僕のポータブル地母神   作:秘密の豚園

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8話 介入と一触即発。そして熟年結婚のたまごっち。 【三人称】

多稲(おおいな)跡乃(あとの)(キチガイ殺し)と愛玩(ギプス)チーの衝突直前の喫煙所にて──。

 

 

 昭也(あきなり)の耳には、周りの喫煙者達の下世話な会話が入った。

 

「…そういやキチ殺、ビアンってマジ?」

 

「知らね。まぁミサンドリーっぽくはある?ダルマに当たり強いし。」

 

「あ~、ダルマ…。ダルマねぇ…。」

 

「どったよ?」

 

「もし今、アイツらやり合うならどっちが勝つのかなぁって…。」

 

「そりゃお前…。」

 

 部外者達の俗らしい呑気なやり取りは、昭也の精神を逆撫でた。

 

 友人の危機と目の前に広がる非日常すら話の種にして、安全圏から離れない彼らに声を荒げそうになる。しかし彼らへのヘイトも隣からの聞きなれた声で霧散した。

 

「熟年結婚して高齢出産した俺のたまごっちについてどう思う?」

 

 そう言うとハチはしゃがみ、愛おしそうに吸い込んだ煙を鬱陶しそうに吐き出した。

 

「…あ?」

昭也(あきなり)の顔から怒りは消え、すぐさま困惑の表情へとなった。

 

「まぁ、他人の家庭だし…。」

呆れ気味に俯き、地面を見つめる昭也にハチは10㎎のラッキーストライクを箱から一本差し出した。

 

「俺、十八…。」

昭也が小さく呟き、首を横に振る。

 

「アラ奇遇、俺もなの。」

ハチが返す。同調の圧力のない緩い返答を済ませると、彼はタバコを箱に戻してズボンのポケットにしまい込んだ。

 

「や~っぱ、ナオモが心配け?」

ハチがタバコの先端を地面に押し付けて火を消した。

 

「もちろん…。でもそれもあるけど…。」

昭也は一つ一つの言葉を丁寧に押し出すように続ける。

 

「あ、アイツに『ハチの所に行け。』って言われた時…。逃げても良いんだって…思っちゃってさ…俺…。」

彼はそう言うと、顔を上げ、灰皿付近の喫煙者たちの背中を睨みつけた。それから数秒ほど彼らへ目線を配ると、先ほどより更に深く俯く。

 

「なんか怖かったから…。ホッとして、ちょっと駆け足で…。アイツの事、見捨てるみたいに…。前もこんなことあったよなぁ…。」

友人を置いて逃避した自分への怒りと情けなさからか、昭也の声には涙が混じっていた。

 

「そもそも俺が、ここに寄らなければこんなことにはならなかったんだ…。みんなぁ…ごめん…。それに逃げたくせに俺は偉そうに…。人を睨んで…。」

 

「泣きそうなのぉ?赤ちゃんじゃあァんッ!?指ちゅぱしゃぶりしなが…。」

場を和ませようと口から吐いた冗談も、昭也の様子を見て詰まってしまう。

 

 ハチは昭也の背中に手を置くと、素の口調で語りかけた。

 

「ま、まァ、行きたいって言ったのは俺らだし、気にすることねぇよ…な?それにすぐ終わるでしょ、アレも…。」

 

「うん…。…………あ!?」

昭也は顔を上げて鼻をすすると、多稲と対峙するチーの姿を見た。

 

「え!?なに………なにしてッ!?」

ハチも同様に驚くと、昭也の背中から手を放して、胸ポケットにあるタバコの箱に手を伸ばした。

 

「ちょ…なッ…何考えてんだ!?チー!?」

昭也は先ほどの自責からは程遠い、怒りに近い声を上げた。そして周囲の動揺と少しの歓喜、恐怖の声に彼の声は消えていった。

 

「…こりゃお縄だわぁッ!!」

ハチはタバコの箱から変形前の【switch gun】を取り出し、右手の中に収めると、立ち上がった。

 

 そして交戦する彼女らに向かっていく。

 

「ま、待って!!」

と昭也。

 

「待たなァい!!」

 

「違ッ!そういうんじゃッ…!お、俺も…。俺も付いてくから!」

よろよろと立ち上がると、先程逃げた自分を払拭するように昭也は言った。自尊心の尊重と、友人への心配が彼の中でせめぎ合っていた。

 

「……嫌でぇす!」

しかしハチは、昭也の内面を見抜き共感しながらも、彼を追い払うように手を振った。

 

 それから眼鏡を親指で押して整えると、ナオモの元へと向かっていく。

 

 

 昭也は、二人の友人から並ぶことを避けられた。遠ざけられ、守られた。彼らの背中は、昭也に対し見守ることを強いるように壁を見せた。

 

「俺も…。」昭也の呟きには周囲の声が重なった。歓声に悲鳴に怒号に愚痴。

 

 元より小さな呟きも、かき消され友人の耳には届くことはなかった。

 

 

 昭也と友人らとの間には、明らかな隔てがあった。

 

 社会性に、精神性、文化と法律と良心。それらを積み重ねた倫理の壁は大きく聳え彼を拒んでいた。依然高く悠然だった。

 

「俺、俺も…。」

そして昭也は再度呟く。誰に反応されることもなく、その声は、静かに周囲の声に溶け込んだ。

 

 

────

 

 

『悪名高い警官が、周囲から柔く白眼視を向けられる少年に対し、威圧的に接した。義憤に駆られたか、少年の所有する愛玩が、警官を挑発。拡がる緊張と闘争の前兆。』

 

 

 ほとんどの市井の人々から見た事象がまさにそれだった。

 

 しかしその事象に対して、安全圏にいる彼らは、手に入れた遊戯性と余裕で見物を始めていた。

 

 嫌悪、恐怖するものが少数いれど、そこには助けを求めるものなどいない。

 

 あくまで見世物。檻の向こうの出来事だった。緑の外装の公衆電話を用いて、地下化したケーブルに声を伝えることはない。

 

 なぜなら所属組織の属性を一切抜きにした〝旧倫理者(きゅうりんりしゃ)同士にありがちなちょっとしたいざこざ〟という認知がほとんどであったからだ。

 

 多少の緊張を持ちながらも、こちらに向かってくることはないと砂上の安心を確保していた。

 

 

『まだ、急くほどではないと。まだ、彼らを止めるほどでないと。本当に殺し合いが起きるはずがないと。あるはずがないと。』

 

 

 しかしその場の誰もが、目の前の自尊心と悪意を、危険物であると理解できなかった。そんな観察眼そのものが目の前の交戦をパフォーマンスに仕立て上げた。

 

 

────

 

 

 彼らの間に走る感情は、最早戦場にあるものと遜色はない程だった。

 

 黒い目をナオモ達に向けながら、キチガイ殺し(多稲)は呟いた

 

「殺したい。赦せない。気味が悪い。普通じゃないよ。変なのばっか…。変なのばっか…。減らさないと…。減らさないといけないのに…。周りの目が…。目が…。」

狂人を排せずにはいられない彼女は、口を何度も動かした。

 

 荒い口呼吸を交えた憎悪の呟き。異端の門を叩きながらも、彼女はその門の先にいる同類たちを強く憎んでいた。

 

「キュるるるぅぅいぃん…。」

キチガイ殺しが鳴いた。

 

「な、なに…?」

「げ…?」

ナオモとチーは多稲から発せられた謎の鳴き声に動揺しながらも、追及することはできなかった。

 

「何してるのッ…!ッ!やめなさいッ!!」

それから一人と一匹の困惑をかき消すように車の陰から女性が飛び出す。フォーマルな白シャツを着た、茶色いマッシュショートの女性。ナオモは彼女に対して目を配るが、視線をすぐに多稲に戻した。

 

 それから多稲は口を開き、ナオモ達の方におもむろに迫り始める。

 

「ねぇ、〝飼い主が危なかった〟ってこと?それとも〝自分の事を馬鹿にされて赦せなかった〟ってこと?そもそも脳洗浄はされてるの?記憶アリで畜生してたらイカレポンチ、やっぱみんなイかれてるの?死んだらいいのに…。今ここで殺せたら良いのに…。」

 

「げげ?」

多稲の筋道がブレた発言に、愛玩はやはり困惑で返した。

 

「でも勝手に死なれるなんて嫌。私がシたい。私がヤりたい。無理。耐えられない。殺したい。勝手に逝かないで、お願い。」

 

「…。」

ナオモは多稲の発言に歯ぎしりをすると、彼女をさらに鋭い目で睨みつける。

 

 自らの矜持を自尊心として留めることなく、本能に近しいものに仕立て上げた多稲は最早

 

「けものだ。」

 

 ナオモは小さく呟いた。グリップを握る手は強くなる。

 

 

 しかし、標的に迫る多稲と、儀式に感情を組み込んだ自分とでは、さほど差異はないとナオモは考える。ただ、それでも彼女に自身を投影しても、沸き上がるのは親近感ではなく敵意と怒り。

 

 ナオモは同族嫌悪と自己嫌悪を合わせたようなものを目の前の獣にぶつけると、指の腹に爪痕を刻んだ。そうしてナオモは堂々巡りの長考を控える。

 

 

「…やめて…。くだらない…。くだらない比喩はやめて…。人は人以外に成れるわけがないのに…。私を獣って言ったの?もういや…。もう無理。殺さなきゃ…。減らして殺さなきゃ…。大嫌い…。この間のカルト女みたいに…。」

怨嗟の反芻は絶えることはない。

 

それから彼女は唐突に頭を掻きむしった。

「……ねぇ………。アンタも死にたかったの?近葉(きんよう)。」

彼女は虚ろに呟くと、屋根の下に潜むハチに視線を飛ばした。

 

 

「あらら。」

異名で呼ばれた彼は、眉を八の字に寄せると【switch gun】を構えた。

 

「パっちゃん…。」

ナオモは振り返り、奥歯を強くすり合わせるような顔をする。

 

「もう終わるとこだったのに。」

多稲は口を開いた。しかしナオモ達に迫る脚は止まらない。

 

「へぇ~。イザコザって、愛玩に顔舐められた方が終わりを切り出すんだァ。知らなかったワ。」

ハチは静止ではなく、渦中に飛び込むことを選んだ。敢えて相手を刺激するような物言い。【銃】による精神のアドバンテージと怒りで皮肉った。

 

「さぁ、そうなんじゃない?焦って、咄嗟に【銃】取り出しちゃうようなあんたらみたいなチキンに教えたげる。」

多稲は皮肉で返すと、その場で立ち止まりハチの方を向いた。

 

 

「…いやぁ、殺し好きのクソ女様にご教授いただき何よりっすわ。」

 

「…私も。他所モンのクソガキに物を教えられてこっちこそ嬉しいよ。」

 

 

 ハチは照準を多稲に合わせる。【銃】を持つ右手を少し伸ばし肘に余裕を持たせ、左手を添えた。それから右足を引き、多稲から見て体が半身に見えるように構える。ハチはウィーバースタンスを取った。

 

「キチガイ減らしたいなら、お望み通りそうしてやるよ。ナオモとチーから離れろゲボが。」    

 

「【チャカ】ってダンビラより弱いんだって。大丈夫?勝てる?私より弱いくせに。」

 

 多稲が体勢を低く構え、筒を伸ばした。アキレス腱を伸ばすような足の構えに、前屈になった胴体。反発力と弾力を活かし、瞬時に相手に懐に飛び込めるような、低く細い体勢。

 

 

 躊躇いから背を押されたような声がする。

「……あ、跡乃ッ!!何考えてるの!!やめなさいそんなこと!!」

 

「口裂け…。えと、伊瓦田さん!お願い貴方も!鎮めて!!」

車体を盾にする体勢で、懇願するような物言いで、マッシュショートの女性は声を張り上げた。

 

 しかし、誰も威には介さない。誰もが衝動と自尊心を手放せない。

 

「んぎぎぃぃ。」

「3対1。雑魚と雑魚と雑魚。愛玩に近葉にダルマ。楽勝だね。」

「ゴタゴタ抜かしてんじゃねぇぞ、クソアマ。」

「……ッ。」

 

 一触即発の空気が充満した。その場にいるほとんどの人間が、行動に対する結果から目を逸らして、その手前に佇む目先の敵を排除することしか頭になかった。

 

 愛玩(ギプス)のチーがポラードから降りて、舌を伸ばし漂わせる。ナオモもハチに倣い、【銃】を多稲に向ける。各々が胸に抱く感情を複合して闘志を作り上げていく。

 

 

 その時だった。

 

 

「あの…!!」

 

 声の主は、【銃】を構えるハチの前にいた。

 

「あの………や…やめません…か…?」

 

 宥めるような物言い。涙の混じった抑揚。自ら前に立つ一歩。

 

「昭也…。」ナオモは声の主の名前を呟いた。

 

 良識のある一般人の介入は双方を沈めるのには十分だった。ナオモが周囲を確認する頃には皆、武器を、【銃】を下げていた。

 

「そっか…。」ナオモ自身もポケットに【銃】をしまい込んだ。

 

 それから多稲の元へ女性が、駆け寄った。四方を確認しながら周囲の目を伺っている。

 

 程なくして、黒い目の狂人狩りは落ち着きを取り戻し

「チッ…。」

と静かに舌打ちを鳴らして、キチガイ殺しから多稲へと戻っていく。

 

「あぁ、そう…。いいや…。じゃあ良いや別に。逃げるみたいになるけどその子の顔、立ててあげる。」

周囲を見回すと、多稲はナオモに手招きするように手を動かした。

 

「投げますか?」

ナオモは膝の上に佇む紙袋に潜む中華まんを睨みつけた。

 

「ん、やっぱいいや、あげる。」

多稲は棒を縮小させると、バックポケットにしまい込んだ。

 

「帰るから車出して、ライちゃん。」

多稲が、ライと呼んだ彼女の肩を叩いた。

 

「いや…。でも、あの…。」

どぎまぎといった様子で彼女は多稲に返す。

 

「先に手を出したのはあっち。それをないことにして、事後処理までする。いいのコレで。」

多稲は敢えてナオモらに聞こえるような大きな声を出した。

 

「てか、私、顔舐められたんだけど、それの心配は?妬いたりとかないの?」

 

「そ、それより怪我までさせて…。」

 

「まいっか。早く帰ろ。人の目もあるしさ。総会までスケベしようや。」

多稲は、目の前の彼女の臀部に手を伸ばすと耳元で囁いた。

 

「馬ッ鹿ッ…。もぉいい!!」

多稲の手を叩いて払うと、彼女はナオモ達の方を向いて深く頭を下げた。それから駐車した車まで歩いて行く。

 

 一部始終を見ていた昭也は気まずそうな顔を地面に向け、ナオモとハチ、チーは苦虫を嚙み潰したような顔を向けている。

 

 そして大きな伸びをすると多稲は一言

「帰るゥ~!」

とシルバーのゼロクラウンに向かって声をかけた。

 

 駐車場を出発したゼロクラウンが自分の元に来るまで誘導するように手を振り続ける。後部ドアが多稲の目前に迫った辺りで、彼女はナオモ達の方に振り向いて囁くような声量で声を出した。

 

「さっきの鳴き声は多稲・ポイントが溜まる時の鳴き声ね。」

 

「げげ?」

とチー。

 

「私が私的に付けてるポイント。」

彼女は続けた。

 

「そんじゃまぁ、なにもなかったということで色々処理しとくんで。」

そう言うと、多稲は後部座席に飛び込んで、横になった。

 

 ナオモが座席に頬ずりする多稲を睨みつけていると、声が掛かる。

 

「あの…ホントごめんなさい…。」

前部ドアの窓が数センチ開かれ、ライと呼ばれた女性の声が車内から響く。

 

「いえ、こちらこそすみません。」

ナオモは頭を下げた。

 

「…車出すよ、跡乃。」

少し怒りをはらんだ声が車内から聞こえる。

 

「時間ないからスピードスケベかもねェ。タイパスケべ…。」

うっすらと聞こえるような多稲の気だるげな声。

 

「ホント、すみませんでした……。」

謝罪を最後に窓が締まった。そして、車の呼吸音が荒くなる。ナオモ達から多稲が離れていく。

 

 ハチは【switch gun】をしまうとナオモの隣にあるポラードに座り込んだ。

「何が事後処理やボケ…。クソ女が…。あ~あぁ…どうなるかなァコレ…。」

 

「でもパっちゃん。多稲が情報統制してくれるんじゃない?あの人も知られたくないだろうし……って言ってもこんなにギャラリーがいちゃあ…。」

 

「まぁ、警察がここに来るこたぁないだろ。通報するようなやつも居なかったし。そうだ…。俺達以外の旧倫理者は?」

 

「見た感じ居なかったよ。【スマホ】録画の通知音なんかも聞こえなかったし…。でも誰かカメラだとかを持ってるようなら、マスコミが……。」

 

「それこそ根回ししてくれんじゃねぇの?……でもどうなるかなぁ……。」

 

「それより二人とも…なんで……。」

 

「ムカついたから。」

「げげ。」

 

「そう…。」

 

 愛玩は舌を体にしまい込み、自らのモノであった皮膚片をじっと眺め始める。

 

 ゼロクラウンが車道に近づくほど、ナオモ達のいる場所は〝いつも〟の様相を取り戻していく。

 

 それから昭也は友人の会話を耳に入れると、我に返ったように息を吸い込み、駆けていく。近づく昭也にナオモは穏やかな口調で語り掛けた。

 

「昭也…ごめんね……。あんなことさせて……。」

 

「あの…俺…!」昭也の顔には、少し誇りのようなものがあった。

 

「でもね……。」

しかしナオモは口調を崩さず続ける。

 

「僕が言える立場じゃないし、言葉は強くなるけど…。できればもう控えて欲しいな。あの…昭也にはそういう危ない成功体験を積んでほしくないんだ…。心配なんだ…。ごめんね……。でも…ありがとね…。」

 

「……うん…。ごめん…。」

昭也は、諭すようなナオモの言葉に小さく返した。

 

 張りつめた空気と強張った非日常の雰囲気を帯びていたスペースも少しずつ日常のモノへと変わっていく。交戦はパフォーマンスに留められた。

 

「俺にも『ありがと。』してぇん!!!」

「ありがと。」

「ひゃぁッ!!!」

ハチの声に続けて、ナオモは頭を下げた。

 

「でもみんな、今回の件は僕が蒔いた種だ。申し訳ない。」

 

「ホントだよ。チーが先に仕掛けて、俺が【銃】向けてェ…。」

「ぼげげ。」

 

「まぁ、発展させたのは俺らでェ…ごめんなせェい。つっても俺は闘ったところで負けなかったが?チーより強いし怪我とかしねぇし。」

 

「んげげげげげ。」

 

「あ!やめて!チーさん!!!まーちゃのあんよさんがぁッ!!!」

ハチの足に巻き付くチーの舌。

 

 昭也はそんな風に、すんなりと〝いつも〟に戻っていく友人たちが解せなかった。先程の事態を話題の一つにして、いつものトーンと口調に戻っていく友人達に困惑を覚えた。

 

 昭也は重く乾燥した口を開く。

「危ないとこに首突っ込んだ俺も考え無しだった…。俺のおかげで静まったなんてことは言わないよ…でも…。」

 

「で、でもお前ら、やっぱ…。」

 

「…お、おかしいよ…。」

狭い入口に痞えるような声だった。

 

「あにょ?」「ふぉげげ?」「…。」

 

「なんでだよ…。前もこんなことあったけど…。」

 

「…。」

ナオモは昭也を気に掛ける目線を向け、紙袋を握りしめた。

 

 一つの選択肢だけを取った友人達に昭也は苛立ちを覚えた。

 

「なんでそういう時にああいう選択肢しか取れないんだよ。」

ヒステリックを抑え、諭すように昭也は言った。感情的な内面を抑え、これ以上自身が醜くならないようにした。

 

「う~ん。」

ハチは額を掻いた。

 

「ああいう選択肢って?」

それからあっけらかんとした様子で昭也に問いかける。

 

「暴力とか力で解決しようとする選択肢!あそこにいた全員が、もう今にも闘いそうで…。お前らだって…。」

 

「何年も友達してるなら分かるじゃろ?ムカついたからですワ。」

あっけらかんとした様子でハチが答えた。

 

「んげげ。」

賛同するようにチーが鳴いた。

 

「だとしても相手は警察で…。」

 

「警察とかキメェし。」「げんげッ。」

 

「理由になってねぇから!それに…なんか我慢とかやりようは…!それにアイツだっておかしい!なんでナオちゃんにあそこまでッ…!!!」

抑えていた内面はとっくに漏れ出ていた。

 

「…昭也は…優しいね。」

ナオモは閉じていた口を開いた。

 

「…でもルールを守らない人間の事を、そういう人たちが守ってくれるわけないじゃない。」

それから続けて、倫理の外側に立つ自分をナオモは嘲弄した。

 

「な、なんだよそれ…。」

 

「まぁ、キチ殺自身がおかしいってのもあるかもだけど。包帯買ってくるね。チーちゃん。」

 

「んげげ。」

 

 ナオモは、紙袋をハチに投げるとゆっくりと立ち上がり、歩き始めた。そして昭也はサークルKの入口に向かう友人の背中を引き留める。

 

「ナオちゃん…!!まだ話は…!!!」

昭也は肩を震わせた。

 

「あと昭也、選択肢の話だけど…。」

とナオモの背中は呟く。

 

「え?」

 

「多分だけどその選択肢を取る人って、皆逃げたくないってのがあると思う。」

ナオモは足元に落ちていたナイフを拾うと、足を止めて答えた。

 

「お、豚まんか?餡まんか?チー、分かる?」「ンゲギィ。」

 

 昭也は、興味が中華まんに移ろった一人と一匹を目の端に寄せる

 

「じゃ、じゃあ逃げずに闘わなきゃいけない理由ってなんだよ!?意地とかプライドか!?」

昭也は弱い内面が声に混じっていくのを感じながらも、問うことをやめられなかった。

 

「根本はそれだね。それに、逃げたら嗤われるから嫌なんだよ。」

ナオモはナイフを折りたたむと、柄で頬を掻いた。

 

「誰にだよ…。」

 

「みんな同じなんだ。」

 

「…自分に。」

その背中は一拍置くと、恥ずかしそうにそう答えた。

 

「…自分に?」

昭也も同様に一拍置き、彼の言葉を反芻した。

 

「あ、恥ずかし…。薬とガーゼ…。あ、財布…。まぁ、なんとかなるか…。」

ナオモはポケットに手を添えてそう呟くと、引き戸を引いた。多稲が強引に扉を開けたためか、レールの上に扉が乗り片手でもすんなりと開閉できるようになっている。

 

「自分。」

昭也の中には退いた自分を嗤うほど志の高い自分はいなかった。

 

 しかし自らのイニシアチブを誰かに握らせる程、自己がないわけでもない。昭也は、ただ心優しい少年だった。身内にも、そして自身にも。

 

 優しさ。それが自らを嗤う自らを作り出せない要因だった。

 

「意味わかんねぇよ…。」

悪態は地面にぶつけられた。

 

 しかし、昭也はそんな自分に発破をかける様にナオモの方に歩き出した。

 

「ぼげけぇ…。」

 

「語っちゃったわねぇ…アイツ。あれ?昭也、どこに行くんで?」

 

「コンビニ!お前らはそこで肉まんでも食ってろ!!」

 

「そう…。あ!ねぇ!?中身、餡まんだったけど!?餡まんだったんだけど!?ねぇ!?」

 

「あげげげげげッッ!!」

 

「うるせぇッ!なにまんでも良いから黙って食ってろバァカァッ!!死ねッ!」

 

「ひぃん…。」「ひゅげぇ…。」

 

 気遣いのできる優しい少年のはずだ。

 

「変にカッコつけやがってッ!!クソナオモッ…。自分って…なんだよッ…!!」

昭也はドアの取っ手に、手を伸ばす。

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