元チート転生者のTS珍道中   作:有機栽培茶

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#10 英雄を知る者

 

 あの夜は月がやけに輝いていた事を覚えている。

 物音一つしない静かな夜だった。

 

 私は小さな、子供1人隠れられるほどの大きさのキャビネットの中。口を塞いで静かにそれが終わるのを待っていた。

 

 かくれんぼ。

 大好きだった父と母が私に対し最期に提案した遊び。

 

 ルールは単純。

 隠れるだけ。私1人、言葉を発さず、音を立てず、何もできず、ただ隠れるだけ。

 

 安息の地であったはずの我が家で、私は息を殺してひたすら隠れた。

 

 まず初めに父の声が途絶えた。

 続いて聞こえていた母の悲鳴もすぐに聞こえなくなった。

 

 残ったのは暗闇と静寂だけだった。

 何も聞こえない。でもそこにまだ鬼がいる、そのことだけははっきりとわかった。

 

 自らの心臓の音が五月蝿く感じる。

 自身の呼吸の音があまりにも耳障りだった。

 

 隠れなければ。

 それが、両親と交わした最後の約束だったから。

 理想の“良い子”であり続けた私はその約束を破るわけにはいかなかった。

 

 静かに。

 静かに。

 静かに。

 

 見つからないように。

 

 

 だが、その永遠にも感じられた『かくれんぼ』は突然終わりを告げた。

 

 大きな物音。

 何を叫んでいるのかはわからなかったけれど、男の人が誰かに対して怒声を浴びせていた事は分かった。だがそれもすぐに聞こえなくなる。

 

 足音が近づいてくる。

 私は息を殺しその時を待ち───

 

 

「無事か!?」

 

 

 ───若き英雄の姿を見た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 英雄レイル・バーナード。

 貧民街の守護者にして龍殺しの大英雄。

 

 ステナグラードに居を構えるもので彼の名を知らぬ者はいない。

 

 12年前、都市を襲撃した巨龍『ノーリ』。退避を知らせる鐘の音が響き渡り、誰もが絶望し逃げまとう中。彼はたった一人でその巨体に立ち向かい、たった一太刀で首を切り落として見せた。

 

 壁を越えて此方を覗き見る恐怖の象徴、その首を切り落とした彼の姿を忘れる者はいないだろう。多くの人間が、それこそ彼の庇護下にある下層市民のみならず上層の貴族から塔主までもが彼に希望の光を見た。

 

 彼が英雄として世界に知れ渡った瞬間です。

 

 

 だが私は違う。

 彼が英雄と呼ばれる以前から私は彼を知っていた。

 憧れていた。

 崇めたたえていた。

 脳を焼かれていた。

 

 そう、私こそが───

 

 

「正当なるファンなのです……!」

「………アルベルト隊長」

 

 

 この私、アルベルト・ヴィンターハイムは英雄レイル・バーナードの大ファンなのです。

 

 彼に憧れ、彼に近づくため警備部隊に入隊し、数多の仕事をこなして塔主の信用を得ることでその『祝福』とこの立場を得るに至りました。

 

 そして自らの権限を用いて彼のオペレーターを独占し、欲深き塔の連中が彼に手を出さないよう業務連絡などもすべて自らが行い、多くのファン同様に彼を崇め奉るのではなく彼がポロリと溢した『対等な人間が欲しい』という願いを叶えるため悪友という立場を演じたのです。

 

 そう、私はこれまでの人生を推し活のために捧げてきたのです。

 

 

「隊長!第一隊長殿!資料をお持ちしました」

「む、居たのですか。資料ならそこに纏めておきなさい」

 

 

 だというのに。

 生涯を捧げた推しは死に、推定される下手人は彼が庇護下に置いていたドブネズミ共。

 

 彼が正々堂々戦って負けるはずがない。

 不意打ちで殺されたのでしょう。

 なんと卑劣なことか……!

 

 しかも奴らはその死さえも利用する。

 名を騙り、その死を治安を乱す大義名分とする。

 

 ふざけている。

 腹立たしいこと極まりない。

 

 クズ共め。忌々しい害獣共め。

 推しを失い生きる意義を見失った今、私に残ったのは怒りしかない。

 

 普段であればストレスの原因でしかなかった上層部からの指示が今回ばかりはありがたかった。その害獣共を一掃する機会をくださったのですから。

 

 この怒りを合法的にぶつけることができるのなら、例えそれが奴らの底知れぬ欲望からくるものであったとしてもかまいませんでした。

 

 たとえそれが彼の守り続けてきたものを踏みにじる選択だとしても。彼の選択は間違っていたのだと証明されてしまったのですから。

 

 

「……ふむ。些事ではなかったということか?」

 

 

 だが、それさえも上手くいかない。

 第六隊長と第三隊長の死亡。

 

 チェレニコフは……まあいい。

 アレにそこまでの価値はない。所詮は捨て駒でしたから。

 

 だがジェルシオン、奴の損失は想定外でした。

 奴は実力だけでいえばこの都市でも上から数えたほうが早い。ああ、英雄には遠く及びませんがね。所詮は人の内です。しかしドブネズミ共に負けるとは………。

 

 

「下手人の正体は判明しているのですか」

「はい。第三隊長殿は装甲貨物列車ジェレズニャーク襲撃犯23名のうち二名、『指導者』ジャスパー・ランフォードと無所属の傭兵(ノーマッド)ジョン・ドゥによるものと判明しています」

「ドブネズミ共のリーダーですか」

 

 

 忌々しい。

 真なる塔主を名乗っているようですが……まあ、それは構いません。だが奴は英雄の言葉を利用しドブネズミ共を扇動した。

 

 許しては置けない。

 優先駆除対象です。

 彼を死後も愚弄する害獣は早急に駆除しなければなりません。

 

 しかし奴にジェルシオンが負けるとは。

 脅威度を上げるべきか。

 

 

「チェレニコフは」

「第六隊長殿は監視カメラの映像が粗い為に特定できず……」

「映像を見せなさい」

「は!」

 

 

 彼は野良の傭兵に負ける程度の実力。

 確認する価値はないかもしれませんが念のためです。こんな短期間で仮にも隊長格が二人も落とされたのですから警戒しておいて損はないでしょう。

 

 

「魔導具使いですか。しかし随分と乱暴な……まて、この者は」

「どうなさいましたか?」

 

 

 貴様……なるほど、寄生先を見つけたというわけか。レイル・バーナードの名を騙る害獣め。

 

 

「実に都合がいい。駆除する理由がまた一つ増えたな」

 

「そんな怒ってると皺増えるよ~」

 

 

 ふと、そんな人を煽るような声が聞こえてきました。

 

 

「………橘重工ですか」

「やっほアルべっち~」

「お久しぶりです、アルベルト様」

 

 

 現れたのは大柄な男と対称的に小柄な女の二人組。

 橘重工からの使者であったと記憶している。

 

 

「ブルべみたいに呼ぶのはやめていただきたい」

「可愛いからいいじゃんか~」

「申し訳ありません。彼女は礼儀というものを知らないもので………」

「酷!?それは言いすぎじゃない!?」

 

 

 ローディスとリュミエール。

 橘重工より物資の運搬のため送り込まれてきた企業の人間。

 

 以前から彼らとは関りがありました。

 上層部はレイル・バーナードに頼りきりの都市の防衛体制に不満を抱いていましたからね。彼らの力を借りて防衛兵器等の配備を進めていました。

 

 ステナグラードは北部と南部を分断する都市ですからね。魔物……それも亜竜種の襲撃が多い都市です。

 

 それに彼が都市を離れた後、巨龍ノーリのような『魔王』……人類の『英雄』に匹敵するモノが現れないとも限りません。おそらくそれを恐れたのでしょう。

 

 私もその考えには同意しますが、都市外組織の協力に頼り切りというのはどうかと思いますがね。実際彼らは都市の現状を察するや否や商談を持ちかけてきました。

 

 金の匂いを嗅ぎつけて。

 

 ……いや、違いますね。

 彼らはそれ以上の何かを求めてここにきた。

 あくまで予想にすぎませんが、私はそう確信しています。

 

 

「テロ組織に捕まったと聞きましたが、無事な様ですね」

「はぁ~!?他人事過ぎない!?アタシらはあんた等の不手際で捕まったんですけどぉ~!?謝罪の一つもないわけぇ!?誠意!ほら誠意をみせてくれないとさぁ~!?」

「………確かにこちらの不手際があったことは認めましょう。しかし物資輸送の情報を漏らしたのはあなた方でしょう?」

「んげ、バレてんじゃん。ちょっとローディスぅ?ちゃんとしてよねぇ?」

「責任を押し付けないでもらえます?」

 

 

 碌な目的ではないでしょうね。

 

 

「そんなこと置いておいて~なにみてんのさっ!」

「………のぞき見とは感心しませんね」

「機密情報なん?」

「違いますが」

「じゃあいいでしょぉ~っと。お?レイっちじゃん!」

「む?知っているのですか」

「地下でね~。え、なに?因縁とかある感じ?」

「いえ」

「あ、アタシわかっちゃったぁ」

「なんです」

「恋、しちゃったんだぁ」

「殺しますよ?」

「え~?レイっちとアルっち仲良くなれると思うんだけどな~」

「は?ふざけているのですか?あの害獣と?英雄レイル・バーナードの名を騙り、にも関わらずこの私に無様を晒したあの害獣が?全然殺しますが?貴様」

「おもろ」

 

 

 ニマニマとムカつく顔で覗き込んできます。

 相も変わらずムカつく小娘ですね。協力関係になければ殺していたところでした。

 

 

「まーいいや。本題入るんだけどさぁ」

「茶化しに来ただけじゃなかったんですね」

「んなわけないじゃーん」

 

 

 そう言いながら彼女は小さな情報端末をポシェットから取り出した。

 

 

「情報、ほしぃ~?」

「と、いいますと?」

「レジスタンスの次の作戦」

 

 

 ニヤァ、とその笑みを深める。

 

 

「……なぜあなたがそれを?」

「親切なおじさんに()()()んだ~」

「その情報が正しいという証拠は」

「アルっちさぁ。アタシの魔法、知ってんでしょ?」

「………なるほど」

 

 

 此方が貴様らの情報を集めていることも把握済みか。情報収集を任せていた第二隊長は減給だ。

 

 

「ドブネズミ共の動向などどうでも良い、と言いたいところですが………」

「うんうん」

「そのレイと名乗る子鼠は?」

「来るよ」

「……いいでしょう」

 

 

 リュミエールからその情報端末を受け取る。

 英雄を騙る害獣は駆除しなければならない。

 

 

「やっぱ恋じゃぁ~ん」

「殺す」

 

 

 必ず。この私の手で。

 英雄を名誉を穢す者は何人たりとも生かしては置けないのですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「へくちっ………だれか、噂した?」

「クェ」

「ああ……そんな場合じゃ、なかった」

 

「やばいやばいやばい!ドローンに連れていかれる!」

「れ、レイちゃぁーん!餌だと思われて連れてかれちゃった!?」

「……まずい」

「あ~~~~~~~~」




【一月の惨劇】
16年前に都市外の傭兵集団により行われた事件。
下層市民を煽動し、上層市民への虐殺行為が行われた。結果多くの貴族が惨殺されることとなる。
当時の警備部隊により鎮圧、関係者は全員処刑された。
結果下層市民への弾圧が強まり、差別意識も増長される結果となった。

【巨龍襲撃】
12年前に巨龍『ノーリ』が都市を通過するルートで南下を行おうとした事件。当時のいかなる兵器も通じず、『壁』を放棄し避難することが決定されるにまで至る。しかし『壁』に到達する直前に当時無所属であった傭兵レイル・バーナードにより討伐される。
彼が『龍狩り』の英雄と呼ばれるに至ったきっかけである。

【英雄と魔王】
人類種において逸脱した力を持つものを英雄と呼ぶ。
魔王は人類種に対し敵対的な魔物の中でも特に驚異的な個体を呼称する。旧文明の遺物の中で例外的にそう呼称されるものも存在する。
ただしそれらとは隔絶した存在も確認されておりそれらはまた別の分類名で呼ばれる。
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