魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

35 / 35
※第4章のメイントリックは、
『占星術殺人事件』(島田荘司 著)のトリックを参考にしています。
本作は、上記作品の優れたトリックと構成に深い敬意を表しつつ、
その発想をもとに独自の構成を加えています。
未読の方は本章の前にぜひ一度ご覧いただくことを強くお勧めします。


第4章
生ける魔女の死 Part1


『憂鬱とは、何も起こらないこと』

 

私は昨日読んだ物語の一節を頭の中で繰り返す。

 

いつの間にか、視界の端々でゆらゆらと炎が立ち昇っていた。

ぱちぱちと爆ぜる音が、耳の奥にこびりついて離れない。

 

『明日が今日と同じであると知っていること』

 

思い出したくなかった。

瞼の裏に焼き付いた、濡れた冷たい地面に横たわるヤヒメの姿を。

考えたくなかった。

信頼を、冷たい刃で切り刻んでいったライトのあの最後の言葉を。

 

ヤヒメが死んでしまったこと。

ライトがヤヒメを殺し、誰にも明かさなかった本性を露わにしたこと。

 

私はその現実から目を背けるように、物語の内容を反芻した。

 

「憂鬱こそ、が、……最も静かな平和のかた、ち……」

 

自分の発した掠れた声で、意識が浮上する。

 

「……っ」

 

目を開けた瞬間、やけに白いホテルの天井が目に入る。

夢の中で燃えていた炎の熱狂はどこにもない。

 

(……そうだ、私は)

 

眠りに落ちる前の光景が断片的に蘇る。

 

惨劇の余韻が支配する法廷から逃げ帰り、ヤヒメの死とライトの裏切りを頭から追い出すために

私は貪るように、スマホに写った紙束の内容を読み耽っていた。

そうやって心を無にしようとしていたんだ。

 

「……」

 

私は枕元に転がっていたスマホを手に取る。

昨夜、読んでいるうちに意識を手放した文章がそのまま映し出されている。

 

 

『第一篇』

────────────────

 

とある時代、人の世を離れた場所に、七人の魔女がいました。

 

彼女たちは皆、並外れた力を持つ存在でした。

それぞれが、人の心に巣食う

 

『傲慢』『強欲』『嫉妬』『憤怒』『色欲』『暴食』『怠惰』

 

の七つの罪を司っていたといわれています。

 

七人は皆、ただの魔女で終わることを良しとせず、

更に上位の存在である『大魔女』となることを目指し、互いに競い合っていました。

魔法の研究に没頭する者もいれば、禁忌の薬を生み出す者もいました。

弟子を集め、勢力を築き、力を蓄え、信仰を広め、

誰が最も強い魔女であるかを競り合っていたのでした。

 

やがて七人の間には、否応なく力の差が現れます。

序列が生まれ、一位から七位までの順位が定められました。

 

力の強い順に、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、嫉妬、傲慢。

 

けれど、その序列は最初から歪んでいました。

 

一位とそれ以外の差があまりにも大きすぎたからです。

 

「憤怒」を司る魔女の突出した力──

 

彼女の前では、二位以下の魔女達の差などほとんど意味を持ちません。

同じ魔女でありながら、まるで次元が違っていました。

それほどまでに憤怒の魔女の力は圧倒的でした。

 

ですが、その力は次第に世界を蝕んでいきます。

怒りは争いを生み、争いは破壊を呼び、

やがて世界は憤怒の魔女の影響によって荒れ果てていきました。

 

このままではすべてが焼き尽くされる。

そう悟った六人の魔女達はある結論に辿り着きます。

 

――憤怒の魔女を討たねばならない。

 

しかし、力で対抗することは不可能でした。

残る六人が全員で対抗しても倒せるとは限らないほどに、憤怒の魔女の力は強大だったのです。

 

そこで選ばれたのが、古くから伝えられてきた儀式。

 

とある世界で行われたという

魔女因子を持つ13人の少女達による

魔女降臨の儀式を"模した"、禁断の儀式でした。

 

────────────────

 

 

『第二篇』

────────────────

 

その禁断の儀式とは──

「憤怒の魔女」を除いた六人の魔女が、

自らが最も誇る力の象徴を六つの「パーツ」として捧げ、

それらを"サラマンダーの火"と呼ばれる特別な火にくべることで、

六人の全ての力が組み合わさった完全なる第八の魔女――

「憂鬱の魔女」を呼び出す、『アゾット』と呼ばれる儀式でした。

 

古来より、魔女達は火には特別な力があると信じてきました。

火は形あるものを焼き、偽りを剥がし、

その奥に潜む本質だけを残す聖なる媒介。

罪を裁くときも、契約を結ぶときも、

最後に選ばれるのは常に"火"だったのです。

 

そして"サラマンダーの火"は、

魔女が持つ不死性すら焼き尽くす、聖なる火でした。

一度その火にくべてしまった六つのパーツは、二度と戻りません。

切り取って捧げた部位は、二度と再生されません。

 

魔女達は自らの誇りをその火に委ね、余分な肉も焼き払い、

本質であるその力の核だけを捧げようとしました。

捧げる部位によっては、魔女達は死をも覚悟して臨まなければなりませんでした。

 

そうして呼び出される「憂鬱の魔女」は、平和の象徴とされていました。

 

憂鬱とは、何も起こらないこと。

明日が今日と同じであると知っていること。

争いも、欲も、変化すらも失われた、退屈で静かな世界。

 

停滞は人の心を鈍らせ、退屈は時に重く沈ませます。

だが同時に、怒りを燃やす理由も、

剣を振るう理由も与えません。

 

だからこそ、魔女達はそう考えました。

 

――"憂鬱"は、最も静かな平和の形なのだと。

 

変革と破壊の象徴である憤怒の魔女に対抗出来るのは、

停滞と安定の象徴である憂鬱の魔女だけ。

 

その力によって、憤怒の魔女を撃ち滅ぼし、

世界に平和を取り戻そうとしました。

 

それがこのアゾット儀式の本当の目的だったのです。

 

────────────────

 

 

私はぼんやりとその文章を眺め続ける。

 

この物語の中では、変化も争いもない「憂鬱」こそが救いであり、平和の形なのだと説かれている。

 

何も起こらないこと。

昨日までの私なら、そんな世界は退屈だと思っていた。

毎日同じ景色で、何も変わらなくて、何の刺激もなくて。

 

そんな日々があったとしても、きっと息が詰まる。

 

けど──

 

「……何も起こらない方が、良かったじゃん」

 

気付けばそんな言葉が口から漏れていた。

 

ヤヒメが死ぬくらいなら。

ライトがあんな風になるくらいなら。

 

何も起きないまま、ただ退屈に、平和に、時間だけが流れていく方がずっと良かったんだ。

 

私はスマホをぎゅっと握り締めた。

 

 

その時だった。

 

 

『……えー、テステス……島内アナウンス、島内アナウンスです』

 

ホテル中に設置されたスピーカーから、ノイズ混じりの無機質な声が響き渡る。

 

『ご宿泊の皆さまは、速やかに中央ホールへお集まりください』

 

『新しく開放されるエリアについてのご説明があります』

 

プツン、という音と共にアナウンスが切れる。

後に残されたのは、以前よりもさらに深い、底冷えのするかような静寂だけだった。

 

新しいエリア──その言葉だけで、胸の奥が嫌な風にざわついた。

 

カンチョーは、まるでイベントの案内でもするような軽さで次を始めようとしている。

何事もなかったみたいに次のステージへ進もうとしている。

 

「くそっ……」

 

私は乱暴に布団を蹴り飛ばし、ベッドから立ち上がった。

 

顔を洗うために洗面台へ向かう。

 

鏡に映った自分の顔は、思った以上に酷かった。

目の下には薄っすら隈が浮かび、髪もぼさぼさだ。

昨日、まともに眠れた気なんてしない。

 

私は水で顔を洗う。

その冷たさで、どんよりと頭の中を覆っていたもやが少しだけ晴れた気がした。

 

いつものパーカーに袖を通し、タブレットを手に自室から出る。

 

 

通路は思った以上に静かだった。

 

(……五人もいなくなれば、当たり前か)

 

時刻は9時過ぎ。

かつては朝のこの時間、誰かしらの声や足音が聞こえてきたはずなのに。

 

ふとよぎった空虚さを払いのけるように、私は足早に中央ホールへと向かった。

 

ホールに入ると、静まり返っていた通路とは打って変わり、そこにはいつものみんなの姿があった。

 

その光景を見た瞬間、私は自分でも気付かないくらいほんの少しだけ安心していた。

 

「みんな、おはよう」

 

私が声を掛けると、入口付近にいたナツミ、リンリ、シロがこちらを振り向いた。

 

「おはようさん」

「おはよ」

「おはよう、マキちゃん」

 

返ってきた声は、それぞれいつも通り──……とは、やっぱりいかなかった。

みんなどこか無理をしているのが分かる。

 

「おはよう」

「……おはようございます」

「……はよっす」

 

少し離れた席にいたノクス、イリス、ハイジが続けて挨拶を返してくる。

やはりみんな、どこか疲れたような顔をしている気がした。

 

「みんな、ひっどい顔してんなぁ」

 

ナツミが冗談めかして言う。

 

「あんたにゃ言われたくないわー」

 

その冗談のキレもどこか鈍いせいか、雑にリンリが返す。

 

ふと、ミサとマリーが離れた位置にいるのに気付く。

 

私はそちらへ歩み寄る。

 

「おはよう、ミサ。マリー」

「……おはよう」

「……」

 

ミサは視線を合わせ、短く挨拶を返す。

けれど、隣のマリーは俯いたまま何も言わなかった。

 

「……ほら、マリーも」

「……おはよう」

 

ミサに促されて、マリーも返事を返す。

 

(……)

 

マリーに元気がないのも、無理はない。

ヤヒメと一番仲が良かったと言っても過言じゃなかったんだ。

 

それが、あんな……。

 

「ごめんね、マキ。

 マリー、まだ気持ちの整理がついてないみたいだから。

 気を悪くしないで」

「うん、分かってる」

 

ミサが、マリーを支えるようにどこか気丈に振る舞う。

 

……ミサも、本当は相当きついはずだ。

 

ライトに利用されて、裁判では何度もそのことを蒸し返されて。

なのに今は、自分よりマリーを優先して支えている。

 

……もしかしたら、誰かを支えていないと、自分まで崩れてしまいそうになるのかもしれない。

 

私はそっとその場を離れた。

 

そのとき──。

 

羽の羽ばたく音が中央ホールに飛び込んでくる。

 

「……あ、皆さんお揃いですね、おはようございます。

 やっぱり、人数が少なくなると団体行動もまとまってくるんですかね?」

 

カンチョーが首を傾げながら、いつも通りの間延びした声を響かせる。

昨日、何が起きたか……そんなことには一ミリの関心も持っていないような、神経を逆撫でする口調だった。

 

「何だよそれ……」

 

思わず零れた私の呟きを、カンチョーは軽く受け流して続ける。

 

「そんなに睨まないで下さいよ。

 ……例によって新しいエリアが開放される運びとなりました。

 お手元のタブレットをご覧ください」

 

カンチョーが羽を振る素振りを見せると、全員のタブレットに通知が入る。

 

「……」

 

私は無言でタブレットへ視線を落とす。

 

【挿絵表示】

 

「えー、『冬のエリア』が開放されます。

 他のエリアとは違ってレジャー施設も少ない寂しい場所ですが……。

 まぁ、行けるようになりますので、はい」

 

タブレットを見ながらカンチョーは続ける。

 

「あ、それと……秋のエリアは封鎖されます。

 ……はぁ、あそこ、整備が大変なんですよねぇ。

 雨とか降るとすーぐ木々が生長してしまいますので……」

 

その言葉に、マリーがびくりと小さく肩を跳ねさせる。

 

その様子を横目で見たナツミがカンチョーに向かって言い放った。

 

「……ほんっま、一言多いやっちゃな。

 それ以上しょうもないこと言うたら焼き鳥にして食うてまうで」

「そうだそうだ。塩で食うぞ塩で」

 

ハイジがナツミに続くようにだるそうな声で抗議する。

 

「いやはや、怖いですねぇ。素材の味を楽しまれたくはないですね。

 では、用件はこれで……」

 

まるで他人事のように受け流す。

そうやって羽を広げて飛び立とうとしたその時、ミサが前に出てカンチョーに問い詰めた。

 

「ねぇ、ライトはどうなるの?

 魔女化したのなら処刑できないよね」

 

その言葉に首をミサの方に向け、少し置いてからカンチョーは言う。

 

「……あぁ、ご心配なく。贄熊ライトさんは『懲罰房』で拷問を行ったのち、

 こちらでちゃんと処刑を執り行いますので」

「……どうやって? 魔女化したら死なないんでしょ?」

「ですので、ちゃんとそういう時のために……」

「"ドゥオデキム"で?」

 

遮るように放たれたミサの言葉に、カンチョーの動きがぴたりと止まった。

 

「あぁ、何か言ってたね、『魔女を殺す薬』って」

「や、やっぱり、実在するんですね……」

 

リンリとイリスがカンチョーの方へと視線を向ける。

カンチョーは数秒黙ったあと、やれやれとでも言いたげに羽をすくめた。

 

「……ええ。ドゥオデキムで処刑しますので。

 みなさんは安心して楽園生活を続けていただければと。

 あ、新エリアの探索はご自由に」

 

そう言って改めて翼を広げて飛び立ち、カンチョーは中央ホールを後にした。

 

その姿が見えなくなった瞬間、

ホールに、どっと疲労感みたいな沈黙が落ちる。

 

「……なんやねん、あいつ~」

「まともに相手するだけ無駄でしょ。

 それよりも、もう脱出する糸口はこの冬のエリアくらいしかないよね。

 だったら、さっさと探索に行きましょ」

 

リンリが手元のタブレットのマップを見ながら言う。

 

その言葉に、私は小さく頷く。

確かに探索自体には賛成だった。

こんな場所で立ち止まっていても、状況は何も変わらない。

 

……けれど、私の頭には、昨日からずっと引っ掛かっていることがあった。

 

「ねぇ、みんな。昨日ノクスから一斉送信メールが来たと思うんだけど……。

 この物語、誰が書いたとか知ってる?」

 

私はスマホに保存していた写真をみんなへ見せる。

あの"アゾット儀式"について書かれていた不気味な文章だ。

確か、ナツミとハイジからは返信が来てないとノクスが言っていたはずだ。

 

「……あぁ、それ昨日の裁判が終わったあとにメール届いてるの気付いたんだけど、

 あたしは心当たりないよ」

「ごめん、ウチは初見や。ウチも知らんで?」

 

ハイジとナツミが怪訝そうな顔をして返す。

 

「『第一編』は図書室に置かれていて、『第二編』はカンチョー資料館に置かれていたの。

 咎める気なんて全くないから、誰が書いたか教えてくれないかしら?」

 

ノクスが周りを見回しながら尋ねる。

 

だが、誰も手を挙げなかった。

 

「……管理側が置いた、とか……?」

 

シロがスマホを覗き込みながら言う。

 

「いえ、カンチョーはあくまでも"知らない"と言ったスタンスだったわ。

 本当かどうかはともかくね」

「……じゃあ、参加者の誰かってこと?」

 

ハイジが不安そうに呟く。

 

その瞬間、ホールの空気がぴり、と張り詰めた。

 

……嫌でも思い出してしまうからだ。

仲間だと思っていた相手が、裏で何を考えていたか分からなかったことを。

 

「……最初のアテナへの投票といい、この物語といい……

 明らかにおかしな行動をしている人物がこの中にいるわ」

 

ノクスの言葉が、冷え切ったホールに鋭く突き刺さった。

 

「……アテナの件も、結局うやむやになったままだもんね」

 

リンリが腕を組むようにして呟く。

 

最初の投票──アテナへ投票された四票のうち、三票は誰のものか明らかになっている。

けれど残る一票だけは、未だに正体不明のままだった。

誰が何のためにアテナへ投票したのか、結局それは今でも分からない。

 

「あの、もしかしたら……ヤヒメちゃんか、ライトちゃんの悪戯だった、とか……?」

 

シロが恐る恐る言う。

 

「あの二人が、こんな意味のないことをするとは思えないけど……」

 

私が呟く。

 

「まぁそもそも、内容自体がよう分からんしな。

 何や、六つのパーツを火にくべるて。燃やしてどないすんねん!」

「……なんか、それぞれ最高パーツを組み合わせて最強の魔女を作る、って書いてるよね。

 高スペックのCPUとかグラボとか積んだ最強自作PCみたいな感じ?」

「どんな表現なのよそれ……」

「だって分かりやすいじゃん」

 

リンリの呆れた視線を受け流しながら、ハイジは鼻を鳴らす。

 

最高のパーツ──魔女たちの誇る力の象徴を六つ。

 

それらを"サラマンダーの火"と呼ばれる特別な火にくべることで、

六人の全ての力が組み合わさった完全なる第八の魔女――"憂鬱の魔女"を呼び出す……。

 

改めて考えると、かなり気味の悪い話だった。

 

「……ま、誰も名乗り出ないんならさ。

 そんなおとぎ話のことなんかここで考えてても仕方ないでしょ。

 とりあえず、新しいエリア行くわよ!」

 

リンリが淀んだ空気を切り裂くように言い放つ。

 

「きっと最後のエリアかもだし、ここに脱出口があるはずよ!」

「せやな。なんしか動かんことには始まらんで。冬のエリア探索行くで~!」

 

ナツミもそれに同調し、努めて明るい声を張り上げる。

 

「そうですねっ! 海沿いみたいですし……何かあるかもしれません!」

 

その声に背中を押されたのか、イリスも積極的だ。

 

「あ、新エリア行く前に、一応あたしの魔法で寿命視とく?

 ほら、滑ったりして事故ったらアレだし……」

「あー……、そういやそんな魔法やったな……。

 ハイジちゃんすっかり空気で完全に忘れてたで」

「ナツミ以外ね」

「ごめんて」

 

ナツミが苦笑いしながら両手を合わせる。

 

ハイジが一人一人寿命視て回る。

 

「……うん、とりあえずみんな一時間以内は大丈夫そ」

「っし! ほな準備万端、出発や!」

「今回こそ抜け道見つけるわよー!」

 

……みんな、希望を探そうとしている。

この島のどこかに、終わりへ繋がる何かがあるって信じようとしていた。

 

「……行こう、シロ」

 

私はその希望に縋るように、シロへと視線を向けた。

 

「……うん。マキちゃん、行こう」

 

私たちはタブレットを手に、中央ホールの出口へ向かって歩き出した。

 

 

ホテルを出ると、相変わらずの春のエリア特有の暖かく湿った風が頬を撫でる。

 

けれど、タブレットのマップを頼りに進んでいくにつれて、その風は徐々に冷たさを帯びていった。

肌に触れる湿度が減り、代わりに乾いた冷気が混ざり始める。

 

「うわ……ほんとに寒くなってきた……」

「うひー……あたし寒いのむりぃ」

「もう暑いのも山も全部無理やんハイジちゃん……」

 

シロとハイジが肩を竦めながら呟く。

その吐息は、もううっすら白い。

 

視界の先には、春のエリアにあったものとはまた別の桟橋が伸びていた。

 

その周囲には薄く雪が積もっている。

 

「あっ、ほら! ここから船で出られるんじゃ……!?」

 

リンリがぱっと表情を明るくし、桟橋を指差す。

 

「……でも、船がどこにも見当たらないよ」

「え……」

 

ミサが周囲を見回しながら静かに言うと、リンリの表情が曇る。

 

「ん~……結局春のエリアとおんなじやな」

「と、とりあえず進んでみましょう……!」

 

ナツミとイリスが白い息を吐きながら言う。

 

「マリー、寒くない? 私のマフラー貸してあげようか?」

「……いい。大丈夫」

 

ミサが気遣うように声を掛けるが、マリーは小さく首を横へ振った。

 

その声にはやっぱり元気がない。

ミサは少しだけ心配そうな顔をしたあと、それ以上は無理に何も言わなかった。

 

私たちはそのまま道を進んでいく。

道をゆく足元には雪は積もっていないが、少し道を逸れると真っ白な雪景色が顔を覗かせる。

 

少し遠くにはうっすらと雪を被った針葉樹が何本も並ぶ。

明かりは点いていないが、イルミネーションのような電飾が施されていた。

 

すると、少しずつ冬エリアの全景が見え始めていた。

 

「……あ」

 

シロが小さく声を漏らす。

 

その視線の先──まず最初に見えてきたのは、巨大な円形のスケートリンクだった。

周囲には、スケートリンクを囲うように照明が設置されている。

 

「うわぁ……!」

「でっか」

 

シロとハイジが呟く

 

リンクは想像していたよりずっと大きい。

その表面は曇った冬空を鈍く反射していた。

 

そのスケートリンクへと続く道の左手に、小さな小屋のような建物が見える。

 

「あれは……」

「……マップによれば、『倉庫』らしいわね」

 

私の声に、ノクスがタブレットを確認しながら答えた。

 

「何が入ってるんやろ~?」

 

ナツミが言いながら、倉庫の扉へ手を掛ける。

 

 

◇倉庫

 

 

「おぉ……?」

 

扉を開けたナツミが小さく声を漏らす。

 

倉庫の中には、綺麗に整理された冬用レジャー用品が並んでいた。

 

壁際にはスキー板とストック、棚にはサイズごとに並べられたスケート靴。

子供用らしい小さなソリまであった。

 

ここで休憩出来るのか、安楽椅子もいくつか置かれていた。

奥には、ひっそりと赤いポリタンクがいくつも積まれている。

そして部屋の中央付近には大型の石油ストーブもある。

 

「うおー! さぶさぶ~」

 

ハイジが真っ先にストーブへ駆け寄り、点火する。

ごう……と低い燃焼音が響き始め、冷え切っていた倉庫の空気がじわじわあたたまっていく。

 

「あったけぇ……」

「ふわぁ……」

 

ハイジとシロがその場へしゃがみ込み、幸せそうにストーブへ手をかざした。

 

「ここから持って行って、外で滑るって感じか」

「なんや、レジャーあるやん。

 カンチョー、なんかそういうの少ないって言うてたのに」

 

私の言葉に、ナツミが壁に立てかけられたスキー板を見ながら言う。

 

「うわ、灯油くさっ」

「ちゃんと中身たっぷりですね」

 

ポリタンクのキャップを開けて、リンリとイリスが呟く。

 

「マリー、どう? 興味ある?」

「……」

 

ミサに尋ねられた当のマリーは、ソリをじっと見つめていた。

それほど身長差はないのに、傍から見ればまるで親子のようだった。

 

マリーは少し迷うように視線を泳がせたあと、小さくソリへ触れる。

 

「……これ、乗っていいの?」

「もちろん。怪我しない程度なら」

 

ミサが静かに頷いた。

その瞬間だけ、マリーの表情がほんの少し緩む。

 

私はその様子を横目で見ながら、倉庫の奥へ視線を向けた。

 

「……?」

 

ふと、倉庫の奥に床下収納のようなものが見えた。

私は近づき、取っ手を持ち上げて中を覗いてみる。

 

が、小さめの浴槽くらいのスペースが広がっているだけで、中は特に何も入っていなかった。

 

「何々、秘密の抜け穴!?」

 

リンリが急いでこちらへやって来て、中を覗き込む。

けれど、すぐに「あー……」と露骨に落胆した声を漏らした。

 

「まぁ、そう都合良く脱出口なんてないよな」

 

私は床下収納を閉じながら言う。

 

ただの冬用レジャー置き場だということを悟ると、

私たちは、すっかり暖まった部屋の空気へ名残惜しそうに別れを告げて倉庫を後にした。

 

雪の積もっていない道を進むと、小高い丘が見えてくる。

 

今歩いている道とは違い、しっかり足跡がつくほど雪が積もっていた。

どうやらこの傾斜でスキーやソリを楽しむらしい。

 

手すりのない階段を滑らないように慎重に上ると、右手に小さな工房のような場所が見える。

 

 

◇炙りビン工房

 

 

「……いやそもそも"炙りビン工房"って何やねん!?

 もっと他にまともな名前あったやろ!?」

「うーん、本家のツッコミに比べると弱いな」

 

まくし立てるナツミに対してハイジがよく分からないことを言う。

 

「見た感じ、吹きガラス体験とかが出来るみたい。

 あと、ガラスを炙って好きな形とか模様に作り替えたり」

「まぁビンを炙って形整えるから炙りビン、なのか……?」

 

シロが小さな工房内を見て言うと、私は無理矢理納得する。

 

「……特に気になるものはないわね。行きましょう」

 

ノクスが数秒だけ見回すと、淡々と言った。

もうあなたが言うのならそうなんでしょう、と言った風にみんなが続々と謎の工房を後にする。

私たちはこの工房に名前を付けた人物の、

ネーミングセンスの闇に怯えながら次の目的地を目指した。

 

「もうちょい捻ったツッコミで……

 "なんか寿司ネタとかにありそうやな!?"とか……

 "対義語は茶碗蒸し工房とかなんか!?"とか……

 ……いや、まだ弱いな……」

 

ハイジにダメ出しを喰らったナツミがツッコミの練習を続けているのは見なかったことにした。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

原罪:自称ニセモノ名探偵  (作者:三日月ノア)(原作:魔法少女ノ魔女裁判)

虐待施設での惨劇事件を起こした橘シェリー。▼職員は殺害したものの、頭部に衝撃を受け、感覚を遮断できないほどの痛みのあまり気絶してしまう。▼ しかし意識を失った彼女は目覚めることなく・・・・・・▼代わりに目覚めたのは橘シェリーの身体に成り代わった一般社畜男性だった。▼思い出す。▼明日リリースされるはずだったゲーム、▼この世界は『魔法少女ノ魔女裁判』 だと。▼「…


総合評価:1338/評価:8.95/連載:25話/更新日時:2026年05月12日(火) 20:00 小説情報

パーペトレイターズ・ギルト(作者:【自爆】)(原作:魔法少女ノ魔女裁判)

またの名を、激鬱エマ。▼何故か未来の記憶を持ったエマが、自身の存在しない罪を償おうとする話。▼軽い性格改変があります。


総合評価:1620/評価:9.07/連載:11話/更新日時:2026年05月11日(月) 14:36 小説情報

魔法少女ノDr.STONE(作者:ゴータロー)(原作:魔法少女ノ魔女裁判)

ーー本当に、なんなんでしょうこれは?▼ある日、十三人の少女たちが目を覚ますと、そこは薄暗い檻の中。▼身に覚えもなく、絶海の孤島に存在する牢屋敷に閉じ込められていた。▼その中でメルルは、白菜頭の不思議な少年を目にする。▼混乱する彼女と、同様に捕らえられた少女たち。▼そこに現れた一羽のフクロウが告げる。▼魔女となる君たちの脱出は不可能ーー▼全員、囚人として生活し…


総合評価:1093/評価:8.92/完結:9話/更新日時:2026年03月24日(火) 21:00 小説情報

魔法少女ノ異世界生活(作者:ブナハブ)(原作:Re:ゼロから始める異世界生活)

まのさばの二階堂ヒロがリゼロの世界に迷い込んでしまうお話です。▼基本原作沿いです。▼※※※注意※※※▼本作では、魔法少女ノ魔女裁判に関する重大なネタバレがガッツリ含まれています。まだ触れてないけど気になっているという方は、こんな駄文でお目汚しになる前にまのさば本編をご覧になって下さい。


総合評価:1014/評価:8.97/連載:10話/更新日時:2026年05月02日(土) 19:43 小説情報

KSS警備学園奮闘記~うちの学校が廃校になりそうなので、先に独立することにしました~(作者:卵パサパサ感)(原作:ブルーアーカイブ)

 連邦生徒会長の失踪により責任者を失い、事実上機能を停止したSRT特殊学園。そんな状況を憂い、一人の生徒が行動に出る。▼ 樋渡カナメ―――SRTの空挺専門部隊「OWL小隊」を率いる、前世の記憶を持つ少女。彼女は小隊員と有志を率いてSRTを離反し、新たな学園を創設した。▼ その名は「KSS警備学園」。SRTの技術と理念を受け継いだ、民間軍事会社としての性質を持…


総合評価:1485/評価:8.72/連載:30話/更新日時:2026年05月13日(水) 07:03 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>