私こそ大悪役《ラスボス》にふさわしい   作:大体三恵

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那蠍(なこち)は化け物を異世界に放ってしまった!

 那蠍(なこち)は、馬が転倒したらしき場所へと急いだ。

 

 疾走するウッドゴーレムは現地の人にとって、目の毒だろうから途中の草むらでうずくまらせ待機させる。

 あとは歩いて近づくことにした。

 

 ある程度近づくと、一組の男女と立って待機している栗毛の馬。そして倒れて苦しんでいる白馬が見えた。

 そのあたり一帯は、若干窪地で低くなって見渡せる。

 この低さが生い茂る草でわかりにくくなっていて、無理に速度を出した方が転んだようである。

 

 二頭の馬と、それぞれに乗り手がいたが、特に争っていた形跡はない。

 後ろを走っていた側が転倒し、前を走っていた側が心配するように戻って駆け寄ったのだから、ただの競争だったのだろう。

 

 もし後ろが追う側で襲撃者ならば、この状況にはならない。

 前の乗り手は、そのまま走って逃げるはずだ。

 

 髪の長い青い民族衣装の女性は、倒れている白馬に泣きついている。

 本人も額に新しい傷があり、状況的に彼女の馬が転倒したのだろう。

  

「私が、私が悪いのだ! ああ、なんてことだ、セダム! セダムがっ!」

 

 女性は自分の怪我など気にせず、額を擦り付けて馬の白い毛を血で汚している。

 苦しんでいる白馬は足が折れているようで、あらぬ方向を向いていた。

 那蠍(なこち)は最近人気のソシャゲから、馬が足を折ると致命的であることを知っていた。

 それは厳密に言えば絶対的に正しい知識ではないのだが、このような草原の真ん中で、体重500kg近い馬をどうこうできるわけがない。

 

 また治療するとて、ろくな技術がないだろう。

 

 そういった想像力があればわかる。

 扱いはトドメをしてあげて埋めるか、明日の糧にするかだ。

 

「私が私が、せめて一矢報いようと! あんなやつに勝とうなどと無理をしたから」

 

 女性はなかなかひどい自責の言葉をあげた。

 那蠍(なこち)はいたたまれない様子で、この光景を見ているもう一人の関係者。

 刺繍が見事な羊毛の服を着る男性を見た。

 

 彼もこの光景をいたたまれない気持ちで眺めているところをみると、別に仇敵というわけでもないだろう。

 女性はあんなやつと言っているが、状況的に見て彼のことだろう。

 どんな確執があるのかと見守る。

 

「ハイギルー……」

 

 男性は気遣うように、ハイギルーと呼んだ女性へゆっくりと手を伸ばす。

 

「触るな! 私のセダムに触るな!」 

 

 だがハイギルーは拒絶する。

 男性の手を払い、またも苦しむ白馬に抱きついて嘆きをあげる。

 

「なぜだ! なぜお前とお前の馬は速いのだ! ダフォーア、お前はなぜ、草原の民でもないのに! その馬だって、どことも知れぬ山の馬ではないか! なぜだっ! なぜ、お前のネリス王国は強い! なぜこうも強いのだ! 鉄か! 鉄なのか! 大量の鉄を作り出せる国のありかたが強さか? なぜ、我々には力がないのだぁっ!」

 

 ああ、劣等感なんだ……。

 那蠍(なこち)は事情もなにも知らないが、心の底から理解した。

 個人的にも集団的にも、彼女はこの男性に負けている。

 

 そしてこの事故の原因がそんなくだらないものなので、彼女はどうしたらいいのかわからないのだ。

 自分を責めれば責めたで、自分が間違っていた、弱いからと劣等感が増大する。

 相手を責めれば責めたで、愚劣な考え方だと気がついて、これも劣等感が増す。

 

 なので矛盾してはいるが、自分も相手も責めている。

 

「私はなぜこんな勝てないんだ! 私はセダムと一緒に育ったのだぞ! 生まれた時から馬に乗っていたのに、なぜ勝てないんだ! ああ、そのセダムが……」

 

「……ハイギルー」

 

 聞いていていたたまれないなぁ……と、那蠍(なこち)は不用意に近づいたことに後悔した。

 ただの事故ならともかく、いろいろ拗れた事情があるようである。

 しかも単純な勝負事とか実利とかそういう話ではなく、女の人側の心的要因がとても大きい。

 那蠍(なこち)はあまり関わりたくなかった。

 

「ウェヒヒヒ。これ、私が関わっても面倒なだけ?」

 

「わあっ! びっくりした」

 

 つい独り言を出してしまうと、心配そうにしていた男性が飛び跳ねて腰の剣に手をかけた。 

 

「驚かせてすみません、ええっとダフォーアさん?」

 

 とりあえず謝るかの精神で、那蠍(なこち)は頭を下げた。

 

「き、きさま! 何者だ! この私がネリス王国第四王子と知ってのことか? いつ……ん? どうやってここまできた?」

 

 何者かを問いかけ、ちゃんと自分の所属と立場を表明するダフォーアだったが、すぐに那蠍(なこち)の異常さに気がついたようだ。

 ダフォーアは那蠍(なこち)を警戒し、泣き叫ぶハイギルーを庇うような位置へと移動する。

 

「ウェヒヒヒ。王子様ですか……。困った。まだ国に関わるつもりはないのですが」

 

「答えよ! 貴様、何者だ?」  

 

「……糸目王子か。裏切りそう」

 

「め、面と向かって言われたの初めてだ……。そういう噂もあるが……」

 

 会話をする気のない那蠍(なこち)は、一国の王子にひどい感想を突きつけた。

 ダフォーアはそれなりに傷ついている。

 

「大丈夫です、私、通りすがり。ウェヒヒヒ。うわー。お馬さん、苦しそうですね」

 

「近寄るな!」

 

 那蠍(なこち)は落ち込む王子をさておきと、まずは馬とハイギルーだと回り込んだ。

 白馬に近づく那蠍(なこち)を見て、ハイギルーは血走った目で拒絶する。

 

「ウェヒヒヒ。トドメを刺すとでも? 大丈夫です。ええっと、なんていうか、お馬さんを助けにきました」

 

「貴様、なにを言って──」

「助かるのか! セダムは助かるのか!?」

 

 怪しい那蠍(なこち)の怪しい申し出をダフォーアはもちろん疑い警戒するが、それを押し除けてハイギルーは縋り付いてきた。

 

「セダムは助かるのか? セダムはまた走れるのか?」

 

「正確にいうなら、セダムちゃんがまた走れるというより、あなたがセダムと一緒に走れるようになる? かな?」

 

「同じことだろ!」

 

「ええ、同じです。でも一緒にセダムと生きて、一生離れられなくなります。これはそういう呪いですから」

 

 呪いという言葉に、ダフォーアが反応した。

 彼は今まで子供だと侮っていた節があったが、異様さと発言の不穏さに気がついたようである。

 わずかに剣が抜かれて……刀でいえば鯉口が切られた状態だ。

 

 しかし、ハイギルーは那蠍(なこち)の誘惑に食いついた。

 

「セダムとまた走れるなら、一緒なら、ならば、なんでも、なんでもする!」

 

「ウェヒヒヒ。その言葉が聞きたかった」

 

 那蠍(なこち)は、言いたかったセリフを言えて満足した。

 なおもう一つ言いたいセリフもあったが、あまりにも場にそぐわないため自重した。

 

「おい、ハイギルーになにをする…………おわっ! な、なんだこの材木の化け物は!」

 

 ダフォーアが割って入ろうとしたが、密かに呼び寄せておいたウッドゴーレムで邪魔させる。

 具体的に捕まえたりとか、無力化できるわけではないが、お囃子みたいな足音を立てながら駆け寄ってくる人型の木材を見て驚かない人間がいるはずはない。

 当然、警戒度は人型木材に向けられた。

 

 その隙に、那蠍(なこち)は事を進める。

 

「もう一度確認する。これは呪い。セダムちゃんもあなたも、今とは存在が変わる。セダムの折れた足があなたの足となり、あなたの愚かさがセダムのものなる。助かるのではなく、寄り添い混ざり、共に生きるため、互いが互いとなる」

 

「かまわぬ」

 

 もう深く考えていないのだろう。

 でも言質は取ったと那蠍(なこち)は力を発動させた。

 

 これは呪いだ。

 那蠍(なこち)ですら、軽々に使うのは憚られる呪いである。

 冒涜的な行為であり、これを良しと評価するものはいないだろう。 

 

 那蠍(なこち)が手をかざすと、黒い粒子が零れ落ちていく。

 それらがセダムを包み、追いかけるようにハイギルーにまとわりついていく。

 

 最初はうろたえたハイギルーだったが、すぐに観念した様子でセダムに寄り添った。

 

 途端、黒い粒子が互いを包んで、完全にみえなくなってしまった。

 

「おい、なにをした!」

 

 ダフォーアが問い詰めるが、怯えと警戒が先に出て動けないでいる。

 賢明だ。

 もしも助けようなどと動けば、取り返しのつかないことになっていただろう。

 

 やがて黒い粒子でできた黒煙が雲散霧消し、そこに回復したセダムが立ち上がった。

 いや、セダムはもういない。

 ハイギルーももういない。

 

 上半身はハイギルー。脚はない。

 腰からしたはセダムの肉体。首から上はない。

 

 地球ではケンタウロスと呼ばれる姿となった、ハイギルー=セダムがそこに立っていた。

 

「ウェヒヒヒ。ハイギルーの足が、セダムの足を治した……いや、なんというか。うん、無事な方の足の状態が、折れた馬の脚の状態となった。こうだね。みごと、ニコイチ成功」

 

 二つで一つを作るという呪いは、見事にこの異世界で成された。

 那蠍(なこち)は満足そうである。

 

 一方、ケンタウロスとなったハイギルー=セダムも満足そうだ。

 

「ああ、わかる。わかるよ、セダム。そうか、お前はいつも……私に黙って従っていたが…………違ったのだな」

 

 晴れ晴れとした表情のハイギルー=セダム。

 

「ありがとう。見知らぬ少女よ。セダムと一つとなることで、私は以前の私がどれほど愚かだったのか理解できた」

 

「ウェヒヒヒ。それはよかった」

 

「セダムは分かっていたのだ。草原の民が屈服しようと、草原で自由に生きている仲間の馬が屈服したわけではないと。私は結局、一族の立場から……いや、個人の視点で考えていた。セダムや野生の馬たちの視点を持って、初めて分かったよ。私が偏って小さなことに、こだわりすぎていたことを」

 

「…………」

 

 那蠍(なこち)は急に独白されても、よくわからない、困ったという状態になった。

 予備知識がまったくないのだ。

 ハイギルー=セダムが何を言ってるかわからないので、那蠍(なこち)はそれらしくうなずくだけだった。

 

「そうだ。むしろ野生馬を捕まえる制限が強化される内容ではないか。ネリス王国は……譲歩してくれていたのだな。いや、いまさらわかるなど、私はなんて愚かなんだ」

 

 那蠍(なこち)は預かり知らぬことだが、決してネリス王国は環境保護を考えて出した譲歩などではない。

 単純に草原の民が繁殖させて、育てた馬の方が優秀だと分かっていたからそっちから吸い上げ、別の土地や税の優遇という譲歩を出していた。

 

 悟ったような顔をしているが、ハイギルー=セダムはやはりわかっていない。

 

「と、とりあえず。あなたとセダムちゃんは、ケンタウロスとして生れ変わりました」

 

「ケンタウロス……とは?」

 

 やはりケンタウロスの伝承もない世界。

 またそこからか、と肩を落とす那蠍(なこち)

 

 と、その後ろで腰を抜かしている人物がいた。

 ダフォーアだ。

 

「うひゃぁっ! ひ……ひひゃひゃ、うひゃ…………でヒャひゃひゃ、うひゃ……!」

 

 ケンタウロスとして生まれ変わり、その場に立ち上がったハイギルーを見て、糸目王子様はよだれを撒き散らしながら、意味不明な言葉だか笑いを浮かべている。

 

「──あー、こんなの見たら狂っちゃうよねぇ。ウェヒヒヒ」

 

 そんな感想を覚えた時、糸目の王子は跳ねるように那蠍(なこち)の眼前へと迫った

 

「な、なんだ! 何をした小娘! す、すごいぞ! すばらしいぞ、これは!」

 

「え? え?」

 

「ああ、すばらしい! すばらしいぞ、ハイギルー! 小娘よっ! 吾輩もハイギルーのようになれるのか? ああ、なんて美しい曲線美ぃうぼぅわぁあっ!」

 

 糸目の王子はケンタウロスとなったハイギルー=セダムに背後に周り、馬部分の尻に抱きついて蹴飛ばされた。

 腹に強烈な後ろ蹴りを受けた糸目の王子は、草原をごろごろと転がっていき……。

 なんと今度は前転を繰り返して戻ってきた!

 

「うひ、怖!」

 

「私も、ああするのだ! ああしろ! あのようになりたい! なるのだ!」

 

 怯える那蠍(なこち)の前で、糸目の王子が跳ねるように立ち上がって詰め寄った。

 必死に追いすがれ、那蠍(なこち)はずり下がりそうなパンツを懸命に抑える。

 

「うわ、ヤバ……。ちょ、やめて、脱げちゃう……やだぁ」

 

「私も、ぜひ、私の愛馬チェティリと一つに! なぜ逃げるチェティリ!」

 

 愛馬との合体を懇願する王子から、身の危険を感じたのか栗毛の馬チェティリが逃げ出した。

 追いかけるダフォーア王子。

 呆然と見送るハイギルー=セダム。

 

「か、彼はどうしたのでしょう」

 

 問いかけられ、那蠍(なこち)は答えに詰まった。

 

「ウェヒヒヒ。……私、とんでもないヤツを目覚めさせちゃったかも……」

 

 那蠍(なこち)はこの日、恐ろしい化け物を異世界に誕生させてしまった。

 それはケンタウロスではない。

 那蠍(なこち)が呪いで産み出した化け物。

 

 変態という化け物を。

 

 




本作草原の馬は、騎馬民族で有名なモンゴルの馬のようにやや小型軽量(300kgくらい)ではありません。
現実中世の今より小ぶりの馬でもありません。
重装騎兵(カタクラフトとか)向きになる、現代に近い当時としては大型の馬という設定です。

もともと足が太く頑丈なので、育て方で500kgから700kgなる架空品種です。

当初の予定では、ハイギルーの名前は「ガンギルー」でした。
で、セダムと合体して
那蠍(なこち)「合わせてガン◯ム、ウェヒヒヒ」
とかやる予定でしたがやめました。

変態の予定はやめませんでした。
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