私こそ大悪役《ラスボス》にふさわしい   作:大体三恵

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今回は異世界側からの視点です。


甘美な死、退廃の病、デカダンスの女神

 地球人類の記念すべき異世界への第一歩が、美少女によるうっかり全裸フライング即時撤退という人類史に残る汚点として実績開放がされた同時刻。

 

 アズ″ビューth村へ続く林道を進む一台の荷馬車があった。

 

 馬車を操る御者と、荷台にもう一人。他に人影はない。荷台はほぼ空で、スコップとツルハシ、それに木箱一つと空の皮のバッグがいくつかあるだけである。

 馬車を操る男は御者で、ひどい無精髭の痩せこけた男だ。

 とりわけて印象深いところはない。

 

 荷台に乗る人物は、非常に印象的だ。

 上背のある精悍な男性で、短い髪を後ろに撫で付け、その目には理知的な光が見える。

 

「お医者様、そろそろ村につきます」

「そうか」

 

 荷台に乗る男性は、ハリハ・フイフラムト国の医師ダイタム。

 文明が停滞しているこの世界で、荷台に乗る男は医師という知的階層である。

 その目には使命感が潜み、高潔な精神が伺えた。

 

「お、お医者様、あの村は呪われております! 今からでもお考え直しされては?」

 

 御者は震える声で、医師に申し出る。

 だがダイタムは目を伏せて首を振る。

 

「ダメだ。今は街にまだ死者が出ておらん。だが、被害が進行すれば、この村のように……そしていずれこの国の者たちほどんどがあの病に罹患するだろう」

 

「し、しかし……」

 

「あの村は、あの病が初めて確認された村だ。なにか……なにか、あるはずだ」

 

 なにがあるのか、なにを求めているのか。語るダイタムもわからない。

 彼は行き詰まっていた。

 小国、ハリハ・フイフラムトに蔓延する病気。

 治療法どころか、どういった病なのかも、原因すらもわからない。

 

 腹が水で膨れて、衰弱していく患者たち、そして愛娘の痛ましい姿を思い出し、決意を新たにしているとき。

 不意に馬車が止まった。

 

「つきました……」

 

 まだ目的地は遠いが、御者はこれ以上は勘弁してくださいという顔で振り向き告げる。

 街道から林を通り、その先に目的地がある。馬車は通れそうだが、御者が無理だと怯える顔で必死に訴えていた。

 ダイタムは仕方あるまいと、皮のバッグをいくつか抱え、スコップを持ち荷台から降りた。

 

 村は林を抜けた先にある。

 ダイタムはスコップを杖替わりにして歩き、しばらくして林を抜けた。

 道はほぼ草によって覆われ、人が通った跡が見えない。

 

 湿気でムッとする村内。蔓延る草が膝ほどの高さに伸びている。

 家は完全に朽ち果てていないが、再建するには大きな労力が必要となるだろう。

 

 共同の粉ひき水車小屋は、増水時に水車が脱落したのだろう。

 水車は流されて、下流に引っかかっている。

 共同パン焼き場の釜はひび割れていて、煙突の中からは蝙蝠の鳴き声が聞こえる。

 

 スコップで草を払いながら村に入り、最初の一軒目の家を調べようとしたとき。

 得体の知れない寒気を感じ、スコップを構えて振り返った。

 

 そこに不気味な劇物にも似た気配を纏う黒い少女がいた。

 ダイタムは医師であり、劇物が仕事場にある。

 取り扱いに細心の注意を払う必要がある劇物は、常にダイタムに緊張感を与える。

 そういった気配を、その黒い少女は纏っていた。

 

 医師として、さまざまな死と病に直面してきた彼だからこそ理解できた。

 

 甘美な死と退廃的な病があるとして、それを人の形に固めれば、あのような姿になるだろう。

 

 おぞましく美しく可愛らしい。

 触れれば毒され、言葉を交わせば侵される。 

 

 少女はそんな存在だった。

 

「ウェヒヒヒ……こんにちは」

 

 甘美な死が笑った。

 急速にダイタムの喉が渇く、唇が渇く、呼吸が早くなる。

 

 言葉を発することができないダイタムに、黒い甘美な少女が歩み寄る。

 

「これはこれは、よ、予想外。偶然? いや、必然? 意図的? 人がこんなところくるなんて」

 

 退廃的な病がしゃべった。

 

 蔓延る草が、なにかによって掻き分けられるよに避けていく。

 彼女の進む道ができていく。

 

 この世の存在ではない。

 医師という知識階級であるダイタムは、この世界なりに論理的で科学的思考ができる。

 だからこそ、目の前の存在が異常であることを理解してしまった。

 

 スコップを構え直し、ダイタムは激情に任せて叫んだ。

 

「き、キサマか! この地獄を生み出した悪魔はっ!」

 

「ウェヒ、こっちに来て第一声が冤罪による罵声とか……。ウェヒヒヒ……。傷付く」

 

 悪魔と断じられて、軽快に笑う少女がこの世にいるだろうか?

 いやいない。

 

「おお、か、神よ、ヒギエアよ! こ、これが病の正体なのですか? お答えください!」

 

「ウェヒ、ウェヒヒヒ……。あなたの特技は早とちりのようですね。……まあ、勘はいいようですが」

 

 少女は無手で、スコップを振り上げる男性に無警戒のまま近寄る。

 怯んだダイタムが半歩下がると、少女は一歩進む。

 

 少女の髪が跳ねて、ふわりとなんとも甘い香りがダイタムの鼻孔をくすぐる。

 魅惑的なその香りに、一瞬呆けそうになったが(かぶり)を振って打ち払う。

 

「あなたは勘違いをしています。私はこの村で蔓延した病気を調べにきました」

 

「な、なんだと? あなたは医師だというのか?」

「似たようなものですね。どちらかというと薬師のほうが近いでしょうか?」

 

 こんな子供が医師? 薬師?

 にわかには信じがたいと、ダイタムは警戒を緩めない。

 少女はそれでもかまわないという態度で、無防備にも背を向けた。

 

「あなたが何をしにきたのか知りませんが、私の邪魔はしないでください」

 

 説得する気も、誤解を解く気も、信用させるつもりもない端然とした態度を見て、ダイタムもだんだんと冷静さを取り戻した。

 スコップを降ろし、大きく息を吐いて呼吸を整える。

 

「は、はは。邪魔をするな、か。それはこちらの言葉だ」

 

「ウェヒヒヒ……。いいでしょう」

 

 少女はそう言い残し、別の家屋の中へと入って行った。

 ダイタムは汗をぬぐい、少女の気配を警戒しながらも、最初の目的通り家屋を捜索し始める。

 

 家財、といっても寒村の物なのでたいしたものはないが、それらはほとんどが持ち去られている。

 残っているのは壊れたカゴや、作りかけの縄など、ゴミのようなものである。

 ダイタムからすれば何もない家。

 ほかの家を覗くが、病気に関する情報はない。

 水車小屋には小麦が残されていたので、念のため一掴みほど研究資料としてバッグへしまう。

 

 次に井戸を調べようとしたが、どうも井戸が見当たらない。

 

「やはり……掘るしかないか……。っ! そういえばあの子は?」

 

 しばらく夢中になっていたため、ダイタムはすっかり少女のことを忘れていた。

 勝手なことをされたり、襲われては危ないと少女を探し始める。

 すると、川の下流側、森の近くに黒い少女がいた。

 

 そこで少女は盛土を掘り返した。

 

「お前! なんのつもりだ?」

 

 盛土は塚である。

 病気で死んだ村人たちを、葬った場所である。

 そこを掘り返すということはっ!

 

「なんですか? あなたもそのつもりだったんでしょう? ウェヒヒヒ。そのスコップだって……」

 

 駆け寄ったダイタムに、少女は悪びれることなく答える。

 ダイタムは怯んだ。

 その通りだった。

 

 言い返せないが、私は違うという自負がある。

 医師である自分は原因解明のために、仕方なく……。

 内心、言い訳を並べていたダイタムはふと気が付く。

 少女の「そのスコップだって」という言葉。

 そのスコップすらを、なぜこの少女は持っていない!

 

 どうやって、掘り返した!?

 

「魔法も呪いもない世界で、こうなるということは鉱物性の毒か、腐敗を遅らせるか、虫を寄せ付けないかなり強力な毒物? もしくは……」

 

 ほどんど腐っていない数々の遺体を平然と見下ろし、考察する少女。

 魔法や呪いという言葉は使っているが、ないと断言するからに信じてはいないようだ。

 迷信を排除し、理知的であり、彼女なりのアプローチ。

 ダイタムは「薬師という話も、ウソではないのか?」と、少女に理解を示し始める。

 

 しかし、とダイタムの冷静な部分が考える。

 スコップもなしにどうやって掘ったのか?

 

 仮に動物が堀り起こしたとしても、たったいま掘り出されたように見える。

 やはり不気味だ、普通ではない。

 スコップを改めて握り絞めるダイタム。

 

「……ウェヒヒヒ。ちょうどいいし、医者のようなで、やっぱりあなたにしましょう」

 

 身構えていたダイタムに、少女は振り向かず語りかける。

 いよいよ、尋常ならざる気配を感じたダイタムは、逃走か闘争か、どうすべきかを考え始めてしまった。

 考える。

 理性の強さが、彼の致命的欠点であった。

 

 振り返った少女の目が、黒く深くダイタムの視界をすべて奪って飲み込んでいく。

 

「運が良かったですね、羊のお医者さん……」

 

 + + + + + + + + +

 

「おや? ダイタムさん? もうよろしいので? 帰ります?」

 

 街道で待っていた御者は、疲れた様子で帰ってきたダイタムを見て、安堵した表情で出迎えた。

 

「あ、ああ。そうだな。帰ろう」

 

「よかった。そでがんすね、帰りましょう」

 

 馬車の向きを変えながら、終わったよかったと喜んでいる御者。

 

「ちょっといいかな、キミ」

 

 その顔をボーっと見ていたダイタムが、馬車をたぐる御者の手を取ってみる。

 

「……キミ、最近。腕に違和感とかないかね? たとえば……背中が痛くで、腕が後ろに回らないとか」

 

「さすがお医者様! そうなんですよ! 背中が痛くてね」

「そうか……。血のめぐりが……、いや背中に……見せてもらってもいいかね? もちろん、そう、金はとらない。ここまで送ってくれたし、報酬とは別にみてやろう」

 

「ええ! おねがいしますよ」

 

 医者がただで見てくれるというなら、喜んでと御者を背中を見せた。

 そこには赤く腫れた肩甲骨と肩があった。

 

「そうか、姿勢が悪いのか」

「そうですね。馬車にずっと乗ってるときとかありますから」

「けん、ばん、えん? ああ、そういうのがあるのか。そうか……うむ」

「どうですかい? 治りますか?」

 

 なにか納得しながら診察をするダイタムに、御者は肌寒さに震えながら治療法を尋ねる。

 

「そうだな。慢性的になっているので、肩を温めたほうがいい」

「ほう、そうなんですか?」

「薬もあるが……」

「いやー、薬はちょっとねぇ」

 

 診察してくれただけでも上等だと、御者は服を着て整えた。

 薬となると年の稼ぎがほとんど消えてしまうと御者は遠慮した。

 確かにその通りで、慢性化した肩の痛みが治るほど薬を服用しては、薬代は大きくかさむだろう。

 ダイタムは無理に薬を勧めず、急に痛めた時は冷やし、普段はよく温めておくことを治療法として御者に教えた。

 

 荷台に乗り込み、馬車が街に戻るため動きだす。

 

 荷台の上で、ダイタムは遠ざかっていく村の入口を見つめつつ、甘い香りを放つ少女の姿を思い出す。

 

「私は……悪魔に魂を売ってしまったのか?」

 

 後悔にかられて顔を覆い、しばらくそのまま馬車にゆられるまま過ごす。

 やがて、考えがまとまったのだろう。

 ゆっくりと覆っていた手を降ろすと、そこには決意に燃える目があった。

 

「……だが、これで娘を救えるなら」

 

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