楽園島 Part1
カンチョー達の姿がホールの入口から完全に消えたあとも、
誰一人として動こうとはしなかった。
ハイジとイリスは青ざめた顔のまま言葉を失っていた。
唇は固く結ばれ、視線はスマホを見つめたまま動かない。
ミサ、ヤヒメ、そしてノクスは、感情の読み取れない無表情だった。
何を考えているのかは分からないが、少なくとも取り乱してはいないようにも見えた。
アテナとライトは神妙な面持ちで沈黙を守っている。
感情を押し殺し、与えられた情報を整理しようとしている――
そんな印象を受けた。
シロとマリーは明らかに困惑した表情を浮かべている。
状況を理解しきれないまま、ただ周囲の顔色を窺っているようだった。
リンリとダイヤはどこか怒りを滲ませた顔で、ホールの空気を睨むように立っている。
恐怖よりも先に、理不尽さへの反発が表に出ているのが分かった。
ナツミは鼻ちょうちんを膨らませている。
皆、等しく沈黙していた。
誰もが動かず、誰もが様子を窺っている。
――その中で
前触れも、逡巡もなく、
不意にその沈黙を断ち切った声があった。
「んじゃ、探検しよっか」
地獄谷ポムだった。
「か、軽ッ……! そんなノリで良いんですの!?」
しかめっ面で眉をひそめていたダイヤが、思わず声を上げる。
「だってこれ、
(レクリエーション……?)
「私、よくSNSで片っ端から懸賞応募するんだけさ、
たぶんその中の何かしらが当たっちゃったんだと思うんだよね。
南国の島ツアー、とか、そういうやつ」
「わたくしは全く身に覚えがありませんわ……。
それに、演出としては趣味が悪すぎませんこと?」
「え、そう? 結構刺激的で良かったと思うけど……。
でも、場所とかは凄くいい感じじゃん! 海も自然もホテルも綺麗だし!」
そう言いながら、ポムはあたりをぐるりと見渡す素振りをする。
その動きにつられるように、何人かも同じように視線を巡らせた。
確かに、内装はリゾートホテルそのものだった。
南国らしい開放感のある造り。磨き上げられた床。
ホールの近くには緑豊かな庭園も見える。
どこにも血なまぐさい気配など見当たらない。
「で、でも、本当にレクリエーションなのか……?」
私がそう呟くと、背後から私の言葉を制止するように声がかかる。
「良いじゃない。これを本気だと思おうが、遊びだと思おうが。
その判断は人それぞれ、自由だわ」
振り返ると、薄く微笑みを浮かべたライトが立っていた。
「その結果、どんなことが起ころうとも。
それを引き受けるのはその人自身。
……自己責任、というやつね♪」
そうライトが静かに呟く。
「でもね、ポムちゃん」
そしてライトは視線をポムに向け、少しだけ声色を変えながら言った。
「レクリエーションであれ何であれ、
最低限、守るべきルールというものは存在すると思うの。
スマホにも『規則一覧』ってあったでしょう?
一度はきちんと目を通しておいた方がいいんじゃないかしら」
「たしかに」
ポムは素直に頷く。
「廊下は走っちゃいけません、とかは守るべきだもんね」
そう言うと、ポムはスマホに目を走らせた。
(『魔女裁判』の項目しか見てなかったし、私も一応読んでおこう……)
『規則一覧』
・お客様方にはこの島内だけで共同生活を行って頂きます。共同生活の期限はありません。
・島内について調べるのは自由です。特に行動に制限は課せられません。
・本島の管理責任者であるカンチョーへの暴力、及び銃業員への暴力行為を固く禁じます。
・監視カメラの意図的な破壊を禁じます。
・スマートフォンおよびタブレット端末の他人への貸与・借用を禁じます。
・立ち入り禁止エリアに許可なく入ることを禁じます。
・上記の規則に違反する行為が確認された場合、内容に応じてペナルティが課されます。
その判断および執行は、すべて管理側に一任されます。
・なお、規則ならびに魔女裁判に関するルールは順次増えていく場合があります。
『支給品についての注意事項』
・スマートフォンおよびタブレット端末で行われたメッセージの送受信、通話、会話記録とその日時は、すべて自動的に記録・保存されます。
・スマートフォンおよびタブレット端末に不具合、または故障が発生した場合は、修理対応を行いますので、カンチョーまでお申し付けください。
なお、修理中は端末のすべての機能をご利用いただけません。あらかじめご了承ください。
・修理後のスマートフォンおよびタブレット端末についても、メッセージの送受信、通話、会話記録のデータは削除されず、引き続き保持されます。
・島内のエリアおよびフロアマップは、タブレット端末にてご確認いただけます。
なお、閲覧可能なマップは順次増えていく場合があります。
マップ追加の都合上、地図の拡大・縮小機能はご利用いただけませんので、あらかじめご了承ください。
(うーん……ぱっと見、書いてあること自体は普通だな……)
「共同生活の期限がない」、ってところを除けばだけど。
すると、規則の冒頭の一、二項目だけをざっと眺めた程度だろう時間を置いてポムがぱっと顔を上げた。
「ほらほら! 探検自由だって!
行動制限なし、調べるのも自由。
つまりさ、どこ行ってもいいってことでしょ?
だったらじっとしてる方がもったいなくない?」
生き生きとした様子でポムが言う。
「……まぁ、探検と呼ぶかどうかは別として、
この場所がどういった施設なのか把握しておくこと自体は
悪い判断ではありませんわね」
「でしょでしょ? んじゃ早速れっつごー!」
そういうとポムは隣にいたハイジの手を引こうとする。
すると、ぎょっと目を見開き、
「絶ッッッ対ヤダ! これガチのマジにヤバいやつだって!
こういう能天気なヤツから死んでいくんだ!
あたしは巻き添え喰らうのはゴメンだからぁ!!」
とまくし立て、ハイジは勢いよく手を振り払う。
そして、そのままホールの出口へ一直線に走り去って出て行った。
「……あれ、何処に行くつもりなんだろう」
「泳いで帰る気とか?」
「ま、まさかぁ……」
アテナとリンリが思わず顔を見合わせる。
すると、うとうとと鼻ちょうちんを膨らませていたナツミが、
ハイジの声に反応したのか、ぷちん、とそれを割ってびくりと顔を上げる。
「んぁ!?……あ、話終わった?
ほな皆でボウリングでもしに行こか!」
「お、いいね~! どこかできる場所あるか探そっか!」
「ウチの平均スコア、180超えとるで~。
腕が鳴るわ~!」
まるで修学旅行の延長のようなノリで、
ポムとナツミは笑い合いながらホールを後にしていく。
いや、軽すぎるだろこいつら。
「僕も色々と見て回ろうかな。
よく考えたら、自分の部屋の間取りすらちゃんと把握してないしね」
「私は外見て回ろ。どっかに船とか隠してんじゃない?」
そう言うと、アテナとリンリもホールの出口へ向かって歩き出した。
「……」
「あ、ミサちゃん、待って~!」
気づけば、一人、また一人とホールから人が消えていった。
……さて、私はどうしたものか。
そう思案に暮れていると、背後からどこか申し訳なさそうな声がかかった。
「……マキちゃん、ごめんね」
「ん? ごめんって?」
振り返ると、シロが視線を伏せたまま、指先をもじもじと絡めている。
「おまんじゅうのこと……みんなに、バラしちゃって」
おまんじゅう?
「カンチョーに訊かれたやつ。あれのせいで、マキちゃん、
おまんじゅう食べるのに夢中で遅刻してきた子みたいになっちゃったかも……」
「……」
『「……波彪マキさん。部屋に置いてあったお饅頭、
いくつも召し上がってらっしゃいましたよね?」
「なっ──……」
「そうですよね? 鵲シロさん」
「! あ、は、はい! 食べてたと、思います……!」』
……言われてみれば、あの会話、みんなにそう捉えられても仕方ないかも……。
「……いや、別にいいよ。元はと言えばあのトリ公が悪いんだし。
みんなも気にしてないでしょ、きっと」
肩をすくめるように言うと、シロは少しだけほっとした顔をした。
……まぁ、正直に言えばあのときリンリあたりが
「マジかこいつ」みたいな顔でちらっと私を見ていた気はするけど。
「それよりさ」
私は話題を切り替えるように、シロの方を見た。
「みんな散っちゃったし、私たちもどっか見て回る?」
「え、あ……うん。マキちゃんが良ければ!」
少し迷いが混じりながらも、シロはすぐに頷く。
その反応に、私も自然と口角が少しだけ緩んだ。
「よし、じゃあ決まり」
私は、タブレットでフロアのマップを表示させる。
すると、「中央ホール」で、自分の現在位置を示す点が小さく点滅していた。
(ここから一番近いのは……まぁ、ホールの真ん前にある『庭園』か)
「とりあえず、『庭園』を見てみようか」
「うん!」
私とシロは、まずはホールの向かいにある『庭園』を見に行くことにした。
◇庭園
一面に広がる緑。
かなり広く、丁寧に手入れされたであろう低木と花壇が、石畳の小道に沿っていくつも並んでいる。
南国らしい濃い葉色の植物に混じって、見慣れない花もいくつか咲いていた。
庭園の真ん中には、円形の噴水のようなものも見える。
そしてその庭園を取り囲むように、腰の高さほどの黒い鉄柵が設置されていた。
「思ってたより、ちゃんとしてる庭園だね」
「うん、ホテルのお庭って感じ!」
私とシロは石畳を歩きながら見て回る。
手入れの行き届いた低木や花壇は、少なくとも放置されている場所には見えなかった。
そのまま歩きながら噴水のそばまで近づいて、私はふと、あることに気付く。
「あ、でもこの噴水……水、枯れてる」
「ほんとだ。止まってるっていうか……空っぽだね」
噴水の縁を覗き込むと、
底には乾いた跡だけが残っていて、水の気配はまるでない。
「もしかして、水不足とか」
とシロが呟く。
無人島で水不足は割と洒落になってないな……。
それにしても、目に見えて緑が多いからか、風と空気がやけに澄んでいる気がする。
葉擦れの音に混じって、どこからか微かに潮の匂いも運ばれてくる。
(ここにハンモックでも吊って昼寝でもしたら、きっと気持ち良いんだろうな)
そんなどうでもいい想像が浮かぶ。
これが普通の南国リゾートだったなら、そんな未来もあり得たのかもしれない。
「マキちゃん、顔ゆるんでる」
「え」
慌てて表情を引き締めると、シロが小さく笑った。
庭園をひと通り見終えて、私はタブレットのマップをもう一度表示させた。
「次、どこ行こうか」
「えっと……」
シロが画面を覗き込み、指先で一箇所を指す。
「……『倉庫』って書いてある」
「倉庫、か」
庭園のすぐ隣に、『売店』と並ぶ形で『倉庫』の文字が表示されていた。
「備品とか、非常用のものとか、置いてありそうだよね」
「多分ね。食料とか、掃除道具とか……」
わざわざ見て回るほどの場所かと言われると、少し微妙だ。
(でも、こういうどうでもよさそうな場所ほど、
あとから気になることって多いんだよな……)
そんな考えが頭をよぎる。
「……一応、行こうか」
「うん。見るだけなら」
私とシロは庭園を背にして歩き出した。
◇倉庫
私が倉庫に足を踏み入れた、次の瞬間──
「ばあっ!!」
「うわあっ!!」
「きゃあっ!?」
扉のすぐ裏から、黒い物体が勢いよく飛び出してきた。
反射的に身を引き、心臓が跳ね上がる。
思わず後ずさった拍子に、シロともぶつかりそうになった。
「な、なんだ……!?」
身構えたまま、もう一度よく見る。
目の前に立っていたのは、顔の分からない――
完全に頭まで覆われた、黒い熊の着ぐるみだった。
身構えたまま凝視すると、その熊がぷるぷると震え出す。
そして──
「ぷはっ!」
着ぐるみの頭を取り、顔を出したのは、満面の笑みのマリーだった。
「大・成・功~!!」
同時に、倉庫の奥からもう一つ声が飛ぶ。
「タイミングばっちりだったね~。流石はマリーだよ~」
それはヤヒメの声だった。
視線を向けると、倉庫の奥の棚の方にはミサの姿も見える。
「……私は止めたんだけど」
そう言いながら、ミサは口元を手で覆う。
明らかに笑いを堪えきれていないような半笑いだった。
どう見ても全員共犯だろ。
「び、びっくりした……」
「でしょ!?」
胸を押さえるシロの横で、えっへんと胸を張るマリー。
というか、なんで宿泊客の1/3以上がこんなトコに集結してるんだ。
この倉庫にはひとつなぎの大秘宝でも眠ってるのか。
「……その着ぐるみって、この倉庫にあったやつ?」
「うん! この倉庫、色んな変なのあるんだよ~。
ほら、これとか、これとか!」
私がそう聞くと、マリーは倉庫にあったものを指す。
福引のガラガラ、パーティー用らしき巨大なサイコロ、カーテン、ミラーボール……
なんだか、宴会用のグッズみたいなのが雑多に置かれている。
倉庫というよりは、置き場所に困るものをとりあえずここへ突っ込んどきました、って感じだ。
「……これ、本当にホテルの倉庫?」
シロは並べられたグッズを見渡しながら、小さく首を傾げた。
「楽しいこと用の倉庫って感じだよね~」
ヤヒメは巨大なサイコロを転がしながら、呑気な声でそう言う。
「まぁ、レクリエーション用なんじゃない?」
と、それにミサも続く。
あぁ……ポムが言ってたあれか、レクリエーションだの何だの。
この雰囲気を見るに、この三人もレクリエーションだと思ってるのかもしれない。
でも、こうして実物を前にすると、確かにただの南国リゾートの余興道具にも見えてくる。
するとマリーは、着ぐるみをもそもそと脱ぎ始め、
「はぁ~、誰か来るまでずっと待ってたから疲れちゃった!
じゃ、別のとこ見てまわろーっと」
そう言い残して、やけに軽い足取りで倉庫を飛び出していった。
……どうやら私たちがドッキリ被害者第一号だったらしい。
「倉庫はもう……これくらいにしとく?」
私がそう聞くと、
「う、うん……」
シロは少し苦笑気味に小さく頷いた。
◇売店
売店の中は倉庫に負けず劣らず雑多だった。
たくさんの提灯に謎の甲冑に……、
白と黒でカラーリングされたガチャガチャや自動販売機みたいなのもある。
「これ、硬貨じゃなくて、何かのメダル入れなきゃダメみたい」
「じゃあ、今は使えないってことか……」
どこかでそのメダルみたいなのを手に入れる機会があるのだろうか……。
そんな疑問を頭の片隅に残したまま、私はシロと一緒に売店を後にした。
◇娯楽室
売店のすぐ隣には、思っていた以上に広々とした娯楽室があった。
ダーツ、スロット台、ビリヤード、チェス盤、雑誌の並んだ棚。
卓球台や麻雀卓、さらにはゲームセンターの筐体のようなものまで置かれている。
「お~!」
シロは目を輝かせ、あちこちを見て回りながら小走りに駆け回る。
……たしかに、私もこれまで探索した中じゃここが一番テンション上がるかも。
すると、やはりというか目敏くというか
案の定、例の二人がすでに卓球に興じていた。
「ほいっ!」
「それっ!」
軽快な音を立てて、白い球が卓球台の上を行き来する。
ラケットを握っているのは、ポムとナツミだった。
「うおっ、今のエッジじゃん!?」
「はぁ? 完全に実力やろ、実力ぅ~!」
ナツミは笑いながらラケットを振り、
ポムは楽しそうに跳ねるようなフットワークで応戦している。
「ちょ、ちょっと待って! ウォームアップなしはズルいって!」
「知らん知らん! ラリー始まった時点で試合開始や!」
というかボウリングはどうしたんだよ。
そんな私の内心などお構いなしに、ナツミが急に声を荒げる。
「ちょ、ちょい待ち! 今"つこうた"やろ!
おかしいって今の球の動き! 反則や反則!」
「つこうてない~♪実力実力~♪」
なんだか楽しそうなのでそっとしておいた。
「ここ、家庭用のゲーム機もあるんだね~」
と、シロが部屋の隅を指差して言う。
そこには、大きなカゴに無造作に放り込まれたゲーム機やコントローラーがいくつも入っていた。
「ほんとだ。でも、テレビとかあったっけ?」
娯楽室を見回す。
卓球台やビリヤード、ゲームの筐体はあるけれど、
家庭用ゲーム機につなげそうなテレビやモニターらしきものは見当たらない。
起きてから自分の部屋をざっと見回したときも、ホテルの客室だというのに、
テレビらしいものは確かに無かったはずだ。
「これ、どこで使うんだろ?」
「うーん……」
シロも私も首を傾げる。
「もしかして、どこか別の部屋にあるんじゃない?
まだ見て回ってない部屋とか」
私がそう言うと、シロは「あ~」と小さく声を漏らし、納得したように頷く。
「じゃあ、テレビのある部屋も探して回る?
ニュースが見られたら、何か分かるかもしれないし!」
その言葉に、私も頷いた。
私たちはこの島へ、ほとんど拉致同然で連れてこられた。
普通に考えれば、行方不明事件として騒ぎになっていてもおかしくない。
もし外のニュースが見られたなら──
私たちが今どう扱われている存在なのかくらいは、分かるかもしれない。
「……行こう」
そう言って、私はタブレットのマップをもう一度確認した。
◇ロビー
娯楽室の隣は、ホテルのフロントロビーになっていた。
ソファやテーブルは一通り揃っている。
壁際には観葉植物、奥にはフロントらしきカウンター。
どうやらここから外に出られるようだ。
「……あら」
すると、ロビーのソファではダイヤがくつろいでいた。
こちらに気づくと、ダイヤは小さく顎を上げ、視線だけを向けてくる。
「あなた方も、探索中ですの?」
「まあ……そんな感じ」
「ダイヤちゃんは、ここに?」
「ええ。せめて、このホテルの顔とも言える場所くらいは
一度きちんと見ておこうと思いまして」
そう言って、フロントの方へ視線を向けた。
「ですが……人が常駐している様子もありませんし、
呼び鈴ひとつ置いていない。
お客様を迎える気が本当にあるのか、甚だ疑問ですわね~」
「まさか……あの『銃業員』っていう人たち、
二人だけで全部やってるとか……?」
シロが恐る恐るそう口にすると、
「流石にハードワーク過ぎますわ!?
そんな労働環境を強いる上司なんて、
クソヤロー以外の何者でもありませんわ!?」
と、ダイヤは勢いよくまくしたてた。
……いや、さすがに二人だけってことはないよな?
私は改めてロビーを見渡す。
……すると、通路沿いにあるトイレの入口の上部に、見下ろすように監視カメラが設置されているのに気付いた。
「あ、監視カメラ」
私が思わずそう口にすると、ダイヤが軽く頷いた。
「ですわ。先ほどカンチョーに聞きましたの。
お手洗いの入口には、監視カメラを設置しているそうですわ」
「え、トイレの入口だけなんだ」
シロは少し怪訝そうに聞き返す。
「ええ。何でも――
『そこが犯罪の温床になりやすいから』だとか、
そんな理由を並べ立てていましたわね」
ダイヤは肩をすくめ、いかにも馬鹿馬鹿しいと言いたげな口調で続ける。
「同じ理由で『大浴場』の入口にも監視カメラを設置する案はあったらしいのですが、
湯気でレンズが曇るから、結局断念したそうですわ」
「……理由、雑じゃない?」
シロが率直に呟く。
「というか、あちこちに隠しカメラがあるとか言ってたんだし、
こんなあからさまな監視カメラとか意味あるのか?」
私のその問いに、ダイヤはふっと鼻で笑った。
「おそらく"やってる感"ですわね。
建前上は『高い防犯意識を持っています』と示しておきたいのでしょう」
「ホテル経営も大変だね……」
「……とりあえず、ロビーで分かることはこれくらいかな」
私はタブレットを操作し、フロアマップを表示させた。
点滅する現在地から、監視カメラの設置されている通路をなぞるように視線を移すと、
すぐ隣に『食堂』と表示されているのが目に入る。
「……行ってみるか」
「そうだね」
私が言うと、シロも小さく頷いた。
「じゃあ、ダイヤちゃん、またね~」
シロが軽く手を振ると、ダイヤも手をひらひらとさせて返した。