元チート転生者のTS珍道中   作:有機栽培茶

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#7 傀儡の魔法

 

「……レイ、もう……大丈夫。おろして」

「だめ。まだ、追ってきてる……うぇ」

 

 

 私には少し前まで家族がいた。

 顔も名前も、今生きているのかすら知らない両親のことではない。

 

 私をここまで育ててくれど、英雄を妄信し、私を見てくれない……そばにいてくれなかった兄のことでもない。

 

 大切な家族。

 血はつながっていなかったけれど心はつながっていた、私にとって掛け替えのない大切な家族たち。

 

 

「いいから!アイツはここで倒す!私が殺すの!」

「……無理。シアちゃんじゃ、勝てない」

「でも!」

 

 

 イワン君は走るのが得意だった。

 ユリアちゃんは縫物が上手だった。

 ナタリアちゃんの将来の夢はパン屋さんだった。

 ボリスくんの作る料理がみんな大好きだった。

 ニコライくんはいつもみんなを守ってくれた。

 メイアちゃんの話す外の世界の物語はいつもみんなに希望をくれた。

 

 みんな……みんな大切な家族だった。

 でも、もういない。

 

 私のせいで。

 私が守れなかったから。

 お姉ちゃんがみんなを守れなかったから。

 

 

「……それでも、私がやらなきゃダメなの」

「シア……」

「私が……お姉ちゃんが仇を取らないとダメなの。みんなのお姉ちゃんとして、せめてもの償いをしないとダメなの」

「………」

 

 

 お兄ちゃんは私たちには偉い人の血が流れて居いるといつも言っていた。

 自分たちは選ばれた人間なんだって言っていた。

 英雄が、神様が私たちを選び、いつだって見守ってくれていると言っていた。

 

 じゃあ、なんで?

 

 なんで私は彼らを守れなかったの?

 なんであの子たちは救われなかったの?

 なんでその英雄様は私たちに何もしてくれなかったの?

 

 答えは分かりきっている。

 

 全部嘘だから。

 

 結局力がすべてなんだ。

 いくら都合の良い妄想に縋り付こうとも救いは来ない。神様が悲劇をはねのけてくれることはない。

 

 私自身が強くなるしかない。

 力を得るしかない。

 

 その代償の末自分が死ぬことになったとしても二度と同じ間違いは繰り返さない。

 

 

「巻き込んじゃって、ごめんなさい。勝てなくても……貴方が逃げれるだけの時間は稼ぐから。だから、あなたは逃げて。もう……二度と貴方達を失いたくないの」

 

 

 今度こそ守るんだ。

 復讐に明け暮れていたあの日見つけた新しい家族を、レイちゃんを守るために。もう二度と家族を失わないために。

 

 私が、お姉ちゃんが頑張らないと。

 

 

「私は、お姉ちゃんだから」

 

 

 みんなの仇を打つために。

 これ以上の悲劇を生み出さないために。

 

 

「待って」

 

 

 突然私の腕をレイちゃんが引っ張った。

 

 私を見上げるその目には不安と恐怖に満ちていて、私の決意を固めさせるには十分すぎるものだった。

 

 たとえこの命を捨てることになろうとも彼女を守り、仇を討てずともあの子たちのためにせめて一矢報いてやろうという半ば諦めの混ざった決意を。

 

 でも彼女はまだ諦めていないようだった。

 その不安と恐怖に満ちた瞳の中に、微かでありながらも希望がこもっていたのを私は見逃さなかった。

 

 

「シア。貴方に、御呪いをかける」

「御呪い?」

「そう……でもこれは貴方が受け入れてくれる必要が、ある」

 

 

 希望は伝染する。

 彼女の持つ微かな希望が、私に光を見せてくれると信じてしまった。

 

 お姉ちゃんだと言うのに、彼女らを守る側であると言うのに、捨て切れなかった子供のような甘えがそうさせてしまった。

 

 声に耳を、貸してしまった。

 

 

「だから…… 【聞いて】

 

 

 甘い、甘い魔女の声に耳を貸してしまった。

 

 

「っあ……?」

 

 

 囁くように発せられたその言葉は私の鼓膜をやさしく揺らし、甘い快楽とともにその言葉だけをはっきりと届ける。

 

 

【大丈夫】

【安心して】

【怖くない】

 

 

 その言葉を聞くたびに脳が甘く、甘くとろけて。

 

 

【今は私だけを見て】

【辛いことは忘れて】

【何も考えないで】

【抗わないで】

【私を求めて】

【受け入れて】

【任せて】

【委ねて】

 

 

 ほつれていく。

 溶けていく。

 忘れていく。

 

 私の意思が沈んでいく。

 

 

【私にすべてを捧げて】

 

 

 もう、なにもかんがえられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

「……手間を掛けさせるな。貴様にそれだけの価値があるとでも思っているのか?」

 

 

 第六隊長はすぐに少女達に追いついた。

 場所は袋小路。逃げ場はない。

 

 

「……」

「まだ抵抗するというのか?ふん、教育のしがいがあるとはいえ、いい加減飽きてきたぞ」

 

 

 相対するはまたしても赤毛の少女。

 その手に握りしめるは先ほど落としてしまった剣ではなくそこら辺に落ちていたであろう鉄パイプ。どう見てもただの悪あがきにしか見えない。

 

 だが第六隊長は彼女の様子がおかしいことに気づき警戒を強める。

 

 

「……おい、そこの。貴様鼻血が出ているな?どこかにぶつけたのか?あまりやんちゃはしないでもらいたいのだがな。価値が下がる」

「……余計な、お世話」

 

 

 そしてもう一人の少女も相変わらずレティシアに隠れるようにして後ろに待機している。だがそちらも様子がおかしい。どこか打ち付けたのか、それとも風邪でもひいているのか側頭部を抑え調子が悪そうだ。しかしその目は第六隊長を見据えてそらさない。

 

 おびえて縮こまっていた先ほどとは違う。

 

 

「何を企んでいるのか知らないが無駄なことだ。さあ、授業終わりのチャイムが近いぞ。巻きで行こう」

 

 

 だがそんなことは関係ない。

 所詮はドブネズミの考えること。

 正面から打ち倒せばいい。

 

 そう彼が一歩踏み込んだ瞬間──それは起こった。

 

 

抜刀

 

 

 レティシアが握る鉄パイプが一瞬にして焔の剣へと姿を変える。もはや原形はとどめていない。剣先から柄まで、そのすべてが真っ赤に燃え上がっていた。

 

 無論そんなモノを握れば手も無事ではない。

 肉の焼けたにおいが周囲に漂う。

 

 だが彼女は剣を構える。

 一瞬で勝負を付けてやるとでもいうかの如く。

 

 

「っ!」

 

 

 先ほどまでとは違う、圧倒的なプレッシャー。

 まるで人が変わったのかと錯覚するほどの。

 

 

「貴様……いや」

 

 

 第六隊長は既視感を覚える。

 いつのことだったか。自分はこれを感じたことがある。この圧倒的なまでの、人知を超えた化け物と対峙している感覚。

 

 北方で出会った亜竜種でもない。魔術狂いのコード・トーカーと相対した時でもない。死地である北方へ遠征に向かうと言った傭兵集団(ノーマッドグループ)の長と話した時でもない。

 

 そう、それこそかの英雄と───

 

 そこまで考え、彼は思考を止める。

 そんなことはあり得ないと切り捨てる。

 

 

「さあ、来い。教育を付けてやる」

 

 

 目の前にいるのは一度は下したただのガキ。

 そう決めつけて彼は警棒を構える。

 

 その認識が覆るには3秒も必要なかった。

 

 

「なん───がっ!?」

 

 

 正面からであるというのに反応ができなかった。

 踏み込み一つ。

 たったそれだけで彼我の距離はなくなった。

 

 半ば反射的な行動であったのだろう、心の臓を守るように構えられた警棒が宙を舞う。

 

 そして手首から先がなくなっていたことに気づくよりも、それによって生じた痛みが脳に伝わるよりも先に、胸部を強く蹴り飛ばされた痛みと背中に物がぶつかる衝撃が脳に届く。

 

 

「ま、まて!?」

 

 

 奴は懐から予備の警棒を取り出し、応戦を試みるも止まらない。自らの動きはすべて読まれ、相手の動きは目で追うのが精いっぱい。

 

 レティシアは自らの肉が焼けて溶けることもお構いなしに剣をふるい続ける。

 

 その刃にもはや迷いはなく、怒りもない。

 おおよそ感情と呼ばれるモノが何もない。

 

 

「き、貴様、何者だ……!?」

 

 

 最早レティシア・ランフォードに意思はない。

 そんなもの、剣をふるうだけの傀儡には不要なのだから。

 

 

「……きっつ」

 

 

 如何にも悪役っぽいナレーションを語りながら、俺はその様子を背後から眺めていた。

 

 これこそ俺の切り札。

 そしてこれこそが俺の魔法の真価。

 

 対象の自由意志を奪い俺の人形とする魔法。

 

 強力無比。

 英雄としての20年以上の戦闘経験を持つ俺が、戦うことのできる肉体を手に入れたのならもはや敵なし。たとえそれがちょっと剣をふるうことができるだけのガキのものであったとしてもだ。

 

 だがさっきも言っただろ?

 大いなる力には代償がつきものだ。

 

 

「うえぇぇ………」

 

 

 マジできっつい。

 事前にネズミや鳥やらの下等生物で試してはいたが、人でやるのは初めてだ。

 

 想像以上に負荷がでかい。

 しかもその上こっちの感覚を閉じずにシアちゃんを操っているせいで二人分の情報が脳にダイレクトアタックする!吐く!

 

 だが耐えろ俺!

 ソフロン・チェレニコフの幻覚魔法の対象は一人まで。もしくは距離制限が存在する。実際シアが掛けられたとき俺には幻覚が見えなかった。

 

 ゆえに対処法は視界を増やすこと。

 彼女が剣、俺が幻覚を見破る目となる。

 

 シアちゃんの体が幻覚にかけられようと本体の俺にまでは通じない。傀儡にかけられた魔法が本体にまで作用しないことは事前に確認済みだ。

 

 

「くっ!なんなんだ貴様!なぜ、なぜかからん!」

 

 

 ただでさえ情報過多で吐きそうだってのに双方の感覚器官から全く違う光景が送られてきてどっちが現実かわからなくなりそうになる。頭が破裂しそうだ。

 

 だが勝てる。

 痛覚を切ったお陰で自身の身体能力と魔導具の性能を限界まで引き出すことが可能となり、さらに戦闘経験豊富な俺が脳となった今のシアちゃんならあいつに勝てる。

 

 

「劣勢!?この私が、劣勢だというのか!?」

「……ふひ」

 

 

 口元が弧にゆがむ。

 

 勝てる、勝てるぞ。

 見える。勝利のビジョンが!

 

 これほどまでに高揚するのは久しぶりだ!

 これこそが戦い!

 血反吐を吐きながらもつかみ取る勝利!

 これだ!これこそ俺が求めていたものだ!

 

 ああ、感謝するぞソフロン・チェレニコフ!

 貴様のおかげで、俺はこの感覚を取り戻せた!

 

 

「さようなら」

 

 

 貴様は間違いなく我が戦友であったよ。

 

 

「ま、まってお姉ちゃん!」

 

 

 勝利を確信し、刃を振り上げる。

 その時だった。

 

 シアちゃんの視界におびえた第六隊長の姿ではなく、俺の見たこともない小汚いガキの姿が映ったのは。

 

 誰だ?

 

 疑問が浮かぶ。

 そのガキの素性も、それを突然見せてきた奴の意図も俺は理解できなかった。まさか俺がいまさらそんなものを見せられてためらうとでも思ったのだろうか。

 

 だが全てどうでもいいことだ。

 一秒も経たずに俺はその疑問を切り捨てる。

 

 そして剣を振り下ろし───

 

 

「───だ、め……っ!」

 

 

 ───その剣先は奴に届く直前にとまった。

 

 

「………は?」

「っ!ははっ!」

 

 

 俺の意思が追い出された。

 シアちゃんの体は力なく膝をつき大きく隙をさらしてしまう。

 

 魔法が解かれたというのか?

 いや、最初から完全にはかかっていなかったんだ。シアちゃんの意思を完全に消し去ることができていなかったのだ。

 

 

「コイツに妙なコードを掛けたのは貴様だな!?いいだろう教えてやる!後衛から潰すのは戦いの定石だ!」

「っ!くそ……!」

 

 

 失敗した。

 

 失敗した失敗した失敗した!

 

 勝てるところだった!

 勝てる勝負だった!

 

 あと少しだったのに!

 あと1ミリで俺は気持ちよく勝てたと言うのに!

 俺は間違えてなかった!何も間違えてなかったのに!

 

 

「や、やだ……!」

 

 

 どいつもいつも俺の邪魔をする!

 何も上手くいかない!

 この体になってから何も!

 

 俺が何をした!?

 なぜ俺がこんな目に合わなければならない!?

 

 こんな、こんな最期は認めない!

 こんなこと、あっていいはずがない!

 間違っている!正しくないんだ!

 許されて良いはずがない!

 

 いやだ。

 いやだいやだいやだ!

 

 死にたくない!

 俺は、俺は───

 

 

 

 

 ──────なんて哀れで無様で情けない。

 

 

「いやだ………!」

 

 

 かつて英雄と呼ばれていた者の姿とは思えない。

 何とも情けなく、それでいて愛おしい。

 

 レイルは逃げます。

 かつての英雄としての姿などカケラも感じられない情けない姿で。みっともなく、恥も外聞もなく。

 

 しかし背後にあるのは大きな壁のみ。

 彼女には到底超えることのできない大きな壁。

 

 逃げ道はありません。

 

 

「誰か───」

 

 

 

 彼は縋り付きます。

 必死に。その綺麗な指が傷つき赤く染まるほどに。

 

 ああ、なんと愛おしいことでしょう。

 その姿はまるで神の救いに縋り付く罪人の様。

 なんと愛おしいことでしょう。

 私だけの英雄。

 私だけの希望。

 

 貴方が求めるのであれば致し方ありません。

 対価はいただきます。

 

 ですが私が必ずあなたを───

 

 

「───助けて……!」

 

 

 お救いして差し上げましょう。

 

 

「遊びはここま──っ!?」

 

 

 瞬間世界は暗転した。

 光の差し込まぬ地下でありながらも、確かに街頭で照らし出されていた路地は闇に包まれる。

 

 否。一つだけ闇に沈まずそこに佇むものがある。

 

 

「な、なぁ……!?」

 

 

 怯えて逃げまとっていた少女の姿はそこにはない。

 髪は白く染まり、瞳は真っ赤に怪しく輝いている。

 

 人ではない。

 

 直感的にそう感じた彼は本能に従うがまま飛びのこうとし、しかし動けなかった。

 

 声を聴いてしまったのだから。

 

 

頭が高い

 

 

 たったそれだけ。

 たった一言だった。

 

 自らの意思は関係ない。

 まるで重力が一瞬にいて何十倍になったかのような圧力により体が地面に張り付けとなる。

 

 

「は……が、ぁ!?」

 

 

 恐怖を感じる間もない。

 疑問も感じる間もない。

 

 

「ま、まて、話を───!」

 

 

 無論、命乞いをする間も。

 言葉は最後まで紡がれず、振り下ろされた焔の刃は容赦なく命を刈り取った。

 

 宙を舞う彼の首が最後に見たのは、悪魔のような天使の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「っあ……はぁ………はぁ………」

「……」

「……レイ………だよ、ね?」

「………」

 

 

 恐怖のあまり一瞬気を失っていたのだろうか。

 俺は意識が一瞬途切れたことを悟り、瞬時に周囲の状況を把握しようとあたりを見回した。

 

 そしてまず目に入ったのは、生首。

 足元に転がる、先ほどまで恐怖の対象であった人物の生首。

 それ以外の部位もすぐに見つかった。

 どう見ても犯人すぎる凶器を持った少女のすぐ下で、それは今なお鮮血を吹き出し地面を真っ赤に染め上げていた。

 

 圧倒的事件現場。

 その実行犯であろう少女呆然と、恐怖の混じった瞳で俺を見つめている。

 

 

 ───は?

 

 

「は?」

 

 

 は?

 

 

「はぁぁぁぁぁ!?」

「うわそんな声出せたんだ」

 

 

 あまりに突拍子もないこの状況に、俺は1、2時間ほど意識を手放してしまうのだった。

 

 

 

『警備部隊第六隊長暗殺』

MISSION COMPLETE?




【警備第六部隊】
第六隊長ソフロン・チェレニコフが率いる部隊。
素行の悪いものが集められており、隊長であるチェレニコフは趣味や価値観からそれを注意することが少なく放任的であり、それ故に警備部隊の中でも問題の多い部隊となっていた。

レイル・バーナードの死亡により行われた弾圧作戦において地下層の制圧を担当。第三層まで制圧するも隊長が何者かにより死亡。
以降は第5部隊に吸収された。

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