「あっ……人がいっぱい……。
えっと、改めまして……この島で管理を任されている
かわいい九官鳥、カンチョーと申します……」
「……定時とかもあるので……
さっさと説明をしていきますね……」
柔らかいが、どこか不気味さを含んだ物言いで、その鳥は静かに言葉を発す。
「……あ、横の人は銃業員って言います。
逆らったら、命とか、無くなっちゃうんで……」
そう言うと、カンチョーは銃業員が持つライフル銃の銃口をちょん、とさす。
同時に、その場の空気が張り詰める。
これは本物なのか、それとも悪趣味な冗談なのか。
――どちらであっても、笑って受け流せる者はいなかった。
そんな凍りついていく空気の中で、
ただ一人、物怖じする様子もなく口を開いたのがリンリだった。
「定時とか言ってる割には人を待たせすぎじゃない?
そもそも、私たち、勝手に連れてこられたんだけど」
「……あ、まずはそのあたりの説明もしないといけませんね」
「……すごく申し上げにくいんですが……
皆さんは【魔女】になる因子を持っています」
ざわ、と不穏な空気がひろがる。
(魔女……? 魔女って、なんだ……?)
マキは困惑したように頭を振る。
彼女たちにとって、魔女とは、アニメや漫画に登場する架空の存在。
それが現実に存在すると知らされ、受け入れきれていない様子だった。
すると、カンチョーは続ける。
「エラい人が決めた話では、【魔女】はこの国にとって、
災厄をもたらす悪らしいんです」
「わが国の法に基づいた全国検査によって、
皆さんはその因子が大きく検出された存在──
まぁ、簡単にいうと危険分子なわけです」
「この国にとってあまりに危険であると判断され、
本来であれば「牢屋敷」への収容が決まっていたんですが……」
「私の上司のご意向により、めでたく牢屋敷行きを回避、
急遽方針を変更し、代わりにこの南国の島への収容が決まったんですね」
魔女因子……?
危険分子……?
収容……?
牢屋敷へ収容──、って……まるで囚人扱いじゃないか……。
私と同じように、その場にいた少女たちが一様に言葉を失い、困惑した様子を見せる。
「なので……これからは皆さんには、この島で共同生活を送ってもらいます。
……ま、そこそこ娯楽もあるみたいですし、悪くはないでしょう?」
まるで他人事のようにカンチョーは言う。
その無責任さが、この状況の異常さを一層際立たせていた。
「ちょっと待って!」
と、そこで声を上げたのは、アテナだった。
「魔女因子が大きく検出って……僕たちは他の人間と何ら変わらないだろ!?
普通に暮らして、普通に生きて……なんで僕たちだけ……!」
「……あなたも、身に覚えがありますでしょう?
他の人には真似のできない、超常的なチカラ──【魔法】ですよ。
そのせいで、この島への収容が決まったというわけです」
カンチョーが淡々と告げる。
だが、それに納得いかないといった様子でアテナが更に食い掛った。
「でも……【魔法】なんて誰でも持ってるだろ!?」
……そう。
彼女の言う通りだった。
昔は今ほどではなかったらしいが、
もう、魔法を持っていない者を探すのが困難なほど、
今の世の中には魔法が日常的にありふれている。
強い魔法。
弱い魔法。
便利なものもあれば、取るに足らないものもある。
魔法は、すでに日常の一部だった。
「……ええ、おっしゃる通りです。
ですが問題なのは、“持っているかどうか”ではありません。
……その魔法が、“成長したらどうなるか“──なんですね」
「成長の末、将来的にエラいことを引き起こす可能性がある魔法……。
そう判断された場合、その所有者は優先的に収容対象となりますねぇ……。
【魔女因子】が大きく検出されるということは、そういうことですよ」
「……もっとも」
「成長する前の現時点で、
すでに相当な魔法をお持ちの方も、何名かいらっしゃるようですが……」
と、カンチョーが少女たちを見渡すように言った。
「……っ」
アテナは、何か言い返そうとして、口を開きかける。
けれど言葉は出てこなかった。
代わりに言葉を発したのはナツミだった
「ほな何や、これからはここで一生仲良しこよしでみんなと暮らせっちゅーこと?
リゾート地や言うてたし、ご飯出て、お風呂入れて、
問題起こさんかったらはい平和~、みたいな?」
軽い調子でナツミが言うと、カンチョーはやれやれと言った様子で言葉を返す。
「……そうなれば良いんですがねぇ。
魔女になりつつあるものは、抑えきれない殺意や妄想にとりつかれてしまいます」
「【魔女化】って呼んでるんですがね……。
面倒なことに、いずれ殺人事件が起こるんですよ」
「……特に、あなたたちのように、魔女因子が大きく検出された人は」
ざわ、と空気がどよめく音が聞こえた。
「魔女化はストレスによって進行するんですが……。
こんなリゾート地ですと、よほどのことが無い限り魔女化なんてしないでしょうねぇ」
カンチョーは羽をすくめる。
「まぁ、殺人事件なんて、世界中どこでも起こっていることですから。
わざわざ魔女化なんてしなくても、起きるときは起きるんですよ」
「……あ、言い忘れてました」
「もし、殺人事件が起きてしまった場合の話なんですが……。
……ああ、長いんで細かいルールについてはスマホとタブレットに送っておきます。
各自、「魔女裁判」の項目を確認してください……質問のある方はどうぞ」
カンチョーが羽をかざすような仕草とすると同時に、一斉に電子音が鳴った。
少女たちはみな、持っていた端末を起動させる。
私も同じように、持参したスマホの画面を見る。
すると、「規則一覧」という画面の中頃に、
「魔女裁判について」と表示されているのを見つけた。
『魔女裁判について』
・皆様の中で殺人事件が発生した場合、一定の捜査時間の後、
殺人事件を起こした犯人を『魔女』とみなし、『魔女裁判』が行われます。
・魔女裁判の結果は、皆様の投票により決定されます。最も多くの票を集めた方が、犯人──「魔女」とされます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘した場合は、犯人だけが処刑されます。
・魔女裁判で正しい犯人を指摘できなかった場合は、犯人だけが『卒業』となります。
・その後、犯人を除いた皆様で、「正しい犯人を指摘できなかったのは誰の責任か」を決める、『
その投票にて最も多くの票を集めた方は、犯人の代わりに処刑され、残った皆様には引き続き共同生活を続けて頂きます。
・投票の際、「この中に魔女はいない」と判断した場合には、誰にも票を入れない『
皆様全員が「スキップ」に投票すると、生き残っている皆様全員が『卒業』となります。
「なんだ……これ……」
殺人事件。魔女裁判。犯人。処刑。戦犯。魔女。
あまりにも、この南国の雰囲気に似つかわしくない言葉が並んでいた。
まるで、「殺人事件が起こるのは決まりきっている」かのような。
周囲を見渡すと、
皆、同じように端末を握りしめている。
眉をひそめる者。声を失っている者。顔色を失っている者。
逆に、感情を押し殺したように、無表情で画面を見つめ続けている者。
その中で、ひと際怯えた様子で声を上げたのが、ハイジだった。
「あ、あ、あの……質問、なんですが……」
「……何でしょう? スリーサイズ以外の質問なら、受け付けますよ」
「こ、この、"卒業"ってのは……?」
掠れるような声で問いかける。
「……だいたい言葉通りの意味です。
殺人事件を起こし、かつ皆様方を欺き、見事処刑されずに魔女裁判を生き抜いた方には──
『魔女因子を持つ危険分子を排除した英雄』として、この島から出る権利が与えられます」
「……ほら、秩序あるルールを設けないと、殺ったもの勝ちになりますでしょ?
ヒーローになりたい場合は、ちゃんと計画を立ててくださいね」
その言葉を受け、ハイジは茫然とした様子で立ち尽くしていた。
「一人殺せば殺人者、100万人殺せば英雄──
よく言いますよねぇ。
ここじゃ一人殺すだけで英雄です。お得ですねぇ……」
ヒーロー……? 人殺しが、英雄……?
私は、無意識のうちに拳を握りしめていた。
爪が食い込み、痛みが走るほど強く。
この場で誰かを殺しても、それは“失敗”ではない。
むしろ、うまくやれば“成功”になる。
そんな価値観を提示されて、私の胸の奥から静かな怒りが湧き上がってくる。
「あの……"処刑"、って……?」
イリスが、おそるおそる手を上げながら質問する。
「……あぁ、それはもっと言葉通りの意味です。
処刑──すなわち"死刑"ですよ」
「……本当は色々と工夫を凝らした処刑方法をご用意したかったんですが、
皆さんの収容は急遽決まったものですからねぇ……
わが国の処刑方法に基づいて、絞首刑ってことになります」
すると、イリスもハイジ同様、言葉を失い青ざめた顔をしていた。
「……あのー、質問は言葉の意味だけで終わりでしょうか?
それなら私すごーく助かるんですが……
今日は定時に間に合いそうですねぇ」
この場の空気など何処吹く風で、カンチョーは嬉しそうに羽を動かした。
すると、私と話をした時とほとんど同じような声色で、ライトが尋ねた。
「"正しい犯人"、だなんて書いてあるけれど……
裁判で言うところの「判決」は、本当に百パーセント公正に行われるのかしら?」
「このホテル、見たところ特定の場所にしか監視カメラが設置されていないようだけれど……
もしカメラの死角なんかで殺人が行われた場合、あなた方がそれを知る方法なんて無いんじゃないかしら?」
それを受けて、カンチョーは首を振りながら答えた。
「あのですねぇ……監視カメラがどうとか、そんなセコイ話ではなくてですね……
私には、この島のどこで何が起きているか、手に取るようにわかるんです……」
その言葉を聞いた瞬間、私は思わず口を開いていた。
「……そんなこと、できるわけない……!」
「この島全部を、人の動きも、会話も、全部把握するなんて」
視線を巡らせる。
少なくとも、私の部屋にも、このホールにすら、監視カメラのようなものは見当たらなかった。
するとカンチョーは、私の方を見て、何でもないことのように続ける。
「……波彪マキさん。部屋に置いてあったお饅頭、
いくつも召し上がってらっしゃいましたよね?」
「なっ──……」
言葉が詰まる。
どうして、それを……。
すると、今度はシロの方を向き、
「そうですよね? 鵲シロさん」
「! あ、は、はい! 食べてたと、思います……!」
突然話を振られたシロは、びくりと肩を跳ねさせながら答えた。
「意地を張って"食べてない"だの言われるとメンドーなので、証人を付けさせてもらいました。
……どうです? 部屋でのことも廊下での会話も筒抜けでしょう?
……まぁ、島のありとあらゆる場所に小さな隠しカメラがあると思っていただければ結構です」
その一連の会話を見て、納得したといった様子のライトは、更に続ける。
「じゃあ二つ目の質問だけれど……、
『スキップ投票』の数が、他の人の得票数を上回っていたらどうなるのかしら?
全員がスキップに入れると卒業できるのなら、スキップへの投票数が一番多い時は、
スキップに入れた人だけ卒業、なんてことにはなるのかしら?」
一瞬、ホールに淡い期待が漂う。
けれど──。
「……いいえ。スキップ投票は、あくまでも"投票放棄"という扱いになります。
ですので──スキップ投票に何票入っていようとも、
他の方に対する処刑投票が一票でも入っていた場合は、そちらが優先されますねぇ」
その説明を聞いて、ライトは少しだけ間を置いた。
そして、感情の起伏を見せずに口を開く。
「なるほどね。とりあえずの質問は以上よ」
淡々とした言い方だった。
「……もう他に質問はないですか?
そろそろいいですかね……?」
カンチョーはくたびれた様子で、羽を伸ばす。
ホール全体に、ずしりと重い沈黙が流れる。
…………
…………。
誰も声を上げない。
手を挙げる者もいない。
他に質問する者もいない。
場の皆が口を閉ざしていた。
カンチョーは、その様子を一巡眺めてから、
「……──では、」
と、場を締めくくろうとした、その時だった。
「あなた達は、何がしたいの?」
遮るように放たれた声。
それは、怒声でも、感情の爆発でもない。
灰村ノクスの声だった。
「……何、といいますと?」
カンチョーが聞き返す。
すると、ノクスはゆっくりと口を開き、静かに語り出す。
「皆の話を聞く限り、私達は全員、眠らされた状態でここへ連れてこられた。
この事実をまず前提として確認したいわ」
そして、一切声を荒らげず、順序立てて言葉を積み上げていく。
「あなた達の説明によれば、私達は『魔女因子を持つ危険分子』。
社会に仇なす看過出来ない存在だという」
「けれど、将来的に害をもたらす、というのを危険性の理由にするなら、
搬送時点で私達を排除することも可能だったはずよ。
無力化出来ていたのなら、同時に殺害することも出来た。
実際、「卒業」という制度のルールを見る限り、私達の殺害そのものは容認されているはず。
なら、何故最初からあなた達の手で私達を殺害しなかったの?」
淡々とノクスは言葉を連ねる。
「更に不可解なのは、あなた達が"危険分子"として収容した存在を、
卒業という制度で外へ出す前提でルールを設計している点よ。
わざわざ隔離、収容した相手を、わざわざ制度上は社会へ戻す。
「英雄」だなんて言葉で誤魔化しているけれど、その合理的な理由がどこにも提示されていないわ」
そしてわずかに間を置き、そのまま視線を逸らさず、続ける。
「あなたは、牢屋敷からこの島へ、急遽方針を変更したとも言っていたわね。
もしその目的が"更生"や"管理"であるなら──
殺人を誘発し、疑心暗鬼を加速させ、集団を分断・隔絶する
『魔女裁判』なんて仕組みは目的とは完全に逆効果よ」
「結局のところ、あなた達の方針は全く一貫性が無いわ。
私達を魔女化させたいのか、させたくないのか。
この島に閉じ込めたいのか、この島から出したいのか。
排除したいのか、排除したくないのか」
「はっきり言って、この制度は支離滅裂よ」
「その上で、改めて訊くわ」
「あなた達は、何がしたいの?」
最初と同じ問いが、
ホールの中央に、静かに落ちた。
すると、カンチョーは心底疲れたといった様子で長いため息をついた。
「……はぁ」
羽をだらりと下げ、どこか投げやりな調子で言う。
「……質問は受け付ける、とは言いましたけども。
さすがにマシンガントークは勘弁願いたいですねぇ……。
豆鉄砲くらいなら、いくつか答えて差し上げたんですが……」
「私どもにもですね……上司の勝手な都合とか、
立場上、説明できないこととか、いろいろあるんですよ……」
それは答えになっているようで、肝心な部分をすべて避けた言葉だった。
「推理するのがお好きなら、ご自身で考えてみてはどうです……?」
皮肉を交えた口調で、カンチョーは返す。
「……なるほど。
つまりあなたは、
末端として機能することだけを期待されている立場、というわけね」
それに対して、ノクスも強い言葉を返す。
「……まぁ、残業ばかりの末端ですがねぇ。
誰かさんのマシンガントークのおかげで、今日も定時に帰れませんねぇ……」
「……さて、もうよろしいでしょうか?」
と、カンチョーは羽をぱたつかせる。
ホールをぐるりと一巡見回すような素振りをすると、
「……無いようなので、私は失礼します。
まぁ、分からないことがありましたら、
今でなくてもその都度訊いてもらえればと……」
と言い、羽を動かして飛び立つような仕草をした。
そして──
「……あぁ、
遅れたことは申し訳ありませんでしたねぇ」
と、最後に一言付け足すかのように言い、
カンチョーは銃業員を伴って静かにホールを後にした。
──そして残されたのは
恐怖と困惑だけが無秩序に詰め込まれた空間だった。
誰もすぐには動けず、誰も声を上げない。
押し黙ったまま……お互いの顔を見回していた。
さっきまで、普通に話していたはずの人が、
今はもう、いつか裏切るかもしれない存在として映る。
笑顔の奥に、どんな思考が隠れているのかも分からない。
沈黙の裏に、どんな計算が走っているのかも分からない。
そんな重い空気だけが、この場の全てを支配していた……。
──こうして、私の新たな楽園生活が始まった。
いや──『楽園』の皮を被った──
『絶望』の生活が──。
プロローグ 終