僕のポータブル地母神   作:秘密の豚園

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5話 疎外感と内輪ノリハイティーン。 【三人称】

 午前九時二十分。

 

 いくら車窓から背景としての建造物が消えていこうとも、窓越しの店舗数には潤沢に貯えがある。

 

 そんなチェーン店舗達が節操無く並んだチープな彩のロードサイドを 伊瓦田 尚茂(いがた なおも)は捉えていた。しかし蛍光色の店舗が立ち並んでいる半面、その派手さに釣り合うほどの人口はいない。

 

 ところが、車内にいる他二人と一匹は、そういった地方都市のそれらしい情景にも目もくれない。

 

 彼らが共有しているのは石畳の国道を走る際の小さな揺れだけだった。

 

 そして若々しいハイティーンの少年たちで構成された車内の雰囲気でありながら、清涼感というものは微塵もなく、空気はタバコの残り香と内輪の会話と俗らしさで充満していた。

 

「なんかさぁ、【スマホ】で小説見るとカタルシスが早い気するんだよな。」

口の端からつらりと零れ落ちた呟きは、同意を求めるものではなかった。助手席に座る少年は【スマートフォン】片手に首を傾げた。

 

「目が滑るからかな、イライラ期間が足りねぇなぁ…。」

 

「まぁたハチの亜物?ブブブ~。なんて言っちゃって。」

その呟きに運転手はハンドルを固く握り、視線を逸らすことなく、疑問符をぶつけた。

 

 危険性のある文明機器への認知能力を失った彼は社会的に言えば多数派、新倫理者(しんりんりしゃ)に属する。彼は友人らが良く口にする羽音のような単語を模倣した。

 

「お~?なんだオメェ~?興味あっかぁ~?【スマホ】によぉ?はい、今俺なんて言った?」

 

「ブブブ?分かるわけないじゃん、俺が亜物のことなんかさ。」

 

「おっひょッ!!!」

 

 牧本 ハチ(まきもと はち)が、運転手の野間 昭也(のま あきなり)の横腹を人差し指で突きながら、失ってしまった機能を揶揄った。

 

 感覚を損なわずにいられた旧倫理者としてのマウンティングよりも、友人間での軽い皮肉。

 

 

 人類間に種族や性別や思想とはベクトルの違う隔てが産まれてから数百年の月日が流れた。

 

 当初は差別や格差、種族間での争いは絶えないものだったが、現在ではそれらの障壁に折り合いをつけ、様々な形に変容させたコミュニティや地方は多数にある。

 

 宮城圏もその一つ。二種の人類は史のレベルで広く見れば、戦争行為や怨恨といった拭えない物を残しつつも、個人のレベルで見るならば互いに築かれた壁を、様々な要因で溶かし、壊し、砕いている者たちがほとんどである。

 

 そしてその隔てが衝突や摩擦だけでなく、文化やシステムといったものを作り出したということも、車外からの景色と、車内で横になっているそれの様子を見れば明らかである。

 

 

「んげひぃッ。」

と、まさにその隔てが産み落とした例として顕著な“愛玩(ギプス)”、もといチーちゃんが欠伸のような声をあげた。

 

 彼女は前席から移動した後、後部座席に座るナオモの隣で腹をぺたりとつけながら、横になっていた。それから彼女は長い舌を用いて、尻の部分にあたる場所を撫でるように搔いている。

 

 それに対してナオモは「皮膚が剥けないようにね。」と囁く様に呼びかけると、彼女に手を伸ばしスキンシップを図ろうとする。

 

 しかし、チーちゃんを中心としたナオモの視界、その端に佇むものが、彼を友人との会話に誘い出した。

 

「あ、青空文庫。」

車窓にうっすらと反射する【スマートフォン】の画面を見て、ナオモはそう呟いた。その呟きと共に、彼女へと伸びていた手もそっと引っ込む。

 

 青を基調としたUIとサイトの理念は、無断転載のポルノや凡庸な企業広告といった粗悪な情報で溢れかえったネットの中では一際目立つ清潔感があった。

 

 公共物となった創作物たちは、有志の団体に手厚く保護されている。数百年の歳月は棚を溢れんばかりの物語たちで埋め尽くしたが、それでも方針もサーバーも発足時期から据え置きであった。

 

「抑揚と文字数で意味が変わるわけじゃないのよ~??」

と先ほどのからかいの勢いを落さないように昭也をからかうハチ。以前指は運転手の横腹を指していた。

 

「腹触んのやめッ!やめろッ!運転中だぞ!」

 

 しかし、歪みながらもルールと少しの友愛があった友人間のコミュニケーションは後部座席に座るナオモの発言と介入により、強く傾き、捻じれていく。

 

「あ、パっちゃんが見てるの、『スケベの國』からじゃん。『どうぞ…。今週の搾精券でござい…。』」

とナオモが身を乗り出し、芝居がかった口調で作中内のセリフを声に出した。餌のようにぶら下げられたそのわざとらしさとMeme性を纏ったセリフは、同じく作品を愛読する友人をクサい会話に誘い出す。

 

「お、お!?『あ、ありがどうごでぇますだぁ…。俺らみてぇなC級国民は、一週間に一度村に来る移動搾精だけが生きがいなんどうぅぁ…。』」

かけているメガネを飛ばしてしまいそうな勢いで後部座席に体を振り向き、Meme性を獲得したセリフをナオモに倣ったような芝居がかった声で口に出した。

 

 

 そしてコンソールボックスにスマートフォンを捨てる様に投げ入れると、これから始まる会話に備えるために軽く咳ばらいをした。

 

 

 狭いコミュニティ内の中で、さらに独立した内輪ノリが車内に立ち込める。そんな中、それをまざまざと見せつけられ、聞かされる一人と一匹がいた。

 

 一人は折りたたまれているサンバイザーを睨みつけ、空を強く噛み、自分の中で呆れや飽きを押しとどめ、一匹は舌で皮膚を擦るスピードを速めていた。

 

 雰囲気や空気感に主導権が産まれた結果、アウェーと化してしまった彼らは、内面で完結する消極性を強いられる。流れが終わり、空気が均一化するまで。

 

 しかし、会話の俗悪っぷりはさらにギアがかかり、無理やりにアウェーな彼らのリアクションを引き出した。

 

 ハンドルを握る彼の吐息も、その中に混じる呆れや怒りすら、これから起こる車内の雰囲気にただ吞まれるだけだった。

 

「『フフ…。ではこんなものはどうか…。一つグレードの上がった…交尾券でござい…。』ピラッ…。」

とナオモが暗記するまでに昇華したMemeを唱え、セリフに沿うように紙を見せびらかすような仕草を始める。

 

「『…じょ…上級国民にしか許されない交尾ができるチケットずらかぁ…!?オラもほ、欲しいズラぁ…!!!ほ、欲じぃぃぃぃいいい!!!』と手を伸ばす農夫。」

ハチは地の文とセリフパートで声の抑揚を使い分けている。それに加え、体を大きく揺らしながらその場に無い “交尾券”を奪い取るような動きを繰り返した。

 

「『えぇい!甘えるなッ…!見せただけであるッ!!供給階級のド腐れ者が…。』ビィシバァシと、鞭の音。」

 

「『やめてすけ~ッ!領主様ぁ!!…はぁ、ひでぇずら。わっしらの娯楽は搾精車と、クレしんの感動系SSだけでずらなぁ…。』と呟いた。」

 

交互に行われたセリフの応酬。

 

「ん…フ、ヒィ~!!アハァハァ!!!ほんとアホみたいッ!!!」

 

「ヒ…ギャアアッハハァツ!!!糞ディストピアぁ~ッ!バ~カッ!!」

 

 他人を排除するような悪意こそないが、避けられ壁を作られるような笑いを挟んで、一時中断となった。

 

「げぇひッ…。」

 

「キッツいわぁ、糞チンパン…。」

と一匹と一人が、呆れ以外の総てを体外から吐き出すような大きなため息をついた。

 

 二人のやり取りがひと段落し、空気感も以前の落ち着きを少しずつ取り戻してはいる。しかし、彼らの冷たい反応に対して、俗悪な二人の熱は依然高く顔はまだ火照っていた。

 

「この間【青空文庫】に追加された“スケベの國から”の最終章を一部引用しただけですちゃむけど?」

 

「昭也、昭也、次のセリフお願いしていい!?あ…その前に……あのあとがき…言っちゃいますか。」

 

「んだす…そうねぇ。今の状況にピッタリィんッ!!」

 

 車内の空気が冷めていく中、消えかかりそうな熱気を最後の足掛かりに彼らは声をひり出した。

 

 品性と遠慮から距離を置かれた高いテンション。それに伴う声量の大きさと口調の早さは、コンテンツを知らない部外者を無理やりに会話に誘い込んだ。

 

“出来上がったノリに対して、無関係なものが反応を促されている”という状況。

 

 

「『一般的に友人関係を前提として作られたコミュニティというものは、所属する人間のステータスや思想、能力、容姿にかかわらず、総じて同じようなデキとなる。』」

 

「次はなんだよォ……。」

 

「『傷を舐め合うようなエコーチェンバーで出来上がった土地を、シャベル代わりにと、独自性が強い語彙で掘り進め、柔らかく軽い、どこか貧しい土壌の中で見つけた石を、素晴らしいものだと称え合う。』」

 

「な、ナオモまで……」

 

「「『傍から見てしまえば、いかに醜いものかはすぐに分かる。しかし、それを嘲笑し『他山の石だ。』と反面教師的な指針にしようとも、どのような人間も同じような土地の上にいて、同じようなシャベルを持っている。』」」

 

「ふ、二人してハモってんじゃねぇッ!んだよそれッ!!」

 

「「ぷぎッ!!ぷぎゅ!!」」

 

「ひゅげぇ……。」

 

「ハァ…。」

 

 そして車内では、一時的ではあるが社会的距離感が産まれた。彼らと友人歴の長い昭也ですら、過去類を見ないほどの醜悪なものを見せつけられ、反応を手探りで探している状況にある。

 

「っていうか…次のセリフってどういう…。」

小さく開かれた彼の口から漏れ出た言葉は、ハンドルを握る手を緩めさせた。萎縮にも近い思考の停滞のほとんどは、煩わしさと忌避感とで構成されていた。

 

「復唱、復唱しろいッ!!ほら!!『待てェいッ!その関係、主従関係にしては、不純だなぁッ!』って!!言って!言って!!言いなさいよ!!!」

とハチが拍手のように手を叩きながら、自分たちにとって気持ちの良い反応をするよう、彼に促し唆した。

 

 それに対して昭也は

「誰の何なんだよそれは…。はぁ…。」

と、言葉よりため息が優位に感じるほどの呆れを吐き出し「ン゛ン…。」という短い咳払いを繰り返す。

 

 喉の奥のモノを邪魔にならないような場所に寄せ、目を強く見開いた。そして

 

「『待てェいッ!その関係、主従関係にしては不純だなぁッ…!!』」

 

 雰囲気に乗せられてしまった彼であったが言い淀むこともなく、平常時より二オクターブ高い声でセリフを発した。

 

 短期的につくられた距離は、すぐにでも縮まるものだった。

 

「ヒュボッッッ!!!ヒぃ!!オヒョヒョヒョッ!!!」

「ギャッハァッ~!!色欲仮面の初登場セリフいただきィ!」

 

 そうして少々排他的であった“身内ノリ”は醜悪さに磨きをあげた様な俗な笑い声によって締めくくられた。

 

「「すっきりぃ…。」」

 

 カタルシスを得た二人は揃って呟くと、表情筋を抜かれたようなだらりとした顔で快楽を享受した。車窓に頭をつけながら、期待通りの反応を反芻していた。

 

「大きな声出すのって気持ち良いねぇ。パっちゃん。」

 

「だのじぃ~。カラオケ行きたくなっちゃうなぁ。」

 

「早く降りてくんねぇかなぁ、コイツら…。」

 

 運転手の愚痴を引き出すように赤い冷光は車をその場に引きとめた。彼はハンドルから手を離し、両の親指で頭を挟むようにこめかみを刺激すると、天井に届くような大きい伸びで体に血を通わせる。

 

「第一親等を全員、質に入れてでもカラオケ行きたくなっちゃうね。」

 

 突然の冗談が後部座席に拡がった。ナオモの口から出たものだった。

 

「あ、コラッ!俺とお前には親のストックねぇだろ!」

 

 ハチからナオモへと道徳心と容赦のない自虐的な指摘が飛ぶ。

 

「お、そういえば、そうだったね。」

 

自嘲とは離れたサッパリとした表情の後。

 

「アハァッ!!!」

「ギャハァ!!」

車内はまた、内輪の雰囲気と俗悪な笑いで満ちた。

 

「お、お前ら!ソレはマジでやめろって!!笑えねぇから!その自虐されたらさぁ!こっちは酷いこと言えなくなんの!!」

昭也は彼らの重い冗談に対する同情と哀れみが、場違いなものだと承知していても、怒りの口調にそれを混ぜ合わせてしまった。

 

「ひゅべぇぇ…。」

チーは、その図体に内包する脳の大きさからは考えられないほどの社会性と理性で、申し訳なさそうに唸った。

 

「こういう時の常識人はチーだけだよ。」

信号機が青い冷光に変わろうとする間際に、昭也は後部座席を振り向いて目を細めて、その愛玩に向けて頷く様に首を振った。

 

 

「話は変わるけど“スケベの國から”の作者の孫が、デュラムセモリナ側にいんだってよ。それから変わった話をまた戻すけど俺の両親は交通事故ね。覚えとけな!」

ハチが声を張り上げた。彼にはかつて両親がいて、その後の生活を支えてくれる姉がいた。

 

「やぁめろ!戻すな!誰に対しての何なんだそれは!!!まだスケベなあーだこーだのがマシだって!!!」

 

「へぇ~。そしたら宮城野区辺りかなぁ。あ、昭也。僕の両親はねぇ…。」

ナオモに父親はいなかった。母親も物心つく前に蒸発していた。

 

「ど、どんな情緒だよお前ら!!ダメ!ダメだってば!落ち着けって!笑えねぇから!」

昭也は悲痛な叫びのような声で、ナオモの言葉を遮った。

 

「お、女の子もいるんだぞ!!!」

 

「ふぉん…。」

 

「チーちゃんのこと?」

 

「そうでしょうな!」

 

「「あひゅいッ!!!」」

 

「おろ…。降りろぉッ!お前らァ…もう!!!」

彼にはまだ両親と妹がいる。

 

 

 ただ、話題とは地に足がついていないため節操が無いほどに移ろう物。一つの場所に留まるということをしない。

 

 そのためか先ほどまで身内間で流行りの小説の話をしていたハチも、今ではすっかり他の話題に目移りしていた。

 

「あ、そういやスケベといえばさぁ、ナオモ。」

「げけべ。」

とうんざりといった様子でチーちゃんが彼の単語を抜き出し、模倣するように鳴く。

 

「会話の切り口がとんでもないね。」

その鳴き声に添えるようにナオモが呟いた。

 

「ま、度重なるエロ話で恐縮だし、もうこれ以上Hな話題に花を咲かせるのも、花びらを回転させるのも、憚られるんだけどさぁ、痴女【スマホ】はどったの?みひりよ。みひり。」

ふざけた会話の切り口に、疑問符と詫び言をつけ足したものをハチは口から発した。

 

 態度と佇まいは不格好で頭はヘッドレストから離れ、背もたれにべったりとついているため身体は座席からずり落ちそうになっている。手の甲を嚙みながら、目もどこか焦点が合っていなかった。

 

 その発言の後、昭也は車内の話題が転換したことに、家庭事情を茶化す二人の自虐が終わったことに少し安堵した。

 

「もう!お前らってば下ネタばっかり!ボケ!アホ!カス!花咲かすな!徒花にしとけ!んなもん!枕が臭くなってくる年齢のバカども!!」

昭也の気分とハンドルを握る手が緩む。語気は対照的に強まったが、それもまた安堵から。同じような中傷を絶え間なく口から発してはいるが、楽しげだった。

 

 そして崩れた座り方をするハチに対して、昭也は罵倒を絡めながらも注意喚起の目線を送る。

 

 しかし彼のアイコンタクトは全くと言って良いほど気付かれなかった。そのため、合皮製のハンドルから手汗で濡れる左手を恐る恐るという風に離すとハチの右肩を素早く何度も叩いて姿勢を正すように促した。

 

「ちゃんとしろっての!!」

乾いた砂を叩くような力ない音が響くと、ハチが口を開く。

 

「ン?何よ?つまりアレ?臭い枕。臭い枕と言えばお父さん。『でもお前は、父親の枕が臭いみたいな家族あるあるも知らないんだよな。』っていう煽り?」

ハチは過剰に声を震わせ、むせび泣いているような演技をしながら答えた。

 

「そのくだりは終わってんの!あと、ゴミみたいなマジカルバナナすんなよ!ちゃんと座れってこと!危ねぇから!」

 

「ぎゃはッ!そう!そういうのを待ってたッ!でも、座れっていう指示を最初からしないのが悪いのよぉ~。ね、口でしてね~。ん!?『口でしてね!?』」

ハチは笑いを交えてそう言うと、ハンガーに両手をかけ自らの体を引き上げて座席に座りなおした。

 

 数分ほど前までは食傷さを感じるほどに傷心を繰り返していたナオモも、会話の中で明るさという社会性を取り戻していた。

「あらら、そりゃずいぶんと『深い話』だね。ん!?ディープ・スロート!?…あと、パっちゃん。アイツならサークルKだよ。」

友人へ冗談交じりの皮肉に遅れながらの返答。返ってきた答えにハチは呼吸音で小さな相槌を打った。

 

 それから少し間を開けて、ナオモが

「痴女より、娼婦より…僕に必要なのは…母親かもしれないのに…。」

と即興で作ったセリフをわざとらしい上擦った声で呟く。

 

「う~ん!ボディコン授業参観熟女ママ!」

 

「キャッ!キャッ!キャッ!」とナオモ。

 

 そうした友人らの喜々とした声に、自身にとって頭を抑えたくなるような話題がまだ続くことを察した昭也は、束の間の安心をすぐさまに取り払って拒否反応を起こし、嫌気から声を荒げた。

 

「あああああ~ッ!もうやめろ!その天丼!!ずーっと同じ方向性の話続けてさぁッ!!!」

 

 そして、車内の空気感や終わらない話題を妥協と諦めを交えて受け入れたチーは「ふぉん…。」と静かに鳴いた。

 

 一人と一匹の反応に対して

「じゃあ下ネタの方がお好きかい?」

とナオモはとぼけた口調で問いかけると、前部座席に顎を乗せた。

 

「やだァツ!!下ネタも家庭の話もやめろ!!!そもそもお前ら会話の主導権握るのに、躍起になりすぎ!!」

ルームミラーに映るナオモの黒い髪を睨むと、昭也はヒステリックの一歩手前で立ち止まったような声を上げた。

 

 ほんの少々の居心地の悪さを感じている運転手からのせめてもの反抗、空気感を崩すための攻撃だった。

 

 それでも彼の想定したような変化もおきず、車内には『自らの家庭事情すら笑いの種にする。』そんな空気がゆったりと漂っていた。

 

 そうして昭也は友人の愛玩がしたように妥協と諦めを交え、彼らの会話を受け入れ息を大きく吐いた。

 

 しかし

「っていうか良いの?ずっと待たせて??その…痴女の方…を…。」

昭也の口から漏れ出た疑問と顔の見えない他人への社交性が、自然と会話の主導権を握った。

 

 空気感も話題も、一つの場所には留まらない。

 

 昭也にとっては意図のない独り言にも近い発言が彼らの興味と視線を引いた。

 

 周囲の息遣いと思考が自分の発言を軸にしたものと理解したときには、自虐を止めた達成感と会話を掌握した所有感から昭也は安堵の息を口から漏らしていた。

 

「え、いや。全然後で良いよ。痴女とか言ったけどアレは人っていうか…ケバいっていうか…。」

ナオモがしどろもどろに言う。雰囲気が変わったことによる困惑ではなく、自らの所有物である痴女【スマホ】を新倫理者へどう説明するかで彼は困惑していた。

 

 ナオモが本質とは無関係な表現方法や言語の意味に対して思考し、間を産む。

 

 しかし彼は県道での憐憫と自罰を思い出すと、長考を止めた。

 

「ごめん、やっぱサークルK連れてって。」

ナオモは申し訳なさそうにそう言うと、顎を前部座席から離し、体を座席に沈めた。

 

「あら、良いわねぇ。俺もちょうどタバコ吸いたかったのよん、うっふん、あっはん。私、喫煙者よぉん!!!タバコちょうだぁいんッ!!!」

女性語でハチが続く。

 

 二人に対して

「あい。わかりゃんしたァ。ま、通り道だしね。」

と昭也が返すと、ハンドルを切り車線を変える。

 

「上にマンションあるサークルKよね?。」

とハチ。

 

 それからすぐ、彼が気づかぬうちに揚げた足を取るように間髪入れずと二人と一匹が一斉に声を上げた。

 

「え?アレはアパートじゃない?ねぇ?」

「な。アパートだろ、舐めんな。」

「あげーお。」

 

「あ~!人の言葉をそうやって反芻して、繰り返すのオー!マイキーの親父みたいッ!!」

 

 ハチは至極楽し気に、そう言うと手の甲と手首で眼鏡を押すように整え、中央の収納スペースをまさぐりタバコとスマートフォンを取り出す。

 

 それから膝に足を乗せ、靴のゴミをほろうと

「ソニー・ビーン一家の家系図の真似やろっかな。」

と不意に呟いた。しかし、反応するものはいない。

 

「まぁ着きますよ。“マンション”着きのサークルKにね。」

ハチの発言をスルーしつつ、先ほどの発言への皮肉を昭也は呟き、ハンドルを回す。

 

 昭也の目の端には、歯を見せながら顔を歪ませる愉快犯ハチが映る。それでも彼は慎重にハンドルを回し、ゆったりとしたカーブで駐車場へと侵入していった。

 

 しかし、車内で彼の運転と呟きに意識を向ける者はいない。

 

「パっちゃんは笑いを取るのに必死なんだよ。え!?ハングリー精神を捨てていないひな壇芸人の様に!?」

そして遅れながらに車内に響くナオモの例え。

 

 しかし反応する者はいない。

 

 自らの発言が、空気に混じって消えていくまでの間、ナオモはずいぶんと長い時間を感じた。

 

 胸に残った侘しさを払拭するように、同じように言い淀んで言葉を繰り返す。それでも反応はなかった。

 

 ミラーを見つめタイヤを微調整する昭也。

 愉快犯。

 気だるげな愛玩。

 

「ねぇ、皆?」

その場にいる誰もが反応を放棄していた。

 

「着いたぞ。はい、降りるヤツは降りな。」

昭也が伸びをしながら欠伸交じりに言うと、ナオモ以外の各々は淡々とシートベルトを外し、ドアに手をかけ始める。

 

「アレ?皆?」

 

「ねぇ?皆?」

 

「ま、ヤニ吸うわ。運転ありがとうごぜぇましたぁ。」

ハチは、やんわりと運転手に礼を告げるとドアを勢いよく開け、閉めることもなく、店舗前に設置された灰皿に駆けていった。

 

「あ、俺ってば喫煙者だから今からジムシーと呼んで。タバッ、タバタバ!!お尻に水かけるわぁん!!!」

 

 彼は周りの喫煙者にも聞こえるような声で、車内に残った友人に呼びかけた。

 

 ハチは一般的でないような古い文化やMemeをそれらに疎い人間に対して扱い、ちょっとした優越感に浸ることを好む傾向がある。

 

 自らを表現することにはさほど抵抗がない。そして彼は周囲の忌避の目を気にも留めない。

 

「閉めてけよぉ!!」

昭也はドアを小さく開け、その隙間から喫煙所のハチに向かって同じような声量で文句をつけた。

 

 その後、右隣に駐車してある車体が少し沈んだシルバーのゼロクラウンに舌打ちをすると、ドアが車体に着かないように慎重に開けて車外に出た。

 

「シャコタンなんかして…。」

昭也はゼロクラウンの呼吸音にかき消されるほどの小さな声量で文句をつけると運転席のドアを強く閉め、ノートの前方から周り、ハチが開けっ放しにした助手席のドアを閉めた。

 

 それから後部座席の窓を軽く叩き、ナオモにドアを開けるように促す。

 

 ナオモは軽く頷くとドアを小さく開き、車体の間から顔を覗かせ

 

 「ひな壇芸人みたいに…。」

と性懲りもなく呟いた。

 

 それに対して、しぶしぶ昭也が

「まぁ、ハングリーだもんなぁ。」

と返すとナオモは目を閉じて握りこぶしを作り、それを顔の位置まであげた。

 

「ナオちゃんは早いとこ連れてきなよ。俺車ン中軽く綺麗にしとくから。」

昭也はナオモを急かすように小気味良いテンポで窓を指で叩くと、香料を使うかどうかと車内に問いただすようにゆっくりと鼻をひくつかせた。

 

「2プッシュかなぁ…。」

昭也は呟くと助手席のドアを開け、ドリンクホルダーに置いてある香料スプレーと、小さなブラシに手を伸ばした。

 

「昭也は綺麗好きで良いねぇ。」

 

「ん?だって乗せてくんでしょ?その………痴女…さん…。」

 

 昭也は顔を俯かせると、振り絞るように呟いた。

 

「あ~。そこまで考えてくれてたんだ。ありがと。でもアレは人じゃないから掃除なんかしなくて良いよ。」

 

「お前…またそういう事を…。俺の女は玩具だから人間扱いしなくて良いってそう言いたいの?」

 

 昭也は目を細め、軽蔑するようにナオモを見据えると低い声で呟いた。

 

「あ、違う違う!比喩じゃなくてね。本当に人じゃないんだ。例えるならこう…。アトミック・ハ…。いや分かんないよね。う~ん…マスコット……タルト…ナビィ…パック…モルガナ…ラピード…う~ん?」

(てか昭也ってみひりのこと知らなかったんだよね…。まぁ、パっちゃんが知ったのも最近だったし。)

 

「なんだよ。まぁ、淫語を使うけど艶っぽくないお助け妖精って感じ?」

訝し気ながら納得した昭也は、自らの言葉で組み立てて自己解釈を試みた。

 

「ん、それだ!!流石、昭也ッ!……あ、でも分かってると思うけど亜物(あぶつ)だから、会話できないよ。」

人類史にとって産声を上げたばかりの概念でも、いずれ一般教養へと昇華し、それを表す造語すら生まれる。

 

 新倫理者から 見えないもの 認知できないもの を表すその言葉をナオモは自然と何の気なしに扱う。

 

 その後、自分の腿を飛び越え、車外の地面に降りた愛玩を確認したナオモは、後を追い、地に足をつける。

 

 靴越しに伝わる石畳の硬い感触は、肉で出来た車内の柔らかい抱擁から抜け出したことをナオモに実感させた。

 

「ふ~ん。」

友人の納得にナオモは頷くと、腰を曲げチーちゃんの胴体を両の手で掴み、目線の高さまで持ち上げた。

 

「チーちゃんも来たい?」

飼い主の問いに愛玩は少し不愛想に

「ひゅげげ。」

と鳴くと、舌で地面を指した。

 

 意図を汲み取ったナオモは寂しそうに腕を降ろし、彼女を放す。大きく息を吸うと、彼女はサークルK上部のアパートスペースの柵に舌を伸ばし、ジップライン移動の様に自らを柵部分まで手繰り寄せた。

 

 その後柵の手すり部分から、また巧みに舌を扱い、屋根部分までたどり着く。地上からの移動所要時間はおよそ2秒ほどだった。

 

「外に出たかっただけか。」

ナオモはそう呟くと

「すぐ来るからね~!」

と灰色のスレート屋根の上でごろ寝を始めようとする愛玩に向かって大きな声で呼びかけた。

 

「そんじゃ行こっか。ついでにお菓子買ったげる。」

「お!税金が菓子になって帰ってきたァ!」

「へへ、納税者様へ還元です。」

贈指税と銘打った危険因子達、旧倫理者への抑止は、隔てが産まれてから一つの文化として確立された累進課税である。

 

 序列や役職で金額は変動するが、ナオモのような等級の低い旧倫理者であっても、職につかずに生活できるほどの税金を交付されている。

 

 しかし、旧倫理者と言えど、職に就いている者も少なくない。

 

「あ、待って。俺、靴紐結ぶわ。」

昭也が膝を地面に付けると、髪の間から細いうなじがこちらを覗いた。ナオモはそれを数秒見つめると、突拍子もないことを思い出したように呟き始める。

 

「チーちゃんってグッズ化したら、ティッシュカバーになりそうだよね。」

 

「ん、なんて?」

昭也が顔をあげた。

 

「ヴィレヴァンでひとくいばこのティッシュカバーの隣に置かれてそうだなって。」

顎を親指で摩りながら、ナオモは答えた。

 

「ヴィレヴァン?」

「うん。」

ナオモが頷く。

 

「おい、ナオモ!そこはミミックだろッ!!」

隅にある喫煙スペースから、ナオモの話を聞きつけたハチの声が飛んでくる。周りの喫煙者は一層、ハチから距離を置いた。

 

「うるせぇなぁ…何だ…急に?」

昭也は困惑しながらも、靴紐を固く引き締めた。

「あぁ…。ん?いやソレ、色しか変わんないでしょ!」

ナオモは少し言い淀むと、一拍置いてハチに言葉を返す。二人はハチに背を向けた。

 

 

「中高生の後ろを申し訳なさそうに通るアレね。」

昭也は立ち上がると、服を整えてナオモに言う。

 

「なんかヴィレヴァン寄った後の田舎の中学生って、だいたいスタバに行くよね。バニラフラペチーノとか飲むのかな。」

とナオモ。

「そういうの想像したらなんか可愛くて微笑ましいじゃん。カッコつけて無理して、ブラックコーヒー頼んでた奴と違って。」

中学生時代のナオモを皮肉る昭也の発言に、ナオモは地面に膝をついた。

 

ナオモの息が荒くなる。

「ハァ…ハァ…。」

 

昭也は背中をさすろうと近づいた。

「え、な、大丈夫!?ど、どうした!?」

 

「…………あ、あの、ほ、ホントは…僕も甘いの飲みたかったんですぅ……。でも店員さんから物珍しい……みたいな目で見られるのが良い気分でェ……。」

ナオモが息も絶え絶えといった様子で言葉を喉奥から押し出した。胸を押さえ、前かがみになって地面に手を付けるナオモに、昭也は目を瞬かせ困惑を向ける。

 

「えぇ…。」

昭也はナオモから距離を取るように後ずさりすると、呟いた。

 

「うッ…。うぅ…。ぐるじぃ…。」

吐き気から口元を押さえるナオモ。

 

「って…おまっw効きすぎ……。。」

 

「ぐぅぅぅ……。違っ…違っ…思い出しちゃったァッ…。」

 

「…あんまり効き過ぎじゃない………?」

 

「うぅぅぅッッッ…………。」

 

 昭也は引き気味にナオモをフォローする。

「……ブラックコーヒー飲める中学生…はカッコいいなぁ…。」

 

「そ、そう?いやぁ、そうでもないよ。あはは。」

ナオモは腰を伸ばすと照れ臭そうに、謙遜を交えながら笑う。

 

「お前、怖いよぉ!」

昭也は顔を顰め、肘で友人を軽く小突くと歩を進めた。

 

 ナオモは軽く横腹をさすり、駆け足で昭也に並んだ。

 

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