見上げれど空は見えず、ただひたすらに広大な暗闇が広がるのみ。
旧文明がこの地に遺した遺跡、『壁』。その地下深く。地上の喧騒も、滅多に差す事もない太陽光も届かない。
ただひたすらの静寂がそこには存在した。
「………おなかすいた」
そんな風景を背景に、一人黄昏る美少女が一人。
そう、俺である。
ハローステナグラード!
皆様ご存じの通り、英雄レイル・バーナード改め超キューティクルミステリアスハイパーエンジェル美少女のレイちゃんだ。
レイルを略してレイちゃん。安直だが可愛いだろう?シンプルイズベストってやつだ。
さてと、諸君らとは一週間と少しぶりか。
元気にしていたかい?俺は元気だ。
え?前回あんな泣きわめいていたのに、だと?
………その、忘れてほしい。
俺自身あまり思い出したくないのだ。
「はずかしい」
くっそ、完全に黒歴史だ。
元の俺ならあんな恥じさらさないってのに。
これもすべてこのかわいいだけしか取り柄のない貧弱すぎる体が悪いのだ。どんな英雄や偉人だろうと体がロリだったらどうしようもないのさ。
ま、そんなわけで今日も俺は心に深い傷を負いながらも元気に生きているというわけだ。
いまだに我儘で自由気ままな口だとか、妙に減りやすい腹だとか、クッソちっこくなった身長だとか、失った息子に対する悲哀だとか………色々不自由や思うことはあるがな。生きてはいるのだからこれ以上はあるまい。
「だーれだ!」
「ひぅ!?ごごご、ごめんなさ………し、シア……?」
「あ、ご、ごめんね?わすれて……ああ!すねないで!」
「………すねてない」
………あー、すまん。
ちょっとこの場面もカットで。
あれ以来俺の体、結構敏感になっちまってるんだよな。もちろんエッチな意味じゃなくてな?トラウマってわけでもなくてな??この俺様があんなモブども相手にトラウマなんてできるわけなくてな???
「ほ、ほら!ご飯持ってきたから機嫌直してくれない?」
「……また缶詰」
「贅沢言わないの。これでもましな方なのよ?」
「むぅ……あ、ちょ、じ、自分で食べる」
そんな俺の恥ずかしすぎる姿を見ながらも、目の前の少女は平然と俺の口へと缶詰の中身を運ぼうとする。
彼女の名はレティシア。
あの時、警備部隊の連中から俺を助けてくれた命の恩人ちゃんだ。
燃えるような赤毛に、元気はつらつと言った様子の金色の瞳。ん~将来性を加味して8点!
今はまだ未成熟な子供だが将来はなかなかの美女に育つことだろう………ま、俺には及ばないがな!雑魚が!
「なにか失礼なこと考えていないかしら」
「ん、なにも」
そんなレティシアちゃん……長いな。
以下シアちゃんと呼ぶことにする。
シアちゃんは何と幼いながらに俺が現在成り行きで身を寄せることとなった組織『ステナグラード解放戦線』の幹部を務めているというのだ。なんと立派なのだろうか。ガキなのに。
ん~?『解放戦線』ってなんぞや、だって?
うんうん。
都市初心者な諸君らは知らなくて当然だよな。
わかるぜ?こんなでっかい都市なんだ。
企業だとか組織だとかめっちゃあるもんな。
いちいち覚えてられねぇもんな。よくわかるぜ。
俺もそんな組織、二十年以上生きてて聞いたことねぇよ。
「偶にはみんなと一緒に食べなさいよ」
「……人と話すのは、苦手」
「だと思った」
「なら、なぜ、聞いた……!!」
つっても『解放戦線』ってやつはつい数週間前……それこそ警備部隊による下層市民弾圧が始まった直後に結成された組織だと聞く。
だから俺が知らなくても無理はないんだよな。
死んでた(仮)からな。
ただその前身となった組織は『自警団』の過激派連中らしくてな。なんならここのリーダーは『自警団』で副リーダーを務めていた人物らしい。
うん、そう。
その『自警団』、形だけとは言え俺がリーダーだったんだよね。
いやだから知らなくてもしょうがないんだって!
結成時俺死んでた(仮)んだからさぁ!?
そもそも顔を貸してただけだから!
副リーダーとやらの顔も、なんだったら名前すら覚えてねぇよ!?
だからなんか勝手に新しく知らん組織作って?
レジスタンス的なことやってて?
しかも近々大規模反抗作戦を企てて?
俺がいつ言ったのかも、そもそも言ったのかすら忘れた言葉を引用して宗教的な演説してて?
俺を神に祭り上げて『これは神が我々に課した試練であり、都市を再び我らの手に取り戻すことこそが神に報いる唯一の術である!』的なこと言ってるのも。
全部全部全部俺は関係ないし知りもしないことなのだ!関係ないったら関係ないのだ!!
「……今日も上層の人たちが避難してきたわ。地下3層はもうあいつらに占拠されたみたい」
「………」
「酷い光景だったわ………多分、半分以上の人は明日まで生きれるかわからない。アイツら、好きなだけ弄んで、わざと逃がして……」
「………」
「……アンタ本当ご飯以外に興味ないのね」
「不味くはない」
「そこはお世辞でも美味しかったって言いなさいよ」
ただ組織としては本当に即興で作り上げたモノらしく泥舟も良いところ。レジスタンスとして成り立っているかどうかすら怪しいレベルのボロボロ具合だ。
構成員っつっても大半は弾圧から逃れてきた貧民連中でしかないために戦力としては論外であり、ただでさえ使えないのに怪我人多数ときた。これじゃあ助けになるどころか足を引っ張るだけだ。
一部マフィアだとか闇市の連中だとか、都市外からのノーマッド……所謂冒険者だとか傭兵だとか呼ばれる連中は居るが期待はできない。
腕の立つ奴はこんな薄暗い地下になんか逃げ込まず、現政府側に擦り寄るか、まともな装備がないと生きていけない化け物蔓延る都市外の荒野に逃げ出すからだ。
何故かって?
俺だったら迷わずそうするからだ。
それこそ姿の見えない『星降り』の……えーっと、なんだっけ?ああ、そう、ステラちゃんだ。
あの子なんかは真っ先に逃げ出したことだろう。
実力者だし、賢そうだし。
おっぱいデカかったし。
そんな訳でこの組織は戦力カツカツ、HPバー真っ赤っかな瀕死状態の泥舟という訳だ。しかも送られてくる人員はまたまた死体同然のカス共ときた。
もうこれ勝負ついて死体撃ち&屈伸煽りされてるだろってレベルでヤバい状況なのだ。いや、やばいっつーかこっから立て直すの無理だろってレベルの状況だな。やばいな。
まあ、俺はそんな泥舟に命預けてるわけなんだけど。あはは。
1人じゃ生きていけねぇからって絶賛浸水中の泥舟に乗せられるのは死ねって言われてんのと同義なんだよなぁ!?!?
「けほっけほっけほっ」
「大丈夫!?水いる?」
「ん……大丈夫」
とは言え此処から逃げ出そうにも逃げ出す先が無いし、あったとしても野垂れ死ぬ未来しか見えないのが現状だ。
それを脱する糸口を見つけるまでは、この泥舟で上手いことやりくりするしかない。
そもそもの話、ここから逃げ出そうにも泥舟側が掴んで離してくれそうにないのだが。
「次の仕事が決まったわ。いつも通りアンタと私の2人でやるわよ」
「………」
「うわすっごい嫌そうな顔」
なにせこの俺様までもが立派な戦力として数えられているのだから。
こんな可愛くて触れたら壊れてしまいそうな俺をだぜ!?信じられるか!?いくら追い詰められて子供まで動員しないといけないっていってもそりゃないだろ!今の俺、見た目だけで言ったら病弱儚げ幸薄ロリだぞ!?人の心とかないんか!?
───と、喚き散らかしたい気持ちは大いにあるのだがこれには理由がある。
「期待してるわよ。
「……
なんと俺様、魔法が使えるようになったのだ。
祝え!喝采しろ!
……いや、使えるようになったせいで働かされているのだから“使えるようになっちゃった”が正しいのか?
ま、まあ、いい。朗報には変わりないのだから。チートも魔法もなしに生きていけるほどこの世界は甘くない。神様は未だ俺を見捨ててはいなかったのだ。
しかし……TSして魔法が使えるようになるとは。
俺は所謂TS魔法少女というやつだったのか?
癖には沿わないが……悪くは無い響きだ。
「もー素直じゃ無いんだから」
「う……やめろ。引っ付くな……吸うな!!」
異世界といえば魔法!
独断と偏見混じりだが俺はそう断言したい。
だってそうだろ?中世的でファンタジックな世界で剣と魔法を駆使して仲間と共に魔王だとかドラゴンだとかの強敵に立ち向かう。それこそ理想の異世界だって諸君らも思うだろ?
……まあ現実はサイバーパンクでダークファンタジーで世紀末でポストアポカリプスだった訳なんだが。
とにかく!この世界にも魔法はあるんだ!
俺たちの異世界ファンタジーはまだかろうじて息をしていたんだ!!……それもTSするまで使えなかったんだが。
と、とにかく!!!
この度俺は魔法を使えるようになったのだ!TSも悪いことだけではなかったという訳だ!
「すぅぅぅぅ……う゛ぇ」
「“ゔぇ”!?」
こんな典型的なファンタジーから大きく外れたこの世界でも魔法は魔法。
よくある魔力だのエーテルだのマナだの呼ばれてる謎物質を使って奇跡を起こすって技術だ。……まあその使ってる謎物質が大気中のやべー汚染物質だったり、使いすぎたら死ぬとかだったりするらしいんだが。
………う、うん。些細な問題だろう!
んでこの魔法──正式名称をコードと呼ぶらしいがお偉いさんやら賢く見られたい学者様だとかしか使わない──には生まれ持った固有魔法と一般化された……こう、杖とかそういう系のサムシングにミミズみたいなキッショい文字書いて、その……こう、なんつーか……ふんって力を込めて発動させるタイプがあるんだ。
あれだな。
所謂固有魔法と汎用魔法だな。
「あ、アンタ最後に風呂入ったの、いつ?」
「え……?二………いや、三日前……?」
んで、俺が使えるようになったのは前者。
限られた人間しか……そう!天に選ばれた人間しか使えない固有魔法!神に与えられし祝福!生まれ持って体に刻まれた術式なのだ!……まあ、この都市の4割程度の人間が保有しているレベルのレア度なんだが。
あと一応、汎用魔法も使えるには使えるのだが難しすぎて基本的なやつ以外は諦めた。
「風呂入るわよ!今すぐ!」
「い、いや……」
「抵抗するな!女の子なんだからちゃんと風呂くらい入りなさい!素材はいいんだから!」
と、ともかく。
俺は魔法を使えるようになったんだぜって話だ。
それも俺のような主人公に相応しい特別なやつを。
さあ!見るがいい!
これこそ俺の新たなる力!
【傀儡】の魔法を!!
「【は、はなせ!】」
俺の魔法を込めた声を聞かせることで、聞いた人間の自由意志を奪い、その命令を強制的に実行させる最強の───
「効かないわよ!」
「ふぇ!?」
───最強の、魔法……の、はずだったんだが。
まあ、うん。
ご覧の通りだ。
「行くわよ」
「はーなーせー!」
俺の魔法は【傀儡】の魔法。
魔力を込めた俺の声を聞かせることで相手を傀儡化して行動を制限したり、完全に支配できてしまえば自由自在に動かすことも可能となる。あとは視界を同期したりもできるな。
傀儡っつーかラジコンの魔法だな。
んーチート!
チートのはずなんだ!
なのに!こいつ!シアちゃんは言いやがった!
『あー……洗脳系の魔法ね。……使い方次第じゃないかしら』
ってな!!!!
馬鹿にするなよ……!たとえ魔法耐性が極端に低かったり抵抗する意思がなかったり自分よりも圧倒的格下だったりしないと効果がないって言っても!異世界転生主人公の俺様が授かった魔法が!弱いわけ───
───うん。弱いわ。
雑魚狩り専門みたいな魔法だもん。
ネズミとかの害獣駆除にしか使えねぇよ。
一応偵察には使えるってことで彼女の仕事に同行したりしているけど、俺がやりたいのはこういうことじゃない……!
無双!圧倒的な力での無双がしたいの!!
これじゃあ都市のトップに返り咲くどころか、1人で生きていけるかすら怪しい!このままシアちゃんにおんぶ抱っこじゃダメなのだ!
「はいとうちゃーく」
「やだぁー……」
「諦めなさい!」
「おわーー……」
だが基本固有魔法は発現したとしても一つまで。小難しい汎用魔法を覚えて頑張るって手もあるが……勉強したくないので却下。
この固有魔法が成長したりして化けることを祈るしかない。
故にまずはレベル上げだ。
RPGだってそうだった。
初めはそこら辺の雑魚を狩ってレベルを上げるのだ。そうすればこの魔法も化けるかもしれない。
環境トップレベルの最強魔法になるかもしれない。ちなみに現環境トップは炎系統と水系統らしい。見た目が派手だし生活に役立つからだとか。
故にお助けキャラであるシアちゃんが持ってくる仕事に、わざわざこの俺様がついて行ってあげているのだ。……決して働かざる者食うべからずとして追い出されるのが怖いからではない。
「あ゛ぁ〜〜〜」
「ちょ、暴れないでよ。アンタ髪長いんだから」
「んにゅ………」
「あ、そういえば仕事の内容伝えてなかったわね」
「今、話すこと?どうせ……いつもと一緒。上層で、隠れてコソコソ……警備部隊の動向を偵察する……」
「違うわよ?」
それに彼女の持ってくる仕事はいわばチュートリアル。偵察に収集……決まって簡単な仕事ばかりだ。敵に遭遇しても浮浪者や整備部隊のモブが精々。前衛として優秀なシアちゃんが付いてきてくれる以上失敗することはありえない。
こんなのついていかない理由がない。
経験値稼ぎや魔法の使い方を学ぶにはもってこいだからな。
どうせ今日も似たような仕事だ。
だからいつも通り魔法の練習を………
────え?違う?
「今回は暗殺。目標は警備部隊第六隊長ソフロン・チェレニコフの首よ」
────………。
ボス戦は、聞いていない……!!!!
「ひぃん」
「ちょ!?レイ!?」
俺は泡を吹いて湯船の中に沈んで行ったのだった。
【レティシア・ランフォード】
『ステナグラード解放戦線』の幹部。
発掘された魔道具を用いての戦闘を得意とする。
警備部隊による弾圧が始まる以前は、地下第一層にて下層市民の子供だけで構成された窃盗団を率いていた。それ以外は特に目立った経歴はなく、一般的な下層市民であったとされる。
現在彼女の周囲に子供の姿は1人の傭兵を除いて見受けられない。