ノクスの言葉が、裁判場に響き渡る。
けれどあまりにも突拍子がなさすぎて、誰一人としてすぐには反応できなかった。
犯人が、この中にいない。
それは、つまり――。
「……ついにノクスちゃんも、頭がおかしくなってしもうた……」
ナツミがどこか痛ましいものを見るような憐憫の目をノクスへと向ける。
「今までよう頑張ったもんな……。
ずっと先頭に立って難しいこと考え続けて、プレッシャーもすごかったはずや。
とうとう頭の中の何かがプチッと切れて、限界が来てしもたんや……」
「ノ、ノクスさんに頼り切りだった私たちにも責任はあります……。
今はそっとしておいて差し上げませんか……?」
「ち、違うわよ……! 私は至って冷静よ……!」
ナツミとイリスの哀れむような言葉に、ノクスは珍しく猛反論する。
しかし、証言台から身を乗り出して反論するその姿からは、
お世辞にも冷静という印象は受けなかった。
「でも、ノクスちゃん……!
犯人がこの中にいないなんて、そんなのあるわけないよ……!」
「そ、そうだよ……。こうやって魔女裁判も開かれてるんだし……!」
マリーとシロが縋るように叫ぶ。
「……そうよ。あんたが一番よく分かってるはずでしょ?
運営の処刑以外で人が死んだ時しか魔女裁判は開廷されないって、カンチョーも言ってたよ」
未だに眠り続けているカンチョーを横目に見ながら、リンリは腕を組みながら言う。
「犯人がいないなら、魔女裁判も開かれないはずじゃん……?」
ハイジも困惑を隠せない声色で呟いた。
するとノクスは再び息を整えながら言う。
「私は何も、犯人がいないだなんて言っていない。
"この中"に犯人はいない……そう言ったのよ」
「何が違うねん!」
ナツミが怪訝そうに眉を寄せる。
「も、もしかして……誰かの自殺だったとか……?
自殺なら、魔女裁判も開かれて、
『この中に犯人がいない』という謎かけのような言葉にも、一応説明はつきますが……」
イリスがおどおどとした様子で推論を口にするが、ノクスは冷ややかに首を横に振る。
「いいえ。自殺でも不幸な事故でもないわ。これはれっきとした殺人よ」
静かな断言に、裁判場の空気が再び張り詰める。
「犯人は、アゾット儀式の図に見立てて死体を分割するという異常な行為と――
この魔女裁判のルールそのものを利用して」
ノクスは円形に並ぶ私たちを、ゆっくりと見回した。
「自分自身の死すらも、完璧に偽装したのよ」
「自分の……死を?」
私の掠れたような声が漏れ出る。
「あのアゾット儀式に見立てて切断された死体の部位には、大いに意味があったのよ……。
七つの大罪なんて不確かな見立てなんかじゃない。
トリックを成立させるための……極めて重大な意味合いがね」
「犯人は……何をしたの……?」
マリーが不安そうな眼差しをノクスに向ける。
ノクスは一旦言葉を区切ると、静かに息を整えた。
そして──この事件の根幹を告げるように言った。
「犯人は……」
「五人の死体から、
「……は?」
誰もが自分の耳を疑った。
私を含め、誰一人としてその意味を即座に理解することができない。
「わけがわからんが。練成術かなにか?
水35リットル、炭素20キロ、アンモニア4リットル……みたいな?」
「……結論だけ告げても分かりにくいわね。
私としたことが先走り過ぎた。順を追って説明するわ」
ハイジの困惑に満ちた表情を見たノクスが、一つ咳払いをして説明を続ける。
「──まず、五人の死体を、それぞれ身長の高い順に左から並べるわ」
画面には、左から右へ進むにつれて少しずつ背が低くなる、五つの人体図が表示された。
「そして、最も高身長の人物からは、
アゾット儀式の見立てに対応する最も下位の部位を切断する。つまり"足先"ね」
一番左の人体図──その足先に黒い線が引かれる。
「二番目に身長が高い人物からは、切断する箇所をその一つ上……"大腿部"にする。
こんな風に、低身長の人物になるにつれて切断位置を上へとずらしていき、
最も小柄な五人目の人物からは"頭部"を切断する……」
ノクスは手元のスマホを操作し、簡単な図が描かれた画面をみんなに見えるよう掲げた。
「そして……切り取った各部位を、違和感を極力なくすために、
身長差が最も小さくなる隣り合う死体へと右へ順々にスライドさせて組み合わせる」
ノクスの示す図に従い、私たちの脳内でもパズルが組み上がっていく。
「最も高い人物から切り取った足先を、二番目に高い人物の脚へ移す。
二番目の人物から切り離した下半身は、三番目の人物の上半身へ。
同じように、三番目から四番目へ、四番目から五番目へ――
このように身体の部位を一つずつ横へずらしていく」
そうして表された人体図には──
一人目には、足先がない。
二人目には足先こそあるものの、大腿部が欠けている。
三人目は腰部。
四人目は腹部。
五人目は両手を含む胸部。
そして──頭部のない死体。
「切り離した部分を隣の死体へ移していけば、元の五人から――
"足先"のない死体。"大腿部"のない死体。"腰部"のない死体。
"腹部"のない死体。"両手を含む胸部"のない死体。
そして――"頭部"のない死体が完成する」
六つの人体図が、画面上に並ぶ。
「このようにして犯人は、五人分しか存在しない死体をパズルのように組み替え──
まるで六人分の死体が最初から存在していたかのように見せかけたのよ」
「…………」
誰も言葉を発せなかった。
目の前で解き明かされた、美しく完成されたマジックのようなトリック。
そのあまりの狂気的なギミックとロジックに、私たちの脳が理解することを拒んでいた。
「ちょ、ちょっと待て……まさか犯人はそれと同じことをやったのか……?」
私はかろうじて声を絞り出す。
「ええ。犯人は、生物室から持ち出した五人の死体を使って、このトリックを実行したのよ」
「ちょ、ちょ、ちょ……ちょい待ち!
な、なんでそんな意味の分からん、狂ったことすんねん……!?
五人から六人の死体を作る……?
それも身長順に並べて切って、部位をスライドさせるって、
そんな手間暇かけて何になるッちゅーんや!?」
ナツミが混乱しきった様子で声を荒らげる。
「犯人がわざわざ死体を身長順に並べ、最終的に最も身長の低い人物の体が丸ごと余り、
頭部のない死体として完成するように調整されていた理由……。
それは、持ち出された五人の死体の中で、一番身長の低い人物と、
これらの犯行を行った犯人の体格がほとんど同じだったからよ」
ノクスは手元のスマホに表示されたプロフィール欄に視線を落とす。
「持ち出された五人の死体の中で、最も身長が低かった人物……それは、"天刻ヤヒメ"」
そして、決定的な言葉を紡いでいく。
「全ては、最後に出来上がる六人目の死体──
つまり、頭部のない天刻ヤヒメの死体を、犯人自身の死体と偽装させるためだったのよ。
……スマホのプロフィール欄を見てみなさい」
ノクスの言葉に促されるように、私たちは一斉にスマホのプロフィール欄を開く。
「天刻ヤヒメの身長は152cm、体重は47kg。
この体格と極めて近い数字を持つ人物こそが──この惨劇を裏で操っていた犯人よ」
私はプロフィール欄を一つ一つ、上から順番に指で追っていく。
鵲シロ……違う。
田中ナツミ……違う。
蜜葉イリス……違う。
殯リンリ……違う。
ハイジ、マリー、ノクス……どれも当てはまらない。
そして──
私の指が、ある一つの項目でピタリと止まった。
身長 153cm
体重 46kg
『鈴月ミサ』
「そう……今朝、ラウンジで頭部を失った状態で発見された『鈴月ミサ』の死体。
あれは、彼女の服を着せられた──天刻ヤヒメの死体だったのよ」
ノクスの声が、裁判場全体に木霊する。
「つまり」
ノクスが、最後の結論を告げる。
「鈴月ミサは――まだ生きている」
「…………」
そのあまりにも衝撃的な事実に、
裁判場全体が息を呑むことすら忘れたかのような静寂に包まれた。
誰一人として、声を上げることすらできない。
頭では、ノクスの推理を理解できる。
ヤヒメとミサは、身長差が僅か一センチ。体重差も一キロしかない。
頭部を切り落とし、ミサの服を着せてしまえば、見分けることは難しい。
それでも感情が、その結論を受け入れることを拒んでいた。
そして──
その長い静寂を破ったのは、マリーだった。
「う、嘘……。じゃあ、ミサちゃんは、死んでなんか、ないの……?
まだ、どこかで生きてるの……?」
縋るような目でノクスの方を見る。
「……ええ」
ノクスは重々しく呟いた。
「……じゃあ、私とマキちゃんが最初に冬のエリアの倉庫で見つけた、
両手と胸のないヤヒメちゃんの死体は……っ」
シロが青ざめた顔で、おそるおそる口を開く。
あの時、悲劇の始まりとなった光景が鮮明に脳裏へ蘇る。
『hanMuNeat』と書かれた紙と共に、倉庫に置かれていた死体。
その頭部は確かにヤヒメだった。
だから、そこから下もすべてヤヒメの身体だと疑わなかった。
「……ノクスの推理通りなら、頭部だけはヤヒメ。
でも、両手を含む胸部から下にあった体は……ポムのものだったんだ」
「……そういうことよ」
私はその事実を一生懸命に飲み込むようにして、言葉を発する。
「で、では……食糧貯蔵庫で発見されたダイヤさんの死体にあった、あの足先は……」
「ライトから切り取られた足先が使われてた、ってこと……」
「ええ。あの足先も、ダイヤ本人のものではなかったということよ」
イリスとリンリも、驚愕に目を開きながら呟いた。
「生物室でアテナとして発見された死体は、頭部と両手を含む胸部、腹部までがアテナ本人。
でも、腰部から下の脚全体には……ダイヤの下半身が使われていたんだ」
私は死体が発見された順番を追うように整理する。
「じゃあ、ポムの上半身はそのままポムで、腹部を除いた下半身はアテナだったん……?」
ハイジが顔を青くしながら口元を押さえる。
「で、でも……」
シロが、未だ信じ切れないというように首を横へ振る。
「いくら身長が近くて、部位をスライドさせたからって……!
別々の死体が組み合わさってるなんて……
そんなの、切り口のズレとかの違和感で気付きそうなのに……!
何かどこかに違和感があったはずだよ……?」
「普通の死体をそのまま繋ぎ合わせただけなら、そうだったでしょうね」
ノクスはこれまでに発見された死体を思い返すように目を細めた。
「けれど、あの五人の死体はすべて生物室にある特殊な箱で保存されていた。
肌の色も、質感も、生前とほとんど変わらない状態に保たれていたわ。
腐敗による変色もなく、乾燥による萎縮もない。
見た目だけなら、眠っている人間とさえ錯覚してしまうほど、死体は綺麗な状態を保っていた。
……それに、私たちは最初から、死体には"欠損部位"があるものとして見ていた」
頭部、両手を含む胸部、腹部、腰部、大腿部、足先。
それぞれ、六人の死体から欠損していたと私たちが認識していたものだ。
「このトリックの恐ろしいところは、
異なる死体同士の切り口を直接接合するわけではないという点よ。
あくまでも、"欠損した空白がある"という前提を、私たちの頭の中に植え付けていたの」
「……そうか。欠損部位がある事によって、
繋ぎ目そのものを繋ぎ合わせずに済むようにしたんだ……」
「そうよ」
私が戦慄しながら漏らした言葉に、ノクスが頷く。
「例えば、腹部のない"地獄谷ポム"として発見された死体。
あれは実際には、胸部より上の上半身はポムで、
腰より下の下半身はアテナの死体が組み合わさったものだったわ。
けれど、ポムの上半身とアテナの下半身の間には、
"腹部が切り取られている"という空白がある。
だから、上半身と下半身が直接触れ合っていなくても、私たちは何の疑いもなく
『腹部を奪われたポムの死体』だと錯覚してしまったのよ。
この欠損という名の絶妙なカモフラージュが、
別人の死体同士の組み合わせという真相に辿り着かないようにしていたの」
「じゃあ……アテナちゃんの上半身と、ダイヤちゃんの下半身の間にも……
『腰部がない』っていう前提があったから……っ」
シロが青ざめた顔で、ようやく恐ろしい仕掛けの全貌を掴み始めたように震える声で呟く。
「ええ。犯人は欠損部位という空白を利用した。
それによって、縫合や接着どころか、切断面のサイズの違いを隠す処理すら必要なかったのよ」
ナツミがノクスに視線を向ける。
「ほ、ほんなら、あの死体の傍に置かれとった、魔女の本の見立てみたいな紙は……」
「あれは単なるアゾット儀式の見立てではないわ。
"その部位が切り取られている"という先入観を、
私たちにより強く植えつけるための心理的誘導でもあったのよ」
「そういう……ことだったのか」
私の胸の奥でずっと燻り続けていた疑問が、一気に形を成していく。
──『鈴月ミサが犯人』。
その前提で思考を組み替えていけば、
私の中で今までは意味の分からなかった謎の多くが、まるで一本の線へと繋がっていく。
「いやー……でもさぁ。
いくら五人を身長順に並べ替えて、誤差を最小限にしたとしても、
体格差なんかで分かりそうなもんじゃない……?」
ハイジがなおも信じられないと言った様子で呟く。
「もちろん、人間の体格は身長だけで決まるものじゃない。
けれど、今回使われた五人の死体には、
骨格や体形なんかを大きく特徴づける先天的な身体差がほとんどなかった。
全員が極端に痩せても太ってもおらず、概ね標準的な体格に収まっていたわ」
ノクスは再びみんなのプロフィール欄を開く。
紺剛ダイヤ……身長171cm、体重59kg。
贄熊ライト……身長165cm、体重55kg。
影津アテナ……身長159cm、体重52kg。
地獄谷ポム……身長156cm、体重48kg。
天刻ヤヒメ……身長152cm、体重47kg。
鈴月ミサ……身長153cm、体重46kg。
「身長が低くなるにつれて、体重も概ね同じ比率で下がっている。
犯人はこの近似を利用して、身長差をそのまま死体同士の体格差として扱ったのよ」
確かにノクスの言った通り、五人は全員が標準体型に収まっている。
筋肉量や骨格に多少の差はあっても、
欠損部位という空白を挟み、衣服越しに見れば、即座に別人だと断定できるほどではない。
「胸のサイズについても同じね。
死体の組み合わせによって、胸囲が偽装の障害になり得るのは、
この中では低身長組のミサ、ヤヒメ、ポムの三人。
けど三人共、幸か不幸か、全員が同じような慎ましいバストサイズだったと記憶しているわ。
それこそ、他人の胸部と組み合わされていたとしても、誰も違和感を抱かないくらいにね」
「ひでーな」
ハイジがぼそりと呟くが、ノクスは構わず人体図に画面を切り替えながら続ける。
「逆に高身長組のアテナ、ライト、ダイヤの三人は、
それぞれバストサイズに明確な違いがあったけれど……
そもそも身長が高くなるにつれ、切断された位置は大腿部や足先といった下半身に移っていく。
つまり、胸部は本人のものがそのまま残るため、
そこから体型の違和感を察知される心配もなかったというわけよ」
「……や、それでもさ……。
みんな死んじゃってるんだから……死んだ時の傷とか痣とか、体に残ってたんじゃないの?
別の人の体を使ったら、そこで分かりそうなんだが……?」
食い下がるハイジに、私は無意識のうちに声を低くしながら言う。
「……思い出してほしい。みんなが、どうやって死んだのかを」
「ど、どうやって……?」
ハイジの困惑の混じった視線が私に向く。
思い出したくもない光景。
頭の奥へ無理やり押し込めていた、これまでのみんなの死。
それを一つずつ、掘り起こしていく。
「アテナは、処刑による絞首刑。
首には痕が残っていたかもしれないけど、体に目立つ外傷が残る死に方じゃない」
処刑によって生じた痕跡が首周りに集中しているなら、身元を誤認させる妨げにはならない。
「ポムは、窓ガラス越しに背中を殴打されたことで心停止した。
少なくとも、全身を見ただけで即座に分かるような外傷は残っていなかった」
私は……あの、夏のエリアでの惨劇を思い出しながら言う。
「ダイヤも……アテナと同じく、絞首刑。
アテナと同じく、体自体に傷は残らない」
一呼吸置いてから、私は続ける。
「……そしてヤヒメは、崖から転落した際に頭部を強く打ったことが死因だった。
でも……落下する直前に、自分の服へ【物質強化】の魔法を使っていた」
「服が、ヤヒメちゃんの体を守った……」
マリーが小さく呟く。
「うん。頭部への衝撃までは防ぎ切れなかったけど、
服にかかった【物質強化】の魔法のおかげで、体には大きな擦過傷や裂傷が残らなかった。
だから、ヤヒメの体を別人に見せかけるうえで邪魔になるよう傷もなかったんだ」
私は最後にまとめるように言う。
「そして──ライト。
ライトの体は上半身は魔女化していて、しかもアイアンメイデンによる無数の穿刺痕があった。
でも、その傷は主に上半身にのみ集中していた。
下半身は、大腿部の半分までは異形化していたけど、
足先だけは無傷の人間のもののままだったんだ。
だから犯人は、そのライトの下半身を死体の組み換えに使ったんだ」
「た、確かに……ウチらがラウンジでライトちゃんの死体を調べた時も、
言われてみればそんな感じやったな……」
ナツミが、恐れ戦くように呟く。
「あー……。アイアンメイデンの棘って、
なんか知らんけど創作とかだと大抵上半分だけについてるよね……。
だからライトも、下半身まで同じように傷だらけだったわけじゃない、か……」
ハイジが納得したように言葉を落とす。
ノクスは、五人のプロフィールを見比べながら結論付ける。
「犯人──ミサは、死体を調べた時に気づいたのでしょうね。
この五人なら、体を組み合わせても、個人の特定にまで至るようなことにならないと」
偶然にも、五人の死体はこの異常なトリックを成立させる条件を満たしていた。
ミサは、それを見逃さなかった。
五人を身長順に並べ、切断する位置を一段ずつ上へずらし、
欠損という空白を挟んで、別人の身体を一体の死体に見せかけた。
それこそが、犯人の仕掛けた死体組み換えトリックの全貌だった。
「あ、あの……少しよろしいでしょうか……?」
すると、イリスがおずおずと手を挙げる。
「これまでのお話をまとめますと、犯人は五人を身長の高い順に並べて、
足先から頭部へ向かうように切断位置を上げていったのですよね……?」
「ああ。そのはずだ」
「で、ですが……それですと、大きな矛盾が生じてしまいますっ」
イリスは自信なさげに声を震わせながらも、スマホに表示された五人のプロフィールを指し示す。
「持ち出された五人の死体の中で、最も身長が高い方は紺剛ダイヤさんですよね……?」
「……ほんとだ……。ダイヤちゃんが、171㎝で一番高い……」
「っていうか、この島の参加者の中で一番身長高いね」
マリーとリンリも、数字を見比べながら眉を寄せた。
「でしたら、本来"足先"を切り取られるのはダイヤさんのはずです。
そして、その足先が二番目に身長の高いライトさんへ回される……ということになりますよね?
……ですが、実際には逆です」
イリスは次第に確信を強めながら続ける。
「実際に足先を失っていたのは、二番目に身長の高いライトさんでした。
そして、その足先は最も身長の高いダイヤさんの死体へ割り当てられていました……」
言われてみれば、イリスの指摘通りだった。
本来の法則に従うならば、
一番身長の高いダイヤから足先を切り取り、それを二番目に身長の高いライトへ移す。
そしてライトから大腿部を切断し、三番目に身長の高いアテナの下半身へ移すはずなのだ。
けれど、実際に発見された死体を見ると、ライトの足先がダイヤに回されていた。
「つまり、最初の二人だけ順番が逆になっとるやん。
それやったら、さっきの身長順の法則、最初から成立してへんのとちゃうか?」
「……ええ。だから私は先ほど、
一度この"身長順"という法則へ辿り着きながらも、それは誤りだと判断した。
『もしかしたら、身長順に部位が切り取られているのでは』と閃いたけれど、
ダイヤとライトの空白部位の割り当ての矛盾によってそれは否定されたわ」
スマホの画面を食い入るように見つめたあと、苦々しげに首を横へ振っていたノクス。
あの時点で彼女は既に、身長順の法則を見つけていたのだ。
けれど、ダイヤとライトの順序が一致しなかったため、誤った仮説として切り捨てた。
「では、やはりノクスさんの推理が、どこか間違っているのでは……?」
イリスが遠慮がちに尋ねる。
「いいえ……法則が間違っているのではないわ」
「ほな、何が違うんや?」
「犯人は当初、法則通りに死体を切断するつもりだった。
けれど、実際に犯行を進める中で――
ダイヤとライトの担当部位を入れ替えざるを得ない致命的な誤算が生じたの」
「入れ替えざるを得なかった……?」
私は、ラウンジで調べたライトの死体を思い返す。
上半身を覆っていた異形の皮膚。
魔女化は胴体だけに留まらず、腰から大腿部の途中にまで及んでいた。
「……ッ! そうか! ライトの魔女化か!」
「ええ」
私が閃きと共に叫ぶと、ノクスが鋭く頷いた。
ノクスはスマホの図で、ライトの大腿部に相当する部分を指し示した。
「魔女化による異形化は手の爪の先から始まり、時間とともに腕、肩を経由して、
それが胴体にも到達すると、そのまま全身へと波及する法則があった。
……ライトの魔女化は、それによって大腿部の半分まで進行していたのよ」
ノクスは、ラウンジでライトの死体を調べた時のことを思い出しながら言う。
上半身の異形化に加え、それは腰を通り越し、ライトの大腿部の半分までもが異形化していた。
「そっか……!
そんな異形化した下半身をアテナちゃんのものとして組み合わせたら……
一目で別人の身体だって分かっちゃう……」
シロが青ざめながら呟く。
「そうよ。アテナには魔女化の兆候などなかった。
異形化したライトの大腿部を使えば、このトリックはその場ですぐに露見する」
「だから犯人は……かろうじてまだ魔女化には至っていなかった、
ライトの足先だけを使うことにしたのか」
私は、失われていたライトの足先へ思考を移す。
ライトの魔女化は、大腿部の途中で止まっていた。
その先にある膝から下、とりわけ足先だけはまだ普通の人間と変わらない状態だった。
「そこで犯人は、ライトから切り取る部位を、本来予定していた"大腿部"から"足先"へ変更した」
ノクスの指が、スマホの画面上でライトとダイヤの位置を入れ替える。
「その代わり、最も高身長だったダイヤからは大腿部を切断することにした」
「つまり……ダイヤとライトが逆になってたのは、
最初からそういう法則だったんじゃなくて……途中で予定を変えた結果だったん?」
「そう考えれば、説明がつくわ」
ハイジの言葉に、ノクスは静かに答えた。
「犯人にとっては、ライトの魔女化が大腿部にまで進行していたというのは予想外の事態だった。
その場で急きょ計画の修正を余儀なくされた結果、
身長順の法則が最初の二人だけ崩れて見えることになったのよ」
そこでノクスは一度言葉を区切り、人体図の上へ、それぞれの身長を書き加えていく。
「――けれど、この二人を入れ替えたことによって、また新たな問題が発生した」
「新たな問題……?」
マリーが不安そうに聞き返す。
「本来の計画では、最も身長の高いダイヤから"足先"を切断し、
それを二番目に身長の高いライトへと回す予定だった。
ダイヤの身長は171cm、ライトの身長は165㎝──その差6㎝。
そして、ライトからは"大腿部"を切断し、その下半身をアテナの上半身へ割り当てる。
ライトは165cm、アテナは159cm──こちらも、身長差は6cm。
隣り合う者同士として、これらの6cmという数値の誤差は、
おそらく犯人にとってまだ許容の範囲内だった」
「元々は、最大でも6㎝程度の差に収まるように並べてたってことか……」
私は図を見ながら呟く。
ノクスは頷きつつも淡々と続ける。
「ところが、ライトの魔女化が大腿部にまで及んでいたというアクシデントが起こる。
この異形化した大腿部を、そのままアテナの下半身へと使うわけにはいかない。
そこで苦肉の策として、犯人はダイヤとライトの二人の担当部位を入れ替えることによって、
まだ魔女化していなかったライトの足先だけを使おうとしたのよ」
ノクスは、ライトとダイヤの人体図を入れ替えながら説明する。
「けれど、これにも問題がある。
ダイヤとライトの入れ替えによって、アテナの死体の組み合わせは、
一番身長の高いダイヤと、三番目に身長の高いアテナとの組み合わせになってしまうのよ」
ノクスは図に、その異様な身長差を強調するように赤い字で数字を書き足していく。
「ダイヤは身長171㎝、アテナは身長159cm──その差は12㎝。
犯人が元々想定していた身長差の倍にもなる数値よ。
これは犯人にとっては、到底看過できない数値だったはず……」
「……あ」
その時、マリーが小さく声を漏らした。
何かに気づいたように、目を大きく見開く。
「だから……だったの? アテナちゃんだけ、生物室に置かれてたのは……」
マリーは、先ほど自分が口にした疑問を思い返すように、震える声で続ける。
「……ええ」
ノクスは静かに頷いた。
ヤヒメは冬のエリアの倉庫、ダイヤとポムも同じく冬のエリアの食糧貯蔵庫と冷凍庫。
ライトと首のない死体は冬のエリアのラウンジ。
それなのに、何故かアテナだけは冬のエリアから離れたホテル地下の生物室で発見された。
「アテナとして発見された死体だけは、
他の組み合わせよりも明らかに身体の釣り合いが悪かった。
だから犯人は、その違和感を悟られないよう、
その死体をじっくり調べられる明るい場所へ置きたくなかったのよ。
さらに、私たちに『アテナの腰部が欠損している』という事実さえ確認させたら、
すぐにでも生物室の箱の中に死体を戻してしまいたかった。
──薄暗く、極寒で、長時間留まる事が難しく、
尚且つすぐ傍には元々死体を保管していた箱が設置してある場所……。
アテナの死体だけをその生物室に配置したのには、そうした理由があったのよ」
ノクスの視線が、マリーへと向けられる。
「アテナだけが生物室に置かれていた理由。
あなたが抱いたその疑問が、この死体組み換えを見抜くための突破口になったのよ」
「マリーの……?」
マリーは驚いたように自分を指差す。
「そうよ。犯人は予定外の入れ替えによって生じた12cmの差を、完璧に隠したつもりだった。
けれど、その誤差を隠すためにアテナだけを生物室へ移したことで――
今度は死体の配置そのものに、不自然な歪みを残してしまった」
「……」
マリーは何も言わない。
自分が何気なく抱いた疑問が、この異常な仕掛けを暴く突破口になった。
その事実を、まだ上手く飲み込めずにいるようだった。
「……ほんなら、犯人は……
ほんまやったら、全員の死体を冬のエリアに置きたかった、っちゅーこと?」
「ええ、おそらくはね」
「……なんでわざわざ冬のエリアなんや?
それも、わざわざ死体同士をあちこちに離れ離れにして置いて……手間が増えるだけやん?
アテナちゃんが生物室に置かれてたんやったら、
同じように他の死体も全員分を生物室に置けば良かったんちゃうん?」
ナツミが怪訝そうに小首を傾げる。
「死体を別々の場所で発見させた理由は、死体の組み換えそのものを見破られにくくするためよ。
仮に、複数の欠損死体が同じ部屋へ一度に並べられていたら、どうなると思う?」
「どうなるって……」
シロが戸惑いながら考え込む。
「すぐ近くにある死体同士を、見比べやすくなる……?」
「そうよ。同時に複数の死体を並べて観察できれば、
別人同士の部位が混ざっていることに気づかれる恐れがある」
加えて、とノクスは続ける。
「"同時に存在する複数のバラバラ死体"という光景そのものが与える印象によって、
そこから『死体のパーツが組み替えられているのではないか』という真相へ、
そのまま直感的に辿り着かれてしまう危険性があった。
だから犯人は、死体同士を極力離れた場所で発見させたかったのよ」
倉庫、食糧貯蔵庫、ラウンジ。
確かに、死体はそれぞれ離れた場所で発見された。
「しかも、発見された死体は順次、生物室にある別々の保存箱へ収められた。
一体につき一つの箱。その枠が、心理的にも死体を"一人分ずつ"に区切ってしまったのよ」
「た、確かに……一人ずつ個別の箱に納められていったら、
誰かてそれぞれ一つ一つが同一人物の死体やって思ってまうな……」
ナツミが顔を引きつらせながら呟く。
「実際には複数人の身体が混ざっていても、
私たちは箱ごとに『ヤヒメの死体』『アテナの死体』と分類してしまった。
別の箱に収められた部位同士を繋げて考えることすらしなかったわ」
「ほんなら……冬のエリアに置いた理由は?」
「それは、おそらく立地上の都合ね」
ノクスは地図上の施設を、指先で順番に示していく。
「冬のエリアは建物同士が離れていて、周囲の見通しもいい。
誰かが近づいてくれば、遠くからでも早めに気づくことができるわ」
「つまり、死体を置いてるところを見られにくい……?」
マリーが尋ねる。
「そういうことよ。
周囲に人がいないことを確認したあと、目的の建物に入り、封印紙を破る。
それだけで、誰にも見咎められずに死体を配置できるからね」
「な、なるほどな……」
ナツミが納得したように何度も頷く。
「けれど、理由はそれだけではないわ。
魔女の本には、アゾット儀式が"極寒の日"に行われたと記されていた」
「……そうか。死体を冬のエリアに置けば、『私たちは儀式の記述を再現したんだ』と思う……」
「その通り。犯人は、死体同士を離して比較させず、
かつ安全に配置するために冬のエリアを選んだ。
けれど私たちには、極寒の日の儀式を再現するためという、
もっともらしい理由が用意されていた。
死体の欠損には見立てとしての意味を与え、
死体の配置にも、極寒の日を再現したという意味を与えたの」
私は、犯人が仕掛けた二重の誘導を噛み締めるように呟く。
「そうやって、犯人は全ての不自然さを"儀式だから"で納得させたんだ……!」
私たちはずっと、犯人が用意した意味だけを信じ、
その下に隠された本当の目的を、見ようとすらしていなかったのだ。
「じゃあ、あの魔女の本を置いてたのも、ミサちゃんやったんか……?」
「……いえ、あの本自体はもうずっと前から置かれていたわ。
ミサ自身が置いていたとは考えにくい」
ナツミの質問に、ノクスは淡々と答えた。
「……あのさぁ」
その時、リンリの鋭い声が飛んだ。
「さっきから当然みたいに、『ミサが生きてる』って話を進めてるけど……。
ミサが死んでないなら、そもそもなんでこんな魔女裁判なんかやってんのよ?」
リンリは苛立たし気に証言台へ手をつき、ノクスに視線を移す。
「つまるところ、あの首なし死体は前から死んでいたヤヒメだったんでしょ?
ミサも生きてるっていうんだったら、今回、新しく殺された人間なんていないじゃない」
「あっ……そ、そうだよ……!
殺人が起きてないなら、魔女裁判は開かれないはずだよ。
この裁判で、誰の殺人を裁いてるの……?」
シロも、はっとしたように声を上げる。
「運営の処刑以外で誰かが死亡した場合にのみ、魔女裁判は開廷されるのでしたよね……?
ミサさんが被害者でないのでしたら、
そもそもこの裁判自体が成立しないことになります……っ!」
イリスも不安げに両手を握り締め、それに同意する。
「あ……せ、せや!
ミサちゃんが自分そっくりの偽の死体を用意したんはもう痛いくらいに分かったけど、
それで、結局は何がしたかったんや!?
そもそもウチらはなんでこんな裁判なんかやってんねん!」
ナツミは頭を抱えながら声を荒らげる。
犯人の仕掛けたトリックの全貌が見えかけた矢先、
またもや裁判場に困惑の空気が満ちていく。
「……それに……ラウンジで、ミサちゃんの死体を見つけた時……
死体発見アナウンスも……流れたよ……?」
先ほどまで沈黙していたマリーが、涙を零しながら絞り出すような声で言う。
その声は、今にも消えてしまいそうなほど震えていた。
ミサが生きているのなら、それを信じたい。
けれど、死体発見アナウンスが鳴ったという事実が、その希望を許してくれない。
そんな葛藤が、痛いほど伝わってくる。
「……」
「……待って」
私は、無意識のうちに声を上げていた。
「マキ、ちゃん……?」
涙に濡れたマリーの瞳が、私へ向けられる。
「もし……」
私の頭の中に、医務室で見つけたビンが鮮烈に浮かび上がる。
『12』とだけ書かれたラベル。
何者かによって一度開けられた痕跡のあるコルク。
そして、辞書の"ドゥオデキム"のページ。
「私よりも先に、ドゥオデキムの説明書きから、
"医務室にドゥオデキムが保管されている"ということに気づいた人物がいたとしたら……?」
「ドゥオデキム、に……?」
シロが不安そうに聞き返す。
私は強く頷き、確信を込めて言葉を紡いでいく。
「私は説明書きを読んでから図書室の机に置いてあった辞書を引いて、
ようやく『12』のラベルのビンがドゥオデキムなんじゃないかって気づいた。
でも──あの辞書の該当ページには、
私が開くよりも前から誰かが調べたような皺が残されていたんだ。
つまり、私より先に同じ結論へと辿り着き、
ドゥオデキムの存在を突き止めた人物がいた可能性があるんだ」
私は頭の中で繋がった一本の糸を慎重に手繰り寄せるように推理を続ける。
「その人物は、医務室からドゥオデキムを持ち出して──懲罰房へと向かった」
信じたくない。
到底信じられる話ではない。
けれど──
今回、別の誰かが殺されていたのだとしたら。
「そして、魔女を殺す薬であるドゥオデキムを──ライトに使った」
「ライト、ちゃんに……?」
マリーの消え入るような声が響く。
「……ああ」
私はラウンジで調べたライトの死体を思い返す。
魔女化の痕跡と、アイアンメイデンによる無数の穿刺痕。
その中に混じっていた、棘によるものとは明らかに形の違う傷。
「ライトの胸や腹には、アイアンメイデンの棘とは違う、
刃物で切創されたような傷が残っていた。
私たちはあの時、てっきりそれは運営側がライトを拷問したあとに、
最後にドゥオデキムで処刑するために付けた傷だと思い込んでいた」
アイアンメイデンによって刻まれた、無数の穿刺痕。
その中に紛れ込んでいた、刃物でつけられたような傷。
魔女を殺すための毒薬、ドゥオデキム。
『ライトは拷問したのち、ドゥオデキムで処刑する』
カンチョーのその言葉を耳にしていたからこそ、
私たちはすべてを運営による処刑の一部として受け入れてしまった。
けれど──違ったんだ。
ライトは、運営の手によって殺されていたわけじゃなかった。
「ライトは──運営が処刑するよりも前に、
犯人によってドゥオデキムで殺されていたんだ」
私の放った決定的な言葉が、裁判場に叩きつけられる。
今開かれているこの魔女裁判について、
私たちが信じ込んでいたすべての前提を底から引っくり返す言葉。
ミサが被害者だという前提も、
ライトは運営に処刑されたという前提も、すべて。
「は、犯人によって、って……。
じゃあ……じゃあ、この魔女裁判って……っ!?」
リンリの瞳が大きく揺れる。
「そうだ。
この魔女裁判は――鈴月ミサを殺した犯人を裁くために開かれたものじゃない」
自分の声だけが、異様なほどはっきりと裁判場に響く。
「これは――」
そして、その名前を裁判場へ突きつけた。
「──『
声が反響し、やがて静寂へ吸い込まれていく。
「……」
「じゃあ……本当の被害者は、ライトちゃんだった……ってこと……?」
シロがか細い声で呟く。
「……そういうことになる。カンチョーは……
『ライトは処刑した』なんてことは、一言たりとも言っていなかった……!」
私は確信をもって、重く頷いた。
「犯人は、運営がライトを処刑するよりも先にドゥオデキムを使って殺した。
そしてその死体をすぐに、誰の目にも触れない場所へ隠したんだ」
「隠した……? でも、どこに……?」
マリーが、涙の残る目をこちらへ向ける。
「おそらく、生物室だ。
……みんなの死体はずっと生物室の保存箱に入れられていた。
特殊なガスの中で、腐敗や乾燥を抑えられてたんだ」
「う、うん……」
シロが小さく頷く。
「でも、ダイヤの死体に使われていたライトの足先は、
ずっと箱に入っていたダイヤの身体と比べても、ほとんど違和感がなかった。
つまり……ライトの死体も、殺された直後の、
かなり早い段階で生物室の保存箱に入れられていたんだと思う」
「殺されたあと、すぐに……?」
マリーが顔を強張らせる。
「ああ。そうしなきゃ、あとから切り取った足先だけがダイヤの死体と比べても違って見える。
それをダイヤの体に使えば、いくら切断箇所を誤魔化しても、そこだけ明らかに浮いて見えたはずだ」
「ほんなら……ライトちゃんが殺されたんは、今朝とか昨日やないってことか?」
「おそらく、ライトが殺されたのは何日も前だったはずだ」
私は、初めて魔女の本を見つけた朝の時のことを思い出しながら続ける。
「私が図書室で、あの辞書が読書机に置かれているのを見たのは、
冬のエリアが開放された次の日の朝だった。
もし犯人がドゥオデキムの意味を調べたあと、
そのまま辞書を机に置いていたのだとしたら、
ライトが殺されて、生物室に保管されたのは──
冬のエリアが開放されてから、すぐだった可能性が高い。
犯人はライトを殺したあと、その死体を生物室へ運んで保存箱の中に入れた。
そうして何日もの間、誰にも見つからないように隠し続けていたんだ」
「何日も……私たちが普通に過ごしてた間も、ずっと……?」
シロが、青ざめたまま呟く。
「……ああ」
私たちが何も知らずに過ごしている、そのすぐ近くで。
犯人によって殺されたライトの死体は、生物室の箱の中に隠されていた。
「犯人はライトを殺したあと、その死を誰にも知られないようにした」
私は一つずつ、時間の流れを組み立てていく。
「そして死体発見アナウンスが鳴らないように、誰にも発見されない場所へ運んだ。
そのうえ保存箱へ入れて、死体組み換えのトリックのために、
死体の状態を他の死体と遜色がないようにした。
それに……ライトは運営に処刑されることになっていた。
だからもし懲罰房から姿が消えているのに気付かれても、
私たちは運営が死体を処分したんだと思う。
わざわざ行方を確かめようともしない」
「懲罰房から死体が消えていても、不自然に思われないというわけですか……」
イリスが震える声で呟く。
私は頷きながら続ける。
「ダイヤに使われていたライトの足先も、
保存箱に入れられていたダイヤの身体と比べても不自然じゃなかった。
それは、ライトの死体も殺害された直後から、
生物室で同じように保存されていたからだ」
そして、何日もの間隠されていたその死体は──
魔女の本に記されたアゾット儀式の見立てのために切断され、
存在しない六人目の死体を作り出すための材料にされたのだ。
そしてその間、ライトの死体は誰にも発見されなかった。
たとえ何日も前に殺されていたとしても、死体発見アナウンスは鳴らない。
あのアナウンスが流れる条件は、
誰かが死亡した瞬間ではなく――新たに生まれた死体を二人以上が発見した時なのだから。
「そして犯人は、何日も前に殺したライトの死体と、
首のないヤヒメの死体をラウンジへと運び入れて……
それらを私たちに『
私は、今朝の光景を思い返す。
ラウンジで見た、足先を失ったライトの死体と、
ミサの服を着せられた、血にまみれた首なし死体。
二つの死体を同時に発見した直後、響き渡った死体発見アナウンス。
「私たちはあの時、アナウンスが鳴ったのは"ミサの死体"を発見したからだと思い込んだ。
でも……実際には全く違っていた。
あのアナウンスは……今まで一度も発見されていなかった、
「……っ!」
裁判場の全員が息を呑む。
「死体発見アナウンスは、誰の死体を発見したのかまでは教えてくれない。
血にまみれた首なし死体という強烈な光景のせいで、私たちは勝手に
"首のないミサの死体が発見されたから鳴った"と認識してしまった」
「マリーたちが……そう思い込んだだけ……」
マリーが呆然と呟く。
「そうだ……。首を切り落として、ミサの服を着せて、新しい血まで残した。
誰がどう見たって、まずそっちを"今回殺された被害者"だと誤認してしまう。
一方のライトは、運営に処刑された死体だと思われてたから……
誰一人として、ライトが死体発見アナウンスの対象だとは夢にも思わなかった」
ライトの死体も、確かにラウンジにあった。
けれど私たちは、最初からそれを事件の被害者として認識すらしていなかった。
「犯人は今回の偽装のために、ライトと首なし死体を同時に発見させる必要があったんだ。
例えば、もしライトの死体だけが先に見つかって、そこでアナウンスが鳴ったら……
そうなれば、誰だってその死体発見アナウンスの不可解さに疑問を抱く。
『運営に処刑されたはずのライトの死体を見つけただけなのに、
どうして死体発見アナウンスが鳴るのか』、と」
「だから、ヤヒメの首なし死体と一緒に置いた……」
リンリが低い声で呟く。
「……今思えば、今回のカンチョーの反応も、かなり露骨だった」
私は、証言台の向こうで眠り続けているカンチョーへ視線を移した。
魔女裁判が始まる直前、カンチョーは
『裁判の進行上に必要なこと以外は何も話さない』と、わざわざ私たちに宣言した。
その後は本当に一切口を開かず、今もこちらの議論など知らぬ存ぜぬとばかりに眠りこけている。
「魔女裁判が始まる前に、わざわざ『何を聞かれても答えない』なんて宣言したのは……
たぶん、運営側から被害者の正体を漏らさないためだったんだと思う」
「どういうこっちゃ?」
「例えば、私たちが裁判中にカンチョーにこう聞いたとする。
『今回の被害者は誰なんだ』とか、『ライトは運営が処刑したのか』とか」
「あ……! そんなことに答えたら、一発でバレちゃう……」
シロが小さく声を漏らす。
「ああ。ミサが被害者じゃないことも、
ライトが運営に殺されたわけじゃないことも、すぐに分かってしまう」
私がカンチョーの真意を暴くような言葉を突きつけても、
カンチョーは相変わらずピクリとも動かず眠りこけたままだ。
「でもさぁ、それならその質問をされた時だけ黙っとけばよかったんじゃね?
最初から『全部の質問に答えませ~ん』なんて言う方が、逆に怪しくね?」
ハイジが呆れ顔で眉をひそめ、眠るカンチョーへ視線を向ける。
「……それでは意味がないのよ」
ノクスが、ため息交じりに口を開いた。
「こちらがカンチョーに『今回の被害者は誰か』と尋ねたとするわ。
誰がどう見ても、ミサが殺されたとしか思えない状況。
その問いに対してだけ、何故かカンチョーが突然沈黙したり、
『それは皆さんでお考え下さい』なんて、思わせぶりに答えたとしたら、どうなると思う?」
「そら……『え、ミサちゃんちゃうん? なんかあるんか?』って思うわな」
ナツミが腕を組みながら答える。
「そう……。"被害者を断言しない"という行為そのものが、答えになってしまう。
『ライトが運営に処刑されたのか』、という質問も同じよ。
そこで突然口を閉ざせば、『運営が処刑していない』と認めているも同然になる。
だからカンチョーは、特定の質問にだけ答えないのではなく、最初から一律に沈黙する必要があった」
ノクスはおそらく狸寝入りをかましているであろうカンチョーを冷ややかに見据えた。
「……いや、いやいやいや!
私としたことが、一番肝心なことを忘れてたわ!」
腕を組み、ひとまずは納得したように頷いていたリンリが、突然顔を上げた。
「な、なんや急に……びびらすなや……」
「オーブンよ、オーブン! ラウンジの奥の厨房にあった、あの二台のオーブン!
左のオーブンの中からは、人間の足先と骨になった大腿部が見つかったでしょ!?」
リンリは証言台を叩き、私たちを見回した。
「そ、そうだよ……足先はライトちゃんから切り取られて、
それがダイヤちゃんに回されたんだったよね……?」
シロが青ざめながら口元を押さえる。
「それよ、それ!
シロの言うように、実際にはライトの足先はダイヤの死体に使われてたんでしょ?
で、ダイヤの大腿部なんかはアテナの下半身へスライドされた……。
じゃあ、あの左のオーブンから見つかった骨は何だったのよ?」
「あッ……せや! どないなっとんねん!
やっぱりみんなからそれぞれ部位が切り取られて、
あのオーブンで全部燃やされたんやないか!?」
「いや……それは……」
私は、厨房で見た光景を思い返す。
800℃に設定され、左右で焼却終了時間が違っていたオーブン。
停止ボタンが破壊され、耐熱ガラスの小窓から覗いても天板で覆われて中身は見えなかった。
そして、捜査終了間際に開いた左のオーブンの中からは、
真っ白な骨と化した"足先"と"大腿骨"が見つかった。
あの時は、疑いもしなかった。
各部位を失った死体があり、足先や大腿骨らしきものが焼かれていた。
ならば、あれは人間から切り取られた大腿骨なのだと。
「……あれ、もしかしたら……」
不意に、マリーがぽつりと呟いた。
「……ハンバーグだと、思う……」
「……ハンバーグ?」
リンリが、完全に意味が分からないという顔で聞き返す。
「いったい何の話よ、マリー。今は、オーブンから出てきた人間の骨の話をしてるのよ?」
「う、うん……。だから、その骨のこと……なの……」
マリーは自信なさげに俯きながら、途切れ途切れに言葉を続ける。
「みんなでBBQをしたときに……ライトちゃんが、作ってくれた……。
大きな骨に、お肉を巻きつけた……骨付き肉みたいな、ハンバーグ……」
「……あ」
マリーのその言葉を聞いた瞬間。
頭の中で、ラウンジのオーブンと、夏のエリアでの記憶が一本の線で繋がった。
潮風の吹く海辺と、炭火から立ち上る煙。
みんなで笑い合いながら網を囲んだ、あのBBQの風景。
その時、ライトが得意げに作っていた料理。
漫画に出てくるような、一本の骨の周りへ
挽き肉を巻きつけて焼いた、巨大な骨付き肉風のハンバーグ。
「そうだ……!」
私は思わず、証言台へ身を乗り出す。
「あのハンバーグに使われてたのは、牛の大腿骨だった!」
「牛の……大腿骨……ですか……!?」
イリスが、はっと息を呑む。
「あの左のオーブンの中から見つかった骨は……
あれは、ダイヤから切り取られたものなんかじゃない。
ライトが骨付き肉風ハンバーグに使っていた――牛の大腿骨だったんだ」
私は、ライトが料理を片づけていた時の様子を思い返す。
「余った何本もの骨付き肉は、ライトが自分の魔法で【封印】していた……。
犯人は、ライトが封印していた骨付き肉ハンバーグを取り出したんだ」
「それで……お肉を剥がして、その骨だけを使った……?」
シロが青ざめながら尋ねる。
「ああ。……おそらく犯人はその牛の骨を、
人間の大腿骨のサイズや形状に近づけるよう、細かく削って偽装したんだ。
ライトは何本も封印していたから、長さや形が近い二本を選べたはずだ」
左のオーブンから見つかった、二本の大腿骨。
それは、人間の身体から切り取られたものではなかった。
牛の骨を加工して作られた、偽物だったんだ。
「でもさ、いくらなんでも、牛の骨と人間の骨なんて見分けがつくんじゃないの?
大きさだって違うでしょ」
リンリが疑わしそうに眉を寄せる。
「その点については――」
ノクスが補足するようにスマホを操作した。
画面上へ、人間の骨格構造の図が表示される。
「六つの欠損部位の中で、偽装するのが最も容易だったのは、"大腿骨"だったのよ」
「一番、簡単……?」
「ええ。なぜなら大腿骨は、基本的には一本の太く長い骨だからよ」
ノクスはスマホの画面をピンチアウトし、大腿骨の部分を指先で拡大する。
「もちろん牛の種類や成長度合いにもよるけど、
牛の大腿骨は人間のものより太く……大きいわ。
けれど、真っすぐに伸びた骨幹部と、両端の丸く膨らんだ関節部分――
全体的なシルエットや構造の基本形そのものは、人間の大腿骨とさほど変わらない」
言われてみればそうだ。
あの骨付き肉の骨の輪郭だけを見れば、確かにまったく異なる形ではなかった。
「犯人は持ち出した牛の大腿骨を削り、
人間の大腿骨のサイズ感や太さに近くなるよう、形を整えたのでしょうね」
「骨そのものを、細く削ったっちゅーんか……」
「ええ。そのうえで、800℃もの高温で長時間焼却した」
左のオーブンから出てきた真っ白に焼けた骨。
表面の細かな削り痕は、超高温による組織の損傷と白骨化によって、完全に焼き消されていたのだ。
「人間の骨に似せて細く削り、それを800℃で長時間焼却したあとなら、
専門家でもない私たちが、人間のものと見間違えても無理はないわ」
ノクスはスマホからすっと視線を上げる。
「それに──大腿部が切り取られたと思われるダイヤの死体が見つかっており、
さらにオーブンから大腿骨らしきものが発見された。
大腿部を失った死体と、焼却された大腿骨。
その二つを目にすれば、誰だって両者を結びつけて考えてしまうわ。
犯人は私たちのそうした心理的な隙や先入観まで含めて、偽物を完成させたのよ」
そう言い切ると、ノクスはリンリとイリスの二人へと視線を移す。
「私がライトの死体を調べた時、彼女の懐からは封印紙らしきものは一枚も見つからなかった。
リンリ、イリス。あなた達がライトの部屋を調べた時も同じだったのよね?」
「え、ええ……。部屋の隅々まで調べたけど、紙切れ一つ落ちてなかったわ」
「はい……封印紙や、それに類するようなものは、どこにも」
ノクスの問いに、二人は静かに肯定する。
「私はてっきり、犯人は、
"ライトの死後でも封印紙は誰にでも使えた"という事実を隠すために、
封印紙そのものを全て処分したのだと思っていた。
けれど、犯人の狙いはそれだけではなかったのよ。
ライトは骨付き肉ハンバーグ以外にも、さまざまな料理を【封印】していた。
もし私たちが捜査した時、その料理の中で……
ライトが何本も封印していた骨付き肉風ハンバーグだけが消えていたら、どうなると思う?」
「……誰かがわざわざ、それだけ選んで持ち出したって考えるな」
私も、ようやく処分された料理について合点がいったという風にノクスの問いに答えた。
「しかも、その直後にオーブンの中からは大腿骨らしきものが見つかる。
そうなれば、料理に使われていた牛の大腿骨と、オーブンの中身が結びつく可能性もあった」
「せやから、骨付き肉が封印されとった紙だけやなくて……
他の料理を封印しとった紙まで、全部まとめて処分したんか」
「もったいねぇ……」
ナツミとハイジが、犯人の意図を理解したように呟く。
「なるほどねぇ……」
リンリも腕を組み、何度か深く頷く。
「大腿骨だと思ってたものは、実は人間の骨じゃなくて、ハンバーグに使われてた牛の骨だった。
ライトの封印紙が全部なくなってたのも、その骨を持ち出した痕跡を隠すためだった、と……」
「そう考えれば、オーブンから見つかった大腿骨と、死体組み換えの内容に矛盾はなくなるわ」
「うんうん……なるほど、なるほど……」
リンリは一度、完全に納得したように満足げに目を閉じた。
それから、ゆっくりと目を開きながら――
「――って、おいィィィィ!!」
次の瞬間、裁判場全体を揺らすほどの声で叫んだ。
「な、なんやねん! びっくりするやろ! 鼓膜破れるわ!!」
リンリの大声を浴びたナツミが、肩を跳ねさせながら怒鳴り返す。
「大腿骨だけじゃないでしょ! 左のオーブンに入ってたのは!」
リンリは証言台へ両手を叩きつけ、そのまま身を乗り出した。
「確かに、大腿骨の件は牛の骨で説明できたわよ!
人間のものっぽく削って、高温で焼いて、
こっちの思い込みまで利用した! そこまでは分かった!」
勢いよく捲し立てると、リンリはオーブンの中身を示すように指を二本立てる。
「でも、あの中にあったのは大腿骨だけじゃない!
もう一つ――足先もあったでしょ!?」
「……あ、そうだ……。
"足先"も、焼かれてた……」
シロが、小さく声を漏らす。
「そっちはハンバーグじゃ説明できないでしょうが!
牛の大腿骨なら、加工して人間の骨に見せかけられたかもしれない。
でも、足先はどう見ても本物の人間の足先だったわ!
あれも加工された偽物だったってわけ?」
その言葉にハイジははっとした様子で言う。
「ライトの足先は、ダイヤの死体に使われてたって話だし……。
だったら、オーブンで焼かれていた足先はライトのものじゃないわけだし……。
でも、足先が無くなってたのはライトだけで、他の死体はみんな足先は揃ってたし……」
「じゃあ……オーブンの中にあった足は……誰のものだったの……?」
マリーが怯えたように、自分の身体を抱く。
「…………」
私は、これまでの証拠を頭の中で辿る。
──首のない死体の周囲に残されていた、妙に新しい血。
──わざわざ階段を使わずに、ソリで滑って逃げた犯人。
──倉庫付近の雪の中から見つかった、二本の火かき棒。
「まさか……っ」
私の口から、絞り出すような掠れた声が漏れる。
答えという名の絶望に近づくにつれて、背筋を冷たいものが這い上がってくる。
「……あのオーブンで焼かれてた足先は……ライトのものじゃない」
「だったら誰のよ?」
リンリが痺れを切らしたように苛立ちと焦りの入り混じった視線を向けてくる。
私はすぐには言葉を返すことができなかった。
そんな常軌を逸したことが、人間に本当にできるのだろうか。
そこまでのことを本当にやったのか。
死んだふりをするためだけに。
自分自身の身体へ、そこまでのことを。
──けれど
あの足先が、どの死体にも当てはまらないのなら。
残された答えは、ただ一つしかなかった。
「……ミサだ」
「え……?」
マリーが、血の気を完全に失った顔で目を見開く。
「左のオーブンで焼かれた、あの足先は――」
私は、自分の導き出した真相に耐えるように証言台を強く握り締める。
「
「…………」
裁判場から、音という音が消えた。
誰もが言葉を失い、ただ息を吞んで私を見つめている。
否定してほしい。
そんな狂ったことがあるはずないと、誰かに笑い飛ばしてほしい。
けれど──
これまで積み重ねてきた証拠は、これ以上ないほど残酷な形でその答えを指し示していた。
「じ、自分の足を……?」
「ミサ、ちゃんが……?」
シロとマリーが震える声で聞き返す。
「……ああ」
私は頷く。
けれど、二人のあまりにも悲痛な表情を目にした瞬間、それ以上の言葉が出てこなくなった。
まるで、ミサが実際に味わった痛みまで想像してしまったように、胸の奥が強く締めつけられる。
そんな私の躊躇を汲み取るように、ノクスが淡々と言葉を引き継いだ。
「ミサは、ラウンジに設置されていたあのギロチンを使って、自分自身の両足先を切断したのよ」
「……っ」
「い、意味が分からん……なんでそこまでやるんや……?」
イリスとナツミが手で口元を覆う。
「ヤヒメの死体や、その周囲に飛び散っていた、比較的新しい血痕……。
私たちは、ギロチンで首を切断された際に流れた血だと思い込んでいた。
けれど、実際はあの血は全部……ミサが足先を切断した時に流れたものだったのよ」
「……う、嘘でしょ……」
リンリが青ざめた顔で呟く。
「おそらく、ミサはヤヒメの首なし死体と重ね合わせるような体勢をとって、
自分の足先をギロチンへセットしたのよ。
ヤヒメの体をギロチンのすぐ傍へ横たえ、その上から自分の足を刃の下へ差し出す。
その状態で刃を落とせば、切断時に飛び散った血は、
ヤヒメの服や体、ギロチンの周囲へ自然に付着する。
まるで……本当に、その場で首を切断されたかのようにね……」
「そんな……うっ……っ」
ハイジが吐き気を堪えるように口元を押さえ、顔を背ける。
「オーブンの中で、手前にあった足先の骨が本物だったからこそ、
その奥にあった牛の大腿骨も本物だと、私たちは勘違いしてしまったのね……。
あの時、大腿骨が足先の骨と比べて妙に大きく見えたのは、
ライトとダイヤの体格差のせいなどではなく、
ミサのものと、細く削られた牛の大腿骨が並んでいたから、ということね」
周りが青ざめる中、ノクスは静かに思考を巡らせていた。
「……まぁ、自分自身の足先の骨の大きさなんて正確には分からないし、
違和感を極力なくそうと、それに合わせて牛の大腿骨を削ったとしても、
二つの大きさの比率がわずかに狂ってしまうのも、無理はないわね」
「あ、あのっ……で、ですがっ……!」
冷静に言い放つノクスとは対照的に、イリスが青ざめながらも声を上げた。
「ミ、ミサさんが両足先を切断したのであれば、当然、その場で大量に出血したはずです。
その状態のまま、ラウンジの奥にある厨房へ向かい、切断した足先をオーブンへ入れ……。
さらに、その後はラウンジの外へ脱出したことになりますよね……?」
「……そうなるわね」
「でしたら、ラウンジの死体周辺だけではなく、
厨房までの床や、外へ続く道にも、大量の血痕が残るはずです!」
イリスの指摘に、全員の表情が変わる。
「確かに……そのまま移動したら、辺りが血まみれになってまうな……
せやけど、そんな跡はどこにもなかったで。
ラウンジの床にあったんは、首なし死体の周りに飛び散っとった血だけや。
厨房まで続く血の跡も、外へ出ていく血の跡も、ウチらは見つけとらん」
ナツミは、捜査時の光景を思い返しながら口を挟む。
「それに……痛みによるショック死や、急激な大量出血で
その場で死亡してしまう危険性だって極めて高かったはずです……!」
イリスのその顔には、論理的な反論だけではなく、
そんな狂気じみた行為をミサが本当に実行したとは信じたくないという感情が、ありありと浮かんでいた。
「……いや」
私は、そこでようやく一つの可能性に気づいた。
「血を流したまま、移動したわけじゃない」
「え……?」
イリスが紅色の瞳を揺らし、すがりつくような不安な眼差しを私へと向ける。
「ミサには自分の切断面から溢れ出る血を、一瞬で止める手段があったんだ」
首なし死体の周囲にだけ残されていた、大量の血。
けれどそこから先には、一滴の血痕も続いていなかった。
その不自然な途切れ方を可能にするもの。
それは──ミサ自身が持っていた魔法。
「……【
私がその名を口にすると、裁判場の空気がさらに冷え込んだような気がした。
「ミサは、足先を切断した直後――自分自身の傷口を凍らせたんだ。
激痛に耐えながら切断面を氷で覆い、凍結させることで……
血痕をどこにも残さず、激痛を麻痺させたまま、偽装を遂行することができたんだ」
「そ、そんな……ミサちゃんは自分で足を切って……
そのすぐあとに、自分で凍らせたの……?」
マリーが、聞いているだけで苦痛を覚えたように顔を歪める。
「……そう考えるしかない」
私は胸を締めつけられる思いで重く頷いた。
足先を切断し、ヤヒメの死体とギロチンを濡らしてから、
首を切断された直後に見えるだけの血痕を作った。
それを終えた瞬間、ミサは自分自身の足の切断面を凍結させた。
凍らせることによって痛覚を鈍らせ、出血も完全に抑え、血痕すら残さない。
【凍結】の魔法を持つ者にしか、そんな芸当はできない。
「ミサがこの【凍結】の魔法を持っていたからこそ、私たちは勘違いしてしまった。
あの首なし死体は、実際には死後ある程度の時間が経っていたヤヒメだった。
本来なら、既に首の切断面からの出血が止まっていたり、
さっきまで生きていた人間にしては体が冷たいなどの違和感を抱くはずだったんだ。
けれど、【凍結】の魔法を持つミサが殺されたと認識していたから……
その違和感は見事に拭い去られてしまったんだ」
私は、【凍結】の魔法の影響で常に体が冷たかったミサのことを思い出す。
「で、でもさぁ……出血も痛みもどうにかしたとして、そのあとどうやって移動したん?
両足先がない状態じゃ立てないし、まともに歩けるわけもない。
しかも切断した自分の足先まで持って、痕跡も残さずに厨房まで行けるか……?」
それまで口元を押さえていたハイジが、青ざめた顔のまま声を上げる。
「……移動するための道具なら、最初からラウンジにあった。
──火かき棒だ」
「火かき棒……?」
私がそう答えると、ハイジが目を瞬かせた。
「ああ。ラウンジの暖炉に置かれていた、あの火かき棒のことだよ」
そして、雪の中から見つかった二本の同じ道具。
私は、あれを発見した時から抱いていた違和感を思い返す。
どうして、暖炉に使うはずの火かき棒が、
二本もラウンジから離れた倉庫近くの雪の中に埋められていたのか。
「あれは、ミサが、自分の身体を支えるために使ったんだ」
「杖みたいに……?」
シロが恐る恐る聞き返す。
「たぶん、松葉杖とか竹馬に近い使い方だ。
左右の手に一本ずつ、先端のL字の部分を握り、
火かき棒の持ち手の方で地面を突くようにして上半身の体重を両腕へ逃がせば、
身体を引きずらずに前へ進むことは十分に可能だ」
「でも、足先の方は?
両手で火かき棒を握ってたんなら、切り落とした自分の足はどうやって運んだのよ?」
リンリが険しい顔で口を挟む。
「たぶんだけど、袋なんかに入れてそのまま腕に提げたんだと思う。
これなら、両手に持った火かき棒で身体を支えつつ、袋を腕に提げて持ち運べる」
「なるほど……両手は火かき棒。
足は袋に入れて、腕か肩に引っ掛けてカツカツ歩いたってことか……」
ハイジが、想像したくもない光景を思い浮かべたように顔をしかめる。
「そしてそのまま厨房まで移動したあと、
予め加工した"牛の大腿骨"を並べて置いた左のオーブンの中へ……
その大腿骨の手前の位置に自分の足先を置いて、
上から天板で隠して800℃でオーブンをスタートさせた」
私はミサの行動を追うようにして整理する。
「そして、ラウンジやその周囲の木に火を放ったあと、
火かき棒を支えにして移動しつつ、丘の傾斜まで歩いた。
……灯油なんかも、あらかじめ撒いておいたんだと思う。
そして用意しておいたソリで雪の積もった丘を滑って、そのまま姿をくらませたんだ。
……滑った先と思われる倉庫の付近の雪の中に、
二本の火かき棒が埋められていたのはそういうことだったんだ」
「死体とかやなくて、犯人本人を運んだソリやったんか……」
ナツミが低く呟く。
「犯人がわざわざ雪の積もっていなかった階段を使わなかったのは、
階段を使いたくても使えなかった状態だったからだ」
あの階段には手すりがなかった。
両足先を失い、切断面を氷で覆っただけの不安定な状態で、
二本の火かき棒だけを支えにして、一段ずつ下りていく。
そんなことは、平地を進むより遥かに難しい。
無理にでも降りようとすれば、予期せぬ痕跡や証拠が残ってしまう危険性すらあった。
「階段では、足を一段下へ下ろすたびに、
全身の体重を両腕と歪な足だけで支えなきゃならない」
「……氷で覆われて滑りやすい足先では、段差の縁に足を掛けることも難しいです……。
それに、手すりもなかったのでしたら……とても安全に下りられるとは思えません」
イリスが、苦しそうな顔で補足する。
「そう、ミサにとって、雪の積もっていない階段は、安全な逃走路じゃなかった。
足跡が残らないと分かっていても、選択肢にできなかったんだ」
「せやから……リスクを冒してでも、
わざわざ雪の積もっとる丘をソリで滑り下りるしかなかったっちゅーことか!」
ナツミが、そこでようやく気づいたように目を見開く。
「そういうことだ」
私はナツミの方に視線を向けて頷いた。
「……そして、丘を下りたミサの足跡は、当然普通の人間のものとは違ったはずだ。
足先を切断したあと、傷口を氷で覆って作った、歪な足だった。
左右の大きさも、接地面の形も、普通の靴跡とはまるで違う。
それに、火かき棒を杖代わりにして突いた、点のような跡も残ってしまう。
そんな跡を見つけられたら、両足に怪我を負った人間が、
二本の棒を使って移動したことまで推測される恐れがあった」
「あ……だからミサちゃんは、
丘を下りたあと、自分で足跡を強く踏み乱したの……?」
「……そう。氷で覆った歪な足跡も、火かき棒を突いた跡も、
全部、ただの乱れた雪面に見えるように乱した」
「じゃあ、あの乱れた足跡は、誰がそこを通ったか分からなくするためじゃなくて……。
どんな足で、どうやって歩いたのかって痕跡を消すためだったんだ……」
シロが、背筋を凍りつかせたように身体を震わせて呟く。
「今思えば、わざわざ懲罰房にあったギロチンを
冬のエリアの丘の上にあるラウンジに運んだのも、
最初からこの偽装をするためだったのかもしれないわ」
ノクスが顎に手を当て、思考を巡らせながら静かに言葉を紡ぐ。
「懲罰房で自分の足先を切断したあと、
そこから冬のエリアにあるラウンジのオーブンまで移動するのは遥かに困難よ。
だから犯人は、ギロチンの方を偽装に使うオーブンの近くに配置したのね」
ノクスは結論付けるように言った。
「……ちょっと待って」
ノクスの言葉を打ち切るように、リンリが唐突に声を上げた。
「左のオーブンについては分かったわよ。
中に入ってた足先は……考えたくないけど、ミサのもの。
大腿骨は、ライトが封印してた骨付き肉風ハンバーグから取り出した牛の骨。
でも――オーブンは二台あったでしょ?」
「……右側の、オーブン」
マリーが小さく呟く。
「そうよ。左側は捜査終了間際に開いて、中身も確認できたけど……。
でも右側は、その時点でもまだ動き続けてたわよね?
じゃあ――右側のオーブンには、何が入ってたのよ?」
リンリが訝しげに言い放つ。
「おそらく……何も入ってなかった。
少なくとも、死体や骨と呼べるものは、何も」
「……は?」
私がゆっくりと答えると、目を丸くして素っ頓狂な声を上げた。
「"右のオーブンには残りの上半身が入っている"──そう思わせたかったのよ。
わざわざ両方のオーブンの停止ボタンを破壊し、
さらに天板で中身を見えなくしたのも、そのためだったのでしょうね」
「……どういうこと?」
ノクスの言葉に、納得いかない様子でリンリは視線を向ける。
「左のオーブンは、捜査終了間際に焼却が終わるように設定されていた。
左側の中身は私たちに見せる必要があったけど、
詳しく調べる時間までは与えたくなかったのよ。
本来ならライトの足先とダイヤの大腿部のはずが、
実際にはミサの足先と、加工された牛の大腿骨だったもの」
「そうか……人間の部位らしきものが焼かれていたという事実だけを確認させて、
その正体を詳しく調べられる前に裁判場へ移動させる……
そのために、左側は捜査終了間際に開くよう設定されていたのか……」
私は呟く。
「そして右側のオーブンは、少なくとも捜査中には絶対に開かないよう設定されていた。
捜査が終了すれば、私たちは全員、この裁判場へ強制的に集められる。
右側の加熱が終わったとしても、その場で扉を開けて中身を確かめることはできない。
つまり犯人は最初から、右のオーブンの中身を私たちに見せるつもりなんてなかったのよ」
「でも、見せないことに何の意味があるのよ」
「見えないからこそ……そして、左側の骨だけをあえて見せるからこそ、
残りの切り取られた上半身の部位が入っていると錯覚させられるのよ」
ノクスの言葉に、リンリの眉が僅かに動く。
「切り取られたとされる六つの部位の中で、一番偽装が容易だったのは大腿部。
けれど、他の部位──特に上半身なんかを、牛の骨で偽装するのは流石に無理があるわ。
"腰部"なら骨盤、"腹部"なら脊椎や肋骨の下部。
"両手を含む胸部"なら、肋骨、鎖骨、肩甲骨に両手の骨。"頭部"なら頭蓋骨。
それらすべてを牛の骨だけで人間のものに見せかけるなんて、到底不可能よ」
「だから……右のオーブンには上半身が入ってると思わせて……
中身は一切見せないことを選んだのね!」
リンリが、少しずつ犯人の狙いへ辿り着く。
「そうよ。両方のオーブンを天板で隠して外から見えないようにし、
停止ボタンを破壊したのも……全ては、この偽装を完璧に隠蔽するためよ」
「ちな、左のオーブンも天板で隠したんはなんでや?
結局見せるんやったら隠さんでもええんちゃうん?」
「焼却の途中で外から見られても良いようによ。
まだミサの足先の焼却が終わっていない状態で覗き窓から中を見られたら、
肉のついている足先と、牛の大腿骨という妙な物体が見えてしまうじゃない」
「な、なるほど……」
ナツミの疑問にノクスは一切の淀みなく即答してみせる。
「そして、ラウンジやその周辺の木に火を放ったのも、
開いた左側のオーブンを調べる時間をある程度コントロールするためね。
ただ死体とオーブンを仕掛けて待っているだけでは、
私たちがいつラウンジを訪れるかというタイミングが運任せになってしまうわ。
発見が早すぎれば、タイマーが切れた左のオーブンを時間をかけて調査されてしまい、
それが牛の骨だと見破られるリスクが生じる。
……逆に発見が遅すぎれば、私たちが到着する前に
右側のオーブンの焼却が終了し、扉を開けて中身を確認されてしまい、
中が空っぽであることが白日の下に晒されてしまう」
ノクスは、燃え上がるラウンジを思い返すように目を細める。
「けれど、建物へ火を放てば話は別よ。
丘の上から炎と煙が上がれば、みんな異変に気付き、火元のラウンジへ向かう。
犯人は放火によって、私たちが計画通りの時間に到着するようラウンジへ誘導したのよ」
「死体発見の時間を、できるだけ自分の予定に近づけるための放火だったのか……」
私は呟く。
「どうせ右のオーブンを見せるつもりがなかったんなら、
焼却時間を24時間とか長めに設定しとけば良かったんじゃね?
そうすれば捜査中どころか、裁判が終わってもしばらくは絶対に開かないじゃん」
ハイジが、ふと疑問を覚えたように片眉を上げる。
「……それでは、あまりにも露骨よ」
ノクスは、僅かに間を置いて答えた。
「左側のオーブンは捜査終了間際に開くのに、右側だけ24時間も稼働し続ける。
そこまで極端な差があれば、
"右側だけは絶対に見せたくない事情がある"と自白しているようなものだわ」
「まぁ、確かに……」
ハイジは腕を組み、渋々と頷く。
「おそらく犯人が作りたかったのは、不自然に開かないオーブンなどではない。
片方は中身を確認できないまま捜査時間切れを迎えてしまうけれど、
左右のオーブンの焼却終了時間の違いには一応の筋が通る理由をつけられる――
そんな、ぎりぎり不自然に見えない差よ」
「んー……その理由ってのは?」
ハイジが問い返す。
「たとえば──
『左側には、予め切断された下半身の部位が入れられて先に焼却が開始された。
右側には、そのあと最後に殺害された"ミサの頭部"が入れられたばかりだった』
そういう筋書きとかね」
「……なるほど。左の方は、既に切り取った足先と大腿部が先に焼かれ始めてる。
右の方は、後から殺害し、首を切られたミサの頭を入れて、焼き始めた……。
そう考えれば、左右の終了時間に差があること自体は不自然じゃないな……」
私は、犯人が用意した偽りの時系列に気づき、小さく声を漏らす。
「オーブン自体も、奥行きは1mちょっとくらいしかなかったから、
私たちが、『一つのオーブンに一度に入りきらないから、上半身と下半身を分けて焼いた』
……そう納得してもおかしくなかったのよ」
ノクスが苦々しげに呟いた。
「それに右側のオーブンの扉に、ほんのわずかな血痕が付着していたのも──
この偽装に信ぴょう性を持たせるためだったのかもしれないわね」
「あ……! 確かにほんのちょっとだけついとったな」
「ええ。切断したばかりの頭部を右側のオーブンへ入れた際に、血が付着した。
そう思わせるために、犯人があえて意図的につけたものだった可能性があるわ。
……私は、犯人のそのミスディレクションに、まんまとハマってしまっていた」
ノクスが苦々しげに言葉を吐き捨てる。
左のオーブンだけを見せ、右側は徹底的に隠蔽する。
そうすることで犯人は、"切り取られた六つの部位が全て炎へ捧げられた"という
より強固なアゾット幻想を私たちへ植え付けたのだ。
「…………」
しん、と裁判場が静まり返る。
これまでに提示されたさまざまな証拠やロジックは、
ミサが犯人だということをこれ以上ないほど雄弁に物語っていた。
もはや、ミサ犯人説を覆せる証拠など残っていない。
少なくとも――その場にいる誰もが、そう思っているように見えた。
「……でも」
やがて。
氷のように冷たく張り詰めた重い沈黙を破り、ぽつりと小さく、か細い声が上がった。
マリーだった。
「じゃあ……なんでなの……?」
マリーは、不安げに周囲を見回す。
小さいその声は、静まり返った裁判場では、嫌になるほどはっきりと響いた。
「なんでミサちゃんは……この裁判に来てないの……?」
「あ……」
イリスは、はっと何かに気づいたように目を見開く。
「魔女裁判には……全員出席義務があるのですよね……!?」
「せ、せや……参加者は全員、裁判に出席せなあかん。
勝手に欠席したら……ペナルティやんか」
そうだ。
ミサが生きているのなら、この裁判が始まった時点で、
彼女もこの証言台に立っていなければならない。
「ミサが生きてどこかに隠れてるっていうなら……
どうして銃業員は、ミサをここへ連れてこないのよ?
ルール違反なら、隠れ場所から引きずり出してでも出席させるはずでしょ……?」
リンリが、再び疑念を取り戻したように声を上げる。
「……」
底冷えするような沈黙が、裁判場全体を支配する。
ミサが死んでいるのなら、欠席していて当然だ。
けれど──。
ミサが生きていて、そのうえこの事件の犯人だというのなら、
彼女がここにいないことは、あまりにも不自然だった。
「……いや」
その時。
私の脳裏に、以前交わされたある会話の記憶が電撃のように蘇った。
この魔女裁判における、出席義務の例外。
「みんな……最初に魔女裁判が行われた時のことを、思い出してほしい」
「最初……?」
シロが不安そうな顔をこちらへ向ける。
「あれは、リンリが自分を殺害したことによる自作自演説の議論になった時だ」
「私……の?」
リンリが記憶を手繰り寄せるように考え込む。
「あれは……ライトが、カンチョーに魔女裁判についてのルールを質問した時のことだ」
『リンリちゃんの蘇生が、もし裁判開始までに間に合わなかった場合──
魔女裁判への出席義務はどうなるのかしら?』
『そうですねぇ……基本は出席できる人は出席ですが……
大怪我してたり、高熱で動けないとか、
明らかに裁判どころじゃない場合は、欠席も認められます』
「……ああっ……!」
リンリが弾かれたように顔を上げる。
「そう。魔女裁判には、特例として欠席が認められる場合がある。
本人が大怪我を負い、自力で裁判へ参加することが難しいと判断された場合、
ルールに則ったうえで、出席義務そのものが免除されるんだ」
「あ、足先を両方とも切断している状態なら……それは、文句なく大怪我です……」
イリスが、青ざめたまま呟く。
「ミサは、裁判を無断で欠席しているわけじゃない。
両足先を失った重傷者として、正式に欠席を認められているんだ」
「じゃ、じゃあ……ッ! ミサちゃんが自分の足を切ったのは……
オーブンに入れる足先を用意するためだけじゃなくて……っ」
マリーが最後まで言い切るより先に、私は答えた。
「自分がこの裁判へ姿を現さずに済むようにするためでもあったんだ」
「…………っ」
そして──
そのまま、マリーの目からは我慢の限界を迎えたように、
ポロポロと大粒の涙が溢れ出した。
「うっ……ううぅ~……っ!」
「……マリー……ちゃん……」
シロが胸を痛め、寄り添うように心配そうにその名前を呼ぶ。
──マリーが求めているのは、犯行が可能だったという説明じゃない。
今までずっと隣にいたミサが、どうして、そこまでのことをしたのか。
本当に、あのミサが犯人なのか。
それだけが知りたいのかもしれない。
けれど──
「……マキ」
ノクスが、静かに私の名を呼んだ。
「マリーを納得させるためにも、そして私たちの思考を一致させるためにも……
全ての犯行を、最初から追って振り返って」
「……でも」
その声はいつも通り冷静だった。
けれど、ほんの僅かに泣き続けるマリーを気遣うような温かな響きが混じっていた。
私は、小さな肩を震わせて嗚咽を漏らすマリーを見つめる。
「……うっ……うっ……」
すぐに続きを話してしまっていいのだろうか。
これ以上残酷な真実を積み重ねれば、
傷ついたマリーの心をさらに深く切り裂いてしまうのではないか──。
そんな躊躇いと迷いが、胸の奥底へ重く冷たく沈み込んでいく。
すると──
やがて、マリーのしゃくりあげる声が少しずつ小さくなっていった。
その頃合いを見計らってか、ナツミが遠慮がちに声を上げる。
「……ウチからも頼むわ、マキちゃん。
なんや衝撃的なことが多すぎて、正直もう頭の中の整理が全く追いつかへんねん」
「あたしも。ちょっと情報過多すぎる。
一から順を追って繋ぎ直してくれないと、頭がパンクしそう」
ハイジも眉間を指で押さえながら続く。
「……マリー、良い?」
ノクスが、泣き顔を伏せたままのマリーへ静かに問いかける。
すると──
両手で何度も涙を拭い、震える息をゆっくりと吐き出す。
それからほんの少しだけ顔を上げた。
目は赤く腫れ、頬にはまだ涙の跡が残っている。
「……」
それでもマリーは目を逸らさなかった。
私たちを……そして私を、真っ直ぐに見つめる。
やがて――
小さくこくりと頷いた。
「……分かった」
私は、胸の奥に溜まった重い息を吐き出す。
納得させられるかなんて分からない。
真実をすべて聞いたところで、マリーの悲しみが軽くなるとも思えない。
けれど、曖昧なまま終わらせることだけはできない。
ミサが何をしたのか。
本当に殺されたのは誰だったのか。
その真相のすべてを、最初から順番に話さなければならない。
私は一度目を閉じ、証拠と、犯人の行動を頭の中で並べ直す。
そして──ゆっくりと瞼を開き、全員を見渡した。
「最初から、これまでの犯人の犯行を全て話す。
これが──私たちが追い続けてきた、アゾット儀式殺人の全貌だ」
Act.1
今回の事件は、『アゾット儀式』という、
魔女の本に記されていた古い儀式に見立てられていた。
それは、六人の魔女がそれぞれ自らの力を象徴する身体の一部を切り取り、
"サラマンダーの火"に捧げることで、世界に平和をもたらそうとした禁断の儀式だった。
捧げられた部位は、"頭部"、"両手を含む胸部"、"腹部"、"腰部"、"大腿部"、"足先"。
その儀式になぞらえるようにして、今回の事件は起こされた。
まずは、私たちの目の前で起こった事件から振り返っていこうと思う。
冬のエリア開放四日目、そのエリアにある倉庫で、
"両手を含む胸部"のないヤヒメの死体が発見された。
続いてホテル地下の生物室で、"腰部"のないアテナの死体、
冬のエリアにある食糧貯蔵庫からは、
"大腿部"のないダイヤの死体と、"腹部"のないポムの死体が見つかった。
そして次の日の朝──
冬のエリアのラウンジで、"足先"のないライトの死体と、
ギロチンで"頭部"を切断されて死亡したミサの死体が発見され、死体発見アナウンスが流れた。
その後、ラウンジの厨房にあった二つのオーブンの左側からは、
焼却され骨となった"足先"と"大腿骨"が見つかる。
それぞれの死体の傍には『アゾット儀式』になぞらえた紙が置かれていた。
だから私たちはこう思い込んだ。
六人の身体から、それぞれ
"頭部"、"両手を含む胸部"、"腹部"、"腰部"、"大腿部"、"足先"が切り取られた。
そして、切り取られた下半身の部位は左側、上半身の部位は右側のオーブンで焼却されて、
アゾット儀式が実行されたのだと。
けれど……それは犯人が仕組んだ、巧妙な偽装工作に過ぎなかったんだ。
Act.2
時系列を冬のエリア開放初日の夜に戻そう。
犯人は、ドゥオデキムの説明書の違和感に気付いた。
その説明書の内容から、医務室にドゥオデキムが保管されている可能性に辿り着いた犯人は、
実際に医務室を調べ、そこにあったドゥオデキムを手に入れたんだ。
そして犯人は、ドゥオデキムを持って懲罰房へと向かう。
その時、懲罰房では魔女化したライトがアイアンメイデンの中に拘束され、拷問を受けていた。
犯人はそのライトに、"魔女を殺す薬"であるドゥオデキムを使い……殺害した。
私たちは『ライトは運営側によって既に処刑された』と思い込んでいた。
だけど、実際には犯人によって運営側よりも先に殺害されていたんだ。
Act.3
犯人は殺害したライトを懲罰房から生物室へと運び、ひとまず箱の中に保管した。
恐らくこの時点では、まだアゾット儀式を利用したトリックは思いついていなかったはずだ。
だがその後、アゾット儀式について書かれた魔女の本が発見される。
そこで犯人は、恐ろしい計画を思いついた。
それは──
『アゾット儀式の図に合わせて五人の死体を切断し、
本来は存在しないはずの"六人目の死体"を作り出す』というものだった。
犯人はまず、五人の死体を身長の高い順に並べた。
171㎝のダイヤ、165cmのライト、159㎝のアテナ、156cmのポム、152㎝のヤヒメ。
それを背の高い人物から順に、
アゾット儀式の図になぞらえて、下から上へ対応する部位を切断していく。
そして、切断した箇所を一つずつずらし、隣り合う死体に合わせると──
それぞれ足先、大腿部、腰部、腹部、両手を含む胸部、頭部が欠損した六つの死体が完成する。
この欠損した部位の位置には意味があった。
切断した部位をまったく体格の違う死体に合わせれば、
当然その死体には大きな違和感が生じてしまう。
そこで犯人は、身長順に下から死体を切断していくことで、
組み合わせる死体同士の体格差を最小限に抑えようとしたんだ。
もちろん、人間の体格は身長だけで決まるものじゃない。
けれど、死亡した皆の体にはそれぞれ先天的な身体的特徴も無く、全員が標準的な体格だった。
だから犯人は、身長差をそのまま死体同士の体格差として扱った。
そして、それぞれの死体には欠損部位という空白がある前提だった。
つまり、切断面と切断面を直接繋ぎ合わせているわけじゃない。
多少の体格差があっても、死体同士が組み合わされていることには気付きにくかったんだ。
そうして出来上がる頭部のない六人目の死体こそが……"頭部のないヤヒメ"の死体だ。
犯人はヤヒメとほぼ同じ体格だった。
だから犯人は、ヤヒメの死体を自分の偽の死体として、私たちの前に出現させようとしたんだ。
Act.4
けれど、犯人にとって予想外のことが起きる。
それは、ライトの魔女化による異形化が大腿部にまで及んでいたことだった。
異形化は手の爪の先から始まり、時間とともに腕、肩を経由して、
それが胴体にも到達すると、そのまま全身へと波及する法則があった。
足先までは異形化には至っていなかったが、大腿部はおよそ半分が異形化していたんだ。
本来の計画では、死体同士の体格差を最小限に抑えるために、
二番目に身長の高いライトからは"大腿部"を切断し、
一つ下の身長であるアテナの死体へと回される予定だった。
だけど、ライトの大腿部のおよそ半分は既に魔女化によって異形化していた。
そんなものをアテナの下半身として使えば、
死体が別人の部位で組み合わされていることは、一目で見破られてしまう。
そこで犯人は、苦肉の策として急遽計画を変更した。
一番身長の高いダイヤと、二番目に身長の高いライト……この二人の切断部位を入れ替えたんだ。
つまり、本来ならダイヤから切断されるはずだった"足先"をライトから切断し、
ライトから切断されるはずだった"大腿部"をダイヤから切断した。
そして、切り取ったライトの足先をダイヤに回し、
ダイヤから切り取った大腿部以下をアテナに回したんだ。
だが、その変更によってまた新たな問題が生まれてしまう。
それは──身長差だ。
入れ替えにより、ダイヤの死体にライトの足先を繋げるだけなら、まだ大きな問題にはならない。
身長171cmのダイヤと、身長165cmのライト……この二人の差は6cm。
その二人の切断部位がただ入れ替わるだけなら、元々想定されていた身長差と同じ6cmだからだ。
けれど問題は、アテナの死体だった。
ダイヤとライトを入れ替えたことによって、アテナの合成死体は、
一番身長の高いダイヤと、三番目に身長の高いアテナを組み合わせたものになってしまう。
その身長差は12cm……本来予定していたライトとアテナの身長差のちょうど倍だ。
さすがにそれだけの差があれば、死体の組み換えに気付かれる恐れがある。
そう思った犯人は、アテナの合成死体だけをじっくり調べられない場所で発見させ、
その死体をすぐ私たちに箱の中へと保管させることにした。
薄暗く、寒く、長時間そこに留まることが難しいホテル地下の生物室。
そして、死体を確認させたらすぐに箱へ納められる場所だ。
犯人がアテナとダイヤによる合成死体をあの場所に置いたのは、
その不自然な体格差を、少しでも見破られにくくするためだったんだ。
Act.5
犯人が切断した死体の保存と運搬に使ったのは……ライトの【封印】の紙だ。
この紙は、ライトが死亡したあとでも誰でも使うことができたんだ。
"生物は封印できない"という縛りはあったけれど、
死亡した者……つまり死体には、その縛りは適用されない。
犯人は切断した死体を封印紙に封じることで、保存と運搬を同時に行っていたんだ。
そして、私たちにライト以外の四人の死体を発見させた次の日、犯人は最後の仕上げに移る。
まず、懲罰房にあったギロチンを分解し、
そのパーツを【封印】の紙に封じて持ち運べるようにした。
その後、犯人は冬のエリアのラウンジへ向かう。
そしてラウンジの周囲や近くの木にあらかじめ灯油を撒いておき、
封印紙からギロチンのパーツを取り出し、ラウンジで組み立てた。
さらに、あらかじめ【封印】しておいた"足先のないライトの死体"と、
"犯人の服を着せた頭部のないヤヒメの死体"も、同じようにラウンジに出現させる。
次に行ったのは、ラウンジの厨房にあった二つのオーブンへの工作だ。
犯人は二つのオーブンの『停止』ボタンを破壊し、作動中に中身を確認できないようにした。
右のオーブンは、扉の小窓から覗かれても中が見えないように天板で隠す。
そして左のオーブンの奥には、
ライトが夏のエリアでBBQのときに【封印】していた骨付き肉の骨……
つまり、"牛の大腿骨"を、予め人間の大腿骨に似せて削っておいたものを二本並べて置いた。
すべては、私たちにこう思い込ませるためだ。
アゾット儀式は本当に実行された。切り取られた部位はすべてオーブンで焼却されたのだと。
そして最後に犯人は、その偽装を完成させるため、常軌を逸した行動を取ったんだ。
Act.6
犯人は、自分の服を着せた頭部のないヤヒメの死体をギロチンの傍に置き、
死体の首の部分に重ねるように、自らの"足先"をギロチンの土台へとセットした。
そして……"自分の足先"を、ギロチンで切断したんだ。
切断時に飛び散った血は、ギロチンの土台や床、そして頭部のないヤヒメの体に付着する。
それによって犯人は、まるでその場で頭部が切断されたかのように演出した。
もしかしたらこの時、犯人はヤヒメの首にも自分の血液を塗布していたのかもしれない。
そしてそのまま失血死してしまうのを防ぐために、
犯人は自身の【凍結】の魔法で、両足の切断面を氷で覆って凍らせた。
そこから犯人は、ラウンジにあった"火かき棒"二本を杖代わりにし、
切断した自分の足先を袋に入れて提げるなりして、厨房のオーブンまで移動する。
そして天板で隠した右のオーブンには何も入れないまま、
少なくとも捜査中の間は絶対に開かない時間にタイマーをセットし、焼却をスタートさせた。
切り取られた上半身の部位が焼かれていると思わせるための、空のオーブンだ。
一方、左のオーブンには、並べた二本の牛の大腿骨の手前に切断した自分の足先を置いた。
そして、焼却中に小窓から中を覗かれても分からないようにこちらも天板で隠し、
捜査終了間際に焼却が終了するよう計算し、タイマーをセットして焼却をスタートさせた。
最後に犯人はラウンジを出ると、
あらかじめラウンジの周りとその木々に撒いておいた灯油に火をつける。
そして用意しておいたソリに乗り、
冬のエリアの丘を滑り降りて、魔女裁判が始まるまでその姿をくらませた。
Act.7
冬のエリアのラウンジから火の手が上がっているのを見た私たちは、急いでそこへ向かった。
そこで私たちが目にしたのは、足先のないライトの死体と、
血にまみれ、ギロチンによって頭部を切断されて殺されたように見える死体だった。
それらを発見したことによって"死体発見アナウンス"が流れた。
だが実際には、この時流れたのは、
首を切断されて死亡したように見える死体に対するものではない。
数日前、犯人によって運営側よりも先に殺害されていた、
"贄熊ライト"が初めて私たちに発見されたことによって流れたものだったんだ。
犯人は最初から、贄熊ライトと、
犯人の服を着せた首のないヤヒメの死体を同時に発見させることで、
今まさに自分自身が首を切断されて死亡したと思い込ませることを目的としていたんだ。
Act.8
首のない死体は、被害者が普通の人間だったなら、
いくら生物室で保管されていたとはいえ、不自然な体温の低さや首からの流血具合で
すぐに『死後時間が経過している』と違和感を抱かれてしまっただろう。
けれど、『【凍結】の魔法を持っていたあの人物が殺された』と、
私たちが思い込んでいたとしたら話は別だ。
『さっきまで生きていたにしては体が冷たい』。
『首の切断面からすでに流血が止まっている』。
そんな違和感でさえ、【凍結】の魔法による体質のせいだと私たちは納得させられてしまった。
そして、ラウンジの厨房には左右で焼却終了時間の違うオーブンが作動していた。
停止ボタンが破壊され、両方のオーブンは天板で隠されていて、
セーフティロック機能により、焼却終了までそれらは開けることができなかった。
捜査終了の間際──
ようやく開いた左のオーブンから見つかったのは、骨になった"足先"と"大腿骨"だった。
これは実際には、切断した犯人の足先と、予め人間の大腿骨に似せて削られた牛の大腿骨だった。
けれど、足先が本物の人骨だったからこそ、大腿骨の方も人間のものだと錯覚してしまった。
私たちはそれを"切り取られたライトの足先"と"ダイヤの大腿部"だと思い込んでしまったんだ。
左のオーブンの焼却終了時間が、わざわざ捜査終了間際になるように設定されていたのは、
骨の正体を念入りに調べる時間を与えないためだったんだろう。
一方、右のオーブンは捜査が終わる時間になってもまだ焼却終了時刻には程遠い状態だった。
だから私たちはこう認識を誤ってしまった。
『左のオーブンには、あらかじめ下半身の部位が先に入れられていて焼却が開始されていた。
けれど右のオーブンには、たった今ギロチンで切り取られた頭部が入れられたばかりだから、
まだこんなに焼却終了までの時間が残っているんだ』と──。
Act.9
だが、右のオーブンが開かなかった本当の理由は、上半身を隠し通すことにあった。
六つの部位の中で、骨の偽装が最も容易だったのは"大腿部"だ。
大腿骨は一本の太い骨。牛の大腿骨を人間のものに近い形へ細く削れば、
超高温で焼却した状態ならば、短時間の捜査では人骨に見せかけることも不可能ではない。
けれど、上半身の部位となると話は別だ。
"腰部"なら骨盤、"腹部"なら脊椎や肋骨の下部。
"両手を含む胸部"なら、肋骨、鎖骨、肩甲骨に両手の骨。"頭部"なら頭蓋骨。
それらを牛の骨で人間のものそっくりに偽装するのは、さすがに無理がある。
だから犯人は、左のオーブンで"足先"と"大腿骨"だけを見せた。
本物の足先と、牛の大腿骨を削った偽物。
その二つだけを見せることで、
私たちに『オーブンの中で切り取られたそれぞれの部位が焼かれている』と完全に信じ込ませた。
そうして一度信じ込ませてしまえば、あとは右のオーブンに
『残りの上半身の部位が全て入っている』と錯覚させるだけでいい。
実際には右のオーブンには、切り取られた部位なんてものは入っていなかったんだ。
上半身の骨は偽装できない……だからこそ犯人は、オーブンを天板で覆い、
捜査終了時間になっても絶対に開かないようにタイマーをセットして、徹底的に中身を隠蔽した。
こうして犯人は、私たちに
"切り取られた六つの部位は全てオーブンで焼却された"と思い込ませることに成功したんだ。
Act.10
そして捜査終了の時刻になり、魔女裁判が開廷する。
だが本来、魔女裁判には出席義務がある。
それを破ろうとすれば、強制的に銃業員によって裁判場へ連れ出されてしまう。
いくら自分が死んだと信じ込ませたとはいえ、犯人が生きている以上、
魔女裁判が始まればそれに出席しなければならない。
そうなれば、ここまでの偽装工作も全て水の泡となってしまう。
そこで犯人は、魔女裁判の"特例"を利用した。
──『大怪我や高熱など、やむを得ない事情がある場合は欠席も認められる』。
両足の足先を切断した状態なら、それは文句なしの大怪我だ。
だから犯人は、出席義務違反によるペナルティを受けることなく
魔女裁判が始まる時間になっても姿をくらませたままでいられたんだ。
自らの両足の欠損すら全て……犯人の計画のうちだった。
死なない魔女を殺し、五人もの死体を切断し、
自分自身の死までも作り上げた冷酷な犯人──
【凍結】の魔法を持つ、鈴月ミサ。
これらの犯行を行えるのは、その人物以外にいない。
私の声が、静まり返った裁判場いっぱいに響き渡る。
その名を告げた瞬間、裁判場の空気が凍りついたように動かなくなった。
「…………」
反論も、否定も、困惑の声さえ上がらない。
これまで積み上げてきた証拠と推理が、
鈴月ミサという、たった一人の名前へ収束していた。
誰もがそれを理解していた。
理解してしまっていた。
けれど──理解することと、受け入れることは全く別物だった。
「……やっぱり」
やがて、押し殺すような声が、沈黙を震わせた。
「やっぱり……違うよ……っ!」
マリーだった。
俯いていた顔を上げる。
その頬は涙で濡れ、大きな瞳からは、今も次々と雫が溢れ続けていた。
「ミサちゃんが犯人だなんて……そんなの絶対、違うよ……っ!!」
「マリーちゃん……」
シロが胸を締めつけられる思いで、悲痛な声を漏らす。
けれどマリーは、縋るように首を何度も横へ振った。
「だって……だって、これが本当なら……
ミサちゃんは、みんなの体を……切ったってことなんだよ……?
アテナちゃんも、ポムちゃんも、ダイヤちゃんも……。
……ヤヒメちゃんの首まで……切ったってことなんだよ……!?」
悲鳴のようなその叫びが、裁判場の壁へぶつかり、痛々しく反響する。
「そんなの……っ!
そんなの、ミサちゃんがするわけないよ……!
ミサちゃん、ヤヒメちゃんのこと……大切にしてたもん……。
ヤヒメちゃんが死んじゃった時だって、あんなに……あんなに悲しんでたのに……!」
それは推理に対する反論などではなかった。
証拠を覆すような新しい事実でもなかった。
ただ、マリーが知っているミサと、
私たちが導き出した犯人の姿が、どうしても結びつかない。
その思いから出た、悲鳴だった。
「こんなの、おかしいよ……そんなの……ミサちゃんじゃないよ……」
「……マリー」
私は、溢れ出る涙でぐしゃぐしゃになったマリーの顔を前にして──
一体どんな言葉を掛ければいいのか、何も分からなくなっていた。
ただ……「それでもミサが犯人だ」と繰り返すことは、あまりにも残酷に思えた。
「……気持ちは分かるわよ。私だって、こんなの信じたくない。
けど……証拠が全部、ミサを指してるのよ……」
リンリが悔し気に呟く。
「でも……! ……ッ違う……!
違う……違うよ……!」
その言葉を振り払うように、マリーは首を横に振る。
「……」
裁判場に、重く、長い時間だけが積もっていく。
その時だった。
――ガコン。
裁判場の入口の方から音がした。
続いて、ギィ……と扉の開く音が響く。
全員の視線が、一斉に裁判場の入口へ向けられた。
開かれた扉の向こう。
そこにいたのは――。
「…………」
誰もが一瞬、それが誰なのか、頭の処理が追い付かなかった。
その人物は車椅子に静かに腰掛け、厚い毛布を下半身にかけていた。
「…………え」
マリーの口から間の抜けたような、小さな声が漏れる。
車椅子の車輪が、ゆっくりと床を転がる。
ミサは死人のように白い顔のまま──
それでも確かに自分の意思を宿した瞳で、私たちを見つめていた。
「ミサちゃん……?」
マリーが震える声で呼びかける。
次の瞬間、その表情がぐしゃりと歪んだ。
「ミサちゃんっ!」
証言台から身を乗り出す。
「生きてる……!
ミサちゃん、生きてる……!」
「……うん」
ミサは、溢れる涙で顔を濡らすマリーに向けて、かすかに小さく頷いて見せた。
その顔に浮かんだ表情は──
寂しそうに笑っているようにも、
いまにも泣き出すのを必死に堪えているようにも見えた。
「……生きてるよ、マリー」
その消え入りそうな儚い声を聞いた瞬間、裁判場の空気が一変する。
目の前に現れた存在が、今までの推理を肯定してしまったことへの絶望だった。
「……自分から来たのね」
ノクスの目が、鋭く細められた。
「うん」
ミサは、車椅子の上で僅かに頷いた。
その顔は青白く、唇にも、ほとんど血の気がない。
膝から下へ掛けられた厚い毛布が──
その下に何が失われているのかを、嫌でも想像させた。
やがて、ミサの視線が、ゆっくりとマリーへ向けられる。
「……ごめんね、マリー」
「…………」
マリーは何も答えることができない。
ただボロボロと溢れ出す涙に濡れた瞳で、
目の前に座るミサを……言葉を失って見つめ続けている。
「ライトを殺したのも」
「みんなの身体を切ったのも」
「ヤヒメの首を落としたのも」
「全部――私がやったんだ」
「……っ……!」
マリーの喉から、潰れたような息が漏れる。
否定してほしかったはずだ。
何かの間違いだと。
マキたちの推理は全部間違っていると。
そう言ってくれることを、最後の最後まで待っていたはずだ。
けれど、ミサ自身の口から告げられた言葉が
マリーの中に残っていた、僅かな希望さえも打ち砕いた。
その言葉を言い終わると同時に、ミサはカンチョーへと視線を移す。
「……カンチョー。投票タイム、お願い」
すると、見計らったかのようにぱちりとカンチョーは目を開ける。
「……あ、もう、よろしいんですか?
まだ、弁明とか……言い残したこととか。
そういうのがあるなら、別に待ちますけど……」
カンチョーは僅かに首を傾げる。
「ないよ。マキが全部、話してくれたから」
その視線が、ほんの一瞬だけ私へ向けられる。
「……そうですか。では皆さん、異論はないですかね……?」
「……」
誰一人として、カンチョーに返す言葉を持たなかった。
「……あ……っ」
重苦しい静寂の中で、ただマリーだけが何かを訴えかけようと身を乗り出す。
震える小さな唇が開かれ、今にも悲痛な声が溢れ出そうになる。
けれど……溢れ出る涙と絶望に喉を強く絞めつけられ、
言葉は喉につかえたまま、どうしても外へは出てこなかった。
「……」
「……では、投票タイムに移ります。
各自、お手元のスマホで投票してください」
「…………」
みんな、すぐには画面へ触れなかった。
犯人は分かっていて、本人も罪を認めている。
それでも、この一票が何を意味するのかを考えれば、
簡単に指を動かせるはずなんてなかった。
ミサはそんな私たちを責めることも急かすこともなく、
ただ、車椅子の上で静かに待っていた。
そして──
「……お願い。私に入れて」
ミサの口が静かに開く。
「……ミサ……ちゃん……っ!!
……うっ……ううぅっ……!!」
マリーの叫びが、涙に濡れて激しく震える。
「……全部、私がやったことだから。だから、お願い……」
裁判場に、再び鉛のように重い沈黙が落ちる。
けれど、そのミサの言葉を合図にするように、
一人、また一人と重い決意を込めてスマホの画面をタップしていった。
やがて──
「……全員の投票を確認しました」
「では……投票の結果を発表します」
「投票の結果、"魔女"となるのは誰か。
その答えは……正解なのか不正解なのか……」
「それでは──」
「どうぞ」
波彪マキ 0
鵲シロ 0
田中ナツミ 0
蜜葉イリス 0
殯リンリ 0
空丸マリー 0
鈴月ミサ 6
一ノ目ハイジ 0
灰村ノクス 0
スキップ 3
「最多得票者である……鈴月ミサさんが魔女に選ばれました」
「はたして、正解なのか、不正解なのか……」
カンチョーの声が裁判場に静かに響く。
一瞬の静寂
そして
それを切り裂くように
場違いなほど耳障りなファンファーレが、裁判場に響き渡った。
"GUILTY"
【魔女裁判 閉廷】