元チート転生者のTS珍道中   作:有機栽培茶

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#8 傷ついた心には姉パワー

 

「平和と平等を掲げた腕で悪を成すか。随分と都合の良い頭をしている」

 

 

 雪の降りしきる雪原の中、鋼鉄の大蛇は雪をかき分け這い進む。

 

 

「生き易いものだな、羨ましいよ」

 

 

 錆に塗れた鉄板は悲鳴を上げ、ピストンは油にまみれながら動き続ける。数多の積み荷を運び続けてきたそれの上で、戦いの火蓋は切られようとしていた。

 

 

「『傭兵』、気をつけろ。奴は第三部隊の隊長。『凍結』の魔法の使い手だ」

「………」

 

 

 その言葉に返答はない。

 顔も見えず、性別さえもわからない。

 全てが謎に包まれたその『傭兵』は動かない。

 

 ただ剣を携え、眼前の敵を見据えるのみ。

 

 

「ひぇ~こっわぁ。頼んだよジェルっち〜。ちゃんと私と積み荷を守ってよね。対価には当然、相応の結果で答えてくれないと〜」

「安心したまえお嬢さん。悪は全てこの私が滅して見せよう!さぁ見ていてくれたまえ!この私の雄姿を!」

「へ、へぇ~。じゃあアタシ下がってるからあとはよろしく~」

「ま、待ちたまえリュミエール君!」

「じゃね〜」

 

 

 冷気が更に増してゆく。

 

 

「……貴様ら」

 

 

 大気中の水分は瞬く間に氷と化し、吐く息は白く染まる。

 

 

「貴様らのせいで………!」

 

 

 銀の雪原を走り抜ける車両は瞬く間に変化する。

 生物の生きてゆけぬ絶対零度の処刑場へと。

 

 

「フラれてしまったではないか!」

「来るぞ!」

 

 

 吹雪は吹き荒れる。

 凍結の支配者に、勇者は立ち向かう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『───ければならない。これこそ神が課した試練なのだ。人々よ立ち上がれ。人々よ意思を示せ。人々よ我々は戦うべきである。80年前の雪辱を果たし、今は亡き真なる塔主セルゲイ・ランフォードの無念を晴らす時が来た。それこそ英雄レイル・バーナードが我らに───』

 

「……くだらない」

 

 

 くだらないプロパガンダを垂れ流す音声通信機の電源を乱暴にたたき切る。解放戦線の指導者を名乗る男の力に満ち溢れた声は、今の俺にとって耳障りでしかなかったから。

 

 ハローステナグラード。

 前回の任務で散々恥をさらした私だ。元気にしていたかい?

 

 私は元気じゃない。 

 うん。元気じゃない。

 

 つ゛ら゛い゛!!!!

 もう毎晩毎晩恐怖に震え涙で薄汚い枕を濡らす毎日だ。

 おかげで寝不足。俺の可愛いフェイスに深い隈が刻まれてしまった。

 だがなかなか可愛いな。隈があったとしても俺は最高に可愛い。いやむしろこっちの方が好みだな。このまま育ってくれたら俺好みのダウナーお姉さんに………

 

 ……悪い。冗談を言ってないとやってらんないんだ。

 元からそうじゃないか、だって?

 そんなことは……いや、君たち目線ではそう見えるか。以前まではこんなのじゃなかったんだ。俺は、もう、わけのわからないことの連続で……。

 

 ああでも、この顔のほうが好きだってのは本当だ。

 アレと同じ顔は嫌なんだ。

 

 

「………」

 

 

 今でも寝るのが恐ろしい。

 違う、俺が恐れているのは意識の断絶だ。

 連続して続いている俺が途切れるのが怖い。

 

 あの時、あの化け物に両断されたとき。

 ほんとは俺は死んだんじゃないのか?

 それよりも依然、この世界に生れ落ちる以前の俺は本当に俺なのか?

 俺は、本当に………

 

 いや、そもそも俺は人間なのか?

 

 

「………うぇ」

 

 

 第六隊長が死んだ時。

 俺は声を聴いた。

 あの忌々しい魔女の声を。

 そして確信を得た。

 

 俺の中には化け物が潜んでいる。

 

 

「気持ち悪い」

 

 

 恐怖の対象はすぐそこにいた。

 そしてソレは今も俺をむしばんでいる。

 

 

「……髪染め、あるのかな」

 

 

 白くなった一房の髪。

 他人からしたらただのメッシュにしか見えないそれは、俺の呪いの証。俺が人でなくなっている……俺が俺でなくなっている証。

 

 徐々に俺という個が失われつつある証。

 

 

「こわい」

 

 

 この恐怖に理解を示して欲しいとは思わない。

 でも知って欲しい。この恐怖を。

 怯え震える俺がいることを。

 

 かっこ悪いだとか、そんなこともうどうでも良い。

 俺を見てくれ。

 俺を認知してくれ。

 俺を見つけてくれ。

 

 誰も俺も見てくれない。

 みんなが見ているのは魔女だ。俺じゃない、魔女の姿。本当の俺の姿じゃない。

 

 

「おぇ……」

 

 

 初めからだ。

 俺がこの世界に生まれ落ちた時から、俺の心の奥底にあった恐怖が、見て見ぬふりをしてきた疑問が蘇る。

 

 俺は何者なんだ?

 その問いが俺の心に染みを作る。

 

 目を逸らしてきた。

 異世界転生という奇跡に喜び不安を押し殺してきた。この世界の主人公としての自分を作って疑問を覆い隠してきた。あらゆる欲求を満たすことで幸福に溺れ気付かぬふりをしようとしてきた。人々が求めた英雄レイル・バーナードというキャラクターを演じることでその汚れを上書きしてきた。

 

 必死に隠してきたソレが、全てを失って再び露になってしまった。しかも以前よりも広がった状態で。

 

 

「レイ!大丈夫!?」

「……し、あ」

 

 

 レティシア……俺が魔法をかけて操り人形にしたはずの彼女。魔法が解けて正気に戻り、俺が彼女にした事も知っている筈の彼女は以前と変わらず……むしろ以前に増して俺に優しく接する。

 

 けれどもそんな彼女も俺を見ていない。

 彼女が見ているのはレイという少女の皮を被った化け物にすぎない。俺じゃない。

 

 

「気持ち悪いの?熱は……ないわね?でも心配だからお医者さんに見てもらいましょ」

「……いい。それより……演説は……?」

「いいのよ。あんなの兄貴に任せれば」

 

 

 誰も俺を見ていない。

 俺を見つけられない。

 ソレは俺自身だってそうだ。

 

 それが怖くて怖くて仕方がない。

 

 

「本当に大丈夫なの?」

「……ちょっと、嫌なこと思い出しただけ」

「そう。じゃあちょっと頭貸しなさい」

「え……うわ」

「アンタ寝てないでしょ」

「だからって、膝枕………硬い」

「燃やすわよ」

 

 

 ……でもこうして人と触れ合えていると、その瞬間だけはどうしてか安心できるんだ。

 

 人肌だからだろうか。

 この暖かさだけは本物で……私のことを認めてくれていて、受け入れてくれていて、なんだか……眠く……

 

 

「はっ、寝るところだった」

「いや寝なさいよ」

 

 

 危ない。眠らされるところだった。

 魔女め、シアちゃんを操って俺を乗っ取ろうとしたな?卑劣な魔女め。許さんぞ。必ずや貴様を俺から引き摺り出して火炙りの刑に処してやる。

 

 

「私にできることがあればなんでも言って。1人で抱え込まないで。だって私は貴方のものなんだから」

「………」

 

 

 ごめん卑劣な魔女俺だったわ。

 

 

「お、覚えて……」

「覚えているわよ」

「ど、どこから、どこまで……?」

「貴方が私に断りなく魔法を使って、ニコライくん(私の家族)の幻覚を切り殺させようとしたところまで」

 

 

 ───終わった……。

 このまま俺は膝枕の状態で首をこきってやられて死ぬんだ……。

 

 

「別に恨んでないわよ。仕方がなかったことだもの」

「え……?」

「寧ろ感謝してるわ。アイツ(第六隊長)を殺せたのはアンタのおかげ。私じゃみんなの仇は取れなかった。本当にありがとう」

「や、やめてよ……」

「私が謝りたいくらいよ。アンタの足を引っ張ってばっかで。お姉ちゃんなのに、情けない」

「そ、それは……私が、作戦を伝えてなかったから……」

「それもそうね」

「う゛……!」

「冗談よ」

 

 

 彼女は笑う。

 それはとても美しくて優しそうで。

 

 

「大丈夫。貴方がどんな悪い子でも私は貴方のお姉ちゃんで、貴方は私の家族なんだから」

 

 

 ───あ、好きかも。

 

 

「……」

「じっと見つめてどうしたの?」

 

 

 そのお姉ちゃんパワーはあまりにも強烈すぎた。

 

 その暖かさは俺の恐怖を薄め、その包容力は俺の心の傷をも癒やし得る。全てを失い、自分さえも見失いかけていた俺にとってそれはあまりにも都合が良すぎた。

 

 彼女に守られるべき妹というキャラクターは、あまりにも俺が求めていた物そのもので、この心の汚れを覆い隠すにたり得る物だった。

 

 

「……お姉ちゃん」

「!」

 

 

 俺は、堕ちてしまったのだった。

 お姉ちゃんという沼に。

 

 

「そうよぉー!!!私が!!!貴方の!!お姉ちゃん!」

「うぇ、はな、ちょ、やめ」

 

 

 あやっぱ撤回。

 あれやっぱ撤回します。

 妹枠返上します。

 あの、クーリングオフってまだ、あ、ちょ、変なとこ触るな!やめろ!髪を撫で回すな!ほっぺむにむにするんじゃない!!!!

 

 やめ、やめろーーー!!!!!

 

 

「おんやぁ〜?お嬢、急に抜け出して何処に行くのかと思ったら……そんな可愛い子と仲良くしちゃってさぁ?アタシも混ぜて欲しいなーって」

 

 

 シアちゃんにニマニマ顔でもみくちゃにされていたその時だった。物陰から見覚えのない女の子がニヤニヤと笑いながら声をかけてきたのは。

 

 

「……橘重工の」

「リュミエール。リューちゃんって呼んでよねー」

 

 

 2人の少女の間に火花を幻視する。

 なんなら彼女たちの背後に虎と竜の姿が見える。

 

 ───え、なに?修羅場?

 

 演出担当の脳内第六隊長(故)が頑張っている間、俺は相変わらずシアちゃんの膝の上で頭を撫でられ続けているのだった。




【ジュリアス.・ジェルシオン】
警備部隊第三部隊の隊長。
上層警護や要人の護衛などを担当していた。
『氷結』魔法の使い手。

自称ノブリス・オブリージュを重んじる高貴なる貴族。しかし実際はかなりの女好きで金遣いの荒いクズ。女性に貢ぐため借多額の借金を負い、返せないと判断するやいなや違法行為であるとその権限を用いて店を摘発し有耶無耶にするなどかなりのクズ。なお女性には逃げられる。

都市外企業『橘重工』からの積荷を載せた装甲列車護衛の任務の際、レジスタンスによる襲撃を受け、応戦するも『傭兵』との戦いの末死亡。
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