「……」
ぱち、と目が覚める。
腕時計の時刻は5時40分。
昨日、冬のエリアでたくさん体を動かして、
晩ごはんにナツミの作ってくれたすき焼きをたらふく食べたおかげか、ぐっすりと入眠出来たようだ。
ベッドから体を起こし、まだひんやりとした洗面台へ向かう。
蛇口をひねり、冷水で顔を洗いながら、昨日の夜の食堂での出来事をぼんやり思い返す。
『厨房見てみたら材料も揃ってたし、
晩ごはんはすき焼きを作ってみようかと思ったんだけど、すき焼きのタレがなくって……』
私がため息交じりに話すと、ナツミが疑問符を投げかける。
『え? タレ?』
『うん。お肉とかネギとか焼き豆腐なんかは厨房にあったんだけど、肝心のタレがないんだ』
『いや、砂糖と醤油と調理用のお酒あるやん』
『え?』
『ん?』
何を言うとるんや? とでも言いたげな表情でナツミがこちらを見る。
結局、怪訝そうな顔をしたナツミが、『ウチが作ったる』と腕まくりをしてくれることになった。
熱した鉄鍋に牛脂をひき、じゅう、と香ばしい音を立てながら薄切りの牛肉を広げたかと思えば……。
──ざらざらざらっ!
なんと、まるで雪でも降らせるかのように、砂糖を肉の上へ振りかけ始めたのだ。
あの瞬間は本気でナツミの正気を疑った。
『ちょ、ちょっと待って!?何してるんだ!?』
『何って、すき焼き作ってんねん』
そう言ってナツミは慌てる私を気にも留めず、今度は醤油とお酒を肉に回しかける。
だが、じゅわっと音が鳴った瞬間、甘く焦げた香りと醤油の匂いが混ざり合い、
さっきまで砂糖をぶちまけられていた肉が、急に私の知っているすき焼きの匂いを放ち出した。
『……あれ?』
『ほい、一丁上がりや』
ナツミは香ばしい香りの肉を、お皿にぽんと置く。
私は半信半疑のままそれを卵にくぐらせ、一枚口に運ぶ。
『……!』
柔らかい牛肉を噛むたびに、甘辛い味がじゅわりと広がった。
砂糖の甘味はくどくなく、肉の旨味を引き立てる優しいコクになっていた。
醤油の香ばしさと溶け合い、ほんのりと調理酒の風味が鼻へ抜けていく。
『……美味しい』
『せやろ?』
得意げに笑うナツミに、私は頷いた。
思わず二枚目も、自分でナツミのやり方を真似して焼いてみる。
ぱくり。
『おお……!』
『はは、マキちゃん、ええ顔して食べるなぁ~』
ナツミも自分の分の肉を卵に絡めて口に運ぶと、うんうんと満足そうに頷いた。
そして、すかさず鍋の端で長ネギも焼き始める。
『ウチもよう、おとーちゃんの作ってるトコ見て目ぇ輝かせてたわ。
スキヤキは一家団欒の象徴やからな~!』
『へぇ、ナツミのお父さんが作ってくれてたんだ』
『うん。すき焼きの時だけはおとーちゃんがここぞとばかりに腕振るうんや。
まぁ、やっとることは肉に砂糖ぶちまけとるだけなんやけどな!』
あはは、と笑うナツミの顔は、どこか遠い我が家を懐かしむように柔らかかった。
そんな風に他愛ない思い出話をしながら、私たちは次々と肉を焼き、
焼き豆腐、しらたき、春菊といった具材も鍋へ投入していった。
鍋が汁で満たされてくると、あの聞き馴染んだグツグツと具が煮える音が心地よく耳に入ってくる。
やはりすき焼きはこの音を聞きながら食べなくては。
肉はもちろん、味がしっかりと染みた焼き豆腐や、
お汁を吸ってくたくたになったネギも絶品で、箸が完全に暴れ狂ってしまった。
かなりの量の食材があったが、そのままおそらく私が8、
ナツミが2くらいの割合ですき焼きを平らげたと思う。
最後のほうはナツミに若干引かれていた気もするけれど悔いはない。
タオルで顔を拭きながら、その甘辛い匂いを思い出して口元が緩んだ。
「さて、と……」
食べ物のことを思い出したら、無性にお腹が空いてくる感覚に襲われる。
食堂に朝ごはんが並ぶ6時までは、やや時間がある。
(あ、そうだ。時間を潰すのも兼ねて、ホテルの見回りにでも行こうかな)
眠気に負けて深夜の見回りは出来なかったけれど……
その代わり、この時間帯なら不自然だと思われることもないだろう。
早起きして食堂へ向かう途中、それだけの話だ。
そのついでに少し周囲へ目を向けるくらいなら、誰も怪しまないはず。
一応、こちらには"朝食までの時間潰し"という大義名分もあるわけだし。
人に見られないこの時間だからこそ、誰かがアヤシイ動きをしている可能性だってある。
(……まあ、本当にそんな都合良く見つかるとも思えないけど)
それでも、何もしないよりはいい。
ノクスに頼まれた以上、少しずつでも情報は集めておきたかった。
私はクローゼットの中に何着もあったパーカーの内のひとつを着て、部屋を後にした。
◇
廊下には誰の姿もない。
ホテル全体がまだ寝息を立てているかのようだった。
私はひとまず、大浴場へと足を向けた。
窓の外では、夜明け前の淡い光が少しずつ空を染め始めている。
それと呼応するように、壁際の間接照明が柔らかな橙色の光を落としていた。
大浴場へと辿り着くと、"ゆ"と書かれた紺色の暖簾はくぐらず、ひとまず入口で聞き耳を立ててみるが──
昨日の賑やかさが嘘のように静かだ。
どうやら中には誰もいないようだ。
そのまま『やっぱり朝風呂はいいや』とでも言うように踵を返し、
大浴場の右隣にある医務室へと何気なく視線を向けた。
整然と並べられた薬品棚に、消毒液の匂い。
けど、そこにも人影はない。
(ここにも誰もいないな)
医務室を後にして、その右にある通路へ目を向ける。
そこから続く奥の事務室も確認したいところだったが、流石にそれは挙動が怪しくなる。
あそこまで踏み込めば、ただの朝の散歩という言い訳は通用しなくなるだろう。
(……焦っても仕方ないか)
私は自然な足取りで大浴場を通り過ぎ、
大浴場左隣の休憩室に入ってペットボトルのお茶を一本拝借することにした。
手のひらに結露の冷たさを感じながら、
食堂までの道のりである庭園、倉庫に売店、娯楽室、ロビーと見て回るが、
特に気になったものもなく、誰かがいる気配もなかった。
ペットボトルのお茶を一口飲み、腕時計を見ると、まだ6時前。
このまま朝ごはんの時間まで食堂前で待機するのも良いけど……。
(あ、そうだ)
ふと、あの"魔女の本"のことについて思い出す。
そういえば最初の第一篇は、図書室にひっそりと置かれていた。
もし誰かがその本の続きを置きに来るとすれば、
また図書室にこっそり置きに来ないとも限らない。
それに、朝食前のこの時間なら人目も少ない。
もし本当に誰かが動くつもりなら、むしろ絶好のタイミングだ。
私は思いつきのまま、二階の図書室に行ってみることにした。
階段を上がると、『図書室』のプレートが見えてくる。
扉を開けるが──やはり、中には誰もいない。
中へと足を踏み入れると、中央の大きな読書机に一冊の本がぽつんと置かれていた。
歩み寄って手に取ってみる。
「……辞書?」
ぱらぱらとページを捲る。
どうやら本当に辞書らしい。
昨夜か、それとももっと前か。
誰かが使って、そのまま戻し忘れたのだろうか。
(……そういえば、ノクスあたりは普通に使ってそう)
そんなことを考えながら辞書を机の元の位置へ戻す。
「……ん?」
その時だった。
中央の読書机とは別のカウンターテーブル。
その上に、何か紙のようなものが置かれているのが目に入った。
「……これって……!」
私は思わず駆け寄った。
まるで誰かが「見つけてください」と言わんばかりに、そこへ置かれていたのは──
『第三篇』
心臓が跳ねる。
間違いない、あの不気味な本の続きだ。
(誰が……? いつの間に……?)
思わず図書室を見回すが、誰かの気配すら感じられない。
私はもう一度、目の前の紙へ視線を落とす。
そして、ゆっくりとその表紙へ手を伸ばした。
────────────────
吹き荒ぶ雪が大地を覆い、吐く息さえ凍りつくような極寒の夜。
その中でただひとつ、熱を放つものがありました。
――"サラマンダーの火"。
揺らめくその焔の前に最初に現れたのは、第二位──怠惰の魔女が遣わした弟子の内の一人でした。
その弟子が両腕で抱えていた木箱に納められていたのは、怠惰の魔女の『頭部』。
万物を思考し、理解し、第二位という高みから見下ろしてきた証。
怠惰という静寂を享受するために彼女が磨き上げた、知性そのものでした。
次に、第三位──強欲の魔女の弟子が差し出したのは、『両腕を含む胸部』の入った木箱でした。
掴むための両手、両腕。それを抱え込むための胸。
全てを奪い、所有し、なおも手放さなかった。
尽きることなき欲望の権化とも言えるその強欲な力でした。
第四位──暴食の魔女の弟子が運んできた木箱の中は、『腹部』。
あらゆるもので満たし、溜め込み、尽きることのなかった器。
それはただ食を蓄えるだけの器ではない。
その内側に力を宿す、生命力の象徴でした。
次に現れたのは、第五位──色欲の魔女の弟子。
彼女が運んできた木箱の中は、『腰部』でした。
人を惹きつけ、触れ、絡め、狂おしい快楽に溺れさせてきた揺籃。
色欲の魔女が力の本質であると信じて疑わなかった、衝動と悦楽の証でした。
第六位──嫉妬の魔女の弟子が現れました。
彼女が運んできた木箱の中は、『大腿部』。
荒野を歩き、走り、常に他者の背中を追い求め続けた脚。
たとえ追いつけずとも進むことをやめなかった、その美しくも醜い、嫉妬という名の執念の形でした。
そして最後に現れたのは、第七位──傲慢の魔女その人でした。
他の魔女達にはそれぞれ多くの弟子がいました。
ですが、彼女は弟子を連れていませんでした。
その歩みは不自然で、一歩ごとにわずかに身体が揺れます。
彼女はそれを隠そうともしませんでした。
彼女の足元には、欠けた足先を補う義足が覗いていました。
彼女は自らの手で、己の『足先』が納まった木箱を火の前へ置きました。
第七位という『末端』にありながら、なおも他者を踏み付けることをやめなかった証。
他者を傲慢に見下し、孤高に立ち続けるために必要とした、彼女の最後の矜持でした。
そして──
それら六つのパーツが入った木箱が、全てサラマンダーの火へとくべられます。
箱は燃え、木は灰となり、
その中に納められていた六つのパーツもまた、炎の中へと消えていきます。
火の向こうで揺れる影を見つめながら、
傲慢の魔女と、他の魔女の弟子たちはただ待ち続けました。
数人の魔女の犠牲の果てに、平和の象徴たる第八の魔女──
『憂鬱の魔女』が現れるその瞬間を。
やがて、サラマンダーの火が、今まで見たこともないほど大きく燃え上がります。
まるで炎そのものが生きているかのように蠢きながら、
夜空を焦がすほどの光を放ちました。
そして炎の中心から、一人の魔女が姿を現します。
誰もが息を呑みました。
儀式は成功したのだと。
憤怒は討たれるのだと。
世界は救われるのだと。
そう、信じて疑いませんでした。
────────────────
パサリ、と最後のページをめくると、これまでとは明らかに違う紙質に、
不気味な人体図の絵のようなものが描かれていた。
両腕を広げて直立する人体。
その身体には、5本の横線が引かれている。
頭部、両腕を含む胸部、腹部、腰部、大腿部、足先。
本の内容を示すように、描かれた人体は横線によって六つの部位へと切り分けられていた。
「…………」
私は本を閉じる。
ぱさ、と乾いた音が図書室に響く。
このまま何もなければ、ここを後にしてすぐに食堂で朝ごはんを食べていたところだが、
どうにもそういうわけにも行かなくなった。
私は本を手に図書室を出る。
ひとまずみんなが食堂に集まる頃合いを見計らってから、私も食堂に向かうことにした。
◇
「……うーん、やっぱ誰かのイタズラちゃう?」
玉子焼きを頬張りながら、ナツミは言った。
「実はこの中に小説家志望の子がいて、
こっそり書いた本を夜な夜な置いてみんなの反応窺ってるとかじゃね?
ほら、恥ずかしくて素直に名乗り出せないみたいな」
「……その割には手が込んでるけど」
一通り読み終わったハイジがみんなの顔を見回しながら言う。
その傍らでは、ミサもスマホで撮影した本の内容をぼーっと眺めていた。
「ていうか、朝っぱらからそんなテンション下がる内容のモン食堂に持ってこないでよ……」
露骨に迷惑そうに眉をひそめ、リンリがずず、と汁物を啜る。
「……それで、この本は図書室に置いてあったの?」
「うん。朝の6時前、食堂に行く前に立ち寄った時に見つけてさ」
ノクスは人体図をしげしげと見ながら私に問いを投げかける。
「この絵の左下にある文字はどういった意味なのでしょうか……?
ちょっと、見たことがないような言語ですけど……」
ノクスの隣から本を覗き見たイリスが、人体図と共に書かれた文字を指しながら尋ねる。
「見た感じのニュアンスだと、それぞれの部位のことについてっぽいけど。
大方この本の作者の架空言語とか?
……ッくぁ~……! なんか背中がむずむずしてきた!」
何か己の黒歴史を思い出したのか、ハイジが頭を抱えてのたうつ。
「何一人で悶絶しとんねん」
「いや……だってさ、あるじゃん!?
独自の文字とか言語とか設定資料集とかをついノートに書き殴っちゃうアレがさぁ!
そういう目で見ると、この本全体からその手の気恥ずかしい情熱がひしひしと伝わってきて、
なんか読んでるこっちの古傷が痛むっていうか……!」
「そ、そんな反応されたらもう絶対誰も名乗り出ないね……」
シロが引きつった笑いを浮かべる。
「ちなみに、誰が置いたのか心当たりがある人は……」
ノクスがみんなを見回しながら問い掛ける。
「ウチは無いなぁ」
「あたしも知らない」
「……見てない」
「ありませんね……」
「ないわね~」
返ってきたのは、一様に首を横へ振る反応だった。
「マリーは、誰か図書室に行った人を見た、とかない?」
「ううん、知らないよ」
ミサの問いにマリーも首を振った。
「マリー、昨日の晩ごはんのあとはずっとお部屋にいたから……」
「そっか」
ミサは小さく頷く。
「じゃあ、やっぱり手掛かりなしかぁ」
シロがむむーん、と唸りながらトーストをかじった。
「『第三篇』って書いてるけど、これまだ続きとかあるのかね?」
言い終わるや否や、お椀を置いてハイジが手を合わせ、「ごちそうさん!」と声を上げる。
「確かに、まだ第三篇やもんな~。
いずれは第四篇、第五篇も出てくるんやろか」
「ありそうだよね~」
ナツミの言葉にシロがうんうんと頷く。
「続編のたびに人体図シリーズが増えていくのでしょうか……!?
そ、それとも、次回はそれぞれの魔女のパーツについての詳しい解説とか……!」
「今月は頭部です! 来月は腹部です! みたいな?」
「そんなディ●ゴスティーニ形式は勘弁してほしいんだけど……」
盛り上がるイリスとハイジとは対照的に、リンリがげんなりとした表情をする。
「まぁ、内容からしてほんの少しやけど続きが気になるんは確かやな。
ほんで、結局儀式のおかげで世界に平和はもたらされたんか? って」
「私も気になります……個人的にかなり興味を引かれる内容です……っ!」
「なんか妙にクリフハンガー的な引きにしててちょっと小癪だよね」
ナツミとイリスとハイジが笑いながら感想を語り合っていた。
みんなの雰囲気からして、"この中に紛れ込んでいる内通者が置いた"というよりも、
"誰かの些細なイタズラ"という認識の方が強いようだった。
「……まぁ、誰かの些細な悪戯でしょうね。
特に害は出ていないし、放っておいて問題ないわ」
ぱさり、と紙を閉じたノクスが呟いた。
(……あれ、もっとみんなを追求するのかと思ってたのに)
昨日、あれだけ真剣に『内通者がいるかもしれない』と私に話していたのだ。
だからてっきり、みんなの昨日の行動なんかを詳しく聞き出すものだと思っていた。
私はふと考える。
(……たぶんだけど……)
下手にここで『誰が置いたんだ』『内通者の犯行だ』と騒ぎ立てれば、
せっかく落ち着きを取り戻し始めたこの空気は一瞬で壊れてしまう。
誰もが誰かを警戒して、何気ない行動にすら意味を見出し、疑い合うようになる。
……そんなのは、内通者がいようがいまいが避けるべき事態だ。
以前、ノクスは『明らかにおかしな行動をしている者がいる』と、
全員に疑いの目を向けるように言っていたけど……。
おそらく、そのスタンスを変えるような文言を口にしてでも、皆の衝突を回避したいのだろう。
それに──
もし本当に、わざわざこの本を置いている人物がいるのだとしたら、
その人物は少なくとも、『見つけてほしい』と思っている。
前回といい今回といい、あえて誰かの目に留まる場所へ置かれている。
つまり、"続きを読んでほしい"という意思がある。
だったら、こちらが過剰に警戒したらどうなるだろう。
『図書室への出入りを制限する』とか、『夜間の見回りを強化する』とか、
そんな空気になれば、本を置いている人物は警戒する。
そしてもう二度と、続きを置かなくなるかもしれない。
(……そうか)
私は小さく納得する。
ノクスは諦めたわけじゃない。
むしろ逆だ。
"泳がせている"のだ。
あえてこの場の空気を読んで悪戯として扱い、大したことではないと流し、
みんなの前では楽観的な態度を取ることで、次もまた同じ行動を取らせようとしている。
もし相手が『誰も本気にしていない』と油断すれば、
また同じように本を置きに現れるかもしれない。
そしてその時こそ、また本を置きに来た"誰か"の尻尾を掴めるかもしれない。
それに、今ここで全員の昨夜の行動を洗ったところで、
確たる証拠がなければ結局は水掛け論になるだけだ。
本当に置いた人物がいたとしても、『知らない』と言われればそれ以上追及しようがない。
それどころか、こちらが本気で警戒していることだけを相手に知らせることになる。
(……なるほど)
「まぁ、ちょっと不気味だけど、取り立てて騒ぐことでもないよな」
私はノクスに追従するように言う。
わざとらしくならないよう、少しだけ肩をすくめて興味が半分失せたようなトーンを意識した。
「だねぃ。……あ、誰かこの本の感想書いた紙入れる箱とか作ってあげれば?
感想来たら書いてる子も喜ぶかもよ」
ハイジが茶化すように言った。
「それめっちゃええやん! 『ファンレターはこちらへ!』みたいな?」
「そうそう。『第三篇の展開、神でした! 続き楽しみにしてます!』とかあったら、
作者めちゃくちゃやる気出してすぐ次の持ってきてくれるんじゃね?」
「そんなもの作ったら、本当に調子に乗って毎朝置かれるようになるからやめてよ……」
盛り上がるナツミとハイジを見ながら、リンリが額を押さえて頭が痛そうに溜め息をつく。
その賑やかなやり取りを、ノクスはいつもの無表情で眺めていた。
だが、私が言葉を重ねた瞬間、彼女の視線が一瞬だけ私の方へと動いたような気がした。
(……気づいた?)
足並みを揃えてくれた、と理解したのか……その真意までは読めない。
けれど私たちの間に、言葉にできない、共犯者のような関係が繋がった感覚が、私の背中を小さく押してくれた。
「よーし! ウチもごっそさん!」
空になったお皿を重ねながら、ナツミが勢いよく立ち上がった。
「朝飯も食ったし、今日も一日頑張るでー!
今日はグラウンドの方でエンジョイや!」
「食べたばっかでよくそんなに身体動かす元気あるわね~」
リンリが呆れたように言う。
「何言うてんのリンリちゃん!
しっかり身体動かして汗流さんと脳みそまでカビ生えてまうで! マリーちゃんも行くやろ?」
「あ、うん! マリーも行く!」
「じゃあ、私も。
マリー、いっぱい、いっぱい遊ぼう」
「うん!」
マリーに続いてミサも席を立つ。
「お、ええやんミサちゃん! よっしゃ、ほなみんなでレッツゴーや!」
ナツミたちは揃って食堂の出口へと向かっていく。
「あたしは今日は完全に引き籠ろ。
情報処理室のDVD、たまには新作も入荷してくれんかね~」
「も、もし叶うなら……ホラーを希望します!」
「いや、もう既に9割方ホラーじゃん……」
ハイジとイリスもトレイを返却口に戻し、食堂を後にしていった。
私はノクスの方にちらりと視線をやるが、特に"やり取り"をしたい様子でもなく、
ノクスもまたみんなに続くように席を立った。
(……私も行くか)
特にこの後の予定も決めないまま、私はひとまず自室に戻ることにした。
「う~ん……」
ごろごろ。
ベッドの上を転がり回る。
柔らかなシーツに顔を埋め、今度は反対側へ転がる。
私は更にもう一往復回る。
ごろごろ。
ナツミたちはグラウンドで遊んでいる頃だろう。
マリーは元気いっぱいに走り回っていて、
ミサは「転ばないように」なんて言いながら、その後ろをついて歩いているかもしれない。
イリスやリンリは情報処理室で、ホラーDVDの棚を漁っているのだろうか。
ハイジは文句を言いながらも、その隣で結局付き合っていたりして。
「う~~~ん……」
目をつぶると、どうしてもさっき図書室で見つけた第三篇のあの挿絵が脳裏に浮かび上がってくる。
誰が、何の目的で置いているのかを考えだしたら、気になって仕方がなかった。
「…………」
(いや……待てよ……)
私はぴたりと転がるのを止める。
先ほどは、『見つけて欲しい』のが目的だと結論付けたが……。
(……そもそもの話、始めの第一篇が見つかったのって──)
私は天井を見上げながら記憶を辿る。
あれは、図書室の棚に並んでいた本を何気なく引き抜いた時だった。
たまたま手に取った本にくっつくようにして、紙束がぱさりと落ちた。
そして、それが第一篇だった。
もしあの時私が気付かなければ、あの紙束はずっとそこに挟まれたままだったはずだ。
少なくとも、第二篇や第三篇みたいに『見つけてください』と言わんばかりに目立つ場所へ置かれていたわけじゃない。
つまり、完全に偶然見つけたものだった。
(じゃあ……)
私はむくりと上半身を起こした。
(第一篇と、第二篇以降は……別物……とか?)
元からこの図書室にひっそりとあった、誰が書いたのかも分からない第一篇。
それをたまたま私が掘り起こし、それが全員に共有されたから誰かが面白がって続きを書いている、みたいな。
(……なくはないな)
むしろ、その方が自然な気もする。
それならば、"ただの悪ふざけ"という事にも信ぴょう性が強まってくる。
……あるいは──
この第一篇から第三篇の作者は全て同じで、
以前からこの島にいた──ノクスの言う、いわゆる"内通者"が、
何年も前に第一篇を書いて、それを置いたことすら本人が忘れていて……
『せっかく見つけてもらったんだし、続きでも書いてみるか』と謎のやる気を見せてきた、とか。
「いや、流石にそれはないか……」
自分のあまりに突飛な想像に、思わず苦笑いが漏れる。
「……ふぅ」
私は大きく息を吐き、顔を枕にうずめた。
すると、食後の満腹感と、朝からあれこれ考えすぎた疲れが一気に押し寄せてきた。
(今は考えても仕方ないか……)
食事とその後の睡眠はワンセットだ。
ひとまず、素直にこの心地の良い睡魔に身を委ねることにしよう。
おやすみなさい……。