魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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八角館の殺人 魔女裁判編(後編)

「あ、あの……

 ヤヒメさんが道が繋がっているように錯覚してしまったのは分かったのですが……。

 つまり、ヤヒメさんのタブレットは、あらかじめ犯人の手によって、

 空間補完効果が働くように細工されていたということでしょうか?」

 

イリスが控えめに手を挙げながら言う。

 

「そうとしか考えられないって!

 きっと犯人は、元からヤヒメのタブレットに落書きでもしてたのよ!」

 

先ほどの閃きの勢いのままにリンリが続けるが、即座に冷や水が浴びせられた。

 

「でも、マジックなら画面を布で一拭きしただけで簡単に落とせちゃうじゃない。

 ヤヒメちゃんがそれをそのまま放置したとは考えられないわ」

「そ、それは……」

 

ライトの反論に、リンリは一瞬で怯んで言葉を詰まらせる。

 

「じゃあ、画面を硬いものとかで叩いて壊したんじゃね?

 釘とかでガンガンやれば、その部分だけ液晶が漏れて見えなくなったり……」

 

するとハイジが続けて言う。

 

「あのタブレット、頑丈で普通の衝撃じゃ壊れないってカンチョーが言っていたわ」

 

ライトがカンチョーに視線を移しながら言う。

 

「……あ、はい。完全防水でショック耐性も強いので、滅多な事では壊れません。

 それはタブレット画面も同じことなので……」

「う、うーん……」

 

ハイジもリンリと同様に言葉を詰まらせる。

 

(……)

 

「……でも、"熱"には弱いんだよな?」

「……え?」

 

その二人が、私の方へと視線を向ける。

 

「私がストロベリーハウスの露天風呂をタブレットで中継してた時、

 私は手を滑らせてタブレットを五右衛門風呂のかまどの火の近くに落としてしまった」

 

私はその時の光景をまぶたの裏に呼び起こしながら、みんなに説明する。

 

「その時、かまどの火の熱のせいでタブレットの画面が黒く滲んで見えなくなっていたんだ。

 だから……あのタブレットは、画面に熱を加えれば、簡単に画面が滲んで見えなくなる」

「……確かに、マキのタブレットはそんな風に壊れていたわね」

 

ノクスは腕を組みながら思い起こす。

 

「じゃあさ、釘みたいな物理的な破壊じゃなくて……焼けた鉄串なんかを画面に押し付けて、

 それであの空間補完効果が働く箇所を焼いたってこと?」

「まぁ、そうとしか考えられへんな……」

 

リンリとナツミが呟くと、それにミサが反論する。

 

「……でも、今日の朝、ヤヒメがタブレットを操作しているところを横で見ていたけれど……

 画面はなんともなかった。黒い滲みなんてどこにも」

 

ミサの証言に、法廷は再び深い霧の中に投げ出されたような沈黙に包まれる。

 

「じゃあそもそも、

 ヤヒメちゃんのタブレットにそういう滲みがあったこと自体、何かの間違いなんじゃない?」

 

その沈黙を破るようにライトが言った。

 

「ヤヒメちゃんが崖から落ちた後、タブレット画面を誰か確認したのかしら?

 ……証拠もないのにそんな残酷な殺人計画があったなんて言ったら、ヤヒメちゃんが悲しむわよ」

 

ライトの言葉に、ナツミやハイジ、リンリの視線が揺らぐ。

 

「……いえ、証拠ならあるわ」

 

ノクスが静かにスマホを取り出し、何やら黒い画面が写っている写真をみんなに見せる。

 

「……これは?」

「ヤヒメのタブレット画面よ。

 もし裁判中に見られるのがヤヒメのタブレットの中のデータのみで、

 タブレット自体は見ることは許されない……

 なんてことになったら困るから、一応撮っておいたのよ」

 

ノクスがそう言うと、その意図を察したかのようにカンチョーは羽をすくめながら言った。

 

「……あ、別に今ここで天刻ヤヒメさんのタブレット画面も確認して頂いても良いですよ。

 ……はい、これです」

「……そう。なら、この写真よりも実物を確認した方が早いわね」

 

そう言うとノクスはスマホを仕舞う。

全員の視線がカンチョーの取り出したヤヒメのタブレットに注がれる中、説明を続ける。

 

「捜査中にヤヒメのタブレットを見た時、画面のグレア──光沢が、

 一部だけ円のように途切れていることに気付いたのよ。

 光を反射しないマットのような画面。まるでそこだけ熱で焼き切ったかのように。

 バックライトが消えた黒い画面のままだと、少し見えにくかったけれどね」

 

ノクスの声が、静まり返った裁判場に響く。

 

「だから私は確信したわ。ヤヒメのタブレットは人為的な熱によって、画面の一部を侵され、

 物理的に消去不能な黒い滲みが出来ていたんじゃないか、ってね」

 

そしてカンチョーに視線を向ける。

 

「……さあ、カンチョー。

 ヤヒメのタブレットを起動させて、『秋のエリア』のマップを開いてくれないかしら?

 あなたが操作する分には、私たちが介入したことにはならない。

 貸借行為の禁止規定にも触れないはずよ」

「……ええ、そうですね。では、起動します」

 

カンチョーが慣れた手つきでタブレットを操作する。

 

やがてホーム画面から、ヤヒメが最期まで頼りにしていたであろうマップが展開された。

 

すると──

 

【挿絵表示】

 

「……あ!」

 

裁判場のほぼ全員が声を上げる。

 

ディスプレイの右側、あのカーブと行き止まりが位置するはずの場所に──

まるで死へと誘うような、禍々しい漆黒が居座っていた。

 

「く、黒く滲んでる……!」

「完全にやっとるやんこれぇ!」

「ヤヒメちゃんは……ずっと、これを見て歩いてたの……?」

 

ハイジ、ナツミ、マリーが口々に驚嘆と悲痛の声を上げる。

 

「……あれ? でも……」

 

すると、リンリは眉をひそめながら画面を見ながら言う。

 

「なんか、思ったより滲みの範囲広くない? まぁ、一応空間補完効果は働くけど……」

「……た、たしかに……」

「先ほどのリンリさんが指で隠した範囲よりは、かなり広いですね……」

 

そのリンリの声に、シロとイリスも戸惑いながら同意する。

確かに画面に広がった黒い滲みは、空間を補完するためだけにしては必要以上に大きく形作っていた。

 

「……それこそが、犯人が仕掛けたもう一つのトリックの根拠よ」

「……」

 

私は、そのノクスの言葉で確信する。

このタブレットの黒い滲みは、明らかに犯人が"直接"焼いたものではないということを。

 

「……考えてもみて。朝はミサがヤヒメのタブレットは正常だったと証言している。

 仮にミサが嘘をついていたとしても、

 それならヤヒメは画面の壊れたタブレットを修理に出したはず。

 面倒がって修理に出さなかったとしても、

 それならそれで正午前に行われたライトとの通話の最中に、

 一部が黒く滲んで見えなくなっているタブレット画面について何かしら言及し、通話に残したはずよ。タブレット画面を頼りに山を登るのなら、猶更ね」

 

ノクスは順序立てて説明する。

 

「つまり……この画面の黒い滲みは、ライトと通話した11時58分から、

 ヤヒメがマスカットハウスを出発する12時40分の間に作られたもの──」

 

ノクスはそこで言葉を切り、私の方へと視線を向ける。

 

「この黒い滲みは……『収斂』によるものだ」

 

私の声がノクスを継ぐように響いた。

 

「しゅ、しゅーれん?」

 

ナツミが口を開ける。

 

「マスカットハウス一階のエレベーターの横に、ワイヤレス式のタブレット充電器があった。

 タブレットを重ねるように置くだけで、ぴたっと吸い付くタイプの白くて薄い板みたいなさ。

 カウンターテーブルの上に、固定されるように」

 

私が説明を続ける。

 

「そしてそのタブレット充電器の方を向くように……

 充電器の奥の壁にあったウォールポケットから、

 ガッチリと固定されたスタンドルーペが窓に重なるようにして飛び出ていたんだ」

 

ノクスが流れるように引き継ぐ。

 

「アームの付いたスタンドルーペが不自然な角度で突き出していたわ。

 右にあった窓から差し込む直射日光を、そのレンズが真正面から受け止めるような角度でね」

 

すると、ノクスはウォールポケットの写真を見せながら言う。

 

「そして、全てのポケットの中身はあえて乱雑にされていた。

 懐中電灯やペン、紙などが必要以上に詰め込まれ、膨らんでいる。

 ……あれは、ポケットの右端から突き出たスタンドルーペの違和感を殺し、

 偶然そこにあるかのように見せかけるためのカモフラージュよ」

 

ノクスはスマホの画面をスワイプし、スタンドルーペの写真に替えながら言った。

 

「ちなみに聞いておくわ、カンチョー。

 タブレットの方はともかく、充電器の方は熱に弱いのかしら?」

「いえ、別に特別弱いなんてことはありません。液晶じゃありませんし……ま、白いですし」

 

カンチョーはどうでも良さそうに言う。

 

「つまり、タブレット充電器に収斂光が長時間当たり続けても、

 タブレットのように壊れたりはしないということ?」

「やったことがないので保証はしませんが……

 まぁ、壊れないんじゃないですかね、白いですし、光を反射しますので」

 

カンチョーの投げやりな回答を受け、ノクスは一つ頷く。

 

「……一旦、タブレット充電器は熱では壊れないという前提で話を進めるわ。

 もっとも、犯人は収斂させる熱の強さも、いくらか調整可能だったでしょうしね」

 

するとノクスは気を取り直したかのように話を続ける。

 

「そして、ヤヒメはそのタブレット充電器の上に自分のタブレットを置いた……。

 その結果、スタンドルーペからの太陽光の収斂で、タブレットの画面が焼き潰れてしまった」

 

「じゃ、じゃあ……犯人は、あの黒い滲みを収斂で焼いて作ったということですか……!?」

 

「ええ。だからこそ、

 犯人は直接画面に触れて細工した時のような精密な滲みを作ることができなかったのよ。

 この必要以上に大きい黒い滲みこそが、

 犯人が太陽光による収斂で焼いたという証拠になるのよ」

 

イリスの言葉に返すように、ノクスは言う。

 

「おそらく犯人は、事前にレンズの角度をミリ単位で調整し、

 収斂光が当たる範囲を計算していたはずよ。

 結果的に空間補完さえ機能するのなら、多少滲みが大きくなろうが構わない、とね。

 ……実際、マップ上の行き止まりとカーブの接点を大雑把に焼き潰すだけで、

 ヤヒメの脳に致命的な錯覚を植え付けるには十分だった……」

 

そして結論付けるように言い放ち、そこで言葉を切った。

 

「……あ、ヤヒメがライトに、出発の前に通話をかけたのって……」

「……もしかして、この黒く滲んだ画面について相談するため、とか……?」

「なるほど、可能性としてはあるな……」

 

ハイジ、リンリ、ナツミがそれぞれ呟いた。

 

──それっきり、

 

「……」

 

静まり返った裁判場──

まるで液晶が焼け潰れたような沈黙が充満していた。

 

「……つまり犯人は」

 

すると、

 

「……『雨』で黒い鳥居に塗られた塗料を洗い流して、本来の黒い色に戻し」

 

静かに、

 

「……『晴れ』の太陽を利用して、収斂でタブレットに黒い滲みを作り出したのよね?」

 

ライトが口を開いた。

 

「……そうよね? マリーちゃん♪」

「……え……?」

 

不意に名前を呼ばれたマリーが、肩を跳ねさせる。

 

「雨を降らせ、そして晴れを呼び込む……。そんな芸当ができるのはたった一人しかいないもの。

 ……ねえ、マリーちゃん。あなたがやったこと、みんなに説明してあげたらどうかしら?」

「……何言ってるの?」

「あ……っ、あ、あの、マリーは……」

 

ミサが氷のような視線でライトを射抜くが、

当のマリーの顔からは血の気が引き、その小さな唇が小刻みに震える。

 

「……でも、確かに……自由自在に天候を操作出来るのはマリーだけだし……」

 

ハイジがぽつりと呟く。

 

「ま、マリーちゃんが……、こんな計画立てて……?」

「ち、違うよ……マリーは……ただ……水不足を……」

 

ナツミの困惑の眼差しに、マリーの大きな瞳から今にも涙が零れ落ちそうになる。

 

「……いや」

 

私は、その淀んだ空気を切り裂くように静かに口を開く。

 

「一見するとそう思えるけど、マリーがこのトリックを行うのは不可能だ」

 

全員の視線が私に向く。

 

「私が左の黒い鳥居をくぐったのは、

 ストロベリーハウスに到着した時間から逆算して11時20分頃だ。

 あの時、間違いなく左の鳥居は黒かった。そして──

 そこから私はほぼずっとマリーと一緒にストロベリーハウスいた。……なら、辻褄が合わない」

 

私は続ける。

 

「ノクスの推理通りなら、犯人は少なくとも──

 私が鳥居をくぐった時間以降に、鳥居を真っ白に塗らなきゃいけない。

 ……でも、その時間帯はマリーはストロベリーハウスでずっと私たちといた」

「……あっ!」

 

マリー自身が、それに気づいたかのように声を上げる。

 

「そ、そうだよ! マリーはみんなと一緒だった!」

 

マリーは声を張り上げる。

 

「……その後、私も左の黒い鳥居をくぐったから、マキの言ってる事は本当」

 

ミサが私の証言を裏付けるように言った。

 

「……ふふ、でもミサちゃんがマキちゃんの後に左の黒い鳥居をくぐる時に、

 彼女自身がそれを白く塗り替えた……なんて可能性はないかしら?」

「……は?」

 

ミサが氷点下の視線をライトに向ける。

 

「マキちゃんの証言を裏付けているのは、マキちゃんの後に鳥居をくぐったミサちゃんだけど、

 ミサちゃんの『鳥居が黒かった』という証言を裏付ける人は誰もいないじゃない。

 もし彼女が、あらかじめ用意していた白い塗料で左の黒い鳥居を染め上げていたとしたら?」

 

ライトは首をかしげ、まるで無邪気な子供のように口にする。

 

「……ふざけないで。そもそも私はあなたに誘われてストロベリーハウスに来たのよ。

 マキみたいに自発的に動いたわけじゃない。

 そんな私がわざわざ塗料を用意して、

 鳥居を染め上げるような不自然な工作をするわけがないでしょ」

 

ミサが吐き捨てるように反論するが、ライトの微笑みは崩れない。

すると、ノクスがそこに割って入る。

 

「……私もミサの意見に賛成よ。……そもそもね、ライト。

 『ライトが道案内をするときに、"黒い鳥居をくぐって来る方がストロベリーハウスへは近い"

 そう発言すると犯人が予見していた……という理屈自体に、あまりに無理があるわ」

 

ノクスは逃げ場を塞ぐように言葉を続ける。

 

「スタンドルーペを固定した収斂による空間補完効果、鳥居に色を塗ることによる対比効果……。

 これほどまでに用意周到な犯人が、計画の肝心な部分を

 『ライトがどう案内するか』という運否天賦なギャンブルに委ねるなんて、不自然極まりない」

「……」

 

すると、少しだけ間を置き──

 

 

「……案内した本人、つまり──

 『鳥居の色』を指定した張本人が犯人だというのなら、話は別だけれど」

 

 

ノクスは決定的な一言を放つ。

 

ライトの瞳が、鋭利な刃物のように細められる。

 

「……え、ライト、ちゃん、が……?」

「……」

 

マリーの震える声。そしてミサの疑念を孕んだ沈黙。

すべての視線が、証言台に立つライトへと集中する。

 

「今さらながら、一つ気づいたことがあるの。ライト……

 あなたはあの中腹にある二組の鳥居のことを、

 最初からずっと『黒い鳥居』と『白い鳥居』と呼び分けていたわね。

 道案内をする時も、決して『右』や『左』という言葉は使わず、頑なに『色』を指定して。

 ……それも、本来の色である『黒』と『灰』ではなく、わざわざ『黒』と『白』という言葉を使ってね」

 

「……ふふ、それがどうかしたのかしら? むしろ親切だとは思わない?

 『左右』なんて言葉、麓から登るのと山頂から降りるのとでは逆転してしまうじゃない。

 誰にでも分かるように特徴を伝えただけよ。それに、白と黒だなんて言ったのは……

 そうね、あの広場に置いてある、妙な白黒のクマの像の印象が強かったからかしら?」

 

ライトは余裕を崩さず、優雅に髪をかき上げる。

だがその微笑みも意に介すことなく、ノクスの追及はさらに続く。

 

「いいえ。あなたは皆に『鳥居は白と黒である』という先入観を、

 まるで呪いのように刷り込ませるためにその呼び方を使い続けた……

 そう考えるのが自然だわ」

 

「……あら怖い。まるで私が、ヤヒメちゃんをあの崖へ誘導するために、

 わざわざ鳥居の色を塗り替えて、その伏線も何日も前から張っていたとでも言いたげね。

 でもさっきも言った通り、私には時間がなかった。マリーちゃんと一緒にいたのだもの。

 ね、マリーちゃん♪」

 

「え、う、うん……」

 

マリーが戸惑いながら頷く。

 

そこに、私が口を開く。

 

「……でも、ライト。ミサがストロベリーハウスに到着してすぐに、

『さて、さっき取り込んだシーツカバー、布団に入れてくるわね。

 洗濯物の取り込み忘れもないか確認しなくっちゃ』

 ……そう言って、リビングの向こうに歩いていったよね」

 

「……それは、戻ってきたのは何分後だったの?」

 

「……15分のタイマーをスタートさせて、ギリギリに戻ってきたから……

 およそ15分後だ」

 

ノクスの問いに、私は記憶を思い起こしながら答える。

 

「じゃあ少なくとも、ライト、あなたには15分の空白の時間があったというわけね」

「ええ、洗濯物なんかを整理していたわ。それが何か?」

 

ノクスの鋭い視線にも、意にも介さないように答える。

 

「思い出してごらんなさい? ストロベリーハウスへから黒い鳥居のある中腹までは登りで15分。

 往復で30分弱。鳥居に色を塗る作業に5分かけたとして、合計35分……」

 

ライトは手のひらに指で文字を書く素振りをしながら続ける。

 

「私に15分の空白があったとして、どうやって黒い鳥居を白く染め上げられるのかしら?」

「……」

「た、確かに……」

 

ライトは勝利を確信したように、小首をかしげて微笑む。

 

 

その計算は確かに正しい。

 

通常の登山道を使えば、どんなに急いでも30分はかかる。

 

誰が聞いても、"15分以内では無理だ"と思う。

 

だが――

 

「……それは、"正規ルート"を使った場合の話でしょ」

 

ミサの静かな声が法廷の空気を切り裂いた。

 

「マリーがアスレチックで見つけてくれた証拠──"切り取られた縄梯子"、その痕跡。

 あれと、ストロベリーハウスの近くにあった転落防止柵の根本にあった、

 "ロープを強く擦ったような跡"……それらを繋ぎ合わせれば、答えは一つしかない」

「……縄梯子で、ショートカットした?」

「えっ……!」

 

私の言葉に、静かにミサは頷く。

一方、マリーは思わぬところで使われた証拠に驚いているようだ。

 

「縄梯子を柵に括り付けて、崖下の黒い鳥居まで一気に降りれば、片道5分もあれば十分。

 鳥居を塗るのに5分、往復で10分……縄梯子や噴霧器の証拠隠滅も含めて、ギリギリ15分以内に収まる」

 

ミサがライトを射抜くように視線で見つめる。

 

すると、すかさずライトも言い返す。

 

「ホントにギリギリねぇ。

 私、鳥居を5分で塗るって言ったのはかなり甘めに見積もってあげたのよ?

 あの鳥居、高さは3、4メートルくらいあるから、それを真っ白に塗り上げるなんて……。

 たとえ噴霧器を使ったとして、5分じゃ到底足りないんじゃない?」

 

「細かい事を気にするのね。じゃあ──

 "全体を塗る必要なんてなかった"、としたらどうかしら?」

 

ライトの余裕を真っ向から踏みにじるように、ノクスが冷徹に言い放った。

 

「あの二つの鳥居は、十数メートルは離れて立っていたわ。

 ヤヒメが中腹に辿り着いたとき、

 遠目に『左側が白だ』と認識させられれば、誘導には十分……。

 つまり──黒い鳥居の"正面"だけを染め上げていたとしたら?」

「正面……?」

 

私はノクスの言葉を思わず反復させた。

 

「塗装範囲を鳥居の正面だけに絞れば、作業時間も大幅に短縮される。

 かなり甘めに見積もって、3分もあれば塗れるんじゃないかしら?」

 

ノクスはライトを挑発するように言った。

 

「使う塗料も雨で流れ落ちる白い塗料の量も少なくなり、

 地面に残る白い染みというリスクも最小限に抑えられる。

 しかも、それだけじゃない。この方法には、あなたにとってさらに大きなメリットがあるわ」

 

ノクスは細い指を三つ立て、説明を続ける。

 

「一つ、時間の短縮。二つ、証拠隠滅の容易さ。

 そして三つ目は──"鳥居の裏側は黒いまま"だということよ」

 

ライトの眉が、ピクリと動いた。

 

「雨が降ったあと、ヤヒメの捜索が始まってストロベリーハウスの面々が下山する際、

 みんながくぐるのは黒い鳥居の『裏側』。……もし万が一、雨による洗浄が不十分で、

 正面に白い塗料がわずかに残っていたとしても、裏側が本来の黒いままなら、誰も異変に気づくことはない。

 あなたは捜索のどさくさに紛れて、残った汚れを自分の手で洗い流してしまえばいいだけだもの。そうでしょう?」

 

「……」

 

その言葉に、ライトから余裕の笑みが消える。

 

「まぁ実際は、私が鳥居を調べた時には地面も含めて、

 雨で全て綺麗さっぱり流れ落ちていたけれど。

 あらかじめ鳥居にニスでも塗っていたのかしら?」

 

私はそのノクスを言葉を聞いて、はっと気づく。

 

ストロベリーハウスに向かうとき、

黒い鳥居をくぐった時に嗅いだ、化学溶剤のような刺激臭……。

 

「あれ、ニスだったのか……」

 

無意識に漏れた独り言を、耳ざといナツミが拾い上げた。

 

「え、マキちゃんなんて? 何か知っとるんか!?」

 

私は慌てて、自分が鳥居をくぐった時に嗅いだ「におい」について、みんなに詳しく話した。

 

「いや、はよそれ言わんかーーーい!」

 

ナツミのツッコミが響き渡り、私は思わず肩をすくめる。

 

「ご、ごめん……。山の中だし、植物とか、ただの木の脂のにおいかと思って……。

 でも確かにあのにおいは……アトリエ準備室に入った時に嗅いだ、ニスのようなにおいだった」

「……決まりね」

 

ノクスが静かに言った。

 

「ライト。あなたは事前に黒い鳥居に『ニス』を塗っておいた。

 おそらくこれも水で流れやすいタイプのものね。

 ニスは透明だから、前もって塗り込んでいても誰にもバレない。

 その上で、縄梯子のショートカットを使い、

 15分の空白の間に黒い鳥居の正面だけを真っ白に染め上げた。

 ……ニスを下地にしていれば、雨が降れば鳥居の表面を滑るようにして剥がれ落ちる……。

 ポスターカラーよりも落ちやすい水溶性の塗料なら、鳥居にも何の痕跡も残らない」

 

ノクスはライトを力強く指差し、決定づけるように言った。

 

「わざわざ15分のタイマーをセットしてから出かけたのも──

 このアリバイ工作を印象付ける為だったんじゃないかしら?

 "自分は15分以上空けていない"ってね」

 

ライトは──静かに目に暗闇を湛えて俯いている。

 

微笑みが消え、法廷が冷たい沈黙に支配される。

 

 

「…………ふふ」

 

 

かに思えた。

 

「……まだまだね、まだまだ」

「まだまだまだまだまだまだ」

「ど、どうしたんや、ライトちゃん……?」

 

ライトはゆっくりと顔を上げる。

ナツミは、そのただならぬ雰囲気に思わず気圧される。

 

「そもそもね、そもそも。

 そもそも──その鳥居に塗られた白い塗料を洗い流すのだって、

 結局は都合よく雨が降ってくれなきゃいけないのよ?」

 

その瞳の暗闇が、更なる深淵へと塗り潰されていくかのよう。

 

「私はマリーちゃんみたいな【天候操作】の魔法なんて持っていない。

 無事に鳥居に白い塗料を塗り終えて、15分以内に帰ってこれたとして──

 それで、そのあとどうやって洗い流すのかしら?」

 

周りをその昏い瞳で見回しながら言う。

 

「結局は雨を降らせたのはマリーちゃん。

 私には一切関係がないところで起きた事態よ」

 

いつの間にか、その顔には余裕の笑みが戻っていた。

 

「ヤヒメちゃんが鳥居をくぐった後に都合よく雨が降り、

 タブレット画面を焼き潰す瞬間に太陽が顔を出す──

 そんな神懸かり的なタイミングをどうやって制御したというの?」

 

私はライトのその言葉を聞き、深く思案する。

 

(…………)

 

ふと、あの時のことを思い出す。

ストロベリーハウスで、みんなでハンバーグを作って食べている時のことを。

 

 

『……あら?』

『ん、どうかした?』

 

私はハンバーグを頬張りながら尋ねると、ライトはやれやれと言った様子で蛇口を指差す。

手には泡がついたままだ。

 

『また水が出なくなったわ、前と同じね』

『それって、水不足?』

 

私の言葉にミサが「水不足?」と怪訝そうな顔をすると、

私が説明する前にマリーの元気な声が響く。

 

『マリーが降らせてあげる!』

 

マリーがぱっと手をかざすと、瞬く間に雨がザーザーと降り始める。

 

『ありがとう、ちょうど洗濯物も全部入れ終わってたし、グッドタイミングね♪』

『えっへん!』

 

 

(……いや、あれはマリーが降らせたわけじゃない)

(あれは……)

 

「……ライト」

 

私はライトに視線を向けながら言う。

 

「……あの時、本当に"水不足"だったのか?」

「ええ」

 

私の問いに、即答するように答える。

 

「……でも、それはライトがそう言っただけだよね?

 それで、その言葉を聞いたマリーが雨を降らせた」

 

ミサが私に続くように言う。

 

「何が言いたいの?」

 

ライトの昏い視線が向けられる。

 

「……誘導、したんじゃないか?

 "水が出なくなったから雨が必要だ"、って」

「誘導……?」

 

マリーが困惑した表情で私とライトを交互に見る。

 

「さっきも言った通り、ストロベリーハウスの窓からは灰色の鳥居はずっと見えるんだ。

 それは、一階のキッチンの窓からだって同じだ。

 ライトはあの時、ずっとキッチンに立っていた……」

 

私はライトの方を見ながら続ける。

 

「キッチンに立って洗い物や料理をしながら、ヤヒメが来るのをずっと窓から監視していた。

 ……そして、ヤヒメがまさにその灰色の鳥居をくぐってきたのを見た瞬間、

 "水不足"を装った。……マリーに、雨を降らせるために」

「…………」

 

ライトは一言も発さない。

ただ、深く沈んだ瞳だけが私を凝視している。

 

「……よく考えれば、あの時のライトはおかしかった」

「おかしかったって?」

 

ハイジが私の方を見ながら問いかける。

 

「だって、ミサもヤヒメも、呼ぶなら呼ぶでみんなの前で通話すれば良かったはずだ。

 それなのに、わざわざリビングの奥で一人で通話しに行って……。

 ヤヒメに至っては、『リクエストを受けた』って言ってエレベーターで料理を送っただけだ。

 『ヤヒメが来る』なんてことは一言も言わなかった……」

「……あ、確かに……」

 

マリーがその時のことを思い返すように呟いた。

 

「それで、雨が降ってから30分後くらいに『遅いわね、ヤヒメちゃん』って言ったんだよね……」

 

ミサもマリーと同じく考え込んでいる。

 

「……すべてはマリーに雨を降らせるため、そしてその『雨』を誰にも邪魔させないためね」

「……え?」

 

ノクスが私の考えを補完するように口を開く。

 

「もしヤヒメが来ることをみんなが知っていたら、

 水不足を装って雨を降らせようとしても、誰かからストップがかかったかもしれない。

 『今まさに山を登っているかもしれないから、今は雨を降らせるのはやめておこう』ってね」

「……言われてみれば、そうだね。

 ヤヒメに『雨降らせても良い?』って連絡もしたかも」

 

ミサがノクスの言葉に頷く。

 

「そうね、そうなれば計画が全て水泡に帰すかもしれない。

 雨が必要になるその頃には、もうヤヒメは崖下に落ちて……返信も出来ないはずだからね。

 ヤヒメから返信が来るまで雨は降らせないことになったかもしれないし、

 そのまま心配してヤヒメの捜索に行くことになったかもしれない」

 

ノクスは続ける。

 

「だから、タブレットを充電器に置かずそのままマスカットハウスから登ってきてしまい、

 計画の対象外になってしまったミサについては、

 『ミサが来る』と明かしても問題はなかった。

 雨が必要になるのはミサがストロベリーハウスに到着した後だからね」

 

ミサに視線を移す。

 

「でも、ヤヒメの場合は違う。

 ライトはヤヒメが通話を終えた際、充電器にタブレットを置いてから料理を食べると読んだ。

 つまり、その時点でヤヒメは自分が本来計画していた犯行のターゲットとなる。

 スムーズに雨を降らせるためには、彼女が料理を食べたあとに

 そのまま山を登って来ることは伏せておかなければならなかった。

 だから、『リクエストを受けた』なんて言葉で誤魔化して、

 ヤヒメが料理を食べたあと、ストロベリーハウスに向かうということ自体は隠した」

 

そこから再びライトに視線を移し、鋭い視線がライトを射抜く。

 

「……でも、そのままそれをずっと隠していたら、後でヤヒメとの通話を聞かれた時に

 自分がヤヒメも誘っていたことが露見し、怪しまれてしまう。

 『なんでヤヒメを誘っていたのに、いつまで経っても到着しない彼女を心配しないんだ』ってね」

「そうか、だから自分から雨を止ませるようなことを言い出したのか……」

 

私の心にずっと引っかかっていたライトの言葉のその不自然さを、ノクスの推理が裏付けていく。

 

「あなたとしてはそのままずっと雨が降り続いて欲しかったのだろうけど、やむを得なかった。

 だから、雨が降って白い塗料を洗い流しただろう頃合いを見計らってあなたは言ったのよ。

 ──『遅いわね、ヤヒメちゃん』ってね」

 

最後に結論付けるように言った。

 

「どう? 全てあなたの計算ずくじゃないかしら?

 だから、雨を降らせることはマリーじゃなくても──」

「まだ半分ね」

 

ノクスがそう言おうとした瞬間、ライトが食い気味に言う。

 

「それで? "晴れ"の方はどうするの?

 ずっと太陽が顔を出している保証なんてないわよね?

 ヤヒメちゃんがマスカットハウスに来て、

 タブレットを充電器に置いたであろう時間帯も、

 たまたまずーっと雲一つなく晴れてなくちゃ、そのトリックは成立しないわよね?」

 

畳みかけるようにライトは言う。

 

「そ、そんなの、"見た感じ今日の天気は晴れっぽいな~"で済む話じゃ……」

「山の天気は変わりやすいのよ? ずっと晴れているとは限らないじゃない」

 

ライトはハイジの言葉に重ねるような勢いで反論する。

 

私は、ストロベリーハウスに着いた時のことを思い出す。

 

(あの時、確か……庭には洗濯物が干されていた……)

 

「……」

「マリー、何か言いたげね」

 

震える唇を噛みしめ俯くマリーの異変に、ノクスが気づく。

 

その絶望に染まったマリーの表情を見て、

私の脳内でバラバラだったパズルが、凄まじい速度で組み合わさっていく。

 

「もしかしてマリー、朝に……その日の天気を"晴れ"にした?」

 

私の問いかけに、マリーが顔を上げて涙を溜めた瞳でライトを見つめた。

 

すると──

 

「……うん。ライトちゃんが、朝に洗濯物を干してるのを見て……。

 早く乾くように、って」

「えっ……!」

「じゃ、じゃあ……それも見越してライトさんは、マリーさんにわざと見せつけて……?」

 

リンリとイリスが身を震わせ、ライトの方を凝視した。

 

「…………」

 

ライトは何も言わない。

 

その視線には、もはや余裕も、柔らかさもない。

 

ただ、深く沈んだ底知れない何かだけがある。

 

「……ちなみに、今日の天気を操作したのは、

 その朝の"晴れ"と、水不足の時の"雨"だけ?」

 

ノクスが念を押すようにマリーに尋ねる。

 

「……」

 

マリーはひとしきり黙り込んだあと、消え入るような声でぽつりと呟く。

 

「それと、曇り」

「……曇り?」

 

それは、意外な言葉だった。

 

「それって、いつ?」

「……ライトちゃんがエレベーターで料理を送ったあと、一緒に洗濯物を取り込みに行ったとき。

 『おかげでよく乾いたわ、ありがとう。あんまりお日様が強いとまた水不足になっちゃうから、

 曇りにしてくれないかしら?』って……」

 

マリーは、絞り出すように記憶を辿る。

 

「またライトなの……?」

 

ミサが訝る視線をライトに向けるが、彼女は彫像のように動かない。

 

「あと、『ミサちゃんも山を登ってくるだろうし、暑いといけないから』って……」

「"曇り"……」

 

ノクスは考え込むように顎に手を当てる。

 

「……」

 

そして、結論をはじき出したかのように顔を上げた。

 

「……なるほどね」

「ゆけっ! ノクスちゃん!」

 

ナツミがライトを指差しながら言う。

 

「あのタブレット充電器は、エレベーターのすぐ右横にあるカウンターテーブルに固定されていた。

 つまり、ヤヒメの視界にエレベーターと一緒に必ず入る位置にあった。

 そして通話の内容から考えても、ヤヒメもエレベーターの前で通話していたはずよ」

 

ノクスは順序立てて説明する。

 

「ライトは、エレベーター前にいたヤヒメと通話を終えてから料理を送り、曇りにさせた。

 通話を終えたヤヒメが、そのままタブレットを

 エレベーター横にあった充電器に置いたとしたら、

 ライトは"太陽光による収斂が開始したであろう数分後"に曇りにさせた、ということよ」

 

「ノクスちゃん! つまりどういうことや!?

 曇らせたんはミサちゃんのためやなかったんか!?」

 

ナツミがライトを指差したまま、顔をノクスに向ける。

 

「そんなわけないでしょう。

 ヤヒメがいつ食事を終え、いつ再びタブレットを手にするか。

 その正確な時間は犯人にも予測できない。

 もしずっと晴れ続けていたら、太陽が移動するにつれて収斂した熱線は液晶を焼き続け、

 画面の欠損はどんどん広がっていく。空間補完どころじゃなくなるほどにね。

 ……それに、熱に弱いタブレットそのものが壊れてしまう可能性もあったはずよ」

 

ノクスの鋭い視線がライトを射抜く。

 

「それを食い止めるために、あなたは料理を送った直後──天気を『曇り』にさせた。

 収斂を強制終了させて、画面の欠損を必要最小限に留めるためにね」

「ま、まじか……そこまで考えて……?」

 

ハイジが異形を見るような目でライトを見る。

 

当のライトは──

 

 

無表情だ。

 

 

 

無表情のまま──

 

 

「で」

 

ゆっくりと言葉を紡いだ。

 

「そんなに精密に、遠隔による収斂で、マップの特定の箇所だけを焼き潰すなんて──

 そんなことができるなんて、本当に、本気で、正気で言っているの?」

 

表情も、瞳のハイライトももはや消えていた。

 

「あんな小さな箇所を、いくらスタンドルーペが固定されてたからって。

 いくらカウンターテーブルや充電器が固定されてたからって。

 スタンドルーペの角度、太陽の角度、位置、時間……少しでもズレれば計画は全て破綻する。

 そんな不安定な博打が現実的に成功するわけがないじゃない」

「……確かに、ちょっとでもズレたら終わりだもんね……」

 

シロがその圧倒的な困難さを想像し、納得したように呟く。

 

「でしょう? でしょう? でしょう? でしょう?

 でしょう? でしょう? でしょう? でしょう?」

 

「ただ熱に浮かされて、出来もしない机上の空論に酔っているだけ。

 それらしき痕跡が残っていたとしても、結果的にそうなっていたとしても──

 現実的に、物理的に、あり得ないのよ。あり得ない。あり得ないあり得ない」

 

ライトは呪文を唱えるようにぶつぶつと呟く。

 

「……」

 

一瞬の静寂。

 

その空気を切り裂くように──

 

「……いや。出来る」

 

私は否定した。

 

「……っ???」

 

ぶつぶつと呟いていたライトの唇が止まり、視線がこちらを向いたままぴたりと止まる。

 

「確かに、ぶっつけ本番なら無理だ。……でも、お前は違う。

 …… "事前に"、試してる」

「……あ、あは……。何、を……。何の話をしているの……?」

 

ライトが不自然な角度になるまで首を傾げる。

 

「思い出したんだ。一昨日の釣り大会の日。

 あの日、ライトだけは11時を過ぎた頃に、一人だけキャンプ場を抜け出していた。

 "ホテルに魚の餌になりそうなものがないか見て来る"って理由を付けて」

 

「……」

 

「でも本当はあの時、マスカットハウスに行っていたんじゃないか?

 そして──あの日、あの時間にヤヒメやミサを呼び出すのと全く同じ太陽高度になる瞬間を待っていたんだ。

 スタンドルーペを固定し、針の穴を通すような角度の微調整を行うために……」

 

「…………」

 

「多分、そのリハーサルには自分のタブレットで試したはずだ。

 実際に収斂で画面が黒く滲むかどうかは、タブレットで実験してみないと分からない。

 ……それに、どの程度まで光を絞れば焼き潰せるかも見ないといけない」

 

私は理路整然とライトを追い詰めていく。

 

「そして前々日の釣り大会も、その次の日も。

 スタンドルーペの角度を精密に微調整しながら固定していった。

 もし実験で自分のタブレットの画面が焼き潰れても、カンチョーに言えば12時間で修理してくれる。

 ……タブレットを焼いたあとに修理を出しても、12時間で修理が終わるのなら、

 次の日の深夜や早朝にでも、こっそり修理が終わったタブレットを取りに行けば良い」

 

「……………………」

 

「一昨日の釣り大会、そして昨日の午前……ターゲットを呼び出す『正午』に合わせて、

 毎日ルーペのアームをミリ単位で曲げ、固定し、実験を繰り返した」

 

私はライトの虚無の瞳を見据え、言い放った。

 

それに続くようにノクスは言う。

 

「ミサやヤヒメを『正午』に呼び出したのは──

 "南中時刻"のことも計算に入れていたからじゃないかしら?」

「南中時刻……?」

「なんちゅー時刻や、それ?」

 

ハイジが首を傾げ、ナツミがしょーもないギャグをかますが、ノクスの表情は微塵も動かない。

 

「南中時刻。太陽の高度が最も高くなり、その日の中で最も位置が安定する瞬間よ。

 入射角のズレが最小限に抑えられ、なおかつ太陽エネルギーが最大になる時間帯……。

 あの窓は南向きだったわ。窓の角度的にも、正午には太陽光が目いっぱい差し込んだはずよ。

 あなたは最も失敗しない正午前後を選び、二人を呼び出したのよ」

 

ノクスは、もはや反論の隙すら与えない速度で畳みかける。

 

「最初にミサを誘って、彼女がもし充電器にタブレットを置けば、ミサをターゲットとして計画を実行させるつもりだった。

 けれどミサは置かなかった。だからあなたは即座に切り替え、予備のターゲットとしてヤヒメも誘い込んだ。

 ミサがマスカットハウスに到着したのは、11時50分──まだ正午前。

 南中時刻のピークを狙うなら、続けてヤヒメを誘い込んでも時間的猶予は十分にある。

 あなたのその冷酷な頭脳は、即座にそう判断したのよ」

 

私とノクス──二人の言葉がライトの胸を突きさした。

 

「……っく、……っく、く……っく、く、く、く、く、く」

 

ライトの口から、掠れた笑いとも呻きともつかない音が漏れる。

その瞳はもはや私たちを見てはいなかった。

 

 

「…………」

 

「……………………」

 

 

 

 

 

「ねぇ」

 

 

 

 

「ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ。ねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇねぇ」

 

「ら、ライト……?」

 

「ひぇっ……」

 

ナツミが思わず後ずさり、みんなが本能的な恐怖に突き動かされて距離を取る。

 

「おかしくないかしら? おかしいわよね?

 ええ、絶対におかしいわよね。おかしくないわけがないわ」

 

「……まだ、何かあるの?」

 

そのライトの異常な様子にもたじろぐこともなく、ノクスは問いかける。

 

「あるわ。あるある。あるに決まってるでしょ!」

 

証言台を叩き割るほどの勢いで、自らの手を打ち付ける。

 

「あなた達の身勝手な推理によると、ヤヒメちゃんが

 『自発的に』充電器にタブレットを置いたことになってるけど

 そんなのヤヒメちゃんが必ず置くなんて保証はどこにもないじゃない。

 彼女がそのままどこかに無造作に放置したら? 充電器の横に置いたとしたら?

 机の隅にでも放り出したとしたら? 懐に仕舞いこんだとしたら?

 それだけであなた達の推理は成り立たなくなるのよ。

 全てはヤヒメちゃんの気まぐれ。彼女が充電器に置かなかったらそれまで。

 全ての計画は破綻する。私がそんな不確実なギャンブルに身を委ねるわけがないでしょう?

 それとも何? 私が送った料理に何か毒でも仕込まれていたっていうの?

 食べると意識が朦朧として、ふらふらと充電器に吸い寄せられて、

 自分のタブレットをそこにガチャンと置くような……

 そんなとんでもなく都合の良い毒でも仕込んでたと言うのかしら?」

 

歪んだ笑みを浮かべながら、まくし立てるように言う。

 

「ねぇ。ねぇねぇねぇ。早く答えなさい、答えなさいよ」

 

笑いながら何度も何度も自分の証言台を叩く。

 

「……毒、ね。……確かに、あなたは毒を盛ったわ」

「?????」

 

ノクスの冷徹な一言に、ライトの哄笑がぴたりと止まる。

 

「あなたが盛ったのは……たった一言の毒。

 ──『プライミング効果』という名の心理の毒よ」

「…………」

 

ライトの顔から、急速に表情が抜け落ちていく。

するとノクスは静かに、諭すようにライトに語り掛ける。

 

「ぷ、ぷら……? なにそれ」

「クライミング? どっか登るん?」

 

リンリとナツミが顔を見合わせる。

 

「ライト……あなたのヤヒメとの最後の通話、もう一度聞かせてくれないかしら?

 全部は必要ない。終わり際の会話だけで十分よ」

「嫌よ」

 

ライトは即答した。

 

「……どうして? 何か、皆に聞かれると不都合なことでも……

 例えば、あなたがヤヒメの無意識下に働きかけた証拠でも残っているのかしら?」

「そんなものあるわけないわ。ただ、あなたの不愉快な妄想に付き合うのが反吐が出るほど嫌なだけよ」

 

ライトは毒々しく吐き捨てる。

だが──その瞳の奥には、初めて「暴かれる」ことへの本能的な恐怖が、黒い影となって揺らめいていた。

 

「……じゃあ、カンチョー。ヤヒメのライトとの通話記録を再生してくれる?」

「……あ、はい。じゃあ──」

 

 

「止めなさいッ!!」

 

 

ライトの絶叫に近い恫喝のような声が裁判場に響き渡る。

 

「……じゃあ、止めます」

「いや、なんでや! そこで引いてどうすんねん!」

「早く再生して」

「再生しろ」

「再生してください」

「……あ、じゃあ多数決で再生する方向で……会話の最後の方からで良いんですよね?」

 

カンチョーはノクスへと視線を向けると、ノクスは静かに頷く。

そしてカンチョーはため息交じりに再生を始める。

 

スピーカーから、ヤヒメののんびりとした声と、ライトのどこまでも穏やかな声が流れ出す。

 

 

『あ、ヤヒメちゃんは確かまだ一度もストロベリーハウスへは来た事ないんだったわね。行き方は分かる?』

『うん、タブレットあるから大丈夫~』

『一応おおざっぱに言うと、中腹に着くと黒い鳥居と白い鳥居があるから、

 黒い鳥居の方をくぐって来る方がストロベリーハウスへは近いわよ』

『ありがと~。黒い方だね~』

 

『じゃあ、今からエレベーターで料理を送るわ♪

 ……あ、そろそろバッテリーが切れそうだから切るわね』

『は~い、ありがとね~』

 

 

──プツッ……。

 

再生が終わった瞬間……

法廷を支配したのは、あまりにも普通の何気ないやり取りに対する拍子抜けしたような空気だった。

 

「……え、それだけ……?」

「……へ? 今のがどうかしたんか?」

 

シロとナツミがそろって疑問符を浮かべながらノクスの方を見やる。

 

「……今の、ライトの最後の一言よ」

 

ノクスの声がその疑問符を鋭く貫いた。

 

「『バッテリーが切れそう』……この一言。

 これがヤヒメの無意識に"先行刺激"という毒を盛った」

 

ノクスは淡々と説明を続ける。

 

「人は、あらかじめ特定の刺激を受けると、その後の行動が無意識に制限されたり、

 特定の選択を選びやすくなったりする。これを心理学で『先行刺激(プライム)』と呼ぶわ」

 

(……)

 

「……例えば、カレーの匂いを嗅ぐとつい次のご飯をカレーにしてしまうあれだな」

 

私がそう言うと、ノクスはゆっくりとこちらを向いて言った。

 

「……ええ、カレーの匂いを嗅ぐとつい次のご飯をカレーにしてしまうあれよ」

 

そして彼女は再び全員の方を向き直し、説明を続ける。

 

「通話の終わり際にこの言葉を放つことで、

 何気ない会話でもヤヒメの脳には色濃く根付いてしまう。

 『バッテリーが切れる』……脳内で無意識に反芻してしまう。本人にその気がなくてもね。

 そして人は、その情報を"自分の状況"に当てはめてしまう。

 特にヤヒメのように、これからタブレットを頼りに山を登る必要がある状況なら猶更ね。

 すると──」

 

「……充電、だね」

 

ミサがぽつりと呟く。

 

「ええ……。彼女は無意識に、『バッテリーが切れる』という言葉から『充電』を連想する。

 ……それはいつの間にか、"自分も充電しておくべきだ"という判断にすり替わる。

 彼女は料理を食べたあと、その手元のタブレットを頼りに未知の山道を登らなければならない。

 バッテリーの確保は最優先事項だった。そんな時──

 目の前には、手に持っているタブレットを

 そのままぽんと置くだけで充電できるマグネット式のタブレット充電器がある……」

 

「……充電しちゃうわ、あたし」

 

何やら心当たりがあるのか、ハイジが恐れおののくようにぼそりと呟いた。

 

「タブレットにケーブルを差し込む、という能動的な動作すら必要なく、

 ただ充電器にタブレットを重ねるだけでピタッと吸い付き、充電が開始される。

 まるで極限まで喉が乾いた人間が、目の前の冷たい水の入ったコップに手を伸ばすように──

 飢餓状態の人間が、差し出された料理を疑いもせず口にするように──

 彼女は自分の意志で動いていると錯覚したまま、タブレットを置いてしまったのよ」

 

「な、なるほど……」

 

「まぁ今から料理食べるんだし、普通に邪魔だしね、タブレット。

 そのまま目の前の充電器に置いとくかも」

 

「……うん、分かる、分かるで。でも、一つ質問ええか?」

 

シロとリンリは納得したように首をふんふんと振るが、ナツミが手を挙げてノクスに問いかける。

 

「そんな遠回しなことせんでも、普通に『充電しといた方がええで~』って言えばええんとちゃうん?」

 

ナツミの至極真っ当な疑問が飛ぶ。

 

すると、ノクスはナツミの方を見て静かに言葉を紡いだ。

 

「もちろん、そう言えばより確実だわ。

 ……でも、ライトにとってそれは致命的なリスクになり得たのよ」

「んー……どういうこっちゃ?」

 

ナツミが首を傾げる。

 

「あまりに直接的すぎれば、後で振り返った時に

 『なぜあの時、ライトはわざわざ充電を促したのか?』

 という不自然な誘導の記憶として、私たちの脳に刻まれてしまう。

 このヤヒメとの通話記録は、自分が道案内を正しく行ったと知らしめるためにも、

 皆に聞かせることを前提としていた。ライトが自ら私たちに通話を聞かせたくらいだからね。

 そんな通話記録の中に、直接充電を促すような文言を入れるわけにはいかなかった。

 だからこそ、通話記録に残ってしまう明確な指示を避け、

 あえて『プライミング効果』を利用したのよ」

 

「……」

 

「それに考えてみて。

 結局のところ、ヤヒメのタブレットは死体発見現場の近くから見つかっているわ。

 画面に刻まれた不自然な黒い滲みが露見するのは時間の問題だった。

 鳥居のトリックは雨で洗い流せても、マスカットハウスの窓に固定されたスタンドルーペの方は、

 捜査の手が及ぶ前に真っ先に処分しなければ、物理的証拠として残り続ける。

 もし万が一、そこから収斂のトリックへ辿り着かれた時……

 『充電しなさい』と直接命令した人物がいたらどうなるかしら?」

 

「ら、ライトちゃんが真っ先に疑われる……な……」

 

ナツミはもはや動かなくなってしまったライトの方を見て呟いた。

 

「ちなみに副次的なメリットとしては……食事を終えたヤヒメがタブレット画面に違和感を覚えて

 ライトに通話をかけてきたとしても、バッテリー切れを理由に着信を無視出来る、というものもあるわね。

 『バッテリーが切れて充電していたから、ヤヒメからの着信に気付かなかった』って言ってね。

 それにヤヒメも、『バッテリーが切れるって言ってたから、ライトが通話に出ないのも仕方がない』

 と思って、そのまま登って来ることも望めるしね」

 

そしてライトに視線を移して言う。

 

「ライト。ここまで暴かれたのだから、もう観念したらどう?」

 

「……」

 

もう喋る事もなく、ただ俯いている。

その瞳はまるで暗い穴を覗き込んでいるかのようだった。

 

「……ライトちゃんが、やったの……?」

「……」

「全部計画して……ヤヒメを殺したんだね」

「……」

「な、何か言ったらどう!?」

「……」

 

ミサやマリー、リンリの悲痛な声も、彼女には届かない。

 

「……終わり、だね……」

「ライトちゃん……」

 

ハイジ、シロのその声にも、ライトは何も言わない。

 

茫然自失と言った風に、ただただ顔を伏せている。

 

「……今回は流石にしゃべり疲れたわ。喉がカラカラよ」

 

ノクスが軽く首を振り、疲労の滲む溜息をつく。

 

「もうむっっっちゃ喋ってたもんな、ノクスちゃん。途中から解説動画のナレーションか思たわ」

「……そうね。だから、最後はあなたが締めて、マキ。

 この事件の内容を、最初から最後まで振り返ってくれないかしら」

「……分かった」

「……今回の事件は複雑で、物理と心理が絡み合っているわ。

 振り返りも難しいだろうけど、頼んだわよ。私たちの導き出した真実を」

 

私は深く息を吸い、時間をかけて脳内の断片を一つずつ繋ぎ合わせる。

 

「じゃあ……始めるぞ」

 

 

 

 

Act.1

 

 

今回の犯行を行うにあたって、犯人は様々な事前準備をしていた。

一見すれば、どれも無意味な悪戯のようにしか見えない奇妙な行動の数々……。

だがそれこそが、被害者を死に至らしめるための……犯人の描いた設計図だった。

一つ目は、ショートカットのための『アスレチック』にあった縄梯子の切り取り。

二つ目に、正面から見て左側にある黒い鳥居へのニス塗り。

三つ目が、右の白い鳥居の先から左へと曲がった地点に落とし穴を設置。

そして最後に、マスカットハウスに置いてあるタブレット充電器の近くにある窓の上部に

スタンドルーペを寸分の狂いなく固定すること。

これらの用意周到な準備を経て、犯人は今回の遠隔殺人を行ったんだ。

 

 

Act.2

 

まず犯人は、朝にストロベリーハウスで自分が洗濯物を干すところをマリーに見せ、

【天候操作】の魔法でその日の天気を「晴れ」にさせた。

そして太陽が最も高く昇る時間帯──南中時刻。

太陽光の入射角のズレが最小限に抑えられる正午前後を狙い、

メッセージでミサをストロベリーハウスへ誘った。

登山のための道具が揃っているという理由を付けて、

麓のマスカットハウスを経由してから頂上のストロベリーハウスへ向かうように誘導した犯人は、

ミサがマスカットハウスに着く頃合いを見計らって、

「料理を食べてから来ないか」とタブレット通話で誘う。

だがミサはそれを断り、

そのままマスカットハウスからストロベリーハウスへ向かってしまった。

けれど、ミサがマスカットハウスに到着したのはまだ12時前だった。

計画の時間に余裕があると判断した犯人は、急遽ミサからターゲットを変更し、

ヤヒメもストロベリーハウスへ誘うことにしたんだ。

 

 

Act.3

 

犯人はメッセージでヤヒメをマスカットハウスへと誘い出すと、ミサの時と同様に

タブレット通話で「料理を食べてから来ないか」と持ちかけた。

ヤヒメはそれを了承し、犯人はエレベーターを使って料理を送り届ける。

犯人はヤヒメにストロベリーハウスへの道順を教える際に、

先ほどミサにも伝えた通りの言葉を言う。

「『中腹』には黒い鳥居と白い鳥居がある。

 ストロベリーハウスへは黒い方の鳥居をくぐって来る方が近い」

そして仕上げに「バッテリーが切れそうだから通話を切る」と言って通話を終了した。

するとヤヒメは、"バッテリーが切れる"という言葉から、自然と"充電"を連想する。

彼女は料理を食べた後、タブレットで地図を確認しながら山に登る必要があった。

未知の山道をタブレットの地図だけを頼りに登らなければならない彼女にとって、

バッテリーの確保は最優先事項だった。

通話を終えた彼女は、そのまま無意識のうちに、

目の前にあったマグネット式のワイヤレス充電器に

自分のタブレットを置いてから、送られてきた料理を食べる事にした。

それが犯人の狙いだった。

直接充電を促すような文言を口にすると、裁判で通話記録を聞かれた際に、

不自然な誘導として疑いの目を向けられてしまう。

だから、通話記録に残ってしまう明確な指示を避けつつ、

『プライミング効果』を利用して、言葉一つで行動を意のままに操ったんだ。

 

 

Act.4

 

 

ヤヒメがタブレットを充電器に置いた瞬間、その仕掛けは作動する。

南向きの窓の上部に固定されていたスタンドルーペが、

熱が弱点であるタブレット画面の一部を太陽光による収斂で焼き、黒く塗り潰した。

犯人は犯行前日、前々日にも自らのタブレットを使い、

太陽光の収斂、分散によって「どの時間帯に、どの位置に、どの程度のダメージが生じるか」

それを入念に検証していたんだ。恐らく、怪しまれない程度の収斂光にするという条件も含めて。

しかも、充電器とそれが置かれていたテーブルはいずれも固定されていた。

だからこそ、光の当たる位置はほとんどブレずに

狙い通りの範囲を安定して焼くことができた。

そして仕様上、タブレットの地図は自分の現在位置が表示されるだけで、

拡大も縮小も出来ず、画面が固定されていてスワイプで動かすことも出来ない。

一部が見えなくなっても、そのまま使うしかなかったんだ。

こうして特定の場所に生じた黒い滲みから、人は無意識のうちに欠けた情報を補ってしまう。

犯人はこの収束光で生じた視界の欠けを利用し、『空間補完効果』による錯覚を引き起こした。

その錯覚こそが、あらかじめ設置しておいた落とし穴がある位置へと導く罠だったんだ。

 

 

Act.5

 

 

ルーペを通した太陽光によって生じた画面の黒い滲みは、

太陽の傾きに伴って、時間の経過とともにどんどんその範囲を広げていく。

ヤヒメがいつ食事を終え、いつ再びタブレットを充電器から手に取るかは分からない。

そのまま放置すれば、画面の欠損が広がり、空間補完によるトリックの精度が落ちてしまう。

それに、ずっと収斂で焼き続けると熱に弱いタブレットそのものが壊れてしまう恐れがあった。

だから犯人は、通話を終えてから数分後……

洗濯物を取り込みながら、マリーの【天候操作】を利用して

天気を「晴れ」から「曇り」へと切り替えさせたんだ。

こうして犯人はストロベリーハウスにいながらも、遠隔によって

ヤヒメのタブレットに必要最低限の収斂による黒い滲みを作り出した。

だけど、このトリックだけでは不十分だった。

空間補完による錯覚だけでは、ヤヒメは通話で指示された通り

黒い鳥居のある左の道を選んでしまう可能性がある。

そこで犯人は、もう一つの偽装工作を行う。

それは……『対比効果』による鳥居の位置の逆転だ。

犯人は、鳥居に色を塗ることで二つの鳥居の位置関係を誤認させようとした。

けれど、正面から見て右側の白い鳥居――正確には"灰色の鳥居"は、

麓のマスカットハウス側からも、

山頂のストロベリーハウス側からも、常に視認できる位置にあった。

つまり、ここに手を加えればすぐに偽装が発覚してしまう恐れがある。

だから犯人が細工するのに選んだのは……左側の黒い鳥居だ。

両ハウスからは死角に入るその場所で、黒い鳥居に白い塗料を施すことで、

「左が黒、右が白」という本来の位置関係を、「左が白、右が黒」へと逆転させたんだ。

 

【挿絵表示】

 

 

Act.6

 

ヤヒメが食事をしている間に、ミサは無事にストロベリーハウスに到着する。

ミサが到着したのを確認した犯人は、ストロベリーハウスから抜け出し、

アスレチックから調達しておいた縄梯子をストロベリーハウス付近の柵に括り付け、

黒い鳥居の近くまでショートカットを行った。

そしてストロベリーハウスの倉庫にあった噴霧器で、

あらかじめニスを塗っておいた左の黒い鳥居の上から水溶性の白い塗料を塗布した。

このとき、犯人はおそらく黒い鳥居の正面だけを塗装していたはずだ。

ヤヒメが実際にくぐるのは、反対側にある右の鳥居だ。

二つの鳥居は離れていたから、遠目に色を認識させることさえできればそれで十分だった。

塗装する範囲を正面だけに絞れば、作業時間も大幅に短縮できるからだ。

こうして必要最小限の塗装だけを施した犯人は、

再び縄梯子を登って、噴霧器や縄梯子などの証拠を隠滅した後、

何食わぬ顔でストロベリーハウスの私たちの前へと姿を現したんだ。

やがて食事を終えたヤヒメは、タブレットを手に取り山頂を目指す。

ここで、タブレット画面に違和感を覚えたヤヒメは犯人に通話をかけたが

犯人はそれをわざと無視した。バッテリー切れの言い訳はこのための伏線でもあったはずだ。

そしてヤヒメは仕方なく、犯人の

「黒と白の鳥居のうち、黒い鳥居をくぐってくる方がストロベリーハウスへは近い」

という言葉と、空間補完の罠が施されたタブレット画面を頼りに山に登る。

すると……対比効果によって右側が黒い鳥居だと思い込んでしまったヤヒメは、

犯人の言葉による先入観と共に、逆側の右の灰色の鳥居をくぐり、

更に空間補完効果によって、"道が繋がっている"と錯覚してしまい

そのまま左のルートへと足を踏み入れた。

 

【挿絵表示】

 

 

 

Act.7

 

鳥居の偽装の後、犯人はストロベリーハウスの窓から灰色の鳥居をずっと監視していた。

そして、ヤヒメが灰色の鳥居をくぐってくるのを確認したタイミングで、水不足を装ったんだ。

……マリーの【天候操作】で、天気を「曇り」から「雨」に切り替えさせるためだ。

降り出した大量の雨は、ニスが塗られた黒い鳥居に施されていた、

まだ乾ききっていない水溶性の白い塗料を洗い流す。

犯人の偽装工作の証拠は消え去り、鳥居は元の「左が黒、右が白」という位置関係に戻る。

それは……ヤヒメだけが見た、一瞬の蜃気楼のような錯覚だった。

そして犯人の思惑通りの道へと進んでしまったヤヒメは、本来なら誰も通ることのない、

整備されていない狭い山道の、意図的に地盤を削り取られた地点へと足を踏み入れてしまう。

犯人の手によって落とし穴のようになっていたその箇所は、踏んだ瞬間に足場は崩れ、

彼女はバランスを失い、そのまま誰にも見えないマスカットハウス側の崖下へと転落したんだ。

崖下は岩肌が露出しており、かなりの高低差があった。

ヤヒメは咄嗟に【物質強化】の魔法を自分の服にかけたが、

自身の頭までは完璧には守り切れず、頭部を打って……死んでしまったんだ。

犯人は意図的に"黒い鳥居""白い鳥居"という呼び方をずっと使い続けた。

その結果、私たちは"左右"という位置関係ではなく、"色"で認識するよう誘導されていた。

そして犯人が通話で言ったのは、「山頂へ近い黒い鳥居をくぐって来い」という言葉だけ。

同じ言葉を言われたミサが無事に山頂に到着してる以上、それには何の違和感もない。

犯人はこの一連の流れで、複数の可能性を私たちに錯覚させた。

マスカットハウス側での撲殺。道を誤って足を滑らせた単なる事故死。

あるいは、マリーによる意図的な天候操作。

けれど……すべては一人の人間が描いた残酷なシナリオに過ぎない。

天候を、心理を、そして認識そのものを操り、死へと誘う殺人計画を実行した真の犯人は──

 

【封印】の魔法を持つ、贄熊ライト。

 

……お前以外に、考えられないんだ!

 

 

 

 

私の声が裁判場に響き渡る。

 

「……」

 

全ての振り返りを終えても、ライトは何も言わない。

 

「……じゃあ、投票タイムに入りましょう」

 

 

 

そう、ノクスが言った瞬間だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「しょーこは?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、あまりにも子供じみた声色だった。

 

「……は?」

 

思わず、呆けた声が出る。

 

「それで、わたしがやったってしょーこはどこにあるの?」

「ら、ライトちゃん……?」

「ライト……?」

 

マリーとリンリが悲鳴に近い声を漏らし、一歩後ずさる。

 

ライトの表情は、まるで──

いたずらが見つかった子供が「証拠を見せて」と開き直るような、歪な純真さに塗り潰されていた。

 

「鳥居に色を塗るのだって、ホテル側の人間なら誰でも出来る。

 スタンドルーペに至ってはこの中の全員に細工が可能」

 

ライトは首をコテンと傾げ、壊れた人形のような笑みを浮かべてノクスを指差す。

 

「私は朝に洗濯物を干しただけ。水不足になったらいけないから曇りにしてもらっただけ。

 水不足になっちゃったから雨を降らせてもらっただけ。

 ヤヒメちゃんを道案内してあげただけ。

 ねぇ……しょーこを出してよ。私がそのルーペに触ったっていう、消えない指紋でも残っているの?

 私の服に、白い塗料でも残っていたの? ……ないんでしょう?

 しょーこなんて……なーんにも」

 

「ま、まだ粘るんか……!」

 

「往生際悪すぎでしょ……!」

 

ナツミとリンリは困惑した様子で口を開く。

 

「ねぇ」

 

「……ライト」

 

「ねぇ」

 

「……証拠なら、ある」

 

私は、確信をもってライトに向かって言い放つ。

 

「さっき私は言った。本番で失敗しないために、犯人は前日にも前々日にも、

 自分のタブレットを使って画面を焼く実験をしてたはずだって。

 ……このタブレットは、スマホとメッセージが同期されてるんだ。

 誰かにメッセージを送れば、そのメッセージは相手のスマホとタブレットの両方に届く」

 

「……」

 

「もし、実験で自分のタブレットの画面を焼き潰したあと、それを『修理』に出していたのなら……

 修理に出している間、その端末は一切のメッセージ受信を受け付けなくなる。

 だけど、お前の手元にあるスマホの方は、その間もメッセージを受信し続けている」

 

私は、ライトの手元にあるスマホとタブレットを指差した。

 

「だから、お前のスマホの受信履歴と、タブレット側の受信履歴を見比べればいい。

 ……同期されているはずの二つの端末の間で、不自然に

 『タブレット側だけがメッセージを受け取っていない空白の時間』があれば……」

 

「…………」

 

「そこが、お前が画面を焼き潰し、タブレットを修理に出していた時間だ。

 お前がいつ、どのタイミングで画面を焼く実験をしていたか。

 その記録こそが、お前がこの殺人計画を練り上げた何よりの証拠だ」

 

「私の推理が正しければ……

 スマホの方にはあって、タブレットの方には表示されていないメッセージがあるはずだ」

 

私は──昨日、食堂で偶然見かけた光景を……思い出しながら言った。

 

 

 

すると──

 

 

 

「……はい」

 

 

 

ライトは静かに、スマホとタブレット、両方の通話履歴を比べるように見せた。

 

その二つの画面。昨日の18時台の受信履歴。

 

タブレットの画面は、昨日の14時頃から12時間以上、メッセージの受信が完全に途絶えている。

 

だが──

 

その横にあるスマホの受信履歴には、

同期されているはずの一通のメッセージが、鮮明に浮かび上がっていた。

 

 

 

 

 

 

【18:05】

 

『ライトちゃん。今、食堂で限定モンブランゲット出来たんだよ~。

 ライトちゃんのために取ってあるから、今から食堂来ない~?』

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、昨日──ヤヒメが満面の笑みで、ライトのために送ったメッセージだった。

 

 

 

 

 

「……皮肉ね」

 

ノクスはその画面を見て、静かに告げる。

 

「あなたが殺そうとしていたヤヒメの、あなたを想う優しい誘い。

 その一通のメッセージだけは、あなたのタブレットには届かなかった。

 ……なぜならその時、あなたのタブレットは……彼女を殺すための実験で焼き潰され、修理に出されていた」

 

「……」

 

ライトはまるで、糸の切れた人形のように固まっている。

 

すると、そのメッセージを見たマリーが思わず嗚咽を漏らす。

 

「……っうっ、うっ、うわぁぁああああああん!!」

 

静まり返った法廷に、マリーの悲痛な叫びが響き渡った。

 

親切心から【天候操作】の魔法で手伝いをしていたつもりが、

ヤヒメを殺すための計画を遂行するための装置の一部だったという事実に──

激しく肩を震わせて泣きじゃくる。

 

「……早く、投票タイムに入って」

 

ミサが絞り出すような声で言った。

その瞳には熱い涙が溜まっていたが、声だけは凍りつくほどに冷たい。

 

もうこれ以上、一秒たりともこの光景を見ていたくない──

そんな気持ちが彼女の全身から溢れていた。

 

「……あ、はい。では……

 特に異論がなければ、これより投票タイムに入ります……」

 

事務的なカンチョーの声が法廷に落ちる。

 

「……」

「うっ……うっ……!」

 

裁判場にはマリーの嗚咽だけが響いている。

 

「それでは──お手元のスマホで投票してください」

 

(……)

 

スマホが一斉に光る。

その画面に並ぶ、見慣れた仲間の名前。

 

 

私は──

 

 

この場所に来てから初めて、

特定の誰かの名前が表示されているところをタップした。

 

 

『贄熊ライト』に──。

 

 

 

すると……。

 

 

「……あのー……」

 

困惑したようなカンチョーの声が飛ぶ。

 

「贄熊ライトさんの投票だけ確認されませんが……

 あと1分で投票は締め切られますので、お早めに」

 

(……ライト……?)

 

思わず視線を向けると、スマホを手に、画面に指を添えたまま固まっている。

 

「……もし、私の計画がどこかで失敗していて」

 

静寂の中、彼女がゆっくりと口を開く。

 

「単なるヤヒメちゃんの事故死とか……。

 あの足場の崩落も、ただ雨のせいで後から自然に空いただけで。

 マリーちゃんの降らせた雨で滑って転落死……なんて結末だったとしたら」

 

まるで、子供が悪戯を思いついた時のような顔で言った。

 

「この魔女裁判、不正解になるわね♪」

 

その言葉が投げかけられた瞬間、法廷の空気は一気に氷点下まで叩き落とされた。

全員の顔から血の気が引き、絶望的な想像が頭をよぎる。

 

「え、ちょっそんなんあり!?」

「も……もう、投票してしまいました……!」

「そ、そんなっ……!?じ、事故死だったら……」

 

ハイジ、イリス、リンリが口々に叫ぶ。

 

「……安心して。信じなさい」

 

その狼狽する声を切り裂くように、ノクスの凛とした声が響いた。

彼女は腕を組み、微塵も揺らぐことのない瞳でライトを射抜いている。

 

「し、信じるって、ライトちゃんの計画を……?

 な、なんか怖なってきたんやけど……!」

「違うわ」

 

ナツミのその言葉に強い否定を返す。

 

「私たちが信じるのは……これまで私たちが言葉を尽くし、

 傷つきながらも、みんなで掴み取った証拠……すなわち、"真実"よ。

 決して……ライトの悪辣な計画なんかじゃないわ」

「……ふふ、私が正解だと良いわね♪」

 

ライトはそのノクスの言葉さえも楽しむように、残酷に笑った。

 

そして──手元のスマホをタップした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「えー……ギリギリ、全員の投票を確認しました」

 

「では……投票の結果を発表します」

 

「投票の結果、"魔女"となるのは誰か。

 その答えは……正解なのか不正解なのか……」

 

 

 

「それでは──」

 

 

 

 

 

 

 

「どうぞ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

波彪マキ   0

鵲シロ    0

田中ナツミ  0

蜜葉イリス  0

殯リンリ   0

空丸マリー  0

鈴月ミサ   0

一ノ目ハイジ 0

灰村ノクス  0

贄熊ライト             10

スキップ   0

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「最多得票者である……贄熊ライトさんが魔女に選ばれました」

 

「はたして、正解なのか、不正解なのか……」

 

 

 

 

「……」

 

全員が、祈るような気持ちで画面を凝視する。

 

 

 

 

 

 

すると──

 

 

 

 

 

 

 

 

 

舞い散る紙吹雪、耳を劈くような祝砲の音と共に鳴り響くファンファーレ。

 

 

それらはまるで、ライトの罪を喧伝しているかのようだった。

 

 

 

 

 

"GUILTY"

 

 

 

 

 

 

 

【魔女裁判 閉廷】

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