魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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生ける魔女の死 Part6

──ピンポーン。

 

「……んぉ」

 

頭に直接響くような無機質なチャイムの音で目を覚ます。

 

まだ半分閉じたままの重たい目蓋をこすりながら、つい習慣で腕時計に視線をやる。

時刻はすでに13時を過ぎたところだった。

 

(……すんごい寝てた……)

 

──ピンポーン。

 

催促するように再び鳴り響いた音が、まだ現実と夢の境界線にいた私の意識を完全に引き戻す。

 

私はのそのそとベッドから這い出ると、少し覚束ない足取りで玄関へ向かった。

 

がちゃり、と鍵を開ける。

 

そして扉を開くと──。

 

「あ、マキちゃん。ごめん、もしかして寝てた?」

 

そこにいたのは、シロだった。

いつも通りの人懐っこい笑みを浮かべている。

 

「ううん、大丈夫……ちょっとゴロゴロしてただけだから。

 それで、どうしたの?」

「んー?」

 

するとシロは両手を後ろに組みながら、少しだけもったいぶるように身体を揺らした。

 

「実はね、マキちゃんをお誘いに来ました!」

「お誘い?」

「うん!」

 

そして、ぱっと花が咲くような笑顔で言った。

 

「一緒にガラス作り体験しよう!」

「……ガラス? ……ってもしかして、あの『炙りビン工房』で?」

「そう! 昨日マキちゃんたちが来る前にね、気になってもう一回覗いてみたら……

 なんと! 親切に初心者向けに説明書まであったんだよ!」

 

シロは目を輝かせる。

 

「せっかくなら何か記念になるもの作りたいなーって思って。

 でも一人だとちょっと寂しいし……。

 だから、マキちゃん誘いに来たの」

「……」

 

眠気でぼんやりしていた頭が少しずつ覚醒していく。

 

「ガラス作りかぁ……」

「ね? 面白そうじゃない?」

「でも私、そういうの不器用そうなんだけど」

「大丈夫大丈夫! 私やったことあるから!」

「え、そうなんだ」

 

シロは自信満々に胸を張った。

 

「それに、もし失敗しても『これが前衛芸術です』って言い張れば何とかなる!」

「何ともならないでしょ……」

 

芸術を何だと思ってるんだ、と言いたくなるようなシロの発言に思わずツッコむ。

 

(でもまぁ、せっかくだしやってみるのもアリか)

 

ふざけた名前の工房だったし、

このままあの工房は見なかったことにしてスルーしていたところだが、

初心者向けの説明書まで置いてお膳立てされては、何だかやらない方が悪い気がしてくる。

 

「分かった。ちょっと顔洗って準備するから」

「本当!?やったぁ! じゃあ私、一足先に工房に行って道具とか準備しておくね。

 お昼ご飯まだなら、食堂のパンでも持ってってつまみながらやろう!」

 

シロは嬉しそうに飛び跳ねると、「待ってるからねー!」と

ぶんぶんと手を振りながら廊下の向こうへとぱたぱたと駆けていった。

 

「……元気だなぁ」

 

その後ろ姿を見送りながら小さく呟く。

 

ついさっきまで魔女の本だの内通者だのと頭を悩ませていたのに、

シロの無邪気さのおかげで、頭の中にこびり付いていた重苦しさが少しだけ薄れていた。

 

私は洗面所へ向かい、冬のエリアの寒さを覚悟しながら炙りビン工房へと足を向けた。

 

 

 

 

「うぅ……さむ……」

 

身震いしながら足早に歩みを進める。

昨日と同じく、丘の上へと続く道には雪は無く、靴の音が良く響いた。

 

手すりの無い階段を上ると、目的の『炙りビン工房』が目に入る。

 

「あ、マキちゃんこっちこっち!」

 

すると工房の中から、エプロンを身につけたシロがぶんぶんと手を振ってきた。

 

作業台にはすでにいくつかの道具や、色々な模様の入った小鉢が置かれている。

本当に一足先に来て準備をしてくれていたらしい。

 

「ここの模様を貼り付けたりして、ガラスに溶かし込むんだよ!」

 

シロはそう言いながら、多種多様の模様──フリットが入った小鉢を指差す。

その中には、細かく砕かれたカラフルなガラスの粒子が、

まるで宝石の原石みたいにきらきらと輝いていた。

 

「何々……まずは吹き竿の先に、窯の中の溶けたガラスを巻き取って……」

「それでね、それをくるくる回しながら形を整えるの!

 回し続けないと、どんどん垂れてきちゃうんだよ」

「へぇ~」

 

説明書を読み上げると、シロが吹き竿をくるくる回す真似をしながら続きを補足する。

 

「それじゃ、マキちゃんやってみよっか!」

「えっ、いきなり私?」

「大丈夫、共同作業みたいなところもあるから!

 そうだな~……じゃあ、『花瓶』に挑戦してみよう! 炙り"ビン"工房だしね!」

 

シロはにこにこと笑いながら、すでに吹き竿をこちらへ差し出していた。

……どうやら、逃げ道はないらしい。

 

おそるおそる吹き竿を握る。

 

「うわ、意外とずっしり……」

「ゆっくり回し続けてね! 止めたら一巻の終わりだよ!」

「そんな大道芸人みたいなこと急に言われても!」

 

シロの指示を受けながら、吹き竿をファーネスの前にあるスタンドにのせる。

二つの車輪に支えられた吹き竿は、意外なほど滑らかに回転する。

 

そして私は思い切って竿の先をファーネスの中へ差し入れた。

 

説明をみた限りでは、この炉の中は1300℃にもなるらしい。

炉から溢れ出るオレンジ色の眩い光と、一気に押し寄せる熱風に、思わず顔が火照る。

 

私はくるくる回しながら、どろどろに溶けたガラスを巻き取る。

 

すると吹き竿の先に、蜂蜜のような赤いガラスが絡みついてくる。

 

「止めたら落ちるから、回して回して!」

「えっ!?もう!?」

 

私は吹き竿をくるくると回し続ける。

なるべく形が偏らないように、くるくる、くるくる。

 

一通り回したあと、説明書通りにマーバー台の上で転がして形を整える。

 

「それで……次はいよいよ吹くのか……!」

「かなり強く吹かないといけないよ~」

 

私は大きく息を吸い込んだ。

 

「……ふぅぅぅぅっ!」

「もっともっと!」

「ふぅぅぅぅっ!!」

 

竿の先を覗き込む。

 

すると、ガラスの中心に小さな空洞が生まれていた。

さながら小さなビンのようだった。

 

「おおっ!」

「上手く出来たみたいだね!

 そして……このガラスを押し当てて、色ガラスで好きな模様をつけるんだよ~」

「へぇ、種類結構あるんだな」

 

するとシロは、事前に用意してくれていたであろう様々な色ガラスの入った小鉢を指差す。

 

(そうだな……()()()()()()()()模様は……)

 

私は少し考えたあと、砕いたピーナッツのようなガラス粒と、

これまた砕かれた赤いルビーのようなガラス片の入った小鉢を吹き竿で指す。

 

「じゃあ、これにしようかな」

「おーいいねー! マキちゃん流石お目が高い!

 じゃあ早速、底にくっ付けてみよっか」

 

私はその小鉢の上から、柔らかいガラスをぐにゅっと押し当てる。

すると、色ガラスはまんべんなくガラスの底に綺麗にくっついた。

 

「このままだったら普通のビン。

 でもマキちゃん、ここからが炙りビンなんだよ」

「え?」

 

するとシロは、ファーネスとは別の炉を指差す。

 

「このビンを、このグローリーホールに入れて、炙ってガラスを溶かし込むんです!

 つまりは、"炙りビン"ってことなんだよ!」

 

何故かボディビルダーみたいなポージングを取りながら言う。

筋肉なんてこれっぽっちもないのに、表情だけは大会のステージに立つプロそのもののドヤ顔だ。

だから何なんだ炙りビンって。

 

「じゃあ……」

「うん!」

「行くよ、グローリーホール」

「ヤーーーーー!!!」

「うるさ……」

 

謎のテンションのシロに呆れながらも、

私は赤々と輝く再加熱炉へゆっくりとガラスを差し入れた。

こっちはさっきの炉よりは少し温度が低く、1000℃前後らしい。

 

グローリーホールの中でビンを炙り終わり、炉から出すと……。

 

「おぉ……!」

 

さっきまで別々だった白色と赤色が少しずつ透明なガラスへ溶け込み始めているのが分かる。

境界が柔らかく滲み、まるで最初からそういう模様だったかのように馴染んでいく。

 

「ここからもう一回吹くんだよ! 今度は本格的に炙りビンを膨らませるの!」

「わ、分かった!」

 

炉から竿を出し、思いっきり息を吹き込む。

すると、炙りビンがゆっくりと膨らんでいき、透明な風船みたいに丸みを帯びていった。

 

模様は膨らんだことでさらに広がり、まるで花びらのような形をしている。

 

「すごい……」

「でしょ~? 今はオレンジ色で分かりづらいけど、冷ますともっと綺麗な色になるよ!」

 

シロは得意げに笑った。

 

でも……。

 

「……あれ? なんか、ちょっと歪んでない?」

 

私が恐る恐る指摘すると、シロは吹き竿の先の炙りビンをじっと見つめた。

 

「……ちょっと片方がぷっくりしてるね」

「だよね」

 

すると、シロは指を立てて言う。

 

「大丈夫! 濡れ新聞紙で形を整えれば!

 炙ったビンをね、新聞紙の上でこすこすして整形するんだよ~」

「……え、濡れ新聞紙? これ触って平気なの!?」

「心配しないで。私が新聞紙持つから、マキちゃんはくるくる回して!」

 

そしてシロが厚手の手袋をはめて、その上に濡れた新聞紙を敷き

「さあこい!」と言わんばかりに、吹き竿を置く台の前でスタンバっていた。

 

「じゃあ、行くよ……」

 

私は台に吹き竿をのせ、シロの持つ新聞紙に炙りビンを預ける。

 

「よーし、回していいよ~」

 

私が竿を回すと、それに合わせるようにシロが濡れた新聞紙を炙りビンに添える。

 

すると、さっきまで片側だけ少し膨らんでいた炙りビンがみるみるうちに整えられていく。

 

(シロ、思ったより器用なんだな……)

 

「……シロすごい」

「ふふーん!」

 

本人は得意げに鼻を鳴らした。

 

「じゃあ次は、炙りビンを振ります」

「は?」

「振り子みたいに竿を振って、遠心力で炙りビンを引き延ばすんだよ~」

「ああ、なるほど」

 

イメージするとすんなり頭に入ってきた。

確かにこのままの形だと、花瓶としてはずんぐりしすぎている。

 

私は周りに当てないよう慎重に、振り子のように吹き竿を左右へ揺らした。

 

「こんな感じ?」

「おっ、いい感じ! もうちょっと!」

 

ぶらんと揺れるたびに、ぷっくりと丸かった炙りビンの下側がほんの少しずつ下へ伸びていく。

そして、さっきまで丸っこかった輪郭が随分と縦長になる。

 

「本当に伸びてる……!」

「でしょ~? 面白いでしょ? ここからちょっとだけ整えよ!」

 

そう言うとシロは、躊躇なく再加熱炉に吹き竿を入れてビンを炙る。

十分に温まったところで、先ほどと同じように濡れ新聞紙で炙りビンを整形する。

 

「そして、ここからが形の仕上げだよ~。

 このジャックとパドルで本格的に炙りビンの形を整えるの!」

「へぇ~」

 

シロは、ジャックという大きなピンセットのような工具と、

パドルという長い羽子板のようなものを掲げる。

 

「ジャックは、これで炙りビンを挟んで吹き竿を回して、輪郭を整える道具!」

「で、こっちの焦げた平たい木の板は?」

「パドルはね、底に当てながら回して、炙りビンの底を平らにする道具だよ~。

 ぷっくりしたままだと、テーブルの上に置けないからね」

「なるほど」

 

私は台の上で吹き竿を回し続ける。

 

「じゃあ、まずジャックね!」

「よしこい」

 

シロは慎重にジャックで炙りビンを挟んだ。

 

きゅっ、きゅっ、とゆっくり回転する炙りビンに合わせるように、ほんの少しだけ力を加えていく。

さっきまで手作り感のあった炙りビンの輪郭が、少しずつ均整の取れたものへと変わっていく。

 

「そして最後に~」

 

回転する炙りビンの底へ、パドルをそっと当てる。

くるくると炙りビンが回転するたびに、煙と共に少しだけ木の焦げた匂いが漂う。

 

ほんの僅かな動きなのに、炙りビンの底のぷっくりした丸みが少しずつ平らになっていった。

 

「すごい……」

「これでちゃんと置けるようになるんだよ!」

 

えっへん、と胸を張る。

 

「次はいよいよ、炙りビンちゃん、ポンテ竿へのお引っ越しです!」

「引っ越し?」

「いえす!」

 

そう言うとシロは、慣れた手つきでポンテ竿をファーネスに入れ、少量のガラスを巻き取る。

 

そして私たちがここまで作り上げてきた炙りビンの底へ、そのポンテ竿をそっと押し当てた。

 

すると、炙りビンの底とポンテ竿の先端に巻き取られたガラスが溶け合い、一つになっていく。

 

ポンテがしっかり接着したのを確認すると、

シロは必要に応じてグローリーホールで軽くビンを炙りながら、ジャックで首元に溝を刻んでいく。

 

そして吹き竿をトンと叩いて炙りビンを切り離し、その炙りビンをポンテ竿に付け替える。

 

(職人みたいだな……)

 

私が感心していると、切り離されてぽっかり穴の開いた炙りビンを見せながら、シロは言った。

 

「それで、ここの口をジャックで整えていくんだよ~。

 次は私がくるくるするから、マキちゃんやってみよ!」

「よし、任せろ!」

 

なんだか鮮やかな手つきのシロを見て、私もやってみたいと思うようになってくる。

 

「じゃ~回すよ~! ゆっくりジャックを開いてって、

 口を外側にぐぐーって広げていくイメージだよ!」

「おーけー!」

 

私はジャックをしっかり握る。

 

シロが「せーのっ」と声をかけ、炙りビンのついたポンテ竿を転がし始める。

私は炙りビンの口へと閉じたジャックを差し込み、その縁に当てるまでゆっくりと開いていく。

 

きゅきゅっ……と、金属と炙りビンが擦れ合う独特の手応えが、ダイレクトに手のひらへ伝わってくる。

 

「上手い上手い! そのままゆっくり開いて……そう、その調子!」

 

シロの的確なナビゲートに合わせて、ジャックの力を微調整する。

 

すると、さっきまで無骨にぽっかりと開いていた切り口が、

滑らかな曲線のビンの口の形へと広がっていった。

 

「……できた! どう、シロ!?」

「ワァーーッ! すごいよマキちゃん!」

 

シロは本気で感動したように目を輝かせた。

 

ポンテ竿の先に掲げられた炙りビンを、二人してまじまじと覗き込む。

 

透明なガラスの下半分に閉じ込められた、桜の花びらのような模様。

少しだけ外側へ開いた口元に、緩やかな曲線を描く胴体。

 

そこには、最初のいびつなガラス玉の面影はもうなかった。

 

「じゃあ、いよいよ完成だよ!

 あ、マキちゃん、徐冷炉の蓋開けて!

 中は熱いから気を付けてね~」

「えーっと、これ?」

「そう! 私が中に置いたら、すかさず蓋閉めて!」

 

シロは先端に耐熱パッドの付いた大きなトングで、完成した炙りビンをそっと挟み込んだ。

 

「こうやって固定してから……」

 

そしてもう片方の手でポンテ竿をコンと叩く。

 

ぱきっ。

 

「おおっ!」

「やったっ、ポンテ跡もほとんど目立たない! 上手くできた!」

 

ポンテ竿だけが外れ、花瓶はトングに保持されたまま残る。

今まで支えだったポンテ竿がなくなったことで、花瓶は初めて完全に独立した姿になった。

 

『炙りビン』が、『花瓶』になった瞬間だった。

 

「本当に完成したんだ……」

 

思わず見入ってしまう。

 

透明なガラスの底では、桜の花びらのようなピンクの模様が揺らめいていた。

 

「感動してる場合じゃないよ!」

「え?」

「徐冷炉ー!」

「あっ!」

 

私は慌てて徐冷炉の蓋を持ち上げた。

むわり、と熱気が顔に押し寄せる。

 

「熱っ!」

「だから言ったじゃーん!」

 

シロは笑いながら、慎重にトングを徐冷炉の中へ差し入れた。

ごとり、と花瓶が静かに中の棚の上へ置かれる。

 

「よし!」

 

私はすぐさま蓋を閉じた。

ばたん、という重い音が工房内へと響く。

 

一瞬だけ静寂が訪れた。

 

「…………」

「…………」

 

二人して顔を見合わせる。

 

そして──

 

「できたぁーーーーっ!!」

「おおーーーっ!!」

 

シロが両手を突き上げ、私も思わず拳を握る。

 

何だか分からないけど達成感がすごかった。

 

最初は暇つぶしのつもりで、シロに誘われたから来ただけだった。

それが気付けば、ガラス玉が少しずつ形を変えていく様子に夢中になっていて、

完成した花瓶を見た瞬間には本気で感動していた。

 

「シロがいなかったらこんなに上手に出来なかったよ、ありがとう」

「ううん。私も楽しそうなマキちゃんが見られて嬉しかったよ!」

 

そう言いながらシロは、手際よくエプロンと手袋を外す。

 

「説明書見ると、時間的に明日の朝には出来てるらしいね。

 完成品、楽しみ」

「みたいだね! 私が朝一で取りに行くよ!」

 

私もシロに倣って道具を片付け、二人で笑い合いながら熱気の残る工房を後にする。

 

 

「あ~、楽しかった~!」

「私も。ここまで夢中になれるなんなんて思ってなかった」

 

少しだけ、工房の温かさとガラス作りの楽しさに名残惜しさを感じる。

 

外へ出ると、冬のエリアの冷たい空気が火照った頬に心地よかった。

 

「うわ、さむっ」

「さっきまで炉の前にいたから余計にね~」

 

工房の中では、赤々と燃える炉と溶けたガラスばかり見ていた。

だからこそ、目の前に広がる雪景色の白さが妙に鮮やかに見える。

 

夕方の空は淡い紫色に染まり始めていて、雪原の表面には薄い影が伸びていた。

 

そう言えば、ガラス作りに夢中で持ってきた軽食を食べ忘れていた。

夕焼け空を見上げた途端、小さくお腹がくぅと鳴る。

 

「あ、マキちゃん、晩ごはんまでちょっとだけ時間あるから……。

 それまでのつなぎで、あそこで焚火しよ!

 サンドイッチつまみながら!」

 

シロは私の思考をいち早く察知したのか、冬のエリアの開けた広場にあった焚火の跡を指差す。

 

「それに賛成だ!」

「決まり!」

 

シロは嬉しそうに歩き出す。

私もその隣に並んで、雪の上に足跡を刻みながら広場へ向かった。

 

 

 

 

私とシロは並んで焚火に手をかざす。

ぱち、ぱちと薪が爆ぜる。

 

炉の火は、近付くだけでこちらを圧倒するような熱を持っていた。

けれど、焚火の炎はもっと柔らかい。

冷えた指先を少しずつほどいてくれるような暖かさだった。

 

「はい、マキちゃん」

 

シロが、持ってきていた包みを開いてサンドイッチを一つ差し出してくる。

 

「ありがと」

 

受け取ってひと口かじる。

 

ふわっとしたパンに、卵とハムの塩気。

さっきまで空腹を忘れていた体にじんわりと染み込んでいく。

 

とはいえ、あまりぱくぱくいくと晩ごはんが入らなくなるので、そこは少しだけ自重する。

少しだけ。

 

「マキちゃんと焚火するのも、これで三回目だね~」

「あれ? そんなにだっけ?」

 

私はお茶を口に含みながら記憶を思い起こす。

 

夏のエリアでのキャンプファイヤー、秋のエリアでの魚釣り大会。

そしてこの焚火──

確かに三回目だ。

 

なんだか、シロと火を囲むのは恒例行事のように思えてくる。

 

「……それにしても、シロにガラス作りの特技があったとは」

「えへへ」

 

シロは照れくさそうに笑った。

 

「私も初めてやった時は失敗してばかりで、全然上手く作れなかったんだけど……。

 私のワガママで、何度もガラス作り体験に連れて行ってもらったおかげで、すごく上達したんだよ~」

「なるほど、そりゃあんな手慣れてるわけだ」

 

シロの言い方からして、おそらく家族に何度も連れて行ってもらったのだろう。

話すシロの表情は柔らかかった。

 

(家族、か……)

 

ふと、昨日のナツミの家族についての思い出話が脳裏によみがえる。

 

ナツミにだって、シロにだって……この島の外で帰りを待っている家族がいるんだ。

 

……私とは違って。

 

「……シロさ」

「ん?」

「もしこの島から出られたら、まずは何したい?

 やっぱり……家族に会いたい、とか?」

 

私は何気なく尋ねた。

 

シロはサンドイッチを持ったまま、ぱちぱちと燃える焚火を見つめる。

 

「うーん……」

 

少しだけ考えるように、首を傾げた。

 

「……逆に、何だと思う?」

「……え?」

「私のやりたいこと!」

 

不意のシロの返しに、少し言葉が詰まる。

 

「……」

 

"家族に会うこと?"と、もう一回聞こうとしたが……私はお茶を濁すように答えた。

 

「……いや、分からない。

 私の知らないことかもしれないし、答えようがないよ」

「えへへ、確かに! "知ってることしか、答えられない"もんね!

 でも、マキちゃんもちゃーんと知ってることだよ!」

「……私の知ってること?」

 

私は少し考える。

 

だが、とんと心当たりが思い当たらない。

 

「……まずは、昆虫ゼリー!」

「……え?」

 

突拍子もない言葉に思わず聞き返す。

 

「ぞーちゃんの昆虫ゼリー買うの! この島、流石に昆虫用のゼリーは置いてないから。

 美味しい昆虫ゼリー買ってあげるの!

 ……それと……"額縁"も欲しいなぁ」

「ま、待って。一番目にぞーちゃんのこと?」

「だって、いつもぞーちゃんのごはん、ビュッフェにある果物で代用してるけど、

 やっぱり市販の高級な黒糖ゼリーとか、栄養満点なやつを早くお腹いっぱい食べさせてあげたいじゃん!

 ぞーちゃんも食べた瞬間、『これは……高い味!』ってなるよ!」

 

シロは大真面目な顔をして、サンドイッチを握ったまま熱弁を振るう。

 

「それは……まあ、ぞーちゃんにとっては嬉しいかもしれないけど。……で、額縁は?」

 

私が尋ねると、シロは持っていたサンドイッチを一口齧り、もぐもぐと咀嚼してから飲み込む。

 

そして悪戯っぽくはにかんだ。

 

「それはもちろん……マキちゃんが描いてくれたあの絵を飾るためだよ!」

「え──」

 

思わず声が詰まる。

 

「あの、私がシロをモデルにして描いたやつ?」

「そう、それ!」

 

シロはこくこくと頷く。

 

「あれ……すごく嬉しかったんだよ。

 だからちゃんとした額縁に入れて、お部屋に飾りたいなって」

「……いや、でも」

 

あれは、そこまで大層なものではない。

少なくとも、額縁に入れて飾られるような絵ではなかったはずだ。

私としては、ただその場の流れで描いただけのものだ。

 

そう口にしようとしたが、あまりにもシロが嬉しそうなので、思わず言葉を飲み込む。

 

「ホテルのお部屋にそのまま飾っておくのも味があるけど、

 やっぱりちゃんとした、ちょっとお洒落な額縁に入れて壁に飾りたいなーって!

 お家に帰ったら、私の部屋の一番いい場所に飾るんだ~」

「……そっか。

 私の絵が、ぞーちゃんのゼリーと同列なのはちょっと複雑だけど」

「あはは、同列じゃないよ~。

 ……どっちも、マキちゃんとの『大切な思い出』だもん!」

 

「…………」

 

不意打ちだった。

軽い冗談のつもりで返した言葉に、そんな真っ直ぐな答えが返ってくるとは思っていなかった。

 

焚火の熱とは別のものが、胸の奥にじんわりと広がっていく。

 

「……じゃあ、早くこの島から出ないとね」

「あれ? マキちゃんもしかして照れてる?」

「照れてない」

「えへへ。照れてるマキちゃんだ」

「照れてない!」

 

私は誤魔化すようにサンドイッチをむしゃむしゃと頬張る。

 

「軽食食べたらお腹空いてきた。そろそろ食堂行くよ、シロ」

「いったいどういうこと!?」

 

残りのサンドイッチをお茶で強引に喉へと流し込み、私は立ち上がった。

 

顔が熱いのは、きっと焚火のせいだ。

だから私は、少し急いで火を消すことにした。

 

「じゃあ、消すよ」

「はぁ~い」

 

少し残念そうなシロをよそ目に、近くに置かれていた火消し用の灰をスコップでそっと薪の上へ被せる。

ぱちぱちと鳴っていた炎が少しずつ弱まり、橙色の光が黒い灰の下へ隠れていった。

 

「さて、晩ごはんは何にするか。チーズフォンデュとかあるかなぁ」

「あ~待ってよ~マキちゃん!」

 

わざとらしく声を上げながら、ホテルを目指して進む。

 

シロは急いで荷物をまとめると、私の後ろを小走りで追いかけてきた。

 

夜の帳が下り、周囲の白が深い濃紺へと沈んでいく。

一歩足を進めるたびに、雪を踏み締めるキュッ、キュッという硬い音が、静まり返った冬のエリアに小さく響いた。

 

 

 

 

食堂には、リンリ、ミサ、マリーの三人がいた。

 

私はシロと一緒に、三人のいる席へとお邪魔する。

 

「あ、マキちゃんとシロちゃん」

 

マリーが私たちに気付いて手を振った。

 

その隣ではミサが静かにこちらへ視線を向け、

リンリは湯気の立つ鍋を前にしてすでに箸を構えていた。

 

「二人とも、どこ行ってたの?」

「炙りビン工房で花瓶作ってた」

「花瓶?」

 

リンリが少し意外そうに眉を上げる。

 

「うん! マキちゃんと二人で作ったんだよ!」

「今は冷ましてる最中だから、完成品を見られるのは明日の朝だけどね」

「へぇ……いいじゃない。ちゃんと形になったの?」

「うん、シロのおかげでね」

「へへ~!」

 

シロは得意げに胸を張った。

 

「ミサとマリーは一日中ナツミと遊んでたんだよね」

「うん。楽しかった!」

「そうだね」

 

リンリが訊くと、マリーは無邪気に答える。

 

「なんか……みんなこの島での暮らしを受け入れ始めてるわね~」

 

どこか物憂げな表情でリンリは言う。

 

「そう言えば、リンリはこの島から早く出たい派なんだっけ」

「まぁ、どちらかというとね」

 

ミサの言葉に返すと、リンリは豆腐を口に運び「あふっ」と漏らす。

 

「……やっぱり、何か外に出たい理由とかあるの?」

「……ん~」

 

豆腐を味わっているのか思案しているのか分からないような声を漏らす。

 

「……別に、大した理由じゃないわよ」

 

リンリは鍋を箸でつつきながら、少しだけ視線を逸らした。

 

「ただ……旅がしたいの」

「旅?」

「うん。行ったことのない場所に行って、知らない街を歩いて、

 初めて会う人と話して……そういうのね」

 

リンリにしては、少し曖昧な言い方だった。

 

けれど、その声にはいつもの軽い調子とは違う……どこか遠くを見ているような響きがあった。

 

「……ここじゃ駄目なの? ここも知らない場所だよ?」

 

マリーが不思議そうに首を傾げる。

 

「そうね。まぁ、そうなんだけど……」

 

リンリは小さく苦笑した。

 

「ここにいる人たちは、私の魔法を知っちゃってるでしょ?」

「……あ」

 

どこか寂しげに呟くリンリのその一言で、私は何となく察してしまった。

 

リンリの魔法は【不死】。

どれだけ傷付いても、時間が経てば体を修復して生き返る。

 

それは一見、誰よりも強くて、誰もが欲する魔法に見える。

 

けど──。

 

「私が死なないって分かった途端ね、みんな私のことを雑に扱うのよ。

 『危ないことがあったら、どうせ死なないからリンリが行けばいい』。

 『痛い思いをしても、どうせ治るから大丈夫』。

 『死んでも生き返るんだから、他の子よりはマシでしょ』、って」

 

「……」

 

「もちろん、悪気がない人もいるわよ。

 でも……悪気がないからこそ、余計にそれが辛く感じる時もあるの」

 

「だから、旅に出たいの。

 私の魔法を知る人がいない場所へ行って、初めて会う人たちと普通の生活がしてみたい。

 一人のただの人間として、普通に扱われたい」

 

「ただの……人間?」

 

私の言葉に、リンリは小さく頷いた。

 

「危ないことがあったら……心配してほしい。

 怪我をしたら……大丈夫かって聞いてほしい。

 無茶しようとしたら……止めてほしい」

 

それは至って普通で、当たり前の願いだった。

 

けれどリンリにとっては、きっと当たり前ではなかったのだ。

 

「欲を言えば……」

 

リンリは少しだけ頬を赤らめる。

 

「私のことを、大事に想ってくれる人に出会えたらいいなって」

 

「……」

 

「笑わないでよ」

 

「笑ってないよ」

 

私は静かに答えた。

 

リンリは少し照れ臭そうに、箸の先で豆腐を崩す。

 

「昔から、少しだけ憧れてるのよね。

 物語に出てくる王子様みたいな人に」

「王子様?」

「そう。危ない目に遭った時に、

 どうせ死なないから放っておくんじゃなくて、ちゃんと手を伸ばしてくれる人。

 死なない私を、死ぬかもしれない普通の女の子みたいに、大事にしてくれる人」

 

リンリはそこまで言ってから、はっとしたように顔を背けた。

 

「……なーんて、ドラマの観過ぎよね。今のなし。忘れて」

 

ぽつりと言うと、いつもの勝気さが嘘のようにしおらしく俯いた。

 

「……でも、分かるよ。死なないからって、痛くないわけじゃないもんね。

 怖くないわけじゃないもんね」

 

するとシロが、いつになく真剣な表情でリンリを見据えながら、そっと言葉を添えた。

 

「……素朴でいいと思うよ。リンリのその憧れってのも」

「……」

 

ミサもシロに続いて言葉を紡ぐ。

 

「……そ、そうだ。ミサとマリーは?

 島から出たい理由とかないの?」

 

照れ隠しをするように、リンリは慌ててミサとマリーに話を振る。

 

「……私は、今はマリーといっぱい遊びたい。ただそれだけ」

「うん、マリーもミサちゃんとおんなじ気持ちだよ。

 今日もいっぱい遊んだもんね」

 

楽しそうに話すマリーに、ミサもほんの少しだけ目元を緩めた。

 

「そっか。……まぁ、ミサとマリーらしいわね~」

 

リンリはお椀に残ったスープを啜ると、「ごちそうさま」と箸を置き、席を立った。

まだ少し耳のあたりに赤みを残したまま、空いた食器を返却口へと運んでいく。

 

私はその背中を見ながら、皿の底に残った、少し固くなったチーズを最後のバゲットで拭って口に運ぶ。

 

(……やっぱり、皆それぞれ島から出たい理由はあるんだな)

 

漠然と「外に出たい」と思っていた私とは違って、みんなちゃんとした明確なビジョンがある。

 

まだその先の未来が具体的な形になっていない私にできるのは、

みんながその願いを叶えるために、この島から出るのをサポートすることくらいだ。

 

(……今日の深夜にでも、見回りでもするか)

 

もしも内通者がいるのなら、一刻も早くそれを突き止めるのが島からの脱出の糸口になるはずだ。

 

「ごちそうさま」

「あ、マキちゃん、ごはんもう良いの~?」

「うん。ちょっとさっきのサンドイッチ食べ過ぎたみたい」

「これは明日は霰とか槍が降るね~」

「失礼な……」

 

シロの軽口をさらっと流しつつ、私もリンリに続いて席を立つ。

 

そして、自分なりに出来ることを考えながら自室へと戻った。

 

 

日付が変わる頃まで休憩室の本を部屋に持ち込んで時間を潰し、

私は思い立ったように体を起こす。

 

今回の大義名分は『読み終わった本を休憩室に戻しに行く』だ。

 

別に誰かに見咎められたところで、深夜に出歩くこと自体は禁止されていない。

けれど、目的もなくうろついていると思われるよりは、何かしら理由があった方がいい。

 

私は本を小脇に抱え、音を立てないように廊下へ出た。

 

耳を澄ませながら歩く。

 

足音や衣擦れ、扉の開閉音……。

そういうものがどこかから聞こえてこないかと、神経を尖らせながら、

食堂、ロビー、娯楽室……と見て回るが、人の気配すらない。

 

結局、私は休憩室に本を戻し、大浴場を経由して自室に戻る。

 

特に何の成果も得られなかった。

 

(まぁ、焦っても仕方がないか)

 

よくよく考えたら、あの魔女の本が置かれたのは今日の今日のことだ。

 

勇み足で二日連続で置きに来ることもないだろう。

 

むしろ、もし本を置いた誰かが本当にこちらの反応を見ているのなら、

今日は様子見に徹する可能性の方が高い。

私がこうして夜中にうろついていること自体、空回りなのかもしれない。

 

「……はぁ」

 

小さく息を吐き、自室の扉を閉める。

 

ベッドへ腰を下ろすと、少しの緊張が解けたせいか、急に眠気が押し寄せてくる。

 

結局、見回りでは何も分からなかった。

けれど、何もなかったということも、今夜に限れば一つの結果だ。

 

「……寝よう」

 

私はそう呟いて、ベッドへ潜り込む。

 

深夜の見回りは空振りに終わった。

 

でも明日の朝には、少なくとも一つ、確かめられるものがある。

 

私たちが作った花瓶。

 

その完成品を見るために。

そして、何事もなく明日を迎えるために。

 

徐冷炉の中で静かに眠っているであろう、

淡い桜色の花瓶を思い浮かべながら、私は重たくなった瞼を閉じた。

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