立ち並ぶは朽ち果てた摩天楼。
コケの如く無秩序に広がるトタン製の建物群。
黒く染まった天蓋からは灰色の雪が降り注ぎ、やがて大地を包み込む薄汚れた白のカーペットを作り出す。
それらを圧倒するは山脈かと見間違えんほどの巨大な壁と、雲をも貫く一本の巨大な塔。
旧文明の遺産『壁』を中心に作り上げられた巨大都市『ステナグラード』。
その名称は壁の街という意味を含むらしいが……まあ、使っている奴は多くない。大体のやつは『都市』って呼んでいる。
『壁』とそれに連なる山脈によって隔てられた南北を繋ぐ貿易都市であり、汚染され尽くした大陸北部と人類の生存可能圏である大陸南部を隔てる文字通りの壁としての役割を持つ城塞都市。
それ故に治安は相当のものだ。最悪って意味でな。
格差も激しく統治者である『塔主』率いる統治機関や上流階級含む上層市民と、
そんな治安悪化の一途を辿るこの町で、場違いなほどきゃんわうぃい少女が一人、人気のない路地裏を裸足で歩いていた。
そう、俺である。
「あしいたい……」
あー……ハローステナグラード。
みんな元気にしてたか?俺は元気とは言い難いな。
その理由は一目瞭然だろう。
「TS、てんせい……きたー」
いや体は地続きみたいだからただのTS……?
いや、そもそもこの体は以前のものと同じものなのか……?
「……わかんない」
……これ以上考えると気が狂いそうなので一旦やめにしよう。まずは現状の整理だ。
なんか目が覚めたらちっこい女の子になっていた!
以上!
「…………現実逃避はやめよう」
真面目に現状を整理しようか。
一言でまとめればさっき言った通りなのだが、そんな単純なことじゃない。格ゲーでいっつも使っているキャラ禁止されて急に別キャラ使わせられたらまともに動かせないだろ?
え?行ける?そりゃお前が化け物なだけだ。
話を戻すと俺の体はだいぶ変わっちまってな。
特に変わっちまったのは外見だろう。一番わかりやすくてでかい変化だ。具体的に言うのなら元から高かったAPPが爆上がりして人外の域に至っている。
え?TRPG知らないからわからない?
めっちゃ美人になったってことだ。
数値ではなく文で表すとだな───
絹にように美しく靡く黒髪に、ぱっちりとした綺麗な睫毛。
それでいて深海の暗闇のような黒に包まれながらも微かな柄に鮮やかな青を宿した瞳に、それらを目立たせる白磁のように真っ白できめ細やかな、触れれば崩れてしまいそうなほど繊細な肌。
──こんな感じだ。
うんうん。どっかで読んだことのあるような紹介文だろう。
それもそのはず。
髪色と瞳の色を変えただけで、その容姿は俺を殺した天使ちゃんそのまんま。2Pカラーと言う奴だ。多少幼くなってNotロリコンな俺のストライクゾーンから外れてはいるが、ほぼそのまんまだ。
「さい、あく……」
トラウマが蘇る。
あの時の光景は夢ではなかった。
目覚めた時に着ていた血濡れたジャケットがそれを証明しているのだから、尚更だ。これじゃあいくら可愛くたってげんなりするぜ。
そして何より俺はロリコンじゃねぇ。
もう少し、せめてあの天使ちゃんくらいにまで大きくなった状態であってほしかったところだ。すこしプニプニすぎるのだこの身体。
……ん?随分と落ち着いているな、だと?
「そんなこと、ない」
俺のような歴戦の転生者ともなればあらゆる状況を瞬時に理解し適応することができてしまうんだ。正確に言えばあまりに突拍子もない出来事すぎて脳が追いついていないだけとも言う。
ぶっちゃけ今も夢なんじゃないかと疑っている。
だがいつまでも呆然としているわけにもいかないのが現実の辛いところだ。なにせ今の俺はかなり大変な状況に陥っているのだから。
そう、ちょっと走っただけで息切れするくらい体力が少なくなっていることだとか、以前までは片手で持てたような木箱がびくともしない貧弱さだとか、股間部分がもの寂しいことや、何故か言葉がうまく喋れずたどたどしくなってしまうことだとか………すでにかなり大変なことになっているのだが、これ以上に大変なことになる可能性があるのだ。
だからそれらの理解し難い現実から目を背け、比較的わかりやすい問題の解決を優先する必要があるのだ。
現実逃避とも言う。
「ゆううつ、だー」
その比較的わかりやすく、それでいてすぐに解決しなければ俺の命にかかわりかねない問題ってのは今俺が居る『都市』の情勢変化についてだ。
都市………まあステナグラードのことだな。
諸君らがこの都市についてどれだけ知ってるかは知らねぇが、むっちむちの完全無知な前提で進めるぜ。住民です、めっちゃ知ってますって人は飛ばしてくれ。
俺は生まれてこの方この都市以外に行ったことがないから他は知らねぇんだが、ステナグラードは上下の格差がかなーり激しい都市なんだ。それこそ金も権力もねぇ貧民、下層市民は人扱いされねぇレベルでな。
「貴様、生ごみ臭いぞ。モグラだな?同行願おうか」
「ま、まってくれ!許可証はあるんだ!」
「この紙切れがどうした。いくぞ」
「や、やめてくれ!」
「うわぁ………」
な?ひどいものだろ。
警備部隊の連中に捕まるとは、あのおっさんも気の毒にな。
奴隷として売られるか、臓器ごとに小分けして売られるかってとこだろう。
ま、御覧の通りさ。
下層市民はモグラ呼ばわり。高い金払って許可証を買わねぇと俺が今いる地上に顔を出すことすら許されねぇ。まあ、許可証があったところでってのはあれを見りゃわかる話だが……。
俺が死ぬ(仮)まではまだましだったんだぜ?
俺をリーダーに祭り上げた下層市民のグループ『ステナグラード自警団』によって───より正確に言えば
「きん、こう……」
パワーバランスってやつだな。
ガキにはわからんか。あ、いたっ、いたっ……ちょ、自分で自分を殴るな!?なんだこの体!?二重人格にでもなったのか俺は!?
……こほん。閑話休題。
そんな感じである程度の勢力バランスの上で成り立っていたんだが、俺が死亡(仮)し目覚めるまでの3日と少し。俺を失った都市は急激にその様相を変貌させていった。
『─── っ見された遺体は、レイル・バーナード氏本人のものと確認されました。塔は本日、公式に氏の死亡を発表。それに伴い当局は下層市民によるテロ行為の多発を警戒し、警備体制をより一層強化する旨を───』
まあ、この有様だ。
案の定俺死んだことになってるし、大々的に報道されてるし。生きてますよー!おーい!ロリになって生きてまーす!
詰まるところ、俺という大黒柱を失った『自警団』は富裕層や権力者達───つまり都市の統治機関である『塔』にとって脅威ではなくなった。
故に警備体制の強化……つまりより一層の弾圧が始まったわけだ。じきに下層市民は
今この都市は大きな変化の時を迎えているというわけだ。そんで持って、なーんでそれが重要なのかっつーと……
「身分証……ない」
そう、身分証がない。
俺がこの都市の階層を行き来する際使用していた身分証が、人扱いされない下層市民でも管理のために配られている身分証が、だ。
血濡れたジャケットに入っていた身分証はかつての俺のもの。つまり死亡したレイル・バーナードのもの。
そんなものを使おうものなら気狂いか世間知らずの盗人か、下手したらレイル・バーナードを殺した犯人かと疑われる。もし仮にそれが俺のものだって証明できたとしても、今の『塔』にとって俺は邪魔者。力を失い貧弱な少女同然の俺を『塔』が生かす理由がない。
まあ、そう言った理由で血濡れたジャケット諸共捨ててるから今手元には無いんだが。
「……どーしよ」
どうしようねぇ。
金も身分もまともな服すらねぇ。
許可証だってあるわけねぇ。
下層市民……いや、下層市民以下の有り様だ。
欲深き警備部隊や闇市の連中に見つかったらこの超キューティーな顔も合わせてしょっ引かれてしまう。可愛い罪ではなく奴隷として売るためにな。もしくは愛玩のため。きゃーこわーい!
そうならなかったとしても、その辺で拾ったぼろきれ一枚のガキがこの世紀末な街を1日も生き延びれたら奇跡みたいなものだ。下着すらねぇんだぞ。しかもそれにドキマギする心の余裕もねぇ。
「……ごはんたべたい」
だから金ないっつってんだろ。
ないない尽くしな上、己の体は可愛いだけのポンコツときた。力がないわ、まともに言葉は話せないわ。
そこまではいいが……いやよくはないんだが、俺が思ってもいないことを突然喋り出すのはやめてほしい。二重人格にでもなってんのか?あともうちょっとはっきり喋れやナヨナヨすんな。
「なー」
バグってんのかこの体。
いやまあ、死んだと思ったら筋骨隆々男の体からちんまい少女の体になってるんだからバグってはいるんだろうが。
俺の筋肉どこいったよ。質量保存はどーした。あ、そーいや下半身は死体として見つかってたんだっけか?いやそれにしてもおかしいだろ。
「おかしい、ね」
ああもう!黙れ俺!
苛立ちのあまり自分で自分のほっぺをつねるとかいう意味不明な行動をしてしまう。
───そんな時だった。
「どうしたんだい?そこのかわい子ちゃん。お腹が空いたのかなぁ?」
俺の背後から声がかけられたのは。
【ステナグラード】
大陸を南北に分断する山脈に位置する大都市。
都市の大元となった大規模建造物『壁』は未だ未調査地点の多い旧文明の遺跡であり、巨大な壁と塔、そして大規模な地下施設によって構成されている。地下施設は第五層まで調査が完了しており、そこには下層市民の楽園が築かれている。
壁より北側は汚染が酷く、人類の生存可能圏も極端に減少すると言われている。
【警備部隊】
統治機関である『塔』に忠誠を誓う都市の治安維持組織。第一から第六までの部隊が存在する。下層市民への弾圧や都市外からの傭兵や商人への通行料の請求など悪名は事欠かない。それ故に下層市民を中心に構成された『ステナグラード自警団』や都市外からの傭兵、商人達からの評判はけして良いとは言えない。