魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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八角館の殺人 Part7(終)

舞い散る紙吹雪。鳴り響くファンファーレ。

 

本来ならそれらは、犯人の死を宣告する残酷な合図だ。

だが彼女は、降り注ぐ紙吹雪を、まるで凱旋した女王を称える祝福のようにその身に受けて──

 

 

──笑っていた。

 

 

「……うふふ、うふふふふふ!! アハハハハハハハハハ!!!」

 

鳴り終わったファンファーレの残響を切り裂き、ライトの甲高い笑い声が裁判場に響き渡る。

その瞳には、自らの破滅への恐怖など微塵もなかった。

 

「はい、大正解です」

「今回、天刻ヤヒメさんを殺した"魔女は"……」

「『贄熊ライト』さんでした」

 

淡々としたカンチョーの声を飲み込まんほどの、ライトの笑い声がその場を駆け抜ける。

 

「やっぱり! やっぱりね!! 私の計画は完璧に成功していたのね!!!! あははははははははははははははははは!!!!」

 

彼女は歓喜に身をよじらせる。

 

「あはは! 嬉しい、嬉しいわ……!

 私の論理は、正解だったと! 完璧だったと認められたのよ!

 どんなに不確実なギャンブルに見えたとしても、私の中ではすべてが必然だった!

 私の知性が、全てを完璧に支配してみせたのよ!!」

「ライト……ちゃん……何、言ってるの……?」

「い、意味わからんで……何で笑ってられるんや……」

 

マリーとナツミが、震える声でその狂気に問いかける。

 

「……ライト。お前は最初は私を呼び出して殺すつもりだった。

 ……なんで私だったのか、答えろ」

 

ミサが激しい憎悪を孕んだ声で、笑い続けるライトに問いかける。

 

するとライトは、引きつけを起こしたような不気味な嗤いをピタリと止め、ミサの方をゆっくりと見た。

 

「あら、別にミサちゃんを殺すつもりじゃなかったのよ?」

「……じゃあ、何で──」

「本当はね、あなたの後に呼び出したヤヒメちゃんの方が本命だったのよ」

「……なんで、ヤヒメを。あの子が、お前に何をしたって言うの!?」

 

声を荒らげるミサに対し、ライトは小首を傾げた。

まるで「そんなことも分からないの?」と、純粋に不思議がっているかのような仕草で。

 

 

 

 

 

 

 

 

「え? だって──」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぶっ殺しやすそうだったから♪」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ライトは肩に乗っていた紙吹雪を一枚つまみ上げ、光に透かす。

 

「タブレットを置いた時に収斂光が画面に当たっていても、特に気付かなさそうだったし。

 それに、不自然な角度でルーペが飛び出てても、違和感を抱かなかっただろうし。

 ヤヒメちゃんって、ほら、おっとりしてるじゃない?」

 

紙吹雪が彼女の指先から解き放たれ、空中でくるくると回る。

 

「ミサちゃんなら警戒心も強いから、もしかしたら気付かれるかな~って思ったんだけど、

 ヤヒメちゃんなら安心よね。

 ああでも、あなたにもちゃんと重要な役割があったのよ?」

 

紙吹雪が地面に落ちる。

 

「ヤヒメちゃんに道案内した時と、一言一句違わない言葉をあなたに投げかけること。

 それがヤヒメちゃんの死をただの悲劇的な事故だったと、より強くみんなに印象付けられるの。

 ほら、同じ言葉で案内された二人のうち、片方は無事に到着してる……。

 なら、もう片方が死んだのは単に彼女が聞き間違えたせいか、運悪く道を間違えて足を滑らせたせいだって──

 誰もが思うでしょう?」

 

ライトはゆっくりとミサの方に顔を向ける。

 

「後は……"私がくぐった時は鳥居は黒かった"って証言してもらいたかった、ってのもあるわね♪

 あなたが来ないと、『あらかじめ黒い鳥居は白く塗られていた可能性がある』って話になるかもしれない。

 それだとせっかくのショートカットのトリックが無駄になっちゃうもの」

 

先ほどまで紙吹雪をつまんでいた指で、ミサを指す。

 

「──要は、あなたは私のトリックの補強役だったってこと♪」

「……」

 

ミサは、最早何も言わず茫然とライトを見つめている。

 

「ミサちゃん、あの日。みんなでBBQをした時のこと覚えてる? 私、骨付き肉風ハンバーグを作ってあげたわよね。

 でもあの時──あなただけ一切口にしなかったじゃない。

 警戒してるのか何なのか知らないけど……私、そういう些細なこと、本当によく覚えているのよ。

 だから確信してた。私が『料理ができたから食べない?』って誘っても、どうせ理由をつけて断るだろうってね。

 それでも、『マリーちゃんも待ってる』なんて言えば、料理は食べずとも

 あなたは必ずストロベリーハウスに来るだろうって思ってたわ」

 

「お前……私たちのことを、そんなふうに……!」

 

ミサは血が滲むほどに拳を強く、強く握りしめる。

 

「……ヤヒメさん、今日のお昼前に食堂であなたのためにモンブランを包んで、

 『喜ばせてあげるんだ』って、嬉しそうに話してたんですよ……!?

 ヤヒメさんの死体を見た時……何も思わなかったんですか!?

 あの……潰れてしまったモンブランを見ても……!」

 

イリスが堰を切ったように叫ぶ。

 

「……そうだよ。昨日も、ヤヒメちゃんはライトちゃんに救われたって言って……。

 それでお礼のために何かしてあげたいって、そうヤヒメちゃんは思ってたはずなのに……!」

 

シロも悲痛な表情で、昨日の食堂での穏やかな時間を思い出す。

 

「……」

 

ライトはその言葉を聞いても、何も返さない。

 

「……ねぇ、あんたはそんなに"卒業"したかったの?

 そこまでしてこの島から出たい理由があんたにあったの?」

 

リンリが冷たい声でライトに問いかける。

 

すると、ライトはふっと憑き物が落ちたような笑みを浮かべた。

 

「"卒業"? ふふ……そんなありふれた動機と一緒にしないでちょうだい。

 本気でこの島から出たいなら、自分の魔法でも何でも使って、もっと効率的に出来たわよ。

 私、今回の犯行において、【封印】は一切使っていないのよ。

 縄梯子も噴霧器も、ストロベリーハウスの倉庫に放り込んだだけ。

 利用した魔法は、あくまでもマリーちゃんの【天候操作】のみ……その理由が分かる?」

 

周りを見回しながらライトは問いかける。

泣きじゃくるマリーの肩がびくりと跳ねる。

 

「そ、そんなの分かるわけないっしょ……。

 この島から、出たいんじゃなかったの?」

「ライト……お前は、何がしたかったんだ」

 

ハイジと私の困惑が混じった声が、静まり返った裁判場に空虚に響く。

 

するとライトは、どこか懐かしい思い出を語るような顔をして語り始める。

 

 

「私、昔から推理小説が大好きだったの」

 

 

 

漏らしたその声に、先ほどまでの狂気じみた高揚感はなかった。

 

「夜、布団の中でライトを点けて……ページをめくる手が止まらなくなるあの感覚。

 寝る前に一冊、って決めていたのに……気付けばもう一冊と、夜が明けてることも珍しくなくて。

 トリックを考察して、文章の中の伏線を拾って──読み進める毎に世界が繋がっていくあの感覚」

 

ライトは遠い空を仰ぐように目を細める。

 

「それで、物語も佳境に入っていってね。

 手がかりも全部提示されて、名探偵がトリックを一つ一つ、鮮やかに解いていくの。

 輝かしい推理を披露しながら、『謎は全て解けた、犯人はお前だ』と言って犯人を追い詰める──」

 

 

 

 

「私はそれが──大嫌いだった」

 

 

先ほどまでの柔らかな追憶は一瞬で霧散し、這うような憎悪が裁判場に響いた。

 

「私ね、ずっと……ずっと憎んでいたのよ。

 推理小説に出てくる、あの『名探偵』という名の破壊者たちを」

 

彼女の瞳に、底知れない執念の火が灯る。

 

「私が愛して止まなかったのは、いつだって『犯人』の方だった。

 犯人はたった一人の知性で、この世界の物理法則や人間の心理を操って、

 誰も見たことがないような緻密で美しい『トリック』という名の芸術を組み上げる。

 ……それは、ゼロから世界を再構築する、神様のような作業なのよ」

 

ライトはふっと視線を床に落とす。

 

「なのに。……それをどや顔で踏みにじっていく探偵たち。あいつらには憎悪すら覚えていたわ。

 犯人が心血を注いで、魂を削って作り上げた美しいパズルを、土足で踏み荒らしてバラバラにする……。

 犯人がどれだけ緻密に組み上げたか。どれだけ時間をかけて準備したか。

 どれだけ完璧に近づこうとしたか。そんなもの、全部関係ない。

 探偵が現れて、『真相はこうだ』って言った瞬間に――全部終わる。

 努力も、美しさも、何もかも……あれだけ積み上げたものが、一瞬で"間違い"にされるのよ」

 

そして自らの胸を強く掻き抱く。

 

「私はずっと夢見ていたの。いつか自分がその『犯人』になって、

 探偵がどれだけ足掻いても、決して暴くことのできない、美しく、永遠に解けない謎を作り上げることを。

 ただの一人の人間が、選ばれしヒーローである『名探偵』を超えることを。

 だから自分の魔法も使わなかった。私の美学として、ただの普通の人間にでも出来うるトリックで臨んだの」

 

私は、どこか恍惚な表情さえ思わせるライトの方を見て言う。

 

「……私たちがライトと過ごした時間は、偽りだったのか?

 お前は……この島に来てからずっと、そんなことを考えてたのか……?」

「……ライト、ちゃん……」

 

私は震える声でライトに問う。

マリーも、縋るような目でライトを見つめる。

 

するとライトはゆっくりと、私の方だけに視線を合わせた。

 

「ええ、偽りだったわよ……

 と、言いたい所だけど……あなた達と過ごした時間。

 正直に言えば、悪いものじゃなかったわ」

「だったら、どうして」

「……ただそれ以上に、自分の中の欲求を優先しただけ」

 

ライトは冷たく言い放った。

 

「今回の犯行の下準備。

 思えばあれが、この島に来てから一番……充実した時間だったわね」

 

ライトは天を見上げるように呟いた。

 

 

 

 

この鳥居、くすんでいて白というよりは灰色ね……。『対比効果』のトリックに使えるかしら?

まだ若干白っぽいし、気付かれないようにちょっとずつ黒く塗っちゃおうかしら?

 

このタブレット、熱を当てると黒く滲むのね。

後で『収斂』でもちゃんと焼けるかどうか試してみようかしら?

 

……あ! ここを黒く塗りつぶすと……ちょうど道が繋がってるように見えるわね。

一応、この道の先に何かあるか見てみようかしら。

 

うーん、行き止まりで何もない……。でも、きちんと整備もされてないから……。

もしかしたら地盤を掘れば、崖下に落とせたりなんてするかしら。

確か倉庫にツルハシとかショベルもあったし……落とし穴なんか作っちゃったりして。

 

あのウォールポケットと窓の配置……ちょうど怪しまれない程度に収斂光を当てられそうね。

後で充電器の場所もさりげなくウォールポケットの前に固定しておこうっと。

 

よし、ちゃんと収斂でも焼けるし、タブレット自体も壊れないわね。

もうちょっと光を分散させて、……多少太陽光がズレても問題ないように調整しなきゃ。

さて、このタブレットは修理に出してっと……明日も実験ね。

 

黒い鳥居に白い塗料を塗れば……位置を錯覚させられそうだわ。

それを雨で洗い流せば……。

……一番水で落ちやすいもの、どこかに無いかしら?

 

うーん、確かに雨でも流れそうだけど……洗い残しが心配よねぇ。

ニスを事前に塗り込めば……なんとかなるかしら。

 

思った通り。太陽光ならいざ知らず、鳥居のトリックの方は何時でも何回でも水で落ちるか試せるから楽で良いわ。

問題はスタンドルーペの調整の方ね。毎日の調整だけで上手くいくと良いんだけど……。

 

思ったんだけど、鳥居を塗りに行くのにも往復で30分はかかるわね……。

流石にそれだけ空ければ怪しまれそうだし……。事前に白く塗っておこうかしら?

……いえ、たまたま誰かが通りかかったらそれでアウトね。

それに完璧に乾くと雨でも流れ落ちない可能性があるわ。

じゃあ……縄梯子なんかを柵に括り付けて、ショートカットすれば……!

これなら15分以内でも行けそうね。

 

このトリックなら、ノーリスクハイリターンで行えるわね。

私としては失敗したら即アウトのスリリングなトリックの方が好みなのだけれど……。

もし引っかからなかったらまた別のトリックを淡々と考えればいいだけだもの。

 

まとめると、あの時点で鳥居の色を知らないのは

リンリちゃん、イリスちゃん、ハイジちゃん、ミサちゃん、ヤヒメちゃんの5人ね。

わざわざ鳥居の色も話したりしないだろうし、この辺りは確定とみて間違いないわ。

一応、事前に中腹に行ったことがあるか探りを入れてみましょう。

 

リンリちゃんは【不死】の魔法を持っているからダメね。

鳥居の色も画面の黒い滲みのことも100%証言されちゃうから、ターゲットにするわけにいかないわ。

あの子は前の日に呼び出して、マリーちゃんと一緒にストロベリーハウスに泊まってもらいましょう♪

 

ちゃんとリンリちゃんもマリーちゃんもストロベリーハウスに泊まってくれたし、

あとは誰を呼び出すかよね。

イリスちゃん、ハイジちゃん、ミサちゃん、ヤヒメちゃん。

 

この中だと計画通りに転落死してくれそうなのは……ヤヒメちゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤヒメちゃん、か。

 

 

 

 

 

 

……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『どうしたの?』

 

 

 

……。

 

 

 

『まさか、ここまで準備しておいて日和っちゃうの?』

 

 

 

……。

 

 

 

『ほら、誰にも解けないトリックを作るんじゃなかったの?』

 

 

 

……。

 

 

 

『あの憎き探偵たちに、一泡吹かせるんじゃなかったの?』

 

 

 

……。

 

 

 

 

『だったらさ、最も成功率の高い人物をちゃーんと選ばなきゃ』

 

 

 

……。

 

 

 

 

『ヤヒメちゃん、正解だと思うよ。

 あの子なら、あなたを信じて疑わずにあの崖へ踏み出してくれる』

 

 

 

 

『ねぇ──』

 

 

 

 

うるさい。

 

 

 

 

 

私に指図するな。

 

 

誰に言われなくても分かってんのよ、そんなことくらい。

 

 

いいから黙って見てろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『おーこわ』

 

 

『私が唆すまでもなかったね』

 

 

『じゃ、期待してるよ』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ねぇ!!! それから、気付いてくれたかしら!?

 私、今回の舞台が『秋のエリア』だったから、

 ちゃぁーんとテーマを用意してトリックを作ったのよ!!!!

 私の犯罪はただの犯罪じゃない。計算され尽くしたアートなの!!!」

 

彼女は突然、張り裂けんばかりの声で、誇らしげに語り始める。

 

「一つ目は……『スポーツの秋』。アスレチックにあった縄梯子!

 自分の体を限界まで使ったアクロバティックな仕掛け。

 運動能力への挑戦……まさにスポーツの秋に相応しいと思わない!?」

 

「二つ目は、『芸術の秋』。黒い鳥居を塗り潰した白い塗料!

 一瞬にして認識という名の色彩を書き換える……!

 これ以上ないほどダイナミックな絵画表現よ!!」

 

「そして三つ目。『読書の秋』。収斂に使ったスタンドルーペ!

 文字を追うためのレンズを死を招く太陽光の収束器へと転用する……。

 静謐な読書の時間に忍び寄る悪意。これぞミステリーの醍醐味よね♪」

 

「そして最後! 『食欲の秋』。ヤヒメちゃんに送った手料理。

 あの子の警戒心を解き、時間を稼ぎ、死の崖へと誘うためのおもてなし。

 最後の晩餐に相応しく、心を込めて作ったのよ!!!!!」

 

「……それなのに」

 

「それなのにそれなのにそれなのにそれなのに!!」

 

ライトは自らの頭を抱え、狂ったようにかきむしった。

 

「こんなにも準備したのに。美しさも考えて入念に考えたのに。

 どうして……どうして邪魔するの!?

 犯人が心血を注いだ芸術を、どうしてあなたたちはそんな踏みにじれるのよ!!

 ああ……嫌だ、嫌だ嫌だ嫌だ!! 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!!!!

 結局私は──私が一番大嫌いだった探偵に負ける犯人の一人に過ぎなかったっていうの!?」

 

 

 

すると──

 

 

 

 

彼女の手の爪が、ありえないスピードで伸びていく。

手の指が、腕が、黒く、異形のものへと変質していく。

 

「あっ……これは……」

 

カンチョーがそれを見て、銃業員を呼び寄せる。

すぐさま銃業員二人が姿を現し、ライトを両脇から抑え込んだ。

 

「結局解けたのも運じゃない! 修理中のタブレットにメールが来ないってことも!!

 昨日ヤヒメちゃんからメールをもらったってことも!!

 決め手も、証拠も、全部全部全部!! ただの運じゃない!!!!

 私は何も間違っていなかったのに!!!」

 

ライトの咆哮に合わせて、裁判場の中央が重々しい音を立てて割れた。

 

中から競り上がってきたのは、『懲罰房』に鎮座していたはずの、

錆びついた鉄の乙女──"アイアンメイデン"。

 

「な……なんやこれ、どうなっとるんや!?」

「……ライトの様子がおかしい。これは、まさか……」

「……()()()……!?」

 

ナツミやノクスの狼狽の声を飲み込むように、呪詛のごとく吐き出し続ける。

 

「運じゃない。運じゃない。運じゃない。運じゃない。運じゃない。運じゃない」

 

ライトはそのまま銃業員に拘束され、アイアンメイデンの中に押し込まれる。

 

開かれた扉の内側と、その中には──上半身を貫かんとする、数多くの針が鈍い銀色に輝いていた。

 

「ああああああああああアアアアアああアアアアアアアアアア!!!!」

 

押し込まれた拍子に、無数の針がライトの背中と腕を容赦なく貫く。

 

「……魔女化しちゃいましたね。これじゃ普通に処刑を行ってもまず死なないので、

 とりあえずは拘束、拷問させていただきます」

 

淡々と説明を続けるカンチョーとは対照的に、

私たちは目の前で繰り広げられる地獄絵図から、瞬きすることさえ忘れてただ立ち尽くしていた。

 

ライトの指先は、すでに人間らしい柔らかな質感を失っていた。

黒く、鋭い獣の爪へと変貌したそれが、アイアンメイデンの内壁をキリキリと掻きむしる。

 

ライトの声が、やがて獣のような唸り声に変わっていく。

 

「アアアアアアア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛!!!!」

 

ギィィィ、と耳障りな音を立てて、アイアンメイデンの扉がゆっくりと閉じられていく。

 

「アアアアあああああ……!!」

 

そしてその扉が閉まるその刹那──

 

 

 

「────」

 

 

 

 

 

それは

 

 

私たちにすら届かないほど小さな

 

 

震える吐息のような呟きだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……限、定 モン ブラン

 

 

 食べ たかっ た、なぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ガシャンッ!!

 

 

 

 

重厚な衝撃音が響き、アイアンメイデンは完全に沈黙した。

 

つい先ほどまで、あれほど狂気に満ちていた空間が、

嘘のように凍りついたまま動かない。

 

「えー、これにて贄熊ライトさんの処刑は完了です。

 お疲れ様でした」

 

静寂を切り裂いたのは、カンチョーの事務的な声だった。

 

その声を聞いても、私たちはただ立ち尽くすしかなかった。

 

「うっ……うううぅ……」

「……」

 

マリーがうずくまり、ミサは閉じたアイアンメイデンを茫然と見ている。

 

「……なんで、こんな終わり方なんや……」

「拷問、って……」

 

ナツミは唇を噛み、ハイジは恐れおののく様に立ち尽くしている。

 

「完全になれはてるのには時間がかかるんですが……。

 ま、その前に処理は行いますので。

 みなさんは安心して、このまま共同生活を続けて頂ければと」

 

そう言いながら、カンチョーはアイアンメイデンをちらりと見やり、裁判場から飛び去った。

 

「……」

 

皆一様に、もはや何の声も聞こえないアイアンメイデンをただ茫然と見ていた。

 

 

魔女化──魔法少女が強いストレスによって、異形へと変貌すること。

 

ライトにとっては、『自分のトリックが暴かれる』ことが、何よりのストレスだったのだ。

 

自分にとっての「理」を否定されることが、自らの姿を異形に変えてしまうほどの。

 

 

けれど……。

 

けれど私は、どうしても。

 

ライトがただそんなことだけで魔女化したとは思えなかった。

 

(……もしかしたら)

 

もしかしたら、ライトは。

自分の心さえも欺こうとしていたのではないか。

ヤヒメを殺してしまったという、取り返しのつかない罪悪感。

彼女の信頼を、自分の手で突き放してしまったことへの震えるような後悔。

 

それが彼女の強固な意志に致命的な亀裂を入れ、溢れ出したストレスが彼女を飲み込んだのかもしれない。

 

 

私はライトがいた証言台を見る。

 

気付けばそこには、ライトがいつも手にしていた表紙の黒いノートが置いてあった。

 

「マキちゃん、これ……」

「……これ、ライトの……」

 

私は吸い寄せられるように、そのノートを手に取る。

 

彼女があれほど熱く犯人の美学を語っていたとき、その懐に隠されていたもの。

 

もしかしたら、ここには私たちの知らない彼女の本心が記されているのではないか。

 

今まで一緒に過ごしてきた時間のような、普通で他愛ない……

 

女の子らしい日記のページが、どこかにあるんじゃないか。

 

そんな淡い期待を抱いて、私はその表紙を捲った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サに作らせておいた氷塊内部に封入し室温の上昇と共に溶解混合させ時間差で反応させ有毒ガス

】の魔法を使わせて自身に変身させたあとその自身の姿を目撃させたあとに影津アテナも殺害し

心力で内部の重りが外周へ移動し臨界回転数到達時にロックされたピンが外れ被害者の頭部目掛

まま下の隙間から半開きのドアを物干し竿で突きドアの上に挟んでおいた重しを落として殺害し

砲丸で撲殺した後死体の周りに野球ボールをいくつも置き自身の【重力操作】の魔法で事故死し

けておいた時計の長針と短針が合わさる地点に糸を張り時間と共に自動的に糸が切れるように調

器の管を通せるほどの穴をあけ被害者が寝静まった後に穴から二酸化炭素消火器を噴射し中毒死

化】の魔法を施した紙を挟んで固定させその上に撲殺死体を置き天刻ヤヒメが魔法を解除した瞬

予め天井に無数のリングを設置し透明なテグスを迷路状に巡回させどのリングを通っていたか判

ーの【天候操作】で雨を降らせた日に溺死させた死体を海に投げ込み海難事故に遭った風に装い

毒のガスをゆっくり放出する多孔質の石をを暖房内部に入れて室温上昇時のみ濃度を増加させ殺

ホの音量を最大にしておき通話をかけた時の着信音の振動でスマホ自体が少しずつ移動するよう

を気絶させた後項部にクッションを挟み斜め上向きに索条痕を残すように頸部を圧迫し殺害する

害したあと死体をサウナに入れサウナの天井裏に仕込んでおいた重りを溶解性接着剤で支え第三

誘い利用可能性ヒューリスティックを刺激させ相手からのメッセージを受けたあと殺害現場に行

規則違反に当たらないので殺害した後の死体は外から立入禁止エリアの内部に投げ込んで上から

屋根裏に十分な酸素が行き渡るようにして部屋の天井に穴をあけ可燃性のガスを充満させておき

出かけているのを確認したあと清掃のために部屋を訪れる銃業員に紛れて部屋に侵入し内部に毒

閉音を録音し被害者がまだ生きているよう偽装する録音を削除した後に復元できるのかは要確認

ギロチンの刃をロープで天井に固定させ靴の裏に仕込んだ刃物で両手が塞がっている状態でロー

燭の先端部が部屋の外に突き出るように設置し外から着火し蝋が溶けて部屋の内部に熱源が入り

ラスを鋭利なナイフの形に切り抜き被害者を刺し殺した後鍋に溜めたサラダ油の中に凶器を沈め

コンセントに挿した銅線を大浴場の床に敷いておき上から水を撒いて通った者を感電死させる上

を管に詰めフロートバルブを別の物体に変えて閉まらないようにしレバーを引いた瞬間に止水栓

てから懲罰房にあったモーニングスターを振り子の要領で被害者の頭部目掛けて押し出し殺害す

熱伝導率の差で局所的に温度を上昇させるようにし被害者がいた椅子だけ発火に至る椅子には予

めたワックスで仮止めし蒸気による融解で徐々に板が傾くように固定する板の上には鉄球をいく

夏のエリア開放初日の海水浴後の出来事から考えて田中ナツミの魔法は【時間停止】ではなく【

害者の部屋に小麦粉を散布しておきドアを開けるとファイヤースターターのロッドとストライカ

二階に上がって図書室に入ったのを確認してから階段上段に油を撒き転落死させるアリバイ工作

ウナで蒸し殺した後死体を温泉の屋根に固定し水不足による雨で死体がずり落ちて温泉の中へ落

リープ現象でプラスチックの逆側に固定していたボトルを自動的に落とし落下音が鳴ると同時に

冊の本を一ページずつ噛み合わせて重ねて作った土台の上に重りを置き本を着火し紙が燃えると

殺した後タブレットでの通話中にスマホに録音しておいたゲーム筐体の音を流し娯楽室にいるよ

ウッドフェンスを切断しいつでもテラスから出入り出来るようにし被害者が寝静まった後に殺害

の方向から光を当て影を偽装した上で像を倒し圧死させる像の根元には老朽化して倒れたように

通話に意識を集中させている隙にドライアイスによる二酸化炭素を沈殿させておき被害者が屈ん

殺した後部屋着を盗み被害者の服を着てタブレットで地図を見る振りをしながら顔を隠しその姿

瞬間接着剤を入れておき被害者がそこにバスタオルを入れた瞬間発熱しその熱で予め撒いておい

テル地下の懲罰房のアイアンメイデンの中に死体を隠す目撃証言として被害者は規則違反をして

室の本棚背面に糸を張り糸でもたれ掛かる形で傾けた棚を仮固定させ糸を切断した瞬間にドミノ

槽に入れ蓋を閉めて隙間から水を入れ水位を上げやがてボールが蓋を押し出し蓋の上に載せてい

流下で自動的にバネの圧力が開放される装置から弾丸を射出させ殺害する周囲にはカモフラージ

火線を切り取って繋ぎ合わせ長い導火線を作りホテルの宿泊部屋のウッドフェンスの外周に這わ

には雨除けをしてもう片方の皿のみ雨が溜まるようにしシーソーの原理で一定時間が経てば死体

房の冷凍庫の中に閉じ込めて凍死させる入口には重量のある箱を置いておき銃業員が置いたよう

を設置し回転で切断させ予め設置ておいた灯油を調理中の被害者の上部から落下させ焼死させる

中毒で殺害したあと塞いでいた窓を開け部屋の鏡に虫を放し自らの【念殺】の魔法で自分自身を

固定した包丁に向かって突き飛ばし刺殺する包丁が刺さった時の弾みで固定具が外れ死体諸共倒

細管内でブリッジ現象を意図的に発生させ外部からの振動で崩壊させて砂が再流動し被害者がそ

 

 

 

 

「これ……何、これ……」

 

シロが後ろから覗き込み、絶句する。

 

そこには、日記なんて呼べるものは一行もなかった。

 

夥しい数の「殺」と「死」の文字。

 

一ページ目から最後の一ページまでびっしりと、

私たちを殺すためのプロットだけが書き連ねられていた。

 

私は、狂ったようにページを捲る。

 

どこかに、どこか一箇所くらい、楽しかった思い出の記述があるはずだ。

「今日はみんなと推理アドベンチャーゲームをした」とか、

「お昼に食べた食堂のパエリヤが美味しかった」とか、

「みんなでストロベリーハウスに泊まって、楽しい夜を過ごした」とか……。

そんな、私が信じたかったライトの思い出が──。

 

 

 

 

ない。

 

 

どこにもない。

 

 

 

「は、はは……」

 

私の口から乾いた声が出る。

 

呆れでも嘲笑でもない。

ただ、反射的に漏れ出た声。

 

ライトはこの島に来てから。

私たちが彼女と笑い合い、お喋りをし、一緒に過ごしたあの時間の裏で。

 

ずっと、ずっと、私たちの誰かを。

 

いつ、どこで、どうやって殺すか。

 

それだけを、ただそれだけを、この真っ黒なノートに吐き出し続けていたのだ。

 

「ずっと……だったんだ」

 

私の視界が、絶望で歪む。

私たちが「仲間」だと思っていたあのライトは、どこにも存在しなかった。

 

「……あ、は……はは……」

 

 

私の心が黒く、黒く染まっていく。

 

 

 

私はその黒いノートを、吐き気を催すような拒絶と共に、ただ閉じるしかなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ツートンカラーのプリティなクマちゃんは左が黒、右が白。

 みんな覚えた? うぷぷぷぷ」

 

「天刻ヤヒメさんの死体は『生物室』にて保管済み、

 贄熊ライトさんは『懲罰房』のアイアンメイデンにて拘束、拷問中です。

 後者の方は機を見て……で良いんですよね?」

 

「うん、"ドゥオデキム"でサクっと殺っといて。

 万が一にでも逃げ出してのそのそ這い廻られても普通に迷惑だし。

 それにしても、ライトちゃんの方はともかく、ヤヒメちゃんの方はな~。

 あの子の右手は──って、まぁいいかもう死んでるし。んじゃ、ライトちゃんの方はよろしく」

 

「……了解しました。それと──」

 

「はいはい、『冬のエリア』の準備出来たんでしょ? 

 ていうか整備するほど設備あったっけ?」

 

「先に言わないで下さいよ。

 ……まぁ、他のエリアに比べれば比較的、準備が楽だったのは事実ですが」

 

「じゃあ、定時連絡も以上だね。

 ……うーん、なんか物足りないな。今回、一人二人が散々喋ったせいで、

 こっちのセリフ枠が食い潰された気分。ねぇ、世間話でもする?」

 

「では私はこれで失礼します」

 

「冬のボーナスやるから」

 

「世間話とは?」

 

「ライトちゃんがあんなに熱く推理小説への愛憎を語ってるのを見て思いついちゃったの。

 完全犯罪の方法」

 

「はあ、それはまた突拍子もないことを」

 

「いい? 誰も知らない謎の薬を使ってころっと殺っちゃえばさ、

 それだけで誰にも暴けない完全犯罪にならない?」

 

「ソウデスネ」

 

「何だよその反応。私なら可能じゃん」

 

「まぁ、魔女ですもんね……。あ、魔女で思い出しました。

 あの『アゾット儀式』の本、何のために書いてるんです?」

 

「あー、あれ。()()()()が私にした仕打ちを教えてやろうと思ってさ。

 今思い出してもむかっ腹立ってくるな。

 書いてる最中によく筆折らなかったもんだと自分を褒めてやりたい」

 

「本当に魔女が紛れ込んでるってバレますよ」

 

「別にバレてもいいかなって。私も買い被り過ぎてたねぇ。

 もう気付く頃合いかな~って思ってたんだけど、一向に誰も気づかないの。

 おままごとの犯人探しに夢中で、私の影にさえ目が向かない。

 しょーがないから馬鹿共のためにちょっとしたヒントをやってるの。それも兼ねてるんだよ」

 

「そこから足を掬われるようなことにならないよう祈ってます」

 

「何それ嫌味? 心にもないことを。

 嫌な上司はいなくなってくれた方が嬉しいと思ってるくせに」

 

「……」

 

「否定しろ~?」

 

「……」

 

「……ま、いいや。何にせよ、ライトちゃんの置き土産が効いたみたい。

 かなり良い感じで仕上がってきてるよ。後二押しくらいかな?

 このままノンストップで行ってみよう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「後半戦、スタートだ」

 

 

 

 

 

第3章 八角館の殺人 終

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