ファンファーレの余韻だけが、いつまでも耳の奥にこびりついて離れなかった。
私たちは、正しい犯人を選んだ。
そのはずなのに――
裁判場の中央に浮かび上がった『GUILTY』の文字が──
まるで、私たち全員を嘲笑っているかのように見えた。
「はい、大正解です」
「今回、贄熊ライトさんを殺した"魔女は"……」
「『鈴月ミサ』さんでした」
「……」
そして、カンチョーはまるで
事務処理にほんの小さな不手際があったことでも詫びるかのような調子で続ける。
「……あ、贄熊ライトさんの処刑が遅れてしまってすみませんでしたね。
魔女化した贄熊ライトさんは、拷問の後にこちらで処刑する予定だったんですけど、
その前に鈴月ミサさんが殺してしまいましたので……」
カンチョーのその言葉で、最後に残っていた僅かな曖昧さまで完全に消え去った。
──ミサが自分の意思でライトを殺した。
しかもそれだけじゃない。
五人の遺体を切断し、それぞれの身体を組み替え──
アゾット儀式という巨大な幻想を作り上げ、
自分自身の足先まで切り落として、完璧な死を偽装した。
今回の凄惨な事件の陰で起きたことは、
そのすべてが――鈴月ミサという一人の人間の手によって行われていた。
「……ミサ……理由を聞かせてくれ」
私は、絞り出すように口を開く。
ライトをどうやって殺したのか。
どうやって死体を組み替えたのか。
どうやって自分が死んだように見せかけたのか。
その全部を、私たちはさっきの裁判で明らかにした。
でも──
「ミサが、どうしてそこまでのことをしなければいけなかったのか……
その理由は、まだ聞いてない」
私は、車椅子に座るミサを真っ直ぐに見つめる。
「……わざわざ殺さなくても、ライトさんは処刑される予定だったはずです……。
どうして、あんなことを……?」
イリスが悲しみを孕んだ声で、ミサを見つめる。
「それに……ライトを殺したかっただけなら、殺すだけでよかったはずだ。
なのにミサは……ダイヤたちの死体まで切断した」
「……っ」
私のその言葉に、マリーの肩が小さく震える。
「ポムも、アテナも」
「そして……ヤヒメも」
「…………」
「仲が良かったヤヒメの首まで切り落として。
自分の足まで切って。
あんな大掛かりなトリックまで作った。
……そこまでやらなきゃいけない理由は、何だったんだ?」
「…………」
ミサは──
俯いたまま、膝の上に掛けられた毛布をじっと見つめている。
そして
やがて、静かに口を開いた。
「……覚えてる? 冬のエリアで雪だるまを作って遊んだときのこと」
ミサは、マリーと私を交互に見つめるようにぽつりと言った。
「……雪だるま……?」
涙で喉を詰まらせたマリーが、掠れた声で呟く。
「うん。冬のエリアが開放された、最初の日」
ミサは、小さく頷いた。
「……マキちゃんとミサちゃんとマリーちゃんが一緒におった時のことか……?
その時、なんかあったんか……?」
「なんか、三人で話してたのは丘の上から見えてたけど……」
ナツミとハイジが不安げに眉を寄せ、顔を見合わせる。
ミサのその言葉に、私の中にもあの日の光景が鮮明に蘇ってくる。
昼食を食べたあと、開放されたばかりの冬のエリアにみんなで再び向かった。
リンリやハイジたちは丘の上の暖かなラウンジでゆっくりしていて、
シロやナツミは無邪気に雪原を駆け回り、雪合戦をして遊んでいた。
そして私は、少し離れたところで、
マリーとミサが雪だるまを作っているのを見つけて、
そのまま二人のところへ向かったんだ。
「……忘れるわけないよ……っ。マリーが雪を転がして、
そのあとミサちゃんとマキちゃんで、せーのでのせたよね」
「……うん」
「……覚えてるよ」
ミサと私は小さく頷く。
私とミサとマリーの三人で、息を合わせて持ち上げて
先に作っておいた大きな胴体の上へ、ゆっくりと頭の部分を載せた。
二つの雪玉が綺麗に重なり、みんなで満足そうに眺め合った。
そのあと、雪だるまに木や石で表情なんかを作ったりして──
それだけの、何でもない光景。
ただ、三人で雪だるまを作っていただけの楽しい時間。
「……あのときは、マリー、すごく楽しそうだったね」
ミサが、少しだけ目を細める。
「……うん。すごく、楽しかったよ……っ」
「私も」
マリーの言葉に、ミサは小さく答える。
ほんの一瞬だけ、その表情に懐かしむような笑みが浮かんだ。
「でも……」
だが──その笑みはすぐに消える。
「あの時、マリーが言ったんだ」
「……何を?」
ノクスが問いかける。
ミサは、ゆっくりとマリーへ視線を向けた。
「もう……天気を変えるのはやめるって」
その瞬間、マリーの肩がぴくりと震えた。
私も、はっきり覚えている。
雪だるまを完成させたあと、ミサが何気なくマリーに声をかけた。
『そうだ、マリー。この冬のエリアでなら、雪降らせられるんじゃない?』
それまでのマリーなら、きっとその問いに目を輝かせていたはずだった。
自分の魔法で空から雪を降らせること。
それはマリーがずっと楽しみにしていた夢の一つだったのだから。
けれど──
あの日のマリーは、雪をかき集めていた手を止めて、
俯いたまま、こう言った。
『……マリーね、もう天気変えるの止める』
「……」
裁判場の空気が少しずつ重くなっていく。
「私、その時……びっくりしたんだ。
だってマリー、ずっと言ってたから。
『いっぱい天気を変える練習して、いつかふわふわの雪を降らせてみたい』って。
みんなに見せたいって。すごいねって、言ってほしいって」
ミサはあの時のことを、そのままなぞるように呟いた。
すると、マリーの瞳からまた一滴涙が零れた。
「……覚えてる」
マリーは小さく頷く。
「そのあと、マリー……私に言ったよね。
『マリーが天気変えると……よくないことが起こっちゃうから』って……」
私は胸の奥がまた締め付けられるのを感じた。
あの時のマリーは、ただ魔法を使うのが怖くなっていたんじゃない。
自分の魔法そのものを誰かを傷つけるものだと思い込んでしまっていた。
ライトに利用されたことによって。
そして……大切な友達だったヤヒメが、死んでしまったことによって。
マリーは自分の魔法を自分の夢ごと、全部否定しようとしていた。
「……あのとき」
ミサがぽつりと続ける。
「マリーがそう言ったのを聞いてね」
その声が少しずつ
「私は……初めて、本気で思った」
冷たく
重く
沈んでいく。
「ライトを──殺してやりたいって」
静かに響くミサのその言葉に、裁判場の空気が凍り付いたように張り詰める。
あの日、マリーの隣にいたミサは、そんな感情を表には出していなかった。
いつも通りに、物静かで、マリーを気遣って、私と一緒に遊んでいた。
けど──
その静かな表情の奥では、ライトへのとてつもない憎悪が芽生えていたんだ。
「私ね、密かにマリーと心の中で競争してたんだよ」
「……競争……?」
マリーが涙の残る目を瞬かせる。
「私が【凍結】の魔法で、三匹のうさぎのリングを上手に作れるようになるか。
それとも、マリーが先に夢を叶えて、ふわふわの雪を降らせるようになるか」
「ミサ……ちゃん……」
「だからね、いっぱい練習してたんだ。
……失敗するたびに、ヤヒメに
『ミサちゃんならいつか作れる』って慰めてもらったりしてね。
私も、そのたびに言ってた。
『絶対に三匹とも完成させて、いつか見せてあげるから』って」
あの日、私が何気なく口にした言葉。
『ミサならいつかきっと作れるよ』
それが、ヤヒメから何度も言われていた言葉と同じだったから、
ミサは一瞬、あんな顔をしたんだ。
「マリーが雪を降らせることも、私が三匹のうさぎを作れるようになることも……
どっちも、ただの小さな目標だった。
ただ──できるようになったら。
それをみんなで笑って、すごいねって褒め合ったりして。
私はそれだけでよかった」
「なのに」
そこで……ミサの声から、再び温度が消える。
「ライトは……ヤヒメを殺した。
……それだけじゃない。
マリーの魔法まで利用して、マリーが、ずっと大事にしてた夢まで壊した」
「……だから、どうしても……許せなかった。
ヤヒメを殺して、マリーまで、こんなふうに傷つけたライトが……」
彼女の押し殺していた感情が、静かに零れ落ちていく。
「どうして……まだ生きてるんだろうって」
ミサは、膝に添えられた両手を強く握り込む。
「冬のエリアが開放された日の朝に……
カンチョーが『ライトはドゥオデキムで処刑する』って言ってたのを思い出したんだ」
「…………」
「それで私も、辞書で"ドゥオデキム"っていう単語の意味を調べながら、
前に撮っておいた説明書きを見返してた。
……その時、ふと気づいたんだ。『B』の文字の違和感に」
ミサは、ゆっくりと顔を上げる。
「説明書きにあった文字と……
前に聞いてた、医務室の薬品棚のことが、頭の中で繋がった。
『医務室には、色々な数字や文字だけ書かれたラベルが貼られたビンがあった』っていう話を思い出して。
もしかしたらって思ったの」
「ドゥオデキムが、医務室に保管されてるかもしれないって……?」
リンリが尋ねると
「……うん」
そう、ミサは短く返事をする。
「ただの思い付きで、ダメもとだった。
……まさか本当にあるなんて、思ってなかった」
裁判場を重い沈黙が支配する。
「……そのビンを見つけた時、もう……ライトを殺すって決めたのか?」
私は真っすぐにミサの瞳を見つめる。
「…………」
「……分からない」
「殺したいとは思ってた。
だけど、本当に殺すかどうかはまだ……決めきれてなかった。
……でも……持って行ってしまったの。
ドゥオデキムを、懲罰房まで」
「……そのまま、ライトのところへ行ったんだな」
「うん」
私の言葉にミサは静かに頷いた。
「私は……アイアンメイデンを開けたんだ。
中にいたライトは……背中を棘に貫かれて、拘束されて、拷問されていた」
「そして──」
ミサは記憶の中の光景を、もう一度その目でなぞるようにゆっくりと目を細める。
「笑ってるように……見えた」
重い鉄の扉。
鼻につく錆の匂い。
冷え切った石造りの床。
手には、『12』とだけ書かれたビン。
アイアンメイデンの扉へ手を掛ける。
鈍い音を立てて、アイアンメイデンの内部がゆっくりと露わになる。
魔女化し、異形と化したライトの姿が視界に飛び込んでくる。
ライトは、上半身を、背中を、無数の棘に貫かれていた。
その棘のせいで、まともに体を動かせないよう拘束されて。
ライトから、小さな呻き声のような声が聞こえる。
私は、ライトの顔に目を向ける。
そう見えた。
苦痛で顔が歪んでいただけだったのかもしれない。
魔女化によって、表情が不自然に引き攣っていただけだったのかもしれない。
今になって思えば、そうだった可能性だってある。
けれど、あの時の私には──どうしても笑っているようにしか見えなかった。
ヤヒメを殺して。
マリーの魔法を利用して。
それが暴かれた結果、自分がこうして拷問されていることさえ。
どこか満足そうに受け入れているように。
――そう見えてしまった。
そして
その時だった。
『あ、見て! ライトちゃんも笑ってるよ!』
どこからともなく声がした。
耳元で囁かれたわけじゃない。
部屋の中に、誰かがいたわけでもない。
ただ、頭の中へ言葉が落ちてきた。
『自分の人生のすべてを賭けた最高のトリックが成功して、
ヤヒメちゃんもしっかり殺せて、満足そうだよ』
「……やめて」
私は、小さく呟いた。
『すごいよね。自分の命まで賭けてさ。
自分が一番誇れる芸術作品を完成させたんだもん』
「……やめて……っ」
『きっと嬉しくてたまらないんだよ。ヤヒメちゃんが死んだことも、
マリーちゃんが自分の魔法を怖がるようになったことも』
「……違う」
『全部、自分の最高のトリックのために必要だったことだからね』
「違う……」
『ほら、笑ってる』
「…………っ」
もう一度、ライトの顔を見る。
魔女化によって異形と化して──
それでも
口元だけが
僅かに吊り上がっているように見えた。
『ね?』
「……」
「…………」
私の頭で
何かがぶつりと切れた。
「何」
「何笑ってんだぁぁあああぁぁぁあああああッ!!!!!」
私は、懲罰房に置かれていたナイフを掴んだ。
ドゥオデキムの瓶を乱暴に開けた。
ナイフの刃にその毒を塗った。
ライトへ向かっていた。
刃を突き立てる。
「何でヤヒメが死んで……!」
刃を突き立てる。
「何でマリーが泣いて……!」
刃を突き立てる。
「何でお前だけ……!!」
刃を突き立てる。
「……はぁ……っ、はぁ……っ、はぁ……っ……」
「…………」
気が付くと、私は血に塗れたナイフを握り締めていた。
私は目の前のライトを見た。
ぴくりとも動かない。
声も出さない。
さっきまで響いていた小さな呻き声すら……もう途絶えていた。
「……あ」
その瞬間──
頭の中からすべての熱が消えた。
「……殺しちゃった……」
「…………」
『あーあ、殺しちゃった』
「……殺しちゃった……」
『殺しちゃった』
「殺しちゃった……」
『殺しちゃった』
「殺しちゃった……!」
『このままじゃ、いずれ絶対バレちゃうよ』
「……」
『だって──このあとドゥオデキムで処刑される予定だったライトちゃんを、
その前にわざわざ自分の手で殺すほど憎んでる人なんて、
ミサちゃんか、マリーちゃんくらいしかいないもんね』
「……」
『でも~、マリーちゃんがドゥオデキムの存在に気付けるとは思えないし~、
医務室まで辿り着いて、ライトちゃんを殺せる人なんて――』
「やめて……」
『ほぼ、ミサちゃん一択だよね』
「…………っ」
ライトの死体が発見されれば、殺人事件として捜査が始まる。
そして魔女裁判が開かれる。
その時、真っ先に疑われるのは、きっと私だ。
ヤヒメを殺されたことを誰よりも引きずっていた。
マリーが傷つけられたことを誰よりも近くで見ていた。
処刑される予定のライトをそれでも自分の手で殺したいと思うだけの理由があった。
「……私が、疑われる……」
『そうだね。魔女裁判になったらソッコーでほとんどの票集まるんじゃない?』
「…………」
犯人に選ばれる。
処刑される。
マリーと離れ離れになる。
もう一緒に遊べない。
もう雪だるまも作れない。
もうあの子の笑顔も見れない。
もうあの子の隣で笑うこともできない。
「……いや……それは……いや……」
私は動かなくなったライトの体を見つめる。
このままここに置いておくわけにはいかない。
少なくとも、今すぐ誰かに見つかることだけは避けなければいけない。
私は、生物室の中までライトの死体を運んだ。
誰にも見つからないようにライトの死体を懲罰房から運び出し、
生物室へ向かい──私は、そこに置かれていた箱の中へライトの体を収めた。
「…………」
蓋を閉める。
ガタン、と重い音が響く。
目の前からライトの死体は消えた。
けれど、もちろん何一つ解決なんてしていない。
死体をどこか誰も来ないような別の場所へ運んでしまおうか。
それとも、死体をもっと細かく細かく切り分けて、海にでもばら撒いてしまえば――。
「……いや」
私はすぐにその考えを打ち消した。
そんなことを運営が許すはずがない。
この島では殺人が起これば、死体を発見させ、捜査をさせ、魔女裁判を開かせる。
そのための仕組みが最初から用意されている。
犯人が死体を永久に隠して、事件そのものを永遠に発生させない──
そんな抜け道を、カンチョーたちが黙って見過ごすとは到底思えなかった。
それに、運営側はライトを処刑していないという事実を当然知っている。
いつか何かの拍子に
『ライトさんはこちらでは処刑していませんよ』
その一言を告げられるだけで、すべてが終わってしまう。
そんな風に、ライトが何者かに殺されたのが露見すれば、
たとえライトの死体が見つかっていないとしても、魔女裁判が開かれることになるかもしれない。
こんなのは、ただの先延ばし。
私はそのことを分かっていた。
それでもこの時は、それ以上のことなんて考えられなかった。
そして――
その日の朝だった。
あの『アゾット儀式』について記された、魔女の本――第三篇が見つかったのは。
最初は、本当にただ何となく読んだだけだった。
六人の魔女がそれぞれ、自らの力を象徴する身体の一部を捧げる。
頭部、両手を含む胸部、腹部、腰部、大腿部、足先。
その六つの部位を、"サラマンダーの火"へと捧げる。
ただの、古い儀式について書かれた寓話のようなものだった。
でも──
私はその図を見た瞬間……目が止まった。
「…………」
「……これ……」
何かが頭の中でカチリと音を立てた。
もし──この図に見立てて、五人の死体を下から順番に切り分けて……
切った箇所を、一つずつずらして、別の死体へ合わせたら――。
「……六人目が……作れる」
存在しないはずの六人目の死体。
それを自分自身にすればいい。
「…………!」
心臓がドクンと大きく跳ね上がった。
ライトの死体が見つかれば、私は疑われる。
だったら……ライトが殺された事件だと思わせなければいい。
もっと巨大で、もっと異様な事件で──全部、塗り潰してしまえばいい。
「……私が……死んだことにすれば」
そこまで考えた瞬間、普通なら怖くなるはずだった。
自分が思いついたものがどれだけ狂っているのか、
分からないはずなんてなかった。
なのに、頭の中ではもう止まらなかった。
私が全員を完璧に欺き、"卒業"すれば──
あとは、島から脱出した私が外に助けを呼びに行くこともできる。
そして、犯人指名を間違えた後に行われる"戦犯投票"……
ここでみんなが全員一致のスキップ投票を行おうとしようがしまいが……
絶対に
「これなら……犠牲は最小限に抑えて、みんなも救える……」
まるで、これから行おうとしていることを正当化するように自分に言い聞かせる。
私は生物室に行った。
みんなの体を確認すると、トリックの障害になるような傷などは見当たらなかった。
唯一の誤算だったのは──ライトの下半身。
長いスカートの布地に隠れていて最初は気付かなかったが、
よく調べてみると、魔女化により異形化が大腿部にまで及んでいた。
けれど、これはダイヤと切断位置を入れ替えれば問題ない。
ふと、ライトの服から紙がひらひらと落ちた。
【封印】に使う紙だった。
試してみると、ライトの死後でも使えることが確認できた。
「……できる」
私はスマホの人体図を見ながら小さく呟いた。
「これなら……できる」
その時、ふいにライトの顔が目に入った。
笑っているように見えたあの顔が。
自分の命を賭けて、ヤヒメを殺して、マリーの魔法まで利用して……
それでもなお、自分のトリックを誇っているように見えた、あの顔が。
「…………」
胸の奥深くで、さっきまでのものとはまた違う、
黒く燃え盛る激しい熱がゆっくりと灯っていく。
ただ、犯行を隠すだけじゃない。
「……そうだ」
私の中で、目的が少しずつ歪んだ別の形へ変わっていった。
「こいつが……ヤヒメの命を奪ってまで完成させたトリックを」
私はもう一度、スマホに映る魔女の本に描かれていた図を見つめる。
「私が……遥かに上回ればいい」
ライトが最後まで誇らしげに掲げていたもの。
"トリック"
"芸術"
"犯人としてのプライド"
その全部を、私がもっと巨大な仕掛けで、もっと複雑な謎で──
価値のないものにしてしまえばいい。
「こいつがマリーの魔法を利用したように……
私も……こいつの魔法を利用してやる」
それで証明する。
こいつが自分の人生を賭けてまで作り上げたものなんて、
全く大したものじゃなかったと。
ヤヒメを殺してまで完成させた犯罪なんて、誇る価値すらなかったと。
「それで……全部、塗り潰してやる」
それが私なりの弔いであり
そして──
復讐だった。
それからの私は、まるで何かに憑りつかれたかのように犯行の準備を行った。
何度も冬のエリアへ足を運んだ。
犯行に使う道具を揃えた。
そして──
トリックのために、死体を切断する時が来た。
私は死体を懲罰房に運び入れ──ヤヒメの首をギロチンの台座にセットする。
「……」
刃は既に上へ持ち上げられていた。
あとは、その刃を吊り留めている紐を握っている手を開くだけ。
たったそれだけで刃は落ちる。
ヤヒメの首は、簡単に切り離される。
「…………」
私は
私は──
「……何をしようとしているの……?」
目の前にいるのは──
ヤヒメだ。
何度も私の氷細工を見てくれた。
作る度に笑って、すごいって喜んでくれて、
いつか三匹のうさぎのリングを完成させたら、
【魔法】で絶対に壊れないリングにしてあげるって約束してくれた。
そのヤヒメの首を、私は今、自分のトリックのために切り落とそうとしている。
「こんなの……違う……」
急に吐き気が込み上げた。
ライトを殺してしまった。
それだけでも、もう十分すぎるほど間違っていた。
なのに、その上で今度はヤヒメの体まで自分の都合で切り刻もうとしている。
「……もう、やめよう……」
私は掠れた声で呟き、ヤヒメの死体を台座から移動させようとした。
「ごめん……ヤヒメ……」
その時だった。
『え、やめちゃうの?』
『もったいないなぁ。
だってさ、すっごいトリックじゃん。五人の死体から六人目を作る!』
「……黙って」
『もし推理小説とかにあったら、歴史に残る伝説的なトリックじゃない?
ライトちゃんのトリックなんか比べものにならないよ。絶対に超えられるって!』
「やめろ……」
『あいつが最後まで誇ってた"芸術"も、全部上から塗り潰せるよ。
だから……胸を張って実行しようよ!』
「……うるさい」
『死んだヤヒメちゃんだって、きっと思ってるよ?
"あたいの体を使って、ライトちゃんに復讐して~"って』
「――ッ!」
「うるさいッ!! ヤヒメはそんなこと言わないッ!!」
私は頭の中にこびりつく声を振り払うように、反射的に手を動かした。
その瞬間。
「あ……」
指から、紐が抜け落ちる。
直後、懲罰房いっぱいに重い金属音が響いた。
ガシャンッ――!!
一瞬、何が起きたのか分からなかった。
視線だけがゆっくりとギロチンへ向かい、そこでようやく現実が目に入る。
さっきまで繋がっていたはずのヤヒメの首が、もう体から切り離されていた。
「……え……?」
私は何も握っていない自分の手を見つめる。
「……あ……あ……!」
ギロチンの紐がゆらゆらと揺れている。
「違う……今のは違う……。
私、やめようとして……切るつもりじゃ……」
足から力が抜け、その場に崩れ落ちた。
「ヤヒメ……ごめん……ごめん……!」
何度呼んでも、何度謝っても返事はない。
「……」
──違う。
今さら、私は何を一人で白々しく嘆いているんだろう。
何を被害者ぶって謝っているのだろう。
たとえ紐から手が離れたのが事故だったとしても、
ヤヒメをここまで運び、ギロチンへ首を置き、刃を上げ、その紐を握っていたのは私だ。
ライトを殺し、ヤヒメの首まで切った。
ここで計画を捨てても、その二つが消えることはない。
どれだけ後悔しても、どれだけ泣いても、元には戻らない。
「……もう、後戻りできない」
その言葉を口にした瞬間、最後まで残っていた何かが私の中で静かに壊れた。
「……完成させる。全部……やる」
その後、私は感情を殺し──
まるで機械のようにダイヤを、ポムを、アテナを、ライトを、計画通りに切断していった。
そうして私は、自分で考えたあの狂気のトリックを、本当に実行してしまった。
「……その後は、魔女裁判が始まるまで……
冬のエリアの倉庫にある、床下収納のところに隠れてた。
誰かが開けようとしても、内側から【凍結】の魔法で凍らせて開かないようにしてたけどね」
ミサは自嘲気味に笑った。
そこでようやく、彼女は犯行までの経緯を語り終えた。
突発的にライトを殺してしまったこと、
アゾット儀式の本を見てトリックを思いついたこと、
ヤヒメの首を……切り落としてしまったこと。
すべてはライトへの復讐であり、
そして何より、マリーとこれからも一緒にいるためだったこと。
犯行の裏側で、ミサが何を考えていたのか。
どうして、そこまでのことをしたのか。
「……私は心の中でずっと……自分のしていることが最善の手なんだって思い込んでいた。
ライトは元々処刑されるはずだった。私が少し早く殺しただけ。
だから……本当の意味では、誰かを殺したわけじゃない。
……そうやって……何度も何度も自分に言い聞かせてた」
ミサは、膝の上で両手を重ねる。
「でも……違ったんだ。誰も殺してないわけじゃなかった。
……私が殺したのは……
「……五人……?」
シロが聞き返す。
「私は……死んでいったみんなのことを、自分の都合で壊した。
体を切って、別人の部位と組み合わせて、トリックのための材料にした。
……過去に死んだみんなを、私がもう一度殺したんだよ……!」
ミサの瞳から一筋の涙が落ちる。
「……」
自分の罪を懺悔するかのようなその言葉に、その場の全員が押し黙る。
その頬を伝う涙を見た瞬間、私は不意に思い出した。
バラバラにされた死体が発見される、前日の夜。
眠れずに見回りへ出た私が、月明かりの差し込む庭園で見つけた、ミサの姿。
ベンチにぽつんと座り、誰にも聞こえないよう嗚咽を押し殺していたミサ。
『……ヤヒメのことを考えてた』
心配した私が泣いていた理由を尋ねると、あの時、ミサはそう答えた。
私はあの涙を、ヤヒメを失った悲しみから流れたものだと思っていた。
大切な友達を失ったことを、夜になって一人きりになった瞬間に耐えきれなくなったのだと。
でも――違ったのだ。
あの時のミサは……ヤヒメの死を思い出して泣いていただけじゃない。
その直前、自分自身の手で──
ヤヒメの首を切り落とし、
ダイヤを、ポムを、アテナを、ライトを……
トリックのために、切断し終えたばかりだったんだ。
「……あの夜、庭園で……一人で泣いてたよね」
「…………」
ミサの瞳が僅かに揺れる。
あの時のミサは、普段の無表情で落ち着いた姿とはまるで違っていた。
年相応の女の子みたいに泣いて、
ヤヒメともっと話したかったと、マリーとヤヒメの三人でもっと遊びたかったと……
そんな後悔ばかりを口にしていた。
「あれは……みんなの体を……切り終わったあとだったんだな」
「…………」
ミサはゆっくりと、力なく頷いた。
「……みんなの体も、計画通りに切って。
それを封印紙に入れて、ひとまず準備を終わらせたあとだった」
ミサは、自分の両手を見つめる。
「マキに『何かあった?』って聞かれた時……本当は、全部言いたかった」
「…………」
「『私がライトを殺した』って。
『ヤヒメの首を切った』って。『みんなの体をバラバラにした』って。
でも……言えなかった。言ったら全部終わるから。マリーと一緒にいられなくなるから」
だからミサは、真実の代わりに、嘘ではない言葉だけを選んだ。
『ヤヒメのことを考えてた』
確かに、その言葉は嘘じゃなかったんだ。
あの夜、ミサは誰よりも強く、ヤヒメのことを考えていた。
ただ──
私が思っていたのとは、まったく違う意味だった。
月明かりの下でミサが流していた涙。
あれは──友達を失った少女の涙であると同時に、
自分の手で、死んでいったみんなをもう一度傷つけてしまった人間の――罪悪感の涙だったんだ。
「……でも、まだ一つだけ分からないことがある」
やがてノクスが低い声で口を開くと、ミサが静かに視線を向ける。
「あなたは本気で、私たち全員を欺くつもりだったの?」
「……うん」
「だったら、もし私たちが本当に騙されて、犯人を間違えてたらどうするつもりだったの?
犯人指名を外したら、そのあと戦犯投票が始まる。
……マリーだって、その対象には含まれているわ」
ノクスはマリーの方へと視線を向ける。
「今回、マリーはラウンジの火事を消すために雨を降らせた。
もしそのせいで『足跡が消えた』とか『証拠が流れた』なんて言われたら……」
そこでリンリも、はっとしたように目を見開く。
「……マリーが戦犯扱いされる可能性があったじゃない……」
「え……」
マリーが小さく声を漏らす。
犯人を間違えたあと、誰のせいで真相に辿り着けなかったのか。
誰が捜査を妨害したのか。
そんな責任の押しつけ合いが始まれば、マリーの雨は格好の材料になりかねない。
あの雨がなければ、足跡をもっと詳しく調べられた。
あの雨がなければ、別の証拠が残っていたかもしれない。
そう責められる可能性は、確かにあった。
「……いや」
私は、反射的に口を開いていた。
視線が一斉にこちらへ集まる。
「それでもミサは……マリーだけは守ろうとしてたんだ」
「……え……?」
マリーが、泣き腫らした目で私を見る。
「考えてみれば、おかしかったんだ」
私は、捜査中に見つけた証拠を一つずつ思い返していく。
「ラウンジの周りに落ちてた、半分焼けた封印紙。
それに、倉庫の近くの雪の中から見つかった二本の火かき棒」
「……それがどうしたというの?」
ノクスが怪訝そうに眉を寄せ、鋭い眼光を向けてくる。
「ミサが本気で自分に繋がる証拠を全部消したかったなら、
あんな場所に燃え残りが残るはずがなかった。
封印紙なんて、わざわざ燃やすようなことをしなくても、懐に入れて持っていればいい。
火かき棒だって、使ったあとに封印紙に入れてしまえば良い。
仮に新品の封印紙が尽きていたとしても、
最後は倉庫の床下収納に隠れていたのなら、そのまま一緒に持ち込めば済んだ」
「……!」
ノクスの目が見開かれる。
「でも、ミサはそうしなかった。
あれは、隠し損ねた証拠じゃない。
……あえて、残したんだ」
私はミサを見据えながら続ける。
「封印紙も、あらかじめ半分だけを焼いた状態で地面に置いた。
火かき棒も、雨で雪が溶ければ露わになる程度の浅い場所に埋めておいた。
そして──ラウンジの火事を見たら、マリーが雨を降らせる。
……ミサはそう予想してたんじゃないのか」
「…………」
ミサはゆっくりと視線をマリーへ向ける。
「……絶対に、っていう確証まではなかった。
でも、きっと降らせてくれるって信じてた。
マリーなら──
誰かが火事で危ないってなったら、自分の魔法が怖くても、きっと使ってくれるって」
「ミサ……ちゃん……」
マリーが掠れた声で呟く。
「だからミサは、半分燃やしておいた封印紙を地面にわざと置いた。
火かき棒も完全には隠さなかった。
雨のおかげで燃えていた封印紙の火が消し止められて、燃え残ったように見せかけるために。
雨のおかげで雪が溶けて、埋めておいた火かき棒が見つかったように見せかけるために」
私は、ミサのその意図を一つずつ紐解いていく。
「つまり……マリーの降らせた雨は、捜査の証拠を消し去ったものなんかじゃない。
逆に、事件解決のための証拠を残すことに貢献したってことになる」
「……あ……それなら、犯人を間違えたあとに戦犯投票になっても……
『マリーちゃんのせいで証拠が消えた』なんて言われにくい……」
シロが小さく息を呑む。
「そうだ。それに、雪の足跡をミサが自分で強く踏み乱したのも同じ理由だと思う」
「同じ……?」
リンリが眉を寄せる。
「もし普通の足跡を残して、それが後からマリーの雨で消えたら、
『雨さえ降らなければ犯人を追えたかもしれない』って話になる。
でも、最初から誰のものか分からないくらい強く踏み乱しておけば、
雨が降ろうが降るまいが、足跡は証拠として使えない」
「つまり……
『マリーの雨が捜査を妨害した』という構図を作らないようにしていた、と……?」
「ああ」
ノクスの言葉に私は頷いた。
「ミサは、本気で全員を騙すつもりだった。
そして、その計画が成功したあとのことまで考えてたんだ。
私たちが犯人を間違えて、戦犯投票が始まったとしても……
マリーだけは、その責任を押し付けられないように」
「……なんで……なんで、そこまで……」
マリーの瞳に、また涙が滲んでいく。
「……それだけじゃないんだ」
「え……?」
「マリーに雨を降らせてほしかった理由は、もう一つあったんだ」
私は、あの日の雪原を思い出した。
雪だるまを作ったあと、マリーが、もう【天候操作】は使わないと言ったこと。
自分の魔法が誰かを傷つけるくらいなら、夢なんて叶わなくていいと泣いたこと。
ミサは、あの言葉をずっと引きずっていたんだ。
「…………」
私がミサへと視線を向けると、やがてミサはゆっくりと口を開いた。
「……マリー。ラウンジが燃えてるのを見た時、雨を降らせたんだよね」
「……うん……っ」
「その雨で火が消えて、みんな助かった。証拠も残った。
……だから、分かってほしかった」
「……何、を……?」
ミサは──
どこまでも愛おしそうな瞳でマリーを見つめ、静かに言葉を紡ぐ。
「マリーの魔法は、誰かを殺すための魔法じゃない。
……ちゃんと、誰かを助けられる魔法なんだって」
「……っ!」
マリーの顔がくしゃりと歪んだ。
「雪を降らせるのが夢だったんでしょ。
……私は、その素敵な夢まで捨ててほしくなかった。
自分の魔法で誰かを助けたって思ってほしかった。
自分の魔法が怖いものじゃないって……もう一度、信じてほしかったんだ」
ミサは泣きそうな顔で笑った。
「……そんなの……」
マリーの頬を、とめどなく涙が伝っていく。
「そんなの……そんなのっ……!」
言葉にならないその叫びに、ミサの表情が僅かに揺れた。
「ミサちゃん……一緒にいてよっ……!!」
「…………」
「マリーが自信つけるために……ミサちゃんが死んじゃったら……
そんなの、何の意味ないよぉ……!!」
冷たく静まり返っていた裁判場に、マリーの悲痛な慟哭が響き渡る。
ミサは──
ただ、車椅子の上で膝に置いた両手を強く握りながら、
自分のために泣きじゃくるマリーを見つめ続けていた。
「……あの~、そろそろよろしいですかね……?」
その空気を切り裂くように、カンチョーの声が響く。
いつの間にか、ミサの両隣には二人の銃業員が立っていた。
「普段なら犯人である魔女の処刑は絞首刑なんですが……。
ほら、彼女……ちょっと
そのせいで、下手をすれば刑が失敗してしまうかもなので……
万が一を考えて、今回は特別に別の刑ということになります」
「……」
私たちはミサの足先に視線を落とし、一様に顔をしかめる。
「なので今回は――火刑で」
「…………!」
マリーの顔から、一気に血の気が引いた。
「か……けい……?」
「はい。せっかくですし……今回の事件にも、よく合ってるんじゃないですかね」
「な、何がよく合ってるのよ……!」
「……悪趣味すぎだろ……!」
リンリとハイジが声を荒げる。
偽りだったアゾット儀式。
すべての身体が炎に捧げられたように見せかけた、巨大な幻想。
けれど、その犯人自身が──
今度は本当に、残された身体のすべてを炎へ捧げられようとしている。
ミサが銃業員によって、いつの間にか設置してあった処刑台の柱へと連れられて行く。
そして、ほとんど座り込むような体勢で、柱へと固定された。
「では、お手元のスマホのボタンをぐーっと長く押していただけますと……」
私たちは自分のスマホへ視線を落とした。
画面の中央には、見たくもないほど大きな赤いボタンが表示されている。
「……あ、押すのを渋りそうな方のために言っておきます。
いつまでも押下が見られない場合は、その方もペナルティとして処刑いたしますので……」
カンチョーはマリーの方へと視線を向けながら言った。
ミサは柱に縛り付けられながらも、はっきりとマリーの名前を呼んだ。
「……マリー」
「……っ……! ……うっ……うぅぅ……!」
「マリー、押して」
「……うううぅぅ……!!」
「……お願い。最後くらいさ、私の言うこと……聞いて」
「…………」
マリーは唇を強く噛み締めた。
涙で滲んだ視界では、きっと画面の文字すらまともに見えていない。
それでも、嗚咽を必死に押し殺しながらスマホへ手を添える。
そして――
泣きじゃくりながら目を固く閉じたまま、マリーはスマホに手を添えた。
「……はい、全員のボタンの押下が確認されました。まもなく処刑を執行します」
カンチョーの声が淡々と裁判場へ響く。
その言葉からほとんど間を置かず、処刑台の周りから炎が一斉に噴き上がった。
炎に焙られて、ミサは苦しげに顔を歪めた。
火あぶりの処刑光景は、見ている少女たちにとってはあまりにも過酷なものだった。
ほとんどの少女が目を逸らすが、皮膚を焦がす臭いが鼻をつく。
炎はどんどん勢いを増し、やがてミサを完全に包み込む。
「……」
シロは口元を押さえて俯き、イリスは耐えきれないように視線を逸らす。
ナツミも顔を青ざめさせ、リンリは何も言わずに歯を食いしばっていた。
「うっ……うぅ……」
マリーの嗚咽だけが、炎の爆ぜる音に混じって聞こえていた。
やがて──
ミサの身体から、少しずつ力が抜けていく。
柱に縛り付けられたまま、頭がゆっくりと前へ垂れる。
それまで僅かに動いていた肩も──もう動かなくなった。
「……嫌」
マリーが、小さく呟く。
「嫌……」
次の瞬間、マリーは──
「嫌だ……!!」
炎の中へと──
「やっと……生きてるって分かったのに! やっと会えたのに……!」
ミサの元へと──
「死んじゃうなんて……そんなの……嫌だッ!!」
駆け出していった。
「……ッ! マリーッ!!」
私は、はっとしてマリーの名前を叫ぶ。
「マリーちゃん! 戻って!」
「マリー!」
「マリーさん……!」
けれど、呼び止めた時にはもう遅かった。
マリーは処刑台を囲む炎の中へ飛び込み、その輪郭が赤い揺らめきの向こうへと消えていく。
「ミサちゃん……ッ!!」
身を焦がす炎に包まれながら、マリーはボロボロと大粒の涙を流し、
必死にミサの胸元へ手を伸ばす。
「お願いだから……置いて行かないで……!」
ミサは項垂れたまま、言葉を返さない。
「……っ……! これから、は……
ミサ、ちゃん……の……言うこと……聞くから……
嫌いな……野菜、も……ちゃんと……食べる、か……ら……」
マリーはミサの胸元へ顔を埋める。
「……だか、ら……また……一緒……に……雪……」
私は反射的に前へ踏み出した。
──止めなきゃ。
今ならまだ間に合う。
三分前──マリーが炎の中へ飛び込む前まで戻って、腕を掴んででも止める。
そうすれば、少なくともマリーだけは助けられる。
考えるより先に、私は手のひらへ拳銃を出現させていた。
『6』と書かれた拳銃で、【死に戻り】をしようとした瞬間──
「あ、それやっちゃうと、ペナルティですけど……」
「……!」
カンチョーの声と同時に、処刑台の近くに立っている銃業員の不気味な白い面がこちらを向く。
「今は魔女裁判の処刑中ですので。魔法使用は禁止されています」
私は拳銃を出したまま、カンチョーを睨みつける。
「ただ……あなたの場合、ペナルティとして殺そうにも、そのまま死に戻ってしまいますので。
ですから、あなたが今ここで【死に戻り】を強行した場合――
あなたの代わりに、生存者の中から一人にデスペナルティを受けてもらいます」
「……っ!!」
「それに……念のため言っておきますけど……。
時間が巻き戻っても、波彪マキさんが魔法を使ったことは
(……なに……?)
「なので……おすすめはしません」
私は拳銃を出したまま、動けなくなる。
「……ッ……!」
目の前では、炎が燃え続けている。
マリーの輪郭が、もうほとんど見えない。
「マリー……! マリーッ!!」
声を上げても届かない。
炎の向こうでは、もう誰の声も聞こえなかった。
さっきまで泣きながらミサに縋りついていたマリーの声も、何もかも。
ただ炎が爆ぜる音だけが、裁判場に残っていた。
私は──
何もできなかった。
赤い炎の中で静かに揺らめいていた二人の重なった影。
しばらくして、その影すらも見えなくなっていく。
やがて、燃え続けていた炎が少しずつ勢いを失っていった。
激しく噴き上がっていた火柱は低くなり、赤々と揺らめいていた炎も、次第に小さく萎んでいく。
ぱちぱちと、火の粉だけが処刑台の周囲で弱々しく弾けた。
そして。
ふっ――と。
最後の火種が消えた。
「…………」
裁判場を、完全な静寂が覆う。
皆、そこに残されたものを直視しようとはしなかった。
そんな中で、カンチョーだけが、いつもと何ひとつ変わらない声を上げた。
「……はい。鈴月ミサさんの処刑……完了です。
これにて魔女裁判は閉廷します。お疲れ様でした」
そして、少しだけ間を置いてから言った。
「……なお、空丸マリーさんについても……死亡を確認しました」
「…………」
胸の奥で
何かが
ゆっくりと
黒く
黒く
黒く濁り始めた。
「そんな……! そんなのって……っ!」
「マリーさんまで……!」
「……マリーちゃん……」
「……うっ……うぅ……」
シロ、イリス、ナツミ、ハイジがそれぞれ苦しげに顔を歪める。
「なんか……さすがにちょっと後味悪いですねえ……
まあ皆さん、ドンマイです。ゆっくり休んでください」
カンチョーはそう言い残すと、翼を広げてそのまま飛び立っていった。
ギィ、という音とともに、裁判場の出口がゆっくりと開いていく。
いつもなら──
裁判が終われば、少なくともこの場所から解放されたという感覚くらいはあった。
けれど今は……誰一人、動こうとはしなかった。
処刑台のあった場所から、目を離せない。
そこにはもう、ミサも、マリーもいない。
ついさっきまで声を交わしていた二人が、ほんの数分で、この世界から消えてしまった。
──永遠とも思える時間が流れたあと、
ようやく裁判場に声が落ちる。
「……もう、行きましょ……」
「……」
「……行こか。
ここ……もう、おりたないわ」
リンリとナツミが、絞り出すように呟いた。
「……うん」
シロが小さく頷く。
一人、また一人と、重い足取りで出口へ向かっていく。
「…………」
じくじくと、私の心が内側から蝕まれていくような感覚に陥る。
視界が黒く染まっていくような。
胸の奥に、どろどろとした何かが溜まり続けていくような。
怒りなのか、悲しみなのか、後悔なのか──
もう、自分でも分からなかった。
「……マキちゃん」
出口付近で、シロが振り返っている。
「……」
「マキちゃん……行こう?」
いつもより少しだけ柔らかい声だった。
「……うん」
私は、ようやく足を動かした。
重い足取りで裁判場を出る。
それでも──
鼻の奥には、まだ焦げた臭いが残っていた。
耳の奥には、まだマリーの声が残っていた。
『お願いだから……置いて行かないで……!』
忘れられるはずがない。
忘れていいはずもない。
私たちはただ、どこまでも冷たい廊下を歩き始めた。
「……ヤヒメとライトの体、ラウンジに置かれたままなのかな」
リンリがふとぽつりと呟く。
「……」
その問いかけに、ノクスが足を止める。
ちょうど裁判場のすぐ隣にある、生物室の前だった。
「……確認するわ」
短くそう言うとノクスは扉へ手を掛けた。
重い音を立てて、生物室の扉が開く。
「……え」
最初に声を漏らしたのは、シロだった。
「これは……」
ノクスも続いて呟く。
そこには、箱に入れられた五人の体があった。
ダイヤ、ライト、アテナ、ポム、ヤヒメ。
「……嘘」
リンリが掠れた声を漏らす。
あれだけ無惨に切り分けられ、別人の部位と組み合わされ、
アゾット儀式の生贄として並べられていたはずの身体が。
すべて元に戻っていた。
ミサの【凍結】──その魔法によって。
切断面同士は、まるで最初から繋がっていたかのように固定されていた。
全員、生前と寸分違わない姿で元の身体へ戻されていた。
あの狂気的な儀式も
それに見立てて置かれた体も
死体の組み替えも
何もかも──
まるで最初から何一つなかったかのように。
「……これ……ミサちゃんが……?」
「……でしょうね」
ナツミの声にノクスが静かに答える。
「…………」
私は吸い寄せられるように、ゆっくりとヤヒメの箱の傍らへと歩み寄った。
透明な扉越しに見るヤヒメは、まるで眠りについている姫君のように瞼を閉じていた。
ふと、彼女の首元を見つめる。
「……あ……」
首を切断された痕。
その傷跡をそっと包み隠すように──
美しい氷のリングが首筋に巻かれていた。
触れれば今にも壊れてしまいそうなほど、繊細なリング。
それはとても綺麗に、丁寧に紡がれていた。
そして
その氷のリングの中央には──
三匹のうさぎが、寄り添うようにあしらわれていた。
「…………」
「……行こう。もう、この部屋に入る事もない」
私は、湧き上がる黒い感情を必死に抑え込みながら、絞り出すように言った。
「そう、だね……」
シロは目元を拭いながらも、静かに生物室の出口へと足を向けた。
ホテルへ戻っても、胸の奥にこびりついたものは少しも消えなかった。
ミサの告白。
マリーの最期の声。
何もかもが、頭の中で何度も何度も繰り返される。
「…………」
私は、そのままホテルの外へ出た。
ほんの少しでもいいから、外の空気を吸いたかった。
穏やかな春の風が、そっと頬を撫でる。
けれど、どれだけ深く息を吸い込んでも、
胸の奥に溜まった澱みは、欠片ほども薄まることはなかった。
黒い。
ただひたすらに、黒く。
黒く。
黒く。
黒く。
どこまでも心の中が濁っていく。
まるで、何かに侵食されていくみたいに。
私の中にあったものが、少しずつ、少しずつ塗り潰されていく。
黒く。黒く。
──白く。
「……?」
その時だった。
ふと、視界の端に白いものが映った。
「……え?」
私は、ゆっくりと空へと顔を上げる。
白いものがひとつ、またひとつと、
風に乗って、こちらへ流れてきていた。
雪だった。
冬のエリアの方角から、ほんの僅かな量だけ風に運ばれるようにして
こちらまで舞い込んできていた。
「…………」
今まで一度もこんなことはなかった。
私はただ茫然と、何も考えずにそれを眺めていた。
さっきまで胸の奥を埋め尽くしていた黒い感情も、
炎の中へ消えていった二人のことも。
ほんの一瞬だけ、全てが遠い出来事になったような気がした。
白い雪が、ゆっくりと風に舞う。
その白さから、どうしても目を離せなかった。
黒く濁っていた心の上に、雪が静かに降り積もっていくように。
少しずつ、少しずつ覆い隠していく。
白く。
白く。
白く。
塗り替えていくかのように。
「…………」
けれど……そんな奇跡のような出来事は、長くは続かなかった。
胸の奥から、再びじわじわと黒いものが湧いてくる。
押し込めようとしても、内側から滲み出すように。
黒く。
黒く。
黒く。
塗り潰していく。
そして──
その黒さに飲み込まれるように、風に舞っていた雪も次第にその数を減らしていった。
一つ、また一つと、春の温もりの中に溶けて消えていく。
そして──
「…………」
もう、どこにも雪は降っていなかった。
まるで最初からそんな奇跡など存在しなかったかのように。
私はただ──
白の消え去った空を、いつまでも見つめていた。
「ふ~~~っ……最終篇書き終わった~!
いや~疲れた疲れた。原文を訳して書くのってほんっと面倒なんだよね~」
「そのまま直訳すればよかったんじゃないですか……?」
「ダメダメ。原文のニュアンスが一ミリでもズレたら別物じゃん。
歴史資料なんだから、そこはちゃんとしないと。
ま、私としては他のクソ魔女どもを
もっとボロックソに扱き下ろして書いてやりたい気持ちはあるんだけどね~」
「……あ、鈴月ミサさんと空丸マリーさんの両名の死体は、生物室にて保管済みです」
「うん、そっちもお疲れ。
二人ともいい仕事っぷりだったね~。
おかげで、もうあと強烈な一押しくらいで目標達成出来そうじゃん」
「あと『6』ですね」
「う~ん、あと6、あと6……。
うん、もうそろそろいいよね。
こんなモンで十分でしょ」
「何か決め手になるようなものでもあるんですか?」
「……そうだねぇ……。
……あ、そうだ。あそこ開放してよ。
最初に拉致って拷問した場所。何かに使えるかも」
「……あの中、あなたへと繋がる手がかりの山ですけど」
「うーん、それなんだけど……
私の正体、なんとなーく気付かれたっぽいんだよねぇ。
なんでだろ? もしかしてあの雷の時かな?」
「……」
「まぁ、下手な真似するようだったら直接やればいいし。
じゃ、よろしく~」
「……分かりました。あなたが直接動くということですね」
「そうなるね。ずっと人にやらせてばっかりだったし。
最後くらいは、自分できっちり締めないとね。
それに──」
「もう、そろそろ時間だよ」
「この島で続いてきた――」
「……コロシアイを終わらせる時間だよ」
第4章 生ける魔女の死 終