◇B機械室
「では、まずはこちらですね」
カンチョーに案内され、私たちは入口から右側すぐの部屋の『B機械室』へ入った。
中は思った以上にゴチャゴチャしており、大小様々な工具や機械部品が無造作に置かれている。
何かのモーターや発電機のようなもの、油圧ジャッキ、コンプレッサー、
用途すらよく分からないタービンらしきものまで置かれていた。
「これは……機械の倉庫?」
シロが辺りを見回しながら首を傾げる。
「だいたいそのような認識で構いません。
島内の設備を管理、整備するための機材や交換部品を保管しています。
ホテルのインフラから各エリアの施設まで、
何か不具合があればここから必要なものを持ち出します」
「機械室って仰々しい名前だからもっとこう、
最新の設備みたいなのが並んでるのかと思ってたんだけど」
「実際はかなり倉庫寄りですね……」
リンリとイリスが無造作に置かれた機械部品に触りながら感想を述べる。
「もう一方の機械室と区別するためにそう呼んでいるだけですからねぇ。
こちらは保管と整備が主です」
「……それで、運営に繋がる手がかりとやらはどこにあるのかしら?」
「さて。そんな分かりやすく一目で分かる場所に置いてあるとは限りませんよ。
ご自身で探すのも一興なんじゃないですかね?
"どこか"にあるかもしれませんよ」
しれっと言い放つカンチョーにノクスは小さく息を吐くと、そのまま部屋の奥へ歩き出した。
私も軽く部屋の中を見て回ると、小部屋のようなものに見覚えのある白い影が佇んでいた。
「あれ……ツクヨミ?」
私の声に、みんなもこちらを振り向いた。
「あ、ほんとだ。ホテルで見ねえと思ったら」
「なんでこんなとこにおるん?」
ハイジとナツミが近寄りながら首を傾げる。
介護ロボット──ツクヨミ。
普段はホテル内で見かけることの多かったそれが、
今は電源を落としたまま機械室の隅で静かに充電されていた。
「ああ、それですか。前からこの施設の床の清掃をさせていたんですよ。
それくらいしかまともな機能がないもので……。覚えてない方は第2章part1をご覧ください」
カンチョーがこちらへ飛んでくる。
「こいつ、掃除と配膳くらいしかやってるの見たことないしね……」
「あ、ちなみに……呼び●み君のような軽快なBGMと共に肉まんを周囲にばらまくという
素晴らしい隠し機能も備わっていることが最近判明いたしまして」
「アホほどいらん機能やな。それと肉まんやなくて豚まんや。
毎回木の板に豚まんの底の皮全部持ってかれるねんな」
何の話だよ、とハイジがナツミにツッコミをかます。
「では……そろそろ次の部屋へ移ってもよろしいですかね?
もちろん、案内を無視してこのままずっとここを調べ続けるかどうかも自由ですが」
そのカンチョーの催促の声に応じるように、奥の部屋からノクスが姿を現す。
「ざっと見たけれど、今のところは何もないわね……」
「ほな、ひとまずここは後回しにせぇへん?」
『ツクヨミー、パーンチ!』
いつの間にかツクヨミの端末パッドを操作していたナツミが、
奥の部屋から出てきたノクスに向かってパンチを繰り出す。
ぽこん、とツクヨミの丸い腕の先端がノクスの胸元に当たった。
「……何してるの?」
「ちゃ、ちゃうねん。このボタン押したらどうなるんかなーって……」
「今ので分かったでしょう」
「はい、すみませんでした」
ナツミが素直に端末を下げ、ツクヨミの背面に端末をガチャンと挿入する。
「まったく……」
「まだ充電中なんですけどねぇ……じゃ、次の部屋に行きましょうか、巻きで」
呆れたように息を吐くノクスを横目に、カンチョーはB機械室から出て行った。
◇A機械室
中に足を踏み入れた瞬間、B機械室とは違う空気に包まれた。
研究所の廊下は壁も床も真っ白でどこも明るかったのに、この部屋は別だ。
壁も床も黒に近い金属で覆われ、天井から落ちる照明も最低限。
床には細かな溝や配線が張り巡らされ、所々に青白いランプが点々と光っている。
左右には金属製の足場があり、そこから伸びるように関節のいくつもある細長い機械腕が何本も設置されていた。
「おお……こっちはちゃんと機械室っぽいやん」
「うおお、SFだ、SF! あたしけっこーこういう秘密基地っぽい雰囲気好きなんよね」
ナツミとハイジが少し興奮気味に辺りを見回す。
「それで、ここは何の部屋なの?」
ノクスが近くの機械腕を眺めながら尋ねる。
「主に銃業員のメンテナンスをする部屋ですね。ああ見えて一応、機械ですので」
「……え、そうだったの?」
シロが目を丸くする。
「ええ……定期的な点検や摩耗した部品の交換、武装部分の調整なんかもここで行います。
……と言っても、銃業員は普段この研究所自体にはほとんど近付きませんけどねぇ。
たまに来ることがあっても、銃業員自身のメンテナンスのためにこの部屋に立ち寄るくらいです」
「じゃあお前はどうなんだよ、カンチョー」
「私どもはこの研究所には銃業員より高い頻度で出入りしてますね。
次にご紹介する部屋の都合で」
「次?」
シロが手元の地図へ視線を落とす。
私もそれにつられるように紙を開いた。
A機械室のさらに奥の突き当り、建物の一番奥に、大きく区切られた部屋がある。
「……監視室」
私が地図に書かれた文字を読み上げる。
「はい。こちらです」
カンチョーはそう答えると、A機械室の扉から廊下へ出て
そのまま建物の奥にある部屋の方へ羽ばたいていった。
「ほら、行くよ二人とも。後からでも見れるでしょ」
「む……」
まだ何かないかと機械の隙間へ目を走らせていたノクスが、
リンリの声に名残惜しそうに視線を上げる。
「へいへい、分かったから……って引っ張んなって伸びる伸びる」
リンリは呆れたように言いながら、
SF映画のセットでも見るように目を輝かせていたハイジの腕と、
依然として手がかりを探していたノクスの手をそれぞれ取った。
◇監視室
カンチョーは、奥にある部屋の扉の前で止まった。
扉の脇には、他の部屋にはなかった小さな認証装置のようなものが付いている。
カンチョーが認証装置へ翼をかざすと、
短い電子音のあとにロックの外れる音がして、扉が開いた。
「…………」
開かれた扉の向こう側が視界に入った瞬間、私は思わず足を止める。
正面の壁を埋め尽くすかのように、無数のモニターが並んでいた。
一つや二つじゃない……画面が何段にも分かれて配置され、
そのすべてにこの島の異なる場所の映像が映し出されている。
モニターの操作盤らしきものの前には、どう見てもカンチョー用の止まり木まで設けられていた。
「こ、これ……全部、この島の映像ですか……?」
「そうですね。ホテルのトイレ前にある監視カメラのようなものではなく、全て隠しカメラです。
誰がどこで何を行おうが、ほとんど筒抜けというワケです。
おかげでこちらも公平に裁判を進行できますよ」
カンチョーは慣れた様子で止まり木に降り立ちながら答えた。
「じ、実際こうやって並べられると、めっちゃ気分悪いな……」
「いやぁ……これはちょっと……。
何気なく一人で変な事してる時とかも、全部見られてる可能性あるってことでしょ……?
キモキモキモ……」
ナツミがモニターを眺めながら呟き、ハイジは自分の腕を抱く。
「変なこととは具体的にはどのような?」
「いちいち聞くなよぅ!」
「……」
カンチョーとハイジのやり取りの横で、
ノクスは部屋にある大量のモニターをスマホで撮影し始めた。
「……ノクスちゃん、何してるの?」
「記録しておくの。念のため……ね」
シロの問いかけにも視線を切らさず、ノクスはスマホで撮影を続ける。
壁一面に並ぶモニターの画像が切り替わる度に、ノクスはスマホをその方向へと向ける。
「そう言えば、さっき言ってた……高い頻度で出入りする理由ってのは」
「はい、まさにこの隠しカメラの映像や録画データを確認するためですね。
映像は保存されていますので、何か問題があった時なんかに遡って確認することもできます」
私の問いを遮るかのようにカンチョーは言った。
「ほんなら、裁判の時とかもここの映像見せてもらったら一発解決やったやんか!」
「そんな無法が通るわけないでしょう。あくまでこちらは運営側の確認用。
皆様が証拠として確認することを許されているのは、隠しカメラ以外の映像のみですよ」
「結局運営都合やないかい!」
ナツミの突っ込みが監視室に響く。
しばらくして、一通り部屋の中の確認も終えた。
「……今のところ、ここで分かることはこれくらいね」
「では、そろそろ次の部屋へと参りましょうか」
カンチョーが止まり木からバサリと羽ばたく。
それを合図に、私たちも冷めやらない不快感を抱いたまま一人ずつ監視室を後にした。
全員が外へ出たところで、ガチャ、と自動ロックがかかるような音が響いた。
「あ、ちなみにですが……今回はこちらの施設をご案内する手前、特別に中をお見せしましたが、
次回以降、この監視室への立ち入りは禁止ですので」
「……はぁ? なんでよ!?」
リンリが即座に振り返る。
「至極単純な理屈です。皆様が監視室を自由に利用できてしまっては困るからですよ。
仮に、誰かがここに居座って島中の様子をずっと監視していたらどうなります?」
「それは……」
「これから殺人を企てようとしている方の行動も、実際の犯行の瞬間も、
すべて筒抜けになってしまうでしょう?
それでは魔女裁判が成立しなくなってしまいますからねぇ」
「他人事みたいに言ってんじゃないわよ……!」
「ま、なんにせよそう言うことですので……今後は立ち入り禁止でお願いしますね。
では、さっさと次行きましょう」
リンリがキッと睨みつけるが、カンチョーは一切取り合わず、あざ笑うように翼を羽ばたかせた。
◇A宿泊部屋
「こちらがA宿泊部屋です」
「……普通だな」
「……普通だね」
部屋に入った瞬間、私とシロがほとんど同時にぽつりと呟いた。
ベッドが一台、壁際には小さな机と椅子。
クローゼットと収納棚が置かれ、キッチンや浴室、トイレもきちんと備え付けられている。
しかも扉には鍵とチェーン付き。
私たちが生活しているホテルの部屋に比べれば少し質素だが、
寝泊まりするだけなら何の問題もなさそうだった。
「何といいますか……研究所の宿泊部屋ですので、
こう、緑色の培養液の入ったカプセルの中で、管に繋がれて眠るようなものかと……」
「マッドサイエンティストかな?」
イリスが少し残念そうに言うと、思わずハイジが突っ込んだ。
「あ、でもテレビついてるのね、ここ。
秋のエリアのなんたらハウス以来だわ」
少しだけ嬉し気にリンリはテレビのリモコンを手に取り、電源ボタンを押した。
ぱっと画面が明るくなる。
「おおっ、ちゃんと映る」
「そこに一番食いつくんや……」
「当たり前でしょ。ホテルの部屋にテレビないんだから」
「テレビあるんなら、据え置きゲーも出来るじゃん!」
リンリはチャンネルを何度か切り替えながら、ハイジと同様に少しだけ機嫌を良くしていた。
その間にもノクスは机の引き出しを開け、シロはクローゼットを覗き込み、
ナツミはベッドのスプリング具合を確かめるように手のひらでポーンと叩いている。
「ちなみに、隣のB宿泊部屋もここと完全に同じ造りとなっておりますので。
いちいち個別に案内するのも凄まじく面倒ですので二部屋いっぺんに勝手に見てください」
「な、なんだか露骨に雑になってきていませんか……?」
「最近になってようやく仕事中に手を抜くという処世術を身に付けましたので」
誇らしげに胸を張るカンチョーの返答に、イリスはげんなりとした眼差しを向けた。
結局隣のB宿泊部屋にも特に気になるようなものもなく、
ノクスが冷ややかな目でカンチョーを問い詰める。
「……ねぇ、あなた、運営側に繋がる手がかりがあるかもしれないと言ったわよね?
私たちをここまで連れてきて、ただ施設見学させて終わりだなんて言わないでしょうね」
「まあまあ。まだ全部見終わったわけではありませんし。……ここですとか」
カンチョーは悪びれる様子もなく答え、B宿泊部屋の隣の部屋へと羽ばたいていく。
「……なるほど」
ノクスの声色がほんの少しだけ変わった。
◇資料室
「では……こちらが資料室です」
カンチョーが羽を伸ばし扉を開ける。
その扉の向こうには──
これまでの部屋とは比べ物にならないほどの量の紙とファイルが、棚いっぱいに並べられていた。
左右の壁はほとんど棚で埋め尽くされ、厚いファイルやバインダーなど隙間なく詰め込まれている。
部屋の中央にも読書机らしき大きな机がいくつか並び、
その上には整理途中なのか、紙束が雑然と積み上げられていた。
さっきまでの二部屋とは明らかに情報量の密度が違った。
「え……まさか、この中から手がかりを探せってことか……?」
「いやいや、ホテルの図書室くらいの量あるでこれ!?」
「はいはい、まさに。
ちなみに皆さんが気にされていた、ホテル二階の図書室から運び込んだ資料なんか混ざっています。
そちらの方は量が量ですので、すぐに見つかるやもしれませんよ?」
「……やっぱり」
言うが早いか、ノクスが読書机の上に積まれていた紙束の一つを手に取った。
「以前、図書室を調べた時にいくつか不自然に抜けていたものがあったでしょう?
そういったものも、こちらに保管されていたりします」
「わざわざホテルの図書室からここに運び込んでまで隠したかったものを、
どうして今になって見せる気になったの?」
「……まあ、その辺りもすぐに分かると思いますよ」
カンチョーは意味深に返した。
ノクスは怪訝そうな視線をカンチョーから外し、手元の紙へ落とす。
「……これは」
「どうしたの、ノクス?」
私も横から覗き込む。
そこに並んでいたのは、見慣れない言語……けれど、まったく見覚えがないわけではなかった。
「……これって、前にアゾット儀式の時に見たやつだよね?」
シロも気付いたらしく、紙へさらに顔を近付けて凝視する。
その言葉に周囲にいたみんなも紙束へ視線を集めた。
「アゾット儀式の、それぞれのパーツの説明に使われていた文字……のようですね……」
「……これ全部、この文字で書いてあるの……? うへぇ……」
「いや、そりゃ読めへんわ……」
イリス、ハイジ、ナツミが紙束の厚みを見て、一様に顔をしかめる。
「ていうか、なんでこんなのわざわざこっち持ってきたのよ?」
リンリのその問いに、カンチョーは小さく羽を揺らした。
「理由は単純ですよ。
皆さんに、時間をかけて解読されたくなかったからです。
もし図書室に置いたままにしておけば、皆さんなら暇な時間にでも少しずつ調べたでしょう?
一日で読めなくても、一週間、二週間……
もっと時間をかければ、文字の対応や文法なんかも徐々に推測できるかもしれないですし」
「だから……一旦、ここに隠してたってことか?」
「ええ。皆さんに知っていただくには、まだ早かったもので」
呆れるほどあっさりとカンチョーは認めた。
「……要するに、情報を出す時期まで管理してたってこと?」
「そういうことです」
「じゃあ今は? 今なら読まれても構わないから、ここを開けたってわけ?」
「…………」
リンリの質問から少しの間をおいて、カンチョーは返答する。
「そう考えていただいても、間違いではありませんねぇ」
「ほんっと、いちいち含み持たせるわね……」
リンリが眉をひそめる。
「……ん?」
私はふと、読書机のうちの一つへと視線を吸い寄せられた。
そこには、雑然と紙束が積み重なっている他の机とは違い、
二冊の薄い本だけがぽつんと並べられるように置かれていた。
近付いてそのうちの一冊を手に取る。
表紙にはどこか煽るような手書きの文字が躍っていた。
『第一篇~第三篇までの総集編+最新作最終篇の豪華セット☆』
(…………)
紙束のページをめくると、これまでに置かれていた第一、第二、第三篇のほか
新たにもう一つの魔女の物語が書き足されていた。
『第一篇』
────────────────
とある時代、人の世を離れた場所に、七人の魔女がいました。
彼女たちは皆、並外れた力を持つ存在でした。
それぞれが、人の心に巣食う
『傲慢』『強欲』『嫉妬』『憤怒』『色欲』『暴食』『怠惰』
の七つの罪を司っていたといわれています。
七人は皆、ただの魔女で終わることを良しとせず、
更に上位の存在である『大魔女』となることを目指し、互いに競い合っていました。
魔法の研究に没頭する者もいれば、禁忌の薬を生み出す者もいました。
弟子を集め、勢力を築き、力を蓄え、信仰を広め、
誰が最も強い魔女であるかを競り合っていたのでした。
やがて七人の間には、否応なく力の差が現れます。
序列が生まれ、一位から七位までの順位が定められました。
力の強い順に、憤怒、怠惰、強欲、暴食、色欲、嫉妬、傲慢。
けれど、その序列は最初から歪んでいました。
一位とそれ以外の差があまりにも大きすぎたからです。
「憤怒」を司る魔女の突出した力──
彼女の前では、二位以下の魔女達の差などほとんど意味を持ちません。
同じ魔女でありながら、まるで次元が違っていました。
それほどまでに憤怒の魔女の力は圧倒的でした。
ですが、その力は次第に世界を蝕んでいきます。
怒りは争いを生み、争いは破壊を呼び、
やがて世界は憤怒の魔女の影響によって荒れ果てていきました。
このままではすべてが焼き尽くされる。
そう悟った六人の魔女達はある結論に辿り着きます。
――憤怒の魔女を討たねばならない。
しかし、力で対抗することは不可能でした。
残る六人が全員で対抗しても倒せるとは限らないほどに、憤怒の魔女の力は強大だったのです。
そこで選ばれたのが、古くから伝えられてきた儀式。
とある世界で行われたという
魔女因子を持つ13人の少女達による
魔女降臨の儀式を"模した"、禁断の儀式でした。
────────────────
『第二篇』
────────────────
その禁断の儀式とは──
「憤怒の魔女」を除いた六人の魔女が、
自らが最も誇る力の象徴を六つの「パーツ」として捧げ、
それらを"サラマンダーの火"と呼ばれる特別な火にくべることで、
六人の全ての力が組み合わさった完全なる第八の魔女――
「憂鬱の魔女」を呼び出す、『アゾット』と呼ばれる儀式でした。
古来より、魔女達は火には特別な力があると信じてきました。
火は形あるものを焼き、偽りを剥がし、
その奥に潜む本質だけを残す聖なる媒介。
罪を裁くときも、契約を結ぶときも、
最後に選ばれるのは常に"火"だったのです。
そして"サラマンダーの火"は、
魔女が持つ不死性すら焼き尽くす、聖なる火でした。
一度その火にくべてしまった六つのパーツは、二度と戻りません。
切り取って捧げた部位は、二度と再生されません。
魔女達は自らの誇りをその火に委ね、余分な肉も焼き払い、
本質であるその力の核だけを捧げようとしました。
捧げる部位によっては、魔女達は死をも覚悟して臨まなければなりませんでした。
そうして呼び出される「憂鬱の魔女」は、平和の象徴とされていました。
憂鬱とは、何も起こらないこと。
明日が今日と同じであると知っていること。
争いも、欲も、変化すらも失われた、退屈で静かな世界。
停滞は人の心を鈍らせ、退屈は時に重く沈ませます。
だが同時に、怒りを燃やす理由も、
剣を振るう理由も与えません。
だからこそ、魔女達はそう考えました。
――"憂鬱"は、最も静かな平和の形なのだと。
変革と破壊の象徴である憤怒の魔女に対抗出来るのは、
停滞と安定の象徴である憂鬱の魔女だけ。
その力によって、憤怒の魔女を撃ち滅ぼし、
世界に平和を取り戻そうとしました。
それがこのアゾット儀式の本当の目的だったのです。
────────────────
『第三篇』
────────────────
吹き荒ぶ雪が大地を覆い、吐く息さえ凍りつくような極寒の夜。
その中でただひとつ、熱を放つものがありました。
――"サラマンダーの火"。
揺らめくその焔の前に最初に現れたのは、第二位──怠惰の魔女が遣わした弟子の内の一人でした。
その弟子が両腕で抱えていた木箱に納められていたのは、怠惰の魔女の『頭部』。
万物を思考し、理解し、第二位という高みから見下ろしてきた証。
怠惰という静寂を享受するために彼女が磨き上げた、知性そのものでした。
次に、第三位──強欲の魔女の弟子が差し出したのは、『両腕を含む胸部』の入った木箱でした。
掴むための両手、両腕。それを抱え込むための胸。
全てを奪い、所有し、なおも手放さなかった。
尽きることなき欲望の権化とも言えるその強欲な力でした。
第四位──暴食の魔女の弟子が運んできた木箱の中は、『腹部』。
あらゆるもので満たし、溜め込み、尽きることのなかった器。
それはただ食を蓄えるだけの器ではない。
その内側に力を宿す、生命力の象徴でした。
次に現れたのは、第五位──色欲の魔女の弟子。
彼女が運んできた木箱の中は、『腰部』でした。
人を惹きつけ、触れ、絡め、狂おしい快楽に溺れさせてきた揺籃。
色欲の魔女が力の本質であると信じて疑わなかった、衝動と悦楽の証でした。
第六位──嫉妬の魔女の弟子が現れました。
彼女が運んできた木箱の中は、『大腿部』。
荒野を歩き、走り、常に他者の背中を追い求め続けた脚。
たとえ追いつけずとも進むことをやめなかった、その美しくも醜い、嫉妬という名の執念の形でした。
そして最後に現れたのは、第七位──傲慢の魔女その人でした。
他の魔女達にはそれぞれ多くの弟子がいました。
ですが、彼女は弟子を連れていませんでした。
その歩みは不自然で、一歩ごとにわずかに身体が揺れます。
彼女はそれを隠そうともしませんでした。
彼女の足元には、欠けた足先を補う義足が覗いていました。
彼女は自らの手で、己の『足先』が納まった木箱を火の前へ置きました。
第七位という『末端』にありながら、なおも他者を踏み付けることをやめなかった証。
他者を傲慢に見下し、孤高に立ち続けるために必要とした、彼女の最後の矜持でした。
そして──
それら六つのパーツが入った木箱が、全てサラマンダーの火へとくべられます。
箱は燃え、木は灰となり、
その中に納められていた六つのパーツもまた、炎の中へと消えていきます。
火の向こうで揺れる影を見つめながら、
傲慢の魔女と、他の魔女の弟子たちはただ待ち続けました。
数人の魔女の犠牲の果てに、平和の象徴たる第八の魔女──
『憂鬱の魔女』が現れるその瞬間を。
やがて、サラマンダーの火が、今まで見たこともないほど大きく燃え上がります。
まるで炎そのものが生きているかのように蠢きながら、
夜空を焦がすほどの光を放ちました。
そして炎の中心から、一人の魔女が姿を現します。
誰もが息を呑みました。
儀式は成功したのだと。
憤怒は討たれるのだと。
世界は救われるのだと。
そう、信じて疑いませんでした。
────────────────
(…………)
これまでに読み終わった一~三までの物語を流し見るように読み、
私は最後に追加されたらしき紙束に目を通した。
『最終篇』
────────────────
サラマンダーの火の中から現れた少女は──
周囲の息を呑む静寂を見回すと、愉快そうに笑い声を上げました。
「……ねぇ、あなたたち。
本当の本当に……自分の誇りを捧げたつもりだったの?」
少女は冷ややかな笑みを浮かべ、指を一本ずつ折りながら数えていきます。
「頭、胸と腕、腹、腰、大腿部……」
五本の指を折り、拳を握り込むと、
少女は周りの魔女の弟子たちを蔑むような瞳で見つめました。
怠惰の知性を秘めた頭部を運んできた弟子。
強欲の胸と腕を運んできた弟子。
暴食の生命の腹部を運んできた弟子。
色欲の悦楽たる腰部を運んできた弟子。
嫉妬の執念である大腿部を運んできた弟子。
その全員へ視線を送ります。
「……揃いも揃って、偽物ばっかり」
その一言に、周りの弟子たちは一斉に少女から視線を逸らしました。
世界を憤怒から救うため、自らが最も誇る力の核を切り刻んで差し出す。
それこそが、このアゾット儀式に課せられた絶対の代償でした。
ですが──
第二位から第六位までの五人の魔女たちは、
誰一人としてその代償を支払ってなどいなかったのです!
怠惰の頭部も、強欲の胸と腕も、暴食の腹部も、色欲の腰部も、嫉妬の大腿部も──
箱の中に納められていたのは、魔女自身の肉体などではありませんでした。
痛みを恐れ、命を失うことを醜く拒んだ魔女たちは、
忠誠を誓う弟子たちの身体を切り刻み、生贄として差し出していたのです。
なんと、世界を救うという都合の良い大義だけを掲げて、
その代償を他者へとすべて押しつけたのでした。
その結果として世界がどうなろうが、んなことは知ったこっちゃなかったのです。
少女は心底興ざめしたように弟子たちから興味を失うと、
視線を巡らせ、その場に立ち尽くす最後の一人──
足先を失い、義足で身を支える第七位の魔女へと目を向けました。
その足元を眺めたあと、少女は初めて少しだけ意外そうに目を細めます。
「ふふ……ふふふ! でもたった一人だけ、馬鹿正直なヤツが混ざっていたのね。
己の肉体を刻み、己の力そのものを捧げて……自分だけ、本当に血を流して代償を払ったのね」
そして少女は、込み上げる滑稽さに堪えきれなくなったように、腹を抱えてくすくすと嘲笑いました。
「──
茫然と立ち尽くす傲慢の魔女は、その嘲笑を浴びてようやく理解しました。
アゾット儀式は完全に破綻したことを。
最初から成功するはずなどなかったことを。
そして、焔の中から現れた少女が、平和をもたらす『憂鬱』などではないことを。
世界を救うという言葉で自らを飾り、尊い犠牲を払った英雄を装いながら、
実際に差し出したものは他人の身体、他人の命、他人のもの。
それによってもたらされるものは平和でもなく、安寧でもなく、憂鬱でもありません。
それは──嘘と、虚栄と、偽り。
自分を実際よりも気高く、尊く、偉大な存在であるかのように飾り立てるもの。
そうして生まれたものは、停滞と平和を司る憂鬱の魔女ではなく……
偽りと欺瞞の儀式から産み落とされた、人間の九つ目の大罪を司る魔女──
「『
彼女は楽しげに両腕を広げ、自らの正体を告げました。
「哀れなこと。偽りの犠牲で平和を乞うなど、何て滑稽なのでしょう」
そして虚飾の魔女は腹を抱えて笑いながら、冬の夜空の闇へと嘘のように消え去っていきました。
あとに遺されたのは裏切りに加担した弟子たちと、
自らの足先を差し出して、ただ一人苛まれた傲慢の魔女だけでした。
欺瞞の儀式によって「憂鬱」の平穏が訪れることはなく、
解き放たれた「憤怒」の力は留まることを知りませんでした。
世界にはどこまでも猛烈な怒りが満ち溢れ、無意味な争いと、果てのない不和、
そして互いを疑い殺し合う凄惨な地獄が、永遠に、永遠に続きましたとさ。
めでたし、めでたし。
翻訳 by私
────────────────
(…………)
「……くそっ!」
パンッ、という乾いた音が資料室いっぱいに響く。
まるで、前回の事件を揶揄するようなその内容に、
私は思わず紙束を読書机に叩きつけていた。
「マ、マキちゃん……!?」
少し離れたところで棚を調べていたシロが、驚いてこちらを振り返る。
「ど、どうしたんやマキちゃん!?急に大音立てて……」
「何かあったの!?」
ナツミとリンリもこちらへ駆け寄ってくる。
ノクスも手にしていた資料を机へ置き、真っ直ぐこちらへ歩み寄ってきた。
「……これ。今までなかった……続きが載ってる」
私の怒りに満ちた声と指差す方向を追い、ハイジとイリスが息をのんで不安げに呟く。
「それって……"魔女の本"、ですか……?」
「見た感じからしてそうだね……」
少女たちは息を呑み、机の上の紙束を取り囲んで
そこに書かれた『最終篇』の内容を食い入るように追い始めた。
「……自分の身体を切り刻んで差し出したのは、結局"傲慢の魔女"ただ一人……」
シロが小さな声で呟く。
「えぇ……そういうオチかいな……笑えんて……」
「他の五人は、弟子を代わりに切り刻んで差し出した……ということでしょうか……?」
「……胸糞悪いわね。
ここまで引っ張っておいてこれがドラマの最終回とかなら炎上待ったなしよ」
「う、うーん……で、結局何を伝えたかったの? これ……」
皆が一様に感想を述べる中、ノクスは物語の内容とは別の部分に引っ掛かっているようだった。
「……今日になって初めて入れるようになったこの施設にこれが置かれているということは、
やっぱりこの魔女の本を置いてるのも運営側だった、という認識で間違いないのね?」
「…………!」
その言葉に、全員の視線がカンチョーへと向く。
「さてさて。そこまで断定されましてもねぇ」
カンチョーはわざとらしく首を傾げた。
「いやいや、ここにある時点で確定事項やろ! やっぱお前らが置いてたんやんけ!」
「むむ~?」
「し、しらばっくれないでください!」
「むむ~?」
「あかんわこいつ……」
どれだけ問い詰めても、カンチョーは飽くまでしらを切り続ける。
これ以上取り合っても埒が明かないと判断したのか、
ノクスは小さく息を吐くと、机の上へ視線を戻した。
「……こっちの本は?」
「……いや、そっちはまだ私も見てない」
「なんだこれ、日記?」
ハイジが興味深そうに手を伸ばす。
表紙には、満開の桜の木のカラー写真が大きく載っている。
文房具屋や書店で普通に並んでいそうな、どこにでもある市販の日記帳だった。
「名前とか……何ねん何くみとかも書いてないね」
ハイジは恐る恐る表紙を開いた。
私たちも息を呑んでその中身を覗き込む。
そこには──。
***
【一日目/日記】
コロシアイ楽園生活が、ついに始まりました!
全員、無事に島へ到着。
混乱も混乱、大混乱。
泣く子はいなかったけれど、顔色はみんななかなかいい感じ!
ホテルも、昔私が来た時くらいに整ってる!
人少ないのに頑張ったね~。
カンチョーには特別賞与を出しちゃおうかな!?
冷凍マウスとか食べるかな?
夕食も問題なし。すごく美味しい!
ちゃんとリゾート地にして正解だったね。
牢屋敷とかだったら、こうはいかないよ。
胡椒を入れ過ぎたラーメンくらいしか、
まともな食べ物なくなっちゃう。
明日の朝はホールで魔法の発表会だって!
私はみんなの魔法、もう知ってるから退屈になりそうだな~。
今日はここまで。
初日から長く書くと、続かないしね。
んじゃ、おやすみ。
「……え?」
思わず呆けた声が出る。
「"昔私が来た時"って書いてるんだけど……。
これ、一体どういうこと……?」
「……"コロシアイ楽園生活がついに始まりました"、って言葉の意味は……」
リンリとシロが思わず息を呑む。
「…………」
全員が少しの間、押し黙った。
「……おそらくこれは、運営側の人間が書いた日記……。
それも、カンチョーに指示を出せる立場にいる者のね」
ノクスが静かな声で呟く。
そこでイリスが、恐る恐る別の一文を指差した。
「で、ですが……もっと気になるのは、こちらでは……?」
『夕食も問題なし。すごく美味しい!』
「……この人物は……ホテルの夕食を食べてるってことか?」
「文章からしてそうっぽいな……実際に食べとらんと、こんな書き方せんよな」
『私はみんなの魔法、もう知ってるから退屈になりそうだな~。』
「……そ、それと……これ、発表会にいる前提で書いてね……?」
「……必ずしもそうだとは限らないけれど、私もそう読めるわ」
ハイジが日記に書かれている一文を指差すと、ノクスは短く頷いた。
「この人物は初日、私たちと同じ島にいて、同じホテルで夕食を食べている」
「ちょ、ちょい待って……それってつまり……」
ハイジが声を引きつらせる。
「……」
重苦しい沈黙が流れる中、ノクスだけが静かに次のページを開く。
そこには、さらに決定的な文章が残されていた。
***
【二日目/日記】
魔法の発表会、終わりました!
途中、何回あくび出そうになったか。
でも、ちゃんと我慢しました。
私可愛い大好きえらいねすごいね天才!
そんな私の尊い努力に対するご褒美なのか、
発表会終わりに、とってもラッキーな出来事も発生!
たまには、我慢ってやつもしてみるもんだね。
しかも、なんだか頑張ってる子もいるみたい。
ちょっとだけ囁いて、背中押してあげようかな。
それにしても、日記ってだるいなマジで。
明日には飽きてそうだわこれ。
あ
そうそう、ちゃんとメモっとかなきゃ。
あと9。
「……」
読み終えた瞬間、資料室の空気が完全に変わった。
「『囁いて、背中押してあげようかな』……。
私たちに直接干渉してるってことよね、これ」
リンリが低い声で、その一文を繰り返す。
「文脈と時期から察するに、おそらくはアテナのことね。
コロシアイが始まることを期待しているような書き方だし、殺人を教唆したのかもしれない」
ノクスは冷静に考えをまとめるように続ける。
「そしてこの人物は魔法発表会も実際に見ている。そして島で食事もしている。
そんな運営側の人間が、この島にいた。
それも──私たちの生活圏の中に」
ノクスがゆっくりと私たち全員の顔を見渡した。
「…………」
心臓がドクンと大きく鳴った気がした。
私とノクスが一緒に追いかけていたものが、こうもあっさりと、
しかも向こうから暴かれることになるなんて。
「しかも、みんなの魔法が全部分かってるみたいな書き方してるし、これってさ……。
あたしたちの中に運営側の人間がいるってことじゃん……?」
ハイジが周りを怯えた眼差しで見回しながら言う。
「……いやいや、流石に考えすぎとちゃう……?
食事かて、どっかの隠し部屋に持っていってもろて食べとったとか……。
ほんで魔法発表会も隠しカメラで見とったりで……
そうやってウチら以外の人間が、今もこの島のどっかに隠れとるんかもしれへんやん」
ナツミ自身もそうであってほしいと願っているのが痛いほど伝わってきた。
「で、では……この"背中押してあげようかな"、というのは……?」
「う、う~ん……それはやな……」
イリスがおずおずと日記の一文を指差すと、ナツミは言葉を詰まらせる。
「あからさまに見つけてくれと言わんばかりに置いてあったんだし、どうせ運営の罠でしょ。
私たちを疑心暗鬼にさせたいとか、そんな狙いのね。
この日記だって全部でっち上げってこと。ね? カンチョーさん」
吐き捨てるようにリンリが言い、煽るような視線をカンチョーに向ける。
「むむ~?」
「今それやると怪しいだけやで自分」
ナツミが即座に突っ込む。
だがカンチョーは首を傾げたまま、相変わらず真相を語る気など毛頭ないようだった。
「……確かにここまで露骨だと、私たちを動揺させるための罠だという可能性は否定できないわ。
ただ……この内容がすべて嘘だと決めつける根拠もない。
少なくとも、今は日記を最後まで読んでから判断するべきだわ」
ノクスは日記帳へ視線を戻す。
(……)
私はみんなが困惑するその中で、日記の最後の言葉がどうしても頭から離れなかった。
"あと9"
これが何を意味しているのか。
誰の、何を目的としたカウントダウンなのか。
「……じゃ、ひとまず……続き、読む?」
「……そうだな」
ハイジは日記帳を覗き込み、少しだけ気まずそうに私たちの顔を見回した。
私も胸のざわめきを押さえつけながらそれに頷いた。
「じゃあ……三日目」
恐る恐る、次のページへ指を掛けた。
***
【三日目/日記】
あきた
「…………」
「飽きるン早ぁッ!?」
ナツミの叫び声が資料室いっぱいに響き渡った。