「……生きてる?」
暗闇の中聞こえてきたのは彼が求めてやまなかった人物の声だった。
「っ………!」
彼は一瞬躊躇する。
いいのだろうか、と。
自分が……英雄を裏切った自分が彼にその存在を再び認知されていいのかと。彼は推しに認知されることを私情の喜びとするタイプの厄介オタクであった。
それ故にそのようなご褒美をもらっていいのか。
彼は首があるのならば即刻括る程の罪悪感で、狂気と絶望に呑まれた脳が発する『
だがその考えを即座に棄却する。
それは欲に呑まれたからではない。
英雄の求めるものは自らの生死の確認であり、それ以上でもそれ以下でもない。そこに自身の感情は関係なく、咎人である己はそれに答えなければならないという義務感からくるものであった。
この間0.001秒。
彼本来のスペックならば考えられぬほど遅く、それでいて迂遠すぎる思考。しかしそれが彼の狂気と絶望に侵された脳の限界であった。
「は、はい!わ、私はここに………っ!」
声に出し、気づく。
己の失態に。
声が相手に届いているかどうかなどはどうでもいい。
彼は失敗してしまったのだ。
彼が今まで英雄の前で演じてきた『傲慢で保守的で嫌味な戦友』という演技を忘れてしまったのだ。
必死に思考を巡らし────やめた。
今は、これでいい。
英雄が今私に求めているのはありのままの自分だ。無様に救いを求め縋り付く自分だ。英雄に対する罪悪感?信仰を違えた後悔?違う。そんなもの彼は知りようがないし、興味もないはずだ。
彼の目的は自分を屈服させる事。
敵対者として、彼を裏切り彼の前に立ちはだかった私を生かしたのはそのためだろう。私にまだ利用価値があると思ってくれているのだ。
ならばそれに応えるまで。
アルベルトは演技をやめ、残された理性は本能に流されることを選んだ。ありのままの自分を……暗闇に怯え、擦り減った精神で光に縋り付くあまりに無様な自分を晒すことを選んだのだ。
「な、なんでもします!なんでも!靴を舐めます!土下座だってします!貴方に忠誠を!私の全てを捧げます!!!」
「そう」
「ま、待ってください!私は必ず貴方様のお役に立てます!貴方様のためだったらこの命だって捨てられます!ちゅ、忠誠を!どうか!も、もう嫌なんです!暗闇は嫌だ!わ、私は光が─────っあ」
そして、彼は再び光を目にする。
「どう?見える?」
「あ………あああ………」
あの時と同じだ。
眩しいほどの光。
私を救ってくれた
そして、足元が見えぬほどの豊満な胸。
……胸?
胸!?
◆
うん、良いなこれ。
ハローステナグラード。
諸君、俺だ。
あの後後発組と合流し、占領を任せた俺達の部隊は地下に帰還した。同時並行で行われていた任務も完了していた様で、地下では幾度目かの指導者の演説が行われていた。
指揮を上げるためだとはわかるが、随分とやる気に満ち溢れているものだ。まあ無理はないか。
第六、第五、第三。そしてアルベルトこと第一隊長を打ち倒した今、塔側の戦力は第二隊長と第四隊長。そして警備部隊のモブ共のみ。
第二へ合併されたらしき第一部隊の残存戦力が気になるところだが、ここまでの快進撃。調子に乗らないほうがおかしいというもの。
ああ、いや。すでに第四は彼らが倒したのだったか。だったらあとは第二隊長のみ。橘重工という不確定要素もあるが……彼らの目指す勝利は目前といったところ。
指導者のジャスパーと共に任務についていたらしき以前であった不審者くんが第四隊長の生首をわざわざ見せに来たのはビビった。犬か。てかそんな懐かれる様なことあったか?
「ここを……こうして、と」
そんなこんなありつつ、俺は今一人自分の部屋に篭り一つの遺物を弄くり回していた。
そう、それは中心部の精密機械が詰まったコアに先端に精密動作を可能とするマニュピレーターを持つ4本の突起がついており、多様な情報を収集するの精密機械の塊も一つコアから生えている。そしてコアには衝撃を和らげる為の球体状のショックアブソーバーが二個ついており………
……人はこの遺物を、『ラブドール』と呼んだ。
「ん、完成」
いや待ってほしい。
そういう目的で弄っているわけじゃない。
ちゃんと健全な用途で使うためにわざわざ倉庫から掘り出してきたんだ!信じてくれ!エッチな目的じゃない!そもそもエッチ目的だとしても、今の俺には息子がないんだから!
……思い出したら悲しくなってきたな。
「あとはここにコレをはめて〜」
おっきなおっぱいを避けて胸部パーツの内部に嵌めたのは赤い血の様な結晶。そう、あの時アルベルトから取り出した彼の本来である。
勘の言い方はもうお分かりだろう。
俺の目的を。
そう、それは────
「……んしょ。ハマった」
───親友をTSさせて蘇らせること!!
TSして助けを求めた俺を拒絶したアイツに相応しい末路だ。そうは思わないか?
「生きてる?」
「っ!?は、はい!わ、私はここに………っ!」
「わ、びっくりした」
声を掛ければ、それは突然喋り出した。
発声以外の機能は切っているから動かないが、どうやら正常に彼本体の結晶とリンクできた様だ。
「な、なんでもします!なんでも!靴を舐めます!土下座だってします!貴方に忠誠を!私の全てを捧げます!!!」
「そう」
いやまだ何もいってないんだけど。
動作確認しただけなのになんか急にすっごい重い宣誓された件。
もしかしてやり過ぎた?
ちょっと狂っちゃった?
まだ数時間しか経ってないと思うんだけどな。帰って、ジャスパーから労いの言葉もらって、報酬受け取って、不審者くんに首見せられて、小腹すいたからちょっとご飯食べて、体汚れてたからシアに風呂入れられて、そのままちょっと寝ちゃって………大体12時間くらいしか経ってないと思うんだけどな………。
あ、そういえばアイツ暗いの苦手とか言ってたっけ?ま、まあ大丈夫だろ。喋れてるし。いけるいける。
「ま、待ってください!私は必ず貴方様のお役に立てます!貴方様のためだったらこの命だって捨てられます!ちゅ、忠誠を!どうか!も、もう嫌なんです!」
はいはいちょっと待ってねー。
忠誠ー?そこまでしろとは言ってないけどな。まあ暴れられたら困るのはこっちだし、その時は適当に説得(物理)で黙らせようと思ってたから……何もしなくても良い感じに心が折れてくれてたのは助かるんだけども、ちょっとうるさいな……。
ほい。よし、繋がった。
これで見える様になるはず。
「暗闇は嫌だ!わ、私は光が─────っあ」
突如目を見開いた彼……ああ、もう彼女か。
彼女はあたりを見渡し、俺をガン見し、そして最後に自分の胸に視線を落とす。
うん、わかるぜ。
でかいよな。それもデカすぎもしない良い感じのサイズと形だ。これ作った旧文明の人はきっと国宝級の職人さんだったんだろうってはっきりわかる。
「調子は、どう?」
彼女の容姿はウルフカットの黒髪に黄金色の瞳。そして頭頂部にピコンと天高く立ったケモ耳……そう!ケモ耳っ娘なのだった……!!!
まって。やめてくれ。そんな目で見るな。
確かに癖ではあるが偶然なんだ。
偶然、この義体が見つかっただけで。それ以外に魂を詰め込めるような義体もなくてだな。俺は親友をエッチな体に閉じ込めて興奮する様な変態じゃないんだ。
勘違いしないでほしい。
「あ、あの……この、格好は……」
「チッ……」
「ひぃ!?す、すみませんすみませんすみません!!」
全くひどいものだ。
親友であるはずの俺を2連続で殺そうとした次は変態扱いか?失望したぜアルベルト。
「も、もう逆らいません……!ど、どうか……暗闇は嫌なんです……!」
「わからればいい……でも、裏切ったら、いつでも接続を切れる。これからは、私の手となり、足となり、私に忠誠を誓うこと。……わかった?」
「は、はい……っ!」
「わかれば良い」
んー……ここまで追い詰めるつもりはなかったんだけどな……。その姿でそんな怯えられると悪いことをしているみたいになる。
中身はメガネのおっさんなのに。
まあ俺も同じか。
……にしても罪悪感エグいな。
撫でとくか。
「……へ?」
「ん、良い子。物分かりがいい子は、嫌いじゃない」
「あ、ありがとう、ございます……ふへ……」
……うん。
と、とにかく。俺はこうして新たな
結果オーライというやつだ!
「……これから、よろしく」
「は、はい!」
ケモ耳が付いているとは言え、本当の犬のように媚を売るかつての親友の姿に俺は頭を押さえ、遠くを見る。
ほんとどうしよ。これ。
【アルベルト】
警備部隊第一隊長→レイのペット
閉所&暗所恐怖症。
見た目は黒髪ウルフカットケモ耳なクール系美少女だが中身はトラウマを強化された以外据え置き。トラウマに怯えていた所、急に撫で撫でされて恐怖と歓喜の寒暖差で完全に狂った。震えていたのは絶頂をも超える幸福感に包まれていたから。
現状一番の勝ち組。