魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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生ける魔女の死 Part10

食堂、娯楽室、庭園、大浴場、全員の個室など、

隅々まであらかた見回ったが──

死体らしいものは影も形も無かった。

 

あちこちの部屋に入るたび、

いきなり誰かの死体が目に飛び込んでくるのではないかと心臓が跳ね上がったが、

目の前に広がるのはいつもの見慣れたホテルの風景だけだった。

 

「先に行ったみんな、今は冬のエリアを探してるんやと」

 

スマホでメッセージを受けたナツミが言う。

 

「ハイジたち?」

「せや。ハイジちゃん、リンリちゃん、ミサちゃん、マリーちゃん、イリスちゃんの五人組やな。

 ホテルの中には見当たらへんかったから、冬のエリア探しとるらしい」

「じゃあ、私たちも冬のエリアに行こう!」

 

シロがそう言った途端、ナツミのスマホが鳴る。

 

「……ハイジちゃんからや」

 

ナツミが画面を覗き込む。

 

次の瞬間、その顔から血の気が引いた。

 

「……冬のエリアの食糧貯蔵庫で、見つけたって。

 ……ダイヤちゃんと、ポムちゃんの死体」

「だ、ダイヤとポムが……?」

「……状況は?」

 

そのノクスの冷静な声に、ナツミは首を横に振る。

 

「詳しくは書いてへん。ただ……早く来てって」

「行きましょう」

 

私たちは、冬のエリアの食糧貯蔵庫に向かった。

 

 

冬のエリアの階段を登ると、木造の食糧貯蔵庫が見えてくる。

 

すると、その扉の前にシートで包んだ"何か"を、二つ抱えている銃業員の姿があった。

それぞれ人一人分ほどの大きさだった。

 

「……ハイジ!」

 

私が叫ぶと、食糧貯蔵庫の扉の陰からハイジたちが姿を見せた。

 

ハイジ、リンリ、ミサ、マリー、イリス。

 

全員顔色が悪かった。

 

特にマリーは、ミサの服をぎゅっと掴み、顔を伏せている。

ミサはそんなマリーの前に立つようにして、こちらを見た。

 

「……見つけた。食糧貯蔵庫で、ダイヤを。その奥の冷凍室で、ポムも」

「ダイヤちゃん……ポムちゃん……」

 

シロが呆然と呟く。

 

紺剛ダイヤと地獄谷ポム。

これで──見つかった遺体は、四人分。

 

「……死体の状態は?」

 

ノクスが静かに尋ねる。

 

ハイジは一度、銃業員が抱えているシートへ視線を向けた。

それから顔を歪める。

 

「……よく見てみたけど……ダイヤは、大腿部がなかった」

「大腿部……」

「ポムちゃんは……?」

 

シロが問うと、リンリがぼそりと呟く。

 

「……腹部が、なかった。

 冷凍室の中で見つかったの。シートに包まれて、食品棚の奥に……」

「そんなところに……」

 

私は茫然と呟いた。

 

すると、イリスが震える手で二枚の白い紙片を差し出した。

 

「見つけた時、これがそばに落ちていました……。

 触る前に、一応写真も撮っています……」

「ダイヤの死体の傍には、『Thimomo』。

 ポムの死体の傍には、『Stomaka』。

 ……あの魔女の本によると、"大腿部"と、"腹部"」

 

【挿絵表示】

 

イリスが紙を差し出し、リンリはスマホを見ながら呟く。

 

「こ、これ……見立て殺人ってやつ……?」

 

二つのシートを抱え、冬のエリアの階段を降りていく銃業員を見ながら、ハイジが震える声で呟いた。

 

「……死体損壊による見立てね。あのアゾット儀式の図に合わせて遺体の部位を切り取って、

 その切り取った部位に対応する紙片を添えている。

 ヤヒメが、"両手を含む胸部"。アテナが、"腰部"。

 ダイヤが、"大腿部"。ポムが、"腹部"……」

 

ノクスが静かにまとめるように指折り数える。

 

「……あとは、ライトの死体と、それぞれ切り取られた部位か……」

「冬のエリアはラウンジも探しましたので、もう探していない場所なんてないはずです……」

 

私の言葉に、イリスが消え入りそうな声で付け加える。

その声には疲労と怯えが滲んでいた。

 

「でも……まずは、ダイヤちゃんとポムちゃんを生物室に戻さないと……」

 

シロが小さく呟く。

 

「カンチョー、生物室の前までは銃業員に運ばせると言うとったしな。

 そのままやったら入口に放置やで。箱に戻してあげんと」

「……そうね。行きましょう」

 

ナツミとノクスは銃業員のあとを追いかけるようにして階段を下りていく。

 

「私はまだどこかに死体がないか探してみる。

 キツい人は休んでて良いよ。ハイジとか、マリーとか」

「わ、私もお供します……。もう一度ホテル側を調べてみましょう!」

 

リンリとイリスも、ホテルに向かって歩き始めた。

 

「……マリー、一緒にあったかい茶でも飲んで休憩しない?

 あたし一人休憩すんのはばつが悪いしさ……」

 

ハイジがマリーを気遣うように、いつもより柔らかい口調で誘う。

 

「……」

 

マリーはミサの服を掴んだまま、何も答えない。

顔は伏せたままで、指先だけが小さく震えている。

 

「マリー、無理しなくていい。一緒に休もう」

「でも……」

 

俯くマリーにミサは言う。

 

すると、ハイジは少しだけ肩をすくめた。

 

「少なくとも、あたしは一回休まんと無理。

 だからマリー。あたしの付き添いってことで来てよ。

 ……そしたらあたしも堂々と休めるし」

「……うん」

 

それはおそらく、マリーを気遣うための言い訳だった。

マリーもそれが分かったのかもしれない。

 

「ハイジ、ありがと」

「ん」

 

ハイジの気遣いを察したミサが小さな声で言う。

 

「じゃ、三人で食堂ね。あったかい飲み物飲んで、ちょっと休憩。

 ……正直、手足冷えすぎて感覚ないし」

 

三人はホテルに向かって歩き出す。

 

「……私たちも行こう、シロ。ダイヤとポムを戻してあげないと」

「……うん。そうだね」

 

シロはぎゅっと自分の手を握り、私はノクスたちの後を追って地下の生物室へと引き返した。

 

 

 

 

生物室の前には、既に銃業員によって運び込まれた二つのシートが置かれていた。

 

私たちは恐る恐る、片方のシートを開けた。

 

中にいたのは、ダイヤだった。

 

紺剛ダイヤ。

 

いつも背筋を伸ばして、どんな時でも気高く振る舞っていた彼女が、

目を閉じて白いシートの中に静かに横たわっていた。

 

けれど、その体は完全ではない。

 

下半身部分が切断され、二つの足先が添えられるようにシートの中に包まれてあった

ハイジたちが言っていた通り、両脚の上部──"大腿部"が切り取られていた。

 

「……もう一つも確認するわ」

 

ノクスの声で、私たちはもう片方のシートへ視線を移す。

 

地獄谷ポム。

 

このコロシアイ楽園生活から、必死に立ち直ろうとしていた彼女。

その体もまた、白いシートの中で静かに横たわっていた。

 

──"腹部"が失われている。

本来なら体の中心にあるはずの部分がぽっかりと抜け落ちたように、服の形が沈んでいた。

 

生物室の特殊な箱に保管してあったからか、二人の体はヤヒメやアテナと同じく、

生前と何ら変わらない印象を受けた。

 

「うぅ……」

「誰がこんな真似……」

「……」

 

だが、部位欠損しているというその悍ましい事実自体に、シロとナツミとノクスが顔を歪ませる。

 

一通り調べたあと、私たちはその二人の死体を開いてあった箱の中に運び込む。

 

肌を刺すような冷気の中、断面を直視しないようにゆっくりと体を横たえた。

 

まるで眠っているだけのような、

生前そのままのような綺麗な顔立ちと、無残に切り取られた肉体。

その強烈なギャップが、私たちの精神をじわじわと削っていく。

 

透明な蓋がゆっくりと閉じると、密閉される鈍い音が生物室の中に低く響いた。

しゅうう……と、特殊なガスが箱の中へ満ちていく音がする。

 

「これで、四人……」

 

ナツミが自分の腕をさすりながら、凍える息を吐き出す。

 

「ヤヒメちゃん、アテナちゃん、ダイヤちゃん、ポムちゃん……。

 残る空の箱は、ライトちゃんやな……」

「それと、切り取られたみんなのパーツだね……。

 誰が、なんでこんなこと……」

「ひとまず、これでもう生物室から死体が持ち出される心配はなくなった。

 ……まだ見つかってない死体を探しに行こう」

 

私の言葉にみんなは小さく頷き、極寒の薄暗い生物室から逃げるように足早に出口に向かった。

 

 

その後、私たちはもう一度、ホテルと冬のエリアを手分けして探し回った。

だがその甲斐も空しく、それぞれの部位はおろか、ライトの死体すら見つからなかった。

 

冬のエリアの空は薄い橙色から、少しずつ青黒い色へ変わり始めている。

雪の白さも、夕方の光を失って影のように冷たく沈んでいた。

 

「……流石に今日は、冬のエリアは無理じゃない?」

 

リンリが両腕を抱きながら、少し震えた声で言う。

 

「寒いし、暗いし……もう足元も見えにくくなってきたし。

 このまま探してても、何か見つける前にこっちが凍えちゃうよ」

「でも……まだ、ライトちゃんも……切り取られた部位も、見つかってないよ……?」

 

シロの言葉に、リンリは困ったように眉を下げた。

 

「分かってるけど……だからって、真っ暗な雪の中をこのまま探すのは危ないでしょ。

 みんな疲れてるし、暗いし、寒いし……たぶん、ちゃんと探せる状態じゃないと思う」

「……確かに、今の状態で探しても成果は得られないかもしれないわね。

 無理に探そうとすると、見落とすどころか、誰かが怪我をする恐れもあるわ。

 明日の朝、明るくなってから改めて確認した方がいい」

 

リンリの方に視線を向けながら、ノクスは静かに頷いた。

 

「せやな……。無理して探して、誰か怪我したり迷ったりしたら洒落ならんわ」

 

ナツミもため息をつきながら同意する。

まだすべての死体を見つけられないまま、今日の捜査は打ち切りになった。

 

 

 

 

食堂に並ぶみんなの顔付きは、一様に沈んでいた。

 

温かい紅茶の湯気が、私の前で頼りなく揺れている。

手でカップを包み込んでも、心の中に居座る冷え込みまでは消せそうになかった。

 

テーブルの上には、これまでに回収された四枚の紙片──

 

『hanMuNeat(両手を含む胸部)』

『Waishi(腰部)』

『Thimomo(大腿部)』

『Stomaka(腹部)』

 

が並べられていた。

 

「……これ、やっぱりあの本にあった、"アゾット儀式"をなぞってるんだよね」

 

リンリが紙片を見下ろしながら、気味悪そうに眉を寄せる。

 

「平和を望むために行われた儀式……って書いてあったけどさ。

 その再現に死体から部位を切り取ってるって、意味分かんないんだけど……」

「……もしかして、あの本を書いて置いてる人がやってんのこれ……?

 じゃ、じゃあ、茶化したのは謝るからさ……こんな性質の悪い冗談止めよ……?」

 

ハイジがみんなを見回しながら言う。

 

「いや、冗談なんかで済む範疇じゃないだろ……!」

 

私は絞り出すような声で呟いた。

 

信じたくなかったからだ。

私たちの中に、こんな残酷なことをする人間がいるということが。

 

こんなことをするのは……運営側の人間に違いない。

そう思いたかった。

 

「せやな、冗談で済む話とちゃうわ。

 ……で、ライトちゃんの死体と、切り取ったパーツ、どこや?

 何のためにこんなことしとんねん?」

 

怒りを隠しきれない声色で、ナツミは腕を組みながら、

誰とも言えない相手に語り掛けるように言った。

 

けれどみんなはお互いに顔を見回し合うだけで、名乗り出る者はいなかった。

 

「寓話や伝承なんかに当てられて、

 本当に平和が訪れると思い込んでしまっている人間の仕業、ということもあり得るわ」

 

ノクスが静かな声で呟いた。

 

「か、確信犯……ということでしょうか……?」

 

イリスも怯えた表情でノクスに尋ねる。

 

「ええ。自分が正しいと信じて疑わない、一番性質の悪いタイプよ。

 本人の中では、これは残酷な死体損壊ではなく、平和のための儀式なのかもしれない。

 平和を実現させるため、第八の魔女とやらを呼び出すため。

 あるいは、このコロシアイ楽園生活を終わらせるためのね」

 

「終わらせるために、みんなの体を切るの……?」

 

マリーが目に涙を浮かべて、少しも理解できないといった表情で呟いた。

 

「……でもそれだと、切り取られた場所って、何か意味があるのかな……?」

 

ぽつりと言葉を落としたシロに、みんなの視線が集まる。

 

「だって、その本によると、

 それぞれのパーツは『強欲』とか『怠惰』とかと関係してるんだよね……?

 でも、切り取られた場所とその人とは、あんまり関連性がないっていうか……」

 

私はそれを聞いて、ポケットからスマホを取り出し、

改めてあのアゾット儀式の本の内容を確認する。

 

 

 

第三篇

 

────────────────

 

 

吹き荒ぶ雪が大地を覆い、吐く息さえ凍りつくような極寒の夜。

その中でただひとつ、熱を放つものがありました。

 

――"サラマンダーの火"。

 

揺らめくその焔の前に最初に現れたのは、第二位──怠惰の魔女が遣わした弟子の内の一人でした。

その弟子が両腕で抱えていた木箱に納められていたのは、怠惰の魔女の『頭部』。

万物を思考し、理解し、第二位という高みから見下ろしてきた証。

怠惰という静寂を享受するために彼女が磨き上げた、知性そのものでした。

 

次に、第三位──強欲の魔女の弟子が差し出したのは、『両腕を含む胸部』の入った木箱でした。

掴むための両手、両腕。それを抱え込むための胸。

全てを奪い、所有し、なおも手放さなかった。

尽きることなき欲望の権化とも言えるその強欲な力でした。

 

第四位──暴食の魔女の弟子が運んできた木箱の中は、『腹部』。

あらゆるもので満たし、溜め込み、尽きることのなかった器。

それはただ食を蓄えるだけの器ではない。

その内側に力を宿す、生命力の象徴でした。

 

次に現れたのは、第五位──色欲の魔女の弟子。

彼女が運んできた木箱の中は、『腰部』でした。

人を惹きつけ、触れ、絡め、狂おしい快楽に溺れさせてきた揺籃。

色欲の魔女が力の本質であると信じて疑わなかった、衝動と悦楽の証でした。

 

第六位──嫉妬の魔女の弟子が現れました。

彼女が運んできた木箱の中は、『大腿部』。

荒野を歩き、走り、常に他者の背中を追い求め続けた脚。

たとえ追いつけずとも進むことをやめなかった、その美しくも醜い、嫉妬という名の執念の形でした。

 

 

そして最後に現れたのは、第七位──傲慢の魔女その人でした。

 

他の魔女達にはそれぞれ多くの弟子がいました。

ですが、彼女は弟子を連れていませんでした。

 

その歩みは不自然で、一歩ごとにわずかに身体が揺れます。

彼女はそれを隠そうともしませんでした。

 

彼女の足元には、欠けた足先を補う義足が覗いていました。

 

彼女は自らの手で、己の『足先』が納まった木箱を火の前へ置きました。

第七位という『末端』にありながら、なおも他者を踏み付けることをやめなかった証。

他者を傲慢に見下し、孤高に立ち続けるために必要とした、彼女の最後の矜持でした。

 

 

そして──

 

それら六つのパーツが入った木箱が、全てサラマンダーの火へとくべられます。

 

箱は燃え、木は灰となり、

その中に納められていた六つのパーツもまた、炎の中へと消えていきます。

 

火の向こうで揺れる影を見つめながら、

傲慢の魔女と、他の魔女の弟子たちはただ待ち続けました。

 

数人の魔女の犠牲の果てに、平和の象徴たる第八の魔女──

『憂鬱の魔女』が現れるその瞬間を。

 

やがて、サラマンダーの火が、今まで見たこともないほど大きく燃え上がります。

 

まるで炎そのものが生きているかのように蠢きながら、

夜空を焦がすほどの光を放ちました。

 

そして炎の中心から、一人の魔女が姿を現します。

 

誰もが息を呑みました。

 

儀式は成功したのだと。

 

憤怒は討たれるのだと。

 

世界は救われるのだと。

 

そう、信じて疑いませんでした。

 

 

 

────────────────

 

 

(……確かにそうだ)

 

この本によると、例えば『強欲』なら"両手を含む胸部"、『色欲』なら"腰部"。

 

両手を含む胸部を切り取られたヤヒメは、別に強欲というわけではなかったし、

同じく腰部を切り取られていたアテナも、色欲と言われてもピンとこない。

 

「ヤヒメが強欲で、アテナが色欲……か。

 ……いや、なんか違うよね。ヤヒメは全然欲深いって感じじゃなかったし。

 アテナも……色欲って言われると違う気がするし」

 

リンリが私と同じようにスマホを見つめながら、顔をしかめる。

 

「ダイヤが嫉妬で、大腿部。ポムが暴食で、腹部……?」

 

ハイジが指折り数えるように言って、すぐに首を横に振った。

 

「いや、やっぱ変じゃん。

 ダイヤが嫉妬とか、ポムが暴食とか、こじつけでも無理あるじゃん」

「……そうね。少なくとも、今見つかっている四人と大罪の対応は自然ではない。

 そこに何の意図があるのかは分からないけれど……」

 

ノクスは顔に手を当てて考え込む。

 

「……それに、まだおかしなとこはあるよ」

 

すると、ミサが静かに口を開いた。

 

「この儀式によると、六人からそれぞれ一つずつ、

 合計六つのパーツが切り取られて火にくべられたって書いてあるけど……

 今までに見つかってるように、それぞれの死体から切り取られるとしても……」

「……そうか、一つ足りないんだ」

 

ミサの言葉を継ぐように言うと、ミサが私の方を見て頷く。

 

「死体は五人分。本の通りに六人からそれぞれ一つずつ、捧げられるべきパーツが六つだとしたら、

 これを行っている人物は、あと一つのパーツはどうやって工面するつもりなのか」

 

ノクスの言葉に、その場がしんと静まる。

 

今見つかっているのは、ヤヒメ、アテナ、ダイヤ、ポムの四人分。

そしてまだ見つかっていないライトの死体と、四人分の切り取られたパーツ。

 

五人の死体から、それぞれ一つずつ部位を切り取るなら、用意できるパーツは五つだけ。

 

だが……アゾット儀式に必要なパーツは六つ。

 

「……じゃあ、足りない一つって……

 犯人が……誰か別の人から、切り取るつもりってこと……?」

 

リンリのその言葉に、全員が小さく息を呑んだ。

 

「ちょ……ちょちょちょ……そ、それってつまり、

 誰かが狙われるかもってことじゃん……?」

 

ハイジが顔を引きつらせる。

冗談めかす余裕すらないのか、その声はひどく乾いていた。

 

「ま、待ってください……。ではこれは、

 いわゆる"犯行予告"、というものなのでしょうか……?」

 

イリスがテーブルに置かれた紙片を見ながら不安そうに言う。

 

その言葉が食堂の空気を一気に冷やしていく。

テーブルの上に並んだ四枚の紙片が、ずっと不気味なものに思えた。

 

「……何にせよ、まだ可能性の域を出ないわね。

 犯人の目的も、次に誰かが狙われるということも。

 でも、注意するに越したことはないわ」

 

「……せやな。とりあえず今日は、あんまり夜中とか出歩かんほうがええ」

 

「……だね。下手に真夜中に探し回るより、捜索は明日の朝なんかにした方が良い」

 

ノクスの方針に、ナツミとミサが頷く。

 

「冬のエリアも暗くて寒いですし……。

 探すにしても、ホテルだけにしておいた方が良さそうです……」

「まぁ、ホテルもさんざん探し回ったけどね」

 

リンリが力なく肩をすくめる。

 

「明日の朝、改めてみんなで探す?」

「さ、賛成ですっ。今日はもう、神経が持ちそうにありません……」

「私も。明日、起きられたらもう一度朝イチで冬のエリアを探すよ」

「そうだな。ちゃんと陽が昇ってからの方が良い」

 

シロの提案に、イリスとミサと私は同意する。

 

「……じゃあ、今日はもうお開きってことで?」

「……だね」

 

疲れ切ったハイジにミサは答える。

 

「正直、今日はもう変なもの見つけたくないけどね……」

「ウチもや。今日はもう一生分の死体見た気分やで……」

 

リンリとナツミが揃って深く息を吐き、席から立ち上がる。

 

「……マリー、もう部屋戻ろう。

 今日は早く休んだ方が良いよ」

「……うん」

 

ミサが隣に座るマリーへ静かに声をかけ、リンリとナツミの後を追うようにして食堂から出て行った。

マリーはまだ指先を小さく震わせながらも、ミサの影に隠れるようにしてトボトボと歩いていく。

 

「じゃ、あたしも戻る。……インターホン鳴ったら、即カガミ視よ」

「……無理はしないでくださいね」

 

イリスが心配そうに言う。

 

「イリスもねぃ。顔色、普通にお亡くなりになってるじゃん。

 一時間以内には死なないみたいだけど」

「お、お亡くなりは言い過ぎです……!」

 

イリスは反射的に抗議したが、その声にも力はなかった。

 

一人、また一人と食堂を後にする。

 

テーブルの上には、まだ四枚の紙片が並んでいる。

 

ノクスはそれを一枚ずつ手に取り、端を揃えるように重ね、

食堂の隅にあるカゴにそれらを入れた。

そこには、これまでに見つかった

『第一篇』『第二篇』『第三篇』がまとめて入れられている。

 

そしてノクスは思案するような素振りでゆっくりと食堂の出口へと向かう。

私とシロもそれに続き、食堂には誰もいなくなった。

 

「……今晩は、くれぐれも気を付けてね」

「うん、ありがとう。ノクスちゃんもね」

「もし何かあったらメッセージ送って、ノクス」

 

宿泊部屋の通路で別れの挨拶を交わすと、

私は静かに部屋のドアを閉めて、鍵をかけた。

 

カチリ、という小さな音が鳴った。

その音を聞いて少しだけ息を吐く。

 

私はベッドに倒れ込み、スマホを開く。

 

そして、これまでに見つかったあの魔女の本を読み返す。

 

 

『第一篇』

────────────────

 

とある時代、人の世を離れた場所に、七人の魔女がいました。

 

彼女たちは皆、並外れた力を持つ存在でした。

それぞれが、人の心に巣食う

 

『傲慢』『強欲』『嫉妬』『憤怒』『色欲』『暴食』『怠惰』

 

の七つの罪を司っていたといわれています。

 

七人は皆、ただの魔女で終わることを良しとせず、

更に上位の存在である『大魔女』となることを目指し、互いに競い合っていました。

魔法の研究に没頭する者もいれば、禁忌の薬を生み出す者もいました。

弟子を集め、勢力を築き、力を蓄え、信仰を広め、

誰が最も強い魔女であるかを競り合っていたのでした。

 

やがて七人の間には、否応なく力の差が現れます。

序列が生まれ、一位から七位までの順位が定められました。

 

力の強い順に、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、嫉妬、傲慢。

 

けれど、その序列は最初から歪んでいました。

 

一位とそれ以外の差があまりにも大きすぎたからです。

 

「憤怒」を司る魔女の突出した力──

 

彼女の前では、二位以下の魔女達の差などほとんど意味を持ちません。

同じ魔女でありながら、まるで次元が違っていました。

それほどまでに憤怒の魔女の力は圧倒的でした。

 

ですが、その力は次第に世界を蝕んでいきます。

怒りは争いを生み、争いは破壊を呼び、

やがて世界は憤怒の魔女の影響によって荒れ果てていきました。

 

このままではすべてが焼き尽くされる。

そう悟った六人の魔女達はある結論に辿り着きます。

 

――憤怒の魔女を討たねばならない。

 

しかし、力で対抗することは不可能でした。

残る六人が全員で対抗しても倒せるとは限らないほどに、憤怒の魔女の力は強大だったのです。

 

そこで選ばれたのが、古くから伝えられてきた儀式。

 

とある世界で行われたという

魔女因子を持つ13人の少女達による

魔女降臨の儀式を"模した"、禁断の儀式でした。

 

────────────────

 

 

『第二篇』

────────────────

 

その禁断の儀式とは──

「憤怒の魔女」を除いた六人の魔女が、

自らが最も誇る力の象徴を六つの「パーツ」として捧げ、

それらを"サラマンダーの火"と呼ばれる特別な火にくべることで、

六人の全ての力が組み合わさった完全なる第八の魔女――

「憂鬱の魔女」を呼び出す、『アゾット』と呼ばれる儀式でした。

 

古来より、魔女達は火には特別な力があると信じてきました。

火は形あるものを焼き、偽りを剥がし、

その奥に潜む本質だけを残す聖なる媒介。

罪を裁くときも、契約を結ぶときも、

最後に選ばれるのは常に"火"だったのです。

 

そして"サラマンダーの火"は、

魔女が持つ不死性すら焼き尽くす、聖なる火でした。

一度その火にくべてしまった六つのパーツは、二度と戻りません。

切り取って捧げた部位は、二度と再生されません。

 

魔女達は自らの誇りをその火に委ね、余分な肉も焼き払い、

本質であるその力の核だけを捧げようとしました。

捧げる部位によっては、魔女達は死をも覚悟して臨まなければなりませんでした。

 

そうして呼び出される「憂鬱の魔女」は、平和の象徴とされていました。

 

憂鬱とは、何も起こらないこと。

明日が今日と同じであると知っていること。

争いも、欲も、変化すらも失われた、退屈で静かな世界。

 

停滞は人の心を鈍らせ、退屈は時に重く沈ませます。

だが同時に、怒りを燃やす理由も、

剣を振るう理由も与えません。

 

だからこそ、魔女達はそう考えました。

 

――"憂鬱"は、最も静かな平和の形なのだと。

 

変革と破壊の象徴である憤怒の魔女に対抗出来るのは、

停滞と安定の象徴である憂鬱の魔女だけ。

 

その力によって、憤怒の魔女を撃ち滅ぼし、

世界に平和を取り戻そうとしました。

 

それがこのアゾット儀式の本当の目的だったのです。

 

────────────────

 

 

「……」

 

みんなは、このコロシアイ楽園生活を終わらせるために。

平和を取り戻すために。

"憂鬱"の魔女を呼び出すために。

 

そのために、こんなことをしているのでは、と言っていた。

 

だが──

 

これを書いた運営側の人間が、みんなの死体からパーツを切り取っている。

私にはそうとしか思えなかった。

 

こんな残酷な真似を私たちの中の誰かがやったなんて、

絶対に思いたくなかったからだ。

 

どんな理由があろうと、どんな考えがあろうと、

みんなの死体を持ち出して、切り刻んで──

 

そんなことを、今日まで一緒に過ごしていた誰かがやったなんて。

さっき食堂で顔を合わせていた誰かが、平然とあの紙片を眺めていたなんて。

とても考えたくなかった。

 

「……運営側の仕業だ……絶対に」

 

私は誰に聞かせるでもなく、小さく呟いた。

 

私たちを閉じ込めて、殺し合わせて、魔女裁判なんてものを開かせている運営側なら、

死体を切り刻んで悪趣味な儀式の見立てに使うくらい、平気でするかもしれない。

 

そう思った方がまだ楽だった。

私たちの中に犯人がいると考えるよりは、ずっと。

 

私はスマホを伏せるようにしてから、シーツに身を包む。

布の柔らかさも部屋の暖かさも、どこか遠く感じる。

冬のエリアと生物室の冷気がまだ足元に残っている気がした。

 

何も考えたくないまま、私は何度も寝返りを打つ。

 

目を開くたびに白いシーツが目に入り、上を見る度に見慣れた天井がある。

その繰り返しの中で、いつしか思考がほどけていく。

 

最後にぼんやりと頭に残っていたのは、生物室の開いたままの箱だった。

 

見つかった四つの死体。

 

開かれていた五つの箱。

 

捧げられる六つの部位。

 

その言葉を抱えたまま、私はようやく浅い眠りに落ちていった。

 

 

 

 

翌朝──

 

目が覚めた瞬間、まず最初に感じたのは──ひどい体の重さだった。

 

体がベッドに沈み込んでいるような感覚。

ちゃんと眠ったはずなのに、まるで一晩中ずっと起きていたかのようだった。

 

「……朝……か」

 

私はぼんやりと呟いて、腕時計を見る。

 

表示されていた時刻は、6時20分。

 

起きた時間はいつもよりも早かった。

けれど、もう一度眠る気にはなれなかった。

 

昨日のことが、一気に頭の中に戻ってきたからだ。

 

「……まだちょっと早いけど、行くか」

 

私はゆっくりと体を起こし、手早く身支度を整えた。

 

それから、ドアを開けて廊下を覗いた。

 

宿泊部屋の通路は、いつもと変わらず静かだった。

 

朝の光が窓から差し込み、廊下の床を薄く照らしている。

昨日の夜はあれほど不気味に見えた照明も、今は少しだけ柔らかく見えた。

 

食堂へ向かう廊下は、妙に長く感じた。

 

いつもなら朝食の匂いに少し気分が浮かれる。

けれど今日は、何の匂いがしても胃が重くなるだけだった。

 

食堂の前に着く。

 

「……あれ」

 

中にいたのは、ノクスだけだった。

 

テーブルの端に腰掛け、昨日の四枚の紙片と第三篇を並べている。

その横には、湯気の立つ紅茶が一つ置かれていた。

他のみんなの姿はない。

 

「おはよう、マキ」

「おはよう。……ノクスだけ?」

「ええ。今のところはね」

 

ノクスの声はいつも通り冷静だった。

 

だが、その表情はどこか真剣だった。

 

私は胸の奥がざわつくのを感じながら、近くの椅子を引く。

 

「……何かあったの?」

「全員が揃ってから話すつもりだったけれど、先にあなたには伝えておくわ」

 

ノクスはそう言って、第三篇の上に置いていた指を離した。

 

「さっき、生物室に死体を確認しに行ったの。

 ヤヒメ、アテナ、ダイヤ、ポム──

 四人の欠損死体は、昨日箱に戻した時と変わっていなかった」

 

「……まぁ、『生物室から死体の持ち出しは禁止』って規則が追加されたし……」

 

「問題は、その後よ」

 

私の言葉を遮るように、ノクスは静かに続ける。

 

「念のため、隣の懲罰房も確認した。

 昨日、遺体の切断に使われた可能性が高いギロチンがあった場所ね」

 

「……うん」

 

昨日見た光景が頭の中に蘇る。

鈍く光る刃。縁にこびりついた赤黒い跡。

木の台座の隙間に滲んでいた、血とも体液とも分からないもの。

 

「そのギロチンが、なくなっていたわ」

 

「……え?」

 

一瞬、言葉の意味が分からなかった。

 

「なくなってた……?」

「ええ」

 

ノクスは表情を変えないまま頷く。

 

「懲罰房から、ギロチンが消えていた。

 昨日あった場所には、台座の跡だけが残っている。

 刃も、台座も、全部なくなっていたわ」

「な、なんで……」

 

ギロチンがなくなった?

 

あの大きな道具が──

死体を切断するために使われたかもしれない、あの道具が。

 

「一応、組み立て式だったから、運ぼうと思えば運べないこともない。

 けれど詳しく確認するためにも、みんなに聞く必要があるわ。

 昨日の夜から今朝にかけて、誰かが懲罰房へ行ったかどうか」

「……そうだね」

 

淡々と言うノクスに、私は依然として胸騒ぎのようなものを感じていた。

 

すると、ノクスの視線が私から逸れ、私の後ろへと向いた。

 

振り返ると、食堂の入口にマリーが立っていた。

 

「……マリー。おはよう」

 

マリーは入口でぼんやりと立ち尽くしていた。

昨日の夜と同じように、不安そうに両手を胸元で握っている。

 

「おはよう、マリー」

「……おはよう、マキちゃん……ノクスちゃん……」

 

マリーの声は小さかった。

 

「……まだ、みんな来てないんだ」

「うん。今のところは私とノクスだけだよ」

 

そう答えてから、私はふと違和感に気付く。

 

マリーが、一人で来ている。

 

「……ミサは?」

 

私が聞くと、マリーの肩がぴくりと震えた。

 

「ミサちゃん……朝、部屋にいなかったの」

「……え? いなかったって……ミサが?」

「うん……」

 

マリーはぎゅっと自分の袖を掴む。

 

「昨日、一緒に部屋の前まで戻って……。

 ミサちゃん、『ちゃんと鍵閉めて寝るんだよ』って言ってくれて……。

 それで、朝……一緒に食堂に行こうと思って、ミサちゃんの部屋に行ったんだけど……

 返事、なくて……」

「インターホンは鳴らしたの?」

 

ノクスがすぐに尋ねる。

 

「鳴らしたよ。何回も。

 でも、返事がなくて……。ドアも、開かなかった」

「スマホに連絡とかは?」

「送ったけど、返事ない……」

 

マリーは今にも泣き出しそうな顔で、スマホを握り締める。

 

「ミサちゃん、もう一人で冬のエリアを探してるのかなって思ったけど……

 でも、何か、変で……」

 

すると、その時だった。

 

今度はマリーが、私たちの後ろに視線を向ける。

 

「……あれ」

 

私とノクスが振り向くと、食堂の窓の外に薄い白いものが揺れているのが見えた。

 

「……煙?」

 

私は窓へ駆け寄り、食堂の窓から外を見た。

 

ホテルの正面からその向こうへ続く道……

春のエリアと冬のエリアを隔てる境界のそのさらに奥。

 

ゆらゆらと細い尾を引くように、白とも灰ともつかない煙が立ち上っていた。

 

ノクスも窓辺に立ち、煙の上がっている方角をじっと見つめる。

 

「……冬のエリアの方角ね。行きましょう」

「分かった!」

「マ、マリーも行く!」

 

マリーが反射的に叫ぶように言った。

 

食堂を飛び出し、ホテルロビーから外へ出ると、煙はさっきよりもはっきり見えた。

 

春のエリアから冬のエリアへ続く道を行く。

 

冬のエリアに近づくにつれて、

風に乗って微かに何かが焦げる臭いが鼻腔を突き、奥がツンと痛んだ。

 

境界を越えた瞬間、空気が一段冷たくなった。

周りの景色が、柔らかな緑から白い雪へ変わる。

 

その先にある小高い丘に目を向ける。

 

──『ラウンジ』のあたりから、火の手が上がっていた。

 

「ラウンジが……燃えてる……!?」

「このまま近づくのは危険ね。

 風向き次第では、更に周辺の木にも燃え広がるわ……!」

「じゃあ、どうするんだ!?もし、中に誰かいたら……!」

 

私は思わず叫ぶ。

 

するとノクスの視線が、隣のマリーへ向く。

 

「マリー」

 

名前を呼ばれた瞬間、マリーの肩がびくりと跳ねた。

 

「……え」

「今、雨を降らせることはできる?」

「……雨……? マリーの、魔法で……?」

「ええ……お願い」

「……っ」

 

すると、小さな手が胸元でぎゅっと握られる。

 

「でも、マリーの魔法……また、誰かに利用されたら……」

 

その言葉に、胸が痛くなる。

 

マリーは自分の魔法が事件に利用される恐怖を知ってしまった。

自分の意思とは関係なく、自分の力が誰かの死に繋がるかもしれない。

 

それを嫌というほど思い知らされた。

 

だから、マリーは恐れている。

 

今ここで雨を降らせることすら、誰かの計画の一部なのではないかと考えてしまっている。

 

「もし……もしマリーが雨を降らせて……それで、また何かに使われたら……?

 誰かが、それを狙ってたら……?

 マリーのせいで、また……」

「マリー」

 

私はマリーの前にしゃがみ込み、目線を合わせる。

 

マリーの瞳は涙で揺れていた。

 

「お願い。雨を降らせて」

「……マキちゃん……」

「何かあったら、私が全部の責任を負うよ。

 『私が頼んだ』ってみんな言う。マリーは絶対に悪くないって。

 もし誰かが責めるなら、私が止めるから」

「でも……」

「マリーは利用されるんじゃない」

 

私はマリーの目を見て言った。

 

「マリーが、誰かを助けるために使うんだよ」

 

マリーの小さな唇が震え、私の言葉を繰り返す。

 

「助ける……ため……」

 

マリーは、私を見た。

 

それから、丘の上のラウンジを見る。

 

「……分かった。……マリー、やる」

 

そう言って、マリーは丘の上を見上げるように一歩前へ出て、空に手をかざした。

 

「……」

 

次の瞬間──

 

丘の上の空に、薄い雲が集まり始めた。

晴れていたはずの冬のエリアの空が、少しずつ灰色に染まっていく。

 

頬に冷たい感触があった。

 

ぽつり、ぽつりと。

 

雪ではない……雨だ。

 

冬のエリアに、雨が降り始めた。

 

ポツポツと落ち始めた雨は、瞬く間に激しい大雨へと変わり、

冬のエリアの白い雪原を叩き始めた。

 

ザァァァ──と激しい雨音が辺りを支配し、

燃えていた針葉樹やラウンジの炎が、白い蒸気と共に勢いを失っていく。

 

「ありがとう、マリー。……行きましょう!」

「マリーのおかげで助かった。……行こう!」

「う……うん!」

 

私たちは雨に打たれながら、ラウンジへと続く階段を駆け上がる。

 

ラウンジの前に到着する頃には、マリーの降らせた豪雨によって炎は完全に鎮火し、

玄関前のテラスの床の木材が、パチパチと音を上げながら煙を吐き出しているだけだった。

 

「……幸い、建物の周囲が燃えただけで、中にまでは火の手が回っていないわね」

 

ノクスは濡れた袖で入口のドアをゆっくりと開ける。

 

ギィ……と不気味な軋み声を上げて開いた扉の隙間から、暖かい空気が流れ出してくる。

 

 

けれど、ノクスは扉を開けたまま動かない。

その細い肩が、見たこともないほど硬く強張っているのが後ろからでも分かった。

 

私は息を止めながら、ノクスの背中越しにラウンジの内部へと視線をやった。

マリーも同じようにして、恐る恐る部屋の中を見渡す。

 

 

 

すると──

 

 

入口近くの椅子に、ぽつんと腰掛けさせられている人影が目に飛び込んできた。

 

 

背もたれに身体を預けたまま、ぐったりと項垂れている。

 

 

面影をかろうじて残しているその魔女化した顔に、生きている者の気配は一切なかった。

 

 

 

それは──

 

私たちがずっと探し続けていた、

 

 

 

『足先』のない、贄熊ライトの死体だった。

 

 

 

 

そして──

 

 

 

「これ……は……」

 

ノクスの掠れた声が落ちる。

 

普段ならどんな惨状を前にしても崩れない彼女の声が、今だけはほんのわずかに震えていた。

 

 

ラウンジの中央。

 

 

そり立つように鎮座する、刃の落とされたギロチン。

 

重い鉄の刃には、鮮やかな赤がべっとりと付着している。

 

落ちた刃の先から静かに、ぽたり、と赤い血が落ちた。

 

木の床に落ちたそれは、すでに広がっていた血だまりに吸い込まれていく。

 

磨き上げられていたはずのラウンジの床が、そこだけ別の場所になっている。

 

シャンデリアの光を受けて、血だまりはぬらぬらと光っていた。

 

そして

 

その中心に、誰かが倒れていた。

 

小柄な身体に、見覚えのある服。

 

見覚えのある靴に、見覚えのある、華奢な体つき。

 

雨と煙の臭いが仄かに混ざり合う中で、その姿だけがやけに鮮明に見えた。

 

 

昨日の夜、マリーの背中に手を添えて食堂を出て行った彼女。

 

 

ヤヒメの死体を見せまいと、マリーの前に立ち続けていた彼女。

 

 

雪の中で、マリーと一緒に笑っていた彼女。

 

 

 

 

 

 

生々しい血の海のただ中──

 

 

 

私たちが目にしたものは──

 

 

 

 

 

 

『頭部』を切断された、鈴月ミサの変わり果てた姿だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──ピンポンパンポン。

 

 

『死体が発見されました。

 一定の捜査時間の後、"魔女裁判"を行います』

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