「動かないで」
「ひぃ、ひぃぃぃ!?!?たず、だずけでぐだざぁぁぁい!?!?」
流星の主、星降りの魔女ことリュミエ・ステラは首元にナイフを突きつけられ、まるで一般人かのように怯え泣き喚く。この取り乱し様では魔法は発動できないだろう。もとより使う素振りを見せたら殺すつもりであるが。
とにかく、これで【流星】は止み、シアちゃんたちも俺に続いて壁を登ることが可能となるだろう。
「ふん、飛んで火に入る夏の虫とはこの事か」
だが、未だ問題は残っていた。
『第一隊長』の腕章を身につけた男、警備部隊第二隊長は嘲笑う。
「……見えないの?動いたら、殺す」
「殺す?構わんぞ。やればいい」
「ひぃえぇぇぇ!?!?」
彼女によって予想外の返答であったのだろう。
ステラちゃんは酷く取り乱す。
しかしその言葉を放った第二隊長は余裕の笑みを浮かべ、彼の周囲でこちらを囲むように銃を構える隊員達にも同様は見られない。さも当然というかの如く、ぞの銃口はぴたりとこちらに向けられたままだ。
そして冷や汗を浮かべる俺も、予想外の事態というわけではなかった。むしろ、こうなって当然だとも思っていた。
「なんで、なんでえぇぇぇ!?!?」
「黙れ」
「ひゃい!?」
傭兵とは、基本捨て駒だ。
どれだけ力を持っていようと、所詮は金で雇っただけの雇われに過ぎない。俺のように英雄として都市の守護者の立場に君臨していたのなら話は別だが、彼女のようにただの雇われであるのなら
「どうした。殺さないのか?」
「ゆるしてくださいぃぃぃ!!!!」
故に使えない、対価に見合った成果を上げられないと判断されれば切り捨てられるのは当然だ。
「そうか……なら、手伝ってやろうか?」
「【私を守れっ!】【障壁】っ……!!!」
「へっ?」
彼の手が掲げられ、降ろされる。
同時に十を余裕で超える銃の引き金は一斉に引かれ、鉛玉が殺意と共に吐き出された。
俺は【障壁】の指輪を起動し守りに入る。
【障壁】の性能は先ほど述べた通りバックラー程のシールドを前方に短時間展開するだけの簡単な魔法。だがそんなしょぼい魔法で銃弾の雨を防げるはずがない。
それ故に魔法の重ね掛け。
指輪に対する命令を下し、強制的に機能を拡張。
己の体を覆えるほどの大きさのシールドを展開する。
「っう………!」
己の体を魔力が駆け巡り、そのすべてが指輪に吸い取られていく。相変わらず魔導具を使う際に発生するこの感覚には慣れないが………今回は桁違い。命まで吸い取られているような感覚だ。
そしてこれだけの無茶をして指輪側も無事で済むはずがない。
こうしている間にも指輪は悲鳴の様な音を立て、その身に生じた亀裂を広げている。
「手伝って………っ!」
「はひっ!?」
「死にたくない、でしょ……!?手伝え!」
「へ、え、えぇぇ~!?で、でも………」
「でもじゃない!」
これはステラちゃんの魔法を止めることを優先し、その後のことを考えていなかった俺の落ち度だ。いつものことだが、考えなしに動き過ぎた。今の俺は生身のロリ形態、アルマの体のままであればなんとかなっただろうが………ああしなければここまで登れなかったのだから仕方がない。
俺一人じゃ精々持ちこたえられてあと数秒。
故に共に命の危機に瀕しているステラちゃんに声をかけるが返答は煮え切らず、生返事だ。
ええい!優柔不断め!
使えない!
「リュミエ・ステラ!」
「ひゃい!?」
「何をしている!さっさとそこのガキを片付けろ!」
「え、え!?」
「なるほど、あの家族よりも自らの命が惜しいか。醜いな」
「っ!?」
彼女の顔がひどく歪む。
そして────
「ごめん、なさい………っ!」
「………くそ」
彼女は涙目のままこちらに杖を構える。
その杖の先端は淡く光り、何らかの魔法がこもっていることは見て取れた。そしてほぼ同時に一際大きく亀裂が入り、音を立てて崩れる寸前の障壁。
障壁が崩れ銃弾に貫かれるのが先か、魔法によって命を落とすのが先か。
詰みとしか言えない状況。
「私の、私たちのために死んで────ぁっ?」
だが、そうはならなかった。
何が起こったのかわからないといった表情のまま宙を舞う彼女の頭。そして噴水の如く吹き上がる血しぶき。杖の光は消え、体は力なく横たわる。それは
「ご無事ですか、レイ様」
「………うん」
銃弾は止んでいた。
シアちゃんたちがギリギリ間に合ったのだ。
戦闘の音に交じって、第二隊長の撤退を命じる声が聞こえてきた。
作戦の第一段階は成功したのだ。
「………………ごめん」
だが俺は、それを素直に喜ぶことができなかった。
◆
「一人も通すな!守り抜け!」
そこからはあまりにも順調に事が進んだ。
何せ俺たちに残ったのは登ろうとする警備部隊の連中を高台から撃ち落とすだけの簡単すぎる仕事だけ。壁から蹴落とされてゆく彼らの様子はいっそ憐れに感じられるほど。
数は居るが脅威となるものはいない。
ジャスパーが部下を率い突入した塔からの通信も、各地で蜂起を行っている他部隊からの通信も。すべてが順調、全て作戦通りに事が進んでいると述べていた。
順調だ。
あまりにも順調すぎる。
そして、静かすぎる。
『こちらジャスパー・ランフォード』
「ジャスパー!」
「大将の声だ!」
俺たちの頭上、塔の頂より声が響く。
『塔を制圧。塔主の身柄を拘束した』
その声が響く。
都市が、その間だけ静かになった気がした。
まるで、都市そのものが己の行く末を決めるその声に、聞き入っているかのように。
『作戦は成功。諸君、我々の勝利だ!!』
その声は、その宣言は、都市全体に響き渡ることとなった。
「おおおおおおおおお!!!」
歓声が上がる。
ここだけじゃない。都市全体から勝利を祝う歓声が上がる。
戦いは終わった。
都市を包み込んでいた暗雲は掃われ、全ては解放される。
都市に夜明けが訪れたのだ。
『────回線つながりました。初めまして、レジスタンスの皆様』
………そうなる、はずだったのだ。
「これは………?」
「通信?誰だ?」
『私はローディス。橘重工のローディスと申します』
「橘重工……出てくるのが少し遅かったようね。勝敗はすでに決したわよ」
シアちゃんが煽るように声を返す。
しかし声の主は平坦な、人間味を感じさせない声のまま変わることはない。
『勝敗?勘違いなさらぬよう。貴方がたの身内争いなど、微塵も興味はありません』
その声は聞くものすべてに甚割と不安を埋め込んでゆく。勝利の余韻を踏みにじるかの如く広がる騒めき。群衆に生まれた熱はすでに冷えていた。
しかし都市は依然燃えている。
『ですが……我々の目的に、貴方たちは邪魔なのです』
そしてその焔は未だ尽きることはない。
「塔が………!!」
遠方より飛来する無数の弾頭が、爆炎と共に戦火を広める。無数の大型武装ヘリと、あまりに巨大な一隻の飛行戦艦が大地に影を落とす。そのこと如くに描かれるは橘重工の社章。
響き渡るは歓声ではなく悲鳴と怒号。
戦いはまだ、終わっていなかった。
【塔主タラック】
80年前塔を襲撃したノーマッド・グループの子孫。
長年都市を支配しており、かつての都市の民である下層市民を弾圧し地下に追いやった。その支配体制は苛烈であり、下層市民には人権などないも同然であった。
ステナグラード事変時、ジャスパー・ランフォードによって身柄を拘束。直後橘重工の反乱によって死亡した。