魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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生ける魔女の死 Part2

 

【挿絵表示】

 

◇食糧貯蔵庫

 

 

炙りビン工房から出て真っ直ぐ歩くと、ログハウス風の『食糧貯蔵庫』が見えてくる。

窓は小さく、分厚い木の扉には金属製の補強が入っている。

 

扉を開けて中に入ると、外の冬の空気とほとんど変わらないひんやりとした冷気が頬を撫でた。

 

「うわ中も寒っ……! ここ暖房とかないわけ?」

 

リンリが腕をさすりながら白い息を吐き出す。

 

「貯蔵庫ですからね……下手に温めたらせっかくの食材が全部傷んでしまいます」

 

イリスも寒さに耐えるような顔であたりを見回した。

 

中にはいくつもの棚が並んでおり、段ボールに入った食材がずらりと並んでいた。

地面に置かれた大きな木箱には果物や柑橘類まで入っている。

さらに別の棚には、缶詰や乾麺、調味料、保存食が整然と並べられている。

 

そして大きな鉄製の扉で仕切られた奥の部屋には、『冷凍庫』とマップにもある通り、

生肉や魚介類、一部の野菜や氷などが冷凍保存されていた。

 

「うぅ……こっちはもっと寒いよ……」

「なるほど、ここからホテルの厨房に食材を持って行って調理してたんだな」

 

両手を震えながら抱えるシロを見ながら私は頷く。

 

毎日毎日提供される美味しい食事の材料はいったいどこから出現していたのか。

私は妙に気になっていたその疑問がようやく解消され、納得しながら足早に冷凍庫から出て扉を閉めた。

 

「それはそうっぽいけど……。

 じゃあ、そもそもここの食材はどこから運ばれてくるの?」

「あ、たしかに」

 

ハイジの疑問に、シロが声を上げる。

 

言われてみれば、これだけ中身の詰まった大量の段ボールや木箱が、

ずっと最初からすべてこの島に保管されていたとは考えにくい。

特に果物の瑞々しさを見る限り、定期的な補給が行われていると考えるのが自然だった。

 

「もしかして、この冬のエリアに来る途中にあった桟橋は……

 この島に食料や消耗品などを運んでくる船が停泊する時のためのものとか、でしょうか?」

 

イリスが閃いたように声を上げる。

 

「なるほど……!

 じゃああの桟橋で網張って待ってれば、

 そのうち食料を届けにくる外部からの船を乗っ取って脱出出来んじゃない!?」

「うおっ、名案! これから毎日、みんなで冬のエリアの桟橋見張って……!」

 

リンリの言葉に続き、ハイジが言いかけた瞬間、外から羽の羽ばたく音が聞こえてくる。

 

「あのー……そんな無法を許すとお思いですか?」

 

木製の扉が開き、冷気と共に現れたのは──案の定、カンチョーだった。

 

「きゃっ……!?」

 

不意を突かれたマリーが短い悲鳴を上げて、ミサの背中に隠れた。

 

「カ、カンチョー……! どこから湧いて出たのよ」

 

リンリが気まずさを隠すように視線を投げつける。

自分たちの脱出計画をピンポイントで聞かれていたのだから無理もない。

 

「なんや盗み聞きか!?」

「人聞き悪いですねぇ……巡回してたら"船を乗っ取る"とか聞こえてきただけです。

 いつからこの島は海賊が跋扈するようになったんでしょうか。

 調理用のラム酒が目的ですか?」

 

カンチョーが羽をすくめながら続ける。

 

「あんまり強硬な手段を取られるようですと、こちらも銃業員で対応せざるを得ませんねぇ。

 ……あ、ちなみに。銃業員一人だけでも、あなた方が束になっても手に負えない程ですので……」

「は、はぁ? 流石にそんなのフカしに決まってんでしょ……」

 

さらっと放たれる言葉に、リンリがたじろぎながら言う。

 

「……やれやれ。この島に何人もの強力な魔法を持つ方々を連れて来るのですから、

 こちらもそれ相応の準備をしておくのは当然でしょう。

 ホント、今更ですがね」

 

カンチョーがため息交じりに言い終わると同時に、その後ろから音もなく銃業員が一人現れる。

相変わらずの巨躯──その背中からは、ライフル銃が無秩序に銃口を覗かせている。

 

「何なら、今ここで試してみますか?

 これだけ楽園生活の日数が経っていながら、今になって"見せしめ"が必要ですかね?」

「っ……!」

 

私たちは一斉に息を呑んだ。

 

銃業員は無機質な白い仮面をこちらに向けてただ立っているだけだ。

なのに、その仮面を向けられているだけで本能が警鐘を鳴らしてくる。

 

──戦ったら駄目だ、と。

 

「な、なによ……」

「ひぃぃ……」

 

リンリが一歩だけ後ずさり、ハイジが急いでリンリを盾にするようにその後ろに隠れる。

 

「ちょっとハイジ!?私を盾にすんじゃないわよ!」

「だ、大丈夫だって……! 寿命視てからまだ一時間経ってないし、リンリ死なないから!」

「おめーも自分の寿命手鏡で視てたから同じだろ!」

「そんなに怯えないでくださいよ。

 皆さんが大人しくしている限り、別にこちらから危害を加えるつもりはありませんので」

 

カンチョーのいつも通りの間延びした声が響く。

 

「ここから出られるのは、飽くまでも"卒業"という正式な手順を踏んだ場合のみですので。

 船を乗っ取るのではなく、ルールに則ってください」

「その"ルール"が、人を殺すことなんでしょう」

 

ノクスが低い声で返した。

 

「まぁ、そこは皆さんの自由意思ですので」

「どの口で言ってんのよ……」

 

リンリが吐き捨てるように言う。

状況をお膳立てしておいて「自由意思」などと、白々しいにも程があった。

 

「それで、何のために私たちにこんなことをさせるのかは未だに話せないのかしら?」

「……ええ、そうですね。ま、上の都合ってことで」

 

これまで饒舌だったカンチョーが、少しだけその鳴りを潜める。

 

「……じゃあ、魔女裁判を生き抜いて"卒業"の資格を得られたのなら……。

 船でこの島から出してくれるの?」

 

シロが怯えながら言う。

 

「ちょっと、シロ!」

 

私は思わずシロに向かって叫んだ。

 

「ち、ちがうよマキちゃん。よく考えたら、どんな風に卒業するのか聞いてなかったから……」

 

シロは私の気迫に気圧されたように慌てて首を振る。

 

「……もしその時は、春のエリアの方の桟橋に船が来ますので。

 正式な卒業が決定した場合のみ、管理側が安全に外部まで送迎させていただきます」

「……つまり、犯人だけってことやろ」

 

ナツミが低く呟いた。

 

「結局、誰かを殺さなきゃ出られないって言ってるのと同じじゃないですかぁ……!」

 

イリスが涙目で訴えかける。

 

「いやぁ、ですからそれは皆さんの自由意思で──」

「その理屈もういいから」

 

ミサがぴしゃりと遮った。

 

その時だった。

 

銃業員が、ゆっくりとこちらへ一歩踏み出した。

 

「っ……!」

 

空気が一気に凍り付く。

私は反射的に身構えた。

 

けれど銃業員は、そのまま近くのりんごが大量に入った大きな木箱へ歩み寄ると、

無言のままそれを持ち上げた。

 

「……おわ!?」

 

ナツミが間抜けな声を漏らす。

 

無理もない。

どう見ても一人で軽々持てる重さじゃない。

なのに銃業員は、何百キロはあろうかという大きな箱を、まるで空箱でも扱うかのように軽々と持ち上げている。

……いや、実際空箱だけだったとしてもかなりの重さはあるだろう。

 

「こちら、今日の搬入分なんですよねぇ。

 重いのでお気を付けください」

 

カンチョーが世間話をするかのようなテンションで、やや茶化すように銃業員に向かって言う。

 

そしてそのまま銃業員は、床をミシミシと鳴らしながら平然と木箱を抱えて、扉をくぐるようにして外へ出て行った。

 

「……うそでしょ」

 

リンリが引き攣った声を漏らした。

 

「いや、絶対人間じゃないってぇ……。

 あんなのに銃まで持たせるとか、ゲームのバランス調整ミスってるレベルじゃないって……」

 

ハイジが完全に怯えきった顔で、リンリの背中にしがみついたままガタガタと呟く。

 

「まぁこの通り、銃業員を何とかしようなんてことも思わないことですね。

 大人しくこの楽園生活を享受するか、ルールに則って卒業するか、そのどちらかです」

 

カンチョーはその様子を見て満足そうに、バサバサと不気味な羽音を立てて

銃業員に続くように、開いた扉の向こうへと消えていった。

 

バタン、と大きな音を立てて扉が閉まり、再び貯蔵庫にじっとりとした静寂と寒さが戻ってくる。

 

私は小さく息を吐き、握りしめていた拳をそっと解いた。

 

「何が楽園生活よ……」

 

リンリが悔しそうに毒づくが、その声にいつもの威勢はなかった。

外界への船があるという希望は、一瞬で絶望へと塗り替えられてしまった。

 

「……マキちゃん、行こう。ずっとここにいたら、本当に凍えちゃう」

 

シロが私の袖をきゅっと引っ張る。

その手は冷気のせいだけではなく、恐怖で小さく震えていた。

 

「……うん」

 

私たちはそれ以上何も語らず、逃げるように食糧貯蔵庫を後にした。

 

 

 

◇ラウンジ

 

 

倉庫、食糧貯蔵庫に続き、三つ目の木製の建物へと足を向ける。

 

丘の上の中心にあるその建物は、見た目はまるで雪山の高級ロッジのようだった。

三角屋根の大きな木造建築で、煙突からは白い煙が立ち昇っている。

窓は広く、暖色の灯りが雪景色へぼんやり漏れていた。

 

三段ある階段を上り、木製のドアを開ける。

 

寒々しく圧迫感のある貯蔵庫とうってかわり、ラウンジは広々とした華美な空間だった。

 

「うわぁ……綺麗……」

 

シロが感嘆の声を漏らしながら、パッと表情を明るくする。

 

高い天井に据え付けられたシャンデリア。

中央の壁には立派な鹿角の飾りがあり、その下には大きな暖炉がある。

中でパチパチと立てて爆ぜる炎が、部屋全体を心地よい温もりで満たしていた。

床には艶やかな飴色の木材が使われており、丁寧に磨き上げられた表面がシャンデリアの明かりをぼんやりと反射している。

窓のそばにはカウンターテーブルもあり、そこから飲食を楽しみながら外の雪景色を拝めるようだった。

 

だが、部屋中の壁に飾られているインテリアの中で、私が特に注視したものは──

 

「これって本物か……?」

 

壁に大きなボウガンが飾ってあることだった。

私はその存在感に、ぞくりと背筋を凍らせる。

 

「な、なんでこんなラウンジに平然と武器があんねん……」

「まぁ、飾りか何かなんでしょ。西洋甲冑とかああいう類の」

 

リンリが鼻を鳴らしながら、鈍く光を放つボウガンを一瞥する。

 

「うぅ……なんか、あからさまにこんな武器が置いてある部屋とか、あんまり調べたくないよぉ……」

「……でも、これだけの施設だもの。何か他にも情報があるかもしれないわ。勇気を出して調べましょう」

 

弱音を吐くハイジに対し、ノクスが冷徹にそう言い放ち、ラウンジの奥へと歩き出す。

 

「あ、マキちゃんがいっぱいおるで」

 

その緊迫した空気をぶち破るように、ナツミが妙に嬉しそうな声を上げた。

彼女がニヤニヤしながら指差したのは──

暖炉のそばにまとめて紐で縛って置かれている薪(まき)だった。

 

「……ホントだね。見てナツミ、火かき棒なんかも何本かあるよ」

 

私はそう言いながら近くに立てかけられていた火かき棒を手に取った。

 

「火かき棒って"ポーカー"とも言うらしいよ。

 なんでだろうね。火かき棒で誰かの頭を殴った時の効果音とかが由来かな」

「マキちゃん、それポカーどころやない」

 

ナツミがそう言いながら瞬時に私から距離を取り、ノクスの後に続いていった。

 

ゴム製のグリップ部分がやけに手に馴染むので、私は試しに火かき棒を振ってみる。

風を切るブォンという音がラウンジに響く。

 

「……」

 

ブン。ブン。

 

適度な重量感、そして滑りにくい持ち手の質感。無心でさらに二、三回空を切らせてみる。

 

ブン! ブン! ブン!

 

なんだろう、一太刀一太刀振るごとに、火かき棒と私が渾然一体となっていく錯覚に囚われる。

ゴムの感覚が手のひらに吸い付き、火かき棒が「相棒」という名前に変わっていくのを感じる。

なんだ、いける。いけるぞ……! こいつがあれば、あの銃業員にだって勝てる……!?

 

「な、なんか……マキから若干のパスみを感じるんだけど……」

 

ハイジのドン引きした視線に気づき、はっとして我に返って火かき棒をスタンドに戻す。

気づけばみんな、温まりに来たはずの暖炉の前から微妙に距離を取って私を注視していた。

ミサなんて、マリーの目を覆うようにして守っている。

 

「やけに似合ってたよね」

「あんまり嬉しくない」

 

シロの率直な感想に、私も率直な感想で返す。

 

危なかった。

一瞬だけダークサイドに落ちて火かき棒に魅了されるところだった。

 

私はこれ以上相棒(火かき棒)に視線を吸い寄せられないよう、そそくさとラウンジの奥へと足を向けた。

 

ラウンジ奥には、場違いなほど実務的な銀色のスイングドアがあった。

どうやらこのドアで、奥の厨房と仕切られているらしい。

軽く押してみると、ドアは抵抗なく奥へ開く。

 

中は、ホテルの食堂奥にある厨房と同じような造りだった。

 

ステンレス製の大きな調理台が中央に鎮座し、

その上にはプロ仕様の巨大なガスコンロや、何枚ものまな板が整然と並んでいる。

壁のラックには、磨き上げられたフライパンや片手鍋が大きさ順に吊り下げられており、いつでも調理を始められる状態だった。

 

「調味料だけで、食材は何もないみたいですけど……近くに食糧貯蔵庫があるので、

 そこから持ってくればいつでもここで料理出来そうですね」

 

イリスが調理台の下の棚を開けながら言う。

 

「ここで何かあったかいご飯作って、ラウンジのカウンターテーブルとかで食べてみたいね」

 

ミサが少しだけ表情を和らげながらマリーに語りかけるように言うと、マリーは小さくこくりと頷いた。

 

その時、厨房のさらに奥──壁際に二台並んで設置された、大型の業務用オーブンが目に入った。

ナツミとノクスがふと足を止め、オーブンの横に壁に貼られた説明書きを眺めている。

 

「プロ仕様の厨房ね。設備だけは一流のようだけど」

 

ノクスが小さく呟き、壁の説明書きを上から指先でなぞっていく。

私もその文字を覗き込んだ。

 

 

『最大800℃まで加熱可能。

 安全のため、加熱開始後はセーフティロック機能により扉が自動的に施錠されます。

 設定したタイマーが終了するまで扉を開けることはできません。

 加熱を途中で中止する場合は、「停止」ボタンを押してください。

 排熱完了後にロックが解除されます』

 

 

「うわ、最大800℃!?普通の料理にこんな火力要るか?」

 

注意書きの数字を見て、私は少し首を傾げた。

 

「"熱分解洗浄機能"で、高温で内部を焼却してオーブン内を掃除するためのものらしいですね……」

 

イリスが説明書きを見ながら言う。

 

ノクスが細い小さな小窓のついたオーブンのドアを引き、開けて中を覗き込む。

 

「高さ30㎝、横幅60㎝、奥行きは……1メートルと言ったところかしら」

「結構奥行きあるんだねぇ」

「ピザとか丸焼き料理用とか?」

 

後ろからやってきたシロとリンリが、二台並んだそのオーブンを横から覗き込む。

 

「これって、本格的なピザ窯とか、ナンを焼くためのタンドール窯の代わりに導入されるオーブンじゃないでしょうか?

 一気に何枚も奥まで滑り込ませて、超高温でパリッと焼き上げるための……」

「あー」

 

イリスの解説に、リンリが納得した様子で手のひらに拳を落とす。

 

確かに、大皿料理や大量調理用としてあっても不思議ではない。

オーブン下には引き出し式の金属トレーまで備え付けられており、かなり本格的だった。

 

「まぁ何にせよ、ホテルの厨房とおんなじくらいの設備があるってことね」

 

ミサが結論付けるように言う。

 

「でも、こんな設備あっても料理する人おらんよなぁ」

 

ナツミが肩を竦める。

 

 

 

「ライトなら張り切って使ってただろうね」

 

 

 

リンリがぽつりと言った。

 

その瞬間、空気が少しだけ静まる。

 

全ての音が、急に遠くなったような錯覚に陥った。

 

「……」

 

ミサとマリーが押し黙る。

 

胸の奥がざらつく。

 

あのホテルの厨房で、あの浜辺で、ストロベリーハウスで。

私たちのために、普通に料理して笑っていた彼女の姿を、どうしても思い出してしまうからだ。

 

「……そうだね」

 

シロが胸の前でぎゅっと両手を握りしめ、寂しそうに小さく頷く。

 

「……あ、ごめん」

 

気まずい沈黙を察して、リンリが慌てて口をつぐんだ。

自責の念からか、ツンとした視線が泳いでいる。

 

「……」

 

私はこれ以上、彼女について深く考えるのが怖くて、無意識に視線をオーブンの方へと逸らした。

どんなに楽しかった思い出も、今のこの状況下ではすべてが刃物のように心を抉ってくる。

 

その時だった。

 

 

ぐぅぅ~~~。

 

 

と、この重苦しい空気を一撃でぶち破るような、長閑な音が厨房へ響き渡った。

 

全員の視線が、反射的に私の元へと集まる。

 

「あ、え……?」

 

お腹を押さえたまま、私はその場で完全に固まった。

今このタイミングで、しかもあんなにシリアスな空気の真ん中で、

私の腹虫がこれ以上ないほど元気な声をあげてしまった。

 

「……マキちゃん?」

 

シロがじっと私の顔を見つめ、それから限界まで我慢するようにぷるぷると肩を震わせ始める。

 

「い、いや……だって、朝食食べてなかったから……」

 

私は言い訳するように、腕時計に視線を落とす。

時刻は11時を回っていた。

 

私たちが冬のエリアへ移動し、あちこち歩き回ってきたことを考えれば、胃袋が悲鳴を上げるのも当然だった。

 

「マキちゃん、そんなに真っ赤になって言い訳しなくてもいいよ~」

 

ついに耐えきれなくなったシロが笑い出す。

その笑顔につられるように、他のみんなの口元にも一気に笑みが伝染していった。

 

「ま、一通り調べ終わったことやし! 一旦ホテルに戻ってお昼にしよか」

「そだね、とりあえずメシ食って考えよう。ってかこのエリア寒すぎて早くホテルに戻りたい」

 

ナツミとハイジがフォローするように言う。

 

「賛成。こんな冷え切った場所にずっといたら、思考まで後ろ向きになりそうだわ」

 

リンリが自身の肩を抱くようにして身震いした。

倉庫、食糧貯蔵庫、そしてこのラウンジ。「冬のエリア」に何があるのかは大体は把握できた。

 

「ひとまず、ホテルに戻って考えをまとめましょう」

「そうですね。温かいコーヒーも一緒に……!」

 

ノクスに続くように、ミサが厨房を後にする。

 

「マリーも寒そうだし、一旦戻ろう」

 

ミサがマリーの肩へそっとマフラーを掛け直した。

 

「……ん」

 

マリーも小さく頷く。

 

厨房から再び暖炉の温もりが残るラウンジを通り抜け、私たちは重厚な木製のドアへと向かう。

 

扉を開けると、容赦のない暴力的な冷風が顔を撫でる。

 

「ひゃああっ! やっぱり外は地獄やな!」

「ぶぶぶぶ……」

 

ナツミは声を上げて寒さを堪えるが、ハイジはもはや口を閉じてまともな言葉すら喋らない。

冷風が口の中に入ってくるのが耐えられないらしかった。

 

私たちは丘の上から下にのびるように続く長い階段を転ばないように下り、足早にホテルに戻った。

 

 

冬のエリア内にあった桟橋を過ぎたあたりから、唐突に寒さが和らぐ。

肌を刺すような寒さがぴたりと消え、いつもの春のエリアの陽気が戻ってきた。

この気候が標準で本当に良かったと心から思う。

 

ホテルに着き、再び腕時計を確認すると11時11分。

ランチタイムまで20分弱程度はあったので、それまで各々が時間を潰すことになった。

 

私はというと、もう十数分でランチタイムが始まることだし、食堂の近辺でうろうろしていた。

今から自室に戻る程でもない。

 

すると、ふと円筒形のロボットが目に入る。

 

【挿絵表示】

 

介護ロボットのツクヨミだ。

どうやらオートクリーニングが終わったところと見える。

 

(……暇潰しちょうどいいな)

 

私はツクヨミの背面の端末を取り出し、操作する。

 

旋回ボタンをタップすると、緩慢な動きでその場でぐるっと回る。

 

「おぉ」

 

ぬるっとした動作が地味に面白い。

 

画面の右端にある、ツクヨミの手を模したようなマークをタップすると──

 

『ツクヨミー、パーンチ!』

 

間の抜けた音声と共に、ツクヨミがアームを伸ばして丸い手を前へ突き出した。

 

「……ふっ」

 

思わず笑ってしまう。

相変わらずなんだこの機能。

 

他にも♪のマークを押したら軽快なBGMが流れたり、およそ介護用とは思えない無駄な機能ばかりついている。

 

私は面白がって色々な音楽を鳴らしまくっていると──

 

「な、何してるんですか……?」

 

背後から突然声をかけられ、私はびくっとして端末を落としそうになった。

イリスだ。

 

「あ、イリス。いや、ちょっとツクヨミのモーションを試してて……」

 

苦笑いしながら端末の画面を見せると、イリスはツクヨミと私を交互に見つめる。

 

「ほら、これとか押すと──」

 

私は旋回ボタンをタップすると、ツクヨミはくるりとその場で回る。

 

「わぁ……可愛いですね……! 私、ツクヨミさんを触ったことはなかったのですが……。

 色々なことが出来るんですね!」

「でしょ? あ、ちなみにこれが謎のパンチね」

 

私がもう一度右端のマークをタップする。

 

『ツクヨミー、パーンチ!』

 

「わあっ」

 

しゃきーんと突き出された丸い手をイリスはぽふっと自分の手のひらで受け止め、

嬉しそうにツクヨミの平らな頭を撫でてあげていた。

 

そうして二人でツクヨミを囲んで他愛のないモーションを連発しているうちに、

食堂の奥からカチャカチャと、お昼の準備が進む音が聞こえ始める。

 

「あ、もうそろそろですよ、マキさん!」

「本当だ、良い匂いもしてきたね」

 

私はツクヨミの背面に端末を戻す。

ツクヨミもごはんの時間なのか、自分自身で充電器のある壁際へと移動していった。

 

「マキちゃん、イリスちゃん、そこでなにしてるの~?」

 

すると宿泊部屋の方から、こちらの気配に気づいたシロがパタパタと足音を立てて駆けてきた。

首からは「ぞーちゃん」の入った虫かごを下げている。

 

「流石に冬のエリアには連れていけなくて~。

 お部屋でお留守番させてたんだよ。ねー、ぞーちゃん」

 

シロは大事そうにぞーちゃんの入った虫かごを両手でそっと抱える。

 

その後ろからはナツミとハイジもやってきて、ぞろぞろと食堂の前に集まり始める。

 

そして、食堂の入口に【LUNCH 11:30~13:30】の看板が銃業員によって置かれる。

先ほどは恐怖を与えてきた存在だったが、空腹の今、それは打って変わって救世主のようにも見えた。

 

「……なんかもう、ご飯くれるだけで良い人に見えてくるんだけど」

「いや錯覚や錯覚」

 

ハイジが複雑そうな顔で呟くが、ナツミが即座に否定した。

 

私はいの一番に食堂へ入ると、まずご飯、温かい味噌汁をトレイに載せる。

メインのおかずは何にしようかと考えていると、キツネ色にカラリと揚げられたとんかつが目に入る。

それを見つけた瞬間、自然と足がそちらへ向いていた。

 

私は迷わず皿を取り、トングでとんかつを載せる。

さくっ、と衣が触れ合う音がやたら美味しそうだった。

 

トレイを持って席に着くと、他のみんなも続々と集まり、早い段階で全員集合と相成った。

 

「マキちゃんのとんかつも美味しそうだね~」

 

隣の席にトレイを置いたシロが、目を輝かせながら私のお皿を覗き込んでくる。

シロのトレイには、オムレツとスープ、パン、ぞーちゃん用らしきフルーツが綺麗に盛り付けられていた。

 

「ウチはやっぱりこれや! カレーの匂いに抗えるわけがないやろ!」

 

ナツミが豪快に並々盛られたカレーライスを机に置き、満足げに鼻を鳴らす。

 

「あたしもカレー。ナツミにつられた」

 

ハイジがスプーンを片手に席についた。

 

リンリはパスタ、イリスはピザと、二人揃ってイタリアンコンビだ。

 

「やっぱランチといったらパスタよねー」

「リンリさん、それほどお昼にパスタ食べてましたっけ……?」

 

ノクスはというと、温かそうなクリームシチューを静かに口に運んでいる。

 

「マリー、ちゃんと野菜も食べないと」

「……むん」

 

こちらは私につられたのか、ミサとマリーは私のトレイを見てからとんかつをチョイスした。

ミサが、とんかつばかりを食べているマリーにキャベツも食べるように促しているが、マリーは口をへの字に曲げて仏頂面だ。

 

(……いやいやマリー、とんかつはあのシャキシャキのキャベツがあってこそ、

 油っぽさがリセットされて無限に食べられる最高の組み合わせなんだよ……!)

 

心の中でそんな熱い力説が浮かんだが、さすがに口に出すのは野暮だと思い、

サクサクのとんかつと一緒にその言葉を飲み込んだ。

 

……でも。

 

(……みんなでこうやって集まって食堂で食べるのも、なんだかすごく久々な気がするな)

 

私はそうしみじみと思い、前から漂ってくるナツミたちのカレーの匂いにつられ、

早くも「おかわりはカツカレーにでもしようか」などと気が早いことを考え始める。

 

けど、まずは目の前の一枚だ。

私は六枚切れのとんかつの最後の一切れを箸でつまんだ。

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