

「今回は捜査する場所によっては、裁判場まで戻るのに時間がかかるかもしれませんので。

 捜査は早めに切り上げることをお勧めします。

 あんまり遅れると、デスペナルティとかもありますので……」

 

そう言い終えると、くるりと背を向ける。

次の瞬間には、もうその姿は木々の向こうへと消えていた。

 

そしてカンチョーと入れ違いになるように、対岸の方からざわめきが聞こえてきた。

 

視線を向けると、道横の茂みの向こう──

ホテル側にいた面々が、川の向こう岸からこちらへ向かってくるのが見える。

 

ナツミとノクスはためらいもなく川へと踏み込み、水飛沫を上げながらそのまま進んでくる。

 

川幅はおよそ6、7メートル。

流れも決して穏やかとは言えないが、

それでも二人は構わず腰のあたりまで水に浸かりながら、一直線にこちらへ渡ってくる。

 

「うわっ、冷たっ……! でも、そんなこと言ってる場合ちゃうな……!」

 

一方で、

 

「……っ、ちょ、ちょっと待ってください……! これ、無理です……!」

 

イリスが川岸で足を止めて困惑した声を上げる。

 

「え、え、どうするの……これ……」

 

ハイジも同じく、一歩を踏み出せずにいた。

 

ノクスとナツミがこちら側に着く頃には、ストロベリーハウスからリンリも合流する。

 

「ヤヒメ……」

 

リンリが重苦しい表情で、地に臥したヤヒメを見下ろす。

 

「……どういうことやねん、これ」

「……状況は?」

 

川を渡りきり、茂みをかき分けてきたナツミとノクスが尋ねる。

 

「致命傷は側頭部の傷ね。一旦シロちゃんを信じるとするなら……

 シロちゃんの話から考えて、死亡推定時刻は12時40分から、

 シロちゃんが発見した13時40分までの間」

 

ナツミとノクスの質問に、ライトが淡々と答える。

 

「ライトが通話でヤヒメをストロベリーハウスに誘ったらしいんだけど、

 なかなか来ないからみんなで様子を見に来たんだ……」

「……なるほど。それで、この場所に倒れていた、というわけね……。

 位置的にも、マスカットハウスから茂みに隠れてこの場所は見えない……」

 

ノクスは川の向こうに視線をやりながら、

ヤヒメの死体のそばに静かにしゃがみ込み、沈痛な面持ちで呟く。

 

「……これは」

 

その視線の先、泥に汚れながらもヤヒメが腕に下げていたポリ袋をノクスが指差す。

よく見ると、中には何か平たい四角い箱のようなものが入っていた。

 

ノクスはそれを慎重に取り出し、湿ってふやけた紙の箱をゆっくりと開けると──

そこには、無惨に形が崩れたモンブランが一つ入っていた。

 

「これ、限定モンブランやん……」

「……ストロベリーハウスに持って行くつもり、だったのかな」

 

リンリが呟く。

 

「うっ……うっ……ヤヒメちゃん……」

 

嗚咽を零しながら、マリーの小さな肩が揺れる。

 

「マリーちゃん、泣いてばかりじゃ駄目よ」

 

ライトがマリーの肩にそっと手を置きながら言った。

 

「ヤヒメちゃんがどうして死んでしまったのか、私たちが捜査しなくちゃならないわ。

 それが、今私たちにできる唯一のことよ」

「……っ」

 

ライトの言葉は、まるで自分自身にも言い聞かせているようだった。

 

「だから、今は前を見なさい。……ヤヒメちゃんのためにもね」

「……」

 

その言葉を聞いたマリーは、袖で乱暴に涙を拭い……顔を上げた。

目元は赤く腫れているが、その悲しみの瞳の奥に小さな決意が宿る。

 

「死亡推定時刻が12時40分から、というのは……

 シロがヤヒメを最後に目撃したのがその時間、ということかしら?」

 

「う、うん……。

 マスカットハウスから、登山道の入口に向かっていくのを見たのが、その時間……。

 それで、電話を受けてから登山道から登ろうとしたら、

 川の向こうにヤヒメちゃんが倒れてるのが見えて……。

 そのまま、私も川を渡ってそこに駆け付けたの」

 

ノクスから話を振られたシロが少し震える声で答える。

 

「マスカットハウスからは、ヤヒメちゃんが倒れてるのが見えなかったから……。

 登山道の入口まで近づいて初めて誰か倒れてるって分かったの」

 

私はその証言を補足するように、ライトがヤヒメを誘ったこと、

マスカットハウスにヤヒメが来たこと。

シロに電話をしたタイミング、

そしてこの場所に辿り着くまでの経緯をその場の皆に手短に説明した。

 

「なるほど……。あとで川の向こうの二人にもウチから言うとくわ。

 ほんま、こんな時に濡れるのとか気にしなや……」

 

ナツミが対岸で躊躇しているイリスとハイジを横目に呆れたように言う。

 

「ひとまず、マスカットハウスから来たのだったらそこに何かあるかもしれないわ。

 みんなで捜査しましょう。裁判までの時間は限られているのだから」

 

ライトが冷静に言う。

 

「死体の詳しい状況は後で擦り合わせるわ。各々が分担して捜査しましょう」

「せやな。とりあえず、川の向こうの二人とざっと簡単な情報共有してくるわ」

 

ノクスの言葉を聞くと、ナツミは頷き、再びざぶざぶと足を踏み入れて川を戻っていく。

 

「私たちも行こう、シロ」

「う、うん」

 

私とシロはナツミの姿を追うように、川の向こうへと慎重に歩を進める。

 

やがて対岸に辿り着き、イリスとハイジの二人と合流する。

 

「そんな、ヤヒメさんが……」

「マジか……それ、事故とか……?」

 

詳しい事情を話すと、二人の顔がみるみる青ざめていく。

 

「まだ分からない……今からマスカットハウスを捜査するところなんだけど……」

 

私は後ろを振り返り、川の向こうでヤヒメを囲んでまだ話をしている面々を見やる。

ノクス、ライト、リンリ、ミサ、マリーはまだこちらには来ていない。

現場周辺、死体の確認など、誰がどこを捜査するか話し合っているのだろう。

 

(……待ってる時間はない、一足先にマスカットハウスを捜査するぞ)

 

私はシロ、ナツミ、ハイジ、イリスと共にマスカットハウスを捜査することにした。

 

濡れた服を軽く絞ってマスカットハウスの扉を開ける。

 

「じゃあとりあえず、ウチはなんちゃら資料館見てみるわ」

「わ、私たちは二階を見てみます……」

「じゃあ、ナツミは資料館、イリスは二階、あたしは三階。

 一階はシロマキーズ、頼んだ」

「分かった」

「うん!」

 

私たちはそれぞれ分担して捜査を始める。

 

「どう? シロ。何かわかったこととかある?」

 

私が冷蔵庫を開けながらシロに問いかける。

 

「私が今日ここに来た時と、ヤヒメちゃんを捜しにここを出た時と……特に変わりはないかも。

 登山道具とかも、そのまんまだよ」

 

玄関にある登山道具を指差しながらシロは言う。

 

「そっか……」

「でも……ヤヒメちゃんが出て行くときは、

 たまたま窓の外から目に入ったから気付けたんだけど……。

 いつの間にか一階で、ライトちゃんの料理を食べてたんだね」

 

シロはぽつりと呟く。

 

ライトが正午頃に「リクエストを貰った」と言って料理をエレベーターで運んでいたが、

実際にリクエストを出し、一人でそれを平らげたのはシロではなくヤヒメだったのだ。

 

シロは二階で本に没頭しており、ミサがマスカットハウスに立ち寄ったことも、

階下でヤヒメが食事をしていたことにも気づいていなかった。

 

そして食べ終えたあとの空の食器を、

ヤヒメはリフトに乗せてストロベリーハウスへと送り返した。

 

あの時、私がストロベリーハウスで空の皿を受け取った時刻は12時35分くらいだった。

12時40分にシロがヤヒメの出発を目撃しているなら、食後すぐに身支度を整えて外に出たことになる。

 

(つじつまは合うけど……一応、後でライトにもその通話記録を聞かせてもらおう)

 

私はふとエレベーターを見ながらそう思っていると、マスカットハウスの扉がガチャリと開く。

 

中に入ってきたのはノクスだった。

彼女のスカートは川を渡った際の水で濡れ、足に纏わりついている。

 

「……あれ、ノクスだけ?」

「ええ。こっちにはもう五人もいるし、

 他のみんなにはストロベリーハウスやアスレチックなんかを調べてもらうことにしたわ。

 人手は分散させた方が効率的だから」

 

濡れたスカートの裾を玄関で絞りながら言う。

 

「今、私とシロでここを調べてて、

 他のみんなはマスカットハウスの別の場所を調べてるんだけど……」

「今のところ、手がかりはないよね……」

 

私とシロが言うと、ノクスはエレベーターに歩み寄る。

 

「これが料理を運んだエレベーターね」

 

ノクスは一通り調べると、

 

「……特に細工なんかは見当たらない。

 エレベーター自体におかしなところはないわね」

 

彼女はそう結論づけ、興味を失ったように視線を別の場所に移す。

 

その視線の先には……

エレベーターの右横のカウンターテーブルの上にある、タブレット充電器。

 

幅30cm~40㎝のカウンターテーブルに充電器が固定されており、

その充電器の奥の壁面にはウォールポケットがあった。

そして、そのウォールポケットの右には大きな窓。

 

「……あれ」

 

私はふと違和感を覚える。

 

「どうしたの、マキちゃん?」

 

シロが不安げに私の顔を覗き込む。

 

私はカウンターテーブルに近づき、壁に吊るされたウォールポケットを凝視した。

 

確かに最初にマスカットハウスに来た時もこのウォールポケットはあったのだが、

なんだか小物が多く入っているような印象を受けた。

 

懐中電灯やペン、紙、ハサミなどかなり乱雑にほぼ全部のポケットに押し込まれている。

 

「最初に見た時は、もっとすっきりしていたような……」

「……確かに、なんかごちゃっとしてるね」

 

シロも怪訝そうな顔をする。

 

ノクスは私の言葉に反応し、目を細めてウォールポケットを観察した。

 

すると、その鋭い視線が一番上の右端のポケットに移る。

そこには、スタンドルーペがポケットからはみ出る形で右側に飛び出ていた。

 

ノクスは少し考えたあと、そのスタンドルーペに手を伸ばす。

 

すると──

 

「……固定されているわ」

「え?」

「固定?」

 

私とシロが聞き返すと、ノクスはスタンドルーペが入っているポケットを指差す。

私が近付いてポケットの中を覗き込むと──

 

「……ほんとだ」

 

ポケットで隠れて見えなかったが、スタンドルーペのノズルが壁にしっかりと固定されている。

これじゃ取り出しようがない。

 

「……よく見ると、レンズも固定されているわね。

 それも、窓にかぶさるように」

 

そのノズルの先のレンズは、

ウォールポケットのすぐ右隣にある大きな窓に被さるように固定されていた。

窓枠に透明なテープで固定されており、ちょっとやそっとじゃびくともしない。

 

そしてそのレンズは、やや斜めの角度で

カウンターテーブルの方向をじっと見下ろすように向いていた。

 

いや、カウンターテーブルというよりも──

 

(……充電器?)

 

するとノクスは私に向かって問いかける。

 

「マキ、コンパス持ってる?」

「え、こ、コンパス?

 えっと……たしかスマホにコンパス機能もあったような……」

 

私は虚を突かれながらも、ポケットからスマホを取り出してツールアプリのコンパスのアイコンをタップした。

 

それをノクスに渡すと、窓と向き合うようにスマホのコンパス画面を確認する。

 

「……この窓、南向きね」

「南向き、だと何なの……?」

 

シロが不思議そうに首を傾げる。

ノクスはスマホを私に返しながら言う。

 

「窓の角度的にも、正午前後にはかなり強い直射日光が差し込んでくるということよ。

 今の時刻からおよそ2時間前ね」

 

そしてもう一度、窓際のカウンターテーブルに固定されているタブレット充電器へと視線を戻した。

 

「そしてこの充電器は、そのまま置くだけで充電できる、いわゆるマグネット式の充電器……」

 

ノクスは、タブレットより一回り小さい平らな白い充電プレートを凝視する。

ホテルの各部屋に備え付けられているものと同じ、

タブレットを置くだけで磁力によってピタリと吸い付き、充電が開始されるタイプのものだ。

 

「そして、タブレットにはホームボタンがあり、上下が分かるようになっている……」

 

私は彼女が言わんとしていることを頭の中で整理していた。

南向きの窓、固定されたレンズ、そしてこの充電器……。

 

それらが一つの線で繋がろうとしたその時、

背後から複数の足音が響き、他の部屋を調べ終わった面々が一階に合流してきた。

 

「なんちゃら資料館見てみたけど、何も手がかりなかったわ……。

 いや、ウチが見落としてるだけかもしれんけど」

「二階の客室も全室見て回りましたが、特におかしなところは……」

「三階なんてもっと何もなかった……。これ、他の場所見た方が良い感じ?」

 

ナツミ、イリス、ハイジがそれぞれ戦果無しと言った表情で報告する。

 

「……そう。お疲れ様、みんな」

「お、ノクスちゃんもこっち側? 頼りにしてるで~」

「マスカットハウスは一通り調べ終わりましたし……

 ここに近いキャンプ場とか、ホテルも調べてみませんか?」

 

イリスがおずおずと手を挙げて提案する。

 

「たしかに、ここ以外にも手掛かりあるかもだしね~。

 ヤヒメが通った道とかも、もう一回調べてみよ」

 

ハイジもイリスに賛同する。

 

「私は……登山道の中腹付近を調べてみるわ。

 向こうの面々はアスレチックとストロベリーハウスを調べると言っていたけれど、

 中腹も調べるとは言っていなかったしね」

 

ノクスはそう言い残し、足早にマスカットハウスを出て行く。

 

「私とシロも、マスカットハウスの一階以外を軽く調べてから外も調べてみるよ」

「うん、ダブルチェックは大事だよね」

 

シロが力強く頷く。

 

「じゃあ、ウチはキャンプ場の方見てくるわ!」

「わ、私はホテルの方を……。宿泊部屋も含めて、一生懸命探してみます!」

「あたしはとりあえず登山道の入口まで、ヤヒメが通った道調べてから、

 イリスと一緒にホテル探してみる。イリスだけだとちょいキツそうだし」

 

そう言うと、三人はそれぞれの捜査ポイントへ散っていった。

 

私たちは改めてかんちゃら資料館、マスカットハウスの二階を調べてみたが、

特に気になるものは見当たらない。

 

三階をざっとみて回ろうと、階段を上る。

 

そこは昨日シロの絵を描いた時と同じ、

鬼の彫像やイーゼル、何も書かれていない画用紙などが置いてあるだけだった。

 

相変わらず窓の外には、中腹の右にある白い鳥居が見えている。

 

「まぁ、ここは一番関係無さそうだよな……」

 

そう呟きながら、棚に並べられた無駄に容量の大きい絵具のチューブを適当に手に取っていく。

どれも大きめのマヨネーズやケチャップより、更に一回り大きいくらいの容量はある。

 

すると……。

 

「あれ?」

 

その中で、ふと手にした白いチューブだけ見た目のボリュームに反して驚くほど軽い。

指先で軽く押すと、ペコりと簡単に凹んだ。

中身はほとんど使い切られていて、今はただの空気が詰まっているだけだ。

 

見てみると、パッケージには

「新開発! ポスターカラーよりよく落ちる!」との謳い文句が派手に躍っている。

どうやら、水溶性の塗料のようだ。

 

私はキャップを外し、鼻を近づけてみた。

そこから漂ってきたのは、粉っぽくて甘ったるい、石灰やチョークを思わせる独特のにおいだ。

 

「マキちゃん、絵具のにおい苦手じゃなかったっけ?

 つい苦手なにおいを嗅ぎたくなっちゃうやつ?」

 

シロはそう言いながら近づいて来る。

 

「いや、私が苦手なのはニスとかシンナーみたいな化学系のにおいだ。

 ほら、初日にホテルを探索したとき、アトリエ準備室を見た時に嗅いだやつ」

「あ~、なるほど」

 

シロが納得したように頷く。

 

私は再び、手元の空っぽの白いチューブを見ながら思案に耽る。

 

(誰かが"白色"を大量に使用した……? 一応、覚えておくか……)

 

それ以上、静まり返った三階の美術室で得られる情報はなかった。

私は空の大きなチューブを元の戸棚へと押し込み、美術室を出た。

 

私たちはマスカットハウスを後にし、

ヤヒメの最後の足取りを正確に辿るべく、登山道の中腹を目指すことにした。

 

中腹に辿り着くと、ノクスが険しい表情でスマホを構え、左右の鳥居を交互に撮影していた。

 

【挿絵表示】

 

 

【挿絵表示】

 

この場所には、道の中央の白黒のクマの像を挟んで二つの鳥居が鎮座している。

高さはどちらも3~4mほどで、左側には黒い鳥居、そして右側には白い鳥居。

ただし、右側の白い鳥居は老朽化で黒ずみ、どちらかというと灰色に近い色合いになっている。

黒い鳥居は同じく老朽化は見られるものの、元の色が色なので真っ黒のままだ。

 

二つの鳥居は数メートル離れており、ノクスは足元の泥濘に靴を汚しながら、

左を撮っては数歩歩いて右を撮りまた戻るという動作を繰り返している。

 

「ノクス、何か分かった?」

 

私が声をかけると、ノクスは視線をこちらに移す。

 

「マスカットハウスから中腹までの道のりを精査したけれど、

 特に気になるようなものもなかったわ。

 今はこの鳥居を調べているところ」

 

そう言ってノクスはスマホで撮った鳥居をアプリで編集して見比べている。

 

「シロ、この右の鳥居はマスカットハウスからも見えていたのよね?」

「う、うん。二階からもずっと見えてたよ~。あと、三階からも……」

 

シロが答えると、ノクスはさらに畳みかけるように問う。

 

「ちなみに、左の黒い鳥居は見えてた?」

「ううん、そっちは位置的に見えないかも……」

「そうね。それはストロベリーハウスからも同じだったと記憶しているわ。

 この大きなクマの像が絶妙な遮蔽物になっていて、

 ストロベリーハウス側からも、あの黒い鳥居だけは完全な死角になっているの」

 

ノクスは確信を深めるように、画面をスワイプした。

 

「両ハウスから、左の黒い鳥居だけは死角だった……。

 そしてこの右の鳥居だけが、どちらのハウスからも常に視認できる位置にある……」

 

ノクスはそう呟き、おもむろに右の鳥居へと歩み寄り、そこをくぐると──

 

そこから左のルートへと歩き出した。

 

「あ、ノクスちゃん、そっち行き止まりだよ?」

 

シロの制止する声も聞こえていないのか、ノクスはどんどん奥へ進んでいく。

整備が放棄されたその道は、先ほどまでの登山道が嘘のように足場が悪く、

切り立った崖の縁がすぐそこまで迫っていた。

 

「……これは」

「……なんだ、これ?」

 

10mほど進んだ先で、私たちは言葉を失った。

 

そこには、土砂崩れが起きたように道がぽっかりと消失し、穴が開いていた。

雨で地盤が緩み、崩れ落ちたのか。

 

そしてその穴から下を覗き込むと──。

 

「……ヤヒメの、死体?」

 

崖下十数メートルに横たわる影が見える。

先ほど私たちが対岸から確認した、あの凄惨な現場だ。

 

道に開いた穴の下はかなりの急斜面になっており、その斜面の下には岩肌が見える。

ヤヒメの体はそこからほんの少し離れた所にあった。

 

その位置的に……まるで、この道から滑落したかのようだった。

 

「も、もしかしてヤヒメちゃん、ここから……?」

「……」

 

シロの言葉に、ノクスはひとしきり考え込んだあと口を開いた。

 

「袖をまくったり、衣服を捲ったりしてヤヒメの体を調べてみたけれど、

 体はおろか、衣服にすら擦った傷や切った跡のようなものは見られなかったわ。

 小さな擦過傷なんかがあったのは、ヤヒメの頭部だけ」

 

ノクスはスマホでぽっかり空いた道を撮影しながら呟く。

 

「……それに、わざわざヤヒメがこの道に足を踏み入れた理由も分からないし……」

「じゃあ……ここから落ちたわけじゃないってこと?」

 

私の言葉に、シロが疑問を投げかける。

 

「……」

 

ノクスはタブレットでマップを見ながらひとしきり考え込んだあと、ぽつりと呟く。

 

「時間切れね。そろそろ裁判場に向かわないと、ペナルティを受けるかもしれないわ。

 ……行きましょう」

 

その言葉と共に、ノクスは踵を返して山を下りて行った。

 

私たちも遅れまいと駆け出そうとして、ふともう一度だけ穴のあった場所を振り返った。

 

「……?」

 

違和感に足が止まる。

穴を覗いた時には見えなかったが、ここからよく見ると、崩れた穴の下──

土の斜面に引っかかるようにして、薄い"(ひさし)"のようなものが見えた。

 

(これって……まんま、"落とし穴"みたいな……)

 

「マキちゃん、急がないと遅刻しちゃうよ!」

 

前を行くシロが、不安そうに私を呼び戻す。

 

「う、うん。今行く」

 

シロのその言葉を聞いて、私たちはホテルの裁判場へと向かった。

 

 

裁判場前に着くと、一足先に戻った面々が捜査した結果を報告し合っていた。

 

「キャンプ場見てみたけど、特に収穫はなかったで……。

 ヤヒメちゃん、真っすぐストロベリーハウスに向かったみたいやな」

「ホテルの各部屋もざっと見て回りましたが、気になったところは何も……。

 時間もありませんでしたから、詳細までは見れていないのですが……」

 

ナツミとイリスが肩を落として報告する。

どうやら、彼女たちが担当した箇所には目立った異常はなかったようだ。

 

「マリー、アスレチックを調べてたんだけど……。

 なんか……縄のはしごが足りなかったような……気がする」

「……縄梯子が?」

 

私が困惑の表情を浮かべるマリーに問いかける。

 

「マリーが見た時は4本あったのに、3本になってたような……」

「そうか……情報、ありがとう」

「……うん」

 

私は未だ悲しみの色が残るマリーの顔を見て、その頭を撫でながら言った。

 

「じゃあ……ストロベリーハウスには何かあった?」

 

ハイジの言葉にライトとリンリが答える。

 

「全部の階、隅から隅まで見て回ったけど、特筆すべきことは何もなかったわ」

 

ライトが淡々と答える。

 

「私もライトと一緒に見て回ったんだけど、建物の中は空振り。

 ……あ、でも、ミサと一緒に外周を調べてたらさ」

 

そこでリンリは傍らに立つミサに目配せするように言葉を一度区切った。

 

「……ストロベリーハウスの近くにあるの転落防止柵、あるでしょ?

 あそこの根元に妙な擦り跡があったの」

「擦り跡……?」

「うん。ペンキが剥げてサビが露出してる感じで……。

 まるで……重いものを吊るしたロープか何かを、力任せに引っ掛けたような跡」

 

ミサがスマホと取り出しながら説明する。

撮影した写真をピンチアウトして拡大すると、

確かに頑丈な鉄柵の基部に一箇所だけ深く抉れたような傷跡が残っていた。

 

(……ロープの跡、か。一応、これもメモに追記しよう)

 

すると、ミサの手にはスマホとは別にタブレットが抱えられているのが見える。

何やら泥にまみれてて、全体的に汚れている。

 

「ミサ、それは?」

「……ヤヒメのタブレット。遺体があった場所から、かなり離れた茂みに落ちてた」

 

ミサは沈痛な面持ちで、目を伏せながら言う。

 

「……ちなみに、ヤヒメのスマホは?」

「……あの子、いつもスマホもタブレットも持たない主義だったから、多分部屋。

 今回は、タブレットでマップ見ながら山に登るつもりだったみたい……」

 

そして、目を伏せながら続ける。

 

「それで、タブレットの通話記録をすぐに確認しようとしたんだけど、カンチョーに止められた。

 『他人のスマホやタブレットを拾って勝手に起動させるのは貸借行為に当たるので、

 ルール違反としてペナルティ対象になります』だって……。

 拾い上げるくらいなら、今回だけは捜査の一環として大目に見るなんて言ってたけど」

 

「捜査のためでもアカンの? ほんなら、肝心の通話記録が見れんやん!」

 

ナツミが声を荒らげる。

 

「……例によって、裁判中なら証拠提示の一環としてログの開示が可能だって。

 何にせよ、今ここでヤヒメの側から誰にかけたかを確認することはできないみたい」

 

ミサは口惜しそうに唇を噛む。

 

すると、ノクスはそのタブレット画面を見ると、暗転した画面をスマホで撮り始めた。

 

「……ノクスさん、どうしたんですか? 何も映っていませんよ……」

「……念のため、ね」

 

イリスの困惑した声にノクスは淡々と返す。

 

そして、その沈滞した空気を切り裂くようにライトが声を上げた。

 

「そうだわ。私がヤヒメちゃんと交わした通話記録を見るのはどうかしら?

 自分のタブレットを操作するならルール違反にはならないはずよ。

 それなら結果的に、ヤヒメちゃんの通話内容を確認するのと同じでしょう?」

 

ライトの言葉に、一同の視線が集中する。

確かに、ライトがヤヒメをストロベリーハウスに誘った時の

そのやり取りはライトの端末にも残っているはずだ。

 

「……名案だわ。それならカンチョーも文句は言えないはずね」

 

ノクスが頷く。

ライトは自分のタブレットを取り出し、画面を開いた。

 

「ええと、ヤヒメちゃんを誘った時の通話は……これね」

 

ライトが画面をタップすると、音声が再生される。

 

時刻は──11時58分。

 

『あ、ヤヒメちゃん。もうマスカットハウスには着いた?』

『いまちょうど入口だよ~』

 

スピーカー越しに、マスカットハウスの扉が開くガチャリという音が重なる。

 

『お~、登山道具ってこれだね~。何かいいのあるかな~』

『あ、ヤヒメちゃん。もし良かったら、そっちで料理食べてから来ない?

 ちょうど今、出来立てほかほかのハンバーグがあるわ。

 すぐにでもエレベーターで送れるわよ』

『ほんと~? 良いね、食べる~』

『もし食べ終わったら、食器はエレベーターで送り返してちょうだい。

 こっちで洗っておくから♪』

『ありがと~。このエレベーターだね~。料理も食べさせてくれるのに、悪いね~。

 あたいもライトちゃんにサプライズプレゼントあるから、楽しみにしてて~』

『うふふ、それは楽しみね』

 

録音された声の中の二人は、これから起こる悲劇など微塵も感じさせない、穏やかで親密な調子だった。

 

『あ、ヤヒメちゃんは確かまだ一度もストロベリーハウスへは来た事ないんだったわね。行き方は分かる?』

『うん、タブレットあるから大丈夫~』

『一応おおざっぱに言うと、中腹に着くと黒い鳥居と白い鳥居があるから、

 黒い鳥居の方をくぐって来る方がストロベリーハウスへは近いわよ』

『ありがと~。黒い方だね~』

『じゃあ、今からエレベーターで料理を送るわ♪

 ……あ、そろそろバッテリーが切れそうだから切るわね』

『は~い、ありがとね~』

 

会話はここまでのようだ。

ぷつり、と通信が切れる音が響き、ライトはタブレットの画面を閉じた。

 

「……ヤヒメの言ってた『登山道具』って言うのは?」

 

ノクスがライトに質問する。

 

「登山道具がマスカットハウスにあったから、それをお勧めしたのよ。

 ヤヒメちゃん、秋のエリアの山を登るのは初めてみたいだったし」

 

タブレットを懐に仕舞いながら、ライトは答える。

 

「……うん、聞いた感じ特に変なところはなさそうやな。

 ライトちゃん、ちゃんと案内もしてあげてたし……」

「途中で道を間違えてしまったとか、でしょうか……」

 

ナツミが唸りながら腕を組み、イリスも悲しげな顔を浮かべる。

 

「……私もライトにタブレットの方にメッセージ貰った後、

 通話で料理食べないかって誘われたんだけど、道案内の会話も同じ感じだった。

 私はライトの提案は断って、そのまま向かったんだけど……」

 

その重苦しい空気をなぞるように、ミサも悲痛な顔で呟く。

 

「ヤヒメちゃん、ライトちゃんに限定モンブラン持ってきてあげてたんだ……。

 その……途中で……」

 

彼女達の言葉を遮るように、マリーが嗚咽を混じらせた声を絞り出した。

 

「出来るだけみんなに料理を食べてもらいたかったから誘ったのだけど……

 まさか、こんなことになるなんてね……」

 

ライトの声が微かに震える。

 

 

すると──

 

 

ゴーン……ゴーン……

 

 

荘厳な鐘の音が響く。

 

 

『魔女裁判の時間となりました』

 

『皆さん、必ず自身のスマホとタブレットを持って、

 速やかに宿泊部屋通路正面のエレベーター前に集合してください』

 

『従わない者は銃業員によって強制連行します』

 

 

「時間、だね……」

「ああ……」

 

私とシロは顔を見合わせる。

 

「……では、皆様。裁判場へと足をお運びください。

 今回は遅刻者が出なそうで何よりですねぇ。

 事前に忠告を出しておいた甲斐がありました」

 

間延びしたカンチョーの声がエレベーター前に響く。

 

その言葉は絶対的な命令だ。

他のみんなは、諦めにも似た足取りで次々とエレベーターに乗り込んでいく。

私は、この裁判場へと続く鉄の箱に、どうしても慣れることができなかった。

 

エレベーターの扉が閉まる直前、最後に入ろうとしたノクスがふと振り返り、私に話しかけてくる。

 

「マキ。今回の事件……『支給品についての注意事項』も併せて見ておいた方が良いわ」

「それって、スマホとかタブレットとかのやつ?」

「ええ。事件をまとめるなら、それも一緒にね」

 

ノクスはそれだけ言い残すと、静かな足取りでエレベーターに乗って行った。

 

私は彼女の意図を汲み取り、シロと一緒に階段へと向かう。

一段一段、冷たい石の階段を静かに下りながら。

 

私は手元のタブレットを開き、これまでの捜査結果をまとめていく。

 

 

【事件の整理メモ】

 

【挿絵表示】

 

■被害者

天刻ヤヒメ。

 

■死体発見場所

『秋のエリア』の登山道。

アスレチックに向かう途中の道に倒れていた。

 

■死因

頭部の大きな損傷。

強打による致命傷と考えられる。

 

■死亡推定時刻

死体発見は13時40分。

12時40分にマスカットハウスを出発する姿が目撃されているため、

12時40分~13時40分の間に死亡したと考えられる。

 

■発見時の体の状況

頭部以外には、擦過傷や切り傷などの外傷が一切確認されていない。

衣服にも引き裂かれたような跡がなく、身体表面が綺麗な状態。

泥や砂の付着は見られる。

 

■移動距離の目安

春のエリアのホテルから、秋のエリアの麓にあるマスカットハウスまでは徒歩5分程度。

マスカットハウスから中腹までは登りで15分、

中腹からストロベリーハウスまでも登りで15分程度。

 

■スタンドルーペ

マスカットハウス1階のエレベーター横のウォールポケットに、

隠される形でスタンドルーペが固定されていた。

南向きの窓からの直射日光を一点に集めるよう調整されており、

その焦点はタブレット充電器付近に設定されていた。

 

■水溶性の白い塗料

マスカットハウス三階の美術室にあった、水溶性の白い塗料の中身が空っぽになっていた。

 

■消えた縄梯子

『アスレチック』から、備え付けの縄梯子が一本紛失していたらしい。

 

■土砂崩れ?

登山道中腹から右側の鳥居をくぐった先の行き止まりルートに、

土砂崩れのように道が消失した箇所がある。

土の下には壊れた庇のようなものも見られた。

 

■二つの鳥居

『中腹』に「黒い鳥居(左)」と「白い鳥居(右)」が並んでいる。

右の白い鳥居は両ハウスからいつでも視認できる状態だった。

黒い鳥居の方は両ハウスからは死角になっている。

白い鳥居は老朽化により黒ずみが目立つ。

 

■擦れた柵

ストロベリーハウスの近くの転落防止柵の根元に、ロープで擦ったような跡が見られる。

 

 

(それと……)

 

私はノクスが言っていた言葉の通り、注意事項の項目を確認する。

 

 

◇『支給品についての注意事項』

 

・スマートフォンおよびタブレット端末で行われたメッセージの送受信、通話、会話記録とその日時は、すべて自動的に記録・保存されます。

 

・スマートフォンおよびタブレット端末に不具合、または故障が発生した場合は、修理対応を行いますので、カンチョーまでお申し付けください。

 なお、修理中は端末のすべての機能をご利用いただけません。あらかじめご了承ください。

 

・修理後のスマートフォンおよびタブレット端末についても、メッセージの送受信、通話、会話記録のデータは削除されず、引き続き保持されます。

 

・島内のエリアおよびフロアマップは、タブレット端末にてご確認いただけます。

 なお、閲覧可能なマップは順次増えていく場合があります。

 マップ追加の都合上、地図の拡大・縮小機能はご利用いただけませんので、あらかじめご了承ください。

 

 

(……こんなところか)

 

まとめ終えたタブレットの画面を閉じると、思考の熱を冷ますように深く息を吐いた。

私とシロは最後の一段を踏み、長い階段を降り切る。

 

目の前には、現実世界から切り離されたような重厚な両開きの扉が鎮座している。

 

「……マキちゃん」

 

シロが不安げに私の袖を引く。

彼女の小さな手が震えているのが伝わってきた。

 

やはり、何度やっても慣れることは無いのだろう。

 

私はその手に自分の手を重ね、短く「大丈夫」と頷いた。

 

「……うん」

 

シロは小さく呟く。

 

そして意を決して、裁判場へと足を踏み入れる。

 

中には、みんなを見渡せる位置に鎮座するカンチョーと、円状に並んだ証言台──

そして既にそれぞれの位置について、沈黙を守っている仲間たちの姿があった。

 

 

だけど──そこには。

 

(ヤヒメが、いない)

 

もう戻らない、大切な仲間。

 

脳裏に浮かぶのは、あの能天気な笑顔。

 

のんびりとした声で、いつも柔らかく笑っていた声。

 

 

(ヤヒメ……必ず、真実を暴いてみせるから)

 

 

彼女が最期に何を見て、何を信じて、何を思っていたのか。

 

私は証言台に立ち、顔を上げた。

 

悲しみに打ち震える拳を、強く握りしめながら。

 

 

──三度目の絶望を見据えて。

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