僕のポータブル地母神   作:秘密の豚園

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是非、ご覧になってください。


0話 プロローグと意味付けの獣。 【ナオモ視点】  

 

 

 

 人はあらゆる事象や概念、他人の言動に至るまで『意味』や『物語』を付加する。

 しかしそれはどれも主観による独りよがりで善悪も正誤もない。

 

「でも、人の死からは、それだけからは意味や物語を感じ取ってはいけないよ。」

 

 矛盾まみれの彼女に僕はこう言われた。

『彼女』というのは僕にとって、目の前の女性を指し示す二人称に過ぎない。

要寺 千早(かなめでら ちはや)。大好きな人だった。

 

 その日はなんてことない日だった。そしてなんてことない遺体を見た日だった。性別も判別できないほど損傷していて、目を凝らすことでようやく人だったモノだと理解できるような肉塊だった。二人にとって、近しい人でもなかったので、彼女はそんな話題を出したのだろう。

 

 僕はその肉塊を前にした時に、吐いてしまったのを思い出す。

 

 話を戻す。『してはいけない。』という否定そのもの、それこそに意味が付きまとう。人は意味を拒絶はできないし、意味の拒否こそが逆説的に意味を産む。

 

「『価値』とか『重さ』ならまだ分かりますよ。でも意味とか物語ってなったら難しいですね。考えるなってことですか?」僕は確かあの時こう言った。

(この女は、またアホなことを言うもんだな。)とも思った。

鶏の軟骨で作った梅水晶を二人でつまんでいたのは覚えている。千早さんの恋人が作ったものだった。彼はこういうアテを作るのが好きだった

 

 そしてかつての懐疑的な僕の発言に、矛盾まみれの彼女はこう返したはずだった。

「事象とか現象、つまりそのものを捉えるの。だって死体の遺した意味を探ろうっていうのは結局のところ自己の解釈の範疇じゃん?死んじゃった人達に勝手な物語を与えるのは冒涜じゃない?自分で作ったポルノでオナニーをするようなもんじゃんか?私はそういうの嫌いだな。」矛盾まみれなそんな死生観を持っていた。

 

 今思い返すと、喋り口調はポエマーのそれだった。そもそものところ、死に対しての姿勢が出来ている時点で、彼女の持論は成り立たない。もう正誤もへったくれもなかった。臭い物に蓋をする、見たくない物から目を逸らす、これらは『認知』しているからこその行動だ。

 

 ただ僕はそれでも、否定することもなく、話を変えることもなく頬杖を突いて話を聞いていた。内心はさておいて。それが破綻した論理であっても、悦に浸っている顔であっても、愛している人が得意げに楽しそうに話す言葉であったから僕はそれを聞き続けていた。

 

 十月の六時半だというのに、明かりも付いていない部屋が嫌に明るかった。

 こちらはコーラで、彼女はウーロンハイ。

 

 それから、仕事を早くに切り上げた彼がコーヒー片手に合流したんだった。恋人と交流する血縁者でもない年下の同性を、つまり僕を、弟や後輩のように扱う彼は、本夫の余裕があるというよりただ単純に優しい人だったんだと思う。ボディタッチが少々多い人だったが、僕は彼の事が好きだった。

 

 丹屋 亮斗(たんや りょうと)。背の高い人だった。

 

 それから…そうだ。三人で軽食を取った後、二十二時まで三人でトランプゲームをした。まず、スタンダードにババ抜きと神経衰弱、それから『借金取り』。地域によっては、『お金』らしいね。

 

「二人とも、色着きのジョーカーは四千円だからね。」

社会生活で誠実な彼であっても、勝負事においては大層なペテン師だった。さりげなくローカルルールを呟くことで効果を付与したカードを、セカンドディールで自らの初期手札に呼び込んでいた。誰の手にも渡る可能性があるカードを強化することによって表面上の公平性を装いつつ、フェアという皮を被った甘言とそれによる恩恵を自らだけが享受していた。

 

 ただ、我々二人はそれを指摘できなかった。敢えて言うなら、指摘しなかったというのが正しいか。何故ならこの場にいる全員がイカサマを用いていたから。それでも、僕は一勝もできなかった。 

                                    

 とはいえ楽しい一日で帰路では名残惜しさからか何度か振り返ってしまうほどだった。彼女の話す死生観もすっかり頭から離れていた。次に彼らに会える機会が待ち遠しかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ただ、僕は次の日、彼女の言う自慰をしてしまっていた。ポルノを作った。

 壁に背を着け、夕陽に照らされた彼女から、幾つも意味を感じ取ってしまった。

 

 筋肉弛緩で流れる尿と、闘争と外傷に付きまとう鉄の臭いから。

 白い化粧で皮膚を彩ろうと、機能を止めようとする四肢と顔から。

 陥没し、割れた頭から見える頭蓋骨と脳漿が混ざり合った白と赤の混合物から。

 頭部の衝撃から押し出され、血を纏いながら垂れる右の眼球から。

 流れる血に混じることのない、頬を伝う清澄な涙から。

 涙の膜で灰色に覆われた濁った左目から。

 

 忙しなく動く目が、彼女の死という情報を捉え取り込もうとする。

 

 荒い息と止まらない動悸が僕をその場に留め、彼女の死を自己解釈し、物語を作り出した。逝ってしまった彼女の言葉をなぞることもできず、僕はただ彼女の冷たい手を取りながら嗚咽していた。意味に触れるたびに解釈が拡がり、涙が落ちた。

 

 その日は、酷く泣いた日だった。

 大切な人が二人も、その日の内に目の前から消えたのだもの。

 彼女を追い、首を吊って命を絶った彼が担架に乗せられて消えていく。

 全身に被せられた布からは、濁った液体が所々滲み斑点模様を作り出す。

 僕を急かすように追い出す警察と鑑識。

 

 彼の一部だった血も、廃棄物の様に片づけられていく。僕は追いかけることもできずその場で泣き崩れた。亡くなった彼の尊厳は、部屋の惨状と糞尿が衆人環視の目に入ることでさらに踏みつけられて穢された。

 

 僕はそれでも意味を見出し、創作をやめることはできなかった。

 

 そうだ。

 

 人はあらゆる事象や概念、他人の言動に至るまでに『意味』を付加する。

 しかしそれはどれも主観による独りよがりで善悪も正誤もない。

 そして、歪んだ意味は『物語』になって髄まで僕らを蝕む。

 

 それでも人は、あらゆるものに内包する情報から独りよがりな意味を掬い取る。

 それがあの人の言葉を無下にするものであっても。

 

 それから二か月後のことだった。梱包材に包まれた肉塊が届いたのは。

 

 ラグビーボールほどの大きさに、間隔にムラがある呼吸、凸凹した皮膚。

 その愛玩(ギプス)は力強く生きていた。

 

 ただ、その肉塊の意味だけは、僕は考える気になれなかった。

 彼女が遺した言葉を都合よくなぞり、思考を手放した。

 

 それでも、緩衝材を払いのけ手を伸ばし、その肉塊を抱きしめることはできた。

 

 十七歳、高校生活最後の冬休みのことだった。

 

 

 




私、あまり教養がないんですが
この意味づけの考え方って
【実存は本質に先立つ】という言葉に
通ずる所があるんですかね。
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