リン曇らせ書きてえなあ〜!とかいう気持ちで書き始めたら止まらなくなってしまって。どうせなら、ここに供養しておきます。もうアウトロまで書き終わっていて、週一〜二くらいで投稿していくので。年末年始のお供にでもしてくれると嬉しいです。ver2.n……ああおまえさんのトコのパエトーンにはそういう話があったのね、みたいな気持ちで読んでくれると幸い。
※ver2のネタバレも含んだりします。お気をつけください!※
今自分は何徹目だったか。
ぼんやりとした思考の中、最後に寝た日のことを思い返そうとしたところで正常に思い出せるわけもなく。その無駄な思考に時間を費やすより、目の前の書類やらタスクに専念した方がいいと、僕の頭は思考を中止した。
目の前の画面では、特徴的な大きな瞳────汎用人工知能・『Fairy』が、何やら気まずそうに視線を彷徨わせているのが見える。
「何だい、Fairy?」
『・・・・・・お言葉ですが、マスター。少しばかり無理をしすぎではないかと。この有能助手Fairyが、インターノットの海の中から厳選したヒーリングミュージックのプレイリストを────』
「大丈夫。これが済んだら休むから」
合成音声の気遣う声を、キーボードを叩く音と食い気味の返事で遮る。
適当観の依頼はリンに振ったんだ。これでも、少しは楽をしている。だからここで音を上げるわけにはいかないし、兄として妹には弱いところを見せられない。
半ば意地のようなモノではある。けれど、こうして忙しなくさせてもらっているのは嬉しいことなのだ。だから僕としても辛いばかりでは無いのだけれど。些か、タスクが溜まりすぎているきらいがある。
とある雑誌の、六課のインタビュー記事で全員が口を揃えてRandom playを宣伝してくれたことと、今師匠達が衛非地区を不在にしていることが重なって────正直今は手が足りていない。猫の手も借りたい、とはこのことか。
とはいえ、適当観の依頼の方は誰かに協力を仰げたとしても。ビデオ屋の方は僕らでどうにかしないといけないのだから。弱音は今は、コーヒーと一緒に胃の中に押し流すことにした。
「お兄ちゃーん!! こっちは終わ────」
コーヒーカップを机の上に置いたのと同時。愛しの妹の快活な声が工房へと響く。けれどその声は途中で止まり、代わりにズカズカと大きな足音が聞こえてきて。
「お兄ちゃん。こっち見て」
「おかえり、リン。思いの外早く終わったみたいだね、よかった」
「良いから、こっち! 見る!!」
半ば強引にリンは僕の両の頰を引っ掴むと、無理矢理僕と視線を合わせる。怒り顔から、何やら動揺へ。そして、再び怒り顔に変わるモノだから。やたらと忙しないなと、ぼんやり思った。
「・・・・・・お兄ちゃん全然寝てないでしょ」
「うん、まあ。それなりには・・・・・・?」
「無理そうならこっちにもビデオ屋の仕事振って良いって言ったよね?! こっちは
胸ぐらを掴むような勢いでそう叫ぶリンの声が、寝不足な頭によく響く。きっと、それがいけなかったんだろう。
「・・・・・・ビデオ屋の運営は僕の仕事だと言ったろう? キミに任せたら一日で潰れてしまうよ。適材適所。自分の得意なこと、得意なところを割り振って僕ら兄妹は上手くやればいい。そもそも────、」
「して、売り言葉に買い言葉・・・・・・と」
ルミナスクエアの隅の公園。ベンチに腰掛けた僕へ、ハーブティが入った、湯気の立ち上る紙コップを渡しながら。ライカンさんは苦笑まじりに呟いた。
「・・・・・・そこからのことはよく覚えてないな。心にも無いことを言ってなければ良いんだけど」
カップを受け取った手のひらから、腕を伝って温かさが身体に行き渡る。冬の冷えた外気で固まった身体が解れていくような感覚があった。
「ごめんね、ライカンさん。兄妹喧嘩に巻き込んでしまって」
「いえ、そこはお気になさらず。私としても、ご友人の役に立てるのは嬉しいことなので。・・・・・・とはいえ、この寒空の下、半袖のTシャツでルミナスクエアの川沿いを練り歩いていたのを目撃した時は驚きましたが」
「あ、頭を冷やしたかったんだよ・・・・・・」
何かと言いすぎた自覚はある。少し頭を冷やさないとな、と思った頃には電車に乗ってルミナスクエアに来ていて。予想以上に冷たい強風に吹かれているところを、ライカンさんに見つかって今、である。まあこの寒々しい格好は、上着を羽織る間もなくリンに店を追い出されたというのもあるけれど。
借りた上着が有難い。ところでこのハーブティは何処から出てきたのだろう。執事の技術は不思議が一杯だ。
コップの中身に息を吹きかけ冷ましていれば、ライカンさんの何か言いたげな視線が刺さる。
「・・・・・・? どうかした?」
「いえ。その・・・・・・何と言いますか」
「良いんだよ、言いたいことは言ってくれ。遠慮された方が、友人としては辛い」
僕の言葉に、少しだけライカンさんがたじろぐ気配がある。ほんの少しの沈黙の後、それを誤魔化すようにライカンさんは咳払いをひとつ挟んで、
「お二人のような仲の良い兄妹でも、喧嘩をするのか・・・・・・と。少し意外に」
何やら申し訳なさそうにそう呟くライカンさんがおかしくて、思わず吹き出してしまう。そんなに言いづらいことでも無いだろうに。
「意外? そんなことはないよ。なんなら、僕がリンに色々言われるのなんてしょっちゅうだ。今回は寝不足も相まって、口論になってしまったけれど」
一方的に怒られることはよくある。やれ、楽しみにしていたアイスやらお菓子を食べられた・・・・・・だの。意外とリンは怒りっぽいのだ。まあ遠慮なく色々言ってくれるのは、ある種信頼の証だと思っているから、悪いことばかりではないのだけれど。
「・・・・・・まあそれも、アキラ様を思ってのことなんでしょうね」
そんな僕の内心を見透かされたようで、少し気恥ずかしい。今度は僕の方が、照れ隠しに咳払いをする番だった。
赤い隻眼が僕の瞳をまっすぐに見据える。口の中のハーブティを僕が嚥下するのを待って。ライカンさんは、再び口を開いた。
「本来ならば、こういった話をするべきでは無いのですが。今回、貴方様にこうして接触したのはリン様の御依頼なのです」
「リンの?」
「はい。喧嘩をした、ひどく疲れた様子だった────『今頃お兄ちゃんは寒そうな格好でルミナスクエアで黄昏たりしてるだろうから、しっかり休ませて!』と」
「────、────」
なんだ、全てお見通しか。
「電話越しのリン様の声は憤っておられましたが、何処か優しげでした。身体に鞭を打ち、過度な無理をしていたアキラ様にお怒りなのも確かでしょうが・・・・・・それ以上に、貴方様のことが心配なのでしょう。とは、言わずともわかっているでしょう。出過ぎた真似を」
「僕が口を挟む間もなく・・・・・・いや、こうして周りから改めて言葉にしてもらえるのは有り難いよ。ありがとう」
僕の放った言葉に何ひとつ嘘はない。心の底からの言葉だった。ある程度大人になると、こうして苦言を呈して貰える機会は少なくなるモノだし。
「・・・・・・ところで、さっきのはリンの真似かい?」
「え、ええ。場を和ませようかと、ひと芝居」
「ふふ。リンの真似をするには、少し声がカッコ良すぎるかな。可愛さが足りないよ」
◇◆◇
「で、売り言葉に買い言葉────と」
適当観の庭。イアスを撫でまわし、日向ぼっこに興じつつぶーたれる私を見兼ねて、事情を聞いた真斗くんが苦笑まじりに呟いた。
「でも意外ッスね。リンちゃんとアキラくん、仲良し兄妹ってカンジだったんで。喧嘩とかあんましないモンだと」
「えー、そんなに意外かな・・・・・・まあでも、私が一方的に怒ることは結構あるけど。喧嘩っていうと珍しい、かも」
お兄ちゃんは私の言うことを大人しく受け入れるところがある。何というか・・・・・・兄としてこうあるべき、みたいな思想が少し見え透いて、そこも少し腹立つ。腹立つ!!
だん、だん、と思わず地団駄。結局ビデオ屋の方の仕事はほとんど終わらせてるし。私のやること、ほとんど無かったし。ホンットお兄ちゃん、無理しすぎ。しかも私にバレない所で。私の目につかない所で。格好つけも程々にしてほしいよホント。
「ま、ソレもアキラくんがリンちゃんを大事に思ってるから、なんじゃないんスか? 別に悪意でやってるわけじゃないんでしょうし」
「わかってるけどさ・・・・・・」
それとこれとは話が別なのだ。私としては、私のことを思うならちゃんと頼ってほしい。私だってお兄ちゃんと同じパエトーンなんだから。
・・・・・・旧都陥落のあの日。ビデオ屋を立ち上げたあの時。私はお兄ちゃんと同じくらい胸に誓った。
────私たちは二人でひとり。二人揃って、パエトーンなんだ。
今後の人生全てを投げ打っても構わない。それでも良いから、旧都陥落の真実を────先生の無実を証明したい。
なのにお兄ちゃんはひとりで無理して突っ走っていく。私はお兄ちゃんの背中しか知らない。私はお兄ちゃんの後をついて歩くんじゃなく、隣を一緒に歩いて行きたいのにさ。
「思い出したら腹立ってきたな・・・・・・」
「そんなモヤモヤを払うのは、やっぱりオカルト話でしょ!!」
「わ、」
何気ない私の呟きに応える、ひょっこり真斗くんの背後から現れた
「そうそう!! とっておきのネタがあるんだから!!」
「うぇあ、」
思わぬ乱入者その二。真斗くんの背後から飛び出すリュシア。何、真斗くんの背中はホロウの裂け目にでも通じてるの・・・・・・?
私の腕の中でワタワタと驚き暴れるイアスを床に下ろしたのと同時。楽しげに胸を張ったリュシアが指を立てつつ、
「リンかアキラにね、一緒に来てほしいな〜って思ってた所があったんだ〜! 怪啖屋のスレッドにね? 面白そうな調査依頼が来てね!!」
言いながら、端末の画面を見せてきた。特にハンドルネームの類は付いてない、一般ユーザーからの書き込み。依頼内容と思われる文章には、位置情報も添えられている。
「ラマニアンホロウに、並行世界に繋がる扉が現れる・・・・・・?」
「そ! あたしたちだけじゃ多分辿り着けないし、イドちゃんもなんか予定あるみたいだからさ〜。二人のどっちかに頼もっかな〜って思って!」
「なるほどねえ〜」
正直マユツバだとは思う。けど、確かに興味のある内容ではあった。
ホロウの中では何が起こるかわからない。零号ホロウにだっていくつも都市伝説めいたモノはあるし、そこの奥地を漂う彼女────ニネヴェにだって、わからないことは無数にある。
調べる価値あり、と私の本能は告げていた。それには柚葉も同意のようで、私に楽しそうな笑みを向けている。
「柚葉的にも眉唾だとは思うけどさ。もしなーんにもなくても、リンちゃんの気晴らしくらいにはなるでしょ?」
「ん〜〜・・・・・・それは確かに。よしきた!」
そうと決まれば、というヤツである。ちょっとした冒険、というか散歩みたいなモノだ。ラマニアンにもだいぶ慣れたし、大きな準備も特に必要はない。場所的にもこのまま夕方くらいには行って帰って来れる距離だし。お兄ちゃんに連絡する必要もないだろう。
・・・・・・というか私今お兄ちゃんと喧嘩中だし。そもそも連絡する筋合いなんてありません。
なんて私の独り相撲を他所に。柚葉の視線が私に刺さる。
「何、柚葉。どうかした?」
「え? いや。何でアキラくんの上着着てるのかなーって」
「・・・・・・何と無く」
まあ、ちょっとした嫌がらせのようなモノ。寒い思いしちゃえ、なんて。家を出てきた時には思ったモノだけど。
届けるべきなのかなあ、なんて私の脳裏を一瞬過った思考は、蘇ったモヤモヤに押し流された。
◇◆◇
予想通り、道中特に大きなアクシデントに見舞われることはなかった。
柚葉とリュシアの楽しげな女子会トークを交えながらのコンビネーションが次から次へとエーテリアスを薙ぎ払う様は、少しだけ恐ろしい所があったけど。まあ、戦闘能力皆無な私からすればそれも有り難い。
真斗くんはこれからバイトがあるらしくて不参加。アリスも何やら用事があるらしく、一緒に来れれば良かったのにね〜なんて二人が戦闘中に話しているのを小耳に挟んだ。案外、柚葉とリュシアと三人でって言うのは珍しい組み合わせかもしれない。
閑話休題。Fairyが出してくれたキャロットによれば、この裂け目を通れば目的地だ。目の前に揺らぐ紫色の裂け目に、一切の恐れなく飛び込んでいく二人の後に続いて。私も裂け目を潜る。
ぱっと視界が変わるような感覚。生身でホロウに入れるようになって少し経つけど、イアスを介していないこの感覚には未だに慣れない。
霞む視界を擦れば、目一杯に広がるのはお花畑。寒空の下色とりどりに咲くそれらは、私の怒りを浄化するには十分すぎた。
「わあ〜! すっごい。綺麗な場所」
私の言葉に二人が頷く。辺りを見回して件の『扉』を探す二人とはまた別に、私はお花畑の真ん中に体を横たえた。
新鮮な空気を吸って、ゆっくり吐き出す。思えば、こうしてゆっくりする時間は最近取れてなかったかもしれない。
「・・・・・・お兄ちゃんはしっかり休めてるのかな」
ビデオ屋の営業は
こうして羽を伸ばせているのが私だけだとしたら。それは、それで。
思わず口元が歪む。ため息が漏れる。今になって怒りが消えて、罪悪感が押し寄せてきた。
「リュシアちゃーん! 扉見つかったー?」
「こっちはないかな〜・・・・・・そっちはー?」
「なーーーーーーい!!!」
騒がしい二人のやり取りを聞きながら物思いに耽る。
『・・・・・・ビデオ屋の運営は僕の仕事だと言ったろう? キミに任せたら一日で潰れてしまうよ』
正直一番頭に来たのはあの言葉だった。でもそれは、私の中に・・・・・・多分、『そうだろうな』って思った気持ちがあったからだ。
何も言い返せなかった。その通りだと思った。今頃お兄ちゃんが居なければ、ビデオ屋の運営は成り立たなかっただろうし。こうして柚葉達と一緒に冒険しているようなことも、無かったと思う。
けれど、それと同時に。お兄ちゃんが居なくたって、と。ほんの少しだけ、反抗心があって。
「・・・・・・お兄ちゃんが、居なければ」
並行世界に繋がる扉。なんて話を聞いたからか、思わずそんな言葉が口をついて出る。
吐き出した言葉は取り消せない。言霊となって体外へと出てしまった言葉は、ホロウの幕がかかった空へと溶けていった。
その言葉を聞いたからか。
その言葉を聞き届けたからか。
「────え、あれ」
視界がぐらつく。暗転する。
ホロウの中にいるのに、ホロウの幕を潜ったような感覚。
裂け目の中に落とされたような。
前後不覚のまま振り回されるような。
吐き気を催すようなそんな感覚を最後に、
私は。意識を手放した。