魔女ノイナイ魔女裁判   作:テラウラ

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楽園島 Part3

食堂までの通路が、やけに長く感じた。

先ほどのすっからかん事件の記憶があるせいで、期待が勝手に膨らんでいく。

 

(今度こそ……)

 

 

食堂の前──

 

ふわっと、温かい空気が流れ込んでくる。

鼻先をくすぐるのは、だしの香り、肉の焼ける香ばしさ、

そこに溶け込むバターの甘い匂い。

 

「……っ」

 

思わず、口元がゆるむ。

 

ビュッフェ台には湯気が立ち、

銀色の蓋の隙間から、確かな温度の気配が伝わってくる。

 

 

「湯気ある! 湯気あるよ! マキちゃん!」

 

シロが私の肩をばしばしと叩く。

 

「……やった」

 

どうやら私たちが一番乗りのようだ。

ならば――銀の蓋を開ける儀を、ここに執り行おう。

 

 

――ぱかり。

 

 

ふわりと立ち上る湯気。

 

鮮やかな赤いスープが、器いっぱいに満たされている。

その上にはいくつものつやっとした鶏もも肉。仕上げに控えめに散らされたハーブ。

 

 

(うわ……美味しそう……!)

 

私はすぐ、料理名のプレートに視線を落とす。

 

 

【鶏もも肉のバスク風煮込み】

 

 

「……なるほど……!」

 

美味しそう。

それは間違いない。

 

……けど、味の想像ができない……!

 

 

私は一歩横にずれて、隣の蓋の前に立ち、プレートを確認する。

 

 

【チキン・ディアブル】

 

 

おそるおそる蓋を取ると、

こんがりと焼き色のついた大きなチキンに、

パン粉のようなものがまぶされた料理が姿を見せた。

 

(美味しそう、だけど……!)

 

味の想像が、できない……!!

 

 

ふと、別の料理のプレートに視線を巡らせると──

 

 

【唐揚げ】

 

 

(……あっ)

 

これだッ──!

 

私は、ほぼ吸い寄せられるようにその前へ移動していた。

 

蓋を開けると、こんがりと揚がった黄金色の鶏の唐揚げが、行儀よく整列していた。

トングを手に取る。唐揚げを掴む、皿にのせる。

もはや、流れ作業だった。

 

(それと──)

私はそのまま、大きなスープジャーの前へ移動する。

味噌汁を注ぎ、隣の炊飯ジャーからご飯もよそう。

 

ここに来てから、気付けば甘いものばかり口にしていた。

だからだろう、今、体がはっきりと塩味を求めているのが分かった。

 

ご飯、おかず、汁物の三種の神器で固めたトレイを持って、席に着く。

 

 

「お~。マキちゃん、オーソドックスだ」

 

シロが、パンとスープとサラダをのせたトレイを持って、私の隣に腰を下ろした。

 

「うん。前菜はとりあえずこれ」

「え? ぜっ……?」

 

まずは、味噌汁から……。湯気の立つ椀を両手で持ち、そっと口をつける。

 

だしの旨みが、じわっと舌に広がる。

主張しすぎない味噌の塩気と、ほんのり甘い香り。

胃の奥まで、すっと届く感じがした。

 

次は、唐揚げ……。

 

口へ運ぶと、衣は小気味良い音を立て、

中の鶏肉は肉汁を溢れさせながら、しっとりと繊維が解けていく。

下味の醤油とにんにくの香りが鼻へ抜け──、

そして、噛むたびに肉そのものの旨みも前に出てくる。

 

私は、ひとりでに何度も頷いていた。

 

気付けば、皿はもう空だ。

 

 

「お代わり、いってくる……!」

「……は、早くない……?」

 

 

私がトレイを持って立ち上がろうとした、そのタイミングで、

食堂の入口からリンリとアテナが姿を現した。

 

「うわ、もう食べてる」

「う~ん、いい匂いだね」

 

二人の視線が、真っ先に私たちのテーブルへ向く。

 

リンリはそのまま近づいてきて、

私の皿、シロのトレイ、そして顔を順番に見比べた。

 

「大丈夫? 具合悪くなったりしてない?」

「美味しいよ~。このスープも絶品!」

 

シロは即答でそう返し、スプーンを軽く掲げてみせる。

 

それを見て、リンリは少しほっとしたように息を吐いた。

 

「そっか。ならよかった」

 

アテナは一歩遅れてテーブルに視線を落とし、

空になった私の皿を見て、ふっと口角を引きつらせる。

 

「ず、ずいぶん早いね……」

 

短くそう言ってから、アテナは肩をすくめた。

 

「じゃあ、僕たちもご相伴に預かるとしようか」

「流石にホテル側も、料理に何か仕込むとか露骨なことはしないってわけね」

 

二人はそう言葉を交わしながら、揃ってビュッフェ台の方へ歩いていった。

 

(二皿目は……カレーにしようか)

 

そんなことを考えながら、私も二人の後についていく。

 

ほどなくして、三者三様に料理を手に取り、

リンリとアテナは私たちのテーブルに腰を下ろした。

 

 

(おお……このカレー、大当たりだ……)

「私、一通り外も見て回ってたんだけどさ、

 ホテル周辺には、船の一つも無かったわ」

(ホテルのカレーって、美味しいよな……)

「えっ、ほんとに?」

「桟橋らしきものはあったんだけどね」

(お肉もホロホロ……)

「別の場所に行こうとしたら、整備がまだだの何だの言われて、あの鳥に止められた」

(ルーに溶け込んだ旨味が……)

「整備が済んだら、行けるようになったり?」

(芳醇な香りとともに……)

「かもしれないね。でも、現時点じゃ僕たちがこの島から脱出する手段は無い、ってことだね……」

(口の中に……広がって……)

「すんげえ食ってんなオイ」

 

リンリに突っ込まれ、

私はそこで初めて皿の底がほとんど見えていることに気付く。

 

「ご、ごめん……つい、美味しくて……」

「マ、マキちゃんもちゃんと聞いてたもんね? ね!」

 

シロの必死なフォローがありがたかった。

 

 

そのとき、少し遅れて食堂に入ってくる人物が目に入る。

──ハイジだ。

 

「あれ、ハイジじゃん。全然見かけなかったけど、どこにいたの?」

 

リンリがパスタを口に運びながら尋ねる。

 

「……ずっと自分の部屋にいた……」

「マジか。あのセリフから部屋に籠もり続けるとか、

 ものすごい死亡フラグじゃん」

「や、やめろよ……。

 やっと気持ち落ち着いたら、お腹減ってきちゃったんだよぅ……。

 少なくとも、あたしは今から一時間は無敵だし……」

 

そう言ってハイジは適当に料理を取り、

私たちとは別の遠くの席へと腰を下ろした。

 

(一時間?)

 

その言い回しが少しだけ引っかかったが、深く考える前に私は視線をトレイへ落とした。

お代わりは、福神漬け。らっきょう……それとも、さっきの唐揚げを添えるか。

 

私はトレイを持ち上げ、席を立った。

 

カレーをもう一杯よそい、唐揚げを添えてから席へ戻ると、

ちょうど会話が続いているところだった。

 

「ま、ずっと部屋にいて正解だったかもねー。

 アテナの話を聞く限りじゃ、どうせ外にも中にも抜け道なんてなさそうだし」

「ここでずっと暮らすっていうルールが、

 だんだん現実味を帯びてきたね……」

 

私はトレイを置きながら、リンリとアテナの会話に加わる。

 

「少なくとも、私とシロが見て回った範囲では、

 特別な出口みたいな場所は無かったよ」

「うん。一通り見たけど、今のところ、

 このホテルの中で完結してるって考えた方が良さそう……」

 

シロが食後のオレンジジュースを一口飲み、そう言った。

 

 

「まだ探索を続けている子もいるのかな?」

 

アテナが、テーブルを見渡しながら口にする。

 

「探索してたり、遊んでたり……半々くらいじゃない?」

「そうだなあ……」

 

リンリの言葉を受け、アテナは少し考え込むように視線を落とす。

 

「疲れてる子もいそうだし……みんな散り散りだし……

 僕の提案は、明日にした方がいいかな?」

 

「うん?」

 

リンリが小さく首を傾げる。

 

「スマホのメッセージ機能でさ、

 『明日の朝9時に、全員ホールに集合』

 って一斉送信しようと思うんだ」

「え、なになに、何するの?」

 

シロは不思議そうに問いかける。

 

「ほら、まだ僕たちの【魔法】が、

 それぞれ何なのか分かってないでしょ?」

 

その言葉に、場が静まる。

 

「情報として、お互いに知っておいた方がいいと思うんだ。

 その方が、探索するにしても、何かと役に立つかもしれないし」

 

「どうせなら、みんな揃ってる方がいいでしょ?

 だからさ、明日の朝9時に全員ホールに集まって、

 自分の魔法が何なのか、発表し合おうと思って」

 

…………。

 

少しの沈黙が流れる。

 

 

「あ、あれ……?

 僕何か変なこと言ったかな……?」

 

 

不安そうにそう言ったアテナに、最初に口を開いたのは、私だった。

 

「……いや。私はいいと思う」

 

視線が集まる。

 

「今の状況で、誰が何をできるのか分からないまま動く方が、正直、ずっと怖いし」

 

 

リンリはすぐには頷かなかった。

 

「……まあ、言いたいことは分かるけど。

 言いたくない子もいるだろうし、正直気は進まないかな~……」

 

シロも、ストローを指でいじりながら小さく声を落とす。

 

「う、ん……」

 

少しぎこちない風に二人が返す。

 

「……まぁ、でも、行くだけなら」

「うん……」

 

リンリとシロが呟くように言う。

完全な同意じゃない。けれど、拒絶でもない。

 

アテナは、ほっとしたように息を吐いた。

 

「ありがとう。

 じゃあ……明日の朝9時、ホール集合で。

 他のみんなにもメッセージ送っておくね」

 

 

そう言ってアテナはスマホを操作する。

 

数秒後――

テーブルの上で小さな電子音が重なった。

 

ぴこん。

ぴこん。

 

私のスマホとタブレットの画面にも、アテナからの通知が表示される。

 

 

『明日の朝9時、ホールに集合してください。

 それぞれの魔法について、情報共有のための魔法の発表会を行います。

 ※発表に何かしら準備が必要な人は、各自でよろしく!』

 

 

「ん、届いた」

「私も」

「これでひとまず、みんなには伝えられたかな」

 

ふう、とアテナは一息つくようにストローでジュースを吸った。

 

「何人バックレるかねぇ」

 

と、冗談めかしてリンリは言う。

 

「あ、あはは……全員参加を期待してるんだけどな……」

 

 

そんな短いやり取りで、その話題は終わった。

 

私はスマホを閉じ、空になったトレイを下げるために席を立つ。

 

トレイを返却口に置き、私は軽く息を吐いた。

 

「それにしても、期待してた以上の味だった……」

「マキちゃん、食べすぎ! 牛さんになるよ~?」

「いいのいいの。干支なら三着から二着になるし」

「なにそれ」

 

くだらないやり取りに、少しだけ肩の力が抜ける。

 

「じゃ、部屋戻ろうか」

「うん」

 

 

食堂を出ると、通路の照明は落ち着いた色に落とされていて、

仄暗く、昼間よりも影が長く伸びていた。

 

そして私は、「ナミトラ」と書かれたネームプレートの前に立つ。

色々な場所を見て回ったせいか、たった数時間ぶりとは思えない時間の流れだった。

 

「じゃあね、シロ」

「うん、ばいばい。

 あ、この後お風呂とか行く?」

「うーん、どうしよ。部屋にシャワーあったから、それで済ますかも……」

「そっか。じゃ、またね。

 あ、スマホから個別にメッセージ送れるみたいだよ。

 寂しくなったら送ってもいいからね♪」

 

と、シロがにやりと笑いながら言う。

 

「はいはい。なったらね」

 

軽く受け流すと、シロは満足そうに頷き、

私の隣の部屋へと入っていった。

 

それを見送ってから、私も自分の部屋に入ろうとして、

ドアノブに手をかけたところで、鍵をかけてなかったことに気付いた。

 

(起きてから、ずっとバタバタしてたからな……)

 

まぁ、盗られるものなんて、

せいぜい食べかけの阿呆鳥まんじゅうくらいだ。

 

別にいいか、と私はそう結論づけて、そのまま部屋に入った。

 

ふと、部屋を見回す。

 

「っていうか、ホテルの鍵ってどこだ……?」

 

一瞬、本気で探してしまう。

ドアの横にも、壁にも、それらしいものは見当たらない。

 

そのとき、テーブルの隅に置かれた物が目に入った。

 

やたら大きな透明のアクリル板に、金属の鍵が付いている。

 

「……これ?」

 

手に取ってみる。ずしり、と妙に存在感がある。

 

「ご、ごつい……妙にかさばる……」

 

律儀に持ち歩くのは少しだけ躊躇われる……。

でも、このサイズなら──

 

「……まぁ、失くすことはなさそうだな……」

 

そう呟いて、私はアクリル付きの鍵をテーブルの上に戻した。

 

 

「ふぅ……」

 

ベッドに腰掛けながら、窓の方へ視線を向ける。

 

カーテン越しに見えるテラスの向こう、

ウッドフェンスの隙間から、暗い海が広がっていた。

 

昼間に見たときとは、まるで別物だった。

光を跳ね返していた海面は、今は黒く沈み、

どこまでが水で、どこからが砂なのかも分からない。

 

耳を澄ますと、かすかに波の音が聞こえる。

 

 

「…………」

 

 

できるだけ、記憶の端に追いやろうとしていた。

昼間は人がいて、声があって、考える暇がなかったから。

 

だけど、一人になると、どうしても思い出してしまう。

ホールで、カンチョーが言っていた言葉──。

 

 

『殺人事件を起こし、かつ皆様方を欺き、見事処刑されずに魔女裁判を生き抜いた方には──

 【魔女因子を持つ危険分子を排除した英雄】として、この島から出る権利が与えられます』

 

『まぁ、殺人事件なんて、世界中どこでも起こっていることですから。

 わざわざ魔女化なんてしなくても、起きるときは起きるんですよ』

 

 

「……何が、英雄だ」

 

吐き捨てるように呟く。

声は小さいのに、胸の奥はざわざわと落ち着かなかった。

 

「…………」

 

──余計なことを、考えてしまう。

 

みんなは、どう思ってるんだろう。

これを本気で受け止めているのか。

それとも、冗談みたいなものだと片付けているのか。

 

……あるいは。

本気に受け止めている"ふり"。

冗談だと思っている"ふり"。

 

……分からない。

 

よく考えれば、今日会ったばかりの人たちのことなんて、

私は何一つ、知りやしないんだ。

 

名前と、顔と、少しの会話と、ほんの表面だけの雰囲気。

それだけで、相手を分かったつもりになっているだけだ。

 

本当は、何を考えているのかも、何を恐れているのかも、

どこまで本気なのかも、何ひとつ、掴めていない。

 

笑っている理由も、黙り込む理由も、

その裏に何があるのかなんて、分からない。

 

……そうだ。

あの、シロでさえ──。

 

そこまで考えて、思考が止まった。

その先を想像したくない自分が、はっきり分かってしまったから。

 

「…………」

 

静かな部屋に、沈黙が落ちる。

 

と、そのとき──

枕元に置いていたスマホが、控えめに震えた。

 

(……ん?)

 

画面を覗く。

 

 

『やっほー』

 

 

短い、いつもの調子のメッセージ。

送り主は、シロ。

 

思わず、息が抜けた。

 

(……なんだよ)

 

さっきまで胸を占領していた重たい考えが、

その一言で、少しだけ脇に押しやられる。

 

私はスマホを握ったまま、しばらく画面を見つめていた。

少し間を置いてから文字を打つ。

 

            『なに』

『送ってみた』

            『それだけか』

『寂しがってそうだし』

            『べつに』

『( ᓀ‸ᓂ)』

『↑マキちゃん』

            『ねろ』

『まだ早い』

 

画面越しでも分かる、あの軽い調子。

さっきまでの重たい沈黙が、嘘みたいに薄れていく。

 

私はスマホを握ったまま、ベッドに横になった。

天井の照明は落としてあって、

部屋にはまだ、外から入り込むかすかな波の音だけが残っていた。

 

            『おやすみ』

 

小さく息を吐いて、私は画面を伏せる。

さっきまで気になっていたことも、考えなきゃいけないことも、

全部、いったん脇に置いて。

 

布団を引き寄せ、目を閉じた。

 

完全に安心したわけじゃない。

何も怖くないわけでもない。

 

それでも──

今は、これでいい。

 

そう自分に言い聞かせるように、

意識を静かに沈めていく。

 

遠くで、かすかな波の音が続いている。

それを子守歌代わりに、

私はそのまま、ゆっくりと眠りに落ちていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

【一日目/日記】

 

コロシアイ楽園生活が、ついに始まりました!

 

全員、無事に島へ到着。

混乱も混乱、大混乱。

泣く子はいなかったけれど、顔色はみんななかなかいい感じ!

 

ホテルも、昔私が来た時くらいに整ってる!

人少ないのに頑張ったね~。

カンチョーには特別賞与を出しちゃおうかな!?

冷凍マウスとか食べるかな?

 

夕食も問題なし。すごく美味しい!

ちゃんとリゾート地にして正解だったね。

牢屋敷とかだったら、こうはいかないよ。

胡椒を入れ過ぎたラーメンくらいしか、

まともな食べ物なくなっちゃう。

 

明日の朝はホールで魔法の発表会だって!

私はみんなの魔法、もう知ってるから退屈になりそうだな~。

 

 

今日はここまで。

初日から長く書くと、続かないしね。

 

んじゃ、おやすみ。

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